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2012年3月12日 (月)

3/11 北茨城 そして小名浜

 3月10日、11日と学生時代の友人と一緒に茨城県は北茨城市平潟漁港に行ってきた。

 大学の語学クラスで一緒だった元○○○一人、ノンセクト一人、ノンポリ二人、という4人が、何故か卒業後もたまに会う関係でいるのだが、最近は早期退職で会社を辞めたやつとか、そろそろみんな60歳になってヒマになったせいか、最近はちょくちょく会っている。その中で一人温泉好きがいて、以前にも新潟県は苗場、貝掛温泉に行ったのだが、今回はちょと趣向を変えて「鮟鱇(アンコウ)料理と温泉を楽しもう」ということで、北茨城ということになった。

Dsc_8796_2

 しかし、3/11北茨城ということになってしまうと、当然、昨年の東日本大震災や、その津波の爪あとも見るということになる。

 ということで、最初に行ったのが、北茨城市の五浦(いずら)にある「天心・六角堂」である。天心・六角堂とは東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)を開校した岡倉天心が、政治的発言をめぐって東京美術学校を排斥された後、日本美術院を設立して横山大観、菱田春草などの美術家を育てていたのだが、もともと上野にあった日本美術院を移したのが、この茨城県五浦の地であった。

 その母屋とは別に、天心が自らの思索の場として作ったのが、この六角堂であった。太平洋に面して、沖の波を眺めながら思索にふけるというのは、いかにもありそうな「絵」ではある。しかし、その六角堂が昨年の東日本大震災の津波によって消失してしまっていた。上の写真の真ん中に写っているのが、その六角堂の礎石である。

Dsc_8801_2

 現在は、茨城大学によって「天心・六角堂復興プロジェクト」というものが進められていて、復興の方針とかが定められていて、先ごろその起工式が行われたようだ。

天心・復興プロジェクトのサイトはコチラ→ http://www.ibaraki.ac.jp/donation/project2.pdf

Dsc_8773_2

 こちらは岡倉天心の墓。というか、本来の天心の墓は東京巣鴨の染井霊園にあるので、多分これはそこから分骨したものだろう。

Dsc_0002

 平潟漁港に着いてみると、まさしく津波の被害を目のあたりにした。漁港に近い低い場所は完璧に津波にやられ、もはや土台だけの家々を見るにつけ、地震以上に津波の被害というものは大きいものなのだということを感じさせる。

Dsc_0004

 しかし、同じ低地にある家でも、場所や家の建ち方なのだろか、残っている家と、流されてしまっている家の関係がよくは分からないのだが、微妙な関係論があるんだろう。

 こうして見ると、復興とか復活とか口で言うのはたやすいことだけれども、実際のことではなかなかうまくいってないのではないか、復興に向けてのロードマップというものも、容易じゃないなという感を一層にした。

 翌11日は北茨城から一度北上して、塩屋崎灯台、小名浜港などを見てきた。塩屋崎灯台では、たまたま灯台がある岬の反対側から津波が来たので、ウチは助かりました、というお土産屋さんと話ができた。小名浜港では、昨年の津波の結果、すべての海洋生物が全滅してしまったというアクアマリンふくしま(ふくしま海洋科学館)を見てきたのだが、昨年7月15日に営業を再開したアクアマリンふくしまでも、まだまだ展示は一部カバーに覆われている場所があったりして、やはり完全には復興していないな、という感じがした。

 で、昼食を摂って外に出てきたとき、皆が手を合わせている、黙祷している人もいる。「えっ、何?」と思ったのだが、時計を見ればその時刻は午後2時46分。ちょうど、昨年の同じ日、大地震があった時刻なのであった。

 東北の人にとっては、一生涯忘れられない、「3月11日午後2時46分」なのだろう。

 黙祷

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105mm, IS03 @Kitaibaraki (c)tsunoken

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