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2012年8月29日 (水)

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』ったって、逆に「ウソに見える本当」ってのもある

 一種の「ポジショントーク批判」なわけだが、しかし、皆ポジショントークをしたがるものなのだ。結局、同じ資料を使ってポジショントーカーと違うことを語っている海老原さんだって、それはそれで別の立場のポジショントーカーな訳で、って相対主義に陥ってどうする。

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(海老原嗣生著/プレジデント社/2009年5月20日刊)

 13の事象として言われている一般論を数字をあげて否定している。

検証①終身雇用は崩壊していない
検証②転職はちっとも一般化していない
検証③若年の就労意識は30年前のまま
検証④本当の成果主義なんて日本に存在していない
検証⑤派遣社員の増加は、正社員のリプレイスが主因ではない
検証⑥正社員は減っていない
検証⑦女性の管理職は増えない
検証⑧ホワイトカラーに少子高齢化は無縁
検証⑨労働分配率・ジニ指数・内部留保3点セット
検証⑩「若者がかわいそう」=熟年悪者論
検証⑪引きこもりが増えたように見える理由
検証⑫「昔は良かった」論のまぼろし
検証⑬ワーキングプアの実態は「働く主婦」

 というのであるが、実際そうなのだろうか。

 たしかに「終身雇用は崩壊していない」のは事実だし、「転職はちっとも一般化していない」のも事実だし、「本当の成果主義なんて日本に存在していない」のであるから、当然「若年の就労意識は30年前のまま」であるのは当然だろう。「派遣社員の増加は、請負社員から派遣社員という形に変わっただけで正社員のリプレイスではない」し、「正社員の変化は単に生産年齢人口の減少がある」だけで、その減った生産年齢人口の分を「女性社員の増加が」補っているために、やたら増えた「名前だけの大学卒」が就職できないだけの話しだし、でも「女性管理職は増えない」のは事実であることは間違いないことは本書でも認めている。まあ、つまり事実として認めるべきものは認めようということなのだろうか。

 ただし、「ホワイトカラーに少子高齢化は無縁」というのはウソで、その根拠としている偏差値上位校の出身者は減らないのだから大丈夫、ということにはならない。

『東大や京大はもちろん、早稲田や慶應、有名国立大などが定員割れを起こすとは考えにくい。とすると、今までと同じだけの東大・京大・国公立大学出身者が生まれることにほかならない。つまり、「ブランド校卒」は変わりなく生み出される』という発想が問題なのだ。そんな、ブランド校を出てれば「優秀な人材なのか」ということなのか? 例えば、最近の早稲田や慶應ですら入学者を獲得するために推薦入学やAO入試を実施しており、そんなシステムで入ってきた学生が多く、通常受験で入ってきた学生は入学者のうちで半分程度になってしまっているというのだ。まあ、そうやって合格定員を少なくすれば、嫌でも合格偏差値は上がって、いかにも高偏差値校であるとのプライドは一方で守られるということなのだ。『「ブランド校卒」は変わりなく生み出される』のは事実であるが、そのブランド校卒の質は限りなく落ちていると考えなければならない。また、受験というのは「相対評価」である。当然、競争相手のレベルが落ちれば自分のレベルが落ちても入学できるというのが入学試験の考え方であり、それが少子化でもってどんどん入学がラクになって来ているという現状が、推薦やAO入試がない国公立大にはあるということは知っておく必要はあるだろう。

 別に団塊の世代の肩を持つ気は全くないが、その頃に比べるといずれにせよ生存競争はラクにはなって来ているわけで、それだけゆとりを持って育ってきている若者がいるというのは事実だろう。当然、そんな若者が増えてくれば「競争的な社会」にはならなくなってくるだろうし、別にそのことをもって、日本の世界との競争力が減じられるということになっても、若者は誰も困らないだろう。まあ、困るのは企業経営者かもしれないが、しかし、そんなことで困った経営者はどこか別の国にいって会社を経営すればいいのである。

 何も、日本にこだわっている必要はない。どこにでもいって稼ぎなさい、というのが考え方の基本だろう。皆、故郷を捨てて東京に(あるいは大阪に)出てきてひと旗上げたわけでしょう。それが単に日本という国から離れるだけのことである。別に妙な愛国者じゃない限りは自由である。

 で、残された日本及び日本人はどうなるのかと言えば、まあ、鎖国でしょうね。最早、外国との関係を絶って、ということは石油とかウランも輸入できないから、エネルギーは水力発電だけとか、日本人は日本で採れるだけの材料で生き抜いていくのである。いいじゃないですか、国境問題なんかも無視できるし。当然、そんな環境で生きてくれば、日本人はどんどん小さくなるだろう。世界内存在としても、生物学的観点からしても。完璧にガラパゴス化の「完成です!」(堺正章の「チューボーですよ」風に)。

 で、そんな日本にいたいかと言えば、私は逃げますね。

 どこか、もっと刺激的な国にいって、沈み行く日本を眺めているなあ。

 ということで、皆、ポジショントークをしたがるのであります。言っておくけど、ポジショントーク何処が悪いというのが私の考え方です。というか、テレビのコメンテーターや雑誌・書籍のライターからしがないブログ書きまで、全部含めて発言者・物書きは基本的に「ポジショントーカー」なのだ。

 で、ポジショントーカーは、すべての事象・データ・事実を自分の論説のための材料にするわけで、そのためには「事象・データ・事実」を改変はしないけど、都合よく自分の論に使えそうな部分だけを使って、自らの論説の材料にするわけだ。

 本書で海老原氏はそんな「資料の勝手な使い方」を批判しているわけなのであるが、そんなことをいったって始まらない。基本的なことを言ってしまえば、「同じ資料を、ファシストもアナーキストも使える」ということなのだ。問題は、資料をどうやって自分の論の為に「曲解するか」ということなのだ。

 まあ、数字的に正しい資料というものは、実はどちらの陣営にも使える資料だということが基本なのですね。

 残念ながら、本書が2009年5月刊ということなので、海老原氏的には民主党の政権奪取やその結果として鳩山・菅政権の成立を予想できなかったのが、ちょっと残念だったかな。

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