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2011年11月30日 (水)

『プリンス・日産R380シリーズ』って、私はやっぱり日産ファンなのだろうか

 こういう本を書店でみると、思わず手にとってしまう私は、やはりオタクなんだろうか。いやいや単なるガキですね。

『プリンス・日産R380シリーズ』(両角岳彦:企画・著/STUDIO TAC CREATIVE/2011年3月30日刊)

 問題は1966年の第3回日本グランプリである。その前年、グランプリが中止したことを受けて世界速度記録に挑んだプリンスR380が出ることは初めからわかっていた。対するトヨタは2000GTのプロトタイプを出してきたが、方や2000ccクラスだがミッドシップ、一方は同じエンジンクラスのフロントエンジンでは、トヨタには勝ち目はないのはあきらか。問題は、滝進太郎のポルシェ906でしかないのだが、プライベートとワークスではね、という思いもものかは、意外と速いポルシェをみて我々小国民は「やっぱりドイツの歴史には勝てないのか」と思ったものだったが、生沢徹の強烈なブロックで思わず滝はスピン、ということでプリンス砂子の優勝ということになったのだ。生沢みたいにもともと二輪でもスターレーサーだった人じゃなくて、テストドライバー上がりの砂子義一の優勝に(砂子も元々は2輪レーサーだったが)、何か感じるものがあったし、そのスター生沢が(当時としては)悪役に徹したのも嬉しかった。もっとも、その生沢がマシントラブルでコース上で止まってしまったのはやむをえないとしても、それをうんこらうんこら押してピットまで帰ってきたのは、いまでも何故かはわからない。もはやそこでリタイヤでしょ、普通なら。まあ、スター生沢ならではのパフォーマンスだといわれればそうなのかもしれないが。

 そんな、プリンスR380だが、要はブラバムBT8の鋼管スペースフレームシャーシーにポルシェ904(あるいはフェラーリ250LM)風のボデイを被せた、というのが大体の外観なのだが、この本を読むと面白いのは、上に被せるボディは時代を経るについて変わって行くのだが、基本シャーシーは全然変わっていないというとことなのだ。つまり、R380の次のR380Ⅱ(このときからプリンスではなく日産になる)では、まったく同じシャーシーの上に、FIA国際スポーツ法典の変化に合わせて載せるボディを変えたら、まんまポルシェ910風になってしまい(ただし、空冷のポルシェと水冷の日産では多少ボディ形状は変わらざるを得ない)、そのポルシェ910風の日産R380Ⅱとポルシェ910の闘いでは、日産R380Ⅱに乗りたかった生沢を断った日産が、結局ポルシェ910に乗ることになった生沢徹が日産R380Ⅱの高橋国光をコースからはじき出して勝ってしまうという結果になったのは、皮肉であった。

 まあ、その前年から「生沢徹カッコイイじゃん」と思っていた私(や私の同年代の自動車レースファン)にとっては、「やったぜ、高橋国光なんてなんぼのもんじゃい」という(勿論、高橋国光の二輪ライダー時代の活躍は尊敬してますが)気分になって、イイ気になっていたわけだ。

 で、びっくりするのは、その後の怪鳥R381というシャパラル風のクローズドボディになっても、鋼管スペースフレーム構造は変わらずに残っており(当時は、どちらかというとアルミモコノックが増えていたしシャパラルは当然モノコック)、なおかつジオメトリーはブラバムBT8のままだったということ。でも、もっとビックリするのが、その後CAN-AM風のR382とか、未完のR383に至っても、当然基本シャーシーはアルミモノコックになってはいるのだが、基本ジオメトリーはBT8のまま、というスゴい発想。

 まあ、私自身はこのR382以降は日本でのメーカー対抗戦的なグランプリには興味を失ってしまうのだが、その後、こうしたメーカー対抗戦みたいな闘い自体がなくなっていった。おまけに日産R382以降はもはや完璧にCAN-AMマクラーレン風のボディデザインになってしまい、なんか牧歌的な雰囲気はドンドンなくなってしまったのである。

 それまでは、自動車レース特にスポーツカーやプロトタイプカーのレースというのは、メーカー同士の競い合いで、そこで自らの車の販売促進競争だったり、技術の見せ合いだったりしたわけで、そのついでにメーカーのプレステージを高める為のフォーミュラ1なんてものがあった訳だ。

 ただし、今ではF1の技術は通常のロードカーには使えない技術ばっかりだし、もはやF1とロードカーは別の技術として、それぞれに存在するものになっている。ルマンのスポーツカーも同じである。スポーツはあくまでもスポーツということでね。実は、これが正しい方法なのかも知れない。昔は、最高峰にレース技術があって、それを頂点にしてロードカーの技術があったわけだが、今は、レース技術とロードカーの技術とかけ離れてしまっているというわけなのである。

 で、結局時代は『サーキットの狼』のスーパーカーの時代になっていくのであるが、私自身はフォーミュラ1とラリーの方に目が行って、スーパーカーには興味が持てなかった。だいたい、ランボルギーニ・カウンタックなんてスタイルだけで、実際にはそんなに早くはないのだった。フェラーリ512ベルリネッタ・ボクサーの方は、まだレースで培われた技術がバックボーンにあるので、最高速度300km/hと言っても実感はあるのだが、カウンタックの最高速度302km/hなんて計算上で出した数字でしかないわけで、そんなものに一喜一憂したってしょうがないじゃないか、という感覚であった。

 ということで、社会人になって名古屋に転勤になるまでは、ラリーのスペシャル・ステージだけ取り出したような、ダートトライアルに日産バイオレットで夢中になるのであった。

Images3  Images Images2

 残念ながら、どれも私のバイオレットではありません。

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コメント

r380がブラバム由来のシャシーとは聞いていましたが…
まさかr381からr383に至るまでずっとそうだったとは驚きました。
そういやr381はエンジンまでシボレー製だし、「どこが日産なんだ?」ですね。
確か90年代のグループCカーもローラ製か何かだったし…
日産って「レースは勝ちさえすりゃOK、自製にゃこだわらんよ」という企業風土なんでしょうね。
ルノーの軍門に下ってしまったのは、そのせいじゃ無いかな。

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