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2012年5月 8日 (火)

京都の不思議な長屋建築

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 一昨日の東大vs.京大戦を見た後は京都泊。

 で、泊まったホテルの関係で京都八条あたりを朝散策した。八条・九条と言えば東寺のあるあたりであり、昔の京都で言えば最早郊外と言う感じなのであろうか。四条・五条あたりの賑やかさはない地区である。賑やかなのはDX東寺というストリップ劇場くらいなものである。

 その町を歩いていると目に付くのが長屋建築である。

 上の写真の長屋はいかにも長屋という感じで、棟も全部つながっている感じである。入っている店はかなり変わっているのだろうけれども。

 不思議なのは下の写真のほうだ。棟はつながっておらず、一軒一軒別の家のように見える。ところが近寄って見ると、それぞれの家の壁と壁がくっついているのである。多分、一軒ごとに別の建て方でもって作られているはずなんだけれども、結果として壁ごとにはつながっているという建て方になっているわけだ。

 たとえば、「京都町屋あじき路地」なんかの四条・五条の都心部なんかの建て方だと、初めから長屋形式で建てられており、それはそれで統一感のある建て方になっていて、昔の棟割長屋の形式なんだろう。まあ、これが長屋建築の正統派というなら、九条あたりの「変な」長屋建築はどう言えばいいのだろうか。

 町の人に尋ねようと思ったのだが、まるで人通りのない道で、誰にも尋ねるわけにはいかない。

 そこでここでは勝手な憶測。昔の家は間口の大きさで税金(今の固定資産税みたいなものか)が決められていた。そこで、現在でも地方都市の中心部、商業地域に行くと間口は一間か二間しかないのに、奥行きだけはやたら長いそれこそ「鰻の寝床」みたいな家が多い。そこで、その様子を見ると、皆、同じような間口で同じような奥行きの家なのだ。多分、昔の分譲地(って、昔はなんて言ったのかな)の形なんだろうな、これは。

 で、当然それぞれの家々で別に建てるんだけれども、どうせ同じ奥行きなんだし、家と家の間に隙間を作らなければいけない(いまの消防法ではそうなっている)法律なんかなかった時代なら、敷地目いっぱい建てて、隣の家とくっついたら、壁の費用なんかも半分ですむしラッキーってなもんで、隣の家と相談して長屋風に作ってしまった。しかし、長屋じゃないんだから、片方の家だけが建て替えなんかもできるし……。

 という解釈を勝手にしたのだが、どうだろうか。

 もしかして、この京都の「長屋風の建築」について知っている人がいたら、教えてください。


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 いいよなあ、猫は自由で、というのが普通の感覚。飼い猫でもこうなんだものなあ。実は、飼い猫であっても猫自身は飼われているという意識はないのかもしれない。単なる、餌をくれる便利な人くらいにしか飼い主のことなんかを見ていないのかもしれない。

Fujifilm X10 @Kyoto (c)tsunoken

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

これは、関西によくある「二戸一」(にこいち)という建て方だと思います。
実際は、二戸以上もありますが、標準は二戸だと聞いたことがあります。
関西でも特に貧困なエリアに多かったようです。
今では、法的に無理でしょう。

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