フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『底抜け合衆国』は民主主義って何なのかを考えるいい教科書だ | トップページ | 『PK』はタイムノベル。タイムパラドックスに満ち溢れています。 »

2012年3月16日 (金)

『じじいリテラシー』は女ならではのおやじ転がしの本なのです

「じじいリテラシー」なんていうから何か新しいことが書いてあるのかと思ったら、要は「おやじ転がし」の本なのね。

『じじいリテラシー』(葉石かおり著/星海社新書/2012年2月23日刊)

「リテラシー」というのは、日本ではは「識字」という表記をして、本来は「文字(書記言語)を読み書きし、理解できること」という意味だったのだが、最近では「情報リテラシー」とか「メディア・リテラシー」とか「金融リテラシー」なんて言い方もされていて、この本に書かれているように「活用する技術」といった方向で使われている。本当はちょっと違うんだけれども、まあ、今はそちらの方で使われてしまっているのだから、私もそれに倣うとしよう。

 で、葉石さんによればじじいには6つのタイプがあるそうだ。つまり;

①オレオレじじい

②うんちくじじい

③肉食じじい

④茶坊主じじい

⑤9時5時じじい

⑥耕作じじい

 の6タイプである。う~ん、他にもあるような気もしないではないが、取り敢えずこの6タイプがあることにしよう。で、当然自らじじいである私は自分がどのタイプのじじいであるのか考えるわけである。

 最早オレオレじゃないし(昔、一時期そんな時もあったけど)、うんちく垂れるほどいろいろな世界には精通していないし(一部の部分ではオタク的に語れるけれども)、当然最早肉食は不可能になっているし(糖尿だしね)、茶坊主だったらいまだに平社員ってことはないわけだし、当然、島耕作みたいにカッコイイサラリーマンじゃないもんね。ということは、私は「9時5時じじい」か?

 で、「9時5時じじい」ってのは;

『与えられた仕事以外はせず、就業時間中にパソコンゲームに熱中したり、「外出する」と言っては喫茶店やパチンコ屋に入り浸る。それでいて定時になると、「待ってました!」とばかりにとっととタイムカードを押して帰宅する。

 ハッキリ言って給料ドロボーそのもの。肩書きはせいぜい「部長補佐」止まりで、リストラがあればまず最初に有力候補になるのがこのじじいです。

 暇な時間をどう潰すかがいちばんの目的であり、何をするにも動きが緩慢です。思わず「自分でやれよ」と言いたくなるようなどうしようもない依頼を年中し、それを断ると「アイツはダメなヤツだ」と吹聴する危険性もあるので注意が必要です。

 仕事ができないくせに自己顕示欲はそれなりにあって、ブログやツイッター、フェイスブックといった会社以外の「表現の場」を持ち、それが自慢でもあります。

 全じじいのなかではもっともリテラシーがむずかしく、「危険物取扱注意じじい」です。』

 ということなのだが。

 なあるほど、確かに『ブログやツイッター、フェイスブックといった会社以外の「表現の場」を持ち』というのは当たっているし(別に出版社にいてこんなことは自慢でもなんでもけれどもね)、百歩譲って『給料ドロボー』『肩書きはせいぜい「部長補佐」止まり』ってのも認めましょう。そりゃ、外出すれば喫茶店にも入るし、映画を見ちゃうときもあるけど、入り浸っているという感じではなく、まあサラリーマンとして許される範囲だと思うけどなあ。つまり、「ブログ、ツイッター、フェイスブック」「給料ドロボー」「肩書き」以外はあんまり当てはまっていないなあ。そんな中途半端なじじいはどうすりゃいいんだ。って考えてみれば、別にじじい側はどうでもいいんだ。そうだそうだ、「じじいをどうやって攻略すればいいか」という本だったな。

 でも、私のように6つのタイプのどれにも当てはまらないじじいが現れたらどうするんだろう。この辺が、このテのマニュアル本の弱みではあるな。つまり、世の中そんなに類型化できないモデルがいっぱいあるんだよ、ってことで。だから、本当はこのような類型化からもれてしまった対象に対してどのような態度をとればいいのかということについて書いてあるマニュアル本があればいいのだけれども、それはない。当たり前である、マニュアル本にとては、類型化から外れた対象があってはならないのだ。類型化から微妙にズレた対象がいた場合には、そこもチェックして対応策を書かなければマニュアル本としてはダメなのだ。

 何故だろう。

 それは、マニュアル本を読む者は、究極の「自分のアタマで考えないバカな」人たちだからなのだ。

 そんな人たちに優しく手を差し伸べる(それで自分がおおいに稼ぐ)のが、正しいマニュアル本なのである。

 ただし、葉石さんがじじいに「ゴロニャ~ン」するんだったら、別にどのじじいだってOKかもしれない。ネットの写真を見ると、特別美人ではないが、なんか色気のある女性である。こんな女性が下手に出て「私は貴方についていきますわ。ニャンニャン」なんて言ったら、大抵のじじいは目尻を下げて、鼻の下を地面につく位に伸ばして、言うこと聞いちゃうもんね。

 ということで、『じじいリテラシー』は女性向けの「おやじ転がし」の本なのであった。男が同じことをしたって、多分じじい側は絶対無視無視。おやじの男に対する発想は「オレのライバルになることは絶対許さん」だからね。男は男で、自分のサバイバルを考えなければならないのだ。

 この人が葉石かおりさんです→http://www.google.co.jp/landing/placepages/kodawari.html

« 『底抜け合衆国』は民主主義って何なのかを考えるいい教科書だ | トップページ | 『PK』はタイムノベル。タイムパラドックスに満ち溢れています。 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

巷によくある低俗な男叩き本にしか見えん
こんなんで金稼げるんだから女は楽でいいな

丁寧な感想に感動しました!ありがとうございます!!

「特別美人ではないが」なんて書いちゃってすみません。いえいえ、お美しいです。
tsunoken

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/54225548

この記事へのトラックバック一覧です: 『じじいリテラシー』は女ならではのおやじ転がしの本なのです:

« 『底抜け合衆国』は民主主義って何なのかを考えるいい教科書だ | トップページ | 『PK』はタイムノベル。タイムパラドックスに満ち溢れています。 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?