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2012年4月21日 (土)

『動員の革命』で重要なのは、「マイクロペイメント」と「クラウドファンディング」だ

 Tsudaる津田大介氏の新刊である。もしかしたら、3.11の後の最初の本かなあ。

『動員の革命』(津田大介著/中公新書ラクレ/2012年4月10日刊)

「動員の革命」とは、Twitterなんかでいろいろつぶやいていても、それだけじゃ社会的な力にはならない。TwitterやFacebookなんかのソーシャル・メディアを通じて、それが人間たちが「動く」動機になり、そんな集合が動くことによって初めて社会的・政治的な結果をもたらすということなのだ。

 ま、そりゃ当然。どんなにFacebookで「いいね」をポチッとしたって、TwitterでRTしたって、それだけじゃ政治家は「まあ、こんな意見もありますね」という認識しかしないわけで、それが実際の「運動」となって、初めて政治家や官僚、財界人は「ん? なにか違うぞ」という認識をするものなのだ。そうした実例がジャスミン革命でありエジプト革命でありロンドン暴動でありオキュパイ・ウォールストリートなのであり、残念な対フジテレビ・デモだったりするわけだ。

 しかし、ジャスミン革命やエジプト革命は「革命」という名前では呼ばれているものの、実態は革命とは程遠い、一種の民衆蜂起というものにすぎない。今後、これをイスラム原理主義のほうに取られないようにしながら、新たなきっちりとした政権を作り上げることには時間がかかるだろう。ロンドン暴動なんてもっとプリミティブで、まさしく「暴動」でしかないその運動は、結局鎮圧されてお終いになってしまう。とは言うものの、何もしないよりは少しはましというもので、イギリス政府だってその暴動の裏側には若年層の失業率なんてことがあるのは、分かっているのだ。オキュパイ・ウォールストリートになると、かなり意識的にコアがあって、それへ向けての改革運動の一種であるというくらいに、運動の質は上がっている。

 こうした数々のソーシャル・メディアを通じた運動の中で一番残念なのが、対フジテレビ・デモだろう。フジテレビが、特にBSやCSでもって韓流ドラマばっかりやっているのは事実である。そこで、日本の言論が韓国寄りになってしまうというのは、あきらかにそのバックボーンに「嫌韓意識」があるからなのである。もうちょっと言ってしまうと、別にフジテレビだけが韓流ドラマを放送しているわけではなくて、『冬のソナタ』以降、オバサマたちの韓流スター&ドラマ贔屓に乗っかって、フジ以外の民放、NHKも含めてBS、CS放送は韓流ドラマが花盛りなのである。だったら、かれらはフジばかりでなく、韓流ドラマを放送している総ての放送会社にデモを仕掛けなければならない。

 それなのに何故フジテレビ? という疑問がわくのであるが、多分それは産経新聞という右派メディアをバックにしているフジテレビだけは、そんな韓国や中国に擦り寄った政策はとらないだろうと思ったのにも関わらず、そんなフジテレビが実は一番韓流ドラマの本数が群を抜いて多いというのは、ホント裏切られた、という思いなのだろう。これがTBSやテレ朝だったら、まあどうでもいいや、というところなんでしょうけれどもね。

 つまり、そこには何故フジテレビが(その他の民放各会社やNHKも含めて)韓流ドラマが多いのか、という視点が決定的に欠けているのだ。

 要は、単純に「番組購入費が安いにも関わらず、結構視聴者が多い」という、経済的理由に過ぎない。そのポイントを押さえずに単純に「韓流ドラマばっかり放送してけしからん」なんて言っても、相手には通じないでしょ。「じゃあ、お前らがフジテレビにどんどん金払って、いい番組を作るように運動するのかよ」と言われてしまっては、多分、返す言葉はないだろう。「えっ? テレビ見るのに金払わなきゃいけないの?」なんて奴を相手にはできないのだ。

 対フジテレビ・デモの残念なところはここなのだ。基本的にデモを仕掛けるという以上は、デモの代表者はデモを仕掛けた相手との「交渉」をしなければならない。勝手に外側からモノを言っても始まらないのだ。相手と交渉をすることになれば、そこは相手との共通のテーブルについて話をしなければならない。ところが、対フジテレビ・デモを組織した人たちは、そんな発想はまったくなく、結局、自己満足的にデモを「やっただけ」に終わってしまった。本来であれば、デモの代表者とフジテレビの代表者(別に社長じゃなくてもいい)が同じテーブルについて、「フジテレビは何故韓流ドラマばっかり放送するのか」という点について徹底的に話をするべきなのだが、そのためのデモンストレーションなのだが、デモを仕掛けた連中にまったくそんな意識もないので、これじゃあデモでもなんでもない、たんなる歩行会でしかない、という結果に終わってしまったのだ。それも他からは「あの人たちバカなんじゃないの」という嘲笑だけをいただいて……。

 まあ、これが今の日本の民主主義の現状なのだろうな。デモ、示威行動、政治活動の原則も知らない連中が殆どという。右翼も左翼も、こうした「とりあえず動いてみました」という連中を、自らの陣営に取り込む努力をしたほうがいいんじゃないか。昔、ベトナム戦争反対デモなんかに出ていた高校生なんかも、思想的には右もあり左もありだった。それを左翼がうまく取り込んでいったという歴史もある(もう歴史か)。とりあえず、「どうにかならないか」と考えて体を動かした人たちをうまく取り込んでいかないと、もはやこの国の政治はにっちもさっちもいかない状態になりそうだ。

 そんな理論的指導者って、もう出てこないのかな……。

 あ、最後に一つだけ。本書でも語られている「マイクロペイメント」とか「クラウドファンディング」という発想には大賛成である。前にも書いたことがあるけれども、多分、これから先の我が社会では「小さな会社」「身の丈にあった会社」が社会の主流になると考えられる。そんな、社会にマッチする、資本参加・社会参加の方法論である。

 これはいいなあ。

 

 

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