フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『ニッポンのサイズ』だけじゃない、こんなことも | トップページ | 『ロボジー』はロボットと女の子のラブストーリーなのだ »

2012年1月26日 (木)

『タブーの正体!』だけじゃなくて、メディア評論をしたいんでしょうが

『噂の真相』の元副編集長による書である。しかし、その正直なところがいいね。

『タブーの正体! マスコミが「あのこと」に触れない理由』(川端幹人著/ちくま新書/2012年1月10日刊)

『噂の真相』時代からのいろいろなタブーに触れた取材や報道記事に関しての発言なのだけれども、その構造を見ると『タブーはさまざまな要素が複雑に絡み合ってつくられるものではあるが、つきつめれば、最後は暴力、権力、経済のうちのどれかに対する恐怖にいきつく。』ということなのだろう。事実、私自身がそういった(小さいけれども)メディア企業にいるということも含めて、自戒の念を持って読んだわけなのだが。

 しかし、本書に書かれていることは実際に『噂の真相』をオンタイムで読んでいた私にとっては「ああ、そんなこともあったなあ」というだけのことにすぎないのであって、特別目新しいことは載っていない。それは、すこし残念。

 しかし、一番いいのは「あとがき」である。右翼による『噂の真相』襲撃事件のときの筆者の態度。つまり「へっぴり腰」である。筆者は『そう。あの「へっぴり腰」は私のジャーナリストとしての姿勢そのものなのだ。『噂の真相』編集者としての使命感からタブーに踏み込んではきたが、本当はそこから逃げ出したくてしょうがない。口では「圧力には屈しない」「言論の自由を死守する」と強気の言葉を並べていても、内心はトラブルがこわくてこわくてたまらない。』と書く正直さである。

 つまり、『噂の真相』読者であった私にとっては、別にそこで仕事をしていた記者・編集者も私達とかわらない人たちだったのだなということと、もうひとつは、基本的に『噂の真相』も『週刊現代』も持ってるタブーはたいして変わらないのだなということである。問題は、そのタブーをどうやって誌面に出すかということ。

 それよりどうより、講談社の社員に対する取材で得た話が気になる。

『つい最近、講談社でファッション雑誌の編集をしている若手社員数人と話す機会があり、ついでに週刊誌ジャーナリズムについての感想を聞いてみたのだが、彼らは真顔で「どうして会社が『週刊現代』や『フライデー』みたいな雑誌を出しているのかサッパリわからないという台詞を口にしていた。』

 ということなのだが、そんなのは簡単。そんなことを言っているやつを『週刊現代』『フライデー』に異動しちゃえばいいのだ。多分、そこにいくとやつらの言い方は180度変わって、「ぜったいにスキャンダリズム・ジャーナリズムが必要だ」とか何とか言うんだろうな。そんな、「会社の事情」を分からないのが、若手社員なのだからしょうがない。まあ、まだ会社の事情ってものを分かっていないのでしょうね。

 私も、昔、田原俊彦(別に私のキャスティングじゃなかんたんだけれども)主演の映画を作る際には、『週刊現代』『フライデー』には「田原俊彦のスキャンダルには触らないででね」というお願いをして、逆に『フライデー』からはパブ記事まで勝手に作っていただいてしまったことがあった。まあ、つまり社内のタブーなんてのはそんなもの。どうにでもなるのだ。

 問題はそうじゃなくて、マスコミ(新聞、テレビ、週刊誌)におけるタブーが、今後更に強化されてしまうのじゃないかということに対する危惧なのであるけれども、私はそんなに危惧してはいないのだ。

 結局、現政権の恥部はどんなメディアであろうが、どこかのメディアが絶対に暴くだろうし、その方法論はいかなる時代においてもあったのだ、ということ。

 メディアに対するタブー攻撃やその他の暴力・権力・経済による攻撃は、多分今のようなメディア状況でない時代にもあっただろう。それこそ、ギリシア、ローマの時代にもあったはずだ。特にローマ時代なんてのは「建前上は民主主義」だったわけなのであるから、それはそれスキャンダル情報なんてのはいっぱいあったわけだがメディアはなかった。しかし、マスメディアはなかったけれども、「個人―個人」のメディアはあったわけで、当時はそんな状況を拡大して「ポリス・メディア」ポリスの広場をメディアとしてそこにいる人(奴隷を抱えた暇なローマ人=民主主義の人)に伝えたわけだ。

 つまり、昔から権力者=自らのいろいろなことを知られたくない=タブーと、それを暴きたい庶民の立場ってのはあったわけで、その辺の関係論はかわらないだろう。

 川端氏が憂慮するほどには、タブーに挑むジャーナリストは減らないと考えます。ただし、そんなジャーナリストが自分の言論・取材結果を発表する場所の問題ですね。それこそ、ネットでもいいのです。その、ネット言論を如何にリアルに持っていくのかを考えるべきでしょう。

 その先には何か解決策があるはずだ。しかし、そこにも問題が生じて、また先に………。と言う事なのでしょう。

« 『ニッポンのサイズ』だけじゃない、こんなことも | トップページ | 『ロボジー』はロボットと女の子のラブストーリーなのだ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/53812939

この記事へのトラックバック一覧です: 『タブーの正体!』だけじゃなくて、メディア評論をしたいんでしょうが:

« 『ニッポンのサイズ』だけじゃない、こんなことも | トップページ | 『ロボジー』はロボットと女の子のラブストーリーなのだ »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?