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2012年2月 3日 (金)

『人はなぜ<上京>するのか』というよりも、そこにおける人の差異が気になる

 とは言っても、結局江戸の時代までは移動は極端に制限されていた時代だから、明治以降、とくに東海道線が開通してからの「上京」ブームなのであったが、それがつい最近まで続いていたというのも、歴史的に見ても凄いことじゃないのだろうか。

『人はなぜ<上京>するのか』(難波功士著/日経プレミアシリーズ/2012年1月25日刊)

 どういう形で、日本中の若者はどうやって「東京」を目指したのか。とりあえず目次を追って見てみると………。

第1章 上京、星雲編。

 明治維新になったからといって、突然「そうだ、東京へ行こう」ブームが起こったわけではない。東海道線が全通したのが明治30年頃であるから、基本的にはそれ以降の「東京ブーム」であろう。とにかく、この時代は東京に出ないと何も始まらなかった時代。政治(権力)も天皇(権威)も東京にあった。とにかく出世、上昇志向と上京志向がまったく重なっていた時代だろう。しかし、まだ大阪の商都としての存在感はあった時代。

第2章 上京、失意編。

 関東大震災によって廃墟と化した東京である。しかし、一時的に関西方面へ逃れる文化人と、同時にやはり東京じゃないと一旗上げられないということで、再び舞い戻る文化人を代表とするインテリ層という形もあった。

 同時に、この時期、初めて「東京二世」が出てきた時期でもある。先の、「星雲編」で田舎から東京に出奔してきた人たちの子どもの時代だ。それを、本書では斉藤茂吉の子、北杜夫に求める。

第3章 上京、団塊編。

 誰もが知っている(というのは私たちの世代が最後かも)、貧しい東北や長野・新潟などの雪深いところから来た集団就職の中卒生たちの姿と、比較的裕福な南西地方(中部・関西・中国・九州の一部)からやってきた、とりあえず東京の大学に入ってから考えようぜ、ってな無責任の塊のような若者たち。北から来た集団就職組は岸首相から「声なき声」と持ち上げられ、無責任の塊(基本的には若者はそういうもんだけれども)たちは「安保反対」を唱えて、機動隊に殺された。あ、殺された人は東京出身だけれどもね。

第4章 上京、業界編。

 東京生まれ二世三世が、これからは「東京」なんて大きすぎる区切りじゃなくて、もっと細分化しましょう、ということで「港区」「吉祥寺(武蔵野市じゃなくて)」とかに細かく分かれて、そこに生まれたのかを競う時代になった。池袋や新宿じゃないよね、ってことで。そう、最早この時期には池袋、新宿は、まだ残っていた「田舎出身者」のための街になっていたのだ。

 この時期から「東京では」モノ作り産業じゃなくて、いわゆる情報産業的な業界がもてはやされるようになったわけだ。いわゆるギョーカイってやつね。基本的にはマスコミ・ギョーカイなわけだが、その周辺にいる諸種のプロダクション・制作会社・編集会社なんてのも一緒にギョーカイしてました。

 まあ、日本もバブルだし、その恩恵を受けつつ、楽しくやろうやってのが基本なんだけれども、その支えているバックボーンが何故かちょっと不安な毎日だった。つまり、モノを作ってもいない、要は新しい価値を創造しているわけでもないのに、単に土地を持っているだけで、あるいは情報を右から左へ動かしているだけなのに、こんな景気いい話はどこかに落とし穴があるんじゃないか、って………本当に思っていたかな?

 たしかに、バブルのおかげで私なんかも銀座で大盤振る舞いなんかもした記憶はある。ま、私もある種ギョーカイにいたわけで、けれども、どこかそこには「うたかた」の気分もあったような………のかな?

 で、この時期に、完全に大阪商都はなくなってしまい、単なる関西の中心街であるにすぎない、周辺にもよくある「小東京」になってしまった。

第5章 上京、頓挫編。

 で、結局、「団塊ジュニア」とか「ロスト・ジェネレーション」とかの時代になってしまうのだな。もはや東京に何の夢もない時代。でも、新青森から博多まで新幹線ができてしまい、皆ちょっと気になれば「プチ上京」ができてしまう状況。でも、飽きればすぐ帰ってしまう。

 まあ、東京の時代変遷がまさに日本の明治維新からの時代変遷と同じくしているのだから、しょうがないといってしまえばその通りではあるのだけれども。

 日本中にある、「小東京」というか「東京の支店」としての「ファスト風土」をもって、「僕らの東京」として、東京以外の地方の少年たちが受け止めてくれれば、それはそれでその企業の経営者はいいけれども、それをささえる文化はどうなってしまうんだろう、と考えるとかなり心細い。つまり、そうした「ファスト風土」チェーンの経営者のどれほどが「文化的資質」をもっているのか、「文化」というものをどのように捉えて、どのように考えているのかということだ。

 文化のないところに良い経営は育たないというのは、多分、最早、明治・大正・昭和的な発想なのだろうか。

 剥き出しの経済主義である今のグローバル資本主義では「文化と経済は別」であるから、自らが追求するのは「経済性」だけである。文化は「私の収める税金で誰かが運営してくれればいい」ということなのだ。

 まあ、多分それが今の普通の「経営者=サラリーマン経営者」なのだろう。

 しかし、それじゃあダメだという時期にはきている。例えば経営ビジョンにしても、そこに求められるのは単なる経済性だけではなく文化性も求められているのだ。つまり、ソニーの繁栄と凋落、アップルの凋落と繁栄、というのはまさしくこの<企業=文化>なのではないだろうか。企業が生み出す商品に付随する文化、というわけだ。そういう意味での<企業=文化>の時代になってきた。バブルの頃の「企業活動からは切り離されたメセナとしての文化活動(単なる見返しを要求しない投資)」ではなくて、企業活動自体が何かの文化活動になっているという意味での、企業としての文化が必要だ。つまり、それは経営者の持ている<文化的ビジョン>なのだろう。

 それを成しえた上での、「東京観」というものを見てみたい。<文化活動>としての<企業活動>がもしあるのなら、その結果としての<日本の文化平準化>ではない、なにかの解決方法も出てくるような気がする。

 文化というのは地方、地方によって違う。そういった文化的差異を受け容れて、なおかつ産業的価値も上がる方法を、我々は見つけなければいけないところにきているのだと思う。

 世界の文化の差異を認めるのなら、国内の地域の差異も認めなければいけない。地域の差異を認めるならば、人と人の差異も認めなければいけない。

 そのように、世界中の人は生きているはずなんだけれどもなあ。

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