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« 『生きる悪知恵』という割には「悪知恵」じゃないという事実 | トップページ | 渡邉恒雄氏が『反ポピュリズム論』について語るの愚 »

2012年8月 1日 (水)

『マルクスが日本に生まれていたら』ということはあり得ないけれどもね

 すごい! 経営者によるマルクス論である。

『マルクスが日本に生まれていたら』(出光佐三著/春秋社/1972年9月10日刊)

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 う~ん、それにしても1972年の新刊時の価格が450円なのが、いまやAmazonで9,980円+配送費250円で合わせて10,230円なのである。まあ、それが絶版本の実勢価格であることは了解しているけれども、すごいもんですね。

 本書は元々、社内従業員用資料として作成されたそうだが、何で従業員向けにマルクスなのかはよく分からない。とは言うものの、『マルクスと出光とは、その出発点も、理想とする到達点も同じである』というところからの発想なのであろうか、勿論、出光がマルクス的な資本主義企業であるなんてことはないわけで、言ってみればマルクス型理想主義やら、出光型理想主義が「似たようなものだ」ということから、出光興産店主室(!)の若い(多分)社員と出光佐三店主との対話が収められている。昭和47年の刊行なので、多分社員の法は学生時代にマルクスの洗礼は受けているのであろう。

 で、結論は『マルクスと出光は、その出発点・目標は同じでありながら、マルクスは対立闘争の道を歩き、出光は和の道を歩いた、というような正反対の姿となった。これはまったく、マルクスが我欲・征服・利己の祖先をもった対立闘争の西欧の土地にうまれたから、そういう階級闘争の手段を与えられ、出光は無欲・無我・無私の祖先をもった和の土地に生まれたから、人間尊重の道を歩いたということだろうと思うね。だから再三言ったように、マルクスが日本に生まれていたならば、出光のような道を歩いたかもしれないし、出光が西欧に生まれていたならば、マルクスのような道を歩いたかもしれない』ということ。

 つまり、マルクスも出光も、実は同じ根本発想なのだが、生まれたところの違いが両者を大きく分かつことになってしまった、ということなのである。

 出光佐三氏がどうやってマルクスのことを勉強したのか知らない。百田尚樹氏のノンフィクション・ノベル『海賊とよばれた男』では、社長引退後、店主にもどった出光佐三氏が大学に戻ってマルクス研究をしたというような表記があるが、それが事実かどうかを確かめる資料は(現在のところ)見つけられることは出来なかった。

「出光の七不思議」というのがあって、「出光には馘首がない」「やめさせないことになれば定年制もない」「出光には労働組合がない」「出勤簿がない」「給料が発表されていない」「給料は労働の対価でなく、生活の保障である」「残業手当を社員が受け取らない」、ということだそうだ。これに加えて、株式を公開していない、というのがあって、これらは要は出光興産という会社は資本主義的な会社ではない、ということなのだろう。

 勿論、こうした大家族主義的で、反資本主義的な経営でも会社が回っていけるのは、カリスマ的な創業経営者がいたればこそで、現在は株も公開しているし(ただし、外部株主は極めて少ない)、就業規則や定年制はあるようだ。

『だいたい、使用者とはなにかといえば、会社の社長・重役とか部長などを指すのだろうが、その人たちは今では従業員の中から出てくるんだ。従業員が今日は労使の「労」としてたたかっていて、翌日、部長になれば、使用者側になって、昨日の同僚とかかかうことになる。』という普通の会社に出光興産もすでになっているわけで、そうした状況の中での出光佐三氏の考え方が今や聞けないというのも残念ではある。

 とは言うものの、出光佐三氏のこうしたマルクス論議も、結局は明治生まれの創業者としての「姿勢」ということなんだろう。当然、まだ学生時代にはマルクスなんかの知識はなかった時代の経営者である。しかし、「金の奴隷になるな」というような「清貧の思想」は基本的な明治時代の生き方の根本である、というかまだまだ江戸時代の価値観が残っていた時代の武士の発想である。その極端な例が出光興産であったということで、こうしたカリスマ的な経営者が既にいない21世紀である。

 これからの経営者像っていうのはどういったものを理想と掲げるのであろうか。

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