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2012年8月20日 (月)

『ニートの歩き方』哲学編

 哲学編って言ったって別に難しいことを言おうというのではない。ていうか、pha氏の文書自体が全然難しいことを言っているわけではないしね。

『ニートの歩き方――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』(pha著/技術評論社/2012年9月1日刊)

 要は、一生懸命働くのか、働かないのかは、別に誰に強制したりされたりするもんじゃなくて、それぞれ個人が勝手に自分の問題として考えればいいということであり、「食っていかなきゃ」と考えたら働けばいいし、「今のところ働かなくても食っていける」と思えば働かなくってもいいんじゃないの、ということである。でも、そんなことになってしまって、皆がみんな働かなくなってしまったら世の中が動かなくなってしまうじゃないか、というのは杞憂に過ぎない。つまり「働かないアリ」の話である。働きアリのうち全体の2割くらいほとんど働かない怠けアリがいる。でも、その怠けアリを取り除いてしまうと、残りの8割のアリが皆で一生懸命働くかというと、そうじゃなくていままで働いていたアリの2割が今度は怠けアリになってしまう。そして排除した怠けアリの方も、そのうち8割が今度は働くようになるという話である。

 つまり、生物の集団を見るときは個々の性格とか性質を問題にするのではなく、全体をひとつの生き物として見た方がよいという考え方だ。世の中のすべての生き物は共生関係の中で生きている。アリのような社会性生物もそうだし、例えば人間だって腸内に繁殖している細菌は食物の分解を助けてくれたり、悪い最近が体内で繁殖するのを防いでくれる。社会の全体性の中で見れば『ニートもサラリーマンも、警察官も犯罪者も、起業家も自殺者も、右翼も左翼も、同性愛者も異性愛者も、農家も漁師も、ホームレスもサッカー選手もみんな現在の社会のある一面を引き受けている。それは全体として一つのものであって、そのうち一部分だけを切り捨てることなんてできない。社会の一部の人間を切る捨てようとすることは、一つの個体が自分の手足を切り落とそうとするのと同じ』だというpha氏の指摘もその通りであろう。

 ニートを見たときに、それは自分と関係ない存在ではなくて、ある種自分の一部分かも知れない、自分というコインの裏表という考え方をすれば、 その存在を許すと言うことになるだろう。それはニートだけではなくて、例えばいじめにあっている子供を見たときに、同時にいじめをしている方の子供にも同じ目を注ぐ必要はあるだろうし、ホームレスを見たときにも、それを排除するのではなくて、それも生き方のひとつであると考えれば、世の中は寛容さというものを取り戻して、上手くいくのではないかという考え方である。寛容さを失った社会というものは、例えばナチス・ドイツとかスターリン主義の共産圏みたいなもので、早晩崩壊の時期が来るものである。

 ところが、「皆〇〇しなきゃいかん」というような同調圧力が強い日本社会である。しかしこれは第二次世界大戦末期になって国民総動員体制になって「一億総火の玉」だとか、戦争に負けると「一億総懺悔」だとか、それが戦後に復興すると「一億総中流」だとか、皆横並びが好きな民族になってしまったわけだが、多分そんな言い方をするようになったのは、本当に第二次世界大戦末期から20世紀末頃までのたかだか60年間に作られた国民性なのではないだろうか。多分、明治期の日本では落語に見られるような、もっと多様な生き方が認められていた筈だし、明治以前の士農工商時代では多様性は当然のように認められていた。で、勿論そんな国民総動員体制の中にあったって、声高に反戦を唱えて投獄された人ばかりでなく、戦争を忌避してドロップアウトしていた人たちも沢山いたわけだし、戦後の高度成長期だってホームレスは一杯いたわけだ。ところが、その頃はそんな人たちの存在を「無視」していたわけで、そうじゃない人たちに対してむやみやたらに同調圧力をかけていたわけだ。つまり、同調圧力に屈しやすい人たちにだけ同調圧力をかけていたというわけ。

 それが、ここにきてニートも含めて、もっと多様性を持って生きましょうよという発言が出てきた21世紀である。勿論、それは「沈み行く日本」と同調して出てきた発言なのであるが、実はもっと以前から普通にあった生き方でしかなかったのであります。

 とはいうものの、『ただし、僕がここで言いたいのは、ニートは社会によって生み出されたものだからニート自身に責任はない、ニートは頑張らなくていい、ということではない。ニートは社会の影響を受けているということは全くの間違いではないけれど、そういう考え方は人間をあまり幸せにはしない。大きな集団の中のニートの割合が一定だったとしても、個々が自分の境遇を良くしようとする意志は必要だ。向上心を全くなくしてしまうと人間はさらに落ちてしまう』と前向きなpha氏なのであった。

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