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2012年6月 2日 (土)

『MY HOUSE』が何故、名古屋で撮影されたのかということについて

 坂口恭平氏の『TOKYO 0円ハウス 0円生活』も『隅田川のエジソン』も舞台は東京である。というよりも、坂口氏のフィールドワーク先そのものが隅田川の河川敷だったり多摩川の河川敷なんだから、本来は東京で撮影を行ったほうが、スタッフワークも含めてやりやすかったはずである。

 それを何故、名古屋でロケを行ったのか。単に堤幸彦が名古屋出身だからというだけではない理由があるはずである。

『MY HOUSE』(坂口恭平:原作/堤幸彦:企画・監督・脚本協力/佃典彦:脚本/オフィスクレッシェンド・アルケミープロダクションズ:制作/2011年製作)

Myhouse07_2

(c)2011「MY HOUSE」製作委員会

 つまり、それは堤が東京や大阪にはない「人工物性」を名古屋に感じたからなのではないだろうか。

 名古屋を象徴するもののひとつに「100メートル道路」がある。この100メートル道路、第二次世界大戦での敗戦後、空襲によって被災した日本各都市の復興のために戦災復興院が立案し、1945年に閣議決定された「戦災復興計画基本方針」のなかで計画されたものである。つまり、幅員100mある道路を作って、その上下線の間に火災予防のための緑地帯を作るという考え方なのであるが、結局、占領軍によって「そんなものはいらない」ということになり、結局出来たのは名古屋と広島だけになってしまった。それは将来のモータリゼーションに備えるという理由もあったんだけれども、結果として、愛知県、広島県という二つの自動車工業地域が出来る助けにはなったわけであるけれども、その分、人が勝手に住み着いて街を作っていくというダイナミズムは生まれなかったわけだ。

 一方、同じく空襲にあった東京、大阪はそんな占領政策の中で、勝手に元住民が住み着いて闇市やらドヤ街が出来上がってきて、結局、戦前の町並みのままに狭い道を挟んで人が住み着くという人工的でない街が出来上がってきたのだ。東京、大阪なんかは都市計画なんてものがない、人の営みのままの街が出来上がってきてしまい、その後の都市計画では非常に苦労する原因となった。一方、名古屋はそうした100m道路の実施とともに、まず都市の道路計画を最初につくり、その結果としての街づくりを行ってきた。その辺が、名古屋という大都市でありながら京都や札幌のような碁盤の目のような街ができた理由なのである。多分、その意味でも平城京とか平安京といった計画都市は住みにくかったんだろうな。

 確かに、それは名古屋という街のモータリゼーションの発達には尽くしただろう。しかし、その一方で「人が何となく住み着いてしまう街」にはなっていないという残念な結果にもなってしまったのだ。

 街というものは、本来は人が勝手に住み着いて、その人たちが使い勝手がいいように作って行き、その結果、道路ができて、店が出来てという風に出来上がっていくのが、住む人にとっては住みやすい町になっていくはずのものである。それが、行政がまず道路を作って、それにしたがって住む場所、商業地域、オフィス街なんてものを作っていっても、それは住民にとっては決して住みやすい場所にはならないのである。

 そういう意味では、人口600万という愛知県、200万という名古屋市は都市の規模としては理想的であるにもかかわらず、何故か住みにくい街になっているのではないだろうか。そんな住み難さを堤は感じたからこそ、この映画を(多少無理がある)名古屋で撮ろうという気になったのではないか。

 つまり、それこそが名古屋という街の住みづらさを、鈴本さんというホームレス(という言い方は本来おかしい、彼らには住むべき「ハウス=ホーム」があるのだから)の存在として描いたのではないだろうか。エリートコースを目指すショータの家の人嫌いで潔癖症の主婦・トモコ(しかし、その潔癖症ならではのゴミ出し癖が、ホームレスにはいいのかも知れない)やその夫の医者らしい人物。彼らが忌み嫌う「ホームレス」という存在は、出来れば街からいなくなってしまって欲しいという存在なのである。

 しかし、彼らホームレスは別に街にストレスを与える存在ではない。人々が「廃品」として捨てているものを拾って生活しているだけなのである。空き缶、鍋、釜、テレビ、バッテリー、ブルーシート、廃材や折れた釘、パソコン、タバコ、酒……。そうした都市住民が「いらないもの」として捨ててきたものを拾って生活する人々。

 しかし、そうした人々を「不可触賎民」として街から排除しようとする都市住民。しかし、インドだって不可触賎民の職業はあるのだ。ホームレスを街から排除しようとする考え方では、街の浄化なんてものはできない。むしろ、そうしたホームレスをも含んで街の住人として受け容れるくらいの度量を以って、初めて街は街として成立するのではないだろうか。

 もしかすると、彼らホームレスは実は一番街の街らしさを知っている存在なのかもしれない。だって、この街ではどんなものが「いらないもの」として捨てられているかを一番知っているわけなのだから。そこから調べてみる、街の現象学というのもあるかもしれない。

 最後に、鈴本さんの話を聞いているうちに、そんな生活もいいかもしれないと、会社が倒産したら仲間に入れて欲しいというラブホテルの経営者・板尾創路の存在が面白かったのと、さすがにスミちゃん役の石田えりだけは、唯一、周りから浮いて「女優」していたことを付け加えておく。しかし、最後に金属バットで殴られて死んじゃう演技のことを考えると、ここはプロの女優じゃないとダメなのかな。

映画『MY HOUSE』の公式サイトはコチラ→ http://myhouse-movie.com/

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