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2012年8月 9日 (木)

沖縄経済離陸の時代はまさに「沖縄解放」の始まりだ

 『日経ビジネス』8月6・13日合併号の特集は、題して『沖縄経済圏―アジアをひきつける新産業の衝撃』である。

 普天間基地の移転問題やオスプレイの配備など、政治的タームで語られることの多い沖縄だが、「経済」の側面から沖縄の離陸を見る、いかにも日経らしい見方であるが、しかし、これで本土復帰して40数年経って、初めて沖縄の経済的自立と真の解放の方向性が見えてきたのかもしれない。

Hyoshi

 基本的には、米軍基地の沖縄経済における相対的な地位の低下がある。それは沖縄全体の所得に対する基地関連収入の比率が、日本復帰直後の15%から、現在は5%程度にまで低下しているという事実が物語っている。また、基地が返還されて商業地区に生まれ変わった方が、高い経済効果を期待できるという事例が、那覇の米軍関係者の住居「牧港住宅地区」の返還と、その後の開発によって生まれた沖縄新都心にあるそうだ。結果として、返還前は基地関連収入が52億円で、経済波及効果は所得誘発額が17億円、税収も6億円だったのが、返還後の開発によって、商業施設の返還販売額は600億円強、所得誘発額も180億円と10倍に跳ね上がり、税収も97億円と16倍に上ったというのだ。

 つまり、もはや沖縄の経済は基地に頼らなくてもいいというよりは、もっと積極的に基地をなくして、商業施設や住宅などを作っていったほうがよい、ということなのだ。

 更に、24時間営業を行っている那覇空港をハブとした羽田、成田、関西とソウル、上海、香港などアジアの主要な空港を結んだ関係論はより重要で、那覇空港の国際貨物取扱量はサービス開始前の年間935トンから約160倍の14万トンに達し、今では成田、関西に次ぐ日本第3位の規模になり、これからも沖縄県の産品のアジア各国への輸出量の増加なども伴い、ますます重要さを高めているということだ。宅配便最大手のヤマトホールディングスもこうした那覇空港のハブ化に目を付け、今年度中に空港内で24時間通関を開始するという。そうなれば、アジア各地で前日中に注文した沖縄産の生鮮食品なんかも翌日昼過ぎには現地着。同じことが日本各地でも可能となり、これまで3日かかっていた「日本~アジア」の間のモノの移動も、実に1日だけの関係論になる。ヤマトの狙いはアジア全域を視野に入れたサプライチェーン・マネージメントを「物流ハブ・沖縄」で実現しようというのである。

 確かに、日本のアジアにおける商業的な地位の低下はあるとは考えられるが、しかし、まだまだそれは「日本対アジア」の関係論を無視してはあり得ないのだから、沖縄の物流ハブ構想は間違ってはいないだろう。人の移動に関しては、今やソウルの仁川空港や香港にアジアのハブは奪われてしまっているが、物流に関してはいまだに日本中心の経済は変わらないだろうから、この沖縄ハブは今後ますます重要になってくるだろう。まあ、沖縄といえばハブだしね、っていうのは冗談だが。

 その他、製造業の中心も沖縄に持って来ようという目論見もあるそうだし、それらもいずれの動きもキーになるのは「アジア・マーケット」である。

 再生可能エネルギーのひとつである太陽光の実験や、EV構想とか、沖縄科学技術大学院大学の考え方など、積極的に産業インフラ整備が進められている沖縄である。勿論、そのバックグラウンドには「沖縄の人件費の低さ」というメリットもある。勿論、人件費で言ってしまえば、アジアの国々に比べれば相当な高さではあるけれども、本土に比べれば8割という人件費の安さは企業にとってみれば魅力である。

 この特集のまとめは「国境なき国家へ」というもの。

 1990年から2期8年にわたって沖縄県知事を務めた大田昌秀によれば、沖縄が目指すべきは「基地なき島」である。「武力の行使は、より大きな武力による反撃を招くだけだ。したがって、武力は際限なく広がっていき、ますます強化される」として、それに反対し「沖縄はむしろ、アジアにおける『平和の緩衝地帯』となるべきだ」としている。大田を退けて保守派として県知事になった仲井眞広多も、政府の期待に反して「辺野古移設反対」の姿勢を貫いている。もはや「基地はいらない」というのは沖縄人の共通する考え方であり、米軍基地関連収入に頼らない生活が見えてきているのである。

 かつて、本土復帰前、吉本隆明は「本土中心の国家の歴史を覆滅するだけの起爆力を伝統を抱え込んでいながら、それをみずから発掘しようともしないで、たんに辺境の一つの県として本土に復帰しようなどとかんがえるのは、このうえもない愚行としかおもえない」(「文藝」1969年12月号)と書いて、日本にすり寄り、その保護行政に期待している沖縄を徹底的に批判した。

 しかし、今や財政難の日本政府は、沖縄にカネをバラまく代わりに「特区構想」なども含めた「規制緩和」という援助策に切り替えようとしている。これこそは沖縄が琉球王国の昔から理想としてきた「日本(ヤマト)からの解放」ではないのか。

 特集の最後の記事はこうまとめている。

『その時、これまで「負の遺産」だった隷属の時代が強さに変わる。国籍不明とも言える沖縄県民のダイバーシティー(多様性)は、アジアの中心として機能するうえで、強力な武器となる。
 この構図に気づいた沖縄は、「基地返還」というメッセージを通して、米国、そして日本をの間に距離を取ろうとしている。その先に見えるのは、等距離外交を是とする「国境なき国家」の姿ではないだろうか。』

 まさに、沖縄の解放がこれから始まろうとしているのだ。

 そうえいば、私はまだ沖縄には行ったことがなかった。マズい! 10月にフリーになったら、まず行くのは「沖縄」かな。

 

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