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2012年1月

2012年1月31日 (火)

『チーズは探すな!』はダメ本の典型ですな

「世界2400万部ベストセラーに異議あり!」という腰巻が巻かれた本書は、基本的には『チーズはどこへ消えた?』への返書という体裁になっている訳なのであるが。

『チーズは探すな!』(ディーパック・マルホトラ著/佐藤志緒訳/ディスカバー・トゥエンティワン/2011年11月15日刊)

 原題は『チーズはどこへ消えた?=Who moved my cheese?」に対して「チーズは探すな=I moved your cheese.」である。つまり、"Who moved my cheese?"では人にチーズを持っていかれちゃった人たちの受動的な立場、対して、"I moved your cheese."ではチーズを持っていっちゃった人たちの能動的な立場を表している。

 たしかに、『チーズはどこへ消えた?』が経営者によって沢山買われて従業員に配布されたというのはよくわかる。つまり、「チーズを持っていっちゃう」経営者の立場から、「チーズを持っていかれちゃった」従業員に対して「いつまでもチーズがあると思うなよ。そんな変化に対応しろ」という脅しにも似た警告を、経営者はしたんだろうな。しかし、その警告は結局は従業員に対して、「解雇されることも、変化として受け容れろ」ということでしかないという、トンデモ本だったわけですね。

 じゃあ今回の"I moved your cheese."はそんなトンデモ本に解決を与えるのかというと、実は全然答えになっていないのだ。つまり、それは「お前らチーズを勝手に持ってかれちゃう立場にならないで、自分でチーズを持っていっちゃう立場になりなさい」と言っているだけにすぎないのだ。つまり、それは「勝者の論理」ということでしかない。確かに、ハーバードビジネススクールならそんな教え方もいいかも知れない。基本的には経営者及び経営スタッフになるための学校だからね。

 しかし、ごく一般のサラリーマンが、基本的に"I moved your chees."になることはないだろうから、そんなことを教えても意味はない。

 マルホトラ氏にとっては、ハーバードビジネススクールで教えるのには、やはり"Who moved my cheese?"ではなく、"I moved your cheese."を教えたいのだろうけれども、それを一般の人に出版する意味ってあるんだろうか?

 基本的にこの本を買って読む人の大半は『チーズはどこへ消えた?』の読者であろう。つまり「社蓄」って訳で、それでもどこか這い上がりたくて、経営者に近いところに行きたいと考えている人たちだろう。そう、会社の変化にi一生懸命ついていきたいという。でも、本書はそんな読者に対して「貴方の立場でこの本を読んでも意味はないのだよ」ということを言っているにすぎない。所詮、サラリーマンはサラリーマン、社蓄は社蓄なのである。勿論、そのホンの一部の人たちは「経営」に近いところにいけるけれども、でも大半は負け犬サラリーマンで終わるのだ。そんな「負け犬サラリーマン」に"I moved your cheese."を読ませて何の意味があるのだろうか。

 アメリカのサラリーマンだって、大半は「負け犬」である。大半は役員にまで上がれなくて、年金を受け取れる年齢になるとサラリーマンを辞める人たちばっかりだ。そんな人たちにとっては"I moved your cheese."という瞬間は有り得ない。といって、"Who moved my cheese?"という経験はいっぱいあっただろう。このまま行けば部長になれる、役員になれるという思いで"Who moved my cheese?"を乗り越えてきた人たちが、しかし夢破れて社蓄になっていくのだ。

 つまり、この本は殆どの人にとっては「役に立たない本」である。『チーズはどこに消えた?』を買って読んで、その気になった人たちが、今でも"I moved your cheese."という立場になっていなかったならば、読む意味はない。

 そんなクダラナイ本なのである。まあ、『チーズはどこへ消えた?』が売れたので、今度は『チースは探すな!』なら売れるかもと考えたなら、そんな編集者の判断を疑う。

『チーズはどこへ消えた?』が売れたんで、今回は『チーズは探すな!』という発想であれば、それはダメ。"Who moved my cheese?"が売れたんで、今回は"I moved your cheese."なんだったら、もっとダメ。もう編集者やめたらっていうくらいのダメ本です。

 だって、これって成功者だけの話でしょ。それを一般化するということだけでもダメだっていうのに、それを『チーズはどこに消えた?』と同じだけ売れると思ってしまったら、編集者のマーケティングがだめってところですね。

 編集の人が自分で考えた企画なの、ってとこまで疑っちゃうね。

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自分のアタマで考えるっていうのはこういうことですよ。

Fujifilm X10 @お台場 (c)tsunoken

 

 

2012年1月30日 (月)

王子 さくら新道

 JR京浜東北線の王子駅と飛鳥山公園の間の狭い空間に長屋状の飲み屋街がある。「さくら新道」という名前がついたその長屋が火事になったのは1月21日の早朝のことだった。

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 激しく燃え上がるその炎は京浜東北線の架線にまで燃え移り、結果、京浜東北線は午前中いっぱい不通になってしまった。その現場を見てきた。

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 火事から一週間過ぎているが、現場はまだまったく片付いていない状態で、とりあえず足の踏み場もない状態である。

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 線路側から見るとトタンの家に見えるが、しかし木造家屋だけに完全に焼け落ちてしまっている。三棟あるうちの上中里側の二棟は完全に焼けているが、王子駅側の一棟だけは類焼を免れて、無事だったのは良かったが、上中里側の二棟は完璧に家の中まで真っ黒になってしまっていた。怪我人や焼死者がいなかったことは幸いだが、果たしてこの飲み屋街は復活するのだろうか。

 私は一度も行ったことがくなく、いつも電車で前を通るたびに、一度行きたいなあと考えていただけに、返すがえすも残念でならない。

 もし、復活したら一度行ってみよう。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @王子 (c)tsunoken

2012年1月29日 (日)

情報の呼吸法

 要はソーシャルメディア(Twitter)の使い方に関する提案なのだけれもど、つまり、情報はインプットだけじゃなくて、アウトプットもしなけりゃ意味がない、ということなんだよな。

『情報の呼吸法』(津田大介著/朝日出版社ideaink/2012年1月15日刊)

 Chikirinさんじゃないけれども『自分のアタマで考えよう』ということなのだ。Twitterでもいい、Facebookでもいい、もちろん2ちゃんねるだっていいんだけれども、そういったソーシャルメディアから受けた情報を、そのまま自分のもとにおいておくだけじゃなくて、そこから自分が何かを感じたのか、何か変化があったのかといったことを自ら発信しようよってことなのだ。

 情報をインプットするだけでは、情報の流通はそこで終わってしまう。そうじゃなくて、そこでまたアウトプットする回路があれば、そこから情報の回路は再び繋がるのだ。ということで、ソーシャルキャピタル(人間関係資本)という考え方が出てくる。

 ただし、ソーシャルキャピタルという考え方は、以前から「社会資本」という言葉で日本語訳もされているとおり、経済学用語として通用しておりインフラストラクチャとして知られている用語なのであるが、それとの混同はしないように、とも思うのだが、経済学用語としての「社会資本」も結局は社会学用語としての「社会資本」というどこかつかみどろのない雰囲気用語である、インターネット用語としてのソーシャルキャピタルに統合されてしまうのかも知れない。

 まあ、津田氏の場合はTwitterになるのかもしれないが、そうしたソンーシャルネットワークを通じた人間関係の繋がりを、うまくリアルな繋がりにもっていって、なにか有意義なこととか、何か新しいこととか、をやろうよということなのだろう。

 つまりそれは、昔は住んでいる場所が近いからとか、仕事をしている場所が同じだからという理由で繋がっていた人間同士のコミュニティが、今はネットを通じた人間関係にもっていこうということなのだろう。

 結局、人間というのは「つながり」がほしい生き物なのだろうな。そうして繋がった人間の絆でもって世の中は動いていくというのか。って、それは東日本大震災のお涙頂戴のストーリーじゃないかよ。

 それはそれとして、3.11は尊い経験として東日本では受け止めなければならないし、そのなかでTwitterで繋がったコミュニティがあるのであれば、それはそれで重要視しなかればならないだろう。

 しかし、そんなソーシャルな繋がりは私はあまり信用できない。結局、何か大きな問題があった時には、その人たちは逃げちゃうんでしょ。逃げずに残った人たちがいて、そこで新たなコミュニティができればいいのだけれども、そうじゃなくては意味はない。問題はソーシャルで繋がった人たちがリアルの世界でも繋がっていけるのか、ということなのだ。結局はそこだけ、人間と人間の繋がりというのは実際の人間同士の知り合いでしかないわけで、それはバーチャルな繋がりではありえなんだよな。

 そんな「バーチャルからリアルへ」という人間の繋がりを作っていけるのかが、津田氏の問題なのだろうな。

 結局「金が動く」「人が動く」というのはリアルな世界でのことなのだからね。

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 これが、リアル最高の世界ですよ。カメラはデジタルですが。つまりは、カメラヲタク(だけの)の大問題(というだけのこと)。フィルムももうコダックは作らないしねえ。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2.0 (c)tsunoken

2012年1月28日 (土)

『RIDEX』が描くのはオヤジの夢なんだよな

 結局、バイク物のコミックをみると『バリバリ伝説』に戻ってしまうのだな。

『RIDEX 5』(東本昌平著/モーターマガジン社/2011年9月15日刊)

 この第5巻に掲載されているバイクは以下の通り。

RIDE 41 STRUGGLES : DUCATI 900MHR

RIDE 42 RUN THE LIFE : カワサキ GPZ900R

RIDE 43 COOLY FLASH : スズキ GS1000S

RIDE 44 A SPRING BULB : ホンダ CB1300 SUPER FOUR

RIDE 45 TAKE A VOYAGE : 陸王 RQ

RIDE 46 MR.GREEN TIME : カワサキ Z1000R KERKER

RIDE 47 SPRING BE : ヤマハ SRX600

RIDE 48 TURBOOO UP : カワサキ 750TURBO

RIDE 49 GOOD MORNING : ヤマハ YZF-R1

RIDE 50 AROUND THE MENU :  ホンダ CB1100R

 それぞれ、名車とか癖車といわれていた車ばっかりだ。陸王があるんだから、この1巻から4巻の間にはメグロなんかもあったのだろうな。これは全部読んでみないといけないな、という気分になってくる。即、Amazonで注文か? 

 しかし、こうしてバイク物のコミックを読んでみると、結局出てくるキャラクターはみな40~50代のオヤジばっかりだ。

 昔『バリバリ伝説』のアニメーションを作っているときに、ホンダにいって協力を申し出たときのことを思い出す。『バリバリ伝説』の原作はスズキGSX400がホンダCBR400を破って鈴鹿4時間耐久レースで優勝する話なんだけれども、当然コミックの連載時とアニメの制作時では時間が異なっており、この年はホンダが巻き返しを狙ってVFR400というニューマシンを引っさげて鈴鹿4時間耐久レースに出場する予定だった。で、ホンダに協力を申し出た際に、ホンダ側から出た提案が「VFR400が勝つというストーリーに変えられないか」というものであった。ホンダ側としては当然である。しかし、我々は原作の設定を変えることには抵抗があり、それはダメという条件を持ち出して、その結果ホンダが協力を降りてもしょうがないと考えていたのだが、それをものともせず、ホンダ側は協力に乗ってくれたのだった。いやあ、この懐の深さには私達アニメ制作スタッフはまいりましたね。要は、ホンダとしてはホンダ車が勝つかどうかよりも、バイク文化を進歩させるほうが正しい文化の進歩になる、というスタンスに立ってくれたのだ。当然、ホンダが協力したのでホンダ車が勝つというストーリーになってしまえば、ああホンダってのはそういう会社なのね、という判断を『バリバリ伝説』読者は持つだろうな、という考え方もあったのだろう。まあ、これはホンダの英断ということだろう。

 で、結局その年に優勝したのは「予定通り」ホンダVFR400であり、それだけ当時はノービスクラス(アマチュアの初心者クラス)であっても、4時間耐久レースなんて大レースになってしまうと、ワークスの手が入ったすごいレースになっていたのであったことがよく分かる。

 そんな『バリバリ伝説』から25年過ぎて、しかし、今でもバイクに乗っているのは、そんな時代のライダーのままなのかよ、という気分になる。結局、『RIDEX』でいまでもバイクにのっているのは、そんな昔の『バリバリ伝説』世代のままなのだった。

 え? いいのか若い世代よ。バイクは若者のホビーじゃないのか? 4輪なんてのはオヤジにまかせて、若者はバイクじゃないのか、ブァイクじゃあ。

 なんてことを言っても、今の若者は何の反応もしないのだろうな。「そんな刹那的な楽しみに何の意味があるんだよ」ってなもんでしょうね。しかし、若い時期には「そんな刹那的な楽しみ」が一番似合うんだけれどもなあ。若いときから先のことを考えても意味はないでしょう。という言い方も、既にして年寄りの繰言なのか………。

 嗚呼。

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こういうバイク屋さんもあるにはあるんですがね。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @高円寺 (c)tsunoken

2012年1月27日 (金)

『ロボジー』はロボットと女の子のラブストーリーなのだ

 自律式人型二足歩行ロボットというのがモチーフなんだけれども。それ自体は面白い設定だが、実際にはそんなロボットは現実的ではないのだ。

『ロボジー』(矢口史靖監督・脚本/アルタミラピクチャーズ/2012年1月14日公開)

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予告編はコチラ→ http://www.robo-g.jp/trailers/

 つまり、ロボットは基本的には「単機能」のものほうが現実的だし、実用的でもある。映画でも出てきたけれども、日産の工場で自動車を汲み立ってていた産業ロボットが実はロボットの一番の姿なのだ。

 所詮、ロボットというものは「機械」でしかない。機械である以上は、その目的の作業に一番適した姿・形をしているものだし、そのほうが能率的である。それを「人型多機能」ロボットを作ってしまうと、それこそ人間のいろいろな不都合をロボットでありながら受け継いでしまう、とても中途半端な「機械」になってしまうのだ。

 したがって、ガンダム以降の人型多機能ロボットというのは、兵器としても中途半端、その他の作業ロボットとしても中途半端という存在でしかない。闘うための機械であれば、闘うことに特化してそんなスタイルにすればいいわけで、そのための空中戦用ロボットであれば、今の戦闘機と同じようなスタイルになるだろうし、陸戦用であれば戦車のようになるだろうし、海戦用であれば潜水艦みたいな格好になるだろう。つまり、それぞれの兵器が実は、すでに結構ロボット化しているのも事実であるけれども。

 人は、それを目的に分けて使えばいいのである。機械というものはそういうものである。誰も、道を走っている自動車でもって空を飛ぼうとは思わないし、海上に浮かべようとも思わない。

 それが何故、人は人型ロボットとか、人型多機能ロボットを作ろうとするのだろか。「人は自らの姿に似せ、人形を作る」という球体関節人形の世界に近いものがあるのだろうか。だとすると、結構これは妖しい雰囲気になってくる。というのも球体関節人形の世界というのはかなり倒錯した世界であり、まあ美少女偏愛の世界ではあるのだから。

 ロボットがそんな世界にまで行くのはまだまだ先の問題だろうけれども、でも、いまやこんな人型ロボットに「ロボット萌え」する女の子が出てくることも分からないではない。ホンダのASHIMOなんかはそれはそれで、結構可愛く見えてしまうけれどもね。しかし、球体関節人形は完全に男の偏愛する世界なのだ。ロボットに関してはまだ男女の問題ではなく、女の子が惚れるロボットなんてのもいるのだろうか。

 まあ、それが爺いだったっていうのがこの映画のオチであり、女の子がこのロボット(も一応は作っていることになっている)企業に就職する理由なんだけれども、じゃあ本当にこの女の子(吉高由里子)はロボットに萌えているのだろうか、ということが気になる。

 男が人形やロボットに恋するのは理解している。まあ、基本的に男ってのは自分以外の動物には誰でも恋してしまうどうしようもない生き物であって、下手をすれば木の又をみて勃起するような馬鹿もいるし、人間以外の動物ともセックスしてしまう大馬鹿者もいたりしちゃうのだ。

 そんな、男的な分野にまで、最近は女も入ってきてしまい。その結果として「女の子のロボット萌え」という映画テーマになったわけですね。

「女はロボットに恋するか」というのが、この映画の基本テーマであるのだ。

 恋しているのだろうな、この子は。

 

2012年1月26日 (木)

『タブーの正体!』だけじゃなくて、メディア評論をしたいんでしょうが

『噂の真相』の元副編集長による書である。しかし、その正直なところがいいね。

『タブーの正体! マスコミが「あのこと」に触れない理由』(川端幹人著/ちくま新書/2012年1月10日刊)

『噂の真相』時代からのいろいろなタブーに触れた取材や報道記事に関しての発言なのだけれども、その構造を見ると『タブーはさまざまな要素が複雑に絡み合ってつくられるものではあるが、つきつめれば、最後は暴力、権力、経済のうちのどれかに対する恐怖にいきつく。』ということなのだろう。事実、私自身がそういった(小さいけれども)メディア企業にいるということも含めて、自戒の念を持って読んだわけなのだが。

 しかし、本書に書かれていることは実際に『噂の真相』をオンタイムで読んでいた私にとっては「ああ、そんなこともあったなあ」というだけのことにすぎないのであって、特別目新しいことは載っていない。それは、すこし残念。

 しかし、一番いいのは「あとがき」である。右翼による『噂の真相』襲撃事件のときの筆者の態度。つまり「へっぴり腰」である。筆者は『そう。あの「へっぴり腰」は私のジャーナリストとしての姿勢そのものなのだ。『噂の真相』編集者としての使命感からタブーに踏み込んではきたが、本当はそこから逃げ出したくてしょうがない。口では「圧力には屈しない」「言論の自由を死守する」と強気の言葉を並べていても、内心はトラブルがこわくてこわくてたまらない。』と書く正直さである。

 つまり、『噂の真相』読者であった私にとっては、別にそこで仕事をしていた記者・編集者も私達とかわらない人たちだったのだなということと、もうひとつは、基本的に『噂の真相』も『週刊現代』も持ってるタブーはたいして変わらないのだなということである。問題は、そのタブーをどうやって誌面に出すかということ。

 それよりどうより、講談社の社員に対する取材で得た話が気になる。

『つい最近、講談社でファッション雑誌の編集をしている若手社員数人と話す機会があり、ついでに週刊誌ジャーナリズムについての感想を聞いてみたのだが、彼らは真顔で「どうして会社が『週刊現代』や『フライデー』みたいな雑誌を出しているのかサッパリわからないという台詞を口にしていた。』

 ということなのだが、そんなのは簡単。そんなことを言っているやつを『週刊現代』『フライデー』に異動しちゃえばいいのだ。多分、そこにいくとやつらの言い方は180度変わって、「ぜったいにスキャンダリズム・ジャーナリズムが必要だ」とか何とか言うんだろうな。そんな、「会社の事情」を分からないのが、若手社員なのだからしょうがない。まあ、まだ会社の事情ってものを分かっていないのでしょうね。

 私も、昔、田原俊彦(別に私のキャスティングじゃなかんたんだけれども)主演の映画を作る際には、『週刊現代』『フライデー』には「田原俊彦のスキャンダルには触らないででね」というお願いをして、逆に『フライデー』からはパブ記事まで勝手に作っていただいてしまったことがあった。まあ、つまり社内のタブーなんてのはそんなもの。どうにでもなるのだ。

 問題はそうじゃなくて、マスコミ(新聞、テレビ、週刊誌)におけるタブーが、今後更に強化されてしまうのじゃないかということに対する危惧なのであるけれども、私はそんなに危惧してはいないのだ。

 結局、現政権の恥部はどんなメディアであろうが、どこかのメディアが絶対に暴くだろうし、その方法論はいかなる時代においてもあったのだ、ということ。

 メディアに対するタブー攻撃やその他の暴力・権力・経済による攻撃は、多分今のようなメディア状況でない時代にもあっただろう。それこそ、ギリシア、ローマの時代にもあったはずだ。特にローマ時代なんてのは「建前上は民主主義」だったわけなのであるから、それはそれスキャンダル情報なんてのはいっぱいあったわけだがメディアはなかった。しかし、マスメディアはなかったけれども、「個人―個人」のメディアはあったわけで、当時はそんな状況を拡大して「ポリス・メディア」ポリスの広場をメディアとしてそこにいる人(奴隷を抱えた暇なローマ人=民主主義の人)に伝えたわけだ。

 つまり、昔から権力者=自らのいろいろなことを知られたくない=タブーと、それを暴きたい庶民の立場ってのはあったわけで、その辺の関係論はかわらないだろう。

 川端氏が憂慮するほどには、タブーに挑むジャーナリストは減らないと考えます。ただし、そんなジャーナリストが自分の言論・取材結果を発表する場所の問題ですね。それこそ、ネットでもいいのです。その、ネット言論を如何にリアルに持っていくのかを考えるべきでしょう。

 その先には何か解決策があるはずだ。しかし、そこにも問題が生じて、また先に………。と言う事なのでしょう。

2012年1月25日 (水)

『ニッポンのサイズ』だけじゃない、こんなことも

『ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法』(石川英輔著/講談社文庫/2012年1月17日刊)

 しかし、さすがに「江戸文化研究家」で「江戸時代はエコロジー」を提唱する石川氏であるだけに、その度量衡に対する興味も、江戸までの日本文化を大事にしようという発想から書かれているのだ。

 例えば、本書の構成も;

第一章 一メートルとは?

第二章 二〇〇〇年前に決まった曲尺

第三章 鯨尺の歴史

第四章 一升という量

第五章 米一石という量

第六章 銭と泉と匁

第七章 重さをはかる

第八章 手拭いの幅

第九章 畳という単位

第一〇章 一坪という面積

第十一章 一里という距離

 まではこれまでの日本人が自らの体の大きさなどから作ってきた尺貫法と、世界中で通用するメートル法との比較が行われているのであるが、ここから少しずつ変わってくる。

第十二章 風呂敷の規格

第十三章 一町歩と一ヘクタール

第十四章 さまざまな一斤

第十五章 一刻という時間

第十六章 一ヵ月とは?

第十七章 一年とは?

 ときて最後の章にいたって、

第十八章 伝統と生きる

 として、『精密さという点では、「ニッポンのサイズ」や旧暦はとてもメートル法やグレゴリオ暦にかなわないが、何でも精密でありさえすればいいのではない。メートル法とグレゴリオ暦以外の世界にも、案外面白い世界が広がっているのだ。』と結論付けるのである。

 そのためには;

『風呂敷には大きな長所が二つある。

 第一は、同じ風呂敷を長期間使えるため、無駄のない省資源型という点だ。

 第二は、風呂敷でものを包む習慣をつければ、手と同時に頭を使うようになる。

 袋に放り込むのと違って、いちいち包み方を考えるし、複雑な形のものなら、そのたびに工夫しなくてはならない。人間は、できるだけ身をもって経験することが大切なのだ。手を使わなければ、人間は次第に退化していくだろう。

 古い伝統的な方法の短所ばかり見つけるのはほどほどにして、古いやりかたにも長所があったことを思い出してもいい頃ではなかろうか。』(第十二章)

 として、古いものの良さを強調したり;

『日付と季節が最大で一ヵ月もずれるのは、旧暦の欠点といえば欠点だが、考えようによっては長所でもある。たとえば、旧暦三月三日は、平成一一年(1999)がグレゴリオ暦四月一八日、一二年が四月七日、一三年が三月二七日、一四年が四月一五日、一五年が四月四日、一六年が四月二一日というように、このわずかな期間でも最大二五日のずれがある。

 三月二七日なら、南関東ではまだソメイヨシノが咲くか咲かないかの季節だが、四月二一日「なら、ヤマザクラも咲いて散っている。この頃が三月三日なら、もっと北の国でも自然に咲いた桃や桜の下で雛祭りができる。つまり、旧暦を使えば、日本全国の広い範囲で、何年かに一度は本当の桃の季節に桃の節句を祝えるのだ。

    <中略>

 三月三日は、一ヵ月ずれても大した影響はないが、グレゴリオ暦ともっとも相性が悪いのが七月七日の七夕だ。この頃は梅雨の最中で晴れる日は四年に一度ぐらいしかない。ところが、旧暦七月七日は、平成一一年がグレゴリオ暦八月一七日、一二年が八月六日、一三年が八月二五日、一四年が八月一五日、一五年が八月四日という具合に、台風が来なければあまり雨が降らない季節だから、空を見上げるのにふさわしい。』(第十七章)

 と旧暦の、日本の季節に相応しい使い方を提案する。

 いずれにせよ、度量衡はまだメートル法で端数は出るけれども対照法は作れるが、グレゴリオ暦になってしまうと、その対照法はせいぜい旧正月くらいで、ほとんど旧暦を顧みることはなく、季節感のない季節ばかりになってしまうのだ。最近の日本は季節感がないといわれているけれども、それの理由の一つはこうした「グレゴリオ暦と旧暦の対比」表のない季節の表し方があるのではないだろうか。1月~3月が春、4月~6月が夏、7月~9月が秋、10月~12月が冬という、俳句の四季はグレゴリオ暦ではまったく季節感がないが、旧暦だと実に腑に落ちるのである。『赤穂義士の討ち入りは、元禄一五年一二月一四日の大雪の日だった。グレゴリオ暦一二月一四日では、よほどの天変地異でも起きない限り東京に大雪が降ることはないが、この日は、グレゴリオ暦では一月三〇日に相当する。』ということである。

 そんなところから、石川氏はマスコミに提案する;

『度量衡に関しては、計量法という法律があるためできることは限られているが、法律には関係がなく、個人的あるいはジャーナリズムの編集者やテレビのディレクターさえその気になればすぐにでもできるのは、旧暦をつかうことだ。

 旧暦の使いかたには二種類ある。

 ①節句などを旧暦で祝う。

 ②歴史上の有名な事件のあった旧暦の日付に相当するグレゴリオ暦の日付を使う。』(第十八章)

 ということだ。

 こんなことなら、すぐにできそうだ。別に、法律を改正せよとか言っているわけではなくて、われわれの方の考え方だけの問題であるからね。ついでに、旧正月も中国人みたいにやりたいな。

 しかし、世界中に広まってると思われているメートル法なのであるが、実はアメリカとイギリスはいまだにヤード・ポンド法なのである。まあ、これなんかは「自分たちの常識が世界の常識だと思っている英米人の、世界的な非常識」に過ぎないのだが、車に乗っているとこの「常識の違い」が結構面倒くさい。それまでヨーロッパ車や日本車に乗っていた人が、アメリカやイギリスの車に乗ると、使う工具がまったく違ってしまうのだ。ミリゲージの工具とインチゲージの工具という具合。そこでヨーロッパ車に乗っている人はずっとヨーロッパ車に乗り続けることになり、アメ車に乗っている人もやっぱりアメ車に乗り続けるしかないということになってしまう。要は、米英と欧州の、これも覇権争いの一つなのだけれども、私に言わせれば、いい加減にアメリカもヨーロッパの軍門に下ってミリゲージを導入したらと言いたくなる。ボルボ、ベンツ、ランチアBMWとヨーロッパ車を乗りついで来た私も、別にアメリカ車が嫌いなのではない。○○○ー・○○○とか○ー〇・〇〇〇〇〇とか乗りたい車はあるんだがなあ………と、自分の趣味の話になったところで、今日はおしまい。

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 こんな祭りもね。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @駒込 (c)tsunoken

2012年1月24日 (火)

『知的生産の技術』と読書の記憶

 1月21日のエントリー『ウメサオタダオ展を見る』のミュージアム・ショップで久々に買ったのが………。

『知的生産の技術』(梅棹忠夫著/岩波新書/1969年7月21日刊)

 書いてあることは、大体覚えていることである。

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 京大式カードのことや。

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 ローマ字タイプライター(って、英文タイプライターのことだよね)とかかなタイプライターのこととか。

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「こざね」を使った発想法とかの考え方は、よく知っている。KJ法(川喜多二郎)と言うやつに近い方法論だ。

 結局それらの発想を持ってくるとパソコンのデータベースの考え方になるわけだ。つまり、一回アウトプットして知識を忘れる。そうしてアウトプットされた知識をつなげて新しい発想に繋げるというやり方だ。

 読みながら「そうそう」と昔読んだときのイメージが再び沸いてくる………。ところが、その「昔読んだとき」がいつの頃のことなのかが思い出せない。

 1969年の初版なので、初版時に読んでいれば高校三年の頃かとも思うのだが、高三の頃には教師の言うことなんか聞かない生徒だったんだから、教師が薦めても読まなかっただろう。大学生かサラリーマンになってからなのだろうか。サラリーマンになって最初の研修でKJ法を「やらされ」川喜多二郎氏の本は読んだような記憶はあるが、そこでも梅棹忠夫氏の本を読んだ記憶がないんだよな。

 昔、見たことがあるような風景に出会うという「デジャブ」の逆転状況があるのだろうか、本の中身は全部知っているので、多分どこかで読んだはずだけど、でもいつ読んだかはまったく覚えてない………という。

 しかし、読んでみて、その古さを感じるよりも、まさしく「情報化時代」を予見したひとらしい斬新さを感じるとともに、データベースの元になる考え方であるカード式や、まあこれは時代のテクノロジーからしてやむをえなかったローマ字タイプライターやかなタイプライターなどなど、まさに先進的な発想法を持っていた人だというのはよく分かる。

 面白いのは『知識はおしえるけれど、知識の獲得のしかたは、あまりおしえてくれないのである。そのことは、中学・高校ばかりか、ざんねんながら学問の府であるところの大学においても、おなじである。しばしば、「大学は学問をおしえるところではない。学問のしかたをおしえるところだ」ということがいわれる。しかし、じっさいはやはり、大学においても、学問の方法をおしえるよりも、学問の成果をおしえるほうに熱心である』という日本の学校教育のありかたから、『知的生産の技術』を発想したということ。『くりかえしていうことだが、わたしたちの社会の、制度化された教育体系では、達成された成果を次代につたえることには、なかなか熱心であったが、その達成までの技術を開発し、発展させようという気もちは、あまりなかったようにおもわれる。技術の開発と発展のためには、成果よりも、それにいたるまでの経過の記録と、その分析がたいせつである。ところが、そのほうは、信じられないくらいおそまつなのである。』

 その結果、梅棹氏は「情報工学」という学問分野を提案する。『国文学の授業は、国文学専攻の人がうけもてばいい。しかし、国語の問題、ひいては文章の問題は、むしろ、情報工学の問題としてかんがえたほうがいいのではないか。』というのだ。なるほど、国語学の問題は国文学とは切り離したほうがいいという考え方。たしかに、いまの大学には「情報工学」的なタイトルをつけた学問分野が増えてきている。

 しかし、今回この本を読んでみて、またまた新しい発見をしたのだった。『日本人には、自分のしとげた仕事の記録をのこすという習慣が、あまり身についていないようである。どんな仕事でも、日本人のやったことを、すこししらべてみるとわかるが、たいてい、まことに貧弱な記録しかないものである。 <中略> 日本人は、記録軽視、成果第一主義で、実質的で、たいへんけっこうなのだが、社会的蓄積がきかないという大欠点がある。やはり、どうしてこうしてこうなった、ということを、かきのこしておいてくれないと、あとのもののためにならない。』という言葉は、まさしく1月23日に入ってきた「原子力安全・保安院は23日、東京電力福島第1原子力発電所の事故を受けて設置された原子力災害対策本部の議事録を全く残していなかったことを明らかにした。」というニュースそのものの問題なのだった。

 大体、役人が議事録を残さないというのは「自分の失策を隠蔽したい」から訳なのだろうけれども、今回の「議事録残さない事件」はそんな失策の隠蔽どころか、今後同じような事故が起きたときに、前例として参考にならないようにしたとしか言えない、結果としては重罪になってしまう。

 まあ、自分の事しか考えてない官僚って、やっぱりなんかなあ………、という感じなのであった。

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chikirinさんではないが「自分で考えよう」という方法論としての「こざね」なのであります。

Fujifilm X10 @お台場 (c)tsunoken

2012年1月23日 (月)

弱者の居場所がない社会

「格差極悪論」というのがあるそうだ。

『弱者の居場所がない社会 貧困・格差と社会的包摂』(阿部彩著/講談社現代新書/2011年12月20日刊)

 つまり『格差が大きい国や地域に住むと、格差の下方に転落することによる心理的打撃が大きく、格差の上の方に存在する人々は自分の社会的地位を守ろうと躍起になり、格差の下の方に存在する人は強い劣等感や自己肯定感の低下を感じることとなる。人々は攻撃的になり、信頼感が損なわれ。差別が助長され、コミュニティや社会のつながりは弱くなる。強いストレスに晒され続けた人々は、その結果として健康を害したり、死亡率さえも高くなったりする。これらの影響は、社会の底辺の人々ならず、社会のどの階層の人々にも及ぶ。』という考え方だ。更に『「自転車反応」は、社会的地位が高いものが、自分より低いものを攻撃し、攻撃されたものが、さらに低い地位にあるものを攻撃するという連鎖反応を起こす』ということ。

 格差の低いものに行けばいくほど、その攻撃性は強まり、それこそ中学生がホームレスを襲って殺してしまったりして、得意顔をしている様などが思い浮かぶのである。

 しかし、どうやったらそのような格差を無くすこと、は無理としてもその格差を少なくすることができるのか。阿部氏は社会のユニバーサル・デザイン化とベーシック・インカムの考え方を披露する。社会のユニバーサル・デザイン化とは『障害は、障害者の心身の状況(インペアメント)に起因・帰結するものではなく、インペアメントをもつ者が自由に活動できないような「障壁」を社会が内蔵していることが、インペアメントを障害している』という考え方に基づいて、そんな社会の「障壁」を無くせば、インペアメントを持つ者も、社会に参加できるのではないか、という考え方のこと。「インペアメント(impairment)」とは「機能障害」のことで、言ってみれば右利きの人が多い社会では左利きの人はインペアメントである。例えば多くの「はさみ」は右利き用に作られてあり、それを左利きの人が使うと紙を切れない。そんなときに、左利きの人でも紙が切れるようなはさみがあれば、それはユニバーサル・デザインに設計されているはさみだということになる。まあ、実際にはそんなはさみは出来ないから、左利き用のはさみが存在するわけなのであるけれども。まあ、要は、障害者や格差の低位者が排除されない社会ができれば、いいのだがという考え方。

 もうひとつベーシック・インカムの考え方は皆さんよく知っているとおり、『基本的な生活を保障する一律の給付を、すべての人に無条件で行い、人々は収入の一定割合をその財源として拠出するという斬新的な制度設計で、ヨーロッパを中心に関心を集めている』考え方である。

 実は、このベーシック・インカムの考え方は殆ど共産主義の考え方であり、社会主義者社会では「人々はその働きに応じ」て収入を得たものが、共産主義社会では「人々はその必要に応じて」て収入を得るという考え方なのだ。資本主義社会でこのような考え方が出てきたということは、それだけヨーロッパの資本主義は成熟してきたのかということである。人々はその働き(時間・地位・仕事の結果・生み出した価値など)に応じて収入を得ることが働くことのモチベーションになるが、そこで得た高い収入は積極的に低い収入しかない人に分け与える、高所得者から低所得者への所得の移動があって当然、という考え方だ。

 しかし、こうした「社会のユニバーサル・デザイン化」「ベーシック・インカム」という考え方は、我が国ではどれだけ可能なのだろうか。例えば「子ども手当て」という考え方は、実にベーシック・インカムな考え方なのであったが、所得制限つきの児童手当に戻ってしまった、という事実をみても。日本でこのベーシック・インカムの考え方を取り入れるのは「近々では」無理だろう。身体的な障害を持つ人にたいする「バリア・フリー化」は近年大分進んでいるけれども、経済的な障害を抱えている人にたいする「ユニバーサル・デザイン化」はほとんどなされていない。

 おまけに、食品や生活必需品にまで同率の税金を課す消費税増税に至っては、まさしく低所得者いじめでしかない。むしろ、所得税の累進化を寄り一層強めることと、税補足率の大幅UP、とそしてその結果としての税収UPをベーシック・インカムの方に使うということでしか、いまの日本がそうした先進社会に近づく方法はないだろう。

 で、はたしてどんな政治家がそれを可能にするだろうか。阿部氏あたりの研究者が発言しているだけでは、世の中は変わらない。やはり政治家なんだろうけれどもねえ………。

 

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @新宿 (c)tsunoken

2012年1月22日 (日)

駅前のオブジェ

 駅前のオブジェといえば、その街を象徴するようなものが多い。

 たとえば、立川駅の駅前にはこんな「飛行少年」のオブジェがあって、いかにも飛行機の街、立川と言う感じなのだ。

 今は立川基地もないけど、航空機工場は結構たくさんあるのだ。

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 で、ある日新橋の街を歩いていたとき、烏森の方からニュー新橋ビルを駅とは反対側を歩いていたとき、目の前にまず飛び込んできたのがこの重機なのであった。どこか、ミサイル発射台のようなイメージをもたせるそのオブジェに「ええっ、新橋駅前に新しいオブジェができたのか?」と思っていたのだったが。

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 実は、単なる重機であって、多分これから新橋駅前をボーリングでもするのだろうか。その準備のための「置物」なのであった。もうちょっと行けば、いつものSLが目に入ってきて、ごく普通の新橋駅前風景なのであった。

 最近、新橋駅で乗り降りしないものだから、思わず新しいオブジェか何かと勘違いしただけなのでありました。

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 で、浅草に行けばいまやこんなに大きなオブジェもあるしね。

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 まさに634mのオブジェなのでありました。

(今日はちょっと手抜き)

Fujifilm X10 @立川・新橋・浅草 (c)tsunoken

2012年1月21日 (土)

ウメサオタダオ展を見る

 日本科学未来館(@お台場)で行われている『ウメサオタダオ展』を見に行った。

 なぜ「梅棹忠夫」じゃなくて「ウメサオタダオ」なのかはよく分からない。が、展示というよりも梅棹忠夫の考え方をお勉強しましょうね、という企画展なのであった。

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ユーチューブの予告編はコチラ→ http://www.youtube.com/watch?v=jqVqVe6juz0

 梅棹忠夫といえば『知的生産の技術』で有名な「カードに物事を書いて保存する(書いたことは忘れる)」という考え方を提案した人としても有名だが、一方、京都帝国大学の今西錦司隊長を元にするいろいろな探検隊に参加したことでも有名で、その結果、日本における文化人類学のパイオニアとなったこと、民俗学にも造詣は深いし、最後は国立民族学博物館の館長として活躍したことは記憶にも新しい。

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 そんな、梅棹氏の発想法で有名なのは「カード式」であり、そのカード式を発展させたのが、この「こざね」だろう。「こざね」とは侍の鎧のひとつひとつの小さな金属のこと、それを組み合わせることで「動ける鎧」になるのだ。

 まあ、こうしたカード式の発想法というのは、その後にアップル・コンピュータが「ハイパー・カード」として実現したように、実はコンピュータ的な発想法を『知的生産の技術』では提案しているのだ。

 こうした新しい発想が出来るのが京都大学の元々の力だった。桑原武夫氏もそんな人だった。

 東京大学の蛸壺発想では絶対に出てこない考え方である。

 ただし、梅棹氏を持ち上げるのはここまで。

 あとは、要は学者って昔のモノをとっておくのが好きな人だよね、ってこと。

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 こんな、航空券付きのアルバムとか。

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 蒸留酒のラベル集めとか。

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 当然、収集癖の王者、切手も集めてます。

 つまり、梅棹忠夫は特別な「収集マニア=オタク」だったってこと。学者がオタクの成れの果てだということは、前にもかいたような気がするが、それは本人の問題だからいいとして、こんな収集癖のある人間と結婚してしまった奥さんは大変だったでしょうね。

 だって、こんな、はっきりいって「どうでもよい」モノをいつまで取って置くんだってことでしょう。夫は「いや、いつかモノになるかもしれないジャン」とかいうけれでも、まずそれは有り得ないのだ。

 ということで、こんな形で外に出して、よその財団か何かに保存を委託しちゃうんだろうな。それが、正しい判断。

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 中学生や、高校生が「校外学習」とかで来てるんだろうな。いっぱいいた。

『知的生産の技術』については、項を改めて書きます。しかし、久しぶりに読んだなあ。

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会場となった日本科学未来館の玄関と全景。

Fujifilm X10 @お台場 (c)tsunoken

2012年1月20日 (金)

『ゼロ年代の想像力』から想起される、イチゼロ年代の生き方

「セカイ系」とか「サヴァイブ系」とか「決断主義」とかの勝手につけたタームはよく分からないが、言いたいことは概ね分かる、ってことはそんなタームを作る意味はないのだろう。しかし、そうい訳の分からないタームを生み出すことによって、批評家は自らを批評家たらんと欲するのである。

 まあ、哲学なんて概ねそんなものだ。如何に人から理解できないタームを引っ張り出して、相手から優位に立つか、そんな競争。

『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛/ハヤカワ文庫JA/2011年9月10日刊)

 しかし、私は本書の存在を今始めて知ったような不勉強ぶりなのであるが、実は2008年にハードカバーがでた本書は、2011年の文庫化の時点ではすでに「古臭い」物言いになってしまっている。確かに、時代は既にゼロ年代からゼロイチ年代になってしまっていて、既に次のタームに入ってしまっている。さてゼロイチ年代の文化は如何なるものか、本書から探っていこう。

 ということなので、本書第1章から第16章まで、ページ数でいって全465ページ中、11ページから399ページまでは、実は坂上秋成氏による「特別ロングインタビュー」63ページの「まえがき」にすぎないのだ。巻末の「おまけインタビュー」が実は一番の「売り」で、本文は「おまけ」の付け足しにすぎないというのは、まさしく今の出版事情と同じあり、う~ん、宇野常寛氏はそんなところでも「今日性」を狙っているのかと、感心するところしきりである。

 徒し事はさておき、じゃあゼロ年代を概観するとどうなるか;

2000年:いわれたコンピュータ「2000年問題」は、さほどの混乱は起きず収束。

2001年:アメリカでブッシュ・ジュニア大統領就任、があり4月には小泉純一郎が日本の総理大臣に就任したことが、ゼロ年代の始まりであった。しかし、その年、9月11日にはいわゆるNY同時テロがあり、まさしくアメリカン・グローバリズムと反グローバリズム勢力の戦いが始まった年である。しかし、同時にこれは「不可視の敵」との戦いであり、猜疑心をもってすれば、誰でも敵に成りうる戦いでもある。

2002年:バリ島やモスクワでのテロ活動が盛んになり、グローバリズムvs.反グローバリズムの戦いは局地的であり同時的という、誰がその中心にいるのか分からない状況に。そんな中で小泉首相の電撃訪朝があり、拉致被害者5人を連れ帰るという「快挙」がなされた。

2003年:イラクのフセインが米軍により拘束され、イラクの独裁(?)体制が崩壊。

2004年:日本では年金未納問題が発覚し、政治家の未納問題もあって大きくクローズアップされた(その後、年金未納者は増えるばかり)。秋には中越地震があって山古志村の牛の角突きや錦鯉も壊滅状態に(って、これは私の趣味でした)。

2005年:JR西日本・福知山線の事故があり、秋にはかの「郵政民営化選挙」で小泉自民党が大勝利ということに。

2006年:1月にライブドア堀江貴文氏が逮捕され、6月には村上ファンドの村上世彰氏が逮捕されるという、まさしく旧既得権益層からのニューキャピタリストへの反撃の嵐のような1年だった。

2007年:「団塊の世代」の大量定年退職があって、企業としてはこのあと数年に亘る退職金の用意をしなければならない事に。

2008年:中国製冷凍餃子による中毒事件が発生し、中国製の「安い」食品に対する不信感が巻き起こった。6月には秋葉原連続通り魔事件が起きて、途端に「オタク差別」が始まる。9月には福田康夫首相の「上から目線」辞任という、これはこれで面白いイベントがあった。

2009年:オバマ大統領就任。

 あくまでも概観(それも殆ど日本から見た)でしかないが、ウームこの10年間っていろいろあったのね、と言ったって何も言っていないのと同じである。つまり、堀井憲一郎氏ではないが『いつだって大変な時代』なんである。別に、このゼロ年代だけが特別なのではない。特にその前の10年間なんかは、1991年のソビエトの崩壊でもって第二次世界大戦後ずっと続いていた「冷戦」構造が崩壊し、それまでは世界は米ソという二大国の対立構造にすべてが収斂しているという単純な構造だったのが、世界には無数の対立構造ができると言った複雑系になってしまい、我が国もそれまで信じられていた成長神話が見事にバブルの崩壊とともになくなってしまった時代ではあったわけで、それはそれで大変な時代だったのである。

 しかし、時代を捉える感性は、自分の属する(と考える)時代の特殊性を捉えるのである。いろいろあったけど、べつに他の10年間と変わってはいないのだ。もしそれが変わっているというなら、それは日本が1945年の敗戦から半世紀にわたって見事な経済復興を成し遂げて、GDPでも世界第2位になって世界の脅威として捉えられていたのが、その立場がなくなってしまったというだけのことだ。

 そうした、日本を取り囲む経済事情を無視して問題提起する「ロスジェネ」に対して宇野氏は言う。

『上の世代は終身雇用が保証されていて、年功序列で、既得権益がたっぷりとあった。けれど、僕らにはない、これはどういうことだ、という論法ですね。そんなことを言ったら、戦争を体験している人がこの国にはたくさんいるわけですよね。よくそんなことが言えるなという単純な反発がまずあった。その上で、僕はバブル崩壊後の世の中がそんなに悪くないと思っているんです。たしかに安定はなくなった。けれど自由は広がった。僕は今のほうが生きやすい世の中になったとずっと思っているんですよ。こう言うとそれはお前が自分が社会的に成功したと思い込んでいるからだ、それは強者の論理だ、というテンプレート的な反論が、必ず来る。けれど、本当にそうか、ちゃんと考えてほしいんですよね。転職や結婚の自由がこの二十年でどれだけ広がったか、仕事や家族以外の生きがい、たとえば「趣味」を人生のメインディッシュにする生き方がどれだけやりやすくなったか、考えてみてほしいんですよ。戦後的な「安定」の代価だった「不自由」がある限り、これらのものは絶対に手に入らなかったと思う。終身雇用に支えられた会社共同体が崩壊してくれたおかげで、どれだけ僕らは自由になったか。』

 まあ、これが宇野氏や、『絶望の国の幸福な若者たち』を書いた古市憲寿氏なんかのスタンスなのだろう。上の世代に対してプロテストをする(という伝統的な方法)やり方よりも、結果として上の世代が敷いた路線に取り敢えずは乗っておいて、いずれ勝手にやっちゃうぞ、という視点なのである。

 いまやインターネットはそれ自体が「もう古い」と言われてしまっている世界。いまや「クラウド」に乗せて情報を扱う時代なのだ。「インターネット=ブログ」でもって、小説の時代は終わった。というと極端なので「ブログやケータイ小説でもって自己表現できてしまう時代においては、いまや文学が特権的な立場をとりえない」とまでは言っておこう。もはや、人々にとっては「文字表現」はごく普通にユーザーフレンドリーな表現方法であって、当たり前の自己表現なのである。

 そんな時代にあっては、文学は実に難しい表現方法になってしまった。

 宇野氏は言う;

『そもそも現代というのはインターネット上におけるブログや掲示板やSNSが象徴するように、誰でもメディアを持ち、言葉を発信することができる時代です。おそらく有史以来、こんなに私たちが文字と書くことを日常的に行っている時代はないはずです。しかも、この現象は完全に大衆化している。一部のインテリたちの文化でもなんでもない。以前は書き言葉というのはすごく特権的なものだったわけですよ。文字を読む、書くという作業は時間を遡れば遡れば遡るほど一部の人たちだけに許される行動だったことが明らかです。しかもそれをメディアを通して不特定多数の人々に発信することができる環境なんて本当に特殊なものだった。それをインターネットは一気に解放してしまたんですよね。』

 そんな時代の文学あるいは「表現」ってなんだろう。文学以外の映像表現でもフラッシュ動画なんて便利なものが出来たおかげで、アニメーションは誰でも作れるツールになってしまったし、ボーカロイドのおかげで「初音ミク」は誰でもが所有できて、誰でもが自ら作れるアイドルになってしまった。もちろん、小説なんて誰でも書ける文章の積み重ねに過ぎない。と言う具合に、いまや誰でもが表現者になれる時代なのだ。

 いまや、そういう意味では「文学の崩壊」である。そんな崩壊した文学状況の中で如何にして文学の再生を願うか、あるいは文学の崩壊の方向へ進めて、その先に新しい文学を求めるか。私としては、もっともっと文学は崩壊して、表現的にも、同時に経済的にもダメになったほうがいいのだと考えている。そんな、崩壊した状況の後に新しい文学の再生が必ずあるだろうから……。

 大丈夫だよね。

 堀井憲一郎氏の『いつだって大変な時代』は旧世代からの、古市憲寿氏の『絶望の国の幸福な若者たち』は新世代からの、これからの時代に対する提案である。

 読んでいて、失敗はない。

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 とそういうことになって、祭りの復権はあるのかどうか?

LEICA M6 Summlux 50mm/F1.4 @遠野 (c)tsunoken

2012年1月19日 (木)

西荻・点描

 西荻窪について書く。

 皆さんは西荻窪っていうと、何を思い浮かべますか? って、何もイメージできないでしょうね。荻窪と阿佐ヶ谷に挟まれて、あまり強いイメージのない街というのが一般的な雰囲気かな。

 たしかに、そんなユルさが西荻(と短縮して呼ぶのが地元風)の特徴というか、特徴がないというか、まあ、そんな街です。ある本に「女の子がパジャマのままで街を歩ける」と書かれたとおり、パジャマのままで街を歩いても誰も振り向かないというか、そんなの当たり前ジャンというお気楽な街であるのです。

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 西荻窪北口駅前。南口はこんなに広くはありません。といっても北口も充分狭くて、駅前のバス停にバスがとまっていると、他の車はやっとの思いで通り過ぎるのだ。

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 吉祥女子高校の生徒が歩いているこの道は………。

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 西荻窪駅前の商店街なのだが、こんな狭い道を西武バスと関東バスが走っているのだ。事故が起きない方が不思議ではあるけれども、事故は起きない。道を歩いている人も慣れたもので、堂々と道の真ん中を歩いている人も、バスがくればちゃんと譲るのである。

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 しかし、こんなユルい街なんだからだろうか、一時期は「幸福の科学」や「オウム真理教」なんていうカルト宗教の根城にもなっていた時期がある。なんでも富士山の竜脈の帰結点(竜穴)が西荻窪にあり、だからカルト宗教が本部を置いたという説がまことしやかに言われていた時期がある。『中央線の呪い』(扶桑社)なんかがヒットしていた時期だ。

 つまり、能書きを垂れて金を出さずに口を出すようになり、食べ物にうるさくなり、ズルズルがやめられなくなるばかりか、頑固でしかも天の邪鬼になる!?呑み屋、旨い物屋、古本屋、猫、インド服、パンク、ヒッピー、エコロジー…ヘンテコなものが集中する中央線の一大中心地が、実は西荻窪だという説。

 まあ、確かにそんな雰囲気の店が多い西荻窪ではあるのは確か。

 私にとっての西荻窪といえば、大友克洋氏であり、昔のスタジオ・ディーン(アニメプロダクション)であり、ジャズ・ライブのアケタの店であり、やきとり戎であり、日本酒のやきとり雅であったわけだ。最近では、今野書店であり颯爽堂という本屋さんも加わったし、渋滞する環八の裏通りとしてカーナビに逆らって走る道でもあるわけなのです。

 アパートやマンションもいっぱいあるし、商店街にはモノが溢れているし、飲み屋・焼鳥屋なんかもいっぱいあって、住むには便利な街ではある。

 ただし、中央線の快速は土日祝日は止まりません。

Fujifilm X10 @西荻窪 (c)tsunoken

2012年1月18日 (水)

『テルマエ・ロマエ Ⅳ』はギャグ漫画の陥る「ネタ切れ」か?

 取り敢えず「映画化おめでとう」とだけは言っておこう。

『テルマエ・ロマエ Ⅳ』(ヤマザキマリ著/エンターブレイン/2012年1月5日刊)

 しかし、いくら彫りが深いとはいっても「平たい顔族」の阿部寛や北村一輝、市村正親がローマ人なのである。まあ、笑っちゃうとは言うけれども、実は日本映画はそんな伝統の中で生きているのだ。

 つまり、日活無国籍シリーズである。流れ者のガンマン・小林旭やエースのジョーこと宍戸錠が活躍したヒットシリーズ。北海道の草原を馬に乗った小林旭がギター(それもクラシックギター)を背中に背負って、腰にはピストルを構えて母子家庭を救うという、どう考えても『シェーン』のパクリのストーリーに小林旭の歌を絡ませたいという発想で作られた映画って、おかしなシチュエーションでしょ。この変な映画のタイトルは『ギターを持った渡り鳥』。それが当たってしまって、味をしめた日活は最後はメキシコまでロケをして『メキシコ無宿』という宍戸錠がこれまた海外で大暴れという、いわゆる無国籍シリーズ最終作まで突っ走ってしまうのだった。そんなに西部劇やギャング映画が見たいんだったら、ハリウッド映画があったでしょ、とも思うのだが、その当時の日本人としてはハリウッド映画の贅沢さよりも日本映画のしみったれさの方が自分たちの生活には合ってたんだろうな。まだまだ、日本が戦争に負けて一後進国に成り下がってしまって、そこから成り上がっていく過程の時代だったのである。

 更に言ってしまうと、そのハリウッドだってメチャクチャなんである。だって、かのウィリアム・ワイラーの名大作『ベン・ハー』がチャールトン・ヘストンらが英語で喋っていたのは有名な話。まあ、古代ユダヤ語とか古代イタリア語で喋れとは言わないけれども、英語はないでしょ英語は、というけれどもそんなハリウッド映画はいっぱいあって、イタリアやフランスが舞台になって、イタリア系やフランス系の役者が演じてるけれども、実は言語は英語(アメリカ英語)という映画はたくさんある。まあ、映画の一大消費国がアメリカで、アメリカ人は世界中にアメリカ英語以外の言葉を喋る人がいることを信じられない人たちの集まりだから、たとえ舞台がギリシアだろうがイタリアだろうがフランスだろうがドイツだろうが日本だろうが中国だろうが、英語を喋らないと「見ることを拒否」する人たちなんだからしょうがない。

 と、まあ映画なんてのは所詮お金が掛かるエンターテインメントなのだから、結局は資本の論理に従うしかないのだ。ということで、映画『テルマエ・ロマエ』もそんな「いい加減な世界」に突入して、今後ともシリーズ化してどんどん原作の世界から離れることを期待する。何にせよ、宍戸錠の子息の宍戸開が、それもローマ人の役で出るのである。これは、日活無国籍シリーズの再開かな。

 で、上戸綾ちゃんの入浴シーンはあるのだろうか? 期待しないで待ってよう。

 で、すみません。原作の方はほとんど無視してしまいました。

『テルマエ・ロマエ』の4作目は、ちょっとこれまでの行きかたとは違う。どちらかというと「ギャグ漫画」のジャンルに属していたと考えていた作品なんだけれども、どうもこの「Ⅳ」になってからちょっと路線変更をしています。「Ⅳ」を全部読んでみても話は完結しない。どうも温泉地の「馬」が何かを起こしそうな感じで終わってます。ストーリー漫画の方向に行ってるのかな。こりゃ『コミックビーム』を買うしかないのかな、と思わせてそうさせる仕掛けなのか。

 とは言うものの、やはりヤマザキマリさんのスタンスの変更ということがあるんだろう。つまり、元々はこんなに長期連載になる予定はなく、基本的には一話完結のギャグ漫画として考えていたんだろう。で、多分1年位で連載も終わるだろうと。ところが、その第1巻が売れてしまい、賞までもらい、映画化もされとなってしまうと、辞めるわけにもいかなくなってしまった。というところにある第4巻なのである。

 しかし、ギャグ漫画がストーリー漫画に移るのは難しい。勿論、ストーリーからギャグに移るのも難しいのだけれども、いずれにせよ、そういう「無駄な」冒険はしないほうがいいと思うのだがなあ。もともと、『テルマエ・ロマエ』はギャグ漫画であったわけでしょう。だったら、そのままギャグ路線でもってずっと行けばいいじゃないか。それで「ネタ切れ」になったら、それはそれでおしまいでいいのである。って、やっぱりネタ切れ?

『サザエさん』『ドラえもん』みたいな「永遠に続く日常」を描く漫画の場合は、原作者がいなくなってしまっても(実際にその2作品は既にいない)、次にそれを書く人がいればまだまだ続くのだが、そうじゃない場合は作者次第だ。ヤマザキマリさんは、本人的には「もういい」というところもあったのだろうけれども、賞も取っちゃったし、映画化もされるということで、結構ツラい思いでいまや『テルマエ・ロマエ』を書いているんだろうな。それは分かるけれども、引き受けた以上はちゃんと書き続けていなければならない。

 ということで、しばらくはヤマザキマリさんの苦闘は続くのだ。所詮は「お気軽に始めたギャグ漫画」でしかなかったのにね。

 まあ、頑張ってください(映画の公開までは)。

 ということで、これまでの『テルマエ・ロマエ』も。

 ここまでは「ギャグ漫画」です。

 ああ、そういえば「風呂屋」の写真ってないなあ。

 今度、撮っておこう。

2012年1月17日 (火)

北鎌倉逍遥

 NHKで大河ドラマ『平清盛』が始まったからという訳ではないが、その平家を壇ノ浦の戦いで滅ぼした源氏の総本山、鎌倉の裏の北鎌倉に行った。

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 北鎌倉と言えば、戦いの神様「八幡宮」の裏手にある鎌倉五山で有名なところ。取り敢えずは、五山の第一「建長寺」だろう。勿論、隣には元々は1253年(建長5年)に鎌倉幕府五代執権北条時頼が日本最初の禅道場として開いた建長寺に従い、1886年(明治19年)に宗学林として設立されたのがその前身である(昨日のブログでも触れた)鎌倉学園があるわけだ。

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 しかし、鎌倉学園といえばいまや境正章や桑田圭祐の卒業校というイメージで、あんまり強くないアメフト部(ファイティング・スターズ)もあるし、なんか仏教校というイメージはないんだが、しっかり仏教校。ただし、あんまり宗教教育はないんだそうだ。まあ、だから桑田圭祐みたいに仏教校からメソジスト派ミッション系大学の青山学院にいっても、何の抵抗もなく平気なんだよな。

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 それにしても、なんとなく徳川家康のイメージが強いからなのだろうか、なにか武士というと真言宗のようなイメージが強いのだが、鎌倉五山はすべて臨済宗なのである。それも、当時は天台宗的な密教文化が中心にあった武家の宗教環境の中、中国からの輸入宗教的な臨済宗をバックボーンに据えた鎌倉幕府ってどんな存在だったんだろうか。

 と、考えてみたけれど、当時は神仏習合の時代であり、鎌倉幕府は臨済宗とともに八幡様(鶴岡八幡宮)も信仰していたわけだ。まさに「南無八幡大菩薩」って、あんたどっちの宗教なの、ってな感じであります。

 考えてみれば当時の武士なんて自分の力しか信じていない人間、つまりプラグマチストだけが力を持ったわけで、神仏に頼るようなやつは二級の武士だったわけなんですね。だから、宗教なんてものは、少しは自分を安心させる目的もあるのかも知れないが、基本的には下級の人々を支配・管理するために使っていただけなのである。

 まあ、もともと自分の力だけで出世していた武士という階級にとっては、宗教は利用するものであって、自らがそれに帰依するものではなかったのであろう。

 そんな意味では、鎌倉五山が臨済宗ってのは、当時は中国からの輸入宗教ということでの目新しさとかがあって、とりあえずわけが分からないうちにそれを庶民に広めて言うこときかしちゃおうぜ、な感じがあって面白い。

 昔から、官僚や武士(って今の政治家?)の考えていることは、あまり変わっていないのね、ということであります。

 そう、庶民は「自分で考えないように」「お上が言うことを疑わないように」「先生(学校だったり、お寺だったり、神社だったり、○○教室だったり)の言うことを聞きましょう」という具合に教化することが大事なんだよな。

 でも、そんなこと言っている官僚や政治家の方が、最近では庶民より程度が低いような気もするんですがね。

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 と、こうして北鎌倉を歩いてみたんだが、静かな町ではあるけれども、こりゃ隠居だな、って感じ。

 こんな静かな町に住んでしまったら、忙しい東京には出て行けません。

Fujifilm X10 @北鎌倉 (c)tsunoken

2012年1月16日 (月)

『男子校という選択』も悪くはない

 うむ、確かに「男女七歳にして席を同じうせず」ではないが、青春の一時期、男女をわけて教育を施すというのも悪いことではないかも知れない。

『男子校という選択』(おおたとしまさ著/日経プレミアシリーズ/2011年12月8日刊)

 俎上に上げられた学校は開成、東大寺学園、ラ・サール、麻布、駒場東邦、海城、芝、桐朋、城北、巣鴨、本郷、暁星、獨協、京華、星光学院、浅野、栄光学園、成城、攻玉社、鎌倉学園、明法、日本学園、京北、安田学園、佼成学園、横浜の26校。東大寺学園とラ・サール以外はすべて東京と神奈川の学校である。開成があるならやっぱり灘も入れなきゃとは思うのだが……。

 まあ、それはいいとして、確かにお金はかかる。私の家なんかは、娘は幼稚園から高校までの一貫女子校だし、息子二人も中高一貫の男子校であったから、サラリーマンの家庭としてはその経済的負担はかなりのものであった。が、しかし、それは結果としては良い選択であったとは考えている。確かに中学生くらいまでは女子のほうが成長が早いし、成績も優秀だ。そんな、女性優位の場所から離れられるというのは男子校のメリットではある。

 しかし、それ以上に需要なのは「母親からの親離れができる」ということだろう。特に、伝統ある男子校に入ってくる子供たちは、だいたい小学校4年生くらいから学習塾に通い中学受験をするわけであるが、その間は殆ど母親がべったりくっついて塾と一緒になって子どもの教育に当たるわけである。そんな母親には感謝しつつも、中学生になったら母親から離れたいと考えるようになる。そんな子どもたちにとっては、男同士で腹を割って本音の話が出来る男子校というのは居心地のいいところだろう。また、小学生時代は元気で身体も大きい女の子たちに支配されていた男の子たちは、そんな女子のいない場所がこれまた居心地のいい場所になるわけである。

 もっとも、この「女子がいない心地よさ」なんてものは、中学に入った当初だけで、1~2年もすれば、逆に女子のいない寂しさも感じるわけであるけれどもね。まあ、そんな寂しさは女子高の文化祭にでも出張って、ナンパしてくればいいのだろうけれども。

 そして、そんな男子校の最大のメリットは、殆どの学校が中高一貫教育を標榜しているところだろう。中学生に対して高校生がお手本を示す。あるいは高校生の背中を見て成長する中学生という姿である。中学1年生にとって高校3年生なんて、じつはまったく「おじさん」なのである。そんな「おじさん」たちの背中を見、あるいは直接「おじさん」が指導してくれる教育方針は、同年代で輪切りにされる、現在の小学生たちの環境からは信じられないメリットをもたらすだろう。要は、結局男なんてものはオスとしてじゃれあって育っていくものであり、言葉や書かれたもので育っていくものじゃないのだ。それを言葉や書かれたもので「論理的に」育てようとか、「論理的に」行動規制しようとする、母親や女子たちはいないほうが、この時期の男の子にとっては良い環境になるのであろう。

 というのが、幼稚園から大学まですべて共学で学んできた私の感想である。もうちょっと私の家庭が裕福だったら男子校に行ってたんだがな。と、しかし、私の時代の大学は、経済学部なんていったら殆ど女子学生なんていなかったけどね。

 ただし、ひとつだけ言っておくことがあります。つまり男子校はオタクの醸成機関であるということ。『勉強以外に打ち込む「何か」が、鉄道やアマチュア無線、ゲーム、アニメ、アイドルということも多い。年頃の女子からは「キモい」と言われそうな分野である。しかし、男子校ではそんな心配をする必要はない。彼らは堂々と自分たちの興味や関心を追求することができる』と書かれたとおり、『仮に共学であれば、肩身の狭い思いをしていたかもしれないオタク系の男子たちが、体育会系のスポーツマンたちと同じように自己表現できて、安心できる居場所を見つけている』のが男子校だ。私の息子の学校も秋葉原というオタクタウンから近いせいか、実にオタクの多い学校で、AKB48なんかのマニアも相当いたようだ。この辺は要注意ですぞ。

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オタク話といえば秋葉原ですかね。やっぱり。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @秋葉原 (c)tsunoken

2012年1月15日 (日)

今日はちょっとダメですね

 ということで、今日(実は「明日」か)はちょっとエントリーなしになります。

 マンションの管理組合新年会というのがありまして、その為のネタも二つ位は仕込んでいたんだけれども、酔っぱらっちゃって、問題の「書き込み」をするモチベーションがありません。

 ということで、今日は書き込みなしね、ということです。明日に乞うご期待、なんて言ってもいいのかしら。

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 で、今日はこんなの……。

EPSON RD1s Ekmarit 28mm/F2.8 @浅草 (c)tsuneoken

2012年1月14日 (土)

世田谷区用賀周辺

 世田谷区用賀といえば、環八と東名高速の交点でいつも渋滞している「道」というイメージであまり印象はよろしくはない。

 しかし、考えてみれば首都圏の大動脈である環状八号線と、日本の大動脈である東名高速道路の交点が渋滞するのは当たり前であるし、それに文句を言うすべはない。

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 この用賀のメルクマールは「世田谷ビジネス・スクエア」という28階建ての超特大ビルであります。日本オラクル(元サン・マイクロシステム)や、キャタピラージャパンが入っているビルであり、東急田園都市線の用賀駅から、そのままビルに入れる便利な「駅+ビル」ではある。

 しかし、世田谷区には三軒茶屋キャロットタワーというランドマークがもうひとつある。こちらは26階建て。練馬区で言ってしまうと、練馬のランドマークは結局、練馬区役所だったりする訳で、それは高崎市では高崎市役所だったり、前橋市では群馬県庁だったり、結局はお役人が自分の満足感を味あうための自己満足的な、今では意味のないお城の天守閣みたいな発想なのだ。

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 で、結局、用賀というのは、元々大山街道の宿場町だったんだよな。当然、東海道とかの大きな街道の宿場町ではなくて、大山参りという丹沢山へのお参りの途中駅というわけだ。でも、当然宿場町である以上、そこでの飯盛女なんてのはいたんだろう。特に、信仰の後のお宿では当然のように「女買い」はあったはずだから、そこはそれ賑わっていたはずである。

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 そんな、町の雰囲気は今はまったくない用賀の町ではあるけれども、かろうじて下町的な町の造りなんかは残っていたりもするのだ。

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 まあ、一生懸命探さないと、殆どないけどね。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @用賀 (c)tsunoken

2012年1月13日 (金)

実に微妙なタイトルである

 なんとも微妙なタイトリングではあるのだが。

『女の穴』(ふみふみこ著/リュウコミックス/2011年10月1日刊)

 徳間書店から発刊されていた月間『COMICリュウ』に掲載されていた『女の穴』『女の頭』『女の豚』に、『女の豚』を女性の側から描いた書き下ろし『女の鬼』と、4コマや16コマの書き下ろしを加えた作品集だ。ただし、『女の穴』『女の頭』『女の豚』は同じ高校の女生徒3人を主人子にした連作である。

 で、当然男として気になるのは『女の穴』というタイトルである。「女の穴」とは、当然、男が希求してやまないあの穴である。しかし、男にとってはその穴の中で行われている生命の神秘に辿りつくことはできない。自ら自らの体の一部をその中に入れておきながら、しかし、男にとってはその穴の中で行われていることは神秘のままなのだ。

 一方、女にとってはその穴の存在に気付いてはいても、自らその穴を確認することが出来ない。自分でその穴を見ることはできない。しかし、その穴の存在を感じることは出来る。更に言ってしまうと、男との交合によってその実感を持つことができるわけだし、その結果、生命が誕生するとまさしくそれは「穴」の存在を確認するわけだ。

 そんな「穴」の向こうが「大宇宙」だったというのが、『女の穴』のお話。福田先生の生徒である鈴木は自らを「異星人」という。しかし、それは本来はおかしな言い方である。「私は外国人です」という外国人はいないはずで、普通は「アメリカ人」とか「フランス人」とか自分の出自をいうはすである。ウルトラマンだったら「M78星雲」とかね。それを「異星人」というのはなんだろうか。地球人に対して自らの出自を教えることを拒む何かの理由があるのだろうか。あるいは、所詮地球人の自らの出自を語ったところで、馬鹿な地球人には分かるはずがないと言う判断からなのだろうか。

 それがわからない。

 いずれにせよ、美人だが、笑ったことのない、ぽっかり空いた穴みたいな目をした少女には気をつけよう。

 まあ、セックスできるなら「据え膳食わぬはなんとやらって」ことですけどね。

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @用賀 (c)tsunoken

 

2012年1月12日 (木)

『再起動(リブート)せよと雑誌はいう』というけれど、最早それは大出版社では無理かも

 なぜ、「再起動=リスタート」じゃなくてリブートなのか。リスタートのほうが単純じゃんかという気持ちもあるが、そうじゃなくてあえてリ「ブート」という言葉を使いたかったんだろうな。「ブート」というのはアメリカの俗語で「新兵」という言葉、「ビリーズ・ブート・キャンプ」で我が国でも有名になった海兵隊の新兵なのだ。

 つまり、単に新たにスタートせよということではなくて、今迄の人生は捨てて新たにスタートせよ、と言う意味での「リブート」なのだろう。

『再起動(リブート)せよと雑誌はいう』(仲俣暁生著/京阪神エルマガジン社/2011年11月25日刊)

 俎上に上げられた雑誌は、『popeye』『BRUTUS』『WIRED』『pen』『Spectator』『Esquire』『真夜中』『yom yom』『ユリイカ』『群像』『新潮』『考える人』『思想地図β』『文藝春秋』『週刊東洋経済』『週刊ダイヤモンド』『週刊文春』『週刊新潮』『週刊現代』『週刊ポスト』『週刊朝日』『AERA』『COURRIER Japon』『Number』『TV Bros.』『rockin'on』『AXIS』『鉄道ファン』『ランドネ』『Hutte』『sweet』『Mart』『OZ magazin』『Hanako』『GRAPHICATION』『kate paper』『Meets Regional』『Lmagazin』『ぴあ』『CITY ROAD』の40誌と、それらの類誌多数であります。

 それらの雑誌もそれぞれ「ジャーナリズム」として頑張っているのだろうけれども、そんな立場を嫌って「ジャーナリズムじゃない」と言っている雑誌もある。それはそれでいい、何も雑誌がすべてジャーナリズムじゃなくてもいいのだからね。とはいうものの、ジャーナリズム的に読者から思われている雑誌も多いのだ。その辺の作り手と読み手の乖離ってどうなんだろう。そこが雑誌ジャーナリズムの難しいところだろう。新聞やテレビは(本来は)真っ当なジャーナリズムである。それらのメディアがどうにもジャーナリズムとして機能していないんではないだろうか、というのが喫緊の話題なのだが、それはいいとして、雑誌である。

 雑誌はもともといわゆるジャンルわけができないところから「雑な誌面」ということで「雑誌」という命名がされたのであろう。そうもともとは「雑な記事を書いていた」のが雑誌なのである。

 しかし、そんな「雑な情報」がいまやネットで収容されるようになってしまった。というか、雑な情報こそは本来雑誌の基本なのだが、その雑誌性が出版社自身の姿勢からなくなってしまっていることがある。そうジャーナリズムの基本である「ウラ取り取材」というヤツね。「ウラなんて取ってたら記事に出来ないジャン」という本来の雑誌の(ムチャクチャな)やり方が認められなくなってしまって、週刊誌でも新聞みたいに「ウラ」を取れないと記事に出来ないということになってしまったのだ。週刊誌が新聞みたいに「ウラ」を取っていたら確実に週刊誌の生命は途絶えてしまう。週刊誌のいいところはその辺の「いい加減」さなのであります。だから、読者も「ああまた『週刊現代』のトバし記事かなんて読んでくれるわけなのだ。

 まあ、雑誌ジャーナリズムってそんなものよ、と言ってしまっていいのである。

 で、最後にどうこの項をまとめようかと考えてみれば、結局、本書の最後の部分の引用しかないなということで『いま、雑誌を「再起動」させる足場はどこにあるだろう、と考えたとき、それでも私は、あらためて一つの可能性が地域にあると考えたい。ある地域の雰囲気を、そこに住む人やお店の佇まいや、過去から現在にいたる文化や歴史の蓄積をふまえて伝えてくれる雑誌が、どの地域にもあっていい。』ということなのだ。

 これって、要は昔からあるミニコミの発想。それこそ『谷根千』の発想である。それが、もともとの雑誌の発想。『文藝春秋』もそんな発想で創られたわけだし、講談社の元になった『雄弁』もまさにそう。

 ようは、そんな雑誌がこれからも創られるだろうし、ツブれる雑誌も多く見られるであろう。そんな歴史の積み重ねが雑誌を生き生きとさせるのである。

 それでいいのだ。

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 記事とは何の関係もない写真です。昨日行った用賀の風景。女子高生がこうやって気になるのは、やっぱり私が年取ったせいか。自分の娘みたいな気分になるもんね。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @用賀 (c)tsunoken

2012年1月11日 (水)

『ビジネスマンのための「人物力」養成講座』って、別にビジネスマンだけじゃなくて日本人なら当たり前に持ってましょう、ということでしょ

 しかし、「人物力」ってなんなんだろう。要は、その人が他人から「なかなかの人物だ」と思われることらしいが、そんなのわざわざ「ビジネスマンのための」という注釈をつけなくてもいんでしょ。

 つまり、人として当たり前のことをしようよ、ってこと。

『ビジネスマンのための「人物力」養成講座』(小宮一慶著/ディカバー携書/2012年1月1日刊)

 小宮氏によれば「人物力のない人の典型」というのは『自動改札で、ICカードをたたきつけるようにして、通り抜ける』人だし、『エスカレーターのステップで、足を後ろに大きくはみ出して立っている』人だし、『電車に飛び乗ったら、入り口周辺で立ち止まって、奥に進まない』人だし、『知らない人に道を聞かれることが少ない』人だし、『込んだ電車のなかを移動したり、席が空いたら、端に詰めて座り直したり』する人だし、『子どもの目の前で、信号無視をして横断歩道を渡っている』人なのだ。

 つまりそれって「お里が知れる」ってやつなのだ。今は成功者のように、昔からの勝ち組のように装っているけれども、所詮成り上がりだなってことでしょう。じゃあ、成り上がりがいけないのかと言えば、それはそういうことじゃなくて、成り上がりで充分、ただし、成り上がっていけばいくほど「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉の通り、謙虚にしなければならないということ。

 う~ん、これってとっても日本的な人物観なのである。例えばアメリカ人だったら、それほどまでには言われないかもしれない。勿論、 “The boughs that bear most hang lowest”(実のついた枝ほど低い)というイエス・キリストの言葉もあるほどヨーロッパでは当たり前のことなのだろうけれども、多分、ヨーロッパからアメリカ大陸にキリスト教が移ってからは、アメリカ大陸ではなくなってしまった考え方なのだろう、何しろアメリカ合州国はともかく「成り上がり」しかいない国なのだからな。もう、とにかく世界の田舎者ばかりのアメリカ合州国なのだからどうしようもない。

 ということで、『ビジネスマンのための「人物力」養成講座』ったって、それは普通の人にとっての行動規範にすぎないのであります。

 上に小宮氏が上げたようなことはしないようにしましょうね。ってことだ、我々普通の人間でもね。

 というだけのこと。

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Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @世田谷 (c)tsunoken

2012年1月10日 (火)

「JR国道駅」って、ある意味すごいネーミング

 鉄道マニアのひとつに「無人駅マニア」というのがあるそうだ。つまり、駅員の配置のない無人の駅を訪ねるマニアというわけだ。

 別に私は鉄ちゃんでもないし、無人駅マニアでもないが、とりあえず東京から行って一番近いところにあると思われる、JR鶴見線の国道駅に行ってみた。

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 国道駅の由来は京浜国道(今の国道15号線、昔の1号線)と国鉄(当時)の交点にある駅、ということで「国道駅」なわけだが、まあ安易というか分かりやすい名前の付け方なのがよろしい。

 とろこで、このJR鶴見線って鶴見駅から扇町駅まで本線全10駅のうち、7駅が無人駅なのだ。つまり、鶴見線は京浜東北線の鶴見駅で乗り換えて、東芝やその他の海沿いにある工場に行く人たちが乗る電車であり、途中の駅の利用者は少ないのだろう。確かに朝や夕方の通勤時間にはたくさん電車が出ているが、昼間の時間は1時間に2~3本くらいしか電車は走っていない。要は昼間は殆ど走らせても意味が無い電車、ということなのだ。おまけに、今はSuicaなどのICカードで乗車人員の確認はできるようになったので、ますます駅の無人化が進んだんだろうな。

 つまり、これからは大都市周辺でもこうした意味での無人駅はどんどん増えるというわけ。昔の無人駅の雰囲気と、これからの大都市周辺地域での無人駅の出来方は異なってくるのだろう。鉄道会社は当然人件費を削りたいわけだし、そこにSuicaのようなIC型プリペイドカードが登場する。鶴見線の無人駅の場合はすべて簡易型Suica改札機なので、扉開閉式の改札機じゃないから、改札機にSuicaをかざさないでも通れてしまうというわけで、そんなことをやるやつが出てきそうな雰囲気だが、それでも「そんな無賃乗車するやつの損料」と、「各駅に人員を配置する人件費」を比較してみれば、「無賃乗車を認めてしまっても」その方がトク、という判断なのだろう。どうせ、昼間は乗っている人も超少ないし。

 まあ、営利会社がそんな判断をすることは正しいことなんだろうけれども、なんかちゃんとICカードをかざしている立場からすると、ちょっと複雑な気分がある。ただし、そんな「ICカードをかざさないで強行突破」という場面を目撃したわけではないから、そんな時にどんな気分になるかはわからない。

 ただし、昨日は休日だったためだろうか、無人駅とは言うものの、そんな無人駅を見に来る人や昔ながらの佇まいをみせている駅ということで見物客が多いようで、一人駅の説明要員のような職員を派遣していた。

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 しかし、この高架下の風景ってなんかレトロですよね。昭和というよりも、どこか戦前(第二次世界大戦前)という雰囲気もある。ということで、黒澤明が1949年の『野良犬』でロケに使ったり、その後も多くの映画でロケに使われたそうだ。まあ、それもあるので見物客も多く、職員配置なんだろうな。

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 上の写真とは反対側から撮った写真。飲み屋さんとか、釣り船やさんが残っているんですね。もっとも、かなり数は減ってきているようで、いずれこうした店も無くなってしまい、JR東日本が展開するショッピング・センターかなにかになってしまうのだろう。例の、つまらない……。

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 こんな具合に写真を撮りにきたりする人がいるんですねえ、って私もそうか。

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 国道駅の裏道を挟んで、鶴見川との間にもいかにも昭和という感じの雰囲気が。そう、今でも有楽町と新橋の間にあるような「ガード下の建造物」がある。さすがに、こちらは有楽町と違って飲食店ではなくて「住まい」。とはいうものの、最早殆ど住んでいないような感じで、いずれは取り壊されてしまうのだろう。大体、こんな建物は建築基準法にも則ってないだろうし。いずれ、歴史の進展ともに壊されてしまうものなのだろうな。

 ということで、意外と近いところにある「無人駅」なのであるが、要は営利会社としては利益にならない駅は本当は廃止したいところなんだけれども、現存する「線」の先の方で利益になる駅がある以上は「線」を無くすことはできない、である以上はその途中駅は合理化しなければならないということで、廃駅も出てくるだろうし、こうした「無人駅」はこれからもどんどん増えていくだろう。

 まあ、経済合理性をいう以上は、それもしょうがないというところであるわけである。

 できれば、廃駅にだけはして欲しくはないが……。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @鶴見 (c)tsunoken

2012年1月 9日 (月)

『専業主婦に、なりたい!?』のはラクしたいからでしょうが、そんなにラクには実はならないのだ

「婚活」の白河桃子さんによる、一見「婚活」批判の書のようにみえるけれども……。

『専業主婦になりたい!? “フツウに幸せ”な結婚をしたいだけ、のあなたへ』(白河桃子著/講談社/2011年12月9日刊)

 実はそうではなくて、「婚活するのはいいけれど、“専業主婦”を狙うのは、実にリスキーなことであり、実際“専業主婦”を狙って婚活なんかしたら、結婚できなくなっちゃうよ」という本なのであった。

 つまり、低成長時代になって夫たる男の収入は下がるばかりであり、そんな夫の収入に頼ってしまう専業主婦という立場はいかにも不安定。おまけに正規雇用者であってもいつ会社が倒産するかは分からない時代であり、その頼みの綱の夫だって、外で別の女を作るかも知れず、それに甘んじることがイヤならば離婚もしなきゃならないということなのだ。結婚というのは一種のギャンブルみたいなもので、専業主婦というのはそんなギャンブルにすべてを任せてしまうという危険な行い。そんなに収入を求めないパートとか派遣なんかの仕事をするという程度の、兼業主婦はギャンブルをしつつも安全な逃げ道を作っておく作業だろうし、キャリア主婦というのは、逆に夫を養ってもいいというくらいの安全主婦(完全主婦)ということなのだが。

 でも、そんな逃げ道を作らないギャンブル専業主婦志望が増えているということなのだ。それは何故かって、それは単純に「ラクをしたい」ということだけでしょう。多分この男は浮気をしない。多分夫の勤めている会社は倒産しない。っていう賭けに賭けてしまっているわけだ。それが当たればいいけど、夫のカメラマン鴨志田譲氏を一時期養っていたエッセイ漫画家・西原理恵子によると『この世に絶対浮気しない夫と、絶対に潰れない会社はない』ということなので、専業主婦ってのは実に危うい線の上に立っているのである。

 しかしながら、やはり家の家計の責任のない立場ってのはラクに映るのであろう。彼女たちは家計のサイフを握るのも嫌うのである。つまり、夫がどれだけ収入があるのかは興味がない、夫から「今月の家計費はこれだけ」と渡され、その中で家計を維持することに汲々とすることに満足するのである。それって、昔お父さん(あるいはお母さん)から「今月のお小遣い」といって一定の金額を渡されて、その中で遣り繰りしていたものと変わりはないわけで、結局彼女たちはそんな生活を送りたいと考えているわけなのだ。そう、彼女たちにとって、お父さん(あるいはお母さん)は、どうやってお金を稼いでいるのかは知らないが、毎月キチンと私にお金をくれる人、なのである。そんな父親的な役割を彼女たちは夫に求めているのである。

 つまりそれは、彼女たちが親から完全に自立した大人の女になることを拒否して、いつまでも庇護されている立場に甘んじたいということなのだろう。まあ、そんなことを考えることは自由であるが、しかし、そんな人たちに「居場所」を与えていられるほど世の中は甘くはないということだ。つまり、専業主婦にもしなったらばなったで、やはり家計のサイフは妻が握るべきであり、夫の限られた収入でもって如何に家を経営するかというのが、実は主婦の醍醐味なのである。

 しかしながら、その一方の男たちにも自立志向のない男が増えているということなのだな。いつまでもパラサイトであることを望む男たちが増えているいうことなのだな。

 そんな自立志向のない男たちと、庇護志向の女たちばっかりになってしまえば、当然、成婚率は下がってしまうし、それは出生率の低下を(嫡子優先主義の日本では、多分)生むことになってしまうだろう。そうやって日本が滅びてゆくのも歴史の必然であるからそれは仕方がない。で、最後は日本がどこかの韓国とか中国あたりに併合されてしまうというシナリオもありなのかもしれない。まあ、それも多分私が死んでから後のことだろうからどうなっても良い。しかし、そう考えない人たち、私より若い世代の人たちにとっては大きな問題なのだろう。

 まあ、そちらはそちらで考えて欲しい。いずれにせよ、いまや日本は滅びの方向に向かっているというのが私の世代の(私だけか?)の考え方だし、今のような政治を行っていれば確実に滅びる方向にしか向かっていかないのである。

 あてなき専業主婦志向が強まって、なおかつ自立志向のない男ばっかりになって、男性・女性ともパラサイトになっちゃったら最悪ですね。

 だったら、本当に日本はどこか厳しいことを言う国の属国になっちゃった方がいいのかもしれない。

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 まあ、イクメンばっかりが男じゃないけどね。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @浅草 (c)tsunoken

 

2012年1月 8日 (日)

「お手本の国」のウソ

 まあ、ウソというよりは「そういう国がそういう政策をとるようになったのは、それながらの歴史があってやっているので、そんなものを日本が急に真似したって、ダメよ」ということなのだ。

『お手本の国」のウソ』(田口理穂ほか著/新潮新書/2011年12月20日刊)

 いわゆる○○先進国といわれている国のお話。「合計特殊出生率」という、一人の女性が一生の間に産む子どもの数を出生数と出産可能年齢にある女性の人口から割り出した数値が2.1を達成しているフランスの「少子化対策先進国」という話や、世界の教育大国といわれているフィンランドのいわゆる「フィンランド・メソッド」も、イギリスの二大政党制も、アメリカの陪審員裁判も、自然保護大国といわれているニュージーランドも、ヒトラーとナチスの贖罪を済ませたと思っているドイツとか、結局、財政破綻をしていても何とか「観光」でもってしまっているギリシアとか、とにかく日本が「お手本」にしようとしても、実はできない国のお話ばかりなのだ。

 何故なのだろか。書いてあることは「要はその国がそんな施策・政策をとらなければいけなくなった状況というものがあり、やむなくそういう施策・政策を取らざるを得なかった」ということなのだ。つまり、フランスだって「少子化」が問題になるまでは「少子化対策」なんてやってなかったわけだし、フィンランドだってギリシアだって、所詮「観光対策」というものが下敷きになってりんだろうし、二大政党制も陪審員制度も、結局はそれらの国のある段階での問題解決策でしかなかったわけだ。

 でも、そんな国々の方法論をお手本にしなければならない日本なのである。何故なら、国内の先人に見本をとらない日本人という問題がある。実は、それらの各国の「いろいろ問題解決策」って、日本の歴史の中で日本人自身が自ら解決してきたことばかりなのである。

 それを何で他の国のモデルに頼らなくなってしまわなければいけなくなってしまったのかといえば、結局は、明治維新でもってそれまでの歴史と、それ以降の歴史が、明治維新からの歴史と、第二次世界大戦敗戦による新しい歴史が、という具合に最近の歴史の中でも二度にわたる歴史の列断があったためだろう。

「温故知新」といういい言葉がある我が国でありながら(「温故知新」そのものは中国だけれどもね)、しかし、それを忘れて過去をしっかり見渡すことが出来なくなった日本ってどうなんでしょう。「少子化」ってのは日本の歴史初めてのことかもしれないし、「ヒトラーとナチス」問題のよな個別問題は別だけど、基本的にはすべて日本の歴史の中で解決してきた問題なのである。

 つまし、もともと制度的に教育を行わなくても「寺子屋」という存在が、士は別として、農工商すべてを対象にした教育を行い、明治以来識字率が世界でもトップの段階に至っていた日本だし、伊勢の町あたりは、いわゆる「伊勢参り」という観光政策がかなりいきわたっていたのだろうということも分かっている。

 そんな日本なのである。別に他の国に学ぶ必要はない、しかし、喫緊の問題として「少子化」「グローバル言語化」「観光立国化」という点は、やはり早めに進めることが大事だろう。

 という意味で、外国に学ぶことも「直前の事実」ということで大事かも知れないが、基本的には我が国の昔からの人たち、特に市井の人たちが実際にはどんな生活を送ってきたのかを知ることが大事だろう。

 そう、これからはやはり昔の市井の人たちがどんな生活を送ってきたのかを知る為の「下町歩き」ですね。

 とくにOBには………。ヒマなんだから、そういう観察の中から、未来へ向けての提言が(自分たちの権益確保じゃなくて)できる筈だし、しなければいけない。

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Fujifilm X10 @麻布十番 (c)tsunoken

2012年1月 7日 (土)

花園ゴールデン街昼景

 今日は手抜きです。1月4日に新宿、浅草と回ったときの前半部分を掲載ってわけです。

 しかし、花園ゴールデン街の昼景色ってなんかみっともない。当然、夜になれば街全体が化粧をして飾るわけであるわけで、言ってみれば化粧前の寝起きの女を見ているみたいだ。

 なので、ここはモノクロで撮影してあげよう。

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 何故か花園のビリケンさん。奥の窓ガラスに映っているのは……。

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 新年は5日から営業という看板。ほんとに1月5日から客が来んのかよ。

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 昼間に見るとこんな感じ。なんか、「昭和」が残っている感じですね。カラーだともっと凄いぞ。

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 花園ゴールデン街には似合わない女性ふたり。まあ、ゴールデン街の住民ではないだろう。

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 なんか、怪しいカメラマンと、よくわからないモデルの撮影風景(奥のほう)。「カメラマン」の持っているカメラもプロらしくないコンデジだしなあ。1月4日から既に営業開始ですか。大変ですね。

 しかし、ちょっと上にも書いたけど、花園ゴールデン街自体が「昭和の残照」みたいなもので、今の時代には似つかわしくない雰囲気の街である。アメ横みたいな、東京に残された昭和の遺構の一つなのだろう。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @新宿 (c)tsunoken

2012年1月 6日 (金)

何故『政治家の殺し方』というカタいタイトルをつけるほど中田氏は講談社を嫌いなのか

 政治家殺すにゃ刃物はいらぬ、スキャンダルの三つも起こしゃいい。というのが週刊誌マスコミの発想であり、それに負けたくないならば、なおかつ政治家本人に「清廉潔白」という自覚があるならば、裁判に訴えればいいのである。

『政治家の殺し方』(中田宏著/幻冬舎/2011年10月25日刊)

 ということで、中田氏は『週刊現代』を名誉毀損で訴えて勝訴したわけだ。名誉も回復し、裁判費用も賠償金で賄えるわけだ。つまり「根拠のない」と本人が称するスキャンダルで議員や公職を辞めるのは、結局、マスコミの書いたスキャンダルを認めたのと同じことだし、そんなことで「殺される」公職者なんてものは所詮それだけの存在でしかない。

 事実、中田氏は『週刊現代』がスキャンダルを書き立てたあとも、横浜市長を辞めなかったし、「開国博Y150」の責任をとって辞めるまでほぼ2期にわたって横浜市長を勤めたのである。つまり、横浜市民の支持はずっとあったのである。立派じゃないか。赤字に陥っていた横浜市の会計を200億円を超える累積黒字を作り出すところまで持っていったのである。そこまでたどり着くまでには、公共事業にタカる業者や、自治労などの職員、ヤクザが跋扈する風俗業者などの「抵抗勢力」との闘いがある。当然、スキャンダルの元はそんな抵抗勢力の側からしかないに決まっているのだ。

 所詮、週刊誌なんてその程度のものなのであります。基本的に「権力」側にいる人間を引きずり落とそうというのが週刊誌。所詮、人間の活動源は「色と欲」という発想が週刊誌。だから週刊誌は「オジサン」たちに売れるのだ。一生懸命働いても出世の見込みはないし、新橋駅前の飲み屋で愚痴を言うことしかできないオヤジたちのエンタテインメントが週刊誌なのである。そんな週刊誌のネタを、とりあえず一般に公表されたのだからそれでいいのだろうという考え方で、したり顔で報道するテレビ・新聞のほうがおかしい。だって、週刊誌の記事なんて、「ウラ」を取っていない「トバシ」なんてのも、実はいっぱいあるのだ。同じネタは多分、テレビや新聞にも持ち込まれているのだろうけれども、ウラが取れないから記事にしなかったものを、なんで週刊誌が記事にすると、「一部週刊誌の報道によると」なんていいながら、自分のメディアで記事化するのだろうか。言っておくけれども週刊誌の記事は報道ではありません。単なる記事。そうネタなんですね。

 まあ、別に他のメディアへの批判はやめておくけれども、所詮、週刊誌の記事なんてそんなもんだ、というメディア・リテラシーは持つべきだ。皆さんも、「所詮、週刊誌」というスタンスを持ってメディアには接してくださいね。

 ところが、そんな「イエロー・ジャーナリズム」であることろの週刊誌の記事に対して過剰反応する代議士なんてのもいるのだ。実は、ハラが真っ黒けの代議士あたりが週刊誌にスキャンダルを書きたてられた時に、いかにも憤怒の思いという感じで名誉毀損で告訴するわけだ。ところが、中田氏のように自らの清廉潔白を信じている人はそのまま突っ走ってしまうのであるが、残念ながら真っ黒け代議士なんてのはそうはしないのだ。つまり、公判開始直前にになって告訴を取り下げるというわけなんですね。

 何でか。当然、公判になってしまうと訴えられた側の週刊誌は次々と証拠を出していくわけだ。それに反証できればいいけれども、そうは行かない真っ黒け代議士は、何を言ってもウソをついても責任が問われない議会とは違って、公判ではウソはつけない。ウソをついたら、それだけで偽証罪になってしまうのだ。で、真っ黒け代議士は公判直前に告訴を取り下げる。

 ところが、そこは真っ黒け代議士と新聞は何故か仲がいいので、真っ黒け代議士が出版社を訴えたときは「○○代議士、週刊××を告訴」なんて記事を大々的に書くのに対して、告訴を取り下げた時はせいぜいベタ記事程度でしか報じない。

 で、真っ黒け代議士の選挙区の人たちは、「オラが先生はスキャンダルを書きたてた週刊誌を訴えたぞ、やっぱり悪いことはやってないんだ」とは思っても、ベタ記事までは読んでないから、「ええっ、やっぱり先生はやってたんだ」と、正しい判断をすることはない、という構図になるわけですね。

 まあ、週刊誌が政治家をタタきやすい、という関係論もそんなところにあるわけで、ある種運命共同体、たまに中田氏のようにマジで反撃をされるとマズい、というだけのことなのでした。

 ひとつだけ中田氏に「残念」を言わせてもらえるならば、できればこの本を講談社から出してほしかった、『週刊現代』の講談社から。まあ、別の出版部からならなんの問題もないし、ハタから見れば、「またまた講談社のマッチポンプかよ」てなもんで面白かったのになあ。アッハッハ。

 だって、中田氏は講談社+α文庫から『なせば成る』 って本を出しているんだけどな。

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 こんな写真でも「不倫の証拠だ!」と言ってしまえば言えるのである。勿論、これじゃ顔が見えないから人物特定できないジャン。と言われてしまうそうだが、有名人ならこれでもいいのだ。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @新宿 (c)tsunoken

2012年1月 5日 (木)

正月仲見世原色美女図鑑

 新宿から浅草へという計画で街歩きしてみたわけなのであるが……。

「原色美女図鑑」っていうより「人混み図鑑」だなこりゃ。

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 1月4日から金融機関は普通に動き出し、街は普段通りの町になるのであるが、実際にはまだまだ金融機関以外の会社は大半がまだ正月休みだし、浅草浅草寺も初詣のお客さんでごった返している。初詣てのは元日に行くものだと思っている人には意外だが、その年の最初にお参りするのが初詣なので、別に元日じゃなくてもいいし、2月になってもいいそうだ。

 そんな浅草で見かけた「美女」たちで、ひと時の目の保養をどうぞ……って、まあそうでない方も、それなりの方も……、いるから人生面白いんじゃないか。

 上の写真は仲見世からちょっと入ったところにある下駄や手ぬぐいなどの和装小物屋さんの「粋れん(すいれん)」というお店で、毎年干支の動物を店先に飾っている。最初に発見したのはおととしで、張子の虎の子が犬みたいにマネキンに連れられてお散歩風、の飾り付けであった。昨年は兎だったし、今年は龍(本当は辰なんだけどね)なわけである。

 で、後は人人人という具合で、買い物もできやしない。まあ、そんなところも浅草の良さで、結局何しに来たんだ、ということになってしまう。

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 伝法院通りの脇の道も。仲見世も。

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 仲見世の裏通りも、とにかく人人人です。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @浅草 (c)tsunoken

 まあしかし、これだけの人出を見てしまうと、日本もまだまだ安泰だなと思ってしまうところが愚かしい。不景気なのでそれだけ神頼みをしたくなるのか、この人混みの中の一体何パーセント位の人が正規雇用/非正規雇用なのだろうかとか、失職中の人もいるだろうにとか、ついつい余計なことを考えてしまう。でもまあ、不景気面は見えないのだから、そこそこの幸せ感で浅草には来てるんだろうな。とりあえず浅草寺に来ている人たちは、ね。

 ということで、浅草に行って神谷バーで電気ブランでも飲んで帰ろうという計画は早々にあきらめて帰宅したのでした。

2012年1月 4日 (水)

『面接ではウソをつけ』って、そんなの当たり前でしょ

 うーん、こんな当たり前のことについての本が売れているということは、今の学生さんというか就活生さんて、そんなにナイーブなのかなあ、というところの吃驚がある。

『面接ではウソをつけ』(菊原智明著/星海社新書/2011年11月24日刊)

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 星海社新書が快調である。やはり光文社新書編集部から『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』を企画した柿内芳文を引っこ抜いて編集長に据えただけの事はある。とりあえず最初に出した『武器としての決断思考』もいまだ重版を重ねているし、まあ結構なことである。

 で、この本なのだが、菊原智明という人は「訪問しないで売れる」『営業サポートコンサルティング株式会社』という不思議な名前のコンサルティング会社を経営している、元住宅営業まんだそうだ。営業マンがなんで就活本? という疑問は以下の文章で。

 だがしかし、『面接ではウソをつけ』という、実に当たり前のことについてわざわざ本を出してそれが売れているということは、それだけ巷には様々な就活本が溢れているということの、見返しなのだろう。つまり、OB・OG訪問のやり方に始まって、エントリーシートの書き方についての本や、ペーパーテストの問題集とか、面接の受け方とか……。しかし、そんな就活本なんて実際の就活には何の役にも立たないのじゃないだろうかというのが、実はこの本の主旨である。

 だって、書いた人は就活についてのセミナーとかやっている人ではないし、就活についてのなにかをやっている人でもない。とりあえず「営業」についての「方法論」を伝授すると言うふれこみのセミナーとか、本を書いている人なのだ。で、そんな「営業」マインドからみた「就活」はどんなものかということについて書いたのが本書である。

 その結果が『面接ではウソをつけ』という、ごく単純な発想なのであるということは、「就活における面接」は、要は「営業」における「ウソ」のつきかたと同じと言うことなのか? あるいは「営業」では「ウソ」をつけないから、「就活における面接」ならいくらでも「ウソ」をついても大丈夫ということなのか? いやいやそうではなくて、所詮、就活における面接の時間なんて10分程度のものなのだから、その間は「演技」をしましょう、という話なのだ。で、その方法論は「営業」と同じということ。

 まあ、世の中に出てみれば分かるけれども、所詮そこでは「本音」と「建前」の応酬する世界。「営業」(ということは、菊原氏が住宅営業の仕事をしていたから営業なんであって、それは「編集」であれ「制作」であれ「企画」であれ、会社の外の人と仕事をする立場ならみんな同じ)であっても、お客さんと本音で話をすることもあるし、建前だけで話をすることもあるという世界。というところで、たかだか10分程度の面接は演技でね、というところなのだが。

 そのたかだか10分程度の面接で緊張して何にも喋れなくなってしまうというのが、問題なのだろう。

 しかし、昔はそんな就活本なんてなかったし、というか「就活」という言葉だってなかったし、でも、そんな時代でもちゃんと面接は3回位は当然あったわけで、当然それを潜り抜けてきた自分もいるわけで、じゃあ、そんな自分がどうやって面接を潜り抜けてきたのかっていえば、所詮、会社と自分の騙しあいでしかないわけだ。

 人生は所詮「信じあい/騙しあい」だってことを理解するきっかけになるのが、学生から社会人になる最初の扉たる、今で言う「就活」つまり「入社面接」なんだろう。そこで、それまで社会にたいして若干ナメた目をしていた学生が最初の「気付き」をするわけだし、それは就活本には一切書いていないことなのだ。

『面接ではウソをつけ』というのは、ごく当たり前のことでしかないのであるが、それは「世の中にはウソがいっぱいある」ということに、最初に学生が気付くタイミングでもあるということで大事なことでもあるのだ。

2012年1月 3日 (火)

『楽屋顔』はいいタイトルだけれども、それだけじゃ写真術じゃないよね

「楽屋顔」って要は一般人が入れない楽屋での各師匠(前座、二つ目もいるけどね)を撮ったものだけれども、噺家が撮っちゃあダメでしょ、ねえ。

『楽屋顔――噺家・彦いちが撮った高座の裏側』(林家彦いち著/講談社+α文庫/2011年12月20日刊)

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 まあ、確かに噺家が、つまり同業者が撮ったからこその、被写体である噺家や色物の師匠やお囃子さんたちの普通に近い表情なのだ。これはズルいよね。だって、普通は写真家として撮影する場合、カメラの存在にとりあえずは緊張する被写体たるべき人たちの、ちょっとした緊張の解ける瞬間を狙って撮ったりする。そんな一瞬を見逃さない写真家のカメラアイを人々は「さすがにプロのカメラマンは違う」といって賞賛するわけなのであるけれども、なんだ身内じゃんかよってな「無緊張感」の中の写真は違う。

 つまり、写真家の撮った楽屋写真は、そこでは被写体たる芸人や役者たちは基本的に「他人に見られてる」という緊張感を多少なりと持っているわけなのだ。ただし、写真家はそんな緊張感の中の一瞬の「緊張感の緩み」を見逃さず撮影するわけですな。

 ところが、身内たる芸人(噺家)が楽屋を撮影しているったって、それは最初は記念撮影くらいかなという感じで受け止めて、別に緊張も何にもしないで撮られちゃう。そのご、えっ今の写真を雑誌に載せちゃうの? ってなもんである。

 問題は、そのどちらが写真として「上質」なんだろうかということなのであるが、テクニック的には写真家が撮った方が絶対上であるのは、言をまたないであろう。しかし、じゃあ噺家が撮った写真が面白くないのか、と言えばそんなことはない。つまり、写真には誰が撮ったのかということとは関係なく「いい写真」と「ダメな写真」があるということ。これが写真の面白いところだ。

「素人の偶然」と「プロの必然(というか狙い)」の両方とも可能性もあるというのが写真の面白いところだ。「写真は光の芸術」とか言われているが、結局はスタジオ撮影やアシスタントを連れた屋外撮影以外、とくにスナップ撮影はほとんど「偶然」にたよっているのがプロの写真でも事実なのだ。あとは、「撮影する枚数」ですかね、プロフェッショナルとアマチュアを隔てる壁ってのはね。プロは例えば1時間のスポーツ写真でスチールモードで1,000枚位は最低撮る、連続撮影モードだったら3,000枚位かな。つまり、アマチュアでもとにかく沢山撮影してその中から一枚だけを選ぶ能力があれば、撮った写真がプロの写真よりは「上手い!」と言われる可能性があるってこと。そう。問題は、そんなに沢山撮った写真から「いい絵」を選ぶ「センス」ということになってしまうのだな。

 林家彦いち氏は、カバー写真からみてみるとコンデジを使っているようだから、かなり「カメラまかせ」でいい写真が撮れているはずなんだけれども、たしかに「手ブレ」はないけれども「被写体ブレ」が随分多いようだ。勿論、ストロボが使えない状況で撮っているはずなんだから、ISOを低めに設定していればシャッター速度を遅くしなければいけないので「被写体ブレ」になってしまうという、いかにも「プロが撮りました」写真になっているのが可笑しい。

 ともあれ、こんな楽屋写真を日常的に撮れるのは、やは撮影者が噺家だからと言う限定された条件の下の撮影なのだから、今後は楽屋だけじゃなくて、いろいろな場所に行って撮った写真も見てみたい、というところなのだけれども、しかし、考えてみれば、この本は「噺家が撮った寄席の楽屋写真」という限定された本なのであるから、これはこれでしょうがないのか。

 でも、それだけじゃつまらないな。

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 木枯らしに吹かれて寒そうな筋肉マンと、強風で落とされてしまった正月飾りです、って結構正月風景ですよね……ッエ? 違う?

Fujifilm X10 @上石神井 (c)tsunoken

2012年1月 2日 (月)

『太郎写真曼陀羅』は実に興味深い写真集だ

 芸術家(画家や彫刻家)が自らの作品のために写真を撮ることはよくあることである。岡本太郎も同様で、特に岡本太郎の場合は日本の民俗的な写真を多く撮っていたことは有名である。

『太郎写真曼陀羅』(岡本太郎著/山下裕二・椹木野衣・平野暁臣・ホンマタカシ編/ちくま学芸文庫「岡本太郎の宇宙――別巻/2011年12月10日刊)

 この『太郎写真曼陀羅』という写真集も同様で、数多くの民俗的な記録が多くものされている。沖縄の祭りや市井の人の生活の写真、お面など、韓国の町や田舎の風物と、そしてお面、インドの人々、長野のお面、長崎の魚板、長崎の人々の生活、石仏など、島根の出雲大社、高知の漁具、徳島の阿波踊り、三重の初期の鈴鹿サーキット、メキシコの人々の生活とお面、大阪・京都の様々な暮らし、東京の人々の暮らしと縄文土器、秋田・岩手・青森の人々の暮らしと鹿踊りなどの祭りやイタコ、などなど。特に目立つのは、様々な土器や、お面の数々であり、この辺は岡本太郎の彫刻「太陽の面」などにも関係するのかも知れない。

 編者のホンマタカシ氏によれば、岡本太郎の写真群は三つに分けられるということだ。

『①まずそもそもの目的である雑誌の仕事で祭りや土器など民俗学的な観点で取られた写真。

 被写体のはっきりした記号化された写真である。ボクがエキセントリックといった写真はこれらである。

     <中略>

 ②で取材にいった先々でつい撮ってしまったカットである。

 並べて置かれた下駄など、どうして撮ったのかわからないけど、つい太郎さんがオッってなってシャッターをきってしまったように見える写真たちである。

     <中略>

 これらも雑誌の取材の合間に眼について撮ったものと思われる。ここにはさんざん言いつくされているが写真の第一の特徴が如実に感じられる。

 ③番目にボクがニヤッと嬉しくなったのは太郎さんが意外と綺麗な女の人を写真に撮っているのを発見したときです。下着ショーのように取材で撮ったものもありますが、旅館とかでなにげにオッ可愛いと思ってとったであろうものがあります。

     <中略>

 そして、最後にボクは太郎さん自身が写った写真も大好きです。』

 三つの写真のうちの②と③というのは、写真の写真たる存在理由そのものであり、要は、ちょっと見て「いいなっ」って思ったらスグに撮る、という写真の一番良い使われ方なのである。そして、もっといいのは「岡本太郎が写った写真」である。この場合の著作権はだれにあるのだ、なんてことは気にしないで、天才アラーキーと同じで、もし岡本太郎が写真家ならば、これほど自ら写真を撮られる写真かもいないのである。

 で、ひとつだけ気になったのが186-187ページの見開き写真である。

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(c)岡本太郎

 左ページのお面も面白いが、右ページの牛の写真をみて、大相撲の化粧回しに当たる「面綱」という牛の頭にかける紅白の綱を見て一瞬これは「牛の角突き=闘牛」の写真かと思ってしまった。45-47ページには沖縄の読谷村の闘牛の写真もあるしなあ、と考えたのであるが。

 実は広島県北広島町に伝わる「壬生の花田植」という無形文化財のひとつだったのである。「壬生の花田植」で使われる衣装をつけて着飾った牛が田んぼの代掻きでもするのだろうか、そのほか華やかな歌声や囃子に合わせて田植をするという、それはそれで「国指定重要無形民俗文化財」ではあったのだ。

 うーむ、こんなお祭りがあったんだ。こりゃあ見にいかなければ……。

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 牛の頭に巻かれているのが「面綱」です。こうしてみると牛も結構可愛いもんですね。

Nikon D100 AF Nikkor 70-200/F2.8 TX & Digital @虫亀 @小千谷 (c)tsunoken

2012年1月 1日 (日)

超訳「哲学用語」事典

 皆さん明けましておめでとうございます。なんていっても、これを書いているのは大晦日なんてことはよくある話で……。紅白歌合戦観ながら書いてます

 講談社現代新書『はじめての政治哲学』を書いた小川仁志氏の文庫書き下ろしが本書である。『はじめての~』を読んだときは、なんかやたら読みやすくて、なんだマイケル・サンデルの真似かよと思ったのだが、今回の『哲学用語事典』は実に面白い。まあ、自分の知っている哲学用語の確認ですな。

すっきりわかる! 超訳「哲学用語」事典』(小川仁志著/PHP文庫/2011年11月21日刊)

 とりあえず掲載されている「哲学用語」をすべて上げると以下の通り。

第1章 よく目にする&耳にする頻出用語

「アイロニー」「ルサンチマン」「レゾンデートル」「レトリック」「メタファー」「コンテクスト」「カタルシス」「ポストモダン」「イデオロギー」「パラダイム」「パラドックス」「コペルニクス的転回「ラディカル」「ニヒリズム」「ペシミズム」「エゴイズム」「フェティシズム」「リベラリズム」「全体主義」「カオス/コスモス」「自我」「アイデンティティ」「中庸」「理性」「主体/客体」

第2章 常識として知っておきたい用語

「弁証法」「テーゼ/アンチテーセ/ジンテーゼ」「アウフヘーベン」「帰納/演繹」「トートロジー」「レッセフェール」「イデア」「コギト・エルゴ・スム」「心身二元論」「アウラ」「アガペー」「アナーキズム」「アナロジー」「アニミズム」「エートス」「ストア派」「エピクロス派」「永遠回帰」「社会契約説」「一般意志」「ペルソナ」「疎外」「詭弁」「エディプス・コンプレックス」「昇華」

第3章 チンプンカンプンのカタカナ用語

「アタラクシア」「アフォーダンス」「アプリオリ/アポステリオリ」「アポリア」「アレゴリー」「アンガージュマン」「アンチノミー」「イドラ」「エピステーメー」「シニフィアン/シニフィエ」「シミュラークル」「タブラ・ラサ」「ドクサ」「ドグマ」「ノマド」「フィリア」「プラグマティズム」「ブリコラージュ」「メタ」「モラリスト」「リバタリアニズム」「コミュニタリアニズム」「コスモポリタニズム」「ロゴス」「パトス」

第4章 入試問題でも見かける漢字系の用語

「上部構造/下部構造」「唯物史観(史的唯物論)」「構造主義」「実存主義」「功利主義」「啓蒙主義」「形而上学」「実証主義」「反証可能性」「観念論」「合理論」「生得観念」「経験論」「超越論的」「認識論」「汎神論」「集合的無意識」「即自/対自/即自かつ対自」「主知主義/主意主義」「純粋持続」「間主観性」「心術」「表象」「仮象」「審級」

第5章 日常の用法とはちょっと意味の異なる用語

「批判」「エロス」「反省」「ポリス」「予定調和」「カテゴリー」「正義」「命題」「直観」「実在」「情念」「超人」「延長」「機械」「強度」「思弁」「自然状態」「限界状況」「自由意志」「懐疑主義」「有機的」「自律/他律」「普遍/特殊」「システム」「コミュニケーション的行為」

第6章 本格派向けの高度な用語

「現象学」「エポケー」「記号論」「分析哲学」「言語ゲーム」「存在論」「現存在」「世界‐内‐存在」「投企」「脱構築」「差延」「エクリチュール」「定言命法」「格率」「悟性」「絶対知」「トゥリー/リゾーム」「マルチチュード」「ミーメーシス」「アルケー」「プシュケー」「エイドレス/ヒュレー」「デュナミス/エルゲネイア」「モナド」「テオリア」

 ざっと列挙してみたら、私が知っている言葉は8割くらいかな。使ったことがある言葉は半分くらいか。高校生時代に民青に論破されたくなくて乱読したマルクスやエンゲルス、サルトルなんかから覚えた言葉が大半で、その後、大学に入ってから読んだモーリス・メルロ=ポンティやロラン・バルトなどの現象学と記号論を、マルクスの哲学に接ぎ木して映画評論を書いていたわけなので、それらの言葉には親しみがあるのであるが、考えてみれば「日本語になっているようで実はなっていない訳語」やら、カタカナ用語なんてのは、本当は原語で理解するともっと分かりやすくなったりする。

 ポストモダンの時代や、ジャック・デリダ、アントニオ・ネグリあたりはちょっと哲学書から離れていた時期なので、彼らの使っている用語は前はあまりよく分からない時期があったのだが、最近の哲学用語はあまり「日本語化」していない言い方が多いので、そんな言葉に出会ったら、解説書を読むのでなく辞書を読んだ方が言葉の本来の意味が分かる。

 つまり、わが国において哲学がやたら難解な用語を使っているが為に、哲学が敬して遠ざけられることになってしまったのは、ひとえに明治時代の思想家西周(にしあまね)のせいなのだ。西周とは「フィロソフィー」という言葉を「哲学」と翻訳した人であり、上記の「日本語になっているようで実はなっていない訳語」は、大体がこの西周によって日本語化された言葉なのだ。そういう意味では数多くの西洋哲学を日本に紹介した偉い人なのだが、その過程において「完全な日本語にしなければならないと考えるあまり、完璧に不完全な日本語にしてしまった」大犯罪者でもあるのだ。

 で、結局その後の日本の哲学者たちは「それが不完全な日本語であることは分かっていたにもかかわらず、その不完全な日本語を自らも使うことで、哲学という<ものの考え方>をいかにも高尚な学問であるかのように装ってきた」という日本の哲学者の歴史があるわけだな。そのほうが自分が偉い人のように見せることができるから……という理由で。多分。

 ところが、哲学なんてものは学問でもなんでもないし、所詮「人間の生き方についての考え方」でしかないので、私のような経済学部の学生でも独学で身につけることは出来るのだ。多分それは経済学よりもずっと易しい、少なくとも私の場合は。ただし、系統だった学び方ではないので、かなり歪んだかたちではあるだろうけれども。それでも、それらの述語を接ぎ木して映画評論をデッチ上げることくらいは出来てしまうのだ。まあ、間違った解釈をしていたのかも知れないが。

 つまり、小川仁志氏はそんな皆から「敬して遠ざけされてしまっている哲学」を、実はこんなに易しい学問なんですよ、だから皆哲学を勉強しようよ、と言いたいのだろうけれども、しかし、これがそう簡単にはいかないんだよな。哲学が面白い学問だということは、私も知っている。しかし、これほど就職には役に立たない(と思われている)学問もないんだよな。実際、哲学は「実学」ではまったくないからね。

 本当は「実学ではない学問」ほど面白い学問はないんだがなあ。他の、就職には役に立たない分野(例えば、芸術系とか文学・史学・民俗学系とか)も面白い。つまり、それはそれらを学んだ後に、その学んだことを実際の仕事に役立てようということのない、純粋な学問(芸術)としての楽しみなんだろう。しかし、皆就職のことを考えて学問分野を選んでしまう、法学部や経済学部や経営学部や商学部なんて具合に。じゃあ、それらの学部を選んだからって就職に有利なことがあるのかと言えば、実は全然ないというのが社会に出てみると分かる真実だ。法律を知らない法学部卒、経済がわからない経済学部卒、会社の経営の事なんかまったくわからない経営学部卒なんて人がごく普通に暮らしているのが、私達の社会なのだ。

 そんな意味でも、今考えてみると文学部にいってりゃあ良かったな、なんて考えてみたりする60歳だったりするわけで、でも今更人生は引き返せないから、大学の社会人講座なんかで文学の講義を聴いたりするわけだな。

 妙に納得。

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 この写真に哲学があるのかって?   

 単なるスナップですよ。ある訳ないじゃん。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2 @銀座 (tsunoken)

 

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