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2012年2月10日 (金)

『クラウドの未来』っていうより、そこに出版社の未来を読まないとけない

 とにかくクラウドの時代なのである。もうウェブ(インターネット)じゃなくてクラウドなのだ。で、クラウドって何なのさ。で、この本を読んでみた。で、クラウドを理解したのかどうか、と言えば、それも覚束ない。

『クラウドの未来―超集中と超分散の世界』(小池良次著/講談社現代新書/2012年1月20日刊)

 つまり、グーグルに関して言えば「Gメール」と「ドロップボックス」と「エバーノート」を使って、データやコンテンツもアプリケーションもすべて「クラウド」に上げちゃって、自分のパソコンやタブレット、スマートフォンをとにかく軽くして、「どこでもドア」ならぬ「どこでも仕事」をしましょうということなんだけれども、なんか「余計なお世話」という感じがしないでもない。

『いまソーシャル・ネットワーク・サービスや検索サービスなどインターネットを経由する情報量は級数的に増えているからです。ソーシャル・ネットワーク・サービスに飛び交う情報量はたった四日分だけで、人類が書籍や写真などに蓄積してきた情報の総量と同じと言われ、人類の経験したことがない新領域に入っています』と言ったって、その情報のほとんどは、誰かが発信してきた元情報のツィートや、そのまたリツィート、そのまたリツィート………、というクズ情報でしかない。ソーシャル・ネットワーク・サービスに参加している人たちのなかで、自ら情報の第一発信者になっているのは、参加者のなかの3割にも満たない状況なのである。「Web 2.0」の時代になって、誰でもが情報発信者になれる時代が来た、という言われ方をされたけれども、結局、自ら情報を発信する者はその3割以下で、その他の大勢はクズ情報(二次情報)を拡散するだけで、自ら情報発信者になろうとしない状況のなかで、そこから先に進んでどうなるの、という気もしてならない。

『読者の中にもGmailを利用している方は多いと思いますが、同サービスに蓄積されたメールや添付書類はグーグルが展開している米国などのデータ・センターに保管されています。後ほど詳しく述べますが(しかし、述べられない:引用者注)、米国政府はこうした情報を捜査権限を使って調べることができます。』と言うとおり、我々のクラウドに上げている情報はすべてアメリカ政府が覗けるよというこを前提として、それを使わなければならないと言うことなのである。

 ただ、まあインターネットの時代でもそれは言われていたことであって、個人の情報や、個人データベースなんかはパソコンに入力してインターネットにつないでしまった時点で、それが世界中のどこのサーバーに保存されているのかがわからない状態になってしまい、逆にどこか分からないところから、迷惑メールやらスパムメールがくることを拒めない状況になっているのであるから、それがもっともっとヒドい状態になるということだろう。

 基本的には『インターネットの発展に大きく貢献したサン・マイクロシステムズ(現オラクル:引用者注)のスコット・マクネリー元会長は「ネット時代にプライバシーなんて守りきれるもんじゃない」とよく話していました。彼の言うとおり、ユーザーは利用する多種多様なサイトのプライバシー保護ルールを常にチェックすることは不可能です。つまり、ウェブの長所といわれる情報の分散管理と自由流通は、個人情報の保護を事実上不可能にしています』ということなのだ。

 まあ、確かにそうして個人情報やプライバシーが外部に漏れてしまう(というか、どこか分からない場所に管理されている)状態は、あまり気持ちの良いことではない。しかし、いまや時代はそこまで進んでいてしまっているのだ。多分、インターネットが嫌でも我々の生活を変えてしまったのと同じく、いずれはクラウドの波に飲み込まれるのであろう。嫌でも………。

 私はもうすぐ会社を定年で終えることになる。現状は、会社のパソコン、家のパソコン、タブレット(iPad)は息子にあげてしまったから今は持っていないがスマートフォンは使っている、と言う状況なのだが、とりあえずがは「ノマド・ワーカー」ではないからさほどクラウドの必要性は感じていない。しかし、いまここで書いているブログも、あるいはウェブ・メールもどちらもアプリケーションもデータもniftyにあるわけで、まあ一種のクラウドなわけだ。会社のパソコンに来たメールは転送指示でniftyに送っているので、まあ、メールはどこに来てもいつでも見られるという状況にある。

 そんな境界領域にいる人間がこれからクラウドとどう付き合っていくつもりなのか。というと、結構これが前向きなんですね。多分、いろいろな場所(とにかく会社じゃない所には行くわけで)でこのブログを書いたり、定年後はいろいろ旅行とかするだろうし(本当かな?)、メールを読んだりするだろうし、ということで基本的に「モバイル・コンピューティング」になること必然なのだ。

 勿論、まだまだ減益の、これからの外勤営業マンにとっては、クラウドは必然になるだろう。それは、営業の立場からユーザーやディーラー、リテーラーからの情報を企画セクションにダイレクトに伝えるツールになるだろうし、出版社にとっては、これからは編集とか営業とか関係なく、基本的に「企画を出す人」が重要と言う本来の会社の雰囲気になるかも知れない。つまり、企画を出せない社員は要らないとい雰囲気に。まあ、それが本来の出版社のあり方なんだけれどもね。

 そんなわけで、少しはクラウドの方法論を知っている私からすると、niftyは日本の会社だし、バックボーンもしっかりしている会社なので信用しているが、やはりGoogleはアメリカの会社で信用ならない、ということなのだ。おまけにアメリカ政府の査察も入るしね。

 ということで、今日の結論は「今後もniftyさん、よろしくね」ってことなのであった。

 ま、そういうことです。

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