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2012年4月 7日 (土)

『鈴木宗男が考える日本』は、実は佐藤優の本?

 タテマエ上は鈴木宗男・佐藤優・魚住昭の共著なんだけれども、実態は鈴木宗男氏をネタにした佐藤優氏の独壇場である。

『鈴木宗男が考える日本』(鈴木宗男・魚住昭・佐藤優著/洋泉社新書y/2012年4月9日刊)

『第一部【鈴木宗男×佐藤優】鈴木宗男、自らの政治姿勢を語る』なんていっても、この漫才は「鈴木宗男のボケ」に対して「佐藤優のツッコミ」が完全に勝っていて、その喋りのイニシアチブは完全に佐藤優氏が一人で喋っているような印象である。行数比較でいって、多分「5対1」か「6対1」くらいで佐藤優氏なのだ。

『第二部【魚住昭×佐藤優】戦後保守政治と新自由主義、そして官僚制』では、さすがにジャーナリストの魚住氏だけあって、佐藤優氏にばかり喋らせてないで本人も結構喋っていて(紙面からみた予想)、まあ、そこはバランスが取れているんだけれども、結局は佐藤優氏の結論『当面、政管の結びつきによるファシズムをいかに阻止するかということが鈴木さんの課題となるでしょう。私は、ファシズムはファッシオ(イタリア語で束)で制することを鈴木さんに提案しています』にいたっておしまいなのだ。

 結局、「鈴木宗男事件」なるものは、対露(対ソ)外交において大きな力を持ってしまった鈴木代議士に対する、官僚の側からするルサンチマンというかそれ以上の危機感から発した、同じ官僚としての検察の「脅し」でしかない。

 結局、「ムネオハウス事件」「国後島ディーゼル発電施設事件」「やまりん事件」「島田建設事件」「イスラエル学会事件」「政治資金規正法違反事件」「モザンビーク共和国洪水災害国際緊急派遣介入事件」「NGO参加拒否問題」「警察庁ロシアスパイ尾行中止介入問題」「モンゴルODA問題」「タンザニアのスズキホール問題」「コンゴ臨時代理大使人事介入問題」「ケニアのソンドゥ・ミリウ水力発電所問題」などなど、社民党の辻本氏から「疑惑の総合商社」なんていわれながら、結局、起訴され有罪となったのは、やまりん事件と島田建設事件だけという、本筋からは遠く離れた事件だけだったのだ。

 それらの事件に絡んでいたのかどうか、多分、絡んでいたのだと思うけれども、当然そこは注意深くやっていたわけでそんなに簡単に尻尾をつかませられられないところでやっていたわけで、それがまた検察という三流官庁からは怨嗟の元となったのだろう。

 そう考えてみると、田中角栄、竹下登、金丸信、野中広務、小沢一郎、小渕恵三、鈴木宗男という、自民党の党人派というかそうした流れというものは、官僚派=岸信介、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫という流れからは疎まれる存在なのだろう。つまり、官僚が考える「俺たちこそ国家なのだ」という思想から。

 しかし、逆に元外務官僚という国家の中心にいた佐藤優氏は言う;

『国家と社会との関係について、簡単に整理しておきましょう。国家とは具合的には何か。徴税機能を持ち、軍事、警察という暴力装置を独占しているのが国家です。それを実体的に担っているのが官僚です。端的に言えば、国家とは官僚のことなのです。一方、社会というのは、徴税される側の国民であり、経済活動を行い、自律的な共同体を営む潜在力もあります。

 では、政治家はどこに位置しているかというと、社会のなかから選挙によって選ばれ、国家と社会の結節点に立ち、国家機能である内政、外交などに責任を負います。社会と政治家の関係、とくに保守政治家は、国家、つまり官僚が徴税したお金を、再び社会の側に引っ張り、たとえば公共事業という形で還元する役割を担ってきましたね。』

 と、概ねはそういうことだろう。

 今は、その社会から徴税してきたお金を、いかに社会の方へ還元しないかが官僚のテーマになってきていて、政治家もその方へと動いている。それは何故なのか。

 多分、それは「松下政経塾」にあるのではないか。旧来型の「党人派政治家」は基本的に「自分の選挙区の選挙民=地元の人々」に依拠していた。その結果としての「利益誘導型」の政治を行ってきたかもしれないが、同時にその「利益誘導」でもって官僚に対抗してきたのだ。しかし、「松下政経塾」にはそんな「地元」はない。したがって彼らは「官僚に対抗する何か」を持っていない政治家なのだ。で、そんな彼らは「イメージ」だけで政治を行って行こうとする。

 結果、その「イメージ」は官僚のしたたかさには勝てない。

 我々には野田政権が消費増税で何を狙っているのかが見えない。とにかく消費増税だけをすればすべてが解決するようなことを言っているが、それが経済にどのような影響を与えて、日本経済がどのようになるのかを言わない(言えない?)。

 経済人であれば消費増税がもたらす経済に関するマイナス・イメージを持てるのであるが、官僚にはそれはない。当然、官僚は「税収増」しか頭にはないわけで、経済をどうやって伸ばすなんてことは想定外なのだ。したがって、国家の収入を増やすためには「増税」しかないのである。しかし、事業税を上げれば今でも進行している、企業の生産拠点の他国移転がもっと進んでしまうのではないかという、恐れだけは持っているんだな。で、一番皆が同様に関わってくる「消費税」に手を着けようってわけだ。

 ただし、消費増税は絶対に日本経済を貶めることになるだろう。経済がもっと上げ基調になったときに増税はいいかもしれないが、今のよな下げ基調のときになんで「増税」なのだろう。

 もはや、国民の立場に立った政治ではないですね。官僚の、経済にはど素人の官僚の発想です。

 結局、鈴木宗男氏もそんな官僚にツブされたんだろうな。という意味では鈴木氏の復権は応援したい。いろいろ問題はあるかも知れないが……。

 

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