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2012年5月30日 (水)

『「有名人になる」ということ』じゃなくて有名人だと自分が思うことのほうが需要だ

 問題は「勝間和代はオワコン(終ったコンテンツ)なのか?」 ということなのである。つまり、「勝間和代はそこまで大きなコンテンツになってしまったのか」ということなのだ。

『「有名人になる」ということ』(勝間和代著/ディスカバー携書/2012年4月30日)

 確かに、一時期「勝間和代」という名前は世間に広まった。書店に「勝間和代コーナー」ができたところもある。ただし、それは勝間氏自身が望むような「ビジネス書」「経営書」コーナーじゃなくて、どちらかというと女性向けの「自己啓発書」のコーナーだったのだ。

 しかしそこには、秋元康が言う『勝間和代は、勝間和代の考え方がウケてると思っているが、それは誤解である。勝間和代というキャラクターそのものがウケているのだ』という卓見がある以上、それ以外の言は要しない。要は、まさしく勝間和代氏としては「自分の言説が生きている」と思ったのが、実は「自分の存在だけ」が生きているということなのだ。

 うーん、これじゃあ勝間氏が言う「有名人になる五つのステップ」も、ちょっと怪しいかな。

ステップ1 自分の商品性を把握し、顧客やパートナー、競争相手を特定する
ステップ2 自分がターゲットとする市場について、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを行う
ステップ3 自分を売り込むためのサービスを開発し、そのサービスの提供プロセスを管理する
ステップ4 自分がつくったサービスを普及させるための適切なチャネルを見つける
ステップ5 自分のサービスに適切な価格をつけ、品質を保証する

 という、まさしくマーケティングに関するステップを踏んでいるし、本人としてはそのようなステップを踏んで「有名人」になるステップを踏んだのだというつのりかも知れないんだけれども、でも結局は秋元康氏が言うとおり、「考え方じゃなくて、キャラなんだよな」と言われてしまうのだ。

 つまり、それは勝間氏が「マスコミにおける有名人」を目指してしまったからしょうがないのだ。マスコミにおける有名人とは、つまりマスコミ(ここでは主にテレビ)においての有名人とは、たとえその人が「文化人ジャンル」の人であろうが、要はタレントとして短い時間の中で「調度いいコメント」を言える人でしかない。要は、この辺テレビ人間(テレビを作っているテレビ会社の人間という意味です)からしてみれば、「テレビを見る奴は一番の大馬鹿」「テレビに出るやつは馬鹿」「テレビをつくっているわれわれだけがマトモ」という、テレビの世界観の中で考えてみれば当然のことなのである。つまり、「テレビにでる勝間和代は馬鹿」という認識が大方のテレビ人のなかで普通にいきわたってしまえば、それで終わりである。勝間和代はそんな使い勝手のいいタレントである、ということで。

 そう、テレビ側は「早めに使い勝手のいいタレント」を求め、そのタレントがその後どうなるかなんてことには一切気にしないメディアでもあるのだ。そんな、即効性のメディアであることを知っていてメディアと付き合うか、あるいはそれを知らずに付き合うかの違いは大きい。もしすると、勝間氏はそんなメディア特性を知らずにテレビと付き合ってしまったのかな。だからこそ、今自分を「オワコン」なんて言うのだ。

 しかし、勝間氏自身はいまだに「オワコン」ではないのだ。というか、最大限にメディアに露出している時期にだって、「勝間和代って誰よ」という人が多かったということは知っていて欲しい。つまりテレビっていうのはそんなメディア。「勝間和代」というのが何かのアイコンにでもなってしまえば別だがそうじゃない以上、普通の「テレビに出ている勝間和代さん」でしかないのだ。

 それでいいのである。そんな「普通の勝間和代」がテレビにたまたま出ていた、というだけのことであり、そのときに特別「勝間和代というコンテンツ」が世界にデビューしたわけではない。たかだか、日本のテレビ界で出たというだけでね。

 ということで、勝間和代氏は別に「オワコン」でもないし、「オワコン」を自称できるほどのコンテンツでもなかったんだよ。たしかに、その華麗なる19歳の会計士の時代から勝間和代氏のコンテンンツ時代は始まったわけだけれども、別にそれがマスコミ(特にテレビ)に載ったからといって特別に変わったわけではない。

 まあ、だから別に勝間氏が自分のことを「オワコン」という必要もないし、これからも本を出し続ければいいのだ。そう、出版の世界だけはオワコンだろうがなんだろが、少なくとも10万人程度にはまだまだ影響力はあるんだから、まだまだ頑張って欲しいとは思うのだ。

 ただし、はっきりいって、自転車はやめたほうがいいかもね(あ、乗るほうはOKです)。その程度の自転車知識は自転車野郎は皆持ってる。

 ま、それ以外は、っていうよりもやはり勝間氏の場合はファイナンス関係だろう。その分野でもっていい提言を、どんどんして欲しい。これからの勝間氏に求められるのは、そういった方向だろう。

 面白いのは、西原理恵子の漫画「あんた有名じゃないって。」「勝間がまた嫌われそうな本出してる。」というイタズラ描きなのがちょっと皮肉?

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