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2011年11月24日 (木)

『方丈記』の現代性について――個人的な想い

 そう、いやなことは全部「やめた後に」残るのがこんな生き方なんだろうな。まあ、一種の世捨て人なんだろうけれども、それはそれで「ラクな生き方」かもしれない。

『方丈記』(鴨長明著/浅見和彦校訂・訳/ちくま学芸文庫/2011年11月10日刊)

 しかし、こんな素敵な書き出しで始まるエッセイなんていつの日になったら書けるんだろう;

『ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし。』

 なんてエッセイはまあ、まず無理だろうな。まさに『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』ってなもんで、こんな、世の中の『盛者必衰の理』なんてことをエッセイの冒頭に書いたって「そんなん当たり前ジャン」ということでおしまいなのである。「世の中は無常である」なんていまどき言うことではない。栄華を極めたライブドアだって、村上ファンドだって、山一證券だって潰れた(潰された)じゃないか、次は大王製紙かオリンパスか。そう、世の中には「永遠」なんてものはないのだ。と言っても、それが今回のテーマじゃない。

 昔、読んだときには気にしなかったのであるが;

『去、安元三年四月二十八日かとよ。風はげしく吹きて、静かならざりし夜、戌の時ばかり、都の東南より火出で来て、西北にいたる。はてには朱雀門、大極殿、大学寮、民部省などまで移りて、一夜のうちに塵灰となりにき。』

『また、養和のころとか、久しくなりえおぼえず。二年が間、世の中飢渇して、あさましき事侍りき。或は春、夏日照り、或は秋、大風、洪水などよからぬ事どもうちつづきて、五穀ことごとくならず。夏植うるいとなみありて、秋刈り、収むるそめきはなし。』

『また、同じころかとよ、おびただしく大地震振ること侍りき。そのさま、世の常ならず。山はくづれて、河をうづみ、海はかたぶきて、陸地をひたせり。土裂けて。水湧きいで、いはほ割れて、谷にまいろびいる。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足のたちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、ひとつとしてまたからず。或いはくづれ、或いは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、さかりなる煙の如し。地の動き、家のやぶるる音、雷にことならず。家の内に居れば、たちまちにひしげなんとす。走りいづれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。おそれの中におそるべかりけるは、ただ地震なりけりとこと覚え侍りしか。

 かく、おびただしく振る事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二、三十度振らぬ日はなし。十日、二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四、五度、二、三度、もしは一日まぜ、二、三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。』

 など、こうした地震の状況だけでなく、その他の場所にも京都の大火のありさま、飢饉の状況などが、いろいろ書かれているエッセイなのであった。まあ、そうなればこその「無常観」なのだろう。あれだけ栄華を誇っていた文明が「大火」一発、「地震」一発、「飢饉」一発で滅んでしまうのである。

 以前、高校生くらいの頃に読んでいた読み方では、「世の中上がっちゃったオジサンが、世をすねて掘っ立て小屋に住んで、言いたい事をいっている」なんていう風に考えていたのだが、さすがにそれはバカな高校生の浅読みでしかなかった。

 そうやって、べつの側面から(というか、当たり前の側面から)読んでみると、方丈の庵に住んでいることも、なんか素敵に見えてきてしまうし、そんな方丈の庵に住んでいるからこそ見えてくる、贅沢の無駄というものも読み取れるのだ。なるほどな、私達は(いや私は)800年過ぎてもなお、古の人たちの賢察を超えられないのであった。

 さすがに数百年を経て、なおかつ現代でも生きている古典文学(文芸)というものは、馬鹿にしちゃいけないな。ということで、しばし古典文芸を呼んでみようかしら、と考える秋の夜長なのでありました。

祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。

なんちゃって……。

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