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2012年8月14日 (火)

『暴力団と企業』というよりは、暴力団と警察から自ら守る方法。ですね

 って、結局は警察とヤクザの縄張り争いだってこと?

『暴力団と企業 ブラックマネー進入の手口』(須田慎一郎著/宝島社新書/2012年6月22日刊)

 つまり本来は暴対法(暴力団対策法)というのがあって、それは警察が暴力団を直接規制するための法律なのだが、それでは足りなくなってしまい、結局各県の条例ということで暴排条例(暴力団排除条例)というものを2011年10月に東京都と沖縄県で施行されたことをもって、全国的に「暴力団の」ではなく、「暴力団と付き合う一般市民や企業を規制」する条例となって、全国的にそれが施行されたことでもって実際には法律と同じ効力を発揮するものとなったのである。

 吉本のタレント島田紳助が引退を発表したのも、暴排条例によって逮捕されてしまう可能性が出てきたために、自ら身を引く形で引退を発表しなければならなかったのである。本来は暴対法で一般市民がヤクザと付き合っていたからと言って逮捕されることはない。しかし、こうして一般市民をして暴力団排除の最前線に立たせなければならないという事態に陥ってしまったのは何故か。本来、暴対法で警察権力が直接ヤクザを取り締まることができる筈なのに、それが出来ずに、一般市民まで巻き込んでしまわなければならなくなってしまった理由を、本書は解き明かす。

 つまり、それは1992年に改正施行された暴対法が、結局、ヤクザの経済活動に縛りをかけることができず、結果として警察権力がヤクザに対して「敗北」をしてしまったというからに他ならない。一般市民や企業をはさんだ、警察権力とヤクザの戦いに敗北してしまった警察側は、一般市民や企業をその暴力団対策の最前線に送り込んで、一般市民や企業の側からヤクザを取り締まっていこうという発想なのである。

 一般にヤクザの一般社会での経済活動が目立ってきたのは1980年代後半のバブル経済の頃の「地上げ」の時代からではないだろか。それまでのヤクザのシノギといえば、みかじめ料(ヤクザが盛り場で店から受け取る税金みたいなもの)とか、恐喝、博打、覚醒剤などのドラッグなど、見るからに違法なやり方であった。それが、違法行為だけでは警察の取り締まり対象になってしまうので、合法行為に行こうということになったのが、不動産業を装った地上げ屋などのフロント企業や、総会屋などの一見合法的な稼ぎ方だった。その後、ITバブルの頃には起業家を取りこんで無理に株式市場に上場させ、その後、その企業を骨抜きにしてしまうやり方なんかも増えてきて、段々やり方が巧妙化してきたわけである。

 そうした、一見合法的な稼ぎ方を取り締まろうとしてたのが1992年の暴対法改正施行だったわけだ。ところが、当局がそうした規制の輪をかければかけるほど、地下にもぐって巧妙化するのがヤクザのやり方である。その後も、生活保護制度を悪用して生活保護受給者から金を巻き上げたり、休眠宗教法人を利用した偽装ビジネスの根は絶えない。結局、こうした後手後手に回る警察権力のやり方ではもうヤクザを根絶できないということから、暴排条例で「ヤクザと付き合う一般市民や企業」を締め上げて、ヤクザを根絶やしにしようということになったわけだ。

 更に、そこに加えて団塊世代の警察官の大量退職という問題もある。つまり、そうした元警察官を企業に再就職させ、その企業の「反社会的勢力による被害を防止するための指針」の見張り役として活用させようという訳だ。結果としてそんな「反社リスク」に当面した企業が、そんな警察官OBを雇っているということで、暴排条例の適用を受けずに企業活動を継続しているケースが多いという。なんだ、それは警察が警察官OBを雇わないと、お前のところには「反社リスク」が起きた時には容赦しないぞと脅しをかけているようなものだ。これじゃあ、ヤクザがみかじめ料を要求するのと全く同じ構造じゃないか。

 結局、『2000年代に入って日本のマイナス成長が鮮明になると、彼ら(警察とヤクザ:引用者注)の置かれた状況も急激に変化します。この間、ベンチャーバブルや都心バブル、それに「いざなぎ超え景気」もたしかにありましたが、その結果として残されたのは、格差拡大と産業の空洞化です。
 好況で潤った企業の多くは海外への移転を進めましたから、国内のパイは大きくなりません。格差社会の中での「勝ち組」はごく少数だし。守りも固いので、そう簡単に利権構造の餌食にはなりません。
 そうして最後に残されたのが、中小零細までをも含む企業社会、そして市民社会という「小さなパイ」なのです。
 すなわち現在の状況は、警察と暴力団が、その小さなパイのぶんどり合いを繰り広げているものと言うことができます。そして暴排条例とは、そのぶんどり合いで優位に立つために、警察がつくり出した武器のようなものなのです。』ということ。

 なんだ、結局は警察権力とヤクザのシノギ争いなのね。

 勿論、基本的には自分の内部から不正を排除することが大事。君子は危うきには近寄らない(といいながら近寄りたくなるものですがね)。ヤクザの経済活動は、企業の不法行為、不正につけ込むことから始まるわけであるのは、本書にも書かれている通り。同時に、そうしてヤクザにつけ込まれることで、警察権力からもつけ込まれるっていう訳で、企業にとって何にもいいことはない。

 まずは、自ら律することなのでした。

 そんなことは当たり前だけどね。

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