フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『僕は写真の楽しさを全力で伝えたい!』というよりも、青山氏が写真を楽しんでいるってことなんだよな | トップページ | 万平ホテルでロイヤルミルクティー »

2012年8月25日 (土)

『図解 カメラの歴史』というよりは「日本カメラの歴史」だな、こりゃ

 結局『カメラの歴史』が前半ではたしかに「カメラの歴史」なんだけれども、後半になってしまうと「日本カメラの歴史」になってしまうのはやむを得ないんだけれども、それは私たち日本人カメラマニアにとって幸せなんだろうか、という問題だ。

『図解 カメラの歴史』(神立尚紀著/講談社ブルーバックス/2012年8月20日刊)

 写真家というのにも2種類あって、カメラ他の機材についてやたら細かいことを気にするいわゆる「写真機家」と、まったく気にしないで一眼レフだろうがレンジファインダーだろうがコンパクトカメラだろうが平気で使ってしまう、長嶋茂雄選手みたいな人がいる。

 実際自分が使う機材については「どんなものでもOK」だが、やたら機材に詳しい田中長徳氏なんかは「ちょっとへそ曲がりの写真機家」なのかもしれない。まあ、後者の代表選手は森山大道氏かな。

 で、神立尚紀氏はどうなのか、といえば完璧に「写真機家」の陣営に属する写真家だろう。なにせ『撮るライカ①②』の著者なのである。

 勿論、ライカだけが特別なのである。木村伊兵衛氏をはじめ多くの写真家がライカについて語っている。それも、多くの写真機について語っている中のひとつとしてライカを語るのではなく、ライカだけについて語っている本を出しているのだ。

 それだけライカというのは特別なカメラなのだが、じゃあ何が特別なのかといえば、まず35mmフィルム・フォーマットを始めたこと。これはつまり写真フィルムの製造技術というかフィルム乳剤の向上という点が一番大事なことであり、実はライカが始めたから偉いんではない。次に、連動距離計ファインダーを小型カメラで採用したってことなんだけれども、それも別にライカの専売特許ではなく、それまでにも存在した距離計をレンズのヘリコイドを機械的に同期して動かすようにしたというのが画期的だったわけで、つまりそれもライカだけの専売特許ではなかったのである。じゃあ、何がスゴイのか? オスカー・バルナックというのは何をしたから偉いのか、ということになってしまうと、そうした様々な小型カメラの要素を一つにまとめ上げて、我々が日常持って外出できるようなカメラを作り上げたというようなことではないだろうか。つまり、そこには新技術というものはないのだけれでも、そうした技術の集大成を作って、現在でも我々が日常使っているカメラの「おおもと」を作ったということにあるようだ。

 だからこそ、神立尚紀氏という「アンチライカマニア」を自称する人が、『撮るライカ』なんて本を書くような事態に至っているのである。

 で、この『カメラの歴史』なんだけれども、さすがに「アンチライカマニア」だけあって、ライカに関する記述は246ページ中30ページもないんじゃないか。約1割ちょっと。で、そのあとはすぐに日英米のコピーライカの話になって、「第4章 レンジファインダーから一眼レフに」になると、途中から日本製カメラのお話オンパレードになってくる。「第5章 日本製一眼レフが世界を制す」になると、以降はほとんど日本製カメラの話ばっかり。

『これまで見てきた、1950年代から1960年代にかけての一眼レフカメラの進歩は、主にカメラ本体にかかわるものであった。クィックリターンミラー、自動絞り、TTL露出計ときて、1970年代になると、一眼レフはより理想を求めて新たなるステージに上がるようになる。その1つ目は露出の自動化、2つ目は「システムカメラ」という考え方の浸透、3つ目は「小型軽量」への流れである』

 という具合に進歩してきて、更に「オートフォーカス」「デジタル化」である。最早、この時期になると完全に日本製カメラの独壇場で、ライカなんかは一眼レフの道を捨てて手動フォーカス+レンジファインダーでのデジタル化をM8、M9でやってしまった。ついでに言うと、M9ではその発展型としてM9モノクロームというデジタルカメラをモノクロ専用機にするという、実に歴史を裏切った「進歩」の方向に行ってしまうのだ。つまり、「物事を正確に記録する」というカメラのひとつの使命、報道などに代表されるカメラの使命は日本にまかせて、私たちは「表現」の方へカメラの機能を集中させます、っていうのがライカをはじめとするヨーロッパカメラの流れなのかもしれない。

 まさに、行き着くところまで行ってしまったような日本製カメラの生き方は、当然の成り行きとして、「写真機を扱う技術者=写真家」というものを否定し、誰でも、何処でも、どんな状況でも、失敗なく写真を撮れます、というところに行きついて、写真学校なんかも技術を教えるところではなく、写真家のコネを作る所になってしまっている。まあ、それはそれでよいのだが、一方のヨーロッパ陣営は写真にたいしてどのような発想をもってあたっているんだろうか。

 このまま手をこまねいて日本製カメラの後追いをしているばかりとは思えない。何か、ヨーロッパ人の発想法で、日本製カメラではありえなかった新型カメラを出してもらいたいものだ。

 まあ、iPhoneやAndoroidに付いているカメラもそれはそれで凄いんだけどね……。

« 『僕は写真の楽しさを全力で伝えたい!』というよりも、青山氏が写真を楽しんでいるってことなんだよな | トップページ | 万平ホテルでロイヤルミルクティー »

写真・本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/55488599

この記事へのトラックバック一覧です: 『図解 カメラの歴史』というよりは「日本カメラの歴史」だな、こりゃ:

« 『僕は写真の楽しさを全力で伝えたい!』というよりも、青山氏が写真を楽しんでいるってことなんだよな | トップページ | 万平ホテルでロイヤルミルクティー »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?