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« 『すごい会社のすごい考え方』は分かるけど、問題はそれを実現する「反常識的」なアプローチなんだよな | トップページ | 沖縄経済離陸の時代はまさに「沖縄解放」の始まりだ »

2012年8月 8日 (水)

田村彰英展『夢の光』は何も示唆しない映像である

 東京都写真美術館へ田村彰英写真展『夢の光』を見に行く夏休み最終日である。

Tamura2_2
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1591.html

 田村彰英というと『スローカメラの休日』(枻文庫)やいろいろなライカ関連本の著者として、何となくシリアス・フォトグラファーというよりは、お散歩カメラ派の人かと思っていたら、1960年代後半から70年代前半にかけて撮影した在日米軍基地の写真『BASE』が注目されて出世した写真家なのであった。

 しかし、ベトナム戦争の激化という当時の歴史的背景とは関係なく、まるで普通のどこにでもある風景として、横浜、横須賀、三沢、厚木、横田などの基地を撮影している。それはその後の、『家』『道』『赤陽』『名もなき風景のために』『BASE 2005-2012』でも通底する撮影スタイルである。「この写真は何を言わんとしているのか」が全くない写真。

 そんなところが、田村をして「コンポラ写真家」という呼び方をされているところなのだろうけれども、本人は別にコンポラ写真を意識しているわけではないだろう。いわゆる第三信号系の写真ではない。

 かといって、それぞれの写真にテーマ性があるわけではない写真群はやはりコンポラ写真に仕分けされるのだろうか。まあ、仕分けしたがる評論家やキュレーターがいるのは分からないではないが……。

 とは言うものの、結局それは写真の特性というものであろう。写真がそれをして何かを物語ることはない。写真はただ単に「現在」を「記録」し、「過去」のものとして残すだけのものでしかない。それに何かの意味を付与するものは、キャプションなどの写真に付属する文章であったり、発表される媒体であったりなのである。

 その意味では、それがコンポラ写真であると意味付与すること自体が、本来はまるで意味のないことになるのである。

 田村彰英写真展『夢の光』は9月23日まで開催中。

2012_08_07_012_2

2012_08_07_022_2_4

2012_08_07_023_2_4

 別に、コンポラ写真を意識してモノクロにしたわけではないけれどもね。って、十分意識してるじゃん。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @Yebisu (c)tsunoken

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