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2011年12月 6日 (火)

甲州街道、高井戸宿へ行ってみたのだが

 先週の甲州街道内藤新宿に引き続き、今度は内藤新宿が出来るまでは甲州街道の一の宿場だった高井戸宿を訪ねた。

 甲州街道は江戸五街道のひとつとはいえ、この街道を利用した諸大名は信州高嶋藩、信州高遠藩、信州飯田藩の三藩しかなく、甲府には江戸幕府の甲州勤番がいたりして、あまり遠くの大名が参勤交代で使う街道ではなかった、ということもあり内藤新宿もそうだが、あまり大きな宿場はない。

 その辺が、奥州街道(日光街道)の千住宿や中山道の板橋宿、東海道の品川宿といった大きな宿場とは違った部分なのである。

 で、甲州街道高井戸宿は甲州街道(国道20号線)にそって、京王線の桜上水から蘆花公園駅あたりまでの部分であり、その殆どが、現在の国道20号線になってしまっているために、宿場があった当時を思いこさせるものは「まったく」ない。

Epsn0177_2

 桜上水の駅を出て国道20号線を渡った先にある「宗源寺」この左隣にあった「富よし」に下高井戸宿の本陣がおかれていたということだが、当然いま「富よし」を思い起こさせるものはない。

Epsn0187_2

 むしろ、甲州街道の裏側にある玉川上水を暗渠にして、現在は公園及び遊歩道になっている場所のほうが、なんとなく昔を思い起こさせるような感じがする。

Epsn0195_2

 東京都水道局テレメーター送信所というのが、いかにも「玉川上水」という感じがしますね。

Epsn0202_2

 で、甲州街道と環八の交差点のすぐ西が国道20号線新道(右側)と、甲州街道旧道(左側)の分かれ道があるのだ。このあたりが上高井戸宿で「武蔵屋」という本陣があったそうなのだが、その碑もないし、まったく当時を思い起こさせるものはない。

 いずれにせよ、甲州街道にはあまり大きな宿場はないようで、府中宿なんかは、もともと武蔵国の国府だった場所が宿場になったわけなので、はじめから宿場町としての規模の大きさではないし、八王子宿も絹糸産業との関係で大きな町だったところが、そのまま宿場になったわけなので、これまた高井戸とは出自が違う。

Epsn0197_2

 なんつったって、一里塚の後もこんな説明版が一枚あるだけで、一里塚後の記念物も何もないのである。歴史の非情さと言ってしまえばその通りだし、それについて何も言うつもりはないのだが、なんかさびしい。

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 東海道には、こうやって昔の一里塚をそのまま残してある場所もあるのだがなあ。(c)Wikipedia

Epsn0217_2

 いや、まあ「ろか・しか」って言う「語呂」が面白かっただけなので、意味はありません。しかし、ハレーション切りはしたつもりなのだが、この辺はレンジファインダーの限界かも知れない。ファインダーではハレ切り出来てたんだけどなあ。ということで、Summicron 35mmは八枚の絞りなのでした。って、だから何だよ。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @高井戸 (c)tsunoken

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コメント

今、杉並区郷土博物館で、高井戸宿武蔵屋の看板が特別展示されていますよ。貫禄があってびっくりしました。是非見に行ってみてはいかがでしょうか

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