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2012年1月 1日 (日)

超訳「哲学用語」事典

 皆さん明けましておめでとうございます。なんていっても、これを書いているのは大晦日なんてことはよくある話で……。紅白歌合戦観ながら書いてます

 講談社現代新書『はじめての政治哲学』を書いた小川仁志氏の文庫書き下ろしが本書である。『はじめての~』を読んだときは、なんかやたら読みやすくて、なんだマイケル・サンデルの真似かよと思ったのだが、今回の『哲学用語事典』は実に面白い。まあ、自分の知っている哲学用語の確認ですな。

すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』(小川仁志著/PHP文庫/2011年11月21日刊)

 とりあえず掲載されている「哲学用語」をすべて上げると以下の通り。

第1章 よく目にする&耳にする頻出用語

「アイロニー」「ルサンチマン」「レゾンデートル」「レトリック」「メタファー」「コンテクスト」「カタルシス」「ポストモダン」「イデオロギー」「パラダイム」「パラドックス」「コペルニクス的転回「ラディカル」「ニヒリズム」「ペシミズム」「エゴイズム」「フェティシズム」「リベラリズム」「全体主義」「カオス/コスモス」「自我」「アイデンティティ」「中庸」「理性」「主体/客体」

第2章 常識として知っておきたい用語

「弁証法」「テーゼ/アンチテーセ/ジンテーゼ」「アウフヘーベン」「帰納/演繹」「トートロジー」「レッセフェール」「イデア」「コギト・エルゴ・スム」「心身二元論」「アウラ」「アガペー」「アナーキズム」「アナロジー」「アニミズム」「エートス」「ストア派」「エピクロス派」「永遠回帰」「社会契約説」「一般意志」「ペルソナ」「疎外」「詭弁」「エディプス・コンプレックス」「昇華」

第3章 チンプンカンプンのカタカナ用語

「アタラクシア」「アフォーダンス」「アプリオリ/アポステリオリ」「アポリア」「アレゴリー」「アンガージュマン」「アンチノミー」「イドラ」「エピステーメー」「シニフィアン/シニフィエ」「シミュラークル」「タブラ・ラサ」「ドクサ」「ドグマ」「ノマド」「フィリア」「プラグマティズム」「ブリコラージュ」「メタ」「モラリスト」「リバタリアニズム」「コミュニタリアニズム」「コスモポリタニズム」「ロゴス」「パトス」

第4章 入試問題でも見かける漢字系の用語

「上部構造/下部構造」「唯物史観(史的唯物論)」「構造主義」「実存主義」「功利主義」「啓蒙主義」「形而上学」「実証主義」「反証可能性」「観念論」「合理論」「生得観念」「経験論」「超越論的」「認識論」「汎神論」「集合的無意識」「即自/対自/即自かつ対自」「主知主義/主意主義」「純粋持続」「間主観性」「心術」「表象」「仮象」「審級」

第5章 日常の用法とはちょっと意味の異なる用語

「批判」「エロス」「反省」「ポリス」「予定調和」「カテゴリー」「正義」「命題」「直観」「実在」「情念」「超人」「延長」「機械」「強度」「思弁」「自然状態」「限界状況」「自由意志」「懐疑主義」「有機的」「自律/他律」「普遍/特殊」「システム」「コミュニケーション的行為」

第6章 本格派向けの高度な用語

「現象学」「エポケー」「記号論」「分析哲学」「言語ゲーム」「存在論」「現存在」「世界‐内‐存在」「投企」「脱構築」「差延」「エクリチュール」「定言命法」「格率」「悟性」「絶対知」「トゥリー/リゾーム」「マルチチュード」「ミーメーシス」「アルケー」「プシュケー」「エイドレス/ヒュレー」「デュナミス/エルゲネイア」「モナド」「テオリア」

 ざっと列挙してみたら、私が知っている言葉は8割くらいかな。使ったことがある言葉は半分くらいか。高校生時代に民青に論破されたくなくて乱読したマルクスやエンゲルス、サルトルなんかから覚えた言葉が大半で、その後、大学に入ってから読んだモーリス・メルロ=ポンティやロラン・バルトなどの現象学と記号論を、マルクスの哲学に接ぎ木して映画評論を書いていたわけなので、それらの言葉には親しみがあるのであるが、考えてみれば「日本語になっているようで実はなっていない訳語」やら、カタカナ用語なんてのは、本当は原語で理解するともっと分かりやすくなったりする。

 ポストモダンの時代や、ジャック・デリダ、アントニオ・ネグリあたりはちょっと哲学書から離れていた時期なので、彼らの使っている用語は前はあまりよく分からない時期があったのだが、最近の哲学用語はあまり「日本語化」していない言い方が多いので、そんな言葉に出会ったら、解説書を読むのでなく辞書を読んだ方が言葉の本来の意味が分かる。

 つまり、わが国において哲学がやたら難解な用語を使っているが為に、哲学が敬して遠ざけられることになってしまったのは、ひとえに明治時代の思想家西周(にしあまね)のせいなのだ。西周とは「フィロソフィー」という言葉を「哲学」と翻訳した人であり、上記の「日本語になっているようで実はなっていない訳語」は、大体がこの西周によって日本語化された言葉なのだ。そういう意味では数多くの西洋哲学を日本に紹介した偉い人なのだが、その過程において「完全な日本語にしなければならないと考えるあまり、完璧に不完全な日本語にしてしまった」大犯罪者でもあるのだ。

 で、結局その後の日本の哲学者たちは「それが不完全な日本語であることは分かっていたにもかかわらず、その不完全な日本語を自らも使うことで、哲学という<ものの考え方>をいかにも高尚な学問であるかのように装ってきた」という日本の哲学者の歴史があるわけだな。そのほうが自分が偉い人のように見せることができるから……という理由で。多分。

 ところが、哲学なんてものは学問でもなんでもないし、所詮「人間の生き方についての考え方」でしかないので、私のような経済学部の学生でも独学で身につけることは出来るのだ。多分それは経済学よりもずっと易しい、少なくとも私の場合は。ただし、系統だった学び方ではないので、かなり歪んだかたちではあるだろうけれども。それでも、それらの述語を接ぎ木して映画評論をデッチ上げることくらいは出来てしまうのだ。まあ、間違った解釈をしていたのかも知れないが。

 つまり、小川仁志氏はそんな皆から「敬して遠ざけされてしまっている哲学」を、実はこんなに易しい学問なんですよ、だから皆哲学を勉強しようよ、と言いたいのだろうけれども、しかし、これがそう簡単にはいかないんだよな。哲学が面白い学問だということは、私も知っている。しかし、これほど就職には役に立たない(と思われている)学問もないんだよな。実際、哲学は「実学」ではまったくないからね。

 本当は「実学ではない学問」ほど面白い学問はないんだがなあ。他の、就職には役に立たない分野(例えば、芸術系とか文学・史学・民俗学系とか)も面白い。つまり、それはそれらを学んだ後に、その学んだことを実際の仕事に役立てようということのない、純粋な学問(芸術)としての楽しみなんだろう。しかし、皆就職のことを考えて学問分野を選んでしまう、法学部や経済学部や経営学部や商学部なんて具合に。じゃあ、それらの学部を選んだからって就職に有利なことがあるのかと言えば、実は全然ないというのが社会に出てみると分かる真実だ。法律を知らない法学部卒、経済がわからない経済学部卒、会社の経営の事なんかまったくわからない経営学部卒なんて人がごく普通に暮らしているのが、私達の社会なのだ。

 そんな意味でも、今考えてみると文学部にいってりゃあ良かったな、なんて考えてみたりする60歳だったりするわけで、でも今更人生は引き返せないから、大学の社会人講座なんかで文学の講義を聴いたりするわけだな。

 妙に納得。

2011_01_23_001_2

 この写真に哲学があるのかって?   

 単なるスナップですよ。ある訳ないじゃん。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2 @銀座 (tsunoken)

 

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