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2012年3月 7日 (水)

ゲバラ最期の時

 ゲバラの虐殺の状況というものは、最早、有名な話だ。しかし、タイトルに「ゲバラ」という文字を見つけてしまうと、とりあえず読んでおこうか、という気分になってしまうのだった。

『ゲバラ最期の時』(戸井十月著/集英社文庫/2012年1月25日刊)

 エルネスト・チェ・ゲバラが39歳で虐殺されたのが1967年10月9日のことだった。あれから44年既に過ぎているが、もしゲバラが生きていたら83歳。どんな老革命家になっていたのだろうか。いろいろ予想すると面白い。

 ゲバラと最後に言葉を交わした当時18歳のフリア・コルテスは言う;

『私は何も知らなかったんです。私が彼のことを少しでも知っていたら、チェがどんな人で、何をしようとしているかを知っていたら、私はあの時何かをしたでしょう。

 チェが世界的な人物で、彼の死が世界的出来事だったなんてことは、ずっと後になってから知ったのです。そうです、あれは確かに世界的な出来事だったのです。そして、終わりのない物語でもあるのです。

 世界中から、たくさんの人々が彼の歩んだ道、彼の死んだ場所を見ようとはるばるやって来ます。あの日から三九年が経つというのに人の数は増える一方です。チェが最期を迎えた場所がどんな所なのか、みんな知りたいのです。知って、その場で考えたいのです。チェが、その時何を考えていたのかを。

 チェと会った、たった半日のせいで私の人生は大きく変わってしまいました。私自身が好奇の目に晒され、職も失いました。ゲバラの最後の女だとか、ゲバラの子を妊娠していたとか、信じられないようなデマを飛ばされ、たくさんの誹謗中傷を受けました。いつだって、人は面白半分に勝手なことを言うものです。

 でも反面、お陰で強くもなれました。それも、チェと出会ったお陰です。それまでは知らなかった、世界中のいろいろな人とも出会えたし……。そう、あなた(著者の戸井十月のこと:引用者注)だってその一人です。あなたとだって、チェとの出会いがなければこうして会うことも、話すこともなかったでしょう。私の人生はチェとの出会いによって大きく変わってしまったし、あの時から私の人生は始まったと言ってもいいくらなのです。

 今ハッキリ言えるのは、あの頃、私たちが信じていたことはまったくの間違いだったということです。私たちは無知で愚かで。チェが言っていたことを理解するのに時間がかかりすぎてしまったんです。』

 やはり、エルネスト・チェ・ゲバラという人の人間的な魅力と言うのは相当にあったのだろうな。まあ、見た目もカッコイイし、なんかキリスト的な神々しさもある。ただし、これは本人に会ったことがないから言えることであって、多分実際に会ったら、風呂にも入っていないゲリラ生活でクッサクてたまらないだろうけれども。

 いずれにせよ、会った人の人生を変えてしまう魅力に溢れた、エルネスト・チェ・ゲバラなのだ。そして、多分、ゲバラによって一番人生が変わったのがフィデル・カストロだろう。ゲバラなくしてはキューバ革命はなかったろうし、相変わらずのアメリカ合衆国の傀儡政権が跋扈する政治だったのだろう。

 そのカストロも既に老境に達しており、次のキューバ共和国のリーダーは誰になるのだろうというのが、興味の的である。多分、アメリカもそれを興味津々で見ているに違いない。どうせCIAだってカストロ以後のキューバでの反革命を狙っているに違いないのだ。まあ、もっともそれは、アメリカ政権がどんな状況になっているか次第なのだけれども。

 現在のボリビアはフアン・エボ・モラレス・アイマという先住民族出身の左翼政権であり、ゲバラを公式的に認めた最初の政権である。社会主義的な施策をかなり行っているが、特に社会主義政権であるということは名乗っていない。この辺が、中南米の難しいところであり、あからさまには反米・社会主義を唱えているのはベネズエラくらいなもので、やはりアメリカのCIAトラウマは中南米には多くその傷跡を残しており、アルゼンチン(は反英か?)やブラジルなんかも表立っては「反米」を唱えていない。しかし、中南米の国々の多くが社会主義的政治施策でもって次第に植民地経済から独立国経済の方へと力をつけているのは事実である。

 暴力革命でキューバは現在のキューバにはなったが、それ以外の中南米諸国も、それぞれその国のやり方でもって順々と民主化はなされていったし、ゲバラの夢も少しずつではあるが実現しつつある。

 人は生きていることよりも、死ぬことでもって、より永く人々の心の中に生き延びる人がいる、ということがあるのならば、まさにゲバラこそはそんな人の代表だ。

 そして、もうひとつ、国際主義革命と言うのであれば、レーニンやトロツキーの方が先行例なのであるが、その後のスターリンとの闘争に紛れ込んでしまい、結局、本来の国際主義革命を実際に行ったのはゲバラとなってしまった不思議。

 でも、それは不思議じゃないのだな。まあ、ひとつは「ロシア革命」というのは、私たちの世代としては、もはや「歴史」になってしまっていたということと、もうひとつはレーニン、トロツキーは「政治家」だったということなのである。それに比べてゲバラは、一生涯「革命兵士」であったという違いだろう。それはカストロとゲバラとの違いにも言えそうである。

 もうひとつは、中南米ではすべて「スペイン語」が通じると言うことなのだ。これは、逆に言ってしまうととんでもないことなのだけれども、ポルトガル人が支配したブラジル以外はすべてスペイン人が植民地にした中南米という構図だろう。その結果、中南米に関する国際主義革命が可能になっている状態を作っているのだ。まさしく、スペインのお陰で国際主義革命が出来る中南米なのだが、あとは各国ごとの事情なんだろうな。

 一生涯「革命兵士」

 兵士の最後は「死」である。

 死は永遠になる。

 まさに永続革命へのスタートなのである。

 今の時代に「永続革命」って?

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(c)Albert Korda/(c)Jim Fitzpatrick

 ボリビアに行ってみたい。

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