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2011年11月

2011年11月30日 (水)

『プリンス・日産R380シリーズ』って、私はやっぱり日産ファンなのだろうか

 こういう本を書店でみると、思わず手にとってしまう私は、やはりオタクなんだろうか。いやいや単なるガキですね。

『プリンス・日産R380シリーズ』(両角岳彦:企画・著/STUDIO TAC CREATIVE/2011年3月30日刊)

 問題は1966年の第3回日本グランプリである。その前年、グランプリが中止したことを受けて世界速度記録に挑んだプリンスR380が出ることは初めからわかっていた。対するトヨタは2000GTのプロトタイプを出してきたが、方や2000ccクラスだがミッドシップ、一方は同じエンジンクラスのフロントエンジンでは、トヨタには勝ち目はないのはあきらか。問題は、滝進太郎のポルシェ906でしかないのだが、プライベートとワークスではね、という思いもものかは、意外と速いポルシェをみて我々小国民は「やっぱりドイツの歴史には勝てないのか」と思ったものだったが、生沢徹の強烈なブロックで思わず滝はスピン、ということでプリンス砂子の優勝ということになったのだ。生沢みたいにもともと二輪でもスターレーサーだった人じゃなくて、テストドライバー上がりの砂子義一の優勝に(砂子も元々は2輪レーサーだったが)、何か感じるものがあったし、そのスター生沢が(当時としては)悪役に徹したのも嬉しかった。もっとも、その生沢がマシントラブルでコース上で止まってしまったのはやむをえないとしても、それをうんこらうんこら押してピットまで帰ってきたのは、いまでも何故かはわからない。もはやそこでリタイヤでしょ、普通なら。まあ、スター生沢ならではのパフォーマンスだといわれればそうなのかもしれないが。

 そんな、プリンスR380だが、要はブラバムBT8の鋼管スペースフレームシャーシーにポルシェ904(あるいはフェラーリ250LM)風のボデイを被せた、というのが大体の外観なのだが、この本を読むと面白いのは、上に被せるボディは時代を経るについて変わって行くのだが、基本シャーシーは全然変わっていないというとことなのだ。つまり、R380の次のR380Ⅱ(このときからプリンスではなく日産になる)では、まったく同じシャーシーの上に、FIA国際スポーツ法典の変化に合わせて載せるボディを変えたら、まんまポルシェ910風になってしまい(ただし、空冷のポルシェと水冷の日産では多少ボディ形状は変わらざるを得ない)、そのポルシェ910風の日産R380Ⅱとポルシェ910の闘いでは、日産R380Ⅱに乗りたかった生沢を断った日産が、結局ポルシェ910に乗ることになった生沢徹が日産R380Ⅱの高橋国光をコースからはじき出して勝ってしまうという結果になったのは、皮肉であった。

 まあ、その前年から「生沢徹カッコイイじゃん」と思っていた私(や私の同年代の自動車レースファン)にとっては、「やったぜ、高橋国光なんてなんぼのもんじゃい」という(勿論、高橋国光の二輪ライダー時代の活躍は尊敬してますが)気分になって、イイ気になっていたわけだ。

 で、びっくりするのは、その後の怪鳥R381というシャパラル風のクローズドボディになっても、鋼管スペースフレーム構造は変わらずに残っており(当時は、どちらかというとアルミモコノックが増えていたしシャパラルは当然モノコック)、なおかつジオメトリーはブラバムBT8のままだったということ。でも、もっとビックリするのが、その後CAN-AM風のR382とか、未完のR383に至っても、当然基本シャーシーはアルミモノコックになってはいるのだが、基本ジオメトリーはBT8のまま、というスゴい発想。

 まあ、私自身はこのR382以降は日本でのメーカー対抗戦的なグランプリには興味を失ってしまうのだが、その後、こうしたメーカー対抗戦みたいな闘い自体がなくなっていった。おまけに日産R382以降はもはや完璧にCAN-AMマクラーレン風のボディデザインになってしまい、なんか牧歌的な雰囲気はドンドンなくなってしまったのである。

 それまでは、自動車レース特にスポーツカーやプロトタイプカーのレースというのは、メーカー同士の競い合いで、そこで自らの車の販売促進競争だったり、技術の見せ合いだったりしたわけで、そのついでにメーカーのプレステージを高める為のフォーミュラ1なんてものがあった訳だ。

 ただし、今ではF1の技術は通常のロードカーには使えない技術ばっかりだし、もはやF1とロードカーは別の技術として、それぞれに存在するものになっている。ルマンのスポーツカーも同じである。スポーツはあくまでもスポーツということでね。実は、これが正しい方法なのかも知れない。昔は、最高峰にレース技術があって、それを頂点にしてロードカーの技術があったわけだが、今は、レース技術とロードカーの技術とかけ離れてしまっているというわけなのである。

 で、結局時代は『サーキットの狼』のスーパーカーの時代になっていくのであるが、私自身はフォーミュラ1とラリーの方に目が行って、スーパーカーには興味が持てなかった。だいたい、ランボルギーニ・カウンタックなんてスタイルだけで、実際にはそんなに早くはないのだった。フェラーリ512ベルリネッタ・ボクサーの方は、まだレースで培われた技術がバックボーンにあるので、最高速度300km/hと言っても実感はあるのだが、カウンタックの最高速度302km/hなんて計算上で出した数字でしかないわけで、そんなものに一喜一憂したってしょうがないじゃないか、という感覚であった。

 ということで、社会人になって名古屋に転勤になるまでは、ラリーのスペシャル・ステージだけ取り出したような、ダートトライアルに日産バイオレットで夢中になるのであった。

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 残念ながら、どれも私のバイオレットではありません。

2011年11月29日 (火)

「内藤新宿」のジオラマの本物

 ってことで、一昨日の『「内藤新宿」のジオラマ』を実際に歩いてみた。

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 いまや「大木戸」も碑が残っているだけ。最早、ここに大木戸があって、内藤新宿という宿場があったなんてことも知らない人が多くなってきているんだろうな。

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 大木戸そばの蕎麦屋のウィンドウに貼ってあった「大木戸」の図。さすがに新宿藪蕎麦の分店である。

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 ジオラマの新宿駅方面からみて右側にあったのが、現在の新宿御苑。昔の、信濃高遠藩内藤家の下屋敷であった。最早、大木戸より外は江戸域内ではなかったのでかなり広い下屋敷が作れたのであろう。

 ただし、内藤家がここに下屋敷を構えたという訳は、当然、豊臣の残党が攻めてくるかも知れない大阪冬の陣の直後、江戸城の守りを命じられたからであろう。このちょっと先の大久保に百人町という場所があるが、それは内藤家の伊賀鉄砲隊百人が住んだ場所だからついた名前なのだ。結局は江戸太平の世になってしまい、その百人町屋敷も仕事はなく、自生していたツツジの栽培をどちらかというと本業のようになってしまった、というのだな。

 いずれにせよ、この大木戸からすぐ数キロ先には半蔵門があるわけで、ここを破られては、最早江戸城はおしまいということで、かなり強力な防衛軍が作られたのが新宿界隈なのだろう。そう、新宿はその昔から戦場となる宿命を負っていた場所なのである。

 つまり、1968年に新宿騒乱事件が起こるのも、やむを得ざること。たまたま、368年後に起こっただけでしょ、というわけなのだ。

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 玉川上水があった場所も、今は遊歩道になっている。

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 で、ここが古刹・太宗寺。内藤家の菩提寺でもあったそうだ。文化財もかなり多く残っている寺であり、内藤家が新宿に来るはるか前、16世紀ころからあった寺であるようだ。

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 これが文化財のひとつ。江戸六地蔵のひとつである、銅製地蔵である。画面を大きくすると、そんな銅のつなぎ目がみえます。

 そのほか、閻魔様とか、葬頭河の婆さんとか、いろいろな文化財がいっぱいある寺である。

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 左の人は決して葬頭河の婆さんの見立てじゃありません。もっと上品な人です。っへへ。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @新宿 (c)tsunoken

2011年11月28日 (月)

あずまボウル2011 at 横浜スタジアム

 昨日、関東学生アメリカンフットボールの決勝戦「あずまボウル」が横浜スタジアムで行われた。関東一部リーグAブロック1位の日本大学フェニックスと、一部Bブロック1位の法政大学トマホークスの対戦である。

 昨年まで「クラッシュボウル」と呼ばれていたのであるが、今年は東日本大震災の後だということで「クラッシュ」はまずいだろう、という配慮(?)をして「あすまボウル」となったのである。一時期は日産がスポンサーになって「パルサーボウル」という名称がついていた時期もあって東京ドームなんかで開催していたのであるが、その後スポンサーも離れてしまい、クラッシュボウルとして味の素スタジアムでやっていた。今年は、相変わらずスポンサー名での構えではなかったが、横浜スタジアムというメジャーな場所で行われたというのは、多少、関東学生アメリカンフットボール連盟の財政事情がよくなったのか、あるいは、DeNAにスポンサーが変わったベイスターズが新潟にフランチャイズを変えるという話もある昨今、横浜スタジアムとしては、野球からアメリカンフットボールに足場を変えようという思惑があるのか、よく分からないが、レギュラーシーズンの最終戦ばかりでなく、プレイオフも横浜スタジアムというのは今年が初めてだ。

 で、試合なのであるが、私は先日の日本大vs.早稲田大の試合を見て日本大のディフェンス力の強さを見て、ロースコアゲームなら日本大学の勝ちという予想をしていたのだが、それほどのロースコアではなく、結局、日本大学が27対17で勝ち。日本大学が2007年以来4年ぶりの甲子園ボウル出場を決めた(といっても、この後仙台大学との東日本代表決定戦があるのだが、それは無視)。

 関西の方も関西学院大学が優勝して(これも中京大学との西日本代表決定戦があるが、これも無視)甲子園ボウル出場を決め、久々の「赤と青」の決戦になる。

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 残り14秒でニーダウンをして、勝ちを決めた日本大学のビクトリーフラワーである。ここ数年、いつも優勝ぎりぎりまで行って叶わなかった日大である。嬉しいだろうな。

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Nikon D50 Tamron 200-500 @浜スタ (c)tsunoken

Nikon D7000 AF-S Nikkor 70-300 @浜スタ (c)tsunotomo

 

2011年11月27日 (日)

「内藤新宿」のジオラマ

 内藤新宿のジオラマを見るために四谷三栄町の新宿歴史博物館へ行ってきた。

 実は、私は結構なジオラママニアで、Nゲージやプラモデルのジオラマ(あのナチス・ドイツの戦車が末枯れているやつね)も好きだけれど、江戸東京博物館の日本橋界隈のジオラマや、品川歴史資料館の品川宿のジオラマなんかを見てきて、いろいろ感心してきたわけである。あるとき内藤新宿のことを調べているときに、新宿歴史博物館に内藤新宿のジオラマがあることを知って、そりゃ行かなければということで、昨日行ってきたというわけなのだった。

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 ということで、現在の新宿駅あたりから大木戸方面を見た感じのジオラマである。縦に走っているのが現在の新宿通り、真ん中あたりで右に折れているのが現在の明治通りで甲州街道に、現在の新宿駅南口のところで甲州街道につながるわけだ。

 まっすぐ手前が青梅街道(昔は成木街道といった)で、この青梅街道と甲州街道の分かれ道が「追分」である。

 内藤新宿はその大木戸から現在の新宿駅あたりまで、ということで品川宿や、板橋宿、千住宿なんかに較べると随分規模の小さな宿場だたんだな、ということが分かる。

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 真ん中に見える石垣のようなものが大木戸があった場所。大阪冬の陣で豊臣が滅びたときに、豊臣軍が攻めてきたときの江戸の最終防御壁がここ大木戸であった。つまり、この大木戸の外に内藤新宿が開かれたのは、江戸幕府の体制が完全に完成されてからなのであり、それまでは甲州街道は高井戸宿が最初の宿場であった。

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 今も残る古刹・太宗寺もジオラマで作られている。今とは、だいぶ形が違うのは当たり前か。

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 新宿追分を別の角度から見る。現在はこの縦の道が丁字路になっていなくて、追分は明治通りと新宿通りの交差点になっているわけだ。

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 で、上の写真をちょっと近づく。突き当たり、ちょっと左のグレーの屋根の家のあたりが、現在の新宿伊勢丹デパートである。

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 で、博物館の学芸員さんからは花園神社の富士塚の話を聞いて、それを知らなかった私は、それを確かめるべく花園神社へ行ったら、昨日は三の酉で富士塚を確かめるわけには行かず、熊手を買って帰ったとさ。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @四谷・新宿 (c)tsunoken

2011年11月26日 (土)

『「上から目線」の構造』というよりも、「上から目線」を気にするほうが変だよね、という話

 上から目線というのは、本来、目上でない、同格や目下の人間が発する、他人を見下すような雰囲気や言い方のこと、だと思っていたのだが、そうじゃない場合もあるようだ。

『「上から目線」の構造』(榎本博明著/日経プレミアシリーズ/2011年10月11日刊)

 例えば、本書の冒頭から引用すると;

『新しい部署に移ってきて間もない部下の仕事のやり方を見ていて、「これでは能率が悪いな」という印象を持った。一人だけで完結する仕事なら、本人がじっくり慣れるのを待つ手もあるが、連携プレーが必要なため、他の人間たちが能率の悪さにイライラしている雰囲気が感じられた。ここはひとつ助け舟を出してやろうと考え、呼び出して、能率アップのためのアドバイスを試みた。

 有益なアドバイスのはずで、感謝されると思っていた。少なくとも反発を食らうことなど想定外だった。ところが、部下の反応は冷たかった。

「わかりました。これからはそうします」

 と言うだけで、「ありがとうございます」も「すいません」もない、表情はこわばっている。どういうことかと思い、尋ねてみた。

「どうかした?」

「いえ、べつに」

「何か気になることがあるのか? あるなら、どんなことでも言ってくれ」

「その上から目線がイヤなんです」』

 って、こういう使い方するのか? 「上から目線」って。

 こんなこと言うやつにはモノを教えてやらなくてもいいのだ。上司や目上の者が「上から目線」をするのは当たり前である。上司がありがたくもいろいろ教えてくれるのである。それを拒否するというのは、自ら劣化の道を歩むようなヤツである。競争社会を自ら降りてしまうようなヤツである。そう、最初から「負け犬」の道を歩んでいけばいいのである。「やーい、負け犬」てね。

 でも、そうもいかないようなのだ。

 つまり、最近の若者は「上―下」「勝ちー負け」という関係で人間関係を見るような傾向になっているということなのだ。ということで、「上から目線」を口にする人たちを見ていると、自分が敗者であり下位に位置づけられているといた意識が強いということなのだ。でもなあ、自分が負けたとか下位になってしまったなんてのは、時として当たり前の話なのであって、それが時として勝者になったり上位になったりするもんなのであるが、しかし、いまや一度負けてしまうと、その負けが一生続くような気分になったりしてしまう、というのが当世若者気質のようである。

 いやいや人生なんて敗者復活戦なんていくらでもあるのになあ。勿論、日本の多くの企業は基本的に「減点主義」であるから、一回、罰点がついちゃうと「その会社にいる間は」うだつが上がらないかも知れないが、そんなものは会社にいる間だけの問題であって、会社を辞めちゃえば関係ない話。辞める理由はいくらでもあるが、喧嘩別れでも、お互い納得づくでも、それこそ定年でも、取り敢えずは会社を辞めちゃえば、そんな人間関係はなくなってしまうのだ。

 ということで、「人生敗者復活戦なんていくらでもある」というところに立ってしまえば、他人からの「上から目線」なんてまったく気にならなくなってしまうのにな。

 そんなところで、どうでしょうか。

 まあ、人から「上から目線でもって何か言われたって、別に気にしなければいいんじゃないの? 自分が人からどう思われているなんて事は気にしなくていいし、まあ、実は人は君の事なんかは全然気にしていないのだ。というか、存在さえも「あるのか/ないのか」ってなもんですよ。それでいいじゃないの。

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 これも羽田なんですね。なんで羽田ばっかりなんだ、というのは(http://miraiken-web.com/)ですね、というのを昨日からやってますが、別にキャンペーンでもなんでもないです。ただし、「何で羽田」と言うのは11/30(水)午後からね。いまは、池袋だから見ても意味はわかりません。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @羽田 (c)tsunoken

2011年11月25日 (金)

『マスコミはネットを一体どうしたいのか?』って? どうしていいか分からないんだよ。

 ほんとに一体どうしたいのさ、と問いたいところだけれども、そうか北島氏の感覚では私が属する会社みたいなところも「マスコミ」なのね。ということは、私もそれを問われているわけだ。ウーム、難しいぞ、なんて言っていながら、実はそんなに難しい話ではないのだった。

『マスコミはネットを一体どうしたいのか?』(北島圭著/サイゾー/2011年10月5日刊)

 ということで、北島氏から「マスコミ」の一部と言う事になった私が所属する会社なわけだけれども、たしかに週刊紙なんかは数十万部は出ているわけで、それはそれマスコミともいえるわけではあるけれども、その他のメディア、特に書籍なんかは数万部出れば御の字、十万部越えればいまではベストセラーなんて世界にいると、この会社が「マスコミ」なんかじゃないよな絶対、と言う気分になってくるのである。ましてや「マスゴミ」になんかなりたくてもなれないような体たらくなのであります。そう、一回でもいいから「マスゴミ」なんて言われたいじゃないの。

 でもまあ、北島氏からマスコミと認定されたのであるから、そんなマスコミ企業の内部にいる立場から、少しだけ発言しておこうか。

 つまり、どんどん会社を小さくしていけばいいのである。ネット企業の基本は「会社の小ささ」である。小さい会社は小さいなりに結論を出すまでの経過が短く、速い。そうネット企業の成功の原因はこのように、結論を出すのに「すぐ出る」ということなのだ。そうしなければ、今のネット社会の激しい変化にはついていけない。というか本来はネット社会を領導したものが一番いいところをとる、というのがネット社会の基本である。ということは、未開社会ではそこで最初に発案したものが、あるいはその発案したものを「奪い取ったもの」が、一番の地位にたち、そしてその社会を領導していくのである。その意味では私の会社は「最初に発案」は多分無理だろうけれども、それを「奪い取る」ことは可能な経済的余力はあるようだ。ただし、その為には、結論を速く出すために会社は小さいほうがいい、ということなのだ。まあ、小さいほうが駄目な会社を潰すのもラクだしね。問題は、その会社の決定をしたときにバックにいる「なんとかホールディングス」がちゃんと金を出せるかどうかということなのだが、それがなければ分社化は単に潰すための分社化でしかないっていうこと。

 前にも書いたと思うけれども、基本的に出版社っていうのはベンチャーであったし、今でもベンチャーなんだということ。新聞社とかテレビ会社みたいな巨大な(でもメーカーに較べれば小さいか)装置産業ではない。それこそ机ひとつ電話一台あれば(今ではそれにパソコン1台かな)出来ちゃう会社なのである。だったら、そんな会社が上手くいかなければ、会社を潰したって、残るものは何もない。つまり、興すのも簡単、潰すのも簡単、という典型企業であって、実はそれはネット起業と実に近い世界なのであります。

 北島氏が一番嘆かなければならないのは、やはりマスコミの「マスゴミ」たる一番の企業群、新聞社であろう。新聞社は未だに今のネット社会での課金事業モデルを見つけていないし、広告モデルも確実にそれが収益をもたらす方法も見つけ出していない。同時に、記者連中も、自らのジャーナリストとしての立場しか考えていない奴らばっかりで、経営的観点からみて自分が所属している会社のことを考えていない。

 とにかく、この「ジャーナリスト」っていうのが問題だね。「ジャーナリスト」ってなっちゃえば(自称しちゃえば)経済的な問題は考えなくてもいい、って訳だ。でも、それは日本では無理でしょう。「ジャーナリスト」っていう肩書きだけで会社を離れて仕事を出来る人は、日本の自称「ジャーナリスト」の中の数パーセントだろう。その他大勢は、自称「ジャーナリスト」と言っても所詮「サラリーマン」でしかない。つまり「社蓄」ね。

 そんな「社蓄」が偉そうに「自分はジャーナリスト」だなんて言ったって意味がないよ、というのがネット民の発想だろう。なに言ってんだよ『所詮お前ら「社蓄」でもってモノを言ってるんだろう』ってなもんである。「ナベツネvs.清滝」問題に関して沈黙を守る讀賣新聞記者たちのよなものである。なおかつ、そこをつく朝日新聞記者、毎日新聞記者、産経新聞記者、日経新聞記者もいない、というのはなんでしょうね。まあ、お互い様なので「モノを言わない」という黙契なんでしょうね。

 という、こんなことをやっている以上は、新聞のネット化なんてのはないでしょう。とは言うものの、ネットジャーナリズムが自ら取材力をつけるのは難しい、ということで考えれば、基本的にダメになった新聞社から流れてきた記者がネットジャーナリズムに取材で寄与するという形になるのかな。

 いずれにせよ、日本が再びファシズムになっても、独裁社会になっても、どこかに健全なジャーナリズムとジャーナリストの存在は欠かせないことになる。そんな社会にはなって欲しくはないけれども、その危険性もない社会でもあるし、心配ではある。

 そんな意味では、健全なジャーナリズムというのは、社会の表にあっても、裏にあっても必要であろう。そんな時に「社蓄」にならないジャーナリストを私達は望む。

 そう、ジャーナリストの生きる場所は「マスコミ」だけじゃないのだ。

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 どんどん伸びるD滑走路です。もう殆ど「海」というか「多摩川」はないでしょうか。で、何で唐突に羽田なのかというと、来週の水曜日の午後あたりにこのサイト(http://miraiken-web.com)を見てもらえば分かります。

Nikon D7000 AS-F Nikkor 18-105 @羽田 (c)tsunoken

2011年11月24日 (木)

『方丈記』の現代性について――個人的な想い

 そう、いやなことは全部「やめた後に」残るのがこんな生き方なんだろうな。まあ、一種の世捨て人なんだろうけれども、それはそれで「ラクな生き方」かもしれない。

『方丈記』(鴨長明著/浅見和彦校訂・訳/ちくま学芸文庫/2011年11月10日刊)

 しかし、こんな素敵な書き出しで始まるエッセイなんていつの日になったら書けるんだろう;

『ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし。』

 なんてエッセイはまあ、まず無理だろうな。まさに『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』ってなもんで、こんな、世の中の『盛者必衰の理』なんてことをエッセイの冒頭に書いたって「そんなん当たり前ジャン」ということでおしまいなのである。「世の中は無常である」なんていまどき言うことではない。栄華を極めたライブドアだって、村上ファンドだって、山一證券だって潰れた(潰された)じゃないか、次は大王製紙かオリンパスか。そう、世の中には「永遠」なんてものはないのだ。と言っても、それが今回のテーマじゃない。

 昔、読んだときには気にしなかったのであるが;

『去、安元三年四月二十八日かとよ。風はげしく吹きて、静かならざりし夜、戌の時ばかり、都の東南より火出で来て、西北にいたる。はてには朱雀門、大極殿、大学寮、民部省などまで移りて、一夜のうちに塵灰となりにき。』

『また、養和のころとか、久しくなりえおぼえず。二年が間、世の中飢渇して、あさましき事侍りき。或は春、夏日照り、或は秋、大風、洪水などよからぬ事どもうちつづきて、五穀ことごとくならず。夏植うるいとなみありて、秋刈り、収むるそめきはなし。』

『また、同じころかとよ、おびただしく大地震振ること侍りき。そのさま、世の常ならず。山はくづれて、河をうづみ、海はかたぶきて、陸地をひたせり。土裂けて。水湧きいで、いはほ割れて、谷にまいろびいる。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足のたちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、ひとつとしてまたからず。或いはくづれ、或いは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、さかりなる煙の如し。地の動き、家のやぶるる音、雷にことならず。家の内に居れば、たちまちにひしげなんとす。走りいづれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。おそれの中におそるべかりけるは、ただ地震なりけりとこと覚え侍りしか。

 かく、おびただしく振る事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二、三十度振らぬ日はなし。十日、二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四、五度、二、三度、もしは一日まぜ、二、三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。』

 など、こうした地震の状況だけでなく、その他の場所にも京都の大火のありさま、飢饉の状況などが、いろいろ書かれているエッセイなのであった。まあ、そうなればこその「無常観」なのだろう。あれだけ栄華を誇っていた文明が「大火」一発、「地震」一発、「飢饉」一発で滅んでしまうのである。

 以前、高校生くらいの頃に読んでいた読み方では、「世の中上がっちゃったオジサンが、世をすねて掘っ立て小屋に住んで、言いたい事をいっている」なんていう風に考えていたのだが、さすがにそれはバカな高校生の浅読みでしかなかった。

 そうやって、べつの側面から(というか、当たり前の側面から)読んでみると、方丈の庵に住んでいることも、なんか素敵に見えてきてしまうし、そんな方丈の庵に住んでいるからこそ見えてくる、贅沢の無駄というものも読み取れるのだ。なるほどな、私達は(いや私は)800年過ぎてもなお、古の人たちの賢察を超えられないのであった。

 さすがに数百年を経て、なおかつ現代でも生きている古典文学(文芸)というものは、馬鹿にしちゃいけないな。ということで、しばし古典文芸を呼んでみようかしら、と考える秋の夜長なのでありました。

祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。

なんちゃって……。

2011年11月23日 (水)

「やめること」からはじめなさい

 いいぞ星海社どんどん快調にヒットを飛ばしているぞ。とりあえず、その創業の勢いで行け、取り敢えず私が講談社の社員でいる間は……。

 おまけに、この本なんかは1時間で読めちゃう。いいね。

『「やめること」からはじめなさい」(千田琢哉著/星海社新書/2011年11月24日刊)

 取り敢えず、この本で「やめちゃえば」と言ったことの端々;

1 嫌いな仕事をする(会社をやめる)/2 上司の言うことを聞く/3 同僚とランチに行く/4 会議に出る/5 名刺に頼る/6 武勇伝を語る/7 残業を/8 補欠の先輩と酒を飲む/9 カバンを地べたに置く/10 言い訳/11 机の上に物を置く/12 まあまあ好きな人と付き合う/13 人脈交流会に行く/14 2次会に参加する/15 群れる/16 嫌なヤツと会う/17 どうでもいい話/18 気を遣う/19 前置き/20 社交辞令/21 愛想笑い/22 時候の挨拶/23 貯金/24 値札を見る/25 無料サンプルに近づく/26 パンパンの財布/27 100円ショップの常連客/28 使わない物を部屋に置く/29 欲望を否定する/30 ツイッター/31 携帯に出る/32 英語の勉強/33 新聞を読む/34 テレビ/35 頻繁なメールチェック/36 ネットサーフィン/37 資格試験の勉強/38 難しい本を読む/39 奴隷/40 夢を語る/41 電車に乗る/42 スケジュールを埋める/43 郊外に住む/44 車を持つ/45 眠いのを我慢する/46 友達を増やす/47 むやみに人に会う/48 「やりすぎ(過剰サービス/遅刻/オーバー<タイム>)」/49 背負う(会社の看板/お客様の期待/家族の幸せ)/50 継続する(意識して努力する)/51 ここ一番で考える

 うーむ、確かにいいことばっかり言ってる。「嫌いな仕事をする=会社をやめる」なんて最高だね。そう、いやな会社なんてやめちゃえばいいのだ。そんないやな会社にずっといたっていいことはない。上司は無理難題を言うだけだし、武勇伝を語るだけだし、飲みたくない酒を飲みに連れて行くだけだし、2次会にも行かなければダメだというし、上司の上司が来ればお愛想笑いばっかりするし……、ということで、そんなつまらない会社は辞めたほうがいいのだ。

 で、しかし、そんな会社を辞めて次にいい仕事があるのか……といってしまえば、まあ、あるわけないよな。ということで、皆、社蓄になっていくのである。

 社蓄ってよくないのか? と言ってしまえば、まあカッコよくはない、がしかし、社蓄でいるかぎりは、その会社の社員であることを利用していろいろなことが出来る。勿論、可愛い女の子とも○○○○しようと思えばOKなのである。その後、その女の子がたいして好みの子でなければ捨ててもいいのである。なんて素晴らしい人生! って、本当に面白い人生なのだろうか。と言う風に、「人生方面」から考えると、そんなに面白い人生ともいえなくなってしまう。つまり、自分の人生が充実しているかどうかという点でみるとね。

 といことで、もう一回この本を見てみよう。

 とちょっとここで、緊急事態発生なので一旦終わり。

 このまま、UPされるかもしれない。

2011年11月22日 (火)

『その「正義」があぶない』のではなくて、もはや正義なんてものはないのです

 技術評論社の『地雷を踏む勇気』が12月1日発行という奥付があるのに11月15日頃には発刊されていて(11月16日付の当ブログで既に書いている)、日経BP社は11月21日刊ということで、ほとんどその日付に私の家にAmazonから届いたというのは、お互いの出版社のいろいろな表には言えない事情があるのだろうけれども、まあ、それは詮索しないでおこう。

 いずれにせよ、私が小田嶋氏のコラムを読みたくて「日経ビジネスオンライン」を読んでいるという事実には変わりはない。

『その「正義」があぶない』(小田嶋隆著/日経BP社/2011年11月21日刊)

 で、「日経ビジネスオンライン」からの書籍化であるのだから、本来はこちらのほうが「本命」であろう。ということで、この本を読んでみると、なるほどと頷けることが多いのだ。まあ、そのことは置いといて、とりあえず小田嶋氏があぶないと言った「正義」とはなにかとあげると;

「原発」「サッカー」「メディア」「相撲」「日本人」「政治」であり、ちょっとだけスティーブ・ジョブズについて書いてある。

 つまり、『地雷を踏む勇気』の方は、どちらかというと東日本大地震と原発について書いてある部分が多く、したがって、それらのコラムに関しては小田嶋流の「笑えないギャグ」は「自粛」しているのであります。そうか『地雷を踏む勇気』を読んだときの違和感というか、なんか「物足りない感」の原因が分かった、つまりそれは「わらえない冗談」なのであった。

 小田嶋氏のコラムの面白さは、まずテーマを提示して、それにまつわる「笑えない冗談」を書き、それから本論に入るという「屈折」した方法論にあるのだ。そう「屈折」これが1950年代生まれに特有の精神性である。世の中のすべての事象に対して屈折してあたるというか、マトモに受け止めることはクソでもしたくないというか、とにかく上の世代(つまり団塊ですな)の言うことはウソばっかりだから、そんなヤツらの言うことは絶対に信じないぞということでの「屈折」があるのだ。ま、勿論小田嶋氏もギリギリ「逃げ切り世代」だから、もっと下の世代から言わせれば「団塊と同じじゃないかよ」というところなのであるけれども、本人的にはそうじゃない、「俺だって団塊なんて信じていないよ」というところなのだろう。

 ということで、小田嶋氏のコラムの芯が見えてきた。つまり「笑えない冗談」と「屈折」ですね。ということで菅を嗤い、経産省・保安院を嗤い、ルパート・マードックを嗤い、川渕を嗤いトルシェもついでに嗤い、ブブゼラで大騒ぎする南アフリカの人たちを愛しながら、ブブゼラ以上にやかましい日本の実況アナウンサーを嗤い、島田神助や千原ジュニア他のひな壇芸人や草薙(字が違います)地デジ大使を嗤い、朝青龍や琴光喜や相撲協会を嗤い、子ども手当てを嗤い、非実在青少年を嗤い、チンチン丸出しの男の子の絵を表紙にした『スパルタ教育』や、障子を勃ったペニスを押し当てて破るような話がメインの『太陽の季節』を書いた石原慎太郎を嗤い、小沢ガールズ(えっ「ガール」じゃないでしょう)や小泉チルドレンでしか新事態に対応できないマスコミを嗤い、「余計なことは言わない」「派手なことはしない」「突出しない」という下っ端役人の処世を自分に命じた「首相=野田」を嗤い、尖閣諸島問題を嗤う。

 しかし、最後のスティーブ・ジョブズへの追悼文は笑えないな。実は、スティーブ・ジョブズなんて、小田嶋氏が1992年に書いたという「笑っておぼえるコンピュータ辞典」に書いたまんまの人物なんじゃないの。

『私自身は、初代のマッキントッシュからはじまって、ジョブズ関連のブツには、かなりの投資をしていた』なんて、とてもじゃないが恥ずかしい思い出としてしか有り得ないんじゃないか。私はWindows95が出てからは、しっかりマックとは縁を切った。ビル・ゲイツすごいじゃないの。少なくともジョブズよりも長生きしているしね。

 本当は、小田嶋氏にはスティーブ・ジョブズをもっと嗤ってほしかった。だって、多分今では小田嶋氏が如何にマック・ファンだった時代があるかも知れないが、多分今はWindows陣営の下僕に成り下がっているはずだからだ。

 結局はMacはWindowsに負けたじゃないかよ。ソフトウェアをOSを制するものが、結局は勝つんだよという現実を見せられた我々は、結局、Windows使いになってしまっている。まあ、Windowsについては、あまりにも当たり前なのでWindows使いという言葉はないけれどもね。

 絶対、こいつはおかしなヤツだったよ。まあ、これからのMacはもうダメでしょうね。スティーブ・ジョブズのいないアップルにはもう期待できるものはない。まあ、それだけの人物ではあったのですよ、ジョブズは。

 まあ、前半とはなんの関係もない結論ではありますが……。

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じゃね……。

2011年11月21日 (月)

大鳥居の祟り

 京浜急行の大鳥居駅といえば、環状8号線と産業道路の交差点ちかくにある駅なわけだが、それはこの駅のそばに穴守稲荷の大鳥居があったことによる。しかし、現在の穴守稲荷は京急の穴守稲荷駅のそばにあり、大鳥居自体も大鳥居駅そばにはない。

 で、現在、大鳥居は羽田空港から環8に出る交差点のそばに鳥居だけがある。神社はない。

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 実は、この鳥居自体も元々あったところから800mほど南のところに移されたのであったが、大元は現在の羽田空港の中に穴守稲荷があり、戦後米軍が羽田空港を接収することになり、空港を拡張するために、拡張地域の周辺住民に48時間以内の強制退去を命令し、そのときに穴守稲荷も移転させられた。

 ところが、穴守稲荷を取り壊した際に、工事関係者に多くのけが人が出たり、工事車両が壊れたりして、結局それはお稲荷様の祟りだということになり、何故か大鳥居だけが残されたのだった。

 この大鳥居も、実は沖合展開事業で新B滑走路を作る際に、邪魔になったために取り壊し案が出たのだが、移転費用を近隣住民有志が負担すると申し出たために、現在の場所に移転されることになったということなのだ。まあ、取り壊しはしなかったので、今のところ羽田空港には祟りが出ていない。

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 で、空港のお膝元、羽田の町はどうなってるいるのかといえば、ごく普通のどこにでもあるような町並みなのだ。

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 京急穴守稲荷駅前の商店街。

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 この海苔屋さんなんかは、いかにも羽田の町らしいお店だ。羽田沖合いで獲れる浅草海苔が有名である。

 その他、漁師の家なんかも多いのだ、今でも。

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 羽田書店は小さな町の本屋さんである。

 そんな羽田の町も夏になると羽田神社のお祭りがあって、この羽田の町を神輿が練り歩く。その神輿をまるで海で波に揺られるように揺らすのがここのお祭りの特徴だ。いずれ夏になったら紹介しよう。

Nikon D7000 AF-S Nikkor 18-105 @羽田 (c)tsunoken

2011年11月20日 (日)

『恐慌の歴史』といってもそんなに恐ろしい歴史じゃないです。要は、金儲けしたい奴がどう動くかということ

 まあ、資本主義が「個人の欲望に基づく経済機構」である限りは、こうした「バブルと恐慌」の繰り返しってのはあるんだろうな。それはもうしょうがない。もしそれをやめたいのなら、共産主義やファシズムのような計画経済、統制経済を選ぶしかない。さあ、そのどちらを貴方なら選びますか?

『恐慌の歴史』(浜矩子著/宝島社新書/2011年11月24日刊)

 さすがに宝島社新書である。2011年9月のギリシャ国債の破綻寸前劇までとらえている。これって、結構締め切りギリギリだったんではないだろうか。その後、ギリシャがEUから離脱なんてことになってしまったら、ちょっと予想を外れると言うことになったのかも知れないが、まあ、とりあえず国民投票はなくなって、ギリシャがEUを離脱することはなくなった。といっても、ギリシャのデフォルト危機は相変わらずであって、ギリシャ国民が背負わなくてはならない負担は大きいと言わざるを得ないだろう。ただし、それもこれまでのギリシャ国民が安逸に自堕落な生活を送ってきたツケみたいなものだから、日本の若者が団塊の世代の年金を払うために自分たちのことを面倒見るだけ以上の出費をさせられているのと同じで、前世代のツケを後の世代が払わなければならないというのは、世界共通の問題なのかも知れない。

 で、問題のPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン、合わせて「豚ども」という意味)なのだが、要は今のEUはそれら「豚ども」の国債をドイツとフランスが大量に抱え込んでいて、じゃあ「もうワシ知らんもんね」っていってドイツとフランスがEUを離脱してしまえば、「豚ども」は途端に破産状態になって、結局はドイツとフランスの植民地になるしかない、という状況なんだな。ドイツとフランスがEUにとどまって、自国もEUにとどまることでしか(ただし、その代わり自国の国民には重大な決心=大幅な国家予算の縮小と大幅な増税を求めることになる)自国の独立を保てない状況になっている。自国がEUから離脱したら、それこそ借金を今すぐ返さないと、ドイツとフランスの植民地になるしかない、というわけでPIIGS諸国家は厳しい状況だよね。

 それに較べれば日本がおかれている状況はまだまだ甘い、というかいい状況だ。国債もその殆どが国内で買われている状況だし、まだまだデフォルトに陥る心配はない。

 一方、アメリカは実は実質デフォルトに陥っているわけだ。つまり2011年8月に債務上限の引き上げをギリギリで決めたわけだけれども、その結果、アメリカの国債はデフォルトに陥らなかったわけなのであるけれども、でもそれって借金を返済するための借金をさらに増やしていい、って言うだけのことでしょう。その結果、アメリカ経済が立ち直って借金を返せるようになればいいけれども、そんな保証はどこにもない。

 ということで、もはや国際基軸通貨としての「ドル」は最早終わったのだ。じゃあ、その立場を狙っていたEUがその立場になるかと言えば、いまの状況では難しいのかな。PIIGS問題を抱えている状態では、そんなに「安定通貨」としての「基軸通貨」になるのは難しいでしょう。で、そこで出てくるのが「円」なわけです。

 現在既にアジア圏での取引には円決済で行われているものが多い。少なくとも、アジア圏で一番安定している通貨が「円」なのだから、これは日本にとっても安定的な取引が出来るから良いことだ。勿論、為替差益なんて下らんことは考える必要はない。というよりも、ここのところの日本の輸出産業(自動車が今でも多い)の基本ポイントは為替差益なんかより「為替差損」の方に注力しているのだ。

 ということで、国際基軸通貨(アジアだけかもしれないけれども)となった円は、これからも他国からどんどん買われているだろう。つまり、「円高傾向」は実はこれからももっともっと進んでいくのだろう。ということで、浜さんが言うような「1ドル=50円」くらいまでになってもおかしくはない、と私も思う。

 まあ、第二次世界大戦前のレートでいってしまえば「1ドル=1円」くらいのものだったんだから、最終的にはそこまでいくかもしれない。まあ、世の中おいしい話ばかりじゃないと言うことですね。

 まあ、問題はそこで日本人たちがどういう行動をとるかでしょうね。

 多分、1980年代と同じことをするんだろうな。つまり。アメリカの資産だけじゃなくて、今度はヨーロッパの資産を買いまくることになるかもしれない。いいのかそれで。日本人がヨーロッパの資産を買って何の意味があるのかということを考える必要がある。美術品というのはそれが描かれた場所にあることが一番いいのじゃないかと考える。それを日本人は日本に持って来ちゃうんですな。それでもって、その絵画には合わない場所で展示するのです。

 じゃあ、ダメじゃん。要は美術品の「意味」が分からず、単に「自分が欲しいから?」というだけなんだよね。

 最後にひとつだけ気になる事を;

『連合国日本を構成する自立した各地域が欧州のどの国に当てはめるのか。そう考えてみると、実におもしろい地域性が見えてくる。

 名古屋のある愛知はオランダかベルギーだろう。経済感覚が鋭くて自己主張が激しく、世渡りがうまくて商売上手だ。プライドが高い京都は明らかに日本の中におけるフランスだ。享楽的でグルメで色彩感覚がああ鮮やかな大阪はイタリアだとしか考えられない。』

 って、それはわかりますよね。もはや財政破綻している大阪市の市長戦を争っているのが、「独裁」主義者と現職市長でしょ。

 大阪がイタリアになるのか、ほかのヨーロッパの町になるのかは知らないが、ま、それは大阪の人が決める問題でしょ。

 

 

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まあ、なんのヒネリもない写真ですが。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @兜町 (c)tsunoken

2011年11月19日 (土)

『死なない練習』はできない、とりあえず「生きる練習」だな

 なんや、こう大阪のおっちゃんが大阪弁で書いているのを読むと、なんかワシまで大阪弁で書きたくなってまうわ、ホンマ。

『死なない練習』(長友啓典著/講談社/2011年11月16日刊)

 といったところで、それこそ変な大阪弁にしかならへんから、ここは普通に東京弁で書かさしてもらいます。

 長友啓典氏と言えば黒田征太郎氏といっしょにK2というデザインスタジオを作って、グラフィックのほうをやっているというイメージなのだったが、そうかその長友氏も最早72歳のジジイなんだなあ。そりゃ、がんにもなるわな。むしろ食道がんという比較的早期発見すれば直りやすいがんだったことが幸いだったのかも知れない。

 で、手術して入院するわけだけれども、そのときの「極意」みたいなことが書いてある。

 つまり、「他人の目は気にせんと、欲望をもつことを忘れんこっちゃな」であり、「入院中のボクは、病院食のできるだけええとこを見つけようとしてた気がするなあ」であり、「一人の名医の腕だけじを頼りにする時代じゃない。つくづくチームワークが大切やと思ったな」であり、「治療には「笑い」がいちばんやな。看護婦さんの明るい笑顔には、精神的にほんま助けられた」であり、要は「がんという病名に、負けたらあかん」ということなのだ。まあ、常に前向き、どんなこともネガティブなとらえ方をしない、ポジティブ・シンキングっていうやっちゃな。たしかに、「病気になっちゃたんだからもうダメ」「病院食もマズいし」「医者も頼りにならんし」「看護婦もつらく当たるなあ」なんてことばかりを考えていたら、治る病気も治らなくなってしまうだろう。そこはもっと前向きに考えて、「病気が治ったらこんなことをしたい」とかを考えて生きていくことしかないのだろう。

 更に一番いいのは「三つの呪文」と書かれているが、「まあ、ええやないか」「やってやろうやないか」「なんとかなるわ」という、大阪人の三大原則に立つということだろう。実際、大阪人はこの三大原則に立ってこれまで活動してきた。それは結果に責任をとらないという発想なんだけれども、実はそのくらい無責任な発想のほうが勝っているというのが歴史の現実。

 それが活力ある大阪のもとになってきたのではないだろうか。サントリーの創業者、鳥井信治郎氏の言葉として有名な「まあ、やってみなはれ」というのが有名だが、そんな「やってみなはれ」精神が無くなってしまっているのが、今の大阪の地盤沈下を招いているのではないだろうか。

 橋下氏が当選すればこうした「やってみなはれ」精神が復活するのか、松下氏が当選すれば、もっと違うポジティブ・シンンキングな発想が出てくるのか。それは11月27日を過ぎなければ分からないが、いずれにせよそうした発想の転換がないと大阪の再興はないだろう、って全然話が違う方にいきましたけれども、それが今日のキモ。

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EPSON RD1s Summicron 35mm/2F @銀座 (c)tsunoken

 

2011年11月18日 (金)

『【中国版】サブプライム・ローンの恐怖』って言うほどの恐怖は日本にはないんじゃないの? と俺は思う

 なんか、中国について語るとか、韓国(北朝鮮)について語るとか、なんかアジアの国々について語るというのは、どこか「上から目線」になってしまいそうでイヤなんだよな。経済大国の日本から、経済発展途上国であるアジアを見下しているような感じがして。

 とは言うものの、この石平氏の本を読んじゃったんだから仕方ないか。じゃあ、語ろう。

『【中国版】サブプライム・ローンの恐怖』(石平著/幻冬舎新書/2011年9月30日刊)

 元々中国人であるにも関わらず、いまや「嫌中派」の代表選手でもある保守ゴリゴリの論客、石平氏である。どんな凄いことを書いているのかと思ったら、今の中国経済について書いてあることは、かなりマトモであります(それ以外の部分はチョッと)。

 要は、現在の中国の超高度経済成長は「貨幣の過剰供給」によるものだということ。つまり、過剰な設備投資が豊富な生産に結びついており、それを雪崩のように海外に輸出しているということ。それによって中国のGDPの伸びは確保されている。しかし、当然「貨幣の過剰供給」は一方で不動産投資へとも向かっており、それが異常な不動産バブルとなってもいるわけだ。ただし、これは一部富裕層だけの話。

 一般大衆は、大都市では大学を出ても「公安局の職員食堂の野菜洗い係」にしかなれなかったり、「葬儀屋が5名募集したら、500名の大卒者が殺到」するなどの「就職難」で、暖房も浴室もトイレもない狭い部屋に数人で暮らし、自炊しながらかろうじて食べていく生活を行っている、大卒の「蟻族」なんて人たちもいるし、地方の農民で、電気もない、水道もないような場所で暮らしている人たちが沢山いるというのが実態なのだ。

 問題は、経済が高度成長してもその「オコボレ」が一般大衆にまで行き渡っていないということなのだろう。「貨幣の過剰供給」もいいし、その結果不動産バブルが起こることもやむをえないとしても、その「富」が一般大衆のところまで届いていないというのが問題なのだろう。

 日本の場合、1950年代の復興期を過ぎて、1960年代の高度成長期になった時に、同時に超累進課税を行って、富裕層に「金を稼いでもどのみち税金に取られてしまうのだから」という考え方をおこさせて、「だったら従業員の収入を増やそう」「次の事業に使おう」というプラスのベクトルに向かったおかげで、日本は内需の拡大を実現して、国民総中流化とまで呼ばれる状況になったのだ。まあ。その意味では池田勇人氏の「所得倍増計画」は間違っていなかったんだろうな。

 そう、中国も何故、高度成長経済を国民総中流化の方向に向かないのだろうか。内需拡大の方向にいかないのだろうか。

 まあ、多分そんな国なんだろうな。元々、皇帝が治めていた国なんだからな。それは共産主義になっても変わりはない。要は「偉い奴は安泰に暮らす、下々は暮らせない」という漢民族の考え方なのだろう。おまけに中華大国である。今、中国を治めているのは漢民族である。当然であるが、他民族(たとえばチベット族だとか、ウィグル族とか)に対して一番厳しく当たってきたのが漢民族なのである。つまり、最悪の状況の中で、最悪の状態にあるのが、今の中国なのだろう。その「他民族」の中には当然「日本民族」も入っているのだ。

 私は、今の中国に普通の国になって欲しいと考える人間である。別に、共産党政権でもいいと思うし、日本だって自民党政権だろうが民主党政権だろうが、ダメなところはダメっていうところも見えてきたし、所詮、政権党は国民の声を聞きながら自党と官僚を動かさなければならないのだ。

 とは言うものの、そんな、普通の国になれない大国が中国なのか。まあ、所詮昔からの「大国意識」があるから尚更変わることが出来ないのかもね。なんせ日本なんて「漢の倭の奴の國」ですからね。これはしょうがない。

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で、こんなバカがいる靖国神社を石平氏は好きなのかなあ?

EPSON RD1s Summicron 35/F2 @靖国神社 (c)tsunoken

2011年11月17日 (木)

『デザインセンスを身につける』とはいかないんだ、オヤジは

 腰巻に「[センスがない]は治らない?」とあったので、「センスがないは治らない」と返してチャカそうと思ったのだが、意外とこれが面白い本なのであった。

『デザインセンスを身につける』(ウジトモコ著/ソフトバンク新書/2011年9月25日刊)

 最初はフェイスブックやツイッターなどのSNSに自分の書き込みをするときの「アイコン」の話から始まる。つまりデフォルトのままの「顔っぽいイラスト」なのか「自分の顔写真」なのか「自分の顔イラスト」なのか「猫(とか犬とか)の写真」なのかということである。当然、名前も顔も知られていない我々普通のブロガーは「自分の顔」をさらけ出すのが普通なのだろう。まあ、名刺みたいなものですね。

 私もブログを書く時考えた。どんなアイコンを曝け出すかなあ、と。しかし、自分の写真にいいものがなかったので、やむなく昔から書いていた自分の顔イラストKao_kao_kao001 を使ったわけだ。それがうまくいっているかどうかは、ブログの結果とは関係ない。勿論、書く以上はヨリ多くの人に読んでもらいたいわけなので、それなりに努力はしてきたが、それがアイコンで決まるとは思っていなかった。

 読んでみると、なるほどなあアイコンってのも重要なのだなということはわかる。

 で、読み進んでいくと、まず基本はアイコンなんだけれども、その後にはプレゼンテーションの「考え方」、そう「プレゼンテーションの技術」や「プレゼンテーションの方法論」ではなく「考え方」というところに行き着くのである。

 と、そこで個人のブランディンングというテーマについて話題が移り;

あなたのケースで考えよう-1

ネット時代に見せるべき「知性」や「個性」、「能力」や「魅力」を鏡・剣・玉(三種の神器)にたとえてあらわしてみよう。

あなたのケースで考えよう-2

あなたの「個性」(らしさ)や「ポジショニング」(強み)をビジュアルやイメージであらわしてみよう。

あなたのケースで考えよう-3

「なりたいイメージ」や「見せたいイメージ」をつくるために方向性を明確にしよう。

あなたのケースで考えよう-4

「なりたいイメージ」や「見せたいイメージ」をつくるためにターゲットを明確にしよう。

あなたのケースで考えよう-5

「なりたいイメージ」や「見せたいイメージ」をつくるためにクラスとタイプを明確にしよう。

 という五つの提言になるのだが……、これってちきりんさんの『自分のアタマで考えよう』と同じことを言ってるんではないでしょうか。

 今の世の中、デザインが大事だということは分かっています。でも、この本はそんな通り一遍のことじゃなくて、一番言いたいことは、いろいろあるけど一番大切なのは「自分のアタマで考えよう」ということなのだ。自分のアタマで自分をどうデザインしようか、自分の会社をどうデザインしようか、自分の事業をどうデザインしようかということなのだ。

 うん、いいことを言うね。

 というか、これから数年はこうした、さくらももこさんと同年代だというウジモトコさんとか、多分その人たちと同じ年代のちきりんさんとか、1960年代生まれの女性たちがオピニオン・リーダーになっていくんだろうな。

 さて、団塊の老人はもう引っ込めよ、というところでしょうね。それは、まったく同感。

 

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かじったリンゴです。詳しくは本書を……。

2011年11月16日 (水)

『地雷を踏む勇気』というほほどの勇気は普通ありません。小田嶋さんだってないくせして

 表紙が杉浦茂である。それがいい! その脱力感がこの本の性格をあらわしている。で、おしまい。って訳にもいかないか。

 しかし、小田嶋氏のコラムは既に「日経ビジネスオンライン」で読んでいるし、っていうかそれを読みたいので「日経ビジネスオンライン」を読んでいるようなものだ。それを収録した本について何かを言うとしたら……、ああ、そういう方法があったか。

『地雷を踏む勇気』(小田嶋隆著/技術評論社/2011年12月1日刊)

 ということで、この本では「日経ビジネスオンライン」の連載順には掲載されていない。なので、それをもっと分かりやすくするために、初出をはっきり見せようではないか……、といっても、要は、最終ページの「改題表」の丸写しなんだけどね;

1 見張り塔からずっと All Along the Watchtower

隠しきれなくなった核抑止力―「私も原子力について本当の事を言うぞ」2011年9月9日/復興構想会議異聞―「ポエムな「提言」で復興できるの?」2011年7月1日/やらせメールが運ぶ空気―「「やらせメール」と人を無能にする組織」2011年7月15日/フジの病としての韓流―「「面倒くさい」あの話に触れてみようと思う」2011年8月5日/千代に八千代に気味が良いのか―「判決は気味が良かったですか?」2011年6月3日/梗塞鉄道の夜―「笑いで考える「穴に埋める国」との関係」2011年7月29日

2 金曜の午後、2時46分 Friday Aftenoon, 2:46 PM

善き隣人のための無常観―「今こそ隣人に対して寛大になろう」2011年3月18日/ただちに人生に影響を与えるものでなく―「いまわれわれに力をくれる言葉とは」2011年3月25日/「てんでんこ」の未来―「「ひとつになろう」より「てんでんこ」がいい」2011年4月1日/風評の半減期、言葉の半減期―「この「風評」の半減期はどのくらい?」2011年4月8日/自粛の国のミッキーマウス―「我に返ったあとの消費の「適量」」2011年4月22日

3 ギミー・シェルター Gimme Shelter

隠された格差としてのバーベキュー―「バーベキューという名の格差」2010年9月24日/二位じゃダメな理由―「「どや顔」で目指せナンバーワンへの道」2011年6月24日/スーパークールビズというぬるま湯的着地点ー「スーパークールビズは革命なんだな」2011年6月10日/スーちゃんが見ていた明日―「「スーちゃん」と「スーさん」の間にあるもの」2011年5月6日/草食系をめぐる冒険―「「草食系」という思考停止が招く「少子化」」2011年3月11日

 えー、この本で編年体(編日体?)でコラムがならんでいるのは第2章「金曜の午後、2時46分」だけである。それは確かにそうせざるを得なかったんだろう、実際に起こってしまった事象を追いかけながら、それがなかなか収束せずに、今でも終わらずに続いている状況だ。そんな状況を追いかけたコラムは、書籍にする際にもそのような 編年体(編日体?)にせざるを得なかったんだろう。

 しかし、そうであるならば第3章の一番最後に持ってきた『系をめぐる冒険―「「草食系」という思考停止が招く「少子化」」』を第2章の一番最初に持ってきて欲しかった。であるならばの編年体(編日体?)だよね。つまり、肝心の2011年3月11日のコラムでは「ホワイトデー商法が出来なくなっちゃった」ということを書いていたコラムなのだが、そのコラムを読んでいる人たちは、早くてコラムを読んで5時間後位、遅ければコラムを読んでいる最中位に、「あれっ? なんか揺れてるなあ」という状況に陥って、それからあとの状態・状況は皆さん知っての通りだ。もう、ネットのコラムなんか読んでる状況じゃなくなったって訳だ。

 ネット上のコラムというのは、メディアがちゃんとしたメディア企業であれば、編集や校閲のチェックを経るのであるけれども、でも、そうではない風を装って「メディアで公表した日が、私が書いた日です」てな幻想を読者に渡して満足するのである。普通なら。

 私のような個人が勝手に書いているブログとは訳が違うんだ。とはいうものの、読んでいるほうの受け取り方は違っていて、基本的には「コラムニストが直接書いているんだろうな」なんて事を考えているのです。とうことは、当日、小田嶋氏のコラムを夕方読んだ人なんかは「な~に、草食系男子の話なんか、ネムいことをかいているんだっ」と考えている人もいたのかもしれない。いいや、人によっては「何をこの非常時に書いているんだっ」なんて怒る人もいるかもしれない。

 としたら、本当にこんな思考状況だったのですよ、という風に、基本的にコラム本は発表順に出したほうがいいんじゃないか、というのが今のところの私の考えなのだが、それもどうかな、基本はテーマ別でしょ、という考えもあって、何ともいいがたい状況である。

 いずれにせよ、この本で分かったことは小田嶋隆氏は「あんまりアタマが良くないな」ということである。なにせ、1956年生まれの小石川高校出身である。つまり、1951年生まれの私の年代から始まった学校群制度でもって劣化が始まった東京都立高校である。その後、5年も経っちまえば、もはや完全に劣化した小石川高校になってしまったんだろうな。そういう意味では、アタマの悪さというのは基本的には大事なことだ。昔、小沢一郎が通ったことの小石川高校ではないのだ。

 で、小田嶋氏がこの本で何を言いたかったんだ、ということであるが、多分、小田嶋氏はこの本に期待しているのは「○○」でしょう。

 だって、コラムを書くときの緊張感はあると思うのです。得られる情報だって少ないし、その少ない情報でもって書いて、書いたとおりに世の中が動いてくれることが、この日本を形づくっている人たちと思惑と合えばOK、合わなければそこでおしまい、という一種のサドンデスゲームなのです。

 うーん、コラムってのは楽だと思ったのだが、結構大変なんですね。

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恵比寿のバカラのシャンデリア

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @恵比寿 (c)tsunoken

2011年11月15日 (火)

『電化文学列伝』と言っても昭和の家電ばっかりじゃね

 要は文学作品に出てきた家電をネタに「書評」をカマすということなのだけれども、それが上手くいってるのかどうか。

『電化文学列伝』(長嶋有著/講談社文庫/2011年11月15日刊)

 とりあえず、収録タイトルと収められた家電を目次から;

川上弘美『センセイの鞄』の電池

伊藤たかみ『ミカ!』のホットプレート

吉田修一『日曜日たち』のリモコン

柴崎友香『フルタイムライフ』のシュレッダー

福永信『アクロバット前夜』のマグライト

尾辻克彦『肌ざわり』のブラウン管テレビ

映画『哀しい気分でジョーク』のレーザーディスク

吉本ばなな『キッチン』のジューサー

生田紗代『雲をつくる』の加湿器

アーヴィン・ウェルシュ『トレインスポッティング』の電気毛布

小川洋子『博士の愛した数式』のアイロン

干刈あがた『ゆっくり東京女子マラソン』のグローランプ

高野文子『奥村さんのお茄子』の「オクムラ電機店」

栗田有起『しろとりどり』のズボンプレッサー

映画『グレゴリーズガール』の電動歯ブラシ

花輪和一『刑務所の中』の電気カミソリ

川上弘美『夜の子供』の電気掃除機

長嶋有『猛スピードで母は』の炊飯ジャー

長嶋有『ジャージの一人』の電子レンジ

長嶋有『瑞枝さんの原付』の電気アンカ

 しかし、この「家電」の中にパソコンが入っていないのは何故だろう。唯一書かれているのは。あとがきにある『村上春樹「レキシントンの幽霊」で主人公が車に乗り込み、助手席にどさっと放り出すのは「マッキントッシュ・パワーブック」だ』という記述だけである。パワーブックは私が最初に持ったパソコンである。まあ、しかしそんなことはどうでも良い。問題は、もはや一般家庭におけるパソコンの普及率は既に85.9%に達している(内閣府2009年4月17日発表の消費動向調査)という事実だから、もはや完全な「家電」といってもいいだろう。

 長嶋氏は「パソコンは用途を限定できないから、家電としたくない」というのだが、しかし、いまやパソコンの家庭における用途はほぼ限定されているのではないか。ワープロ、(使う人は使うけど使わない人はまったく使わない)表計算、ネット検索、メールくらいだろうか。一番多いのは多分ネット検索とメールだろうけれども、まあ一般人はその程度にしかパソコンを使っていないわけで、だとしたら最早「用途を限定できない」夢の箱でもなんでもなくなってきているのだ。ましてや、スティーブ・ジョブズなんかは完全にパソコンを「家電」として、拡張性もなきものとして、パソコンの箱の中を人には見えないようにして作ることに腐心した。なおかつ、デスクトップのように「本体」「キーボード」「モニター」というものに分かれた姿も美しくないと考えて、オールインワンのラップトップや、タブレット型コンピュータの方に行っているのだ。

 ということは、もはやパソコンは「家電」の仲間なのだ。自分が使っている結果は見えるのだが、その中身はどうなっているのか、なぜそのような結果になっているのかが分からない、という点ではテレビや電子レンジと変わらないのではないだろうか。

 まあ、本が書かれた時代のこともあるのだろうけれども、やはり昭和の匂いがする家電ばっかりじゃなくて、平成の匂い、21世紀の匂いがする「家電」も欲しいのだ。そう、「お掃除ロボット・ルンバ」なんてのもマイコン技術を使った商品だし、いまや電子ジャーとか電子レンジなんかも完全にマイコンが制御しているわけだ。

 もはや、コンピュータなしでは生きられない私達である。勿論、コンピュータ発生以前に生まれた我々世代はなくても大丈夫かも知れないが、でも、それがない状態になるとちょっと困った状態になるだろう。なにせ、「あることに」慣れてしまっているからね。

 というような意味で、私は長嶋氏によるパソコン論というものを一度読んでみたいのだ。長嶋氏が、多分、今も使っているはずのパソコンについてどんな思いを持っているのか、どんな嫌悪感を持っているのか、あるいはどんなパソコンを持っているのか、MacなのかWindowsなのか、なんてことが気になってしまうのであった。

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 こんなソーラーパネルなんてものも、いずれは家電になるのでしょうね。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @幕張メッセ (c)tsunoken

 

 

2011年11月14日 (月)

カレッジ・フットボール閉幕、残念ながらプレイオフはない

 関東大学アメリカンフットボール・リーグ戦のレギュラーシーズンが今日閉幕した。横浜スタジアムでは1部Bブロックの3・4位決定戦になる東京大ウォリーアズvs.慶應大ユニコーンズ戦、Bブロックの決勝戦となるこれまで全戦全勝の法政大トマホークスvs.中央大ラクーンズ戦、そしてAブロックの決勝戦になる日本大フェニックスvs.早稲田大ビッグ・ベアーズ戦の3試合。アミノバイタルフィールドではそれぞれ入替戦を賭けた、立教大ラッシャーズvs.拓殖大ラトルスネークス戦と一橋大クリムゾンvs.神奈川大アトムズ戦が行われた。

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 まあ、言ってみれば二つの決勝戦の前座戦みたいな東京大vs.慶應大戦は、どこかチグハグな戦いが見て取れる慶應大に対して、ケガを押してでも最終戦に出たいと考えた東京大4年生の気迫勝ちとでも言っても良いのだろうか、というよりも4年生の「思い出作り」なんだろうけれども、それでも出た以上は勝ちたいと考えるのは当然で、そんな東京大学が21対19という僅差で勝つことになった。

 これは3回のタッチダウン後のトライフォーポイントを確実に決めた東京大学に対して、慶応大学はタッチダウン後のトライフォーポイント失敗が1回あり、それを取り戻そうとした、もう1回のタッチダウン後の2ポイントコンバージョンの失敗による2点差ということなのだ。両方ともタッチダウンは3回決めているのだから、この小さな差が試合を制してしまったということなのだろう。

 東京大学は昨年の最終戦でも中央大学戦を横浜スタジアムで制しており、最終戦と横浜スタジアムというのは東京大学にとっては相性のよい組み合わせなのかな。

 毎度おなじみのビクトリーフラワーも見られたし。

Nikon D7000 AF Nikkor 70-300 @横浜スタジアム (c)tsunotomo

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 一方、中央大学にとっては最終戦・横浜スタジアムというのは鬼門なのかも知れない。今年の法政大学の試合ぶりを見ていると、もしかすると中央大学が法政大学に勝てるかもしれない、そうなると、この後の日本大vs.早稲田大の結果次第では明治大学との関東代表決定戦(あずまボウル)となり、だとすると中央大学が甲子園ボウル出場もあるかも、という期待のあった試合なのだった。

 しかし、アメフトの女神様は中央大学に微笑んでくれなかった。こちらも僅差での勝負となり、21対16という、こちらももうワンタッチダウンあれば逆転してたのに、という結果であった。試合の終盤、4ダウンになったときに、これは4ダウン・コンバージョンでしょというところでパントにしたり、中央大学もちょっとチグハグな攻撃をしていたのかな。

 いずれにせよ、これでBブロックは法政大学が優勝。さて、その相手はどこになるのかな、といえば、Aブロックは早稲田大が日本大に勝つと上位3チームが「3すくみ」になるので、そうなると得失点差で決まることになる。つまり、日本大が勝つか、4点差以内で早稲田大が勝つと日本大の優勝。5点以上16点以内の差で早稲田大が勝つと明治大が優勝。17点以上の差で早稲田大が勝つと早稲田大の優勝、という実に面白いことになっているのだった。

 で、これも14対10という僅差で日本大が勝って優勝。これも1タッチダウンがあれば逆転していた試合なのだった。ザーンネン、明治大学のタナボタ優勝は無しよ、ということで、順当に勝った日本大がAブロック優勝となった。そりゃあ、勝ったほうが優勝というのが、当たり前だよね。

 ということで、あずまボウルは日本大vs.法政大と言う事になったわけだが、今年はなんか日本大学が甲子園ボウルに行きそうな気がする。法政大に去年までの圧倒的な力が見えないし、日本大の試合は見ていないが、しかし早稲田大の末吉君の足を抑えて勝ったというのは、日本大のディフェンス陣の強さの証明であろう。これまでの日本大はオフェンスは強いのだがディフェンスに問題があったのが、今年はないようだ。だとすると今年は期待できるかも知れない。更に、甲子園ボウルに行って驚くのは関西の大学のフットボールの強さはディフェンスにありということなのだ。

 この辺、関西漫才の面白さは「ツッコミ」にあるというのと共通しているのだろうか。とにかく、自分から仕かけていくのは関西人は上手くないのかも知れない。そんな「ツッコミ=ディフェンス」をどうかわしていくか、が関東勢の攻めポイントなのだろうな。

 えーと、アミノバイタルフィールドに関しては、とりあえず一橋大学は神奈川大学を普通に20対7で降しましたし、更に立教大学は拓殖大学との試合を20対20で終えたのですが、その後のタイブレークで立教・小山がフィールドゴールを決めて立教大学の勝ち。ということで、1部はAブロックが国士舘大学と東洋大学、Bブロックは神奈川大学と拓殖大学が入替戦に行くことになった。

 ただし、東都大学野球でも見えるけれども、東都の場合は1部は6校しかない訳だ、一方アメフトの場合は1部だけでもA・Bブロックで各8校、合計16校あるわけですね。ということは東都大学野球の場合は1部と2部の力の差は(アメフトと比較すると)あまりないといえるわけです、つまり、1部だけでも16校あるアメフトの場合、1部の上位と下位でも相当の力の差があるのを見れば分かるとおり、1部と2部の差はもっと多い。ということで、アメフト1部校はもっと自信をつけて練習するべきだろうし、さらに「1部のプライド」を捨てずに練習すべきだろう。

 まあ、「勝ってなんぼ」の勝負世界だからね。それはしょうがない。

Nikon D7000 70-300 @横浜スタジアム (c)tsunoken

2011年11月13日 (日)

『自分のアタマで考えよう』というのは当たり前のようであって、実は考えてない人が多いというお話

『自分のアタマで考えよう』(ちきりん著/ダイヤモンド社/2011年10月27日刊)

 ということなので、自分のアタマでゆるく考えた。

 要はちきりんさんの言っていることは、知識の量をいくら増やしたところで、それを如何に使って実際の生活や仕事などに使わなければ意味がないということ。情報をいくら増やしても、それを意思決定のプロセスに従って処理していって、実際の意思決定を行っていかないと、意味がないということ。

『なんとなく、「こんなビジネス、儲かるかな? 競合との差別化も考えないといけないな。中国の市場が大きそうだね」くらいの詰めのレベルで情報を集めはじめると、止めどなく膨大な情報を集めることになってしまいます。

 調べ事をしていると、どんな情報も貴重で重要に思えます。あれもこれも調べたくなります。優秀な人ほど「知らないことを知る」ことに興奮するし、熱中するものです。

 しかし、情報が重要かどうかは、「今、求められている意思決定プロセスに必要かどうか」によって決まるはずなのです。「どんな情報があの意思決定に必要で、どんな情報は不要なのか」という基準が明確になっていないと、いくらでも情報収集を続けられるのが「優秀なスタッフ」の哀しい性です。

 迅速な意思決定が求められるビジネスでは、「このビジネスをやるなら、こういう方法でやらないと我が社は勝てない。そのためには、これとこれとこれを事前に確認しておく必要がある!」と、具体的な意思決定プロセスを明確化し、それらに必要な情報もリストアップしてから調査をはじめるべきです。そすれば圧倒的に効率よく結論をだすことができます。』

 ということは分かっているのだが、何故それが出来ないのだろう。それは多分、それを命じる方、例えば経営者自身がその辺の自分のビジネスの未来像が見えていないからなのだろう。

 同じことが政治の世界にも言えて、選挙の際にはマニフェストだかアジェンダだかで個別政策についての言及はしているのだが、根本の「日本は今後、どんな国を目指すのか」という目標を示さないものだから、優秀な官僚がいながら、そんな官僚が集めてきた情報をどのように処理して、どのように取捨選択するのかという基準が見えてこない。そんな状況の中で政策を進めるめるものだから、「沖縄の米軍基地はこうします」「消費税はこうします」「年金問題はこうします」「国債についてはこうします」「少子高齢化はこうします」「地方分権化はこうします」なんていくら政策を述べたところで、それらすべてバラバラで全体像がみえてこない、不毛の政策論議にしかならないのだ。

 実はリーダーというのはそういうことを考える立場の人たちなのであり、個別案件は下の優秀な人に任せて、「国のあるべき姿」「会社のあるべき姿」を日夜考えていなければならない。その為には個別案件ではなく、その全体像を考える教養(リベラル・アーツ)が如何に大切かということなのだけれども、残念ながらそうしたことを教えるエリート教育機関が戦後はなくなってしまった。多分、旧制高校がそんな立場、旧制中学を出て帝国大学に入るまでのモラトリアムであり、その間に様々な教養(知識・情報)をインプットする時間だったのではないだろうか。帝国大学ではその後の社会に出てすぐリーダーとなるべく勉強をしてきている。つまりそれはインプットした教養(知識・情報)をどうやってアウトプットするのか、という勉強である。同時に、戦後に大学となった多くの専門学校では実学を勉強していたわけだ。

 そんな感じで、リーダーになるべくした人間と、それに使われる人間という分けられた勉学を戦前日本ではやっていたわけなのだが、戦後は統一した学制になってしまい、みんなが同じ学問を受けるようになってしまった。つまり、それは教養(知識・情報)をひたすら詰め込む勉学である。それを如何にアウトプットするのかは、本人次第ということになってしまった。

 そろそろそうした学制も見直して、日本もエリート教育を考えてもいいのじゃないか、とも思うがそれは本稿のテーマではないので、いずれまた。

 ポイントは知識や情報を集めることは面白いのだが、その知識や情報を集めるだけで終わってしまっては意味がない。問題はそうした知識や情報のインプットだけではなく、それを如何にアウトプットをするかということなのだろう。そう、アウトプットして初めてインプットした知識や情報の意味が出てくる、ということだ。

 例えばこのブログ。本を読んで新しい知識や情報に触れることは楽しいことだ。しかし、同時にその本をから何を学んで、何を感じたのかをブログに書くことも、実は楽しいことなのだ。勿論、面白いばかりでなく、かなり書くのに苦労することも多い。どこを拠りどころにして書けばいいのかをつかめない本もある。しかし、書いているうちに、何か書くことが見つかったりすることもある。そうなると、どんどん筆が(キーボードが)進んで勝手にブログが進んでいく。まるでシュールレアリスムのオートマティスム(自動書記)のように、いつの間にか書き込みが終わっていることもある。

 読書家という人たちがいる、というか仕事柄そんな人たちが実に多い。彼らにもブログを書くことをお薦めしたい。そうすると如何に自分がその本に向かい合ったのかが、よく分かるのである。

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 ところで、昨日は神宮球場で東都大学野球の1部2部入替戦の第1戦が行われた。1部6位の中央大学と、2部1位の拓殖大学の戦いである。

 試合結果は中央大学の13回サヨナラ負け。何せ、スクイズ・ミスしてランナーが三本間で討ち死にしたり、1番西銘は全然出塁しないわ、4番井上もまったく打てずじゃあ勝つわけないよね。シクシク……。今日はアメフトの中央法政戦だ@横浜スタジアム。こちらは1部Bブロックの代表を無敗同士で争うガチ試合。まあ、アメフトの方に期待しましょう。

Nikon D50 AF-S Nikkor 18-105 @神宮 (c)tsunoken

2011年11月12日 (土)

『スティーブ・ジョブズ』読んだけれども、まあ変わりはないな

 完読! 『スティーブ・ジョブズ Ⅰ・Ⅱ』(ウォルター・アイザックソン著/井口耕一訳/講談社/2011年10月24日・11月1日刊)

 で何が分かったかというと……、実は何も新しい発見はなかった、ということ。書かれてあるエピソードの殆どは、いろいろなメディアで目にしていたことばかりであり、目新しい話はなかった。で、結論;

①結局、アップル設立当初の問題「オープン・アーキテクチャを目指すのか、あるいはクローズドにして、アップルだけのものにするということは結論が出ていない」ということ。

 そんなの、スティーブ・ジョブズが「クローズドにする」と言ったのだから、もう結論は出ているじゃないか、という人は早計だ。オープンにするというのは、ジョブズと一緒にアップルを立ち上げたスティーブ・ウォズニアックの考え方で、基本的にエンジニアリングに携わっている人たちの考え方は「オープン」なのだ。何故なら、そのほうが自ら考え出したテクノロジーが他の人によってより改良される可能性が高いからなのだ。究極のオープン・アーキテクチャーたるUNIXがまさにそうで、OSに関する著作権すら放棄したUNIXはそれ故に多くのクローン(ジョブズの作ったNeXTコンピュータもまさにそれ)を生み出し、より一層の高みに達する可能性が出てくるからなのだ。

 それをクローズドにするというのは、ジョブズならではの「デザイナー・センス」の問題であり、統一したデザイン・センスで総ての機器をまとめたいと考えるならば、絶対クローズドになるわけなのであるが、その結果、コンピュータの拡張性はなくなるし、拡張性のないコンピュータはひたすら「家電」になっていくのである。拡張性のないコンピュータなんてコンピュータじゃないよとも思うのだが、ジョブズにとってはコンピュータは家電になるべきだという発想だったので、拡張性なんてなくても何の問題もなかったのかもしれないが、はたして今後のアップルがどうなるか……、それは誰もわからない。

②ゼロックスのパロアルト研究所で「パクった」GUIという発想は、結局パーソナル・コンピュータのデフォルトになったわけだが、それはアップルじゃなくて、結局はマイクロソフトがWindowsで採用したからだ。

 GUIという発想はとてもユーザーフレンドリーである。いまやパソコンのデフォルトであるが、しかし、ジョブズが怒るようにそれがじゃあアップルだけが使っていたら、ここまで普及しただろうか。たかだか数パーセントのシェアしかないアップルが使っているGUIという発想のおかげでアップルが市場で何十パーセントものシェアを占めるに至っただろうか。それは無理だろう。単に別の方法でユーザーフレンドリーな方法をマイクロソフトは考え出すだろう。そんな競争をパソコン業界は常に行っている業界なのだ。

 そんな意味では、別にアップルを訴えなかったアラン・ケイ(ダイナブックという考え方の始祖であり、それはアップルの考え方になったわけであるが)を高く評価する。つまり、アラン・ケイにとっても、パーソナル・コンピュータのアキテクチャーや発想法は基本的に「オープン」であるべきだ、という考え方が当たり前だったのだろう。

 まあ、ジョブズの会社は同じことをAndroidでもまたまたやってるけれどもね。

③「現実歪曲フィールド」というのは経営者として実にうまい方法論だということ。

 まさに、経営者としてはこうした「総てを自分の都合のいい方にしか考えない」という発想法は向いているのかも知れない。つまり、彼にとっては「反省」というのは有り得ないのだ。「あの時ああすりゃ良かった」とか「あれは失敗だったな」なんてのはないのだ。常に「成功体験」しか覚えていない体質。

「人は失敗体験から多くを学ぶ」というけれども、実は失敗体験から学ぶものが3くらいだとすると、成功体験からは10くらい学べるという大いなる違いがある、というのが私の経験。むしろ「人は成功体験からヨリ多くを学ぶ」という風に言い換えたいくらいなのだ。

 ということで、「現実歪曲フィールド」のおかげで実はとてつもなく多くの「失敗」を重ねているにもかかわらず、自分的にはまったく失敗したことがない、と考えているジョブズは、まあ経営者としては完全に成功者なんだろうな、ということ。

④でも、こんな経営者の下では働きたくないということ。

 だよね。社長から「現実歪曲フィールド」なんてだされたらたまったもんじゃない。最早、そんな社長がいる会社にはいたくないってなもんで、最初からお断りです。

⑤とは言いながらも、やっぱりアップル製品には心惹かれる。何で?

 私がもともとはマック使いだったことは前のスティーブ・ジョブズのときに書いたとおりだ。PowerBookから始まってその後もマッキントッシュを使っていたのが、何故Windowsになってしまたのかといえば、単純に会社のメインシステムがWindows95になってしまったからだ。Widows3.1までは会社もパソコンを導入していなかったので、みんな勝手に自分の好きなパソコンを使っていたのだがね。

 何でWindowsなんだなんていいながら使っていたパソコンだが、まあ、慣れればそれはそれで使いこなせるようになるわけで、いまや完全にWindowsユーザーである。このブログを書いているのもWindows7であるし、もうWindows95から何世代乗り継いだのだろう。

 ということで、来年、定年を迎えたら、再びアップルに戻ろうかななんてことを考えている。作っている製品はクールだし、拡張性はないけれどもアップル同士だったらどうにでもなる。おまけにauがiPhoneを導入したから、iPhone→iPad→iMac→iMac Proとシームレスで繋がるわけだ。いいね!

 って、何だろう。スティーブ・ジョブズはとんでもない奴だし、本当に嫌な奴だけれども、その作り出す製品はクールなんだよね。

 まあ、ユーザーとしては、経営者がどんな奴だろうが関係ないが、その経営者がいなくなったアップルがどういう方向に行くのかはわからない。それが問題だ。

 今後のアップルの行く末を見てからアップルにするか、今のままWindowsなのかを決めてもいいかもしれない。

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奥のほうにポスターが見えるでしょ。

EPSON DR1s Elmarit 28mm/F2.8 @高田馬場 (c)tsunoken

2011年11月11日 (金)

実はこれが当たり前の主張なんだよな『日本経済の奇妙な常識』

『スタバではグランデを買え!』とか『マクドナルドではなぜケータイで安売りを始めたのか?』『無料ビジネスのカラクリを見抜け!』というミクロな経済学を展開していた吉本佳生氏の、今度はちょっとマクロな経済学である。ちょっと普通のマクロ政治経済学者と言っていることがちょっと違うのだ。

『日本経済の奇妙な常識』(吉本佳生著/講談社現代新書/2011年10月20日刊)

 例えば、本書246ページからの主張(ちょっと長いけど);

『日本に話を転じると、財政を巡る政策論争では、あまりに膨張した政府の借金をどう減らすかが話題になります。しかし、もはやまともな方法では返済不能だと不安を抱く人たちも多くいます。ですから、財政赤字に関連して、本当にまずやるべき政策論争は、じつは、日本政府の財政が本当に破綻したときにどうするかを、きちんと決めて準備しておくことだと思われます。

 これは、いまある法律を使って解釈すれば、ある程度は可能なことかもしれません。しかし、それが適切な処理になるとは思えません。もし財政が破綻しても、政府は政府としての機能を果たし続ける責任があり、それをきちんと考えた“破綻処理プラン”をもっておくべきです。

 経営が行き詰まり、多額の返済不可能な借金を抱えて、いろいろな負の遺産が残っているために、まともにやったのでは経営改革など無理な企業の場合、一度倒産して、破綻処理のなかで経営を立て直したほうがいいケースが多くあります。同じように考えれば、いま財政危機が心配されている国々では、政府といえども一度破綻をさせて、負の遺産を強引に整理してしまうほうがいいのではないか。筆者はそう感じるようになりました。本当に問題なのは、財政のほうではなく、今の政府組織のほうだからです。

 決して、国債による借金を踏み倒せといっているのではありません。むしろ、財政が破綻して自力で必要なおカネが払えなくなったときにでも、破綻処理のやり方として、国債の償還を利払いは優先すべきだと考えます。そのあとも借金することは絶対に必要でしょうから、国債の信用は最優先で守るべきです。

 そのうえで、たとえば、国会議員や国家公務員に支払う給料を一時的に減額する。あらかじめ定めておいた例外を除いた補助金も、一時的に一律で減額する。そうして支払いを続け、そのあいだに、すでに政府の仕事を離れてしまった人たちに支払う年金(たとえば議員年金)を大幅に削減する。国家議員の定数をいきなり半分にしてしまう。それも、つぎの選挙で減らした定員に合わせた選挙をきちんとやることにしたうえで、過去の議会・委員会での欠席状況に応じて、いますぐにある程度の議員をリストラする。

 売れる資産は強制的に売る(必要なものは、借りるか。もっと身の丈にあったものを再取得してもらう)。天下りが一定以上いる組織への補助金を強制的にやめる。……などなど、破綻処理だからこそできることを強引にやれば、かなり思い切った改革が断行できます。』

 ということ。

 しかし、そんな大胆な政策を言える政党や政治家が日本にいるだろうか、と考えると、まあ、まずいないでしょうね。とにかく、国会議員の削減案だって、これまでに何度も発案だけはされているけれども、未だに提案されていない状態なのだ。つまり、自分に関係ないところではいくらでも言えるけれども、実際に自分の立場が危ういことになると、とたんに何も言わなくなるというわけですね。

 だったら、とりあえずギリシャとかイタリアとかスペインとかポルトガルとかアイルランドとか、みんなデフォルトさせてしまって、ドイツとかフランスの植民地になって立て直すという方法があるのではないか。そこで、上記のような徹底した国家再建策を立てるのだ。それを各国が見て、自分の国の再建策の参考にするのだ。

 日本も同じ。たまたま借金の先がほとんど日本国内だから安心しているのだろうけれども、しかし、いずれは返さなければならないのが借金なんだから、それは同じこと。日本だって実質的には最早デフォルトに陥っても当たり前の状態である。まあ、とりあえず外国に一度デフォルトに陥ってもらって、それを真似するというのであれば、いつもの日本流でしょ。「いやいや外国ではこうなっています」てなもんだ。

 本書に言う『1ドル=80円は「超円高」?』というテーゼ自体がもはや破られてしまっていて、いまは「1ドル=70円台」時代になってしまっていて、多分「1ドル=50円」位にまで上がるだろう。所得格差はもっと進行するだろうし、企業の海外流出は今後どっと増えてくるだろう。

 とにかく、製造業が、こんな高コストの日本国内で盛んになることは最早ありえないのだ。日本国内に残るのは研究開発部門だけで製造部門はアジア、アフリカ、南米になっていくだろう。そこには安い労働賃金と大きな需要があるわけだ。どのみち、若い世代がどんどん少なくなっていく日本である。そんなところではサービス的な労働と研究開発だけが生きる道になっていく。勿論、国内市場はどんどん小さくなっていくわけだ。そんな「小さな市場」に合わせた事業だけが生き残るだろうし、「小さな市場」に合わせた「小さな政府」だけで十分やっていけるようになるのだ。

 マスコミ(特にテレビ)は、未だに「日本の町工場」に焦点を当てたがっているが、そんなものはもはや将来性はない。まあ、テレビにしてみれば自らの将来と当てて、そんな特集をやりたがっているのかも知れないが。

 最早、第二次世界大戦が終わって、(国内的には)平和な時代が70年近く経っているのだ。そんな時代にも昔のままの経済が生きるわけはないじゃないかよ。

 ちょっと、目を覚ましたほうがいいんじゃないの?

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韓国大使館が今は四谷に移ったというのは知らなかった。いかにも……という感じの建物ですね。まさにこの威容は今の韓国を象徴しています。

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2011年11月10日 (木)

『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』って言うより北海道警のほうが恥さらしだよね

 オリンパスの株が連日ストップ安になってしまっている。オリンパスペンE-P1、E-P2、E-P3のユーザーにとっては、まあ関係ないといっては関係ないが、でもオリンパス・ユーザーって結構オリンパスという会社にシンパシーを持っていて、意外とその株の持ち主なんかも多そう。そういう人たちには、とりあえず「ご愁傷様」と言っておこう。なんて却って気を悪くしたかも。

 で、そんな話とは何の関係も無い北海道警のノンフィクションなのだ。今日は。

『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(稲葉圭昭著/講談社/2011年10月6日刊)

 北海道警の起動捜査隊に配属となった稲葉氏はスパイの頭文字を使った「エス」を作ることが大事なのだということを先輩刑事から教わる。つまり;

『起動捜査隊は110番を処理するだけでは、飯は食えない。捜査の協力者を作って、独自に情報を取る。これができなければ、刑事としてはやってはいけない』ということなのだそうだ。

 そんな「情報提供者=エス」を作るということは、限りなく犯罪者集団に近づくということで、ヤクザ対策の刑事はヤクザに、麻薬対策の刑事は麻薬の売人に、拳銃対策の刑事はヤクザや拳銃を密輸入している外国人に、という具合に密接に犯罪人と一緒になるのだ。そして、そんな犯罪人がなんで捕まらないのかといえば、捕まえてしまえば情報が取れなくなるから、刑事が捕まえずに泳がしているからだろう。「この刑事さんは俺のことを捕まえない。じゃあ、少しは情報をわたしてもいいかな」なんてチンピラに思わせてしまえば、刑事の勝ち。以降、そのチンピラは刑事の思うがままに情報を渡し、刑事の役にたつように動くのである。まあ、言ってみれば「相身互い」ということね。

 当然、刑事のほうもかなりヤバイ状況に(つまり、犯罪を見逃すということ自体が犯罪だからね)置かれるわけですが、それでも警察の目的に合ってれば見逃してくれる、という刑事の仕事も結構犯罪スレスレのところでなりたっているのだ。

 ところが、そんな刑事がある日、捜査方法を巡って配置換え(つまり降格)をされてしまう。要は、単純に公務員お得意の「尻尾切り」なんだけれども、まあ、稲葉氏自身はもうちょっと北海道警の幹部に近づいていたと自分では思うんだけれども、結局まだまだ自分は「尻尾」だということに気付かされてしまうんだな。そう道警の幹部はもっともっと上のほうでのうのうと仕事をしていたのだ。

 で、ホされた稲葉氏は自分のエスで使っていた男から覚醒剤をもらって自分に使うという生活に入っていく。私のように年取ってから閑職に追いやられるのなら、それはそれでいいじゃんなんて考えられるのだけれども、まだ、年若い稲葉氏にはそれが我慢ならならなかったんだろうな、それで覚醒剤生活になってしまったんだろうけれども、そんなことをしれいれば警察機構ではすぐバレる。ということで、パクられた稲葉氏をこここれ幸いとばかりに、北海道警は、自ら行っていた「おとり捜査」やら「ヤラセ捜査」やらの総てを稲葉刑事に負わせてしまった。おまけに稲葉刑事が作った『覚醒剤130キロ、大麻2トン、拳銃100丁』という、本来ならば稲葉刑事の「手柄」として褒め称えられるはずの仕事が総て、稲葉刑事の「犯罪」と言う事になってしまったのだ。

 スゴいね、警察の官僚機構というものは。要は、下部の一刑事がやった行為なんてものは、官僚上部の判断しだいで「有罪」になるかもしれないし、「捜査に有効に機能」になるかも知れない、という多分に曖昧な基準で決められるものなのだ。

 現場の警官とか自衛隊員なんて人たちは、多分地域住民の為に一生懸命仕事をしている人たちだろう。その中に、地域住民の一人としてヤクザもいるかもしれない、麻薬の売人もいるかも知れない、拳銃の密売人もいるかもしれない。そんな人たちと付きあわなければならないのが、現場の人間だ。

 まあ、そんな現場の人間が結果として総ての責任を「おっつけられた」というのが、この北海道の警察・検察・裁判所の判断なのだ。とんでもないよね。

 まあ、最後にうれしいのは『現職時代の知り合いだった人々、高校、大学時代の同級生、柔道の仲間など、大勢の人が彼を温かく迎え入れてくれたことだ』という、解説の元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二氏の言葉だろう。原田氏は稲葉氏の裁判中にも稲葉氏の無罪を訴えていた元北海道警のOBである。まあ、OBだからいえるんだろうけれどもね。

 しかしそんな、人たちの日常的な付き合いまで介入するのが官僚なら、自分たちの日常までマスコミに介入されてもしょうがないんじゃないのか? 突然、プライバシーなんてことをいうなよ。というか、官僚にプライバシー権は本来ないんじゃないかと考えるのだが如何。

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2011年11月 9日 (水)

日本人はシャイなのか、ということについて

 日本人はシャイだといわれている。

 写真を撮らせてくださいなんてお願いをすると、だいたい普通は断られてしまう。

 別に、その写真がどんなメディアに載るかどうか、どころかメディアに載ることもなくてもだ。でも、それはシャイだからということではないのではないだろうか。要は、皆、自分の顔や姿がメディアにのることがいやなのだ。なんで、いやなのだろう。いいじゃんか、有名になって、というのは我々メディアの人間の勝手な妄想であって、やはり世間にはひっそりと生きていきたいと考えている人たちがいるのだろう。

 私が始めている「書店未来研究会」のWebで毎週、書店の店頭を取材させてもらっているのだが、そこでも写真撮影を断られる書店員さんがいる。まあ、それぞれの会社の規定やら何やらがあるのかも知れないが、書店員さんが考えて初めてやったフェアなんかの取材をしているのだから、コチラとしてはその販売企画を作った「人」を取材したいわけなのですよね。

 でも、それを「いやぁ~」なんて「軽く」拒否されちゃうこともあったりで、取材する側としては、ちょっと困っちゃうこともあるのです。

 以下の写真の人たちはそんな「無理なお願い」を聞いてくれたひとたちです。

 えっと、名前は会社にいかなければわかないので、それは今日、会社に出てから更新します。ということで、詳しくは明日再びこのブログを読んでね。

 取り合えず、こういう人たちが、キチンと本を売ってくれているのです。そのおかげで、わしらは生きていけるということですね。

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サクラ書店平塚駅ビル店・西山直樹さん

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有隣堂グランデュオ蒲田店・加藤ルカさん

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新星堂カルチェ5柏店・厚澤恒夫さん

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天一書房日吉店・篠田隆一さん

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有隣堂川崎アゼリア店・茂手木康之さん

 皆、いい顔をしています。

 その後も、協力していただいた書店員さんは(写真に写ってているかどうかは別にして)沢山います。その辺も順次ご紹介していくということで……。

2011年11月 8日 (火)

『GINZA しあわせ』と言えるのも、今だけしかないかもね

 森山大道が新宿、荒木経惟が南千住、ということで青山、銀座は篠山紀信氏のカバーエリアということなのだろうか。

『GINZA しあわせ』(篠山紀信著/講談社/2011年10月26日刊)

 そんな銀座を篠山氏はデジタルカメラで撮る。木村伊兵衛氏はライカで撮った。福原信三氏は大判カメラで撮った。そこをデジタルカメラで撮るのだ。これって結構「不遜」? でも、その当時の一番の技術で撮る、ということではデジタルでもいいのか。

 で、撮ったのが以下のリスト;

『萬年堂/渡邊木版美術画舗/東京画廊+BTAP/クラブグレ/ギンザのサヱグサ/金田中/とらや銀座店/シセイドウ ザ ギンザ/電通/銀座くのや/鮨 青木/宝石専門店ミワ/ジュン アシダ/ディー・ハートマン/相模屋美術店/銀座大黒屋/Cafe de Ginza Miyuki‐kan/日動画廊/うおがし銘茶 茶・銀座/銀座千疋屋/対鶴館 バー&ダイニング「サンク」/壹番館洋服店/歌舞伎座/二葉鮨/髙橋洋服店/銀座もとじ/和光/銀座・伊東屋/お仏壇のはせがわ/古美術 祥雲/ハツコ エンドウ』

 だいたいみんな、そこのオーナー兼経営者いわゆる店主(大体銀座はそうだ)、それとその家族かお客さんという関係論のなかの「しあわせそうな」写真であるのだけれども、電通だけは第4代社長の吉田秀雄氏のデスマスクという異様さ。なんなんだこれは! まあ、写されている写真が殆ど「お客さん商売」であるのに較べて電通だけはちょっと異色ということなのかもしれない。

 篠山紀信氏はお気楽に『撮影は楽しかった。人も店も粋でおしゃれで品があって、でも威張ってなくてカッコいい。やはりこれは長い歴史が作り上げた“味”なんだなぁと思った』と無邪気に言っているけれども、しかし、やはりこれは一種の“スノビズム”なのだろうと、私なんかは思う。

 だいたい、私が行った事のある店はひとつも無い。と言っても、銀座には買い物に行ったことはないし、殆ど飲みに行っているところばかりであるのだけれども、それもないな。

 特に「店主」と「馴染客」が一緒に写っている写真なんかを見ると特にそんな「スノッブ」を感じる。それこそ、「銀座に店を出して何代目かになっている私はちょっとそんじょそこらの浅草や新宿なんかの店の店主と違うんだよね」という気分の店主と、「銀座の店の馴染になっている私は、ほらちょっとしたセレブでしょ」という客に支配されている雰囲気である。それはそれでもいし、そんな世界には多少は入っていきたいななんてことを考えていながら、多分、それはダメでその周辺にある「最近銀座進出組」の店にばっかり行っている私が見えてくる構図になるのだ。まあ、この本を見る大半の人はそうでしょう。

 じゃあ、こんな本出しても売れないじゃんかよ、というのはちょっと間違っていて、ちゃんと電通が入っているでしょう。そこが肝心。そう、電通を通して銀座のお店の皆がこの本を買うんだよな。勿論、写真が写されているお店は当然だが、それ以外のお店も買うんですよ。何で? と思うかも知れないけれど、多分、いっぱい買えば、次のときに自分のお店も撮ってくれるかなという期待があるのかもしれない。まあ、単なる「期待」だけね。

 こういう写真集も写真集である。ある時代を、一度その時代で止めておくというためには写真集はいい方法である。まあ、だからといってそれ以上ではないんだけれどもね。

 どうも篠山紀信氏の写真集ってそんな写真集が多いような気がする。確かに、いろいろな出版社から持ち込まれる企画は多いのだろう。しかし、そこにばっかり乗っかってしまっては、ちゃんとした写真集を写真家として残せないのではないだろうか、とひとごとながら気になってしまったりするのである。

 それもひとつの写真家としての生き方でもあるとは思うのだけれどもね。

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 これが今の銀座の象徴、Apple Storeです。このほかにもUNIQLOとかAbercrombieとか、マツモトキヨシとか、そんなに変わって行くのが本来の銀座なのです。上記の店だって、最初から銀座で開いていたのは何軒? ってなもんです。

 ま、そんなもんですよ。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @銀座 (c)tsnoken

2011年11月 7日 (月)

子どもの写真は難しいという話

 子どもを撮るのは簡単だ。カメラに対する警戒感を持っていない子どもを撮るのは簡単なのだ。いくらでも撮影できる。

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 しかし、そんな感じで撮った写真が上手くいくかと言うと、これが逆に難しくなる。

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 何故なら、子どもは動き回る。そこでそんな動き回る子どもたちを追いかけていても、なかなか上手いシャッターチャンスが来ないのである。

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 そこでやむなくとにかく沢山撮影して、その中から「まあ、これならいいんじゃないの」というものを選んで使うのだ。

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 たまには、わりとジッとしていてくれることもある。でも、基本的に難しいことには変わりはない。まあ、動物写真と同じだな。まだ、動物なんだし。

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 それに較べると、スポーツ写真は割かし簡単で、おおまかなルールを覚えて、何度か観戦に通えば、撮影ポイント、タイミングはだいたい分かってくる。

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Nikon D70 AF Nikkor 70-200/F2.8 @川崎 (c)tsunoken

2011年11月 6日 (日)

『フラガール3.11』だけでは見えないものが本当はあるはずだ

 フラガールもいろんな人がいるんだと思うけれども、どうなんでしょうね。

『フラガール 3.11―つながる絆―』(清水一利著/講談社/2011年11月4日刊)

 スパリゾートハワイアンズが元々は常磐炭鉱で、スタート時の称号が常磐ハワイアンセンターといわれていたことは映画『フラガール』を観る前から知っていたことであるが、そんなスパリゾートハワイアンズの経営主体である常磐興産が、今でも石炭なんかを扱っていたことは知らなかった。

 手元に10月7日付けの常磐興産株式会社の「業績予想の修正に関するお知らせ」というのがあって、その業績予想の修正の理由が「卸売業において、産炭国である豪州の大雨により9月末予定の石炭積込みが、10月上旬にずれ込んだ影響で、平成24年3月期第2四半期に売上計上できなかったことから売上高が減少し、前回公表予想より下回ることが見込まれるため業績の修正を行うものであります」というものなのだ。まあ、元々の業務から考えれば当たり前なんだけれども、なんか、いまやスパリゾートハワイアンズが常磐炭鉱の後の姿だと思っているから、まだに「石炭」を扱っているのかと驚いてしまったりするんですね。一種の思い込み現象なんだろうな、これは。

 とは言うものの、東日本大震災に遭ったいわき市にあるスパリゾートハワイアンズに勤務するフラガールを含めた面々の、震災からこっちへの闘いの記録である。しかし、それは清水一利氏からだけの視点で書かれているわけだから、当然、ある意味では偏ったレポートにはなっているわけだ。ここに書かれているのはとにかく前向きに事態に取り掛かろうとする人たち、フラガールたちばかりである。実際はそうじゃないはずだ。中にはいわきから去った人たちもいるはずだし、事業の再興にも後ろ向きの人たちもいたはずである。

 でも、そんな人たちの姿は清水氏には見えない。あるいは、見えていたのだが、それは取り敢えず無視して、前向きの話を書こうとしたのだろうか。いずれにせよ、とにかく前向きの話しかみえてこないレポートのみなのである。これが本当だったら一種のファシズムではないだろうか。まあ、会社・企業というものは、会社が若い頃は一種のファシズムというか軍国主義状態にあって社員一丸となって、ある目的に向かって突き進むという状況はあってもおかしくはない。別にそれはおかしくは無いのだが、しかし歴史のある常磐炭鉱と言う会社である。そんな長い歴史を持っている会社が、そんなに「従業員皆が同じ方向しか向いていない状況」になるものなのだろうか。この辺はよく分からない。確かに会社が若い頃は従業員も社長がみて気に入るような同じような人間ばっかり採るわけだし、当然それはファシズムになっても誰もどこに問題があるの? ってなもんだろう。

 本当に常磐興産が全社一丸になったのか、いやいやそうでもなかったのかは、私自身が取材に行かない限りはわからない。ということなので、取り敢えずは清水氏のレポートをそのまま受け入れるしかない。そう、スパリゾ^トハワイアンズの面々は皆して一生懸命に復興に向けて働いたのだ。その結果、この10月からは再び開業が可能となった。よかったね。

 面白いのは会津から来たフラガールの招待要請である。福島県というのはかなり捻じ曲がっていて、いわき市を中心とした浜通り、福島市や郡山市がある中通り、そして会津若松がある会津地方という、ただし西南戦争で政府側についたいわき、福島、郡山という藩が一緒になれる可能性があったにもかかわらず、徳川方について(というか松平容保が藩主だったんだから当たり前だよね)最後まで戦ってしまった会津藩までも一緒に「福島県」としてしまったことに関する会津地方の恨みは大きい。そんな、会津がいわきに連絡をとってきたというだけでも、実は福島県にとっては「大事件」なんです。百数十年ぶりの出来事ってなもんでしょう。

 私は、そこが一番面白かった。多分、皆さんが面白がる、良かったなと思う場所とは全然違うでしょうけれども。

 ま、本なんてのは、読む人によって面白がりの場所が違うと言う典型ですね、これは。

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 これは常磐フラガールの「きずなキャラバン」とは関係ないらしい。普通の「フラダンス教室」の発表会みたいですね。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @恵比寿 (c)tsunoken

2011年11月 5日 (土)

今日は更新なしです。写真だけ、それも昔の…

まあ、いろいろあって今日は更新しません。もう飲んじゃったからね。

ごめんなさい。

ということで、写真だけ載せておこうかな。1枚だけ。

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EPSON RD1s Summcron/F2.4 @遠野 (c)tsunoken

2011年11月 4日 (金)

『死にたい老人』は実は「死にたくない老人」なのである

 死にたい死にたいと思って「断食安楽死」に挑戦するのだが、しかし、その度に断食死ができなくなるいろいろな「障害」が起きて、結局は著者は「生へのこだわり」を確認することになるのだが・・・。

『死にたい老人』(木谷恭介著/幻冬舎新書/2011年9月30日刊)

 木谷恭介氏と言えば、私なんかの世代になると、まず「トルコ風呂(木谷氏が活動していた時期はまだソープランドなんて言葉は無かった)レポーター」として、日本中のトルコ風呂を探訪し週刊誌なんかに書きまくっていたことをまず思い出す。その後くらいからだろうか、「小沢昭一の小沢昭一的ココロ」というラジオ番組の作家として活躍していたことを思い出す。

 その後、ミステリー作家に転じたようだが、そのころの事はあまり知らない。まあ、私がミステリーを読まないからなのだけれども、その木谷氏が82歳のときに決意したのが「断食安楽死」なのだそうだ。

 つまり、これは一種の「姨捨て」発想なのだろうけれども、生産性を失った年寄りが生きながらえていると共同体に迷惑をかける、そこで年寄りは自ら望んで「姨捨て」をしもらうという。しかし、作家である木谷氏はそうそう生産性を失っているわけではなくて、印税収入だってあるだろう。しかし、もっと年寄りになって、耄碌して子息の世話になりながら生きてのは忍びない、ということで「断食安楽死」を選んで、なおかつその「死に行く様」を記録しておこうおという、まあ作家ならではの発想であるし、一方、死に行くものが、そんな自らの死に行く様を記録しておこうなんて考えることがおこがましいともいえるのだ。

 むしろ、「断食安楽死」を望むのであれば、本来はもっとひっそりした行きかたがあるはずだし、そんな風に「自ら死に行く様を記録」しようなんてのは、むしろ「死への希求」であるよりは「生への希求」であるような気がしてならない。なぜなら、「自ら死に行く様の記録」なんてものは、死んだ人間(むしろ死んでしまえば、たんなる物体)にとってはその記録を確認できるわけもなく、それを確認しようと思えば生きているしかないのだ。

 結局、木谷氏は1回目の断食は持病の鬱血性心不全の発作が起き、意識不明の状態で病院に搬送されるという事態を招き断念。2回目の断食は持病の心不全の薬を、食事もとらずに飲み続けたために胃潰瘍になり、苦痛が激しく、医師に診断してもらわなければなくなって、そこで断食が医者にバレて断食中断。3回目は断食開始の日に、結局断念するということで、未だに断食安楽死はせずに生きている。

 自殺する真理というのは一種異常な心理状態になっていないと出来ないそうだ。また、断食行で即身成仏した高僧は、それなりに「悟り」に達していた僧であったそうだ。つまり、それも一種異常な精神状態と言えなくもない。

 それ以外の人間は結局「自らの寿命に従順に」生きるしかないのだろう。それを木谷氏のように「クールな判断で」自殺(断食安楽死も自殺と言えば自殺に違いないのだ)を決めることは、結局無理だということかもしれない。

 木谷氏の断食安楽死論も分からないではないが、しかし、それを実行するのは人間にとっては不可能と言う事ではないのだろうか。

 ましてや、私のような俗人においておや、というところである。

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 即身成仏してミイラになってしまうと、こんなに小さくなってしまうそうだ、というのは当然ウソです。この人は偉いお坊さんでもなんでもありません。単なる人形。

EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @谷中 (c)tsunoken

2011年11月 3日 (木)

鉄道オタクは健全に生きている

 現在、深夜0時10分。まだ会社で仕事をしているのだ。まあ、11月3日がお休みということで、なおかつ11月4日には別の仕事があるので、11月8日に使うプレゼン資料をなんとしてでも明日の朝までには作らなければならなくなってしまって、齢60にして十数年ぶりの徹夜仕事になってしまった。

 11月3日は今年最後の牛の角突きを見に行こうと思っていたのだが、それも無理だな。

 で、そんな忙しいのに何でブログなんて書いているのかといえば、まあ、気分転換といったところでしょうか。

 ということなので、今日はお気楽本でお茶を濁す。まあ、たまにはそんな日もあるさ。

『決定版 平成型車両 厳選140形式』(講談社編/2011年10月13日刊)

『子どもに絶対ウケる! 「パパ鉄」バイブル~大満足の全国鉄道スポット55』(笹田昌宏著/講談社/2011年10月27日刊)

 ということで、今日は「鉄ちゃん本」2冊であります。

 まず『平成型車両』

 すごいよね、鉄ちゃんの勢いは。当然、JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR九州のそれぞれ新幹線車両から一般狭軌路線、私鉄車両まで、市電、ライトレールや軌道+道路走行のDMVまで実によく取材をしたものだ。

 まあ、編集協力をした人たち、執筆者の人たちの「鉄道ヲタク」ぶりは相当なものだ。

『シート配列の変遷、ダブルデッカーの普及、動力機構のハイブリッド化など近年の鉄道車両のトレンド』について書いた、松尾よしたか氏(鉄道車両研究家)。

『ステンレス車体の普及に伴い激変した鉄道車両の車体デザインや、LED技術の発展によって大きく変わった車内サービスの改善』について書いた、松本典久氏(鉄道作家)。

『ドレミファインバーターを始めとするVVVFインバーターのサウンド比較や、警笛・車内チャイム音の変遷など近年の鉄道サウンドの世界』なんて、そんな世界があったのか、の片倉桂史氏。ドレミファインバーターって例の京浜急行のアレだな、くらいの事は知っているぞ。

『時速320kmの営業走行の実施や、リニアモーターカーやフリーゲージトレインなどの新技術開発により、近い将来さらなる変化が予想される鉄道車両の未来予想図の展望』などを書いた、塚本雅啓氏。

 などなど、皆さんはこれだけ読んで理解できますか?

 うむうむ、それだけ鉄ちゃんの世界は深いのね、ということだけである。当然、平成型車両なので、SLなんかはまったく載ってません。すべて電車型車両のみ。あ、DMVとかディーゼル車両は別ですが。

 それに比べると『パパ鉄バイブル』はもうちょっと入門的。

 要は、鉄ちゃんのパパが息子をダシにして自分も楽しんじゃおうという本です。

「インパクとれいん」「鉄道美景」「四季乗り降りの旅」「博物館」「グルメ鉄」「鉄宿」という具合にテーマが分かれていて、それぞれどうやって子どもを楽しませるか(といいながら自分が楽しむか)という本なのであります。

 まあ、どっちもどっちなんだけれどもね。

2011年11月 2日 (水)

『もう読みたい本がない!』なら読まなきゃいいじゃないかよ

『もう読みたい本がない!』って言うんなら、読まなければ? というのは簡単だ。

 しかし、そうした読書家というか愛書家の齊藤氏のややもすれば性急で稚拙な本なのだが、齊藤氏にはもう少しボキャブラリーを豊富にして、できればもう少し経済学をお勉強してから本を書けば、とだけ言っておこう。

『もう読みたい本がない!』(齊藤祐作著/幻冬舎ルネッサンス新書/2011年10月25日刊)

 齊藤氏が本が好きなのはよく分かった。しかし、だからといって、齊藤氏言うところの『コミックや、ライトノベルや、ケータイ小説などの「軽い出版物」だけでなく、番組本や、タレント本や、ハウツー本や、オカルト本や、ダイエット本や、家庭用及び携帯用ゲームの本などのような、「消費財」としての要素が強い出版物』をなぜことほど左様に否定するのだろうか。『純文学や、ノンフィクションや、社会科学書や、一般教養書や、啓蒙図書などのよな「文化財」としての要素が強い出版物や、「重厚な出版物」がベストセラーのランキングのトップ10を殆ど独占』していた時代はとうの昔に、それこそ齊藤氏が生まれる前に存在しなくなっていたのである。

 そんな、自分が生まれもいない前の時代にもどって齊藤氏は何をしたいのだろうか。その時はその時でいろいろ悩みを抱えていた出版業界ではあるのですよ。昔に戻りゃあいいってもんじゃない。むしろ、今の時代で今の時代の問題を解決するべきじゃないのか。つまり、『コミックや、ライトノベルや、ケータイ小説などの「軽い出版物」だけでなく、番組本や、タレント本や、ハウツー本や、オカルト本や、ダイエット本や、家庭用及び携帯用ゲームの本などのような、「消費財」としての要素が強い出版物』が氾濫する今の時代において、如何にマトモな精神で、生きていくか、どうやって「いい書籍」にたどり着けるのか、を考えるべきである。

 いまさら、時代を昔に戻すことは不可能なのだ。齊藤氏がいう『出版流通等監視委員会(仮称)』を作ったところで何も解決しない。それこそ「新刊点数制限」なんてものを作ったら、新規参入制限に繋がってしまい、そこに出版の自由という理念はどこにいってしまうのだろうか。出版は誰がやっても自由、誰が始めても自由、誰もが出版社・出版者になれるという、まさしく放送や新聞にない自由さがあるからこそ存在の価値があるのだ。齊藤氏が言うような「規制業種」になってしまったら、そんな自由な出版業界の面白さが無くなってしまうように感じるのだが如何。

 更に言ってしまうと、「再販制度(再販売価格維持制度)」と「委託制度(委託販売制度)」をやめれば、出版業界にある諸問題が一挙に解決するというのだが、実はそんなに簡単な問題ではない。

 じゃあ、再販制度も委託制度もないアメリカの出版業界がどうなっているかを見るべきだろう。本好きなら、とりあえずバーンズ&ノーブルとボーダーズがどうなっているか位は知っているよね。

 つまりそういうこと。再販制度と委託制度は切っても切れない制度なんだけれども、それが無くなった時の問題をシミュレートすると;

 再販制度が無くなったので、販売価格は書店が決められる。じゃあ、そのときにどんな問題が起きるかと言えば、大型書店チェーンが町の本屋さんよりは安く本を売れる、ということなのだ。つまり再販制度が無くなってしまえば、出版社から書店に(間に取次が入るけれども)本を卸すときの価格も変わってしまうということ。つまり、1,000部仕入れる大型書店チェーンと10部しか仕入れない町の本屋さんでは、当然仕入れ値が変わるわけだ。これは営業上の当然の処理ですね。結果、読者に売る値段も大型書店チェーンの方が安くなるわけです。つまり、大型書店チェーンがますます販売力をつけるということ。

 もうひとつ。じゃあ、そんな大型書店チェーンが大量に売れ残った商品を抱えてしまった。さあ、どうするか。出版社は次のベストセラー狙いの本をその大型書店チェーンに大量に仕入れて欲しい。しかし、前に卸した本が見込み違いで大量に残ってしまっている。当然、大型書店チェーンは「前の商品の返品を認めてくれたら、新刊を大量に仕入れます」という返事を出版社に返すわけだ。まあ、出版社はその要請には応じるわけですな。しかし、町の本屋さんが「前の売れ残りを引き取ってくれれば新刊を仕入れます」なんて言っても、多分それは出版社側から委託販売じゃないから「じゃあ、いいです。新刊売らなくても」ということになるだろう。で、ここでもますます大型書店チェーンの力が大きくなるということなのだ。

 ということになるのです。つまり、再販制度と委託制度は齊藤氏が言うような問題もあるかも知れないけれども、もう一方、ちゃんと業界を守っている制度でもあるのです。

 そう、つまり再販制度と委託制度は齊藤氏は目の敵にするけれども、現状では「まだ、町の本屋さんを守る制度的保守」にはなっているのだ。これを、今すぐなくせというのは、齊藤氏自身が批判している、まさに「新自由主義」そのものじゃないのか?

 ということで、この本で再三齊藤氏が言っている「自民党、民主党、経団連、連合、その他旧守派からのバッシング」なんてありません。本当はバッシングを受けたかったのかな。しかし、残念ながらそれは叶わないのです。要は、それほど「自民党、民主党、経団連、連合、その他旧守派」には届かないメッセージなんですね。

 まあ、申し訳ないけれども、この程度の言論じゃ出版業界の話題にもなりません。素人の言論以前に、経済原則も分かっていない人の言論じゃね。おまけに、少子化問題はまだしも、ダム建設や特殊法人問題が何で出版業界の問題とリンクするんだよ。勿論、無関係とは言わないが、それはあまりにも「風が吹けば桶屋が儲かる」的な議論でしょ。

 ついでに言っておくけれども、この程度の本の内容も精査できない幻冬舎ルネッサンスの出版部・編集部ってどうなのよ。出版社にいる人間としては、もうちょっと出版業界のことを分かっている人に書かせた方がいいなじゃないか。あるいは、もうちょっと、出版業界のことを分かっている人に編集させた方がいいんじゃないか。と、思うんですけれどもね。

 でも、幻冬舎ルネッサンスがこれでいいと思っているのなら、それでもいい。要するにそんな会社は近々に潰れるだろう。

 そうやって、潰れる会社、興される会社が次々にあってこその出版業界なのだ。それが正しい状況。

 まあ、産業としては、まったく日本国からは相手にされていない、たかだか業界売上が2兆円以下の業界ではあるけれども、でも、それなりに生きていくには面白い業界ではあるのですね。

 

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EPSON RD1s Elmarit 28mm F2.8 @駒沢 (c)tsunoken

2011年11月 1日 (火)

『初音ミク革命』が本当に革命的なのは、メディアの力にまったく頼っていないということなのだ

 オタクな大学生が書いた卒業論文が本になった、ということなのだが。

『初音ミク革命 とある学生の一考察』(阿部裕貴著/千葉北図書/2011年8月16日刊)

 この本の存在をはじめて知ったのはAmazonではなかったかな、だからそのままAmazonで注文したのだが、「千葉北図書」という茨城県に本社のある、ワンダーコーポレーションという書店チェーンが親会社の新しい出版社は、Amazonとあまり付き合いがなかったのか(でも本の存在を知ったのはAmazonなんだけれどもなあ)、Amazon経由で1ヶ月程過ぎてやっと入手した。ほとんど、注文したことは忘れてしまったんだけれどもね。入手して初めて、「ああ、こんな本のことをどこかで見たな」なんて思い出している状況で……。最早、耄碌しているのかな。

 初音ミクってなんじゃいな、なんて言っている遅れたおじさんにちょっとだけ説明すると、ヤマハが開発した「歌詞とメロディーを入力することにより、歌声を作り出す技術とそれを応用したアプリケーション“VOCALOIDO”」を使って、北海道のクリプトン・フューチャー・メディアと言う会社が作ったソフトウェアの名前であり、同時にそのソフトウェアについてくるキャラクターの名前であり、そのソフトのユーザーがVOCALOIDOと初音ミクを使って、ニコニコ動画などに自ら作詞・作曲した楽曲と、それを歌っている初音ミクのプロモーションビデオ風の映像を投稿する、という全ての動きを総称して言うのである、ってああ疲れた。

 まあ、よく分からない人はこれを見てください→ http://www.youtube.com/watch?v=vHycVHJ2raA

 要はアメリカ・トヨタが初音ミクをCMキャラクターとして採用したということなのだけれども。同時に、当たり前の話だけれど、この初音ミクを車のボディに描いた「痛車」(もう解説は面倒なのでWikipediaで見てください)を作ったり、日本でもGTレースで初音ミクの痛車がポルシェ・チームにある。

 まあ、それだけおじさんが知らない間に、モーニング娘とかAKB48だけじゃなくて、もっと違うカルチャーが、というかバーチャル・キャラクターによるバーチャル・カルチャーが生息し始めているのだ。まあ、初音ミクの新しさから比べたら、AKB48なんていわゆる「普通のアイドル」じゃないかよ、ってなもんだ。

 特に、初音ミクが面白いのは「レコード会社に所属もしていなければ」「芸能プロダクションにも所属していないし」「マスメディアでも取り上げられたことがない」アイドル歌手がいる、ということなのだ。何せバーチャルな存在だから。

 おまけに彼女に楽曲を提供しているのも、別にプロの作詞家・作曲家ではない。まさにネット社会の住人たる、アイドルオタクのお兄さんたちなのだ。そんなアイドルオタクのお兄さんたちの作詞家・作曲家が既に1千万円以上の楽曲使用料を受け取っている人もいるそうな。そう、おじさんたちが知らないうちに、世の中は確実に変化をしているのだ。

 そんな初音ミクがいよいよエンターテインメントの本場、アメリカはロサンジェルスにまで進出、って言っちゃうと実はあまり本当のことではない。阿部氏のレポートによれば、行ったのは"ANIME EXPO 2011"という、アメリカの日本アニメオタクの集まりの周辺イベントとしてノキアシアターで行われた"MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES"というイベントであり、つまりお客さんのほとんどは"ANIME EXPO"参加者なのでありまして、つまりお客さんは皆、日本アニメ及び日本アニメのキャラクターや、日本オタクおキャラのファンという、当然アメリカの主流の住人じゃないということなのだ。

"ANIME EXPO"は私も参加したことがあるが(お客じゃなくて、映像提供者としてね)、やはりそこはアメリカ西海岸の、東洋系が多い、そんなカルチャーの場所である。決して、アメリカのメインストリームではない。アメリカのメインストリームは「世界中がアメリカ語を喋っていて」「首都ワシントンやニューヨーク、ロサンジェルスなんて大都市には行ったことがないというより、それらの都市がアメリカのどこにあるのかも知らない」「内陸部の人たちは海も見たことないし、南部の人たちは雪なんてものの存在すら知らない」、そんな超田舎者集団なのだ。それがメインストリームのアメリカ人。

 そこは間違えちゃいけないんだが、やはり日本のオタクカルチャーしか知らない阿部氏なんかは、ちょっと浮き足立っちゃうのかもしれない。

 確かに、海外進出であることは事実ではあるけれども、それだけで満足しちゃいけません。やはりアメリカのサブカルチャーとメインストリームとでは、天と地くらいの世の中に与えるインパクトの違いがある。まあ、あまり浮き足立たないで、今後の展開を期待しましょう。オタクが世界を変えるってこともあるかもしれないからね。

 しかしまあ、おじさんたちが知っているバーチャル・アイドルは『超時空要塞マクロス』のリン・ミンメイだろうが、そんなバーチャル・アイドルが既に現在は実在(?)するようになったのだ。すごいね、もうそんな時代になったのだ。

 

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ちなみにこちらも可愛いし、足が地面についていないように見えるけれどもバーチャルじゃないよ。RASHERSのキャップを被っている。多分、お父さんが立教大学のOBなんだろうな。

Nikon D70 AF Nikkor 70-200 @川崎 (c)tsunoken

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