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« 『PK』はタイムノベル。タイムパラドックスに満ち溢れています。 | トップページ | 『26世紀青年 ばかたち』って現代のバカさを描いたのか »

2012年3月18日 (日)

台東区 今戸 慶養寺

 台東区今戸にある曹洞宗霊亀山慶養寺は、私の家の菩提寺なのである。

 昨日は、春のお彼岸の入りの日だったので、墓参りに行ってきたわけなのであるが……。

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『浅草・今戸の慶養寺の門前に、〔嶋屋〕という料理屋がある。

 表構えは大きくないが、奥行きが深く、裏手は大川(隅田川)にのぞんでいて舟着きもあるし、気のきいた料理を出すので、秋山小兵衛も贔屓にしていた。

 秋になると、あぶらの乗った沙魚を酒と生醤油でさっと煮つけたものなどを出して、小兵衛をよろこばせる。

 だが、いまは秋ではない。

 この年の、梅雨の晴れ間の或る夜のことだが、嶋屋から座敷女中に見送られて外へ出てきた客が、今戸橋の北詰を右へ曲がった。

 右手は慶養寺の土塀、左手は山谷堀である。

 この客は中年の侍で、総髪も手入れがゆきとどいているし、夏羽織と袴をつけた風采も立派なものであった。』

 故・池波正太郎氏の『剣客商売』13巻『波紋』から『敵』の書き出しである。

 この直後、中年の侍は今戸橋のそばの暗がりに隠れていた浪人に棍棒で殴られ気絶してしまい。その後心臓を刀で一突きにされて死んでしまうのだ。

 特に何かの由緒があるお寺というわけではないが、江戸時代から続いているお寺ではある。もうひとつ、初代と7代目の林家正蔵、林家三平なんかの墓もこのお寺にある。初代が亡くなったのが天保13年(1842年)なのだから、基本的にはそれより前からは、確実にあったわけだ。

 もうひとつ、歴史に関わる話としては、慶應4年(1868年)の江戸城明け渡しの前日4月10日に、土方歳三が酒井邸(千代田区丸の内)から今戸八幡別当に移ったという記録があり、どうもこの今戸八幡別当というのが慶養寺ではないか、という説があるらしい。確かに今戸神社と慶養寺は間に一軒別のお寺を挟んで隣同士だし、神仏習合の時代ならそんなこともあるのかもしれない。ま、そうであれば面白いね、っていうだけの話ではあるが。

 取り敢えず、池波正太郎の小説に慶養寺が出てきたのを見つけたときは嬉しかった。

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カメラ・写真」カテゴリの記事

コメント

はい、いまでも一度お寺のご実家の方に行って卒塔婆料などを払って、お線香を買ったりして、それからお墓の方にいくようになってます。

こんにちは、*非公開でお願いいたします
私の実家のお寺も慶養寺です、
検索で
こちらのブログにたどり着きました。
お陰さまでお寺さんの正面の画像を拝見出来ました、海外在なので中々お参りに行けません。
お寺さんはまだ一度建物を通り再度墓所に行くようになっているのでしょうか?

秋山小兵衛大ファンです!

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