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2012年1月20日 (金)

『ゼロ年代の想像力』から想起される、イチゼロ年代の生き方

「セカイ系」とか「サヴァイブ系」とか「決断主義」とかの勝手につけたタームはよく分からないが、言いたいことは概ね分かる、ってことはそんなタームを作る意味はないのだろう。しかし、そうい訳の分からないタームを生み出すことによって、批評家は自らを批評家たらんと欲するのである。

 まあ、哲学なんて概ねそんなものだ。如何に人から理解できないタームを引っ張り出して、相手から優位に立つか、そんな競争。

『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛/ハヤカワ文庫JA/2011年9月10日刊)

 しかし、私は本書の存在を今始めて知ったような不勉強ぶりなのであるが、実は2008年にハードカバーがでた本書は、2011年の文庫化の時点ではすでに「古臭い」物言いになってしまっている。確かに、時代は既にゼロ年代からゼロイチ年代になってしまっていて、既に次のタームに入ってしまっている。さてゼロイチ年代の文化は如何なるものか、本書から探っていこう。

 ということなので、本書第1章から第16章まで、ページ数でいって全465ページ中、11ページから399ページまでは、実は坂上秋成氏による「特別ロングインタビュー」63ページの「まえがき」にすぎないのだ。巻末の「おまけインタビュー」が実は一番の「売り」で、本文は「おまけ」の付け足しにすぎないというのは、まさしく今の出版事情と同じあり、う~ん、宇野常寛氏はそんなところでも「今日性」を狙っているのかと、感心するところしきりである。

 徒し事はさておき、じゃあゼロ年代を概観するとどうなるか;

2000年:いわれたコンピュータ「2000年問題」は、さほどの混乱は起きず収束。

2001年:アメリカでブッシュ・ジュニア大統領就任、があり4月には小泉純一郎が日本の総理大臣に就任したことが、ゼロ年代の始まりであった。しかし、その年、9月11日にはいわゆるNY同時テロがあり、まさしくアメリカン・グローバリズムと反グローバリズム勢力の戦いが始まった年である。しかし、同時にこれは「不可視の敵」との戦いであり、猜疑心をもってすれば、誰でも敵に成りうる戦いでもある。

2002年:バリ島やモスクワでのテロ活動が盛んになり、グローバリズムvs.反グローバリズムの戦いは局地的であり同時的という、誰がその中心にいるのか分からない状況に。そんな中で小泉首相の電撃訪朝があり、拉致被害者5人を連れ帰るという「快挙」がなされた。

2003年:イラクのフセインが米軍により拘束され、イラクの独裁(?)体制が崩壊。

2004年:日本では年金未納問題が発覚し、政治家の未納問題もあって大きくクローズアップされた(その後、年金未納者は増えるばかり)。秋には中越地震があって山古志村の牛の角突きや錦鯉も壊滅状態に(って、これは私の趣味でした)。

2005年:JR西日本・福知山線の事故があり、秋にはかの「郵政民営化選挙」で小泉自民党が大勝利ということに。

2006年:1月にライブドア堀江貴文氏が逮捕され、6月には村上ファンドの村上世彰氏が逮捕されるという、まさしく旧既得権益層からのニューキャピタリストへの反撃の嵐のような1年だった。

2007年:「団塊の世代」の大量定年退職があって、企業としてはこのあと数年に亘る退職金の用意をしなければならない事に。

2008年:中国製冷凍餃子による中毒事件が発生し、中国製の「安い」食品に対する不信感が巻き起こった。6月には秋葉原連続通り魔事件が起きて、途端に「オタク差別」が始まる。9月には福田康夫首相の「上から目線」辞任という、これはこれで面白いイベントがあった。

2009年:オバマ大統領就任。

 あくまでも概観(それも殆ど日本から見た)でしかないが、ウームこの10年間っていろいろあったのね、と言ったって何も言っていないのと同じである。つまり、堀井憲一郎氏ではないが『いつだって大変な時代』なんである。別に、このゼロ年代だけが特別なのではない。特にその前の10年間なんかは、1991年のソビエトの崩壊でもって第二次世界大戦後ずっと続いていた「冷戦」構造が崩壊し、それまでは世界は米ソという二大国の対立構造にすべてが収斂しているという単純な構造だったのが、世界には無数の対立構造ができると言った複雑系になってしまい、我が国もそれまで信じられていた成長神話が見事にバブルの崩壊とともになくなってしまった時代ではあったわけで、それはそれで大変な時代だったのである。

 しかし、時代を捉える感性は、自分の属する(と考える)時代の特殊性を捉えるのである。いろいろあったけど、べつに他の10年間と変わってはいないのだ。もしそれが変わっているというなら、それは日本が1945年の敗戦から半世紀にわたって見事な経済復興を成し遂げて、GDPでも世界第2位になって世界の脅威として捉えられていたのが、その立場がなくなってしまったというだけのことだ。

 そうした、日本を取り囲む経済事情を無視して問題提起する「ロスジェネ」に対して宇野氏は言う。

『上の世代は終身雇用が保証されていて、年功序列で、既得権益がたっぷりとあった。けれど、僕らにはない、これはどういうことだ、という論法ですね。そんなことを言ったら、戦争を体験している人がこの国にはたくさんいるわけですよね。よくそんなことが言えるなという単純な反発がまずあった。その上で、僕はバブル崩壊後の世の中がそんなに悪くないと思っているんです。たしかに安定はなくなった。けれど自由は広がった。僕は今のほうが生きやすい世の中になったとずっと思っているんですよ。こう言うとそれはお前が自分が社会的に成功したと思い込んでいるからだ、それは強者の論理だ、というテンプレート的な反論が、必ず来る。けれど、本当にそうか、ちゃんと考えてほしいんですよね。転職や結婚の自由がこの二十年でどれだけ広がったか、仕事や家族以外の生きがい、たとえば「趣味」を人生のメインディッシュにする生き方がどれだけやりやすくなったか、考えてみてほしいんですよ。戦後的な「安定」の代価だった「不自由」がある限り、これらのものは絶対に手に入らなかったと思う。終身雇用に支えられた会社共同体が崩壊してくれたおかげで、どれだけ僕らは自由になったか。』

 まあ、これが宇野氏や、『絶望の国の幸福な若者たち』を書いた古市憲寿氏なんかのスタンスなのだろう。上の世代に対してプロテストをする(という伝統的な方法)やり方よりも、結果として上の世代が敷いた路線に取り敢えずは乗っておいて、いずれ勝手にやっちゃうぞ、という視点なのである。

 いまやインターネットはそれ自体が「もう古い」と言われてしまっている世界。いまや「クラウド」に乗せて情報を扱う時代なのだ。「インターネット=ブログ」でもって、小説の時代は終わった。というと極端なので「ブログやケータイ小説でもって自己表現できてしまう時代においては、いまや文学が特権的な立場をとりえない」とまでは言っておこう。もはや、人々にとっては「文字表現」はごく普通にユーザーフレンドリーな表現方法であって、当たり前の自己表現なのである。

 そんな時代にあっては、文学は実に難しい表現方法になってしまった。

 宇野氏は言う;

『そもそも現代というのはインターネット上におけるブログや掲示板やSNSが象徴するように、誰でもメディアを持ち、言葉を発信することができる時代です。おそらく有史以来、こんなに私たちが文字と書くことを日常的に行っている時代はないはずです。しかも、この現象は完全に大衆化している。一部のインテリたちの文化でもなんでもない。以前は書き言葉というのはすごく特権的なものだったわけですよ。文字を読む、書くという作業は時間を遡れば遡れば遡るほど一部の人たちだけに許される行動だったことが明らかです。しかもそれをメディアを通して不特定多数の人々に発信することができる環境なんて本当に特殊なものだった。それをインターネットは一気に解放してしまたんですよね。』

 そんな時代の文学あるいは「表現」ってなんだろう。文学以外の映像表現でもフラッシュ動画なんて便利なものが出来たおかげで、アニメーションは誰でも作れるツールになってしまったし、ボーカロイドのおかげで「初音ミク」は誰でもが所有できて、誰でもが自ら作れるアイドルになってしまった。もちろん、小説なんて誰でも書ける文章の積み重ねに過ぎない。と言う具合に、いまや誰でもが表現者になれる時代なのだ。

 いまや、そういう意味では「文学の崩壊」である。そんな崩壊した文学状況の中で如何にして文学の再生を願うか、あるいは文学の崩壊の方向へ進めて、その先に新しい文学を求めるか。私としては、もっともっと文学は崩壊して、表現的にも、同時に経済的にもダメになったほうがいいのだと考えている。そんな、崩壊した状況の後に新しい文学の再生が必ずあるだろうから……。

 大丈夫だよね。

 堀井憲一郎氏の『いつだって大変な時代』は旧世代からの、古市憲寿氏の『絶望の国の幸福な若者たち』は新世代からの、これからの時代に対する提案である。

 読んでいて、失敗はない。

Img323_2

 とそういうことになって、祭りの復権はあるのかどうか?

LEICA M6 Summlux 50mm/F1.4 @遠野 (c)tsunoken

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