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2012年5月26日 (土)

『計画と無計画のあいだ』もいいけど、やっぱり「無法者」社員だよな

『生物と無生物のあいだ』のパクリか、と思ったら三島氏自身が「あとがき」でパクリであることを認めつつ、福岡伸一氏からは了解をとった旨書いている。う~ん、『生物と無生物』」くらいのベストセラーになればよいけれどもね。

『計画と無計画のあいだ 「自由が丘のほがらかな出版社」の話』(三島邦弘著/河出書房新社/2011年10月30日刊)

 ミシマ社は社長を含めて従業員6名の、多分日本で一番小さな部類の出版社である。しかし、その出版物と言えば、内田樹『街場の中国論』『街場の教育論』、平川克美『小商いのすすめ』、小田嶋隆『小田嶋隆のコラム道』などなど、いろいろ話題作には事欠かないし、2006年設立というからまだ6年しか経っていない出版社としては、そのベストセラーの多さには「立派」としか言いようはない。

 何故そんなにベストセラーが出るのか。つまり、それは三島氏自身が書くように「この無法者たち!」のおかげなんだと思う。ミシマ社の社員がどう「無法者」(というよりも「規格外の社員」なんだと思うけれども)なのかは本書を読んでいただくとして、そんな「無法者」が生きていける空間がミシマ社にはあり、それは限りなく「普通の会社」になってしまっている大手出版社にはない空間なのだ。

 もともと、出版社なんてのは出自は無法者の集団であった筈だ。だって、教科書出版以外の出版業なんてものは海のものか山のものかも分からないベンチャー企業だったわけで、そんな会社にマトモな人間が来るわけはないでしょ。でも、そんな無法者集団が面白いことをやるから、出版社は面白いのだ。しかし、大手出版社になってしまうと、そこそこ普通の人ばかりを採用してしまうので、だんだんつまらない普通の会社、つまりルーティン・ワークの中で、ベストセラーを出さなくても会社が回ってくれればいいやという発想の会社になってしまうのだ。ま、各編集部単位になってしまうとそれこそ零細企業なので無法者もたまにはいますけれどもね。

 多分そんな無法者意識が、ゲバラ風の可愛い似顔絵の島氏自身にあるんだろう。それが、2回目に入ったNTT出版では上司と上手くやれなかった理由なんだと思う。結局、NTT出版はNTTの子会社であり、親会社のNTTは元々電電公社、つまりお役所である。その辺は大学を出て、最初に入ったPHP研究所とは違うところで、PHPもパナソニックの子会社であるけれども、親会社はあの松下幸之助氏の意向がまだ少しは残っている会社なのだ。カリスマの片鱗がまだ残っているパナソニックと、顔が見えないお役所のNTTという対比は面白いけれども、言っておくと三島氏は両極端を行ってしまったんですな。

 で、結局自分で出版社を興してしまった。これは正しい選択であり、その後の無法者ばかりを何故か入社させてしまった経過も、結局は正解だったわけだ。その結果、出版業界でも注目の出版社に、いまやなっているのであるから。

「原点回帰の出版社」というのがミシマ社のモットーであるようだ。まあ、しかしそのモットーがどこまで生きるかは、今後の三島氏次第だろう。あの講談社だって「三大社是」なんていって、創業者・野間清治の言葉が社員手帳(最近はみんなシステム手帳になってしまって、使っている人は少ないが)にも「面白くてためになる」なんて言葉とか、「雨の日風の日訪問日和」なんてのが印刷されている。まあ、ミシマ社がそんな「創業者の言葉」を社員手帳に印刷されない会社になって欲しいと思うのだが、どうだろうか。三島氏はミシマ社を100年続く会社にしたいという。ということは100年後に三島氏が生きていることは有り得ないので、それは三島氏の遺志を継いだ人たちが何をミシマ社に受け継いでいくかということであろう。それが、無法者を抱えて生きるということなのか、切り捨てるのかということでもあるのだ。

 結局、三島氏の発想は『結局のところ、「一冊入魂」以外にとりうるやり方はない。この一冊が売れないことには、次の一冊を出すことはできない』というところに行き着くだろう。まさに、零細出版社の基本である。いやいや、零細じゃなくて「出版社の基本」である。大きくてもその基本にはのっていなければならないのである。

 だからこそ、三島氏は言うのだ。

『いま目を向けるべきは、幻想の方ではなく、その産業のより「原点」の方であろう。
 そしてより「原点」、つまり原初的な喜びは何かといえば、一人の人がその本を手にとって喜んでくれることであろう。その手放しの喜びを知り、さらにいいものをつくりたいと思うことではないだろうか』

 つまり、それは出版業界にいる人間が、皆持っていなければならないはずの「思い」でなければならない。

 しかし、何で三島氏はミシマ社じゃなくて河出書房新社から自らの本を出したのだろうか。なーんてことを考えなくても、幻冬舎の見城徹氏が講談社から本を出すようなもんだろう。要は、売れなかったら自分の会社に迷惑をかけてしまうという深謀遠慮なんだろうな。社員に「社長の本を売れ!」なんてハッパをかけるのも嫌だろうし……、ね。

 
2012_05_25_001_2

『OZ Magazine』6月号にミシマ社が載っているのを発見。左下の写真が三島氏である。なかなか男前じゃないか。

Fujifilm X10 (c)tsunoken

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