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2012年7月25日 (水)

『海賊とよばれた男』は、近年にない思わず興奮する小説だ

 むむむ、やっぱり「創業者」ってのは、すごい迫力ある生き方をしてきたんだな、と感じさせる一冊(2分冊だけど)である。

『海賊とよばれた男 上・下』(百田尚樹著/講談社/2012年7月12日刊)

 主人公・国岡鐡造とは出光興産の創業者・出光佐三その人である。明治44年、門司で出光商店(小説では国岡商店)を立ち上げた出光佐三は、その後、数々の苦難を乗り越え、民族系石油会社の雄となるわけだが、まず、その創業時の話が如何にも明治という感じで面白い。国岡鐡造と親しくしていた人物で日田重太郎という人物がいた。この日田は明治時代によくいた(漱石の小説にも出てくるような)、いわるゆる高等遊民という人物で、淡路島の資産家で神戸に移り住んでおり、そこで神戸高商(今の神戸大学)に在学していた鐡造と知り合いになる。

 この日田が『今、ぼくは神戸の家のほかに京都に別宅がある。それを売れば八千円ほどの金になる。そのうちの六千円を国岡はんにあげる』といって、当時、神戸高商を卒業して町の小さな商店に勤めていた鐡造に、ポンと上げてしまうのだ。勿論、鐡造はそれを「融資」として受け止め、その後の国岡紹介の儲けから返していくのだろうけれども、その六千円がなかったら、今の出光興産もなかったわけだから、これはすごいことだったのだろう日田の慧眼が素晴らしかったのか、あるいは大博打が当たったのかどうかは知らないが。

 それで出来た国岡商店(出光興産)もすごい会社で、つい最近まで、「時間による従業員管理なし」「定年なし」「馘首なし」「株式公開なし」ついでに「労働組合なし」という、いわゆる明治の大家族主義経営を行っていたのである(最近、タイムカードとか定年制とか株式上場も行った)。たしかに、こうした社員管理をしないし、馘首なしという会社では労働組合なんかも、なかなかできないだろう。さらに、じゃあ「できない社員」はどうしたかというと、「できるようになるまで勉強させた」というのである。それは、創業期のエピソードとして;

『ある夜、十二時を回り、疲れ果てて寝床に入る鐡造をみて、(妻の:引用者注)ユキが言った。
「そこまですることはなかじゃありませんか」
「ぼくは若か店員たちば家族と思うとる。皆、優秀やけど貧しくて上の学校さ進めんやった子供たちたい。彼らば親御さんから預かったときから、兄であるぼくが彼らば立派な人間にする義務が生まれたとたい」
「でも、鐡造さんのやり方ば見とりますと、時間がかかります。子供たちが間違うたら、考えさせる前に、こうやるとよかと正しいやり方ば教えるほうがずっと早かじゃなかですか」
 ユキは鐡造が、年少の店員たちが自分で答えを導き出すまでずっと付き添い、同じ時間を過ごしていることを言っていた。
「それでは、自分で考える力が付かんたい。自分で工夫して答えば見つけることが大切たい。それでこそ、きっちりとした人間になるち思う。ユキはそげん思わんね」
「思います」
「ぼくの指示ば、ただ待っとるだけの店員にはしとうなか」鐡造は言った。「今の国岡商店は店舗ばひとつしか持っとらんばってんが、いずれいろんなところに支店ば出していきたいち思うとる。彼らはその店主になるわけやけん、大事な商いばいちいち本店に伺いば立てて決めるごたる店主にはしとうなか。自分で正しか決断ができる一国一城の主にしたか」
 ユキは目を細めて、「いつか、そんな日が来るとよかですね」と言った。
「その日が来るとば一緒に見届けてくるるか」
 ユキは力強く頷いた。』

 というのがある。まさにこれは教育者の言葉ですね。

 そして、これこそ創業者じゃないと出来ない態度として、「リスクをとる」という発想がある。関門海峡の門司側で商売をしていた国岡商店は、下関側の漁船に対して「洋上取引」でもって石油を売った。確かに、それは下関側の商圏には乗り入れないでの取引だし、下関側としても隔靴掻痒ではあるけれども、下関側が利権を守るためにそうしたリスクを犯さない商売しかやっていなかったのを見た、鐡造側の勝利である。

 この初期の成功に基づいて、国岡商店は基本的に「リスクをとることで成功していく」という方程式を作り上げたのだ。戦前に国策石油会社の圧力から満州に拠点を置かざるを得なかった国岡商会は、満鉄という国策会社相手に飛び込みセールスをしてみせて成功し、戦後も、他の石油会社が手を染めなかった廃油事業にあえて手を出してみたり、そして、何と言っても「日章丸事件」がその最大のリスクテイクである。

 イギリス海軍と対峙して、まさに拿捕の危険をおかしてのイランとの石油貿易を成功させた部分は、読んでいてもまさに「手に汗を握る」思いがした。セブンシスターズに首根っこを押さえられた他の石油会社では絶対にできないこの取引。下手をすればイギリス海軍によって撃沈されていたかもしれない危険を冒してでも、イランとの取引を成功させたかった国岡鐡造の思いは、当然、他の石油会社が手を出さないからという理由が最大の理由だろう。「イランを助けたい」という鐡造の思いは、まあ、多少割り引くとしても、まさに「挑戦者」ならではリスクテイクであり、そこでリスクを恐れていては、今の出光興産(国岡商店)はなかったのである。

 いまや、「就業規則」も「定年」もあるし、株も公開している出光興産である。この国岡鐡造(出光佐三)の思いはどこまで通用するのであろうか。

 ということで、私はこのノンフィクション・ノベルを敢えて「国岡商店=出光興産」として読んでいます。当然、細かい台詞とか、ストーリーは実際の出光興産の事実とは違うだろう。しかし、敢えてすべてを「事実」として読むことが、ノンフクション・ノベルの楽しみでもあるわけだから。

 ところで、このマルクス主義とはまったく縁がなく生きてきた経営者が書いた『マルクスが日本に生まれていたら』という本があるそうだ。最早、絶版だそうだが、どこかの出版社が再刊しないかな……、読んでみたい。

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コメント

マルクスが日本に生まれていたら、春秋社から発売されましたよ!!^^

そんな貴方には、木本正次 著
「小説 出光佐三 燃える男の肖像」もオススメ!
絶版で書店には出ていませんが、
アマゾンの古書通販に出てますよ!

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