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2012年8月

2012年8月31日 (金)

時として暴論は正論になりうる『日本経済の奇妙な常識』

 親本は10月20日刊だが電子版付録Ⅰ、Ⅱがついて、その付録が実に面白い「暴論」になっていて興味深い。

『日本経済の奇妙な常識』(吉本佳生著/講談社現代新書/2011年12月1日電子版刊)

 問題は、多くの企業が抱え込んでいる社内留保と、高齢者が持っている資産なのである。経済を「生産」の側からみると何の問題もないことではあるが、一方「消費」の面から考えるとこれは大きな問題だ。今の日本経済を取り巻くデフレ問題を解くカギは、こうした企業が社内留保で貯め込んだ資産と、高齢者が貯め込んで一切使わないようにしている個人資産を、いかにして消費の方に向かわせるかなのである。

 そこで、吉本氏が持ち出すのが、ジョルジュ・バタイユの考え方である「消尽」を提案する。つまり、『「消費に罪悪感を抱きやすく、貯蓄を美徳と考えやすい高齢者」に意識を百八十度転換してもらって、消費の競争をしてもらうには、政府によるお墨付き(権威付け)が有効だと』考えられるから、そのために、政府主導で高齢者の「思い出作り」政策を提案している。

 つまり『「高齢者の記憶」を日本国の「記録」として残すプロジェクト』の提案である。『骨格となるのは「一定年齢以上の高齢者に、自分自身に関する何らかの文章(記録、作文)を書いてもらい、それを日本政府に提出してもらったうえで、日本政府はインターネット上で永久保存する」というプロジェクトです。そして、このプロジェクトをきっかけとして、高齢者の消尽的な消費の喚起をおこないやすくするという目的をあわせもちます』ということ。戦争の記憶とか、自分がやってきた仕事のこととか、といった事柄を実際にやっている高齢者は現状では少ない。しかし『きちんとした枠組みが用意されれば、何かを書き残したい(語るのを記録してもらうことで残したい)という高齢者は多いのではないでしょうか』『消費への欲望の中心テーマは社会的につくられ、一方で高齢者は基本的な生き方をさほど変えないでしょうから、いまの日本の高齢者にとっては、自己実現の消費がまだまだ魅力的なはずだとも思うのです』というのだが、この私のブログもそんな自己実現のひとつとして書かれているわけで、つまり私の場合、既にして吉本氏の言うプロジクトに参加しているのと同じ状態なわけであるが、それを国の施策としてやれというのが吉本氏の提案なのである。当然。これ有料サービスということで。ということはそれにまつわる、高齢者にパソコンの使い方を教えるサービスとかの付帯ビジネスも創造できるって訳なのだ。

 はたして、そんなことに気が付く官僚がいればいいのだが、どうだろうか。

 むしろ、私は吉本氏の暴言としては、高齢者の資産の分配を、高齢者から若者・中年に分配させるのではなく、高齢者から高齢者への分配を推し進めるという考え方の方が、現実的なような気がする。この方が国の施策として行いやすいのではないだろうか。

『いまのような世代間の所得再分配が続けられると、資産面で豊かな高齢者が多額の資産を遺して亡くなることで、それを遺産として受け継ぐ若者・中年だけが豊かになり、そうでない若者・中年との格差が拡大します。また多額の遺産を受け継ぐ人たちは、それ以前に、より良質な教育などを与えてもらっている(しかも人脈などの面でも有利な立場を与えてもらっている)可能性が高い。だから、遺産相続前にすでに格差が受け継がれていた上で、遺産相続によって格差がさらに拡大すると想像されます。』

『つまり、もし日本が、少子・高齢化が進むなかでも社会保障のしくみを維持したいのであれば、現状の「世代間の労働所得中心の再分配」を、いかに「高齢者のあいだの総合的な再分配に変えていくかを考えるべきなのです。』

『「社会保障目的税」化が議論される消費税でなく、相続税を年金・医療・介護などの社会保障の原資に充てることを検討してはどうでしょうか。』

『いまの日本で高齢者に求められていることは、おカネをどんどん使って消費をしてくれることです。子や孫のためにせっせとおカネを貯め込んでおくことではないのです。』『それなのに、多くの豊かな高齢者が消費を抑えて、その資産・所得状況からみれば相対的に質素な(禁欲的な)消費生活をしています。ときには、年金があるから十分に生活できるけれど、働けるうちは働きたいからという気持ちで、社会貢献の満足感を得るために低賃金(安い時給など)で働きます。しかも、年金が減額されるのを避けようとする高齢者が、ただでさえ低い賃金をもっと低くしてもらったうえで働こうとしたりします。高齢者が低賃金で働くと、同じ仕事をする非正規雇用の若者の賃金が下がる(あるいは伸び悩む)原因になるのですが、当人たちにそんな認識はないわけです。』

 うーん、こちらの方がやはり政策提案としては分かり易い。要は高齢者が貯め込んでいる資産を拠出させて、資産を余りもっていない高齢者に渡せっていうことなんだけど、本気でやれば、法制化は難しくないだろう。

 ただし、このやり方にも問題があって、こうした高齢者たちの選挙の際の投票率の高さであり、そんな投票率の高い高齢者たちにいかにしてそうした政策を納得させられるかという問題だろう。結局、日本の政治家たちはこうした「投票する人間にとってマイナスと判断されるような問題」にはタッチしないような行動をとる。むしろ、そうした人たちにこそ、キチンと話をして納得してもらわなければいけないのに、それができないレベルの低い政治家しか生み出しえないといのは、まさしく我々投票人のレベルの低さでしかないのであるが、現実的にそのような政治家しか生み出していないのが現状だ。実際、所得税とか相続税とかの直接税には手をつけないで消費税なんてものにしか手をつけないのが政治家だもんなあ。

 う~ん、これじゃあ日本経済は一切回復しないなあ。もはや鎖国でもして、世界に背を向けて生きるしかないのか?

2012年8月30日 (木)

『Take This Waltz』はなかなかよくできた「女の身勝手さ」と「男のやたら高いプライド」の映画なのだ

 性的に欲求不満の人妻が、たまた出会った夫より若いボーイフレンドを好きになっちゃうんだけど、意外と堅物のこの男が抱いてくれない。で、男が引っ越してしまうのを期に男の方に走ってしまうのだが、でも結局その男とも倦怠期を迎えて「私どうすればいいのか分からない」って、勝手にしろよな、という映画なのである。

 なあんて言ってしまうと見も蓋もなくなってしまうので、もうちょっと考えてみようか。で、ネタバレごめん。

『テイク・ディス・ワルツ(Take This Waltz)』(監督・脚本・製作:サラ・ポーリー/製作:スーザン・キャヴァン/日本公開:2012年8月11日)

Main_img_3
http://takethiswaltz.jp/

 ポイントは、この人妻ライター・マーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)が夫より若いボーイフレンド・ダニエル(ルーク・カービー)と取材旅行で出会った直後の飛行機内での会話「I'm afraid of being afraid.(私は怖いと思っている状態が怖い)」だろう。つまり、これは女心の不安定さを物語っているわけで、鶏料理のレシピ本を書いている夫・ルー(セス・ローゲン)に愛されていることは知っているのだが、子作りを先延ばしにする夫には不満、特にセックス面での不満を持ちながら生きているわけで、愛されていることに対する確信が持てないわけだ。

 女というのはこういう部分で厄介な生き物であって、「愛する」ってことを体で示さないといけない、とは言いながらそれが過ぎるとそれはそれで嫌がったりするのは、別に若いときだけではないから面倒くさいのだ。「何かを怖がっているんじゃない、何か怖いことがあるんじゃないか、と考えていることが怖い」って言う具合に、それはそれで自分に都合のいい時だけはいいのだが、そうじゃないと「もう嫌や」ってなってしまう。男にとってはそんな女の「もう嫌や」の加減が分からない。で結局、ボーイフレンドがある早朝、女との関係を30年後まであきらめて引っ越してしまうのだが、それを追おうとする女の姿を夫が二階の寝室から目撃し、夫は悩み、妻に告げる。「行けよ」と。で、妻はいよいよボーイフレンドのところに着の身着のままで駆けつけて、それから始まるセックス三昧の毎日。

 しかし、そんなセックス三昧の毎日なんてものは長続きはしない。月日が経って、また、あの「I'm afraid of being afraid」な日々を送っているところに元夫のところからの電話。アルコール依存症の姉・ジェラルディン(サラ・シルヴァーマン)がいなくなってしまったとの連絡に駆けつけてみると、結果、アル中の姉から「人生なんて、どこか物足りないものなのよ」と諭される。

 要は、女なんてそうやって自分の人生を惑いながら生きている、ってことを言いたいんだろうけれども、それが男との関係になってしまうと、「別れる、別れない」という問題になってしまい、その中間の状態でモラトリアムをしたい女の存在は許されないってことなのだ。マーゴは実は夫を愛していることは分かっているのにも関わらず、ボーイフレンドも愛してしまう。そんな、どっちつかずの状態を夫に認めて欲しかったんだろうけれども、なかなか「夫のプライド」ってものがそれを許さず、「どっちかを選べ」ということになってしまって、とりあえず「今愛している方」へ行ってしまったということなんだな。

 まあ、夫もまだ若い。で、どうしてもプライドが先に出てしまうんだろうけれども、これが老練の夫になってしまうと、多分、若い妻がボーイフレンドの方に気を引かれてしまっても、それを許して見て見ぬフリをしながら、妻が自分のところに帰ってくることを確信しながら待っているのである。夫・ルーが言った台詞「行けよ」でもって、妻は帰ってくる場所を無くしてしまったのである。

 で、その結果「私どうすればいいのか分からない」って言いながら、街をさまようマーゴということになってしまうという構図である。見てるほうからすれば、何を今更「私どうすればいいのか分からない」だよ。そんなことは初めから分かっていたでしょう。夫の許を離れたときの、あのボーイフレンドの許に、喜び勇んで走っている姿はなんだったのよ。今度は今度でボーイフレンドと分かれて夫の許に帰りたいと考えたって、己のやってきたことを考えれば、そんなことは無理だってことはよく分かるじゃない。

 映画のラスト近く、ジェラルディン事件で再びあいまみえることになってしまったマーゴとルー。多分、そこでマーゴはルーからの「そろそろ帰ってきたら?」という言葉を待っていたに違いない。しかし、サラ・ポーリー脚本は「So (じゃあ)」というルーのセリフで終わりにしている。マーゴにとっては、それは近視眼的には残酷な台詞ではあるけれども、長期的には励ましの台詞でもあるのだ。「頑張って、自立しなさい」という。

「しあわせに鈍感なんじゃない。さみしさに敏感なだけ。」という、この映画の日本版宣伝コピーは、従って大間違いなのだ。そーんな話じゃないでしょう。そんな「大甘」なコピーは多分男が作ったんだろう。ダメだなこの映画配給会社。

 むしろ「I'm afraid of being afraid.(私は怖いと思っている状態が怖い)」という、ヒロインの状態を表す表現こそが、宣伝コピーとしては相応しい。その台詞を上手く使って宣伝コピーを考えた方がよっぽど作品にとってはいいのだ。

 多分、この宣伝コピー屋は、字幕が付く前の映画を見ていないで宣伝コピーを作ったんだろう。お前ら、ちゃんと字幕ができる前の映画を見ろよな、ってことだけは言いたい。字幕ができてしまうとそこに引っ張られる。ので、字幕ができる前の映画を見ることが、あるいは完成台本を読むことが大事なのだ。字幕は、あくまでも鑑賞を助けるためのものでしかない。基本は、本当に映画でどんな台詞が語られているかなのだ。

 そのことを、もって肝に銘ぜよ、映画宣伝屋さん。

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 で、この美しいけど、怖そうなお姉さんが脚本・監督・製作のサラ・ポーリー。自ら女優でもあるし、監督もやっちゃうってすごい俊英である。ただし、インディーズではこういう人は多いけどね。シャロン・ストーン的なクール&ビューティーではあるな。

2012年8月29日 (水)

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』ったって、逆に「ウソに見える本当」ってのもある

 一種の「ポジショントーク批判」なわけだが、しかし、皆ポジショントークをしたがるものなのだ。結局、同じ資料を使ってポジショントーカーと違うことを語っている海老原さんだって、それはそれで別の立場のポジショントーカーな訳で、って相対主義に陥ってどうする。

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(海老原嗣生著/プレジデント社/2009年5月20日刊)

 13の事象として言われている一般論を数字をあげて否定している。

検証①終身雇用は崩壊していない
検証②転職はちっとも一般化していない
検証③若年の就労意識は30年前のまま
検証④本当の成果主義なんて日本に存在していない
検証⑤派遣社員の増加は、正社員のリプレイスが主因ではない
検証⑥正社員は減っていない
検証⑦女性の管理職は増えない
検証⑧ホワイトカラーに少子高齢化は無縁
検証⑨労働分配率・ジニ指数・内部留保3点セット
検証⑩「若者がかわいそう」=熟年悪者論
検証⑪引きこもりが増えたように見える理由
検証⑫「昔は良かった」論のまぼろし
検証⑬ワーキングプアの実態は「働く主婦」

 というのであるが、実際そうなのだろうか。

 たしかに「終身雇用は崩壊していない」のは事実だし、「転職はちっとも一般化していない」のも事実だし、「本当の成果主義なんて日本に存在していない」のであるから、当然「若年の就労意識は30年前のまま」であるのは当然だろう。「派遣社員の増加は、請負社員から派遣社員という形に変わっただけで正社員のリプレイスではない」し、「正社員の変化は単に生産年齢人口の減少がある」だけで、その減った生産年齢人口の分を「女性社員の増加が」補っているために、やたら増えた「名前だけの大学卒」が就職できないだけの話しだし、でも「女性管理職は増えない」のは事実であることは間違いないことは本書でも認めている。まあ、つまり事実として認めるべきものは認めようということなのだろうか。

 ただし、「ホワイトカラーに少子高齢化は無縁」というのはウソで、その根拠としている偏差値上位校の出身者は減らないのだから大丈夫、ということにはならない。

『東大や京大はもちろん、早稲田や慶應、有名国立大などが定員割れを起こすとは考えにくい。とすると、今までと同じだけの東大・京大・国公立大学出身者が生まれることにほかならない。つまり、「ブランド校卒」は変わりなく生み出される』という発想が問題なのだ。そんな、ブランド校を出てれば「優秀な人材なのか」ということなのか? 例えば、最近の早稲田や慶應ですら入学者を獲得するために推薦入学やAO入試を実施しており、そんなシステムで入ってきた学生が多く、通常受験で入ってきた学生は入学者のうちで半分程度になってしまっているというのだ。まあ、そうやって合格定員を少なくすれば、嫌でも合格偏差値は上がって、いかにも高偏差値校であるとのプライドは一方で守られるということなのだ。『「ブランド校卒」は変わりなく生み出される』のは事実であるが、そのブランド校卒の質は限りなく落ちていると考えなければならない。また、受験というのは「相対評価」である。当然、競争相手のレベルが落ちれば自分のレベルが落ちても入学できるというのが入学試験の考え方であり、それが少子化でもってどんどん入学がラクになって来ているという現状が、推薦やAO入試がない国公立大にはあるということは知っておく必要はあるだろう。

 別に団塊の世代の肩を持つ気は全くないが、その頃に比べるといずれにせよ生存競争はラクにはなって来ているわけで、それだけゆとりを持って育ってきている若者がいるというのは事実だろう。当然、そんな若者が増えてくれば「競争的な社会」にはならなくなってくるだろうし、別にそのことをもって、日本の世界との競争力が減じられるということになっても、若者は誰も困らないだろう。まあ、困るのは企業経営者かもしれないが、しかし、そんなことで困った経営者はどこか別の国にいって会社を経営すればいいのである。

 何も、日本にこだわっている必要はない。どこにでもいって稼ぎなさい、というのが考え方の基本だろう。皆、故郷を捨てて東京に(あるいは大阪に)出てきてひと旗上げたわけでしょう。それが単に日本という国から離れるだけのことである。別に妙な愛国者じゃない限りは自由である。

 で、残された日本及び日本人はどうなるのかと言えば、まあ、鎖国でしょうね。最早、外国との関係を絶って、ということは石油とかウランも輸入できないから、エネルギーは水力発電だけとか、日本人は日本で採れるだけの材料で生き抜いていくのである。いいじゃないですか、国境問題なんかも無視できるし。当然、そんな環境で生きてくれば、日本人はどんどん小さくなるだろう。世界内存在としても、生物学的観点からしても。完璧にガラパゴス化の「完成です!」(堺正章の「チューボーですよ」風に)。

 で、そんな日本にいたいかと言えば、私は逃げますね。

 どこか、もっと刺激的な国にいって、沈み行く日本を眺めているなあ。

 ということで、皆、ポジショントークをしたがるのであります。言っておくけど、ポジショントーク何処が悪いというのが私の考え方です。というか、テレビのコメンテーターや雑誌・書籍のライターからしがないブログ書きまで、全部含めて発言者・物書きは基本的に「ポジショントーカー」なのだ。

 で、ポジショントーカーは、すべての事象・データ・事実を自分の論説のための材料にするわけで、そのためには「事象・データ・事実」を改変はしないけど、都合よく自分の論に使えそうな部分だけを使って、自らの論説の材料にするわけだ。

 本書で海老原氏はそんな「資料の勝手な使い方」を批判しているわけなのであるが、そんなことをいったって始まらない。基本的なことを言ってしまえば、「同じ資料を、ファシストもアナーキストも使える」ということなのだ。問題は、資料をどうやって自分の論の為に「曲解するか」ということなのだ。

 まあ、数字的に正しい資料というものは、実はどちらの陣営にも使える資料だということが基本なのですね。

 残念ながら、本書が2009年5月刊ということなので、海老原氏的には民主党の政権奪取やその結果として鳩山・菅政権の成立を予想できなかったのが、ちょっと残念だったかな。

2012年8月28日 (火)

『あなたへ』季節はずれの風鈴

『あなたへ』(監督:降旗康男/脚本:青島武/原案:森沢明夫(幻冬舎文庫『あなたへ』)/製作:東宝映画/2012年8月25日公開)

Photohttp://www.anatae.jp/

 映画の冒頭と最後に二度出てくるシーン、最初はモノクロに近い表現で、最後はカラーで、ベランダに吊るされた風鈴に息を吹きかけながら、妻の洋子(田中裕子)が夫の倉島英二(高倉健)に言うでもなくつぶやく台詞「季節はずれの風鈴って、物悲しいでしょ」が印象的である。

 いつものように「寡黙で不器用な男」高倉健は今回は刑務官を定年退職したのだが、その後も技官として嘱託扱いで勤務をしている人だ。妻の田中裕子は刑務所に慰問で童謡を聞かせにきた歌手であった。しかし、どうもこの歌手は(多分)内縁の夫が刑務所に収容されていたようで、その(内縁の)夫が刑務所内で亡くなってしまったことから、高倉健との付き合いが始まって、結局、結婚したというようなストーリーが前段にあるようだ。

 その妻が53歳で亡くなってしまい、その遺言に従って妻の故郷である長崎県平戸市薄香漁港の海へ妻の散骨にいく話である。ストーリーはそれだけ。富山刑務所の官舎に住む倉島英二は、写生が好きだった妻と一緒に定年後に二人で旅行ができるようにと作った、ワンボックスカーを改造して作ったキャンピングカーで、それこそ妻と一緒の旅をするように、高速道路を一切使わないで道々の風景を見ながらの旅を、富山から高山、京都、大阪、山口、門司、長崎へと続ける。その途中で会った人々、種田山頭火に憧れて妻が亡くなったのを機会にキャンピングカーを購入し日本中を「放浪」している元国語教師を名乗る実は車上荒らしの男やら、北海道から「イカめし」の展示販売をするために日本中を車で移動しているのだが、どうもその妻には男がいるようだという疑いを持っている男とか、その男の部下である男が実は英二が薄香で世話になった女性の海難事故で死んだはずだった夫であった、などの「本来はあり得ない偶然」の登場人物であってもそれは映画である以上問題はない。それを「あるかもしれない」と感じさせる、脚本の作り方と役者たちの演技次第なのである。まあ、それが「映画」なんですね。

 そう、この映画ではそうした展開が「お約束」のように展開される。見ながら「多分こうなるだろうな」という展開どおりのお話なのである。じゃあ、それが退屈かといえばそうじゃなくてある種の緊張感をもって観ることができたのは、それは役者の演技の問題だろう。これは「仁侠映画」や『網走番外地』なんかのプログラムピクチャーの基本である。

 プログラムピクチャーの基本てなんだ。それは、お定まりのストーリーを凌駕する役者たちの魂のことである。基本的に、1950年代までは日本映画はプログラムピクチャーしかなかったと言ってもいいだろう。とにかく、各撮影所とも毎週2本づつの新作を生み出さなければならない状態の中で、作品の質なんてものにこだわる撮影所長なんてものはいない。脚本の精査なんてものとは程遠い審査しかなく、問題は「誰が主演か」「誰が監督か」「誰が脚本家か」というだけの名前だけで企画が通っていた時代である。それがプログラムピクチャーの実景。

 ということなので、その当時の話としては、多く語られるのは作品の内容ではなくて、ルーティーンのストーリーが如何に今回は「少しだけ」変わっていたのか、みたいな「少量変化」のことでしかない。つまり、それが例えばヤクザ映画ファンの論評であり、まともな映画評論の世界では一切無視されていた世界であります。

 まあ、プログラムピクチャーを語るっていうのも、昔の映画評論ではなかった話だからそんなもんだろう。要は、映画評論は「文芸映画」とか「芸術映画」とか「文化映画」を語っていればよかった時代があったのだ。1950年以降は、映画がプログラムピクチャーになってしまった時代以降になっても、こうした人材は残っていて、本当『キネ旬』あたりにはそのへんの残党というか、要は日本共産党新日本文学あたりの評論家が、基本的にプログラムピクチャー批判を繰り返していたもんだ。

 その人たちが高倉健をどのように評価していたのか、という資料は今もってないが、別にそれはどうでもよい。

 要は、昔から今まで、継続して高倉健さんはカッコよい、ということだけである。

 作品は、どんな作品でもよい。ただ、ひたすら健さんがカッコよければいい。

 多分、健さんの主演作はもう数少なくなるだろう。けど、最後まで「寡黙で不器用な男」健さんを演じて欲しい。もう、それだけでいいのだ。

 最後に、「季節外れの風鈴」って、要はそんな生き方の不器用な男っていうことでしょう。
 まさしく、俺たち「季節外れの風鈴」なんだよな、って勝手に観客の男が持ってくれれば勝ち、ってな言葉が「製作委員会」の発言で言われているような気が「確信」するのだ。

2012年8月27日 (月)

『デコボコの道」って、カッコ良すぎるんだよな健さん

 日経新聞が資本に参加している映画『あなたへ』の関連書籍として、映画の宣伝の為に高倉健に書かせて、出版した本なのである。そうなのか、考えてみれば今の日経新聞の中心読者は、昔、「任侠映画」や『網走番外地』を見て育った、団塊の世代なんだよな。

 そういうことなので、電子版の告知を日経のメールで知ったのだが、今のところKindleを出していないせいだろうか、アマゾンのサイトには載ってない。つまり、今のところ日本のアマゾンは「紙の書籍」にしか対応していない「旧体制」に属しているんだな、ってことで、それはちょっと面白い。

 ということもあるが、こうした電子版で100ページというボリュームのものでは、紙の書籍にしてしまうとリーフレット程度の本にしかならない。それでは商品にはならないだろから、そうした「リアルな物量」を気にしないですむ電子書籍ならではの企画かもしれない。ページが少ない分、値段も安いってことで、こうした企画はまさに電子版ならではの企画のひとつなのかも知れない。ただし、オーサリング費用は電子版の場合ページ数には単純に連動してないので、コスト高になるのはいたしかたない。そこは紙の本でも電子書籍でも事情は似たようなものだろう。

 ということで、私はSony Reader Storeで購入。

『デコボコの道』(高倉健著/日本経済新聞社/2012年8月24日刊)

Book_17_larhttp://pr.nikkei.com/ebooks/list/book/index17.html

(アマゾンではありません、あしからず。この日経のサイトから入って、お気に入りの電子書籍ストアを選んでください。)

 しかし、いい年してカッコ良すぎるんだよなぁ。健さん。

『「久しぶりにきれいな海ば見た」
 大滝さんのこの短い台詞を、台本で読んだときは平凡すぎると感じていました。ところが大滝さんがこれを発したとき、心の目をパッチリと見開かされたのです。
   <中略>
 気迫とは、大きな声やアクションで伝わるものではないことを、改めて思い知りました。』

『94年の『四十七人の刺客』では、毎日ちょんまげ姿に本身の入った二本差しを腰につけて伊豆の海岸を歩き回り、武士の気持ちをつくりました。』

『ほんのたまにめぐってくるいいことを見逃さないために、普段から神経を張りつめて、がんばっている必要があったのです。』

『「バカですね、みんな!」
 ムチ打たれないと走れない馬も悲しいですが、こういう人たちの気迫、心意気をいただいて、私は50年以上走り続けてこれたのだと思います。
 ありがとうございます。』

『部屋をのぞくと、布団をかぶって寝ている監督の枕元に、ガラスの割れた窓から吹き込んだ粉雪が白く積もっていました。低予算だということは知っていましたが、これほどまでとは…。
「この監督を喜ばせたい!」
 この想いが、『網走番外地』シリーズの私の原点となりました。』

『独立後の1本目が『八甲田山』でした。組織を離れ、単身で現場に向かうことになった私のことを聞きつけ、「旦那独りで、行かせられますかいや!」と、たった1人付いてきてのは、東映京都衣装部で当時の部長だった森護氏。』

『同じスタッフ、共演者が2度と再び集まることがないからこそ、1本1本の映画には、一期一会の全身全霊で臨んだ人たちのエネルギーが焼き付くのだと信じます。』

 という言葉のひとつひとつが、高倉健という役者のイメージそのものである。「寡黙で不器用な生き方しかできない」男。つまりそれは「仁侠映画」や『網走番外地』シリーズで作られたイメージで、実はそれ以前のサラリーマン物なんかに出ていた頃の高倉健はどちらかというとユーモラスな役柄が多かったのである。

 しかし、結局「寡黙で不器用」というイメージを決定付けた作品群に出てきた健さんは、その後も、ヤクザ役にはならなかったけれども、やはりそのキャラクターは「寡黙で不器用」というものに統一されており、それはまさしく高倉健そのものであるかのようなイメージとして捉えられている。

 たしかに「寡黙で不器用」というのは、日本では武士のイメージに相通ずるものがあり、ある種の日本の男の理想像だ。とは言うものの、「不器用」な役者であることは芝居を見ていれば事実かも知れないが、実際の高倉健が実は本当は「寡黙な男」では決してない、という噂もある。実は、結構話していると楽しい人である、という噂である。

 しかし、それを見せずに、観客がイメージするキャラクターを演じ続ける、演じ通す、ということもスターの条件である。

 そんな、最後のビッグスターが高倉健なわけなのだが、まあ、スター稼業も大変ですね、ととりあえずは同情しておこう。

 その「寡黙で不器用な」健さんの新作も、やはり寡黙で不器用な刑務官なのであった。それについては、明日、書きます。

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記事とは何の関係もない写真です。手前の女の子が可愛かったもので……。

EPSON RD1s Color Scopar 21mm/F4 @Higashi-Kurume (c)tsunoken

2012年8月26日 (日)

万平ホテルでロイヤルミルクティー

 昨日は妻と軽井沢の万平ホテルのカフェテラスでお茶してきた。

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 と言っても、要はジョン・レノンを気取ってみただけなのだがね。

 1976年から4年間、オノ・ヨーコとジョン・レノンは夏のたびに避暑のためにこの万平ホテルに宿泊していたそうだ。まあ、安田財閥のご令嬢であったオノ・ヨーコさんだから、子供の頃にこのホテルに毎夏泊まって避暑をしていたんだろうな。あるいは、別荘に宿泊して万平ホテルにお茶しにきてたんだろうか。

 まあ、いずれにせよそうやって宿泊していた万平ホテルのカフェテラスでジョン・レノンがロイヤルミルクティーをオーダーしたのだが、当時のメニューにはロイヤルミルクティーがなく、結局ジョンがその作り方を教えたというのだ。安田財閥のお嬢様であるオノ・ヨーコさんならまだしも、リバプールの労働者の息子でしかないジョン・レノンがそんなものの作り方を本当に知っていたのかどうかはちょっと怪しいけれども、まあ、それもひとつの伝説なので、とりあえずは信じておこう。当時、すでにセレブリティとなっていたジョン・レノンの写真が飾ってある万平ホテル・カフェテラスであった。

 以降ロイヤルミルクティーは“John's Favorite Royal Milktea”として、メニューに存在しているわけなのだ。

2012_08_25_010_2これがそのJohn's Favorite Royal Milktea

 このカフェテラスは窓もなく外に開放されている。それでも暑くはなく、私たちもホットロイヤルミルクティーをおいしくいただいてきたのだから、さすがに軽井沢である。

 気温28℃。日なたにでるとさすがに暑いが、ちょっと日陰に回ると結構涼しくなる。

 う~ん、皆「避暑」に来たがるのは分かるが、でも本当の避暑ってのは1ヶ月位の長期滞在して、何もやることがなくて飽き飽きするというものなのだ。しかし、日本の避暑ってせいぜい2~3日位の休暇でもって、休みが短いものだから、ここをせんどと歩き回るっていうんだから、まだまだ日本の休暇の使い方ってヨーロッパに比べると数ランク下っていう感じかな。

 しかし、こちらも片道4時間半、往復9時間ほどかけてお茶だけしてくるっていうのは、果たして贅沢な時間の使い方なんだろうか。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @Karuizawa (c)tsunoken

2012年8月25日 (土)

『図解 カメラの歴史』というよりは「日本カメラの歴史」だな、こりゃ

 結局『カメラの歴史』が前半ではたしかに「カメラの歴史」なんだけれども、後半になってしまうと「日本カメラの歴史」になってしまうのはやむを得ないんだけれども、それは私たち日本人カメラマニアにとって幸せなんだろうか、という問題だ。

『図解 カメラの歴史』(神立尚紀著/講談社ブルーバックス/2012年8月20日刊)

 写真家というのにも2種類あって、カメラ他の機材についてやたら細かいことを気にするいわゆる「写真機家」と、まったく気にしないで一眼レフだろうがレンジファインダーだろうがコンパクトカメラだろうが平気で使ってしまう、長嶋茂雄選手みたいな人がいる。

 実際自分が使う機材については「どんなものでもOK」だが、やたら機材に詳しい田中長徳氏なんかは「ちょっとへそ曲がりの写真機家」なのかもしれない。まあ、後者の代表選手は森山大道氏かな。

 で、神立尚紀氏はどうなのか、といえば完璧に「写真機家」の陣営に属する写真家だろう。なにせ『撮るライカ①②』の著者なのである。

 勿論、ライカだけが特別なのである。木村伊兵衛氏をはじめ多くの写真家がライカについて語っている。それも、多くの写真機について語っている中のひとつとしてライカを語るのではなく、ライカだけについて語っている本を出しているのだ。

 それだけライカというのは特別なカメラなのだが、じゃあ何が特別なのかといえば、まず35mmフィルム・フォーマットを始めたこと。これはつまり写真フィルムの製造技術というかフィルム乳剤の向上という点が一番大事なことであり、実はライカが始めたから偉いんではない。次に、連動距離計ファインダーを小型カメラで採用したってことなんだけれども、それも別にライカの専売特許ではなく、それまでにも存在した距離計をレンズのヘリコイドを機械的に同期して動かすようにしたというのが画期的だったわけで、つまりそれもライカだけの専売特許ではなかったのである。じゃあ、何がスゴイのか? オスカー・バルナックというのは何をしたから偉いのか、ということになってしまうと、そうした様々な小型カメラの要素を一つにまとめ上げて、我々が日常持って外出できるようなカメラを作り上げたというようなことではないだろうか。つまり、そこには新技術というものはないのだけれでも、そうした技術の集大成を作って、現在でも我々が日常使っているカメラの「おおもと」を作ったということにあるようだ。

 だからこそ、神立尚紀氏という「アンチライカマニア」を自称する人が、『撮るライカ』なんて本を書くような事態に至っているのである。

 で、この『カメラの歴史』なんだけれども、さすがに「アンチライカマニア」だけあって、ライカに関する記述は246ページ中30ページもないんじゃないか。約1割ちょっと。で、そのあとはすぐに日英米のコピーライカの話になって、「第4章 レンジファインダーから一眼レフに」になると、途中から日本製カメラのお話オンパレードになってくる。「第5章 日本製一眼レフが世界を制す」になると、以降はほとんど日本製カメラの話ばっかり。

『これまで見てきた、1950年代から1960年代にかけての一眼レフカメラの進歩は、主にカメラ本体にかかわるものであった。クィックリターンミラー、自動絞り、TTL露出計ときて、1970年代になると、一眼レフはより理想を求めて新たなるステージに上がるようになる。その1つ目は露出の自動化、2つ目は「システムカメラ」という考え方の浸透、3つ目は「小型軽量」への流れである』

 という具合に進歩してきて、更に「オートフォーカス」「デジタル化」である。最早、この時期になると完全に日本製カメラの独壇場で、ライカなんかは一眼レフの道を捨てて手動フォーカス+レンジファインダーでのデジタル化をM8、M9でやってしまった。ついでに言うと、M9ではその発展型としてM9モノクロームというデジタルカメラをモノクロ専用機にするという、実に歴史を裏切った「進歩」の方向に行ってしまうのだ。つまり、「物事を正確に記録する」というカメラのひとつの使命、報道などに代表されるカメラの使命は日本にまかせて、私たちは「表現」の方へカメラの機能を集中させます、っていうのがライカをはじめとするヨーロッパカメラの流れなのかもしれない。

 まさに、行き着くところまで行ってしまったような日本製カメラの生き方は、当然の成り行きとして、「写真機を扱う技術者=写真家」というものを否定し、誰でも、何処でも、どんな状況でも、失敗なく写真を撮れます、というところに行きついて、写真学校なんかも技術を教えるところではなく、写真家のコネを作る所になってしまっている。まあ、それはそれでよいのだが、一方のヨーロッパ陣営は写真にたいしてどのような発想をもってあたっているんだろうか。

 このまま手をこまねいて日本製カメラの後追いをしているばかりとは思えない。何か、ヨーロッパ人の発想法で、日本製カメラではありえなかった新型カメラを出してもらいたいものだ。

 まあ、iPhoneやAndoroidに付いているカメラもそれはそれで凄いんだけどね……。

2012年8月24日 (金)

『僕は写真の楽しさを全力で伝えたい!』というよりも、青山氏が写真を楽しんでいるってことなんだよな

 結局、写真家・青山裕企にとっては、すべての被写体が「記号化」されているのかもしれない。

『僕は写真の楽しさを全力で伝えたい!』(青山裕企著/青海社新書/2012年8月23日刊)

『スクールガール・コンプレックス』においては、童貞の高校生の「妄想力」をベースにしつつも、それは顔の写った「生身の(といっても写真だけれども)、誰某と(知っている人なら)分かる女子高校生」ではなくて、顔の見えない、まさしく「記号」としての女子高校生がいる。

『ソラリーマン――働くって何なんだ?!』においては、何故かピョンと跳ねている(飛んでいるじゃない)サラリーマンが写っていて、それらのサラリーマンも決してオフィスにいない。オフィスにいれば、多少どんな仕事をしているのか、営業系か、技術系か、総務系か、経理系かなどの、そこそこ個性というものの一端が見えてくるのであるが、決してオフィスに入らず、外でピョンなのだ。

 とはいうものの、『ソラリーマン』のサラリーマンは生身の顔をさらけ出して撮影されているわけなので、それなりの個性はある。この「記号と個性」が青山写真のキモなのだそうだが、「記号性」の高い写真は『スクールガール・コンプレックス』だけであり、他は、この本にも掲載されている奥さんの写真のように、やさじさがにじみ出ているような「個性」の写真である。

 つまり「記号性」の写真は女子高校生の妄想一杯の写真だけなのだな。要はそれは「妄想だけ」で作った写真集なのだということなのかもしれない。まさに「童貞の男子高校生」のアレやコレやの妄想。もうちょっと見たいんだけれども、それを見てしまえば「終わり」といわれてれしまいそうで、見ることのできない、まさに「妄想」。

 しかし、その『スクールガール・コンプレックス』のシリーズや『ソラリーマン』を除くと、まあいわゆる普通の写真である。ここに青山氏の「平凡のなかの非凡」というような写真という立ち位置がみられるようだ。

 とは言うものの、青山氏のまさに写真家として生きることを決めたこの文章って、あまりにもカッコ良すぎるんじゃないか。

『写真を続けてゆくことは、夢でも希望でもなく、覚悟。
 旅することで好きな写真から最も遠ざかった時に、旅を諦め(=明らかに見極め)、写真に対す覚悟が決まった、
 それが、たまたまグアテマラだった。』

 う~ん、グアテマラね……。

 

2012年8月23日 (木)

『ヤクザに弁当売ったら犯罪か?』って犯罪なんだな、これが

「犯罪か?」って、本当に犯罪になってしまうんだから、これはコワいことです。

『ヤクザに弁当売ったら犯罪か?』(宮崎学著/ちくま新書/2012年6月日刊)

 問題は14日のブログ<『暴力団と企業』というよりは、暴力団と警察から自ら守る方法。ですね>で書いた「暴力団排除条例」である。

『この条例が標的にするのはヤクザではなく、ヤクザとつきあう一般市民や民間企業の側である。行政と民間との関係だけならまだしも、民間企業同士の関係には、警察は「民事不介入」が原則であったはずだ。いまや、私人関係に公権力が加入して、「だれそれとつきあうな」と制限し始めている。』暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律)がもっぱらヤクザを対象とした法律であるのに対して、暴力団排除条例はそれから手を広げてヤクザと付き合う一般市民を取り締まるための条例である。更に、問題なのはこれが全都道府県ごとの条例であるという点だ。『国会で審議されていれば、曲がりなりにも警察の「やりすぎ」を縛る制約がつくか、最低限の憲法論議がされただろうが、悲しいかな、地方議会レベルではそうもいかない』ということに加えて、その内容は『「暴力団の活動を助長」だとか「暴力団と社会的に批難されるべき関係」だとか、犯罪を構成する要件(基準)がまったく示されていない等しい有様である。これでは警察の裁量でいくらでも対象を「拡大解釈」できることになる』という、実に警察に有利、一般市民にはとてつもなく不利な条例なのだ。『なんら刑法上に規定のない「ヤクザとの交遊」を警察の「認定」というほぼフリーハンドで「犯罪に準じる」ものとして、処罰の対象とする。処罰にいたらなくても、市民が一度、「交際者」と認定されれば、社会的信用を失い、職場を追われ、銀行口座やクレジットカードも解約され、住宅ローンも解約されるなど広範な制裁を受けることになろう』という、まさしく日本を「警察国家」にしようという犯罪的条例である。

 そもそも、何故こんな条例を作ってしまう背景が生まれたのであろうか。

 ひとつには2008年に改正され、ことしまた改正されようとしている暴対法の問題がある。それまで警察とヤクザは結構親しくして、言ってみればヤクザの裏事情をヤクザを通じて仕入れて、手入れの資料にしていたということがある。ところがこうした警察とヤクザの付き合いが癒着の温床と批判され、改正された暴対法によってこうした警察とヤクザの付き合いができなくなってしまった。その結果、警察がヤクザの情報を得ることが極めて困難になり、何かヤクザに関して問題が起きたときに、取り締まるための情報が警察にはなくなってしまったという問題がある。2009年の警察の刑法犯検挙率は約30%と1989年の60%から半減しているという。警察の操作能力が落ちたということもあるのだろうが、上記のような情報収集能力の低下という問題もあるのだろう。

 警察とヤクザが適度な距離を置いて付き合うというのは、確かに一般市民からみれば「警察もヤクザも一緒」という見方をされて、警察にとってはあまり心持のよい状態とは言えないのかもしれないが、常にヤクザと付き合うことによって、「あまりムチャなことはするなよ」という、ヤクザへの抑止力にはなるわけで、それはないよりはあった方が良いのではないか。

 更には、『70年安保にむけて、ベトナム反戦運動や学生運動が過激化し、大量に採用した警察官が現在、定年を迎えてきている』という問題もあるそうだ。つまり、この大量採用した警察官の再就職・天下り先として、それまでパチンコ業界くらいしか天下り先のなかった警察官僚がおいしい天下り先を作ったということもある。つまり『実体はともかく「わるそうな輩」とはつきあうな、という警察からの「要請」で企業活動の範囲を規制することが容易くなった。そのお目付け役として、企業や関連団体での警察OBや、暴力団相手に民事介入暴力事件訴訟などを手掛ける、いわゆる民暴弁護士たちの「指定席」が倍増するしくみである。全国の「暴追センター」、防犯協会のほか、企業の顧問や監査役、関連の研修・講演会の講師など引く手あまたである。
 脱退した元組員を更正させるとして、全国に社会復帰対策協議会を設け、それも警察OBの再就職先となっている。最近では暴排条例への協力を企業に呼びかけた警視庁組対部長が某キー局に再就職している』そうだ。

 何やってるんだ「某キー局」。こんなことをやっているから「テレビ・ジャーナリズムは死んだ」なんて言われるのである。

 とまあ、あだしごとはさておき、そんな暴対法や暴排条例できれいな社会ができるのか、といえば実は全く逆のことになるだろう。取り締まりが厳しくなればなるほど、ヤクザは一般市民社会との接点を失ってきて、非合法化、アンダーグランド化するだけだ。つまり、まだ一般市民社会との接点を持っているヤクザは、それでも一般市民社会には一般市民社会のルールがあり、それはヤクザ社会のルールとは別の規範で動いているという認識がある。ところがヤクザが非合法化・アングラ化してしまえば、そこには一般社会のルールがあるという前提はなくなり、マフィアや単なる愚連隊、チンピラになってしまう。

 取締りの手の届かないこうしたマフィアや愚連隊、チンピラになってしまえば、一般市民社会はこれらの連中との付き合い方も分からず、即、これらの連中の罠に陥る危険性が増してくるのだ。

 とにかく、お互い「ほどほど」という観点が重要なんじゃないかと思うのだが。

 

2012年8月22日 (水)

『中国はなぜ無茶をするのか』というよりも国民的中二病とのお付き合いを

 まあ、確かに中国四千年の歴史から言って、この200年くらいの間のイギリスに蹂躙され、ドイツに蹂躙され、日本に蹂躙された歴史はホンの些細な現象だ。その現象が自らの問題ではなくて他国からの仕掛けである以上、そこにはいくらでも文句を言う素地はあるわけで、そんな状況の下であれば、その反対の言い分としていくらでも「ムチャぶり」はできるわけだ。

『中国はなぜ無茶をするのか 知らないではすまない中国の大問題2』(サーチナ著/アスキー新書/2012年8月10日刊)

 ところが問題なのは、2010年にGDPで世界第二位に躍り出て、今やアメリカに次ぐ大国になってしまった中国が、何故新興国のように自らの主張ばかり述べて、相手の言う事を聞かず、まるで中学2年生みたいな「ムチャぶり」をするのかということなのである。

『もともと日本は、とくに古代から中世においては、中国から文化を輸入して発展を遂げてきた歴史を持っています。中国人にとって、「中国が先生、日本は生徒だった」という意識が強いのです。にもかかわらず、明治維新(1868年)以降たちまち近代化に成功し、あっという間に中国を追い越してことへの驚きと妬み、そして畏敬と羨望。さらに、日清戦争’1894~1895年)で台湾を奪い、日中戦争(1937~1945年)ではありとあらゆる残虐非道を働いたとされる日本への恨みといったものが、複雑に入り混じっているのが今日の中国人の対日本観であると言えます。
 日本人は、よいことこも悪いことも、つまり近代化にせよ戦争にせよ、モノに取り憑かれたように徹底的にやる偏執的な性格をもっている、という印象も強いようです。
 また、戦争の残虐なイメージがある一方で、近年になってからは、漫画やアニメに代表される「かわいい文化」を持っていることも知るようになりました。そのギャップの大きさも、「日本人はどうもよくわからない」という戸惑いに結びついているようです。』

『世界一の経済大国であることへの純粋な憧れや、尊敬の念で米国を見ている中国人は少なくありません。「ひと旗あげたい」とアメリカンドリームを夢見て米国に留学する中国人学生も膨大な数に上がります。しかしながら、世界一の強国であるがゆえに、自分たちの主義主張を一方的に押し付け、権利をずけずけと要求してくる自己中心的な米国の態度に辟易している中国人が多いのも事実です。
 こうした、米国に対する尊敬と反感のないまぜになった複雑な思いは、何も中国人に独特のものではなく、わたしたち日本人や世界中の他の国々の人々にも多かれ少なかれあるはずです。
 ただし、中国人の場合は、そこにはもうひとつの独特の感情が加わります。それは、「なぜオレたちじゃなく、米国が世界一なのだ?」という嫉妬とも言える感情です。
 中国には数千年の歴史があり、世界史上の最大発明(火薬・羅針盤・印刷術)をはじめとするさまざまな文化を生み出してきました。人口も米国の四倍以上あります。本来であれば、自分たちが世界一になていてもおかしくない存在なのに、なぜ米国にここまで差をつけられてしまっているのだ、という不満を中国国民の多くは潜在的に抱えているのです。2010年に世界二位の経済大国になったとはいえ、米国との圧倒的な経済力の差、そして軍事力の差を考えると、「われわれはまだ本来の力、あるべき地位を手に入れていない」というのが中国人の基本的な認識であると考えて間違いないでしょう。』

 こうした対日観、対米観の基本を見てみると、経済力ではさすがに世界第二位の地位を確立したにもかかわらず、いまだに我等の方が劣等に位置する部分がある、という基本的な観念が中国の人々にはあるのだろう。片方は文化的側面であり、もう片方は軍事的側面である。そして、その両側面は多分中国が絶対的に追いつけない部分でもある。つまり、文化的側面は経済力では如何ともしがたい歴史的な生成物であり、軍事的側面はアメリカが第二次世界大戦とその後の冷戦下、60年の歳月をかけて築き上げてきた中ソ包囲網なのである。たかだか経済離陸を遂げてきて20年あまりの中国が追いつけないのは無理はないだろう。あと40年位経ったらどうなるかは何とも言えないが、少なくとも現状はその通りであるのだからやむを得ない。

 問題は、あと40年経ったときの中国の在り方である。大きいのは現在の中国が「共産党一党支配化」にありながら「資本主義経済」で発展を遂げている点である。崩壊前のソ連もそうだったが、今の中国が昔ソ連を批判したまさしく「修正主義」であり、それでいながらスターリン流の「社会帝国主義」であるという事実だ。国の版図を縮小させる気はさらさらないし、むしろウィグル族やチベット族の独立を認める様子は全くないということなのだ。

 現在の中国は漢族が支配している。中国の歴史では漢族以外の民族が支配していた元などの時代はそれほど他民族に対する支配の度は強くなかった。チベット族なんかも独立した存在として認められていた時代があったのだ。ところが漢族の時代はそうした容認の動きは全くなく、多民族国家という実態を全く無視した支配体制を布いている。この漢族支配が終わらない限りは、中国の姿勢が変わることはあまり考えられないし、多分変わることはないだろう。

 中国の今のような対外的な態度が変わることがあるとしたら、それは漢族支配が終焉して、多民族融和政策がとられるような時代になってからのことではないだろうか。まあ、それまでは、周辺の国家も国民的中二病に付き合うしかないのかもしれない。

 しかたないね。

 

2012年8月21日 (火)

『歴史でたどる領土問題の真実』要は国境問題には解決はないということについて

 畢竟、「領土問題」「国境問題」っていうのは、その国の「文化」の問題なのである。

『歴史でたどる領土問題の真実 中露韓にどこまで言えるのか』(保阪正康著/朝日新書/2011年8月30日刊)

『領土問題の歴史をふり返ると、一方の国が国威を失ったり、国力が落ちたときは、必ず相手側の国に暴論や偏狭な論が起こる』そうである。つまり2011年3月11日の東日本大震災に乗じて香港の新聞が『この大震災により日本の国力は弱まっているのだから、尖閣列島について従来のわれわれの主張を確固とするために、この際その領有権を具体的な形で示してはどうか』という暴論をあからさまに発表し、軍事的に制圧してしまえという主張をしたりするわけである。さすがに「打落水狗(水に落ちた犬は打て)」の国ではある。しかし、こういう発言を「盗人猛々しい」と言ってはいけない。戦前・戦中の日本だって石原莞爾が『日本もまた中国が弱体化している今日、満蒙問題を解決(実質的に日本の支配下に置くの意味)して、中国に対し、「指導ノ位置ニ立チ」と主張している』というように、他国が弱まっているときに、そこに乗じるのがそれぞれの国の得策という論は「帝国主義的感情」を土台にした領土論なのだ。

 こうした「帝国主義的感情」がいまだに中国やロシア社会では通用しているという点には驚くが、しかし、それに日本が一対一対応をしていては、なんら彼らの感情を上回ることができないのである。もっと冷静になって対応することが一番大事なことなのである。

 国境には「自然国境」という考え方と「人工国境」という考え方があるそうだ。つまり、島国日本の場合はすべての国境が自然国境だから、日本人にとってはあまり国境概念はないのかもしれないが、ドイツとフランス国境のアルザス・ロレーヌ地方やドイツとポーランド国境などは昔から紛争の絶えない地域だし、ロシアとエストニアなどはいまだに国境が確定していない地続きの国々がある。ことほどさように国境問題というのは双方の国々にとって頭の痛い問題なのであるが、歴史というものが「地続きの思想」である以上、根本的な解決はあり得ないと考えたほうがよいのだろう。軍事的な解決方法を選んだ場合は、当然次の時代では反対側の国から軍事的な解決を求められることになる。しかし、いまや国際紛争を軍事的に解決する方法は、もっともコストパフォーマンスが悪い方法として各国が認識している。ところが、双方の国の偏狭なナショナリストたちは互いに「実効支配せよ=軍事的に占領せよ」と言っているのである。もし本当にそうであれば、単純に「バカですね」ということだ。

 ということで、日本の抱える領土問題・国境問題を見ると、現状ではロシアとの北方四島問題、韓国との間の竹島(独島)問題、中国・台湾との間の尖閣列島問題なわけだけれども、それぞれが抱えている問題のあり方は三者三様なのである。

『日本とロシアの間には、<歴史>が土台にある。歴史認識を共有しない限り、決して解決には至らない。この<歴史>に加えて、<外交>がプラスされて解決されるべきだろう。日本と韓国の問題は<条約>が根底にある。一九一〇年の日韓併合条約、あるいはサンフランシスコ講和条約のなかで、竹島はどのように位置づけられているのか、それには条文の解釈それ自体が需要である。この解釈に<外交>がどれほどの力をもち得るかは補助的手段だとわかる。そして日本と中国の尖閣諸島については<資源>がある。実際に資源がこの尖閣諸島付近には存在するのかが疑問だとの声もある(つまりアメリカが日本と中国の間に緊張関係を演出するために資源があると言っていると説く日本の論者もいる)。現実には中国が、この諸島が時刻の領土と主張し始めたのは、この資源の存在が明らかになってからだ。この資源についての理解をもちながらの<外交>が必要になってくる。』

 というのが、その三者三様のあり方だろう。

 で、その三者三様の領土問題を解決する方法論はあるのだろうか。ロシアと日本が同じ歴史認識を持つことはありうるのだろうか、韓国と日本が同じ条文解釈に辿りつくことはあるのだろうか、中国と日本が尖閣諸島の資源探索で合意することはあるのだろうか。

 この中で一番単純なのは尖閣諸島問題だろうか。1968~1970年に行われた国連調査でこの地域に石油資源がある可能性があるということを発表したのが、この地域での日中国境問題の出発点である。だったら、日本と中国で共同で(別に単独でも構わないが)尖閣諸島の資源についてもっと実際的な調査をしたらどうだろうか。ただし、この地域での調査は海洋深い部分での調査になるので実は調査にお金が大変かかるのである。しかし、そのカネを今のところ自国で出す気のない両国は、まあ、勝手に自国民がなすがままにさせているというわけなのである。結果「つまりアメリカが日本と中国の間に緊張関係を演出するために資源があると言っていると説く日本の論者もいる」という指摘の通り、日中両国の偏狭なナショナリストだけが騒いでいるというだけのことでしかない。

 韓国の竹島(独島)問題なんかは、完全に李明博大統領の個人的な問題のスリ替えでしかないにもかかわらず、それでナショナリズムを盛り上げている韓国の人々のレベルの低さ(脊髄反射で李明博大統領の目的的中)でしかない訳だ。大体、竹島(独島)をどちらの国が占有したって、漁業権以外の利益は何にもない、単なるプライド争いでしかない。韓国軍が実効支配しているわけなのだが、はたしてその韓国軍はどの国から自国を守っているのだろうか。まさか日本の攻撃から守っているわけではないから、まったく分からない。

 ロシアとの北方四島問題も、現実を考えてしまうと既に現地に在住しているロシア人たちをどうするのか、という問題をまず考えなければならないだろう。ソ連時代であれば「もういいから、ソ連から島を買っちゃえば? 島民だって、結果日本になれば生活は向上するしオッケーでしょ」なんて暴論も許されたのだが、いまやソ連時代じゃないし、もう少しは島民の生活も向上しているようだし「いまさら日本人になってもねえ」という気分もあるのだろう。

 ということで、無人島である「竹島(独島)」と「尖閣諸島」の問題と、すでに多くのロシア人が住んでいる北方四島問題とはちょっと違う問題として考えなければならない。

 まあ、いずれにしても、「国境問題」が「軍事衝突」なしで解決することはないだろうし、しかし、双方の国としても「軍事衝突」はしたくないわけだ。じゃあ、どうすりゃ「国境問題」が解決するのかと言えば、言葉の順番から言えば「解決はない」ということになるだろう。そう、国境問題に関しては根本的な解決はあり得ない。その時その時なりの、時限的解決方法をお互いに考えて、最終解決はそれこそ「次代に受け継ぐ」という形で「棚上げ」が基本である。

 しょうがないじゃないか、日本という国はつい140年前までは鎖国をして諸外国との通商・政治交流を禁じていた国なのだ。対する中露韓は一方では海が国境かも知れなかったが、もう一方では陸続きの国境問題を以前から抱えていた国なのだ。

 そんな国が、たかだかここ60年くらいの間に生じた国境問題に右往左往してもしょうがない。とりあえず、とにかく先送りして決着させないというのが一番の「解決方法」かも知れない。

 そういえば、「すべて難問の解決は先送り」というのが日本の伝統文化なのかもしれないしね。

2012年8月20日 (月)

『ニートの歩き方』哲学編

 哲学編って言ったって別に難しいことを言おうというのではない。ていうか、pha氏の文書自体が全然難しいことを言っているわけではないしね。

『ニートの歩き方――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』(pha著/技術評論社/2012年9月1日刊)

 要は、一生懸命働くのか、働かないのかは、別に誰に強制したりされたりするもんじゃなくて、それぞれ個人が勝手に自分の問題として考えればいいということであり、「食っていかなきゃ」と考えたら働けばいいし、「今のところ働かなくても食っていける」と思えば働かなくってもいいんじゃないの、ということである。でも、そんなことになってしまって、皆がみんな働かなくなってしまったら世の中が動かなくなってしまうじゃないか、というのは杞憂に過ぎない。つまり「働かないアリ」の話である。働きアリのうち全体の2割くらいほとんど働かない怠けアリがいる。でも、その怠けアリを取り除いてしまうと、残りの8割のアリが皆で一生懸命働くかというと、そうじゃなくていままで働いていたアリの2割が今度は怠けアリになってしまう。そして排除した怠けアリの方も、そのうち8割が今度は働くようになるという話である。

 つまり、生物の集団を見るときは個々の性格とか性質を問題にするのではなく、全体をひとつの生き物として見た方がよいという考え方だ。世の中のすべての生き物は共生関係の中で生きている。アリのような社会性生物もそうだし、例えば人間だって腸内に繁殖している細菌は食物の分解を助けてくれたり、悪い最近が体内で繁殖するのを防いでくれる。社会の全体性の中で見れば『ニートもサラリーマンも、警察官も犯罪者も、起業家も自殺者も、右翼も左翼も、同性愛者も異性愛者も、農家も漁師も、ホームレスもサッカー選手もみんな現在の社会のある一面を引き受けている。それは全体として一つのものであって、そのうち一部分だけを切り捨てることなんてできない。社会の一部の人間を切る捨てようとすることは、一つの個体が自分の手足を切り落とそうとするのと同じ』だというpha氏の指摘もその通りであろう。

 ニートを見たときに、それは自分と関係ない存在ではなくて、ある種自分の一部分かも知れない、自分というコインの裏表という考え方をすれば、 その存在を許すと言うことになるだろう。それはニートだけではなくて、例えばいじめにあっている子供を見たときに、同時にいじめをしている方の子供にも同じ目を注ぐ必要はあるだろうし、ホームレスを見たときにも、それを排除するのではなくて、それも生き方のひとつであると考えれば、世の中は寛容さというものを取り戻して、上手くいくのではないかという考え方である。寛容さを失った社会というものは、例えばナチス・ドイツとかスターリン主義の共産圏みたいなもので、早晩崩壊の時期が来るものである。

 ところが、「皆〇〇しなきゃいかん」というような同調圧力が強い日本社会である。しかしこれは第二次世界大戦末期になって国民総動員体制になって「一億総火の玉」だとか、戦争に負けると「一億総懺悔」だとか、それが戦後に復興すると「一億総中流」だとか、皆横並びが好きな民族になってしまったわけだが、多分そんな言い方をするようになったのは、本当に第二次世界大戦末期から20世紀末頃までのたかだか60年間に作られた国民性なのではないだろうか。多分、明治期の日本では落語に見られるような、もっと多様な生き方が認められていた筈だし、明治以前の士農工商時代では多様性は当然のように認められていた。で、勿論そんな国民総動員体制の中にあったって、声高に反戦を唱えて投獄された人ばかりでなく、戦争を忌避してドロップアウトしていた人たちも沢山いたわけだし、戦後の高度成長期だってホームレスは一杯いたわけだ。ところが、その頃はそんな人たちの存在を「無視」していたわけで、そうじゃない人たちに対してむやみやたらに同調圧力をかけていたわけだ。つまり、同調圧力に屈しやすい人たちにだけ同調圧力をかけていたというわけ。

 それが、ここにきてニートも含めて、もっと多様性を持って生きましょうよという発言が出てきた21世紀である。勿論、それは「沈み行く日本」と同調して出てきた発言なのであるが、実はもっと以前から普通にあった生き方でしかなかったのであります。

 とはいうものの、『ただし、僕がここで言いたいのは、ニートは社会によって生み出されたものだからニート自身に責任はない、ニートは頑張らなくていい、ということではない。ニートは社会の影響を受けているということは全くの間違いではないけれど、そういう考え方は人間をあまり幸せにはしない。大きな集団の中のニートの割合が一定だったとしても、個々が自分の境遇を良くしようとする意志は必要だ。向上心を全くなくしてしまうと人間はさらに落ちてしまう』と前向きなpha氏なのであった。

2012年8月19日 (日)

ザ・マクロス原画展

『ザ・マクロス原画展』というのが8月22日までの予定で、池袋西武で開催されている。

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http://www.macross-gengaten.com/

 詳しい内容は上のアドレスをクリックしていただくということで、私が語りたいのはマクロスというロボットアニメについてではなく、そこに登場していた「バーチャル・アイドル」についてなのである。

 リン・ミンメイというのが『超時空要塞マクロス』に登場してくるバーチャル・アイドルの名前だ。勿論、それはフィクションの上での存在でしかなかったわけだが、しかし、当時のアニメオタクの一部には彼女の個性を認め、ひとりの確立したアイドル歌手としてみる人もいたわけである。当然、それはオタクたちだけの間の同意でしかなかった訳だが、「コンピュータ・グラフィックスが作る仮想の人間(アイドル)がいて、その仮想のアイドルに人々が夢中になる」というテーゼを生み出した最初のきっかけではあったわけだ。それまでのアイドル歌手というものは、当然生身の人間だったわけで、そこに「バーチャル・アイドル」というものを設定して提示した意味合いは大きい。

 リン・ミンメイのコンセプトとキャラクター・デザインをした美樹本晴彦は、オリジナル・アニメ『メガゾーン23』でも、リン・ミンメイと同じコンセプトの下、時祭イブというバーチャル・アイドルも生み出している。

 当然、この頃のバーチャル・アイドルとは言っても、それは2Dの手描きアニメでしか作れなかったわけで、それはその他のアニメーション登場キャラクターと同じく2D手描きキャラということなので、それらのキャラクターの間にはあくまでも「コンセプト上(片方は実在のキャラという設定で、もう一方はバーチャルなキャラという設定で)」だけの違いでしかなかったわけだ。

 勿論、1980年代後期から1990年代にはすでに3DCGというものが登場してきて、映画にも一部使われてきている。日本でも、TVアニメ『名犬ジョリイ』や『子鹿物語』などで先駆的にCGを使い始め、映画『SF新世紀レンズマン』などで3DCGを(人間キャラクターではないけれども)フルに使用していた、現在の東京工科大学・金子満氏などの働きのおかげで、とりあえずCGを使ってみようかという発想法は、アニメーション映画の世界では当たり前の考え方にはなっていた。

 199年代に入ってホリプロが伊達杏子というCGアイドルを作ってみたり、漫画家のくつぎけんいちがテライユキというキャラクターを作ってたのは知っている。伊達杏子はテレビにも出演していたが(ただし、出演していたことは覚えているが、どんな内容かは全く覚えていない)、残念ながら当時のテクノロジーでは、自分が歌うのが精一杯で、それ以上の事はできなかった(まあ、それも清純アイドル歌手の基本的テクニックではありますが)というアイドル歌手の基本を守っていたのであります。

 問題の伊達杏子や、テライユキにどんな問題があったのかと言えば、要するに「人型」をしていた、ということなのである。

 そのことで一番失敗したのが映画『ファイナルファンタジー』であろう。ゲーム「ファイナルファンタジー・シリーズ」でもって蓄財したスクェアエニックス社が、「ファイナルファンタジー」のクリエイターである坂口博信氏のわがままを聞く感じで作った映画なのである。

 で、出来上がった映画がどういうものかといえば、まさしく「人に良く似たロボットに対して人間が拒否感を覚える可能性」を論じる「不気味の谷現象」と呼ばれる作品の典型例で。要は、CG的には実に人間に似ているのだが、しかし、絶対に人間らしくないところを持っている、その為に見た人に嫌悪感を覚えさせるという問題なのだ。

 つまり、例えオタクとはいえ「本物と偽物の判断はできる」ということで、いかにもな偽物(でもある意味本物の)バーチャルアイドル=初音ミクの方向に行くのである

 元々、初音ミクは2Dアニメキャラクターの3D版みたいなキャラクターである。少なくとも、伊達杏子やテライユキのような、普通の人に近いキャラじゃなくて、まんまパソコンでいじりやすいような、3Dキャラとしてはあまりにも「普通」っぽいキャラである。

 そう、初音ミクっていうのは、多分、日本の「バーチャル・アイドル史」に関して、普通の生活から上がってくるアイドルになるのかも知れない(勿論、反語ですよ)。

 

2012年8月18日 (土)

学生ラクロス秋シーズン開幕!

 都内で学生がヘルメットを被って鉄パイプで殴り合ってる! って言えば、今から20年前なら「スワ、内ゲバかっ」ってなったものだが、昨今はそんなすさんだ話もなく、なんだラクロスの試合かってなもんです。鉄パイプじゃなくてアルミ合金製だし、プロテクターも着けてるし。

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 しかし、お盆を過ぎて朝晩は多少涼しくなったとはいえ、まだまだ盛夏である。それにも関わらず、関東学生ラクロス連盟は、早くも秋シーズン開幕なのである。まあ立秋は過ぎたので、秋シーズン開幕でもいいんだろうけれども……。

 本日は、大井第二球技場での立教大対帝京大戦。18時試合開始なので少しは涼しくはなったところがご愛嬌。しかし試合内容はちょっとお話にならないくらいで、24対0という大差で立教大の勝ちという結果に。ほとんどボールコントロールは立教だし、帝京はポロポロ玉を落とすし、落とした玉は大体立教が押さえてしまうし、という感じで一方的に立教が攻めていた感じ。

 我が家的にはOKな試合だが、できればもう少しハラハラドキドキする試合展開で、その結果、我が応援チームが勝つって言う方が面白いのだが、まあ、それは贅沢ってもんでしょうか。

 しかし、何度も言うけれども、本当にチャンバラだね。学生には鉄パイプが似合うってか?

Nikon D7000 AF-S Nikkor 70-300mm @Ooi (c)tsunotomo

2012年8月17日 (金)

『ニートの歩き方』実践編

「日本一有名なニート」だそうである。面白そう。

 でもなんで「技術評論社」なんだ? ああそうか「お金がなくても楽しく暮らすインターネット活用法」ってわけね。

『ニートの歩き方――お金がなくても楽しく暮らすインターネット活用法』(pha著/技術評論社/2012年9月1日刊)

 pha氏は京都大学総合人間学部卒業だそうである。別に、東大だって京大だってマンモス大学だから、いくらでも変な奴はいる。pha氏もそんな変な奴の一人なのだろう。

 で、京大総合人間学部ってどんな学部なのよ、と調べてみれば

『人間科学系、認知情報学系、国際文明学系、文化環境学系、自然科学系以上 5学系から総合人間学部・総合人間学科が構成され、それらのダイナミックな連携のもとでの教育と研究をめざしています。』(大学の学部案内より抜粋)という学部なのだそうだが、なんだかよくわからない。まあ、東大の教養学部みたいなものかなとは思うのだが、リベラルアーツを学ぶ東大教養学部とはちょっと違うようだ。まあ、なんにしてもこういう訳のわからない学部だからこその「高学歴ニート」なのかもしれない。

 で、pha氏はニートだけれども「親の脛かじり」ではなく、独立して東京でシェアハウス「ギークハウス東日本橋」を運営している。そんなのニート? というところだが、本人が自称しているんだからそうなのかもしれない。まあ、かなりゆる~い感じでシェアハウスを運営していて、仕事はほとんどしていないっていうことではニートなのかもしれない。仕事をほとんどしないフリーランス? といった感じだろうか。

 で、面白いのでこの本については2回か3回位語るつもりだが、今回は具体的に「第3章 ニートの暮らし方」から見ていこう。「インターネット/住居について/食生活について/お金の支払い/証明書・保険・年金/仕事について/どうしても困ったら/小銭稼ぎ/ニートのためのブックガイド」という内容で構成された第3章は、かなり具体的に独立ニートの暮らし方を書いてある。

 インターネットについては『例えお金がなくても食べるものに困ってもホームレスになったとしても、絶対にインターネット接続環境だけは守らねばならない』として、まず第一義に考えている。まあ、確かにネットこそは仕事をしないニートが他人と繋がる唯一の手段だし、買い物もできるし、娯楽も提供してくれるし、ネットサーフィン(古っ!)などやって、毎日お金をかけずにダラダラ暮らすための必携の装置だろう。そのためにはパソコンやWi-Fi、WiMaxなどの無線環境はどこにいても人と繋がることができる手段だし、ここにだけは少し無理してでもお金を使おう、というpha氏の発言は、いかにも「今のニート」ですね。

 さらに住居についてが面白い。<実家/シェアハウス/ネットカフェ/安宿・ドヤ/居候/ホームレス>とあって、まあ実家暮らしがニートには一番向いている暮らし方だろうけれども、やはり親と毎日顔を合わせるのはいろいろとツラいものがあるのだろう、ということで次にシェアハウスが来るわけだ。pha氏が一番勧めるのはやはり京大の熊野寮暮らしなんだろうな、どうもその寮暮らしが忘れられずに現在もシェアハウスを運営しているようなところも見受けられる。まあ、確かに学生時代の繋がりというのはお互いに損得なしのユルい繋がりができるし、そんな学生時代が忘れられずにいる気持はよくわかる。pha氏の行動の原点は学生時代の寮暮らしにあり、そのままでいたいので今の生活があるのだろう。私だって学生時代に戻りたいという気持ちはある(まあ、無理ですけど)。で、安宿・ドヤを飛ばして居候である。よい居候であるためには居候力が必要だとpha氏は言う。つまり『居候力というのは「家事をきっちりこなす」とか「いても邪魔にならない」とか「なんだかこの人が住んでいると楽しい気がする」とか、そういう力のことだ』そうである。『家事をやっていると家事手伝いと呼ばれたり、居候先の人間と婚姻関係や恋愛関係があると主夫とか主婦とかヒモとか呼ばれたりするけど、全部やっていることはあまり変わらないので呼び名は何でもいい』ということである。素晴らしい! こんなニートが一番楽しそうである。

 で、最後が証明書・保険・年金だ。実はこのニート、身分証明書を持っているのは勿論、健康保険や国民年金もちゃんと払っているのである。ニートというとこの辺のことにはひどく無頓着なイメージがあるし、事実大半のニートは国民健康保険だって国民年金だって払っていないだろう。たしかに、年金なんてこの先どうなるかは分からないわけで、払ったって意味ないよと考えている人が多いのだろう。事実、今や国民年金の支払い率は低下するばかりである。ところがpha氏の考え方は『(国民年金が)破綻すると言ってもずっと年金を納めてきた人が全く納めなかった人と同じ扱いになるのだと暴動が起きそうなので、何らかの処置は取られるのじゃないかな。分かんないけど』とかなりマトモなことを考えている。さらに障害年金のことまで考慮しているのは、さすがに京大出のニートだけはある。払えなきゃ払えないで、ちゃんと対応する制度もあるのだ。

 章末の<ニートのためのブックガイド>もためになる。私が読んだことのある本もいくつか入っており、これは参考になるだろう。しかし、これらの本を読むニートっているんだろうか。多分、「本なんて読むのカッタルイ」っていう人が多いんじゃないかと思うのである。「まえがき」や「第2章 ニートの日常風景」でもしばしば触れている「だるい、めんどくさい、働きたくない」というニートの人たちにとって、まさにマンガ以外の「本を読む」なんていう「前向きの行為」はカッタルイんだろうな。しかし、最低限でも読んでいた方がいいという本があるのは確かである。ネットの情報だけでは手に入れられないモノが本にはある。日本のニートの人たち、せめてここに上げた本だけは読もうね。

 という、pha氏は随分「地に足をつけたニート」なんである。

 まさにおちゃらけ社会派ブロガーちきりんさんの推薦文のような『働かないことに罪悪感をもつ時代は終わり、必要最低限だけ働いて、あとは気ままに生きていこう。そんな気になれる本だと思います。』という、pha氏の「働き方に対する考え方」とか、シェアハウスにおける「新しい家族のあり方」といった哲学編はまた後日。

 以上、10月からニートになる予定のtsunokenでした。

 

2012年8月16日 (木)

『10年後も食える人 1年後すら食えない人』っていっても、多分この読者の殆どは1年後すら食えない人の部類なのだ

 精神科医にしてテレビタレント、ビジネス本作家にして映画監督の和田秀樹氏の本である。もう何冊目になるのかな。

『10年後も食える人 1年後すら食えない人』(和田秀樹著/青春出版社/2012年6月5日刊)

 なんか、メインタイトルも挑戦的だし、各章、各節タイトルもやたら挑戦的だ。とは言うものの、文章は実に平易でどんどん読めてしまう。「なんだこの本は」とおもったのも当然、ああこれって『BIG tommorow』に連載されていた記事『儲かる人の法則』の加筆・訂正版だったのね、ということで納得。青春出版だしね。

『BIG tommorow』というのは青春出版社の看板雑誌で、以前は(私が20代、30代の頃)若者サラリーマン向けの人生指針雑誌だったのだが、どうも最近は若者サラリーマン向けの「金儲け指南雑誌」になっているようだ。しかし、問題は20代、30代の若者(30代が若者かどうかはひとまず措いておいて)サラリーマンが、そんなに自分を第三者的に見ることができるのだろうか、ということなのだ。その年代って、まだまだ周囲が見えていなくて、そんな周囲の世界の中で自分がどういう態度をとれば、どういうスタンスで動けばいいのか分からない状態だろう(30代になれば多少は分かるとは思うが)。そういう人たちに向かって「10年後も食える」為には「今、こうした方がいい」って言ったって、どこまでその意思は届くんでしょうね。

 言っていることは、別に間違ってはいない、というか全くの正解であろう。

 いわく;

マイホームには固執しない!
成功者はマザコンが多い
成果主義で誰が得したか?
「属人思考」ではなく、「属事思考」をしろ
世の中の情報は90%がウソ!
意識して欲しいのが、“フットワークの軽さ”です
「良い」「悪い」の二元論はやめなさい!
「時間がなくてできない」はタダの言い訳!
英語力を鍛えるより、海外の人が知らない話や理屈が合う話をするほうが賢いと思われ、仕事はやりやすくなる
正攻法に固執しなければ選択肢は広がる

 というそれぞれの言い方は間違ってはいないのだけれども、問題はそれがどれほど『BIG tommorow』あたりの読者に届くのだろか、ということなのである。言っておくけど、『BIG tommorow』の読者って、言っては悪いけど、そんなに頭の良い読者ではないはずだ。まあ、普通のサラリーマンね。で、そんな普通のサラリーマンに、もっと上級者の生き方を説いてどうするの? ということである。上級者だったらこうした提案も理解できるだろうが、ごく一般のサラリーマンがどこまでこの提案が理解できるかどうかは見えてこない。この、ごく普通のサラリーマンとは、ごく普通に会社への文句をいいつつ、ごく普通に会社への忠誠心を持って、ごく普通に会社での仕事をこなし、ごく普通に「定年」をむかえたいと考えているような、まさしく、日本経済が沈没 してしまえば一緒に沈没するような、まさしく「ごく普通の日本人」なのであります。

 と言う事なので、特に、「ナンバーワンになれる人の絶対条件」に関する4つのコツとして上げているのが;

・お金に換算して考える
・本はとりあえず買う
・一匹狼になる
・バカなことを考える

 というのだが、ごく普通の若者サラリーマンにはこのすべてが「できない」ことになるのであろう。

 すべての自分の収入を時給換算するというところまでは、多少できるかもしれないが、いまどき「本をとりあえず買う」ような若者はいないし、「一匹狼」になって皆から仲間はずれになることは今の若者にとっては一番嫌うことだし、バカなことといえばテレビネタぐらいしか思いつかないバカ者でしかないのである。

 そんな連中に一生懸命、成功する生き方を説いても、なんか虚しくはありませんかねえ。

 まあ、お仕事としてこなすのは結構ですが、もはや沈み往く日本経済と一緒に沈み行こうとしているのが、大日本帝国サラリーマンなのです。

 そんな奴らに、起業だの、副業サラリーマンだの、社内起業だの、新しい業態を説いても意味はない。まあ、和田氏が「その時に正しいことを言っていた」という歴史的証拠にはなりますけれどもね。それ以上の意味はない、という本書なのでありました。

 ちょっと残念。

2012年8月15日 (水)

『LESS IS MORE』はシンプルライフ(c)レナウンのメッセージなんだけれどもね

『ノマド・ライフ』の本田直之氏の新著であるが、今回は自分の生き方を主張するのではなく、自らの生き方に近い人たちを紹介するという形で、「ノマド」ではないけれども、自ら選んだ「経済的には豊かではないかも知れないが、精神的には豊かな生活」というものを提案している。

『LESS IS MORE 自由に生きるために、幸せについて考えてみた。』(本田直之著/ダイヤモンド社/2012年6月14日刊)

 今回は、例えば2010年のギャラップ(懐かしいな)による「世界幸福度調査」で第1位になったデンマーク、第2位のフィンランド、第3位のノルウェー、第4位のスウェーデンなどを訪れて、そこに住む人にインタビューをしながら、日本人がこれからの生き方のプロトタイプを見ようとするものだ。

 確かに、そうした北欧各国の人々の生き方には、アングロサクソン的な「生存競争」の考え方はないし、かといって先祖のゲルマン的な海賊思想もない。ゲルマン民族と、ゲルマンとラテンの混血であるアングロサクソン民族の基本は「闘いに勝つ」ということしかない海賊的な人々なのかと思っていたのだが、実はそうでもなくゲルマンの方は、実に穏やかな生活を望んでいるのだなということが分かってくる。ということは、いまや世界で一番好戦的な民族はアングロサクソンな訳ですね。実際、世界で行われている戦争の実態を見ればその通りですね。

 で、先のギャラップ調査によれば、日本人の「世界幸福度調査」では第81位だそうだ。すぐ上には73位のロシア、ウクライナ、ルーマニア、スロバキアがあって、70位がカザフスタン、台湾、ポルトガルが控えている。日本が「何で?」というのと同じ驚きが台湾、ポルトガルにもないではないが、何でだろう。この調査は多分、世界各国の「それなりの年齢分布」でもってインタビューあるいはアンケート調査で作っているのだろうけれども、問題は「どんな年齢分布」でもって調査してるんだろうか、ということなのである。

 たとえば、2011年9月27日の拙ブログ「『絶望の国の幸福な若者たち』は、なんかオヤジ世代が書いた若者世代論みたいだぞ」でも書いたけれども、『現代の(日本の:引用者注)若者の生活満足度や幸福度は、ここ40年でもっとも高いことが示されています。これは内閣府の「国民生活に関する世論調査」からも明らかで、2010年の時点で日本の若者の70.5%が今の生活に満足しているそう。かつては、年をとればとるほど満足度は上がっていったものですが、現在はそれも逆になっているほど(30代は65.2%、40代は58.2%)。』というのがあるように、もしかして20代~30代当たりの人に調査を絞ってギャラップ研究所が調査したら、意外と日本が上位に来ることもあるかもしれないのだ。

 基本的に、国民皆保険制度は「ほとんど」の国民の間で実施されているし、最低賃金より多い「生活保護」とか、そうした保険とか生活保護とは関係ない若者の間でも、とりあえずフリーターでもなんでも、とりあえず仕事にはありつくことはできるし、仕事にありつけばなんとか最低限の収入はある、ということで、その収入で「贅沢はできないかもしれないけれども、普通に生活を送ることは可能なんだから」幸福という風に感じている日本の若者はいまやとても多いということなのだ。

 草食世代というのはそういう人たちを指しているのである。草食なんである。とりあえず、MacやKFC、チェーンのラーメン屋なんかのジャンクフードを食いに食いまくってきた世代である、つまり「美味しいもの」ってなんだろうかという探究心を失ってしまっている世代である。というか、世の中に「美味いもの」というのは、テレビの中でやっている、タレントが「これはうまいですね」という画面にしかないと考えてる人たちなのだ。

 残念ながら本田氏が思い描いているような世界とは違う、もっと低いレベルで日本の若者はいまや満足しているのである。こんな若者たちにしてみれば、本田氏だって「なあに言ってやがんでぃ、勝ち組のくせしやがって」ということになってしまうかもしれない。

 どうする? 本田さん。まあ、本田氏が日本を捨てるのは、別に勝手であるし、その他、多くの日本人が、もうこれからの日本には信頼がおけないという感じで、資産や自らの生活の場所を海外の国においてしまうことも、これからはどんどん出てくるだろう。

 それでも、日本の読者にこだわりますか? 本田さん。

 最早、「日本の読者向け」に「これまでの仕事のやり方を変えようよ」という言い方をする本の使命ももはや終わりに近づいているのかな。日本人も分かっている人は、早くも生活の方法を変えているのだ。

 基本的に(アジアだけれども)「旅」を生活の中心において、「旅のためにお金を稼いでいる」若者がいる。マイクロファイナンスを実現しようとして、とりあえずそのためのNPOを立ち上げようとしている若者がいる。そう、もう敏感な若者たちは、次のステップを始めているのだ。別に、本田氏に言われなくてもね。

 まあ、それが物書きの宿命である。彼が書いたときには、すでにそれを始めている人がいる、という。実は最先端にはいけないというね。

 でも、それが健全な証拠。

 

2012年8月14日 (火)

『暴力団と企業』というよりは、暴力団と警察から自ら守る方法。ですね

 って、結局は警察とヤクザの縄張り争いだってこと?

『暴力団と企業 ブラックマネー進入の手口』(須田慎一郎著/宝島社新書/2012年6月22日刊)

 つまり本来は暴対法(暴力団対策法)というのがあって、それは警察が暴力団を直接規制するための法律なのだが、それでは足りなくなってしまい、結局各県の条例ということで暴排条例(暴力団排除条例)というものを2011年10月に東京都と沖縄県で施行されたことをもって、全国的に「暴力団の」ではなく、「暴力団と付き合う一般市民や企業を規制」する条例となって、全国的にそれが施行されたことでもって実際には法律と同じ効力を発揮するものとなったのである。

 吉本のタレント島田紳助が引退を発表したのも、暴排条例によって逮捕されてしまう可能性が出てきたために、自ら身を引く形で引退を発表しなければならなかったのである。本来は暴対法で一般市民がヤクザと付き合っていたからと言って逮捕されることはない。しかし、こうして一般市民をして暴力団排除の最前線に立たせなければならないという事態に陥ってしまったのは何故か。本来、暴対法で警察権力が直接ヤクザを取り締まることができる筈なのに、それが出来ずに、一般市民まで巻き込んでしまわなければならなくなってしまった理由を、本書は解き明かす。

 つまり、それは1992年に改正施行された暴対法が、結局、ヤクザの経済活動に縛りをかけることができず、結果として警察権力がヤクザに対して「敗北」をしてしまったというからに他ならない。一般市民や企業をはさんだ、警察権力とヤクザの戦いに敗北してしまった警察側は、一般市民や企業をその暴力団対策の最前線に送り込んで、一般市民や企業の側からヤクザを取り締まっていこうという発想なのである。

 一般にヤクザの一般社会での経済活動が目立ってきたのは1980年代後半のバブル経済の頃の「地上げ」の時代からではないだろか。それまでのヤクザのシノギといえば、みかじめ料(ヤクザが盛り場で店から受け取る税金みたいなもの)とか、恐喝、博打、覚醒剤などのドラッグなど、見るからに違法なやり方であった。それが、違法行為だけでは警察の取り締まり対象になってしまうので、合法行為に行こうということになったのが、不動産業を装った地上げ屋などのフロント企業や、総会屋などの一見合法的な稼ぎ方だった。その後、ITバブルの頃には起業家を取りこんで無理に株式市場に上場させ、その後、その企業を骨抜きにしてしまうやり方なんかも増えてきて、段々やり方が巧妙化してきたわけである。

 そうした、一見合法的な稼ぎ方を取り締まろうとしてたのが1992年の暴対法改正施行だったわけだ。ところが、当局がそうした規制の輪をかければかけるほど、地下にもぐって巧妙化するのがヤクザのやり方である。その後も、生活保護制度を悪用して生活保護受給者から金を巻き上げたり、休眠宗教法人を利用した偽装ビジネスの根は絶えない。結局、こうした後手後手に回る警察権力のやり方ではもうヤクザを根絶できないということから、暴排条例で「ヤクザと付き合う一般市民や企業」を締め上げて、ヤクザを根絶やしにしようということになったわけだ。

 更に、そこに加えて団塊世代の警察官の大量退職という問題もある。つまり、そうした元警察官を企業に再就職させ、その企業の「反社会的勢力による被害を防止するための指針」の見張り役として活用させようという訳だ。結果としてそんな「反社リスク」に当面した企業が、そんな警察官OBを雇っているということで、暴排条例の適用を受けずに企業活動を継続しているケースが多いという。なんだ、それは警察が警察官OBを雇わないと、お前のところには「反社リスク」が起きた時には容赦しないぞと脅しをかけているようなものだ。これじゃあ、ヤクザがみかじめ料を要求するのと全く同じ構造じゃないか。

 結局、『2000年代に入って日本のマイナス成長が鮮明になると、彼ら(警察とヤクザ:引用者注)の置かれた状況も急激に変化します。この間、ベンチャーバブルや都心バブル、それに「いざなぎ超え景気」もたしかにありましたが、その結果として残されたのは、格差拡大と産業の空洞化です。
 好況で潤った企業の多くは海外への移転を進めましたから、国内のパイは大きくなりません。格差社会の中での「勝ち組」はごく少数だし。守りも固いので、そう簡単に利権構造の餌食にはなりません。
 そうして最後に残されたのが、中小零細までをも含む企業社会、そして市民社会という「小さなパイ」なのです。
 すなわち現在の状況は、警察と暴力団が、その小さなパイのぶんどり合いを繰り広げているものと言うことができます。そして暴排条例とは、そのぶんどり合いで優位に立つために、警察がつくり出した武器のようなものなのです。』ということ。

 なんだ、結局は警察権力とヤクザのシノギ争いなのね。

 勿論、基本的には自分の内部から不正を排除することが大事。君子は危うきには近寄らない(といいながら近寄りたくなるものですがね)。ヤクザの経済活動は、企業の不法行為、不正につけ込むことから始まるわけであるのは、本書にも書かれている通り。同時に、そうしてヤクザにつけ込まれることで、警察権力からもつけ込まれるっていう訳で、企業にとって何にもいいことはない。

 まずは、自ら律することなのでした。

 そんなことは当たり前だけどね。

2012年8月13日 (月)

Beads in Africa

 神奈川県葉山にある神奈川県立近代美術館葉山館まで、国立民族博物館との共催イベントである『ビーズ イン アフリカ』を見に行く。

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 もともとはこの「頭飾り型仮面(像[人頭]/パミレケ/カメルーン共和国」と題されたこのビーズ仮面の顔の面白さが気になったからである。

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(c)Kijuro Yahagi

 なんともはやノンビリした顔にも見えるこの仮面。当然、すべてビーズで作られているわけで、その精緻さは素晴らしいものがある。しかし、「仮面」とは言いながらこのお面をまるまる顔の上から被せるわけではなく、どうもその首の下にあるのが帽子みたいな具合になっていて、それを被って使うようだ。つまり、本物の頭の上に仮面の頭が来るという感じで……。なんかユーモラスですね。

 その他の多くの「仮面」も同じようで、多くは動物(四足動物や鳥)が形取られている。多分、その動物がその人か、その一家の祖先の霊か何かで、それを祀っているのだろうということで納得。だから、多分この家の祖先は神様だったのではないかな。

 
 その他、帽子や首飾り、腕輪、花嫁の肩掛けなど多くの装飾物がビーズで彩られていて、見飽きることは少ない。更に、そのビーズの素材も、ダチョウの卵の殻や、貝などの天然素材ばかりでなく、ガラスや鉄などの金属でできているものもあり、アフリカの部族たちも自分たちで取ってきた物だけで作るのではなく、交易によって手に入れたものでビーズを作ったということがわかる。貝にしてもタカラガイなどは古代中国では貨幣や、宝石や貴金属のようなものとして使われており、まさにそれらは交易を通してじゃないとアフリカの人たちの手には入らないものである。

 つまり、それはアフリカが決して暗黒大陸などではなくて、古くから様々な国々と交易を行ってきていた、かなり発達した文化を持っていたということの証左であろう。確かに、南アフリカなどは、東インド会社とイギリスの中間地点として、交易には実に適した地ではなかったのではないだろうか。

 そう考えてみると、そのアフリカを暗黒大陸として、まるで「未開の地」という扱いをした西ヨーロッパ人たちの犯罪性を認めなければならないのだ。

 アフリカというのは人類発祥の地である。しかし、そんなアフリカに対する尊敬の念ももどかは、世界征服をしようとした西ヨーロッパたちはアフリカを収奪の地としてしか存在を認めてこなかったわけだ。実に残念な歴史というしかないが、しかし、いまや多くの発展を遂げつつあるアフリカに、いまでも民族遺産としてこうしたビーズ細工が残っているのを見ると、その健全さに安心をするとともに、いまや意識してそうした民族遺産を残さなければいけない、我々の世界の貪欲さをも感じてしまい、ちょっと残念な気分にもなる。

 まあ、そのビーズ細工の豪華さとか、装飾の派手さなどを見るだけでも面白いですがね。

『ビーズ イン アフリカ』は10月21日まで開催。展覧会図録は9月8日にならないと出来ません。

 神奈川県近代美術館葉山館のサイトはコチラ→http://www.moma.pref.kanagawa.jp/public/HallTop.do?hl=h

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ミュージアムショップで買ってきたビーズ製のンデベレ族の可愛い人形(でも、呪術用だそうです)と、ブレスレット。

Nikon D7000 Nikkor 70-300mm (c)tsunoken

2012年8月12日 (日)

『働く女性 28歳からの仕事のルール』も大事だが、問題はそのための社会的インフラじゃないだろうか

 仕事をする上で男も女もないんじゃない……っていうのは、男の勝手な言い草なのかもしれない。

『働く女性 28歳からの仕事のルール』(田島弓子著/すばる舎/2012年6月26日刊)

 いざとなれば、結婚して家庭に入るという選択肢もある女性の立場になってみれば、「理不尽な指示は、いくら上司でも我慢できない」「納得がいかなければ、たとえ仕事でも断然イヤ!」という考え方になっても仕方ないのかも知れない。その辺、男の場合は「上司というものは基本的に理不尽なものだ」「納得がいく指示なんかはある筈な」という判断をして、大人になったら仕事をするのは当然でしょ、ということで、まあ単純に「な~んんも考えずに働ける生き物」なのだ。う~ん、まったく「女子と小人、養いがたし」であるなあ、まったく。

 といううことで、そんな「働かなくてもいい女子」が一人前のビジネスウーマンになるための6つの具体策が掲げられている。

一人前の仕事術①「内的動機」でプラスのオーラをまとう
一人前の仕事術②「行動目標」でモチベーションを上げる
一人前の仕事術③「自分視線」から「仕事視線」で一皮むける
一人前の仕事術④「人と動く」ことで大きな成果を上げる
一人前の仕事術⑤「相手のルール」でプレイする
一人前の仕事術⑥ココ一番! では「女優」になる

 こんなの、6番目以外は男でも当たり前の仕事の上でのルールである。要は、仕事である以上、最初は「相手のルールで闘う」しかないわけで「自分のルールで闘う」ことができるのは、もっと仕事の上で優位に立った立場でなのだ。しかし、そんな当たり前のことであっても、キチンとお話をしなかればならないのが「女子」ってもんなんですね。

 そして、そんなことで「一人前のビジネスウーマン」になれば、その次に待ち構えているのが、女性マネージャー(管理職)への道である。そんな女性マネージャー候補者に向かって田島氏はこういう。

1 いずれやってくる仕事。それが「マネージャー」
2 せっかくのチャンスをとことん楽しもう!
3 次世代モデル「調整型マネージャー」のススメ
4 マネージャーになったら「やるべきこと」はこう変わる
5 女生とマネージャー。相性がいい「2つの理由」
6 1分で部下を動かす! 「コミュニケーションフレーズ」

 ということで、女性マネージャー候補者への心得というか、女性マネージャーとしての考え方を示すのであるが、でも、それは女性でも男性でも上に行けば行くほど「マネージャー」としての考え方は同じくなってくるのである。つまり。ここで筆者が語っていることは、男性でも女性でも関係ない「当たり前」のことなのだ。

 つまり、上級になればなるほどマネージメントの立場が、女か男かは関係なくなるということですね。それは当たりまえ。とはいうものの、まだ女性社長がメジャーになる時代にはすこし遠いであろう。でつまり、これから急増しそうな女性中間管理職の時代における、女性マネージャーのあり方を説いた本書なのであるが、やはりそれは「女性が現場で働くこと」において許されていた「女性らしさ」というものが、マネージメントクラスになっていくに従ってその「女性らしさ」はなくなっていくということなのだ。

 ただし、その「女性らしさはなくなっていく」とは言っても、それは「女性が男性化していく」ということではない。ましてや、いまや緒方貞子さんの時代ではないのだ。つまり、その段階になってしまえば「男性も女性もない」という状況のなかで、普通に女性らしくマネージャーになっていく、ということでしかない。で、その女性らしくという部分の「女性」というのは「子どもを産む」ということだけだろう。それ以外の分野では、女性だろうが男性だろうが関係ない。一番大きい問題は「子供を産む」という女性にしかできない仕事を、どうやって社会的な仕事の中で生かしていくかということなのだろう。

 つまり、「子供を産む」「子育てをする」ということを、如何に「社会化するか」ということである。たまたま、私は専業主婦である妻のおかげで一女二男に恵まれたわけだけれども、そんな専業主婦でなくても、マネージャー職にある女性でも、3人ぐらいの子どもを育てられる社会にならなければ、日本の少子化の問題は解決しない。

 そうした、社会インフラの整備というテーマを解決しなければ、女性マネージャーを育てたいといっても、なかなかなり手は出てこないのではないだろうか。

 したがって、田島氏の言うように、女性マネージャーに「なる人の教育」はいいとして、同時に、そういう人たちが普通の存在になれるような社会を作るためのインフラ整備をすることの方が大事なのではないだろうか。

 なーんて、妙に慎重になったりして……。

2012年8月11日 (土)

今日は更新お休みします

本日は、まだお盆休みではないですが、更新をお休みします。

昨日未明にはなでしこジャパンのサッカーで疲れたし、要は今日で男子日韓戦だし。

まあ、明後日からの更新を楽しみにしてくださいな。

たいしたことじゃないけど。

2012年8月10日 (金)

『論理的なのに、できない人の法則』というよりは、「コンサルタントが、陥る罠」なんだよな

 クリティカル・シンキングな人もクリエイティブ・シンキングを取り入れるようにして、逆にクリエイティブ・シンキングの人はクリティカル・シンキングを取り入れて、バランスがとれるビジネスマンになりましょう。という本なんだが、それはあくまでも理想であるにすぎないのであって、皆その理想は分かっていても出来ないんだよなあ。

『論理的なのに、できない人の法則』(高橋誠・岩田徹著/日経プレミアシリーズ/2012年7月11日刊)

 著者の高橋誠氏、岩田徹氏という二人は、昨年9月に株式会社アイディアポイントという会社を興して、高橋氏が会長、岩田氏が社長という関係の二人らしい。で、そのアイディアポイントという会社が何をやっている会社なのかといえば、基本的にはコンサルティング会社であり、コンサルティングサービス分野では「新規事業開発」「新商品・サービス開発」「ブランド」「組織の創造性開発」、研修・教育コンテンツ開発分野では「採用支援」「組織サーベイ」「創造性開発コース」「研修プログラム開発」、セミナー事業では「個人向け公開講座」「出版」などを行っている。研修・教育コンテンツ開発の「創造性開発コース」がまさに「クリエイティブ・シンキング、創造的問題解決技法」となっていて、この本の内容とドンピシャリの内容なのである。

 言ってみれば、業界への名刺代わりの本書執筆ということなんだろうな。基本的には、企業へのセミナー派遣業がメインの会社のようである。

 で、その中身なんだが、クリティカル・シンキングという左脳的な思考方法と、クリエイティブ・シンキングという右脳的な思考方法は、本来は一人の人間の中にバランスを持って存在することはまず有り得ない話であって、それを「バランスを持って持ちましょう」という言い方自体が自己矛盾を含んだものになってしまう。そこで、本書ではクリティカル・シンキングをする人に対して、少しはクリエイティブ・シンキングをしましょう。クリエイティブ・シンキングな人に、少しはクリティカル・シンキングをしましょうと言っているわけなのだが、基本的にそこにも無理があるような気がしてならない。

 基本的に十分にクリエイティブ・シンキングな人は十分にクリティカル・シンキングはできないし、十分にクリティカル・シンキングな人は十分にクリエイティブ・シンキングはできないという、基本的に人間は「片端」(かたわ)であるということを忘れてはならない。そうなんである、人間は基本的に片端な存在なのだ。そんな自らの片端という問題を自覚していれば、他人のもう一方の片端も認められるわけである。

 そんな片端の人間に対し言うべき事は、お互いの片端性を認めましょうということなのでしかない。その上で、お互いが言うことを真摯に聞くということなのだろう。

 それを、両方持ちましょう。片方の思考方法を持っている人に、もう一方の思考方法も持ちましょうと言うのは、ほとんど砂漠に水を注ぐ方法に似て、要は、無駄というだけのことである。

 むしろ問題なのは、クリエイティブな発想もないのにクリティカル・シンキングができない奴ら、あるいはクリティカル・シンキングもできないのにクリエイティブでもない奴なのである。実際の社会では実はこういう奴らが一番多いのだ。要は、何も考えずに「今やっていることをそのままやってりゃいいんだろ」っていう発想しか出来ない連中なのだ。つまり、なにか新しいことを提案するとそれは今までの路線と違うからといってそれを批判する奴、その提案によっては「だめだよこの程度じゃ」といって否定する奴。こんなの両方とも会社にとってはいらない人間だろう。

 であるから、基本的にはこんな人たちが会社にいては困ってしまうのだが、でも、ある程度の会社の大きさになってしまうと、こんな人たちも必要な人員になってしまうのかもしれない。要は、新規事業推進派にとっても、従来の仕事重視派にとっても、それに対する一定の批判派があってこその、そんな前向き(後ろ向き)事業が批判を乗り越えて前に(後ろに)進む原因なのかも知れない。

 ということなので、本書のように「クリティカル・シンキングの人はクリエイティブ・シンキングを」「クリエイティブ・シンキングの人はクリティカル・シンキングを」という言い方は間違ってはいないんだけれども、実現性は薄いんだけれども、そこで㈱アイディアシンキングの出番です、ということになるのであろう。

 つまり、そのためのセミナーなんである。いわゆる「自己啓発セミナー」って奴なのだ。

 ところが、残念なことに、そこからは何も生み出されないだろう。だって基本は、「ロジカルvs.クリエイティブ」の比較を初めから拒否して、そこは自由勝手にやらせてみようということなのだ。本当は、ケース・バイ・ケースで、結局どちらの考え方がいいのかは、結局、クライアント企業の経営者が決め手であるから、そこに最終決定は任せるのである。

 本当は、そんなこっちゃ、日本の企業はますます世界から取り残されるんだけれどもね。

 ああ、残念!

 

2012年8月 9日 (木)

沖縄経済離陸の時代はまさに「沖縄解放」の始まりだ

 『日経ビジネス』8月6・13日合併号の特集は、題して『沖縄経済圏―アジアをひきつける新産業の衝撃』である。

 普天間基地の移転問題やオスプレイの配備など、政治的タームで語られることの多い沖縄だが、「経済」の側面から沖縄の離陸を見る、いかにも日経らしい見方であるが、しかし、これで本土復帰して40数年経って、初めて沖縄の経済的自立と真の解放の方向性が見えてきたのかもしれない。

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 基本的には、米軍基地の沖縄経済における相対的な地位の低下がある。それは沖縄全体の所得に対する基地関連収入の比率が、日本復帰直後の15%から、現在は5%程度にまで低下しているという事実が物語っている。また、基地が返還されて商業地区に生まれ変わった方が、高い経済効果を期待できるという事例が、那覇の米軍関係者の住居「牧港住宅地区」の返還と、その後の開発によって生まれた沖縄新都心にあるそうだ。結果として、返還前は基地関連収入が52億円で、経済波及効果は所得誘発額が17億円、税収も6億円だったのが、返還後の開発によって、商業施設の返還販売額は600億円強、所得誘発額も180億円と10倍に跳ね上がり、税収も97億円と16倍に上ったというのだ。

 つまり、もはや沖縄の経済は基地に頼らなくてもいいというよりは、もっと積極的に基地をなくして、商業施設や住宅などを作っていったほうがよい、ということなのだ。

 更に、24時間営業を行っている那覇空港をハブとした羽田、成田、関西とソウル、上海、香港などアジアの主要な空港を結んだ関係論はより重要で、那覇空港の国際貨物取扱量はサービス開始前の年間935トンから約160倍の14万トンに達し、今では成田、関西に次ぐ日本第3位の規模になり、これからも沖縄県の産品のアジア各国への輸出量の増加なども伴い、ますます重要さを高めているということだ。宅配便最大手のヤマトホールディングスもこうした那覇空港のハブ化に目を付け、今年度中に空港内で24時間通関を開始するという。そうなれば、アジア各地で前日中に注文した沖縄産の生鮮食品なんかも翌日昼過ぎには現地着。同じことが日本各地でも可能となり、これまで3日かかっていた「日本~アジア」の間のモノの移動も、実に1日だけの関係論になる。ヤマトの狙いはアジア全域を視野に入れたサプライチェーン・マネージメントを「物流ハブ・沖縄」で実現しようというのである。

 確かに、日本のアジアにおける商業的な地位の低下はあるとは考えられるが、しかし、まだまだそれは「日本対アジア」の関係論を無視してはあり得ないのだから、沖縄の物流ハブ構想は間違ってはいないだろう。人の移動に関しては、今やソウルの仁川空港や香港にアジアのハブは奪われてしまっているが、物流に関してはいまだに日本中心の経済は変わらないだろうから、この沖縄ハブは今後ますます重要になってくるだろう。まあ、沖縄といえばハブだしね、っていうのは冗談だが。

 その他、製造業の中心も沖縄に持って来ようという目論見もあるそうだし、それらもいずれの動きもキーになるのは「アジア・マーケット」である。

 再生可能エネルギーのひとつである太陽光の実験や、EV構想とか、沖縄科学技術大学院大学の考え方など、積極的に産業インフラ整備が進められている沖縄である。勿論、そのバックグラウンドには「沖縄の人件費の低さ」というメリットもある。勿論、人件費で言ってしまえば、アジアの国々に比べれば相当な高さではあるけれども、本土に比べれば8割という人件費の安さは企業にとってみれば魅力である。

 この特集のまとめは「国境なき国家へ」というもの。

 1990年から2期8年にわたって沖縄県知事を務めた大田昌秀によれば、沖縄が目指すべきは「基地なき島」である。「武力の行使は、より大きな武力による反撃を招くだけだ。したがって、武力は際限なく広がっていき、ますます強化される」として、それに反対し「沖縄はむしろ、アジアにおける『平和の緩衝地帯』となるべきだ」としている。大田を退けて保守派として県知事になった仲井眞広多も、政府の期待に反して「辺野古移設反対」の姿勢を貫いている。もはや「基地はいらない」というのは沖縄人の共通する考え方であり、米軍基地関連収入に頼らない生活が見えてきているのである。

 かつて、本土復帰前、吉本隆明は「本土中心の国家の歴史を覆滅するだけの起爆力を伝統を抱え込んでいながら、それをみずから発掘しようともしないで、たんに辺境の一つの県として本土に復帰しようなどとかんがえるのは、このうえもない愚行としかおもえない」(「文藝」1969年12月号)と書いて、日本にすり寄り、その保護行政に期待している沖縄を徹底的に批判した。

 しかし、今や財政難の日本政府は、沖縄にカネをバラまく代わりに「特区構想」なども含めた「規制緩和」という援助策に切り替えようとしている。これこそは沖縄が琉球王国の昔から理想としてきた「日本(ヤマト)からの解放」ではないのか。

 特集の最後の記事はこうまとめている。

『その時、これまで「負の遺産」だった隷属の時代が強さに変わる。国籍不明とも言える沖縄県民のダイバーシティー(多様性)は、アジアの中心として機能するうえで、強力な武器となる。
 この構図に気づいた沖縄は、「基地返還」というメッセージを通して、米国、そして日本をの間に距離を取ろうとしている。その先に見えるのは、等距離外交を是とする「国境なき国家」の姿ではないだろうか。』

 まさに、沖縄の解放がこれから始まろうとしているのだ。

 そうえいば、私はまだ沖縄には行ったことがなかった。マズい! 10月にフリーになったら、まず行くのは「沖縄」かな。

 

2012年8月 8日 (水)

田村彰英展『夢の光』は何も示唆しない映像である

 東京都写真美術館へ田村彰英写真展『夢の光』を見に行く夏休み最終日である。

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http://syabi.com/contents/exhibition/index-1591.html

 田村彰英というと『スローカメラの休日』(枻文庫)やいろいろなライカ関連本の著者として、何となくシリアス・フォトグラファーというよりは、お散歩カメラ派の人かと思っていたら、1960年代後半から70年代前半にかけて撮影した在日米軍基地の写真『BASE』が注目されて出世した写真家なのであった。

 しかし、ベトナム戦争の激化という当時の歴史的背景とは関係なく、まるで普通のどこにでもある風景として、横浜、横須賀、三沢、厚木、横田などの基地を撮影している。それはその後の、『家』『道』『赤陽』『名もなき風景のために』『BASE 2005-2012』でも通底する撮影スタイルである。「この写真は何を言わんとしているのか」が全くない写真。

 そんなところが、田村をして「コンポラ写真家」という呼び方をされているところなのだろうけれども、本人は別にコンポラ写真を意識しているわけではないだろう。いわゆる第三信号系の写真ではない。

 かといって、それぞれの写真にテーマ性があるわけではない写真群はやはりコンポラ写真に仕分けされるのだろうか。まあ、仕分けしたがる評論家やキュレーターがいるのは分からないではないが……。

 とは言うものの、結局それは写真の特性というものであろう。写真がそれをして何かを物語ることはない。写真はただ単に「現在」を「記録」し、「過去」のものとして残すだけのものでしかない。それに何かの意味を付与するものは、キャプションなどの写真に付属する文章であったり、発表される媒体であったりなのである。

 その意味では、それがコンポラ写真であると意味付与すること自体が、本来はまるで意味のないことになるのである。

 田村彰英写真展『夢の光』は9月23日まで開催中。

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 別に、コンポラ写真を意識してモノクロにしたわけではないけれどもね。って、十分意識してるじゃん。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @Yebisu (c)tsunoken

2012年8月 7日 (火)

『すごい会社のすごい考え方』は分かるけど、問題はそれを実現する「反常識的」なアプローチなんだよな

「すごい会社のすごい考え方」と言ったって、それは基本的に創業者の話であって、それが従業員全体や後継者がどれだけ引き継いでいるのか、あるいは後継者は引き継がないほうが良い、ということもあるのだ。

『すごい会社のすごい考え方』(夏川賀央著/講談社+α文庫/2012年7月20日刊)

 基本的に、章ごとに一社、その会社のポイントが書かれているので、まずはそれを紹介。

第1章 闘う アップル――まずは「できる」と断言する
第2章 捨てる レゴ――こだわるべきは「手段」ではなく「満足」
第3章 勉強する グーグル――「公私混同」こそクリエイティブの源
第4章 笑う スターバックスコーヒー――チャンスは待つものではなく、見出すもの
第5章 抑える IKEA――「価値のあるムダ」と「ムダな効率化」の違い
第6章 徹底する サムスン――「情熱」こそ最高のノウハウ
第7章 思い出す ディズニー――会社の想いを自分の思いに繋げる
第8章 考える 任天堂――考え尽くして、すべての限界を取り払う

 それぞれ、どんな「すごい会社のすごい考え方」が書いてあるのかというと、別にそんなことはない。勿論、アップルのスティーブ・ジョブズがとんでもなく「極端な男」だというのは有名な話だし、グーグルの「20パーセントは自分の時間」ルールとか、IKEAの社長のケチケチぶりとか、サムスンの「軍隊ルール」なんかはよく知られていることではある。しかし、それが企業文化というものだろうし、そうした文化の中にいる人は、別に自分の会社のルールとか文化が特別なものとは考えていない。まあ、こんなのこの会社にいたら「当たり前」じゃない、と考えているのだ。そんな企業文化が自分に合わないと考えた人は辞めていくだけだからね。

 結局、「会社」とは、いったいなんなのだ、という答えが「まえがき」に書かれている。

『今あなたがお腹が空いていると考えてください。そこで何か食べたくなり、冷蔵庫を開けた。そうしたら、残り物がいくらかある。昨日作った肉料理とちょっとしたサラダ。調味料は醤油、マヨネーズ、ハチミツ、その他もろもろ……。
 それらを用いて、独自の調味料で味つけをし、フライパンでパンを焼き、サンドイッチにして食べてみました。そうしたら意外と美味しい! すっかり病みつきになって、あなたは会社で食べる弁当にもそれを持っていきます。すると「それ何? うまそうだね」と同僚が自分の弁当を眺めている。食べさせると、とても感動してもらえました。
「もっと皆にも食べてもらいたい……」
 こうしていつのまにか、あなたがたくさんの「オリジナルサンドイッチ」を作り、隣の同僚がそれを他人に売るようになった。「好きでやっているんだから」と、それでお金を稼ぐつもりはなかったのですが、「材料費もいるでしょう」とお金をもらう形になる。

 ここで「開発者」と「営業者」が生まれます。
 評判は街全体に広まる。すると材料を調達するバイヤーが必要になるし、お金を管理する人間も必要になる。大量生産となれば仕方なくマニュアル化し、経営者になって指導する側に回る。このようにしてできたものが「会社」なのです。
 理念はいずれ必要になるでしょうが、発端はいずれも「思いつき」。それもさまざまな人々のさまざまな「思いつき」が、カギになっているわけです。

 本書で紹介する会社でも、レゴやディズニーのように当初のアイデアが画期的だったとこもあれば、アップルやIKEAのように、マーケティングや「売り方」で飛躍した企業もある。任天堂やグーグルのように「人のまとめ方」が功を奏した例もある。個々の「思いつき」が巡りめぐって集約されたものが、現在の形なのです。
 だから結局のところ、会社の成功は「個人の仕事術」の集大成。
 だとしたら、私たちはどんな会社の成功ノウハウも、「個人の仕事術」として取り入れることができるはずです。』

 ということ。

 勿論、そのためにはそれまで「常識」と言われていたことに対する、「反常識」的なアプローチがあるはずである。

 例えば、アップルの場合は、その時期の「コンピュータ・ジャイアント」であるIBMが、そんなものは「オタク」しか興味を示さないだろうとして、手を出さなかった「パーソナル・コンピュータ」というジャンルに挑んだ、まさしく「コンピュータ・オタク」の二人のスティーブによるものだし、そうした「ブルーオーシャン戦略」は多くの創業企業にはかならずあるものだ。問題は、そんな「反常識」的なアプローチを誰が、どう見つけるかなのである。それを見つけられた人は、そこに向かって起業していくだろうし、それを見つけられなかった人は、相変わらず会社に同調しながら(人によっては会社に非同調しながら)、相変わらずの毎日を送るだけなのである。そのうち、そうした「常識」に囚われた毎日が何年も続いた挙句、まったく「常識」からはなれられなくなってしまった「大人」の一丁上がり、ってな残念な結果になったりするわけだ。

 問題はそこなんだよな。「反常識的なアプローチ」を見つけ出すか、見つけ出せないか。

 これが大きい。

2012年8月 6日 (月)

周防・長門紀行③山口市は、フランシスコ・ザビエルの町である

 ということで、昨日は山口市へ行った。なんでも、日本の県庁所在地で一番人口が少ないのが山口市だそうで、19万5千人。まあ、山口県全体の人口は143万人強で、2011年の調査では全国25位なので真ん中へんくらい、ということを考えると、やはり山口市の人口の少なさは特筆に価するもので、まあ、それだけ産業が少ない行政都市ということなのだろう。ホント、これが県庁所在地? っていうくらい小さな町である。

 山口県を旅すると、どこへ行っても「それしかないのかよ」的な雰囲気で「維新の志士」の話ばかりである。

 当然、山口市は周防だが、長門の国との主従関係を考えれば同じである。

 ということなので、ここでは強引に山口といえば、フランシスコ・ザビエルの町である、ということにしてしまう。

 1549年に来日したザビエルは京に上り足利義輝に拝謁し、日本全国での布教の許可を得ようとしたのだが、献上品がないことを理由に拝謁そのものを断られてしまう。当時は、そういうものがないと嫌な目にあう時代だったわけだ。とくに南蛮渡来の人物であるから、余計にそれを期待されてのかもしれないが。

 ガッカリしたザビエルは、一度、平戸に戻り、そこに置いてきた献上品を携え、今度は山口に来て、周防の大名・大内義隆に会い、たっぷりと献上品を渡し、喜んだ義隆は廃寺だった大道寺をザビエルに与え、そこを居住及び布教の場所として認めたのである。日本で最初の常設のキリスト教会であります。まあ、ゲンキンなものですね。

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 これは山口市の中心地にある山口ザビエル記念聖堂。なかなか立派な聖堂ではあるが、実はここは大道寺跡ではない。

 しかし、ここはガイドブックには必ず載っているところなので、結構観光客なんかも来ている。昨日は日曜日でミサを行っていたので、聖堂の中には入らなかった(入ったらミサが終わるまで出られない)が、普段は中にも入れるようだ。

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 ザビエル像とか……。

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 聖母マリア像なんかがあって、雰囲気のある教会であるが、こちらはもともとザビエルがいた教会ではないのである。

 山口ザビエル記念聖堂からクルマで5分くらい走ったところに、陸上自衛隊山口駐屯地があり、そこに隣接した場所にある聖ザビエル記念公園。こちらが大道寺跡である。つまり、日本で最初にできた常設のキリスト教会跡地である 

 そこが大道寺の跡地であるという由来書きがあり、聖ザビエル記念碑が立っている。でも、それだけ。

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 この聖ザビエル記念公園のことが載っているガイドブックは極めて稀である。

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 ということなので、観光客もまったくいない、人里はなれた公園という風情である。実は、周囲は住宅地なんだけれどもね。

 ホントはこっちの方が重要なのにね。

Fujifilm X10 @Ymaguchi (c)tsunoken

2012年8月 5日 (日)

周防・長門紀行②萩

昨日は徳山から同じ周南市の鹿野というところに行ってきた。元々は鹿野町という徳山とは別の自治体だったのだが、平成の大合併によって周南市鹿野になってしまった。実は今回の旅の一番の目的はこの鹿野にあったのだが、何にもない鹿野に行ってもしょうがないので、近くに行ったのだから、津和野に行こうか萩に行こうか、というところで悩んだのだが、結局、萩を選んでしまった。

 何故、萩に行くことを躊躇したのかといえば、別に大したことではないのだが、私の先祖に由来した理由があるのだ。私の母方の先祖が実は会津の出身で、会津藩の家老の家の人間で。会津の藩学校である日新館の館長をしていたことがあるというのだ。で、会津と長門の首府である萩といえば、1869年の戊辰戦争である。何しろ「この間の戦争」というと、いまだに戊辰戦争のことを言いだす会津人である。もう戦後120年も経ったのだから、過去の遺恨は捨てて仲良くしましょうという萩市の提案を、いやあの戦争の戦死者の埋葬を認めず、野鳥の啄ばむままにさせたことに対する陳謝がない、ということで、萩市の友好都市の提案を断った会津若松市である。そんな家に生まれた私が、さすがに萩に行くことには若干の躊躇があったのだが、しかし、すぐそばまで行って、行かないのもなんだよな、ということで、萩に行ってきたのであった。

 って、何でたかだか萩市に行くのにこんなに理由を説明しなければならないの?

 とまあ、そんなことはどうでも松陰神社である。

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 勿論、そのポイントは松下村塾であります。

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 6畳間と8畳間のふた部屋があって……

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 松下村塾の8畳間が講義室。という小ささなのであるが……。

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 ところが、こんな小さな松下村塾のすぐ裏には、吉田松陰の実家がある。のだが、その実家たるや、ものすごく大きな屋敷である。その屋敷の小さな3畳半の部屋に「下田密航未遂」の罪で、吉田松陰が蟄居させられていたというこのなのであるが、そんなことよりは、こんなに大きな屋敷があるのに、何で松下村塾はこんなに小さいのか、ということなのだ。

 そう、こんなに大きな実家があるのに、なぜそちらで松下村塾を開かなかったのか? という謎。なんだ吉田松陰って意外とケツの穴の小さい奴だったのかも、なんてね。

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 ということで、いまや人口5万人強でしかない、長門の府である。あんなに明治の初期に権勢を誇った長州閥の本拠地とも思えない、凋落ぶりというか、観光都市としての発展にも負けてしまった「昔の町」を見る思いである。

 結局は「交通の便の問題」という風に片づけられるのかも知れないが、それだけではない何らかの理由がある筈だ。

 それは、もしかすると「長門の国の府」という地位に安住してしまった町の人の考え方の問題なんかもあるのかもしれない……。

Fujifilm X10 @Hagi (c)tsunoken

2012年8月 4日 (土)

周防・長門紀行①徳山コンビナート

 周防・長門の旅の出発点は周防・徳山である。

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Dscf4581_2_10 徳山といえば徳山コンビナートである。現在は徳山市が周辺の町を併合して周南市になったしまったので、現在は周南コンビナートというそうだ。

 徳山コンビナートと言えば、その昔、徳山海軍補給廠があったところで、沖縄特攻に行った戦艦大和が最後に燃料を半分だけ補給したところである。戦後、その徳山海軍補給廠を出光興産が払い下げを受けて、石油化学コンビナートを作ったわけである。その出光徳山コンビナート建設が、戦後の出光の勃興を支えたのはよくわかるが、しかし、どうみてもこの瀬戸内の小さな港がそんなに大きなタンカーを入港させたことがよくわからない。横須賀や品川・横浜・千葉のような大きな湾の中の水深も深い港ではないようだ。しかし、そこが逆に出光興産の挑戦部分だったんだろうな。つまり、挑戦なきところに勝者なし、というわけなのだ。

 当時は、まだまだ日本も成長途上の時期である。徳山海軍補給廠のタンク底払いを行った出光興産が徳山にこだわったのは分からないではないが、だからといって徳山がそんなに石油基地としては有利な場所にあるとも思えない。とは言うものの、出光興産としては、それだけ徳山という地にはこだわりがあったのであろう。

 現在は出光だけでなく、帝人とか、東ソー、日本ゼオンなんてところが、石化コンビナートを作っているが、しかし、それだけ。それだけの町にはそれだけの存在感しかなく、そんなコンビナートの姿を「工場萌え」の連中に売り込もうともしない。

 ということで、観光という視点を全く欠いたままの都市設計は、訪れる人にはなんの魅力もない街になってしまったのである。でも、結構「工場萌え」の男子連中には受けそうな街ではある。そういう方向で観光都市を目指せばいいのになあ。

 ちょっと残念ではある。

2012年8月 3日 (金)

『看板学部と看板倒れ学部』といってもいろいろあるんです

 まあ、そりゃあ「看板学部」って言われるところだっていろいろあらあな、というもんだから、「看板倒れ」って言われてもなあ、それもいろいろあるってもんでしょ。

『看板学部と看板倒れ学部』(倉部史記著/中公新書ラクレ/2012年7月10日刊)

 本書において「看板学部」の代表選手と言われている「中央の法」「慶應の経済」「早稲田の政経」ったって、「看板に偽りあり」なのであります。

 たとえば、看板学部の代表選手のように言われている中央大学法学部のケース。たしかに司法試験の「合格者数」に関しては、1951年から1970年まで大学別の合格者数ではトップだったが、そこにはウラがチャンとある。

 確かに中央大出身者が司法試験合格者の数ではトップではあったが、実は、現役合格者では東大が断然トップだったのだ。中央大は司法試験浪人を含めて「出身者トップ」であるに過ぎない。じゃあ、東大の司法試験浪人はどうしたのかと言えば、そいつらは国家公務員試験第一種(いわゆるキャリア試験ってやつ)に合格しているか、弁護士以上に稼げる企業に就職しているのだ。つまり、弁護士になるしかないという追い詰められた中央大生が、どうやっても司法試験ということで、浪人しても司法試験に合格しなきゃということで、どうしても司法試験に合格するために一所懸命勉強して合格した、その結果が「東大よりも中央大のほうが司法試験合格者が多い」という理由なのである。

 当然、そこには司法試験の出題者がほとんど東大の法学部教授だってこともあるんですが、まあ、それによる出題の漏れの噂につては言及するつもりはないですが。実はあってもおかしくはないよね。

 ね、別に看板学部だって、かなりの無理をして看板学部を維持してるんです。

 そんな訳で、昨日今日、新しい名前をつけて看板学部にしようってほうがおかしい。よっぽどの歴史を持って、実績を上げて、それで「本学の看板学部」っていうのならかまわないが、最近つけたばかりの学部名でもって、その学部を「看板学部」にするってのは、やはり無理があるだろう。

 で、結局「看板倒れ学部」になってしまうわけなのであるが、それもむべなるかなである。だって、何を持って「看板」にするのかが定まっていないような学部つくりがうまくいくわけはない。それこそその学部がなくなってしまえば我が大学そのものがなくなるのだ、というような迫力を持って学部を創設するのならば、それを皆で応援しようではないかという気分にもなるのだが、たかだかマーケティングの結果から「この名前の学部がいいんジャネ」なんていって作ったような学部なんて、誰もなくなったったって困らない。

 まあ、所詮、大学の学部なんてそんなもんですよ、っていうか大学なんてそんなもんですよ、って言うほうが正しいか。そう、いまや何を目的とするのか、何のために作るのか、そこで何を教えるのか(研究するのか)がハッキリしない大学が多すぎる。

 専門学校なら「〇〇専門学校」なんていって、学校の基本方向がみえているのだが、大学の場合、それが見えない。大学の目指す方向が見えない状態で何をもって高校生が大学を目指すのかと言えば、結局「偏差値」しかないだろう。で、結局「〇〇専門学校」と同レベルの偏差値(つまり最低レベル)しかない大学がそこここに出現して、そんな大学をでた人間が「正社員として就職できない」といって問題になっているのだ。

 こりゃあ、日本も最底辺のレベルに合わせた社会になるしかないのであるな。これはちょっと前のアメリカの縮図である。あ、今もそうかな。

 つまり「バカ社会」である。

 世の中の標準をすべて「バカ」に合わせないと、「これは差別だ」とか言われてしまう社会。ちょっとでもエリートを優遇しようとすると、「それは間違っている」という社会。

 今のテレビの「ひな壇」社会である。

 もう、こんな生きずらい社会にはオサラバしたいもんだ。

 今日からは、3日間の周防~長門の旅に出ます。従って、ホテルのネット環境次第ではこのブログもアップできない状況もあるかもしれず、といっても多分ほとんどは大丈夫な予定なのだけれども、まあ、楽しみに(でもないか)してください。

 とりあえずは、徳山コンビナートだっ!

2012年8月 2日 (木)

渡邉恒雄氏が『反ポピュリズム論』について語るの愚

 大体、清武英利みたいなポピュリズムの権化みたいな奴の反乱を抑えられないような人が語る「ポピュリズム批判」なんて読んでらんないね。こういうのを「お臍で茶を沸かす」というのである。

『反ポピュリズム論』(渡邉恒雄著/新潮新書/2012年7月20日刊)

 だいたい、渡邉恒雄というジャーナリストとしての矜持も何もない人の政治論って何なんでしょうね。この本でも1983年の中曽根内閣、1998年の小渕内閣、2007年の福田内閣という3度の政権に関する連立構想とそれに奔走する自分の姿を得々と語っているのだが、そのこと自体が、自らがそうした権力とは一線を引いた態度で臨むというのが本来のジャーナリストのスタンスであるはずなのに。そんなに政局が好きならば自ら政治家になるべきであって、新聞という本来権力に対するウォッチャーがやるべきことではないだろう。

 そんな意味ではテレビ朝日の報道局長の椿貞良氏が民放連の会合で「55年体制を突き崩そう」と発言していたことをもって、テレビ朝日の政治的偏向を言うのならば、自らのこれまでやってきた所業をどのように解説するのだろうか。自らが自民党とベッタリやってきた過去については口をつぐんでしまい、一方、朝日系列の所業にだけは言上げをするというのは、片手落ちというしかない。

 だいたい、日本の新聞・テレビの政治記者というものほど、バカな人間はいない。というか、新聞・テレビの政治部記者というのは記者クラブ、ぶら下がり取材、夜討ち朝駆け取材などを通じて、自らの取材対象であるはずの政治家や政治家秘書とかなり近しい立場になってしまい、その政治家を批判しなくなる、というのはまだ可愛い方で、いつの間にか自分がその政治家のために動いていることを通じて、自分がその政治家を動かしているような気分になってしまい、政治家でもないのに政治家的な動きをしている人が多い。で、結局社会部的な視点から政権批判をするニュース・キャスターに対し『思い入れたっぷりの表情と視聴者の情に訴える口調で、ニュースの最後に左翼偏向的な一言を付け加える某民放キャスター』という言い方で、一刀両断した気分になっているだけの政権補完政治屋に自らがなっていることに全く気づいていないバカなのである。

 で、本書に書いてあることは、小泉純一郎批判であり、鳩山・菅体制批判であり、橋下批判なのである。それらがポピュリズムであるとして……。

 なんだ、要は渡邉氏が一脈を通じていない人たちは批判するんだ、という分かりやすい構図。

 渡邉氏にとっては、自民党の代議士で、官僚出身の政治家、あるいは官僚の使い方を心得ている(つまりそれは官僚に使われることに心得ている)政治家というのが、基本の付き合っている政治家のようで、それ以外の政治家が本書における「ポピュリスト政治家」ということになっているようだ。ということで、自民党でも主流派じゃなかった小泉純一郎や民主党に寝返った政治家、橋下のようなわけの分からないところから出てきた政治家はみな「ポピュリスト」ということで、批判の矢を射ろうとしているのだが、もうそんな矢を射てもそれは自らの陣営(自民党旧守派・官僚派)に当たるだけである。何故か。当然いまや選挙に勝つためには総ての候補者=政治家は、ポピュリストでなければならないからだ。

 問題は、その基本的な政治姿勢ではなく、当面の政策である。いわく「消費税をどうするのか」、いわく「原発をどうするのか」、いわく「社会保障(生活保護も含めて)をどうするのか」、いわく「……(各候補者によっての課題)」。

 本来は政治家の政治姿勢とか、政治にかくあるべしという思想とか、政治家としての生き方などを語るのが、政治であり選挙であるはずだ。それを短期的な「政策」や「政局」だけに絞ってしまったのが、日本の新聞メディアである。つまり、各政党の主張しているものを、「分かりやすく」図示したり、単純な色分けしたりしてきたのは、新聞メディアじゃないかよ。そう、これまでのメディアで一番最初に政治をポピュリズムの方向へ持っていったのは「新聞」である。言ってみれば、ラジオ(?)やテレビはそうした新聞が作ったポピュリズム路線を、もっと徹底的に、さらにメディアの特性を使って、もっとポピュリズムというかバカ化路線に持っていたのはテレビではありますがね。いまや、選挙特番自体がエンターテンメントになってしまった。

 まあ、讀賣系の日本テレビも含めて、いまやポピュリズム路線真っ只中のテレビ政論ではあるが、その大元が新聞にあることは理解されたとして、最後に結局、ナベツネさんは何を言いたいのかを理会したい。

 つまり、戦後最初期に日本共産党に入党した渡邉氏は、しかし『当時の共産党の綱領・政策に逸脱する社会民主主義的「東大新人会」を作ったところ、それが分派活動にあたるということで共産党を除名された』そうだ。とはいうものの、戦後期の日本共産党には同調していた訳であるから、なんとなく渡邉氏のスタンスとしては、基本的に「共産党の官僚が」社会を支配して、「共産党の官僚が」政治を動かして、というようなエリート官僚主義による政治・政策運営が一番いいという考え方なのだろう。そりゃあポピュリズムとは対極にある政治方法だ。つまり、中国や北朝鮮みたいな政治体制である。

 う~ん、そうかナベツネ氏としては中国や北朝鮮が魅力ある政治体制なんだな。まあ、確かに今の讀賣新聞の体制なんかは、権力批判を許さない、完全に北朝鮮だもんな。

2012年8月 1日 (水)

『マルクスが日本に生まれていたら』ということはあり得ないけれどもね

 すごい! 経営者によるマルクス論である。

『マルクスが日本に生まれていたら』(出光佐三著/春秋社/1972年9月10日刊)

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 う~ん、それにしても1972年の新刊時の価格が450円なのが、いまやAmazonで9,980円+配送費250円で合わせて10,230円なのである。まあ、それが絶版本の実勢価格であることは了解しているけれども、すごいもんですね。

 本書は元々、社内従業員用資料として作成されたそうだが、何で従業員向けにマルクスなのかはよく分からない。とは言うものの、『マルクスと出光とは、その出発点も、理想とする到達点も同じである』というところからの発想なのであろうか、勿論、出光がマルクス的な資本主義企業であるなんてことはないわけで、言ってみればマルクス型理想主義やら、出光型理想主義が「似たようなものだ」ということから、出光興産店主室(!)の若い(多分)社員と出光佐三店主との対話が収められている。昭和47年の刊行なので、多分社員の法は学生時代にマルクスの洗礼は受けているのであろう。

 で、結論は『マルクスと出光は、その出発点・目標は同じでありながら、マルクスは対立闘争の道を歩き、出光は和の道を歩いた、というような正反対の姿となった。これはまったく、マルクスが我欲・征服・利己の祖先をもった対立闘争の西欧の土地にうまれたから、そういう階級闘争の手段を与えられ、出光は無欲・無我・無私の祖先をもった和の土地に生まれたから、人間尊重の道を歩いたということだろうと思うね。だから再三言ったように、マルクスが日本に生まれていたならば、出光のような道を歩いたかもしれないし、出光が西欧に生まれていたならば、マルクスのような道を歩いたかもしれない』ということ。

 つまり、マルクスも出光も、実は同じ根本発想なのだが、生まれたところの違いが両者を大きく分かつことになってしまった、ということなのである。

 出光佐三氏がどうやってマルクスのことを勉強したのか知らない。百田尚樹氏のノンフィクション・ノベル『海賊とよばれた男』では、社長引退後、店主にもどった出光佐三氏が大学に戻ってマルクス研究をしたというような表記があるが、それが事実かどうかを確かめる資料は(現在のところ)見つけられることは出来なかった。

「出光の七不思議」というのがあって、「出光には馘首がない」「やめさせないことになれば定年制もない」「出光には労働組合がない」「出勤簿がない」「給料が発表されていない」「給料は労働の対価でなく、生活の保障である」「残業手当を社員が受け取らない」、ということだそうだ。これに加えて、株式を公開していない、というのがあって、これらは要は出光興産という会社は資本主義的な会社ではない、ということなのだろう。

 勿論、こうした大家族主義的で、反資本主義的な経営でも会社が回っていけるのは、カリスマ的な創業経営者がいたればこそで、現在は株も公開しているし(ただし、外部株主は極めて少ない)、就業規則や定年制はあるようだ。

『だいたい、使用者とはなにかといえば、会社の社長・重役とか部長などを指すのだろうが、その人たちは今では従業員の中から出てくるんだ。従業員が今日は労使の「労」としてたたかっていて、翌日、部長になれば、使用者側になって、昨日の同僚とかかかうことになる。』という普通の会社に出光興産もすでになっているわけで、そうした状況の中での出光佐三氏の考え方が今や聞けないというのも残念ではある。

 とは言うものの、出光佐三氏のこうしたマルクス論議も、結局は明治生まれの創業者としての「姿勢」ということなんだろう。当然、まだ学生時代にはマルクスなんかの知識はなかった時代の経営者である。しかし、「金の奴隷になるな」というような「清貧の思想」は基本的な明治時代の生き方の根本である、というかまだまだ江戸時代の価値観が残っていた時代の武士の発想である。その極端な例が出光興産であったということで、こうしたカリスマ的な経営者が既にいない21世紀である。

 これからの経営者像っていうのはどういったものを理想と掲げるのであろうか。

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