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« 『「上から目線」の構造』というよりも、「上から目線」を気にするほうが変だよね、という話 | トップページ | あずまボウル2011 at 横浜スタジアム »

2011年11月27日 (日)

「内藤新宿」のジオラマ

 内藤新宿のジオラマを見るために四谷三栄町の新宿歴史博物館へ行ってきた。

 実は、私は結構なジオラママニアで、Nゲージやプラモデルのジオラマ(あのナチス・ドイツの戦車が末枯れているやつね)も好きだけれど、江戸東京博物館の日本橋界隈のジオラマや、品川歴史資料館の品川宿のジオラマなんかを見てきて、いろいろ感心してきたわけである。あるとき内藤新宿のことを調べているときに、新宿歴史博物館に内藤新宿のジオラマがあることを知って、そりゃ行かなければということで、昨日行ってきたというわけなのだった。

Dsc_7036_2

 ということで、現在の新宿駅あたりから大木戸方面を見た感じのジオラマである。縦に走っているのが現在の新宿通り、真ん中あたりで右に折れているのが現在の明治通りで甲州街道に、現在の新宿駅南口のところで甲州街道につながるわけだ。

 まっすぐ手前が青梅街道(昔は成木街道といった)で、この青梅街道と甲州街道の分かれ道が「追分」である。

 内藤新宿はその大木戸から現在の新宿駅あたりまで、ということで品川宿や、板橋宿、千住宿なんかに較べると随分規模の小さな宿場だたんだな、ということが分かる。

Dsc_7022_2

 真ん中に見える石垣のようなものが大木戸があった場所。大阪冬の陣で豊臣が滅びたときに、豊臣軍が攻めてきたときの江戸の最終防御壁がここ大木戸であった。つまり、この大木戸の外に内藤新宿が開かれたのは、江戸幕府の体制が完全に完成されてからなのであり、それまでは甲州街道は高井戸宿が最初の宿場であった。

Dsc_7029_2

 今も残る古刹・太宗寺もジオラマで作られている。今とは、だいぶ形が違うのは当たり前か。

Dsc_7033_2

 新宿追分を別の角度から見る。現在はこの縦の道が丁字路になっていなくて、追分は明治通りと新宿通りの交差点になっているわけだ。

Dsc_7034_2

 で、上の写真をちょっと近づく。突き当たり、ちょっと左のグレーの屋根の家のあたりが、現在の新宿伊勢丹デパートである。

Dsc_7087_2

 で、博物館の学芸員さんからは花園神社の富士塚の話を聞いて、それを知らなかった私は、それを確かめるべく花園神社へ行ったら、昨日は三の酉で富士塚を確かめるわけには行かず、熊手を買って帰ったとさ。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @四谷・新宿 (c)tsunoken

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