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2012年5月25日 (金)

『小田嶋隆のコラム道』で見えてきたことはやっぱりね

「コラム道」なんてものがあるんだろうか。華道とか茶道みたいに。でも、もしあるとするなら、小田嶋氏はその宗匠であり、免許皆伝を与える人になるわけだ。

『小田嶋隆のコラム道』(小田嶋隆著/ミシマ社/2012年6月3日刊)

 私は『日経ビジネスオンライン』で毎週金曜日にUPされている小田嶋氏のコラム『ア・ピース・オブ・警句』の愛読者(なのか嫌読者なのか分からなくなるときがあるが)であり、それをまとめた『地雷を踏む勇気』『その「正義」があぶない』も読みました。で、その結論「名コラムニストだからって、いつも面白いとは限らない」っていう当たり前のこと。

 で、その「面白くないコラム」の集大成が、実はこの『小田嶋隆のコラム道』なのでありました。

 だって、当たり前でしょ。コラムニストの宗匠が「こうやってコラムを書けば皆に大うけ」なんて秘密を明らかにするわけはない。だって、免許皆伝されるにはそれなりに師匠のところに長年通って、弟子入りし、玄関や廊下の掃除から始まって、師匠の着付けの手伝いから、師匠の家に赤ちゃんでもいればその赤ちゃんをあやしオムツを替え、おカミさんの買い物の手伝いとか、その間に師匠から口伝でものを教わって、そんなことを10年くらいやってやっと二つ目というのが噺家の常識である。って、いつの間にか噺家の話になってしまったが、つまり小田嶋氏のコラムっていうのがこうなんだよな。

『ア・ピース・オブ・警句』の書き方はまさにこれである。「テーマA」についての書き出しがまずあって、しかし、いつの間にか「テーマB」に行ってしまって、どこまで読んだら元に戻るんだ、と思いながら読み進んでいくと、普通は90%くらい読んだところで、再び{テーマA」に戻ってオチにいたるんだけど、たま(本当にたまにですが)に戻らないで「オチ」に行ってしまうこともある。あるいは、最初のテーマからどんどん外れていって、おいおいどこまで行くんだよ、なんて読んでいたら、突然テーマが戻って、一瞬「オチ」なんてね。

 つまり、コラムに「正しいあり方」なんてのはないというのが正解。まず『書き出しはどうであってもたいした問題ではないのだ』に始まって、『その末尾の一行が、独立したワンフレーズとして読んでも鑑賞に耐えるものであれば良い』というのが結語についての話だし、文体とは主語の使い方だという、でもその主語だって「I, MY, ME」の英語ではない、「私」「俺」「僕」の他にも「おいら」「オデ」「おれっち」「ボキ」「わたくし」「女王様」「矢沢」などもあるそうで、それによって文体が変わるというだけのことだ。あっ、最後の「矢沢」はある人しか使えない「主語」ですけれどもね。

 ということで、コラムには「道」なんてものはないというのが正解なんだけれども、それでも基本はある。それはコラムの長さである。本書には800字、1000字、1200字、1600字、2000字位のそれぞれの見本が掲載されている(う~ん、これを「見本」といっていいのかな)が、確かにそれはそれとしてキチンと読めば勉強にはなる。

 つまり800字のコラムはワンテーマで押し進めなければならない。というより他のテーマにそんな短文で移ってしまったら、多分、結論にたどり着けないだろう。「tsunokenの昔の映画評」の中の『キネマ旬報』の「読者の映画評」の原稿がこの800字という制限があった。『小さな巨人』についての評論が採用されて舞い上がった私は、それから見る映画見る映画について800字評論を送りまくった。多分、それは年間で200本以上はあったのではないか。採用され掲載されたのは、そのホンの一部にすぎないんだけれども、でもそのときの「文章を書く修業」というのが、その後の生活でも(仕事でも、このブログでも)役立っているというわけだ。

 で、この「tsunokekのブログ」なんだけれども、大体1000字から2000字で書いている。別に、そういう長さを決めたわけではないのだけれども、基本的なワンテーマで1000字、プラス「書評」としての原本からの引用を入れて、それに論評を加えるという形式をとると2000字という感じである。で、多分、読者も2000字が読んで限界だろう。それ以上長い文章は、多分パソコンやスマホの読者は読んでくれないのだ。多分、それがデジタル読書の限界かな。

 ということで、携帯小説なんかを目指している人に言っときます。1回の配信は800字まで。それ以上書いたって読んでくれないよ。まあ、それくらいにスマホの読者は我がままなんです。なんでかって? それは彼らは金を払っていないから。ネットでは(多分、普通の世界でも)無料の読者(ユーザー)が世間では一番我がままなのです。

 有料の人たちが我がままなのは分かる、しかし、無料の人たちが我がままだというのが分からない、という人たち。そうじゃないんだよな。つまり、金を払った人たちは、自分の払ったお金の分だけ自由が買えればいいという発想なんだ。しかし、無料の人たちの発想は、金を払わないのは「金を払わなくてもいいよ」って言われたから自分たちは金を払わないだけのことであり、つまりこれは「金を払わなくてもいい人」たちの権利だっていう発想があるかならのだ

 つまり、そうやってサプライサイドの「善意」や「好意」はユーザーによって裏切られるわけなのです。

 まるで『小田島隆のコラム道』で、読者をちゃんと裏切る著者の反対だな。

 これでオチはついたのかな。

 

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