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2011年10月 1日 (土)

『いますぐ書け、の文章法』も後半はホリイ流ムチャクチャ文章論なのであった

 おお、堀井憲一郎の本だ、と思って読んでみたのだが、いつものホリイ節じゃないんだよな、これが。多分、「ライター講座」の講師を務めている堀井氏が、よしライター講座ネタでひと稼ぎしてやろうじゃないかよ、と考えて書き始めたのだろうな、というのが見え見えである。

『いますぐ書け、の文章法』(堀井憲一郎著/ちくま新書/2011年9月10日刊)

 ところが、全10章のうち6章あたりまでは、そんな「ライター講座」ネタで進むのだが、第7章あたりからは、いつものホリイ節に戻ってしまい、もはや論旨はムチャクチャですわ。

 ということで、とりあえず章構成とその章のポイントになる文章を見ると;

第1章 プロとアマチュアの決定的な差 読む人の立場で書け/文章を書くことは、自分を“さらす”ことだ

第2章 文章は人を変えるために書け まずは自分が驚け

第3章 客観的に書かれた文章は使えない 文章は、あくまでも個人から発するものである/文章は、ふつう独断と偏見によって書かれるものなのだ

第4章 直観のみが文章をおもしろくする 

第5章 文章は言い切らないといけない まず、結論を書け。結論から書き出せ。それが強く書く秘訣でもある。

第6章 文章で自己表現はできない 文章を書くとき、辞書なんか引いてるんじゃねえ/世間意合わせていくという、おそろしくつまらない手順を経ないと、なかなか表現の場は確保できないのである

第7章 事前に考えたことしか書かれていない文章は失敗である 文章は暴走する

第8章 文章を書くのは頭ではなく肉体の作業だ 「締め切り」は落ち着かない心持ちをつくり出すのにすごく有効です

第9章 踊りながら書け 

終章 内なる他者の形成のために 

 とまあ、これはホリイ氏じゃなくても、多分私でも同じことを言いながらライターをいびってただろうな、という内容。

 そのほか『手書きの時代は、もう少し行数を最初から合わせて書いてましたね。1回で綺麗に行数を合わせたりして、そおいうことをすごく楽しんでいたりした』(第7章)なんてのは、実は私もそれこそ「tsunokenの映画評」なんかを書いていた頃は同じような気持ちもあったな。というか、多分、手書き時代のライターなんかは皆同じような気持ちであったのではないだろうか。お見事、予定していた行数・字数でうまく収まったときなんかは、「やったぜ!」なんて心の中で叫んだりして。

 第7章にホリイ氏の結論が書いてある。

『事前に、書く内容は決めてある。最終的に言いたいこともほぼ決まっている。どっちの方向に行くか、どこが着地点か、それは事前に見えている。

 ただ、それをどんなところから導入して展開して、その着地点へ向かうのか、そういうビジョンは持たずに書き出す。それは、書き出したあと、誰かが引っ張ってくれる力によって書いていくものだからだ。』

 そうなのだろうか。私なんかは事前に決めた着地点じゃないところに落ち着いてしまうことなんかがしょっちゅうあるし、とりあえず、事前に着地点がみえないまま書き出してしまい、結果として、ああこういう所に落ち着くのね、なんて自分で書いてはじめて分かることもある。

 まあ、その辺が「原稿料」を出版社からいただいて書く文筆業者と、われわれ素人ブロガーとの違いなのだろう。文筆業者の場合は、あらかじめ文章量は決められており、書く内容・方向についても編集者と打ち合わせ済みである。その中での自由度はそれなりの自由度なのであろう。勿論、高名な作家先生の書くエッセイなんかは、編集者との打ち合わせもなく、勝手に書きとばしているのだろうけれども。

 素人ブロガーなんてもっと自由だ。文章量も決めていないし、書くネタだって自分で勝手に決めるだけである。勿論、その分、職業コラムニストの書く文章に比較して「劣度」はあるだろうけれどもね。

 でも、私のこのブログでも、やはり毎日読んでくれる300人から600人の「お客様」を意識して書いてるわけで、やはり「読んでくれる人が確実にいる」という状況の中で文章を書けることは幸せなのかもしれない。まあ、やはり書く以上は読んでくれる人がいないとね……。

 で、最後に堀井憲一郎氏は酒を飲んで原稿は書かないそうだ。つまり『酒を飲むのは酔っぱらうためで、酔っぱらってから仕事をしてどうすんだよってことですけど、そういう酩酊状態は、文章を書くのには無制御すぎるわけで、ある程度、制御されたなかでの攪拌と飛躍が大事なわけです』なんて書かれちゃうと、その昔から酒を飲みながら、その酩酊状態のなかでこそ発見できることを見ながら文章を書いてきたtsunokenはどうなるのよ。勿論、酩酊状態で書いた文章を翌朝読んで、まるまる捨てたなんてことはいくらでもある。しかし、そんな経験を経て、いまや立派な酩酊ブロガーとなってしまったtsunokenは、多分これからも酩酊しつつ書いていくんだろうなあ。

 実は、この酒を飲みながら文章を書くってのは、阿刀田高氏の真似なんだけれどもね。

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