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2012年3月 8日 (木)

『分裂するアメリカ』はやむをえない状況なのである

 なんか今日はとても忙しいのである。って言ったって、要はJ Sports 3でパリ―ニースを見ながら、一方でフジテレビのアルガルデカップ決勝戦なでしこジャパン対ドイツ戦を見つつ、ブログを書いているという状態である。

 アルガルデカップは今のところ2対2の同点。パリ―ニースも昨日、新城幸也が前日の50位から26位まで順位を上げているところである。残り30km。

 まあ、でもこのブログは毎日0時にはUPしているので、そろそろ書き終えなければいけない。なでしこジャパンは4対3で負けており、パリ―ニースは残り17kmって、ライブだなあ。

『2010年から2011年にかけて、アメリカでは2つの草の根の運動が巻き起こった。保守的な「ちいさな政府」を訴えるティーパーティー運動と、リベラルなニューヨークから始まったウォール街占拠デモだ。「医療保険に税金を使わないでほしい」「経済的に富裕な1%を優遇し、99%をないがしろにしないでほしい」

 主張の中身こそ違ったが両者は奇妙なほど似ていた。それは「反ワシントン」のポピュリズムだ。』

 とまあ、結局ポピュリズムがアメリカの政治・経済を引っぱってしまうのだな。

『分裂するアメリカ』(渡辺将人著/幻冬舎新書/2012年2月29日刊)

 多種な民族、それも出自の国が更に異なる多種の民族。多種の宗教。こうした多様性をかかえる国であるアメリカ合州国は、結局、「草の根」的な政治運動がもっとも起こしやすい国でもある。しかし、その「草の根」運動は、結局指導方針を持たないポピュリズムに陥るしかないのだ。

 そして、FacebookやTwitterというソーシャルメディアの出現が、そんな傾向を輪をかけて促進する。つまり、中東革命のような「指導方針なき革命」という、いささかおかしな社会変革が、今後アメリカでも起きる可能性があるということだ。

『都市部の若年層を中心に、ソーシャルメディア出現後のアメリカ人のテレビ離れや視聴習慣の変容は凄まじく、地上波の夕方ニュースにかつてのような影響力はない。「有名アンカーは要らない。主役はニュースだ」と喝破したCNN創設者のテッド・ターナーのコンセプトが、ターナーが目指したニュース報道の内部改革によっでなく、ソーシャルメディアという「黒船」の出現と絡んで、20年越しで遅ればせながら実現したのはあまりに皮肉である』ということ。

更に、その方向性が『注目すべきは、ブログジャーナリズムやソーシャルメディアの浸透期とシンクロしていることだ。つまり、偏りのあるブログで「濃い」情報に対する免疫がある人たちが横のつながりで情報をやりとりする時代のなか、テレビのようなマスの媒体に求めるものも変容してきたのだ。「番組」をパッケージで有り難く視聴する感覚から、自分で能動的に動画やブログを検索する感覚への変容だ。テレビがリビングルームに鎮座する「家具」のような存在から、スマートフォンやラップトップの画面で見るものに変わったとき、テレビのコンテンツに期待するものも武妙に変化する。番組にもブログ的なものをほしがる。

 アメリカのテレビのオピニオンショーや政治的イデオロギーが偏った番組の跋扈は、かつては客観的だった報道番組にオピニオン部門ができたことによる偏向というより、社会の総ネット化によって、ネット的スタンダードに「感染」を受けていると理解したほうがいいのかもしれない』ということになり、結局『党を越えた情報が、州の名物ブロガーのもとにはタレコミとして届く。信憑性をブロガーが主観で判断して紹介する。リベラルなブロガーが共和党情報に強いことや、保守的なブロガーが民主党憎しでリベラルな情報に強かったりする。

 彼らブロガーに共通しているのは政治の実務経験である。実務を通して政治の内部に詳しいことは、マスメディアよりもブログでより直接的に役立つ。経験からくる勘やスタッフ仲間の人脈をフル稼働して、面白いブログを生み出している。正確に早く、客観的にという「報道」とはまったく違う才能と需要がそこにはあるからだ。彼らの知識や適性は、ジャーナリズムというよりは政治分析に向いている』と言うくらい、アメリカのジャーナリズムではブロガーの存在感が増しているようだ。

 しかし、ここにも書かれている通り、ブログというものは『偏りのある』『「濃い」情報』が特徴だ。つまり、人に読んでもらうためには、そのほうが結果に結びつくからなのだが、それは『正確に早く、客観的にという「報道」とはまったく違う才能』の世界なのだ。それこそマイケル・ムーアのような「無責任な政治的な面白がり」こそがブログの世界である。その辺は、日本もアメリカも同じである。「ブロガーは無責任」という。

 で、そんな「無責任」のブロガーたちによって動かされてしまっている、アメリカの「草の根」運動である。ますます、オバマの言うような「一つのアメリカ」からは遠ざかってしまうのだろう。どんどん分裂するアメリカの方へ。

 著者の渡辺将人氏はシカゴ大学大学院を出てジャニス・シャコウスキー下院議員やヒラリー・クリントン上院議員のスタッフをしていた人だ。そんな経験からみたアメリカの、ワシントンの実情と、一方反ワシントン的な動きを見せる「草の根」運動との乖離を活写したのが本書である。

 まあ、しかし、アメリカはもともと外国からの、合法、違法を含めた移民で、先住民を潰しながら作り上げた国である。先住民族の歴史を完璧に無視して、建国200年を言っている、幼い国である。その幼さが指導方針を拒否する「草の根」運動の危うさにつながっているのだろう。ティーパーティー運動も、ウォール街占拠デモも、その目指しているところは、直接的な要求はあるのだが、それに至る方法論がまるでない、単なる「暴動」と同じでしかない。こんな、幼い政治運動を何故先進国で行わなければならないのだろうか? 結局、それは「アメリカ人の頭の悪さ」を示すものでしかないのではないのか。

 そんなアメリカが世界の支配者然として、強大な権力を振り回している今の世界って何なんだろう。確かに、最早ヨーロッパには昔日の輝きはないし、アジアや中南米はまだまだ世界を席巻できる状況にはないと言うことなんだろう。

 結局、今のところはアメリカに世界の悪者を演じてもらおうという、ヨーロッパの(というかフランス、イギリスの)悪辣な深謀遠慮なんだろうな。

 悔しいね、このヨーロッパの落ち着き振りには。

 

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