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2011年10月28日 (金)

にっぽん劇場写真帖 【新装版】

 すごいな森山大道氏。三度目の復刻版を講談社のHugeの復刻シリーズでまたまた出したのだ。

『にっぽん劇場写真帖 【新装版】』(写真:森山大道/文:寺山修司/講談社/2011年10月31日刊)

 オリジナル版が1968年に室町書房から出版されて、1995年にはフォト・ミュゼから復刻版が出て、2009年には月曜社から『にっぽん劇場 1965-1970』というタイトルで一部復刻、そして2011年には講談社から【新装版】として復刻版が出版されたのだ。なんとまあ、オリジナル版を持ってない私は、結局全部買うことになってしまったのだ。

 ああ、なんと商売の上手いのは森山氏なのだろうか、あるいは講談社か?

 いずれにせよ、こうした形で森山大道氏の写真を見られるのはうれしいことなのだし、当然それらの写真集は「アレ・ブレ・ボケ」の頃の森山写真である。

 ここのところ、森山大道氏の写真集がいろいろ復刻されている。その意味では、ある種の幸せ感をもっているのであるが。しかし、我々はそろそろそうした森山大道氏の昔の写真ばかりを見ることはやめにしなければならないのじゃないか? 今の、もう少しクリアカットになった森山写真や森山デジタル写真なんかも見なければいけないんじゃないのだろうか。

 勿論、そこにあるのはやっぱり森山写真でしかないし、もはや「進歩」なんてこととは一切関係なく、ただそこにある森山写真。新宿や、大阪や、ニューヨークだったり、ブエノス・アイレスだったり、写す場所は違えども、見るものは同じ森山写真でしかないのだ。いかにも、これは森山写真じゃないと出せない「味」なのだろうか。

 こうなると、最早、古典落語と同じだね。演じているのは昔からず~っと演っていた超古いネタ。しかし、演るたびに面白い発見があるという、古典落語。そんな古典落語のような森山写真を見たいがために、写真集を買ったり、写真展にいったりする。そして、そこに改めて、うん、やっぱり「森山写真」だということを「確認」して、安心する我々ってなんなの?

 この辺が、いまだに我々を挑発し続ける篠山紀信とちょっと違うところ。もはや、古典落語になってしまった、森山大道氏や荒木経惟氏のような存在の意義と言うものを考えなければいけない時代になってしまった、ということなのだろうな。

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