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2011年10月

2011年10月31日 (月)

『スティーブ・ジョブズⅠ』まで読んだけれども

 先週木曜日に読了、ったってまだⅠしか出ていないのだから、完読とはいえない。取り敢えず、半分読了というところ。Ⅱは明日発売になる。

『スティーブ・ジョブズⅠ』(ウォルター・アイザックソン著/井口耕二訳/講談社/2011年10月24日刊)

 前半(つまりⅠ)は、ジョブズがアップル・コンピュータを追われて、ネクスト・コンピュータを設立し、ピクサーを買って『トイ・ストーリー』が出来るまでのことで、この辺はかなり知られているエピソードが多い。勿論、「現実歪曲フィールド」のことなんかは、ほとんど初めから「現実歪曲」をしていたんだなこの男は、という感じである。

『大なり小なり現実をねじ曲げる人は、もちろん、たくさんいる。ジョブズの場合は、なにかをなし遂げるための戦法としてそれを使う。ジョブズが戦略に長けているのに対して、ウォズニアックは正直を絵に描いたような人物だが、そのウォズも現実歪曲フィールドの効果はすさまじいと認めている。

「論理的にありえない未来を見ているとき、かれは現実歪曲の力を発揮するんだ。ぼくならほんの数日でブレイクアウトゲーム(ブロック崩し)が設計できるって宣言したときみたいにね。本当のはずがないってみんなが思うのに、彼はなんだかんだで本当にしてしまうんだ」

 マックチームのメンバーだったデビ・コールマンによれば、いったん現実歪曲フィールドにとらえられると催眠術にかかったようになるらしい。

「彼を見ているとラスプーチンを思い出します。レーザーのように見つめられるとまばたきさえできなくなります。紫色のクールエイドでもなんでも、差し出されたものを飲んでしまうのです」

 彼女もウォズニアックと同じ意見で、現実歪曲フィールドがあったから世界が変わった、ゼロックスやIBMとは比べものにならないほど少ない資源でコンピュータの歴史を変える成果が出せたのだからと言う。

「自己実現型の歪曲で、不可能だと認識しないから、不可能を可能にしてしまうのです」

 現実歪曲フィールドの根底にあったのは、世間的なルールに自分は従う必要がないという確固たる信念だ。証拠もあった。子ども時代、自分が望む形に現実を曲げることに何度も成功しているのだ。しかし、ルールを無視してもいいという信念を生んだ、最大の源は、頑固で反抗的な彼の個性だろう。』

 とまあ、ほとんどまわりにいる人間にとっては迷惑な存在でしかない。本当に。

 面白かったのは、スタンフォード大学での講演で言った有名な言葉「Stay Hungry, Stay Foolish (ハングリーであれ、バカであれ=分別くさくなるな)」というものも、実は「ホールアースカタログ」の最終号の裏表紙に書かれていた言葉である、ということ。つまり、あの有名なセリフですら、他からの剽窃だあったということなのだ。なるほど、だとしたらゼロックスのパロアルト研究所でみたGUI(Graphical User Interface)をまんまパクってマッキントッシュに使ったことなんて、実はこの男にとっては「ごく当たり前」のことだったに違いない。

 おまけに、そのGUIをビル・ゲイツがWindowsでパクった時には、それに怒ってみせるという、なんか分裂症じゃないかというほどの男なのだ。

 さらにジョブズの世界観として有名な、「世の中には『賢人』と『馬鹿』しかいない」と言う発想方法なんかは、完全にアメリカ人の単純短絡発想なのだろうな。ただし、前の日に完全に「馬鹿扱い」して否定したことを、次の日にはあたかも自分の以前からの意見だったように取り入れてしまう、というのは「編集長やプロデューサーにとって朝令暮改は特権だ」といって周囲を振り回していた、私の以前の姿を見るようで面白い。

 まあ、それは経営者としては決して間違った方法論ではないのであるが。それがとてつもなく極端に出た男がスティーブ・ジョブズという男なのだろう。

 私も以前はマックユーザーだったのである。パワーブックから始まってパワーマックにいたり、しかしWindows 95が出てからはWindows使いになってしまった。会社がまだパソコンを導入する前までは、皆、MacやDOS-V、PC9800なんかを勝手にみんな自分で買って使っていたのだが、会社が本格的にパソコンを導入してからはWindowsが主流になってしまい、私もあえなくWindows派になってしまった訳なのであるが、しかし1年後に定年となり、あとは又フリーになる訳なのだから、再びMacに戻ろうかしら、というかPower Book Airというのにあこがれているのである。iPADは買ったけどあまり使わずに息子に上げてしまったけれどもね。やっぱりキーボードがあった方が使いやすい、という年代なのだろうな、私も。

 ステーブ・ジョブズという男は、この本を読むと、絶対に一緒に仕事はしたくない男だが、その男が作り出すギミックにはおおいに興味がある私なのだった。

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 東大のチアガール“クランツ”の女の子。“彩色兼備”というのはこういうことなんだろうな。

Nikon D70 Tamron 200-500 @調布 (c)tsunoken

2011年10月30日 (日)

ちょっとした番狂わせ

 ちょっとした番狂わせがあった。関東学生アメリカンフットボール・リーグ戦である。

 昨日は調布市のアミノバイタルフィールドで関東1部リーグAブロックの日大vs.国士舘大戦と早稲田大vs.明治大戦。1部Bブロックの中央大vs.東京大戦が行われたわけなのであるが、日大vs.国士舘大戦は予想通り68対0という大差で決着し、国士舘大の入れ替え戦出場決定となった。さて出かけるかといってアミノバイタルフィールドに着いてみたら、なんと早稲田大vs.明治大戦が第4クォーターで21対3という大差で明治大が勝っている。

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 早稲田大のランニングバック(RB)#10末吉君はどうしたのだ、と思っていたのだが、どうも前戦で怪我をしたようで、あまり出ていなかったようだ。それでも最後の方では出場して、タッチダウンを奪う活躍を見せていたが、それでも明治大に追いつくことなく、28対16で試合は明治大の勝利で決着。これで全勝の日大と1敗の早稲田大が最終日に決戦をすることになった。

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Nikon D70 Tamron 200-500 (c)tsunoken

 そうか今日は番狂わせが起きる日なんだと思って、本来の今日の一戦、中央大vs.東京大戦を見たわけなのだが。

 まあ、やっぱり奇跡は起きないわけで、中央大のRB#33横田君に走り回られて、あえなく東京大は惨敗。

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 せめて東京大クォーターバック#15高木君が自ら走りこんでタッチダウンを奪ったのが、唯一の東京大のタッチダウン。49対7という先週の対法政大戦と二度続けて惨敗という結果となった。

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Nikon D7000 AF Nikkor 70-300 (c)tsunotomo

 まあ、中央大卒という私にとっては嬉しい勝利だが、息子がプレーヤーでいる間は東京大にも勝って欲しいという親心もある。

 しかし、これで中央大は法政大と全勝決戦を11月13日の第2試合を横浜スタジアムで行うことになった。当日は、第1試合が慶応大vs.東京大戦、第3試合が早稲田大vs.日本大戦なので、かなり面白い一日になりそうだ。

 

2011年10月29日 (土)

シンポジウム

 第24回東京国際映画祭の関連事業である第8回文化庁映画週間 Here & There シンポジウム―MOVIE CAMPUSー(ああ長いな)とうものに参加すべく、六本木アカデミーヒルズまで行ってきた。

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 シンポジウムの内容は第一部として『今、日本のアニメーション映画の未来を考える』として、東京藝術大学の教授である岡本美津子さんをモデレーターとして、スタジオピエロの社長にして日本動画協会理事長の布川郁司氏、東映アニメーションの海外部門を統括する風早完次氏、アニメ監督の沖浦啓之氏、アニメーターの鈴木亜矢氏、アニメ評論家の氷川竜介氏をチューターにして行い、第二部としては「映画でつながるために。―風穴を開けつづける映画業界の挑戦者たち」と題して、映画製作会社のROBOT創業者の阿部秀司氏、東宝の川村元気氏、GEM Partnerの梅津文氏を招いて、モデレーターに映画ジャーナリストの斉藤守彦氏が立って行われた。

 さすがに東京藝術大学の教授が構成した第一部は見事に作られていて「企画開発について/海外展開について/制作体制・方法について/人材育成について/アニメ業界全体の基盤整備について」という5項目に関して、まあそれなりの発言を各氏からいただいて、それなりの収穫はあったのかな。いまさら、そんな収穫をしても意味ないのだが。

 面白かったのは、イギリスやフランスといった日本とはかなり異なるアニメーション制作環境のなかで育ち、いまはマッドハウスという典型的な日本のアニメプロダクションで仕事をしている鈴木亜矢氏の話であった。アニメスタッフ(原画マン)として雇ってもらうための方法論が、イギリスと日本ではまったく異なること、で、その理由は多分アニメの制作本数の問題ではないか、という布川氏の助言もあり、う~む、なるほどそういうこともあるのだな、と言う感をもって眺めていた。

 第二部は、第一部と大いに異なって、阿部氏と川村氏の「放談会」という感じで、両者の今まで、プロデューサーとして作ってきた作品が、どういう経緯で企画となったのかという話が中心になって、話された。まあ、それはそれでいいのだけれども、結局それって自慢話でしょ、ということにもなってしまう。

 まあ、この辺はモデレーターによる内容の作りの変容ということなのだろけれども、まあ、それは二人のモデレーターの資質を考えれば仕方のないことかもしれない。

 でも、一部・二部の共通する結論は、結局映画は「企画」なんだよ、というところ。そりゃ、そうだよな。映画と言うのは(じゃなくても全ての創作物は)、まず企画があって、そこでその映画の(作品の)「企み」(それは作品内容だけじゃなくて作品全体の狙いのような)が語られるわけである。その企みが面白そうであれば、そこに出資する人間が増えるし、その企みが周囲から理解されなければ、出資する人間は減る、というある種、とてつもなく簡単、というか単純な思考でもって、その企画がGOかOUTかが決まるのである。

 そんな感じで、東宝でもおクラにされた企画も死屍累々だし、同じく松竹も東映、角川(大映)も同じであろう。そんな死屍累々の企画にも、どこか面白いことがあるかもしれない、だったら、阿部氏のようなインディペンデントのプロデューサーに話を持っていくほうが、現実的かも知れない。

 だが、やっぱりそれはヒットしないだろう。せいぜい中ヒットで、劇場収入ではP&Aも出せずに、悲惨な状況に追いやられてしまうのだ。他所から出資金を集めてしまえば、「製作会議方式」という日本独得の方式になるのだ

 まあ、それが低予算日本映画の実際。東宝の川村氏には知りえない世界なんだろな。

 CGやデジタルカメラのおかげで、低い予算でも成功が見える作品もある。しかし、そうした作がメジャーの足元を喰うこともあるだろ。

 その辺の、「特殊メイク」なんてものも意外といけるものなのよ」ってなもんです。

 でまあ、結論からすれば、「男って体で勝負するしかなんだよ」

 ま、そんなもんです。

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EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @恵比寿  (c)tsunoken

2011年10月28日 (金)

にっぽん劇場写真帖 【新装版】

 すごいな森山大道氏。三度目の復刻版を講談社のHugeの復刻シリーズでまたまた出したのだ。

『にっぽん劇場写真帖 【新装版】』(写真:森山大道/文:寺山修司/講談社/2011年10月31日刊)

 オリジナル版が1968年に室町書房から出版されて、1995年にはフォト・ミュゼから復刻版が出て、2009年には月曜社から『にっぽん劇場 1965-1970』というタイトルで一部復刻、そして2011年には講談社から【新装版】として復刻版が出版されたのだ。なんとまあ、オリジナル版を持ってない私は、結局全部買うことになってしまったのだ。

 ああ、なんと商売の上手いのは森山氏なのだろうか、あるいは講談社か?

 いずれにせよ、こうした形で森山大道氏の写真を見られるのはうれしいことなのだし、当然それらの写真集は「アレ・ブレ・ボケ」の頃の森山写真である。

 ここのところ、森山大道氏の写真集がいろいろ復刻されている。その意味では、ある種の幸せ感をもっているのであるが。しかし、我々はそろそろそうした森山大道氏の昔の写真ばかりを見ることはやめにしなければならないのじゃないか? 今の、もう少しクリアカットになった森山写真や森山デジタル写真なんかも見なければいけないんじゃないのだろうか。

 勿論、そこにあるのはやっぱり森山写真でしかないし、もはや「進歩」なんてこととは一切関係なく、ただそこにある森山写真。新宿や、大阪や、ニューヨークだったり、ブエノス・アイレスだったり、写す場所は違えども、見るものは同じ森山写真でしかないのだ。いかにも、これは森山写真じゃないと出せない「味」なのだろうか。

 こうなると、最早、古典落語と同じだね。演じているのは昔からず~っと演っていた超古いネタ。しかし、演るたびに面白い発見があるという、古典落語。そんな古典落語のような森山写真を見たいがために、写真集を買ったり、写真展にいったりする。そして、そこに改めて、うん、やっぱり「森山写真」だということを「確認」して、安心する我々ってなんなの?

 この辺が、いまだに我々を挑発し続ける篠山紀信とちょっと違うところ。もはや、古典落語になってしまった、森山大道氏や荒木経惟氏のような存在の意義と言うものを考えなければいけない時代になってしまった、ということなのだろうな。

2011年10月27日 (木)

私の蒙を啓いてくれた『追及権』

 蒙を啓いてくれた「追及権」なのであった。

『文化のための追及権 日本人の知らない著作権』(小川明子著/集英社新書/2011年10月19日刊)

 確かに、私は一時、著作権ビジネスに関わる部署にいたことがあり、それなりに著作権については詳しいと思っていたのだが、その当時、美術家に関しては著作権がありながら、一方、美術品の所有権というのは「移ってしまう」のだから、どうやって著作権を主張するのだろうか、という疑問は持っていた。しかし、美術品が誰かに買われてしまった以上は、買った人に所有権が移ってしまい、その結果としての所有権から所有権の移動に関して、著作権者はなにもその異動に対しての財産分与にあずかれないということに対して、ちょっとは理不尽な思いを持っていた。

 そんな時に見た「追及権」である。「追求権」でなはい「追及権」である。その意味の違いは分かりますね。その追及権が著作者人格権にもとづくものだというのも凄いね。つまり、それは他人に譲渡できない権利なのだ。絵画を、彫刻を、版画を作った人にはすべてこうした著作者追及権があり、それは他人に譲渡できない権利であるというのは凄い。

 こんな権利を、しかし、EUだけの権利であり、アメリカや日本では未だに確立されていない権利であるというのもおかしい。が、しかし、たしかに文化的に進んでいる(というか、要は、昔の文化でしか生きようのない)ヨーロッパで確立された権利であり、アメリカや日本という「文化的」後進国(つまり、それは文化はこれから育つのであるから、取り敢えずは経済優先でしか生きようのない)である国々で制定されていない法律ということなんだろうな。

 では、この文化的後進国である日本はどうしたらいいのであろうか。日本も「追及権」を主張して闘うべきなのか、あるいはそんな闘いを避けて自分の権利だけを守ればいいのだろうか。たとえば、東山魁夷という画家は自分の作品を売りに出さないようだ。そして、様々なところで「東山魁夷展」を開催し、そこでの「東山魁夷図録」による印税収入を基本に考えているようなのだ。それは、それでまったく正しい。

 でも、それは東山魁夷だから出来ること、と言われてしまってはそのとうりである。しかし、画家がその権利と収入を確保するべき方法としては、いやあ「真っ当」ですよね。

 問題は、その「真っ当」が使えない画家たちの問題なんだけれども、その人たちって、はたして、現代の人々にインパクトを与えるような作品を提供しているんでしょうか。多くの人たちに感動を与えない作品を描いていても、そんな美術家に権利的な支援を与えても意味はない、というところが普通であろう。

 まあ、取り敢えずはそんな「食えない」芸術家たちが「食えない」デモでもやって、まず一発インパクトを与えるしかないですね。じゃないと、文部科学省はやる気ありません。全然。

 一方、そんな日本の状況を、もっと小川さんは言ったほうがいいなじゃないか。海外の状況を報告してくれるのはそれでそれでいいのだが、問題は小川さんも言うとおりの日本問題でしょ。

 だったら、もうちょっと日本の文部科学省に文句を言おうよ。

 ちなみに、現状での文部科学省の見解は以下のとおり。

事項名 (M)「展示権の拡大」、「追及権の創設」

要望している団体等協議の相手方等
団体等の名称

 日本美術家連盟

 全国美術館会議(予定)
 全国美術商連合会(予定)
それぞれの主張追及権の問題は現在の法制定時に論議されましたが、時期尚早ということで、制度創設は見送られた経緯があります。
パブリック・オークションシステムの不備がその理由ですが、民間によるいくつものオークションが行われるようになった今日では、追及権制度を創設すべき環境が整っているとかんがえます。
美術家は自作を一度手放したら、後日、それがいかに高額で取引されようとも、経済的価値を生み出した源泉である著作者やその遺族は、その恩恵にあずかることはできません。
平成15年1月以降の協議状況
平成 年 月 日
今後の協議の見通し美術家連盟内では「追求権の創設」についての研究会等を開催して、今後の方針を検討しているところです。また、「展示権の拡大」については、今後の課題として検討を進める予定です。
今のところ相手方との協議日程は決まっていません。

文部科学省ホームページより引用

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あなたもそう思うでしょ、って言ったってこいつじゃ無理か。

EPSON RD1s Summicron 35mm/F2.8 @茨城  (c)tsunoken

2011年10月26日 (水)

『格安エアラインLCCで飛ぼう』というのはいいけど、アジア圏内ばかりじゃね

 さすがに『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)の下川氏である、当然、アジア・ヨーロッパ・北米におけるLCC(ローコストキャリア=低運賃航空会社)については詳しいわけだ。

『格安エアラインLCC(ローコストキャリア)で飛ぼう』(下川裕治著/講談社ビーシー/2011年10月27日刊)

 問題は、この日本においてはあまりLCCのことは取り上げられないということなのだけれども、結局、LCCというのは近中距離便に適用される方法論なのらしいので、結局、「海を越えなければいけない」日本から海外への便にはあまりなかったということなのね。

 でも「誰がそんなとこ利用するんだ」と言われた茨城空港が中国便のLCC空港になったということを見ると、ああ、最早LCCなんだ、という風にも案じるな。

 で、「目に見える経費削減策」としては;

機内食を廃止し、機内映画や音楽もやめる/とにかく座席数を多くする/飛行機まではバスか徒歩が基本/混みあう大空港の利用を避ける/自前のターミナルをつくる

 ということだが、「自前のターミナルをつくる」となってしまっては、結構お金がかかるし、空港が用意したターミナルを使うより、自前のほうが安くつくという判断がないとだめだろう。要は、LCCとして相当の実績もないとダメだろうといことだ。

 もうひとつ、「気づきにくい削減策」というのもあって;

航空券の販売店をもたない/荷物代と運賃とは別にするメリット/機材を統一する/30分という短い空港の駐機時間/人件費を低く抑える

 要は、なんだこれ、単に「サービスをする人間を減らして、当然、サービスも悪くなる」ことを前提として、それでもいいというお客さんだけを運びますよ、という発想なのだ。それはそれでいい。

 要は、時間がかかるけれどもお金がかからないバスを選ぶのか、同じくお金はかからないけど、ちょっとバスよりは高い分早くつく飛行機を選ぶのか、という競争なのだ。だから、つまり、どこの国にも行くにも(おまけに国内だって)「海」を越えなければいけない日本ではLCCというものが発展しなかったんだな、というのはよく分かる。まあ、バスと競争はしなくて良かったからね。

 ただし、日本においても最早LCC競争とは無縁と言うわけには行かなくなってしまった以上は、たとえば「東京-沖縄」便片道30,000円なんていう国際便よりも高い料金設定はなくなるのだろう。そう、そんなこともあって(というだけじゃないけれども)私は北米やヨーロッパには何度も行ってるけれども、一度も沖縄に行ったことがない、という中途半端な国際人(?)なのである。

 まあ、沖縄だけじゃなくて、妻の母親の生地である山口にも一度も言ってないんだけれどもね。山口といっても長州じゃなくて周防だから、私の母方の遺言(母方の祖先は会津松平藩の家老だそうです)から行ってもても問題はない筈なんだけれども。

 まあ、そんなくだらないことを言いながら、今日は暮れるのです。

 メインは別の本『スティーブ・ジョブズⅠ』を読んでいるわけです。『格安エアライン』はセカンド・リーディング。

『スティーブ・ジョブズⅠ』3/4まで読みました。まあ、今まで読んでいたジョブズの各種伝記とそんなに変わっているわけではないけれど、それなりには面白い。『Ⅰ』だけで感想を書くわけにはいかないので、どうしようかな。書いちゃうかもしれないけれども。

2011年10月25日 (火)

『日本を滅ぼす<世間の常識>』というよりも、最早、「日本は滅んでいるんです」といった方が潔いじゃないの

 ところで、この本の著者である森巣氏は「ウヨク」なんだろうか「サヨク」なんだろうか、なんてことを考えること自体が、いまや無駄という時代になったのだろうな。

『日本を滅ぼす<世間の常識>』(森巣博著/講談社現代新書/2011年10月20日刊)

 なにしろ左翼も右翼もいまや「反原発」であり「脱原発」なんだものなあ。昔、「反原発」なんてことを言い出すと、すぐに「この非国民!」「サヨクめ!」「共産主義破壊分子」「トロツキスト」なんてことを言われた頃から較べると、まさに隔世の感がありますな。まあ、左翼が言うのが反原発で、右翼が言うのが脱原発で、左翼がいうのが電力会社なんて潰せだし、右翼が言うのが電力会社の独占禁止なんて、あまり言うことの違いがなくなってしまっている。

 いまや「脱原発」を言わないのは一部の(えっ? 一部になってしまったの?)「親米ズブズブ右翼」と民主党や自民党の電力議員くらい(これはいっぱいいる)なものだろう。

 しかしまあ、どれだけの連中が「原発大事」なのだろうか。「世界で唯一の原爆被害国=日本」とか言いながら、原発の開発を進めたのは、第二次世界大戦中から原爆の研究をしていた学者たちのルサンチマンと、日本にも原爆が欲しいと考えていた政治家(つまり正力松太郎と中曽根康弘ですな)たちの集合体が、原爆はだめだから、いつでも原爆を作れるように代替物としての原発を推し進めたわけなんだけれども、それが電力会社という独占企業体の持ち物となってしまったために、その独占企業体が生み出す莫大な富に対して、利権を求める政治家と、莫大な富のお裾分けを狙う学者やマスコミが群がって、いわゆる原子力村というものが出来てきたんだろうな。

 そんな格好で出来上がってきた戦後の日本の政治・行政・経済である。しかし、そんな日本の戦後政治行政経済が、実は戦前とまったく変わっていないと言ってしまったらどうだろうか。実は、みんな日本の政治や行政が1945年8月15日を境にガラガラポンして出来たものだと思っている人が多いようだが、そんなことはないのだ。せいぜい、帝国憲法が日本憲法になって、天皇の統帥権がなくなったというだけのことで、要は天皇が現人神から国民の統合の象徴になったちうだけのことで、実は何も変わっていないのだ。

 民主主義が戦前日本になかったのか? いや当然、戦前の日本も民主主義だったわけですね。勿論、今と違って婦人参政権もなかったし、制限付きの民主主義ではあったのだが、しかし民主主義国家だったわけだ。報道の自由はなかったのか? いや当然、戦前日本だって報道は自由だった。当然、戦況が厳しくなるにつれて報道統制は厳しくなり、遂には「大本営発表」だけをタレ流すメディアになってしまったのは事実だったとしても(それは今と同じ、抵抗するメディアじゃなかったからね)、じゃあ、自由な言論はなかったのかといえば、ちゃんとあったのだ。勿論、そんなメディアは軍の弾圧にあってしまって、小さいうちになくなってしまったのだけれども、でも、あったのだ。要は、大マスコミが自分の会社をツブしてはいけないという思い込みのもとに、結局は時の政治に飲み込まれて、自らもその政局に参加してしまっていたのである。

 1945年8月15日まで霞ヶ関官僚だった人間はどうなのか。実は、これが見事に戦後も生き残っているのですな。当然、テクノクラートたる官僚をガラガラポンしてしまっては、戦後すぐの行政がメチャクチャになってしまう、という配慮によるものだ。普通、戦勝国が敗戦国を自分たちより下等の国民だと考えれば、そこでテクノクラートの頭を総取替えしてしまう。まあ、現場の役人は必要なので残しておくが、トップクラスは総取替えをして、その国の全体、まあ日本風に言えば「国体」を変えてしまうものなのだ。

 ところが、アメリカはそれをしなかった。多分、当時のアメリカの判断としては、結局日本の政治って官僚が動かしているだけジャンかよ、っていうものがあったのでしょうな。で、日本の官僚は優秀だと。政治家のトップは軍事裁判で入れ替えたが、それより下はもとのまんま、官僚ももとのまんま、財界ももとのんま(一時、財閥解体としたが、それもすぐにもとのまんまに戻った)、そうつまり戦後日本というのは、なんか断裂しているように見せながら実は戦前の日本とは一気通貫で繋がっているのだ。

 であるから、戦後のマスコミったって、それは戦前の大本営発表だけを垂れ流していた(朝日やその他の)新聞とNHKとは、体質が変わっていないということなのですね。戦前よりは「大新聞」が増えた、「大テレビ局」ができた、でも各局は「大」マスコミは所詮権力の御用聞きにしかなりえないというのは、やはり明治の昔から変わっていないのだ。

 江戸時代以前は「マスコミ」自体がなかったからね、つまり「マスコミ」自身が日本に於ける「産業革命」の産物ではあるのだ、ということは日本に於けるマスコミ自体が「産業」の影響を受けざるを得ない、ということなのかもしれない。

 森巣氏は日本に於けるマスコミの「劣化」を言いたいのだそうだけれども、そんなことは言わないでも、戦前からマスコミ(朝日新聞)は劣化していたということなのだな。

 むしろ、そんな劣化したマスコミに頼らないでいい方法を提示して欲しかった。多分、森巣氏はそんな方法を知っているのかも知れないが。だったら、それを開示しろよ。

 まあ、多分、ひとつのメディアからの情報に頼るな、メディアの情報にはウラがあることを知れ、メディアと取材先の関係論を勉強しろ、メディアの自身の情況も知れ、さらにメディア会社の事情(経営状況)も知れ、ってとこでしょうか。

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EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 @銀座 (c)tsunoken

 

2011年10月24日 (月)

『武器としての決断思考』って言ったって、書いてあることが普通のことじゃねぇ

『僕は君たちに武器を配りたい』で起業論を説いた京都大学の瀧本先生の、この本ではディベート論なのである。

『武器としての決断思考』(瀧本哲史著/星海社新書/2011年9月21日刊)

 しかし、『僕武器』と違って、こちらは結構マトモなことしか書いてない。

 つまり、<ガイダンスで手に入れた「武器」>は『「知識・判断・行動」の3つをつなげて考えようエキスパートではなく、プロフェッショナルを目指そう「正解」はない。だから、自分で答えを出す方法を学ぶ』

<1時間目で手に入れた「武器」>は『正解ではなく、「いまの最善解」を導き出そう結論を出すことが大事「知識・判断・行動」に加えて、「修正」の考え方を身につけようゲリラとして最前線で戦うことを選ぶなら「ブレる生き方」を目指せ!』

<2時間目で手に入れた「武器」>は『論題(テーマ)は、「○○すべきか、否か」にする問題が大きすぎて漠然としているときは、小分けにして考えよう同時に複数の論題について考えることを習慣にしようどうでもいい議論に時間をかけることは、もうやめよう』

<3時間目で手に入れた「武器」>は『「メリット」と「デメリット」を比較しようメリットとデメリットには、それぞれ3つの条件がある主張が3条件を満たしているかどうか、しっかりチェックしよう』

<4時間目で手に入れた「武器」>は『反論は、メリット・デメリットの3条件に対して行う読書は格闘技だ!論理的にツッコミを入れて、主張が正しいかどうかを検討しよう』

<5時間目で手に入れた「武器」>は『「正しい主張」には根拠があるその「根拠」は、反論にさらされていて、なおかつ耐えたものだ裏をとるな、逆をとれ!相手の主張の「推論」の部分に目を向けよう』

<6時間目で手に入れた「武器」>は『情報を鵜呑みにするな!自分の頭と足を使って「価値のある情報」を取りにいこう』

<7時間目で手に入れた「武器」>は『反論に耐えたメリットとデメリットを比較して、決断していこうどちらが重要かは、「質×量×確率」で考えよう自分の人生は、自分で考えて、自分で考えて、自分で決めていく!』

 要は、書かれてあることはこれで全て。なんかアジっているようでありながら、実は書いてあることは全てマトモ。特別なことは書かれていない。むしろ、おもしろいのは、自分の力で決断するためのディベートにおいては、独自調査としてインタビューするというのがもっとも有用ですということで、インタビューにあたっての注意書きが書いてあるのだが、その一番最初に書かれているのが『どんな人も「ポジショントーク」しかしない』ということと、『インタビューは「ナメられたもん勝ち」』ということ。なるほど確かに、すべての人は自分の立場から離れることはできないし、また離れた立場からの発言というのも、いかにもそうであるようで実はかなり不確かなものであることは間違いない。

 まあ、しかし起業論のほうでも、結局は「投資家を目指せ」って、資本主義の世の中ではごく当たり前のことしか言っていなかった瀧本先生である。

 この『武器としての決断思考』でも、最終結論は『自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていく」って、極々当たり前のことであったのだ。

 まあ、そりゃそうだよな。結局は、自分の事は自分で決めろって言う結論なんだったら、何も本を書く必要もないことなのである。で、いちいちごもっともな話を書いて、で、結局自分の事は自分で決めろって言われてもねえ。

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EPSON RD1s Summicron 35mm/F2 @池袋  (c)tsunoken

2011年10月23日 (日)

『ねじれの国、日本』じゃなくて「ウソの国、ニッポン」でしょ

 堀井憲一郎氏といえば『週刊文春』の『ホリイのずんずん調査』か、講談社現代新書の落語本かなと思うのだが。

『ねじれの国、日本』(堀井憲一郎著/新潮新書/2011年10月20日刊)

 その堀井氏の「日本論」なのである。すごいね「日本論」。  なんたって、『このポイントを深めると、天皇という存在は、リアルな人である必要はない、ということになる。そこを少し横に飛躍して「天皇(オオキミ)は神にし増せば」ととらえてしまうと、残念ながらちょっと間違った飛躍だということがわかる』なんてハードなことを入ったばかりのその後に、第3章で『三遊亭円生の弟子に、三遊亭さん生という落語家がいた』なんて話が出てくる。まあ、さすがに堀井憲一郎氏ではあるな、という面目躍如であります。

 さらに『「戦前と戦後は昭和二十年八月十五日で断裂などしていない」ということをいつ自力で気がつくか、という問題でもある』なんて、キチンとしたことを言っている。

『近代を、超克できるものだし、また超克したいとおもっている。米英に対して戦争を始め、それに勝っていることによって近代は超克できるんではないか、とおもっている知識人が一定数はいた。ここのところが大きい。戦争に勝ってるとは言え、それは米英本国に進攻することを目指しているわけではなく、アジアにおける米英の権益を奪取ないしは解放することを目指しているだけなのだが、それでも戦争に勝つことの意味は限りなく大きかったのだ』と、昭和十七年夏の知識人たちの心情を代弁する堀井氏の指摘は、まったく正しい。勿論、この昭和十七年夏の時点では、実は既に日本の負け戦は始まっていたのだけれどもね。それは国民には発表されていなかっただけのことで、そんなことは初めから知っていた帝国海軍は、とにかく早期停戦を狙って、初期電撃作戦を繰り広げたのであるが、なんとなく停戦時期を逃してしまった日本は、「いまここで停戦を言えない空気」に呑まれて、だれも停戦を言わないうちに、結局、広島、長崎に原爆を落とされてしまうところまでいって、やっと停戦(敗戦)を連合国側から言われて受け入れるということになってしまった。

 そう、日本はそんな「空気読め」の国であって、「議論」の国ではないのだな。お互い「目と目を見合せば分かるじゃないか」という、暗黙の了解というか、ようは「空気」の国なのだ。ということが、この本には書いてある。分かっているじゃないか堀井さん。と改めて言わなくても、そんなことはこれまでの堀井氏の本を読んでいれば分かることなのであるけれども、なんでまた改めてそんなことを書く気になったのであろうか。

 まあ、いままで自分の書いていたものが、どこか「軟派」なものばかりという気がしていたのであろうか。しかし、「落語論」や「馬鹿本」を書いていたって、それを読む読者は、その筆者のバックボーンまで実は読み込んでいるわけで、「いやあこの人は軟派なものばかり書いているが、実は結構「ホネ」があるんじゃないか」なんてことを考えていながら読んでいるのです。私たちが読んでいるのは「字面(じづら)」だけでしかないが、しかし、読みながらその裏側にあるものまでを読んでいたりするのだ(勿論、ジヅラしか読まない人もいますがね)。

 そういう意味で、堀井氏が突然「日本論」を書いても別にびっくりはしないが、なんで突然? という違和感はある。で、違和感を持ちながらも読んでいくと、結構マトモなことを言ってるジャンこのオッサン(私より年下だけれども)、というところなのであります。もっと、ハチャメチャなことを期待したんだけれどもなあ。でも、そうはならなかったのであります。結構、真面目なのねホリイ氏って。早稲田大学もチャンと卒業してるし。

 早稲田出身でフリーで仕事をしてる人って、みんな中退だって思っていたのは、最近ではかなり偏見だというのがわかった。数日前に取り上げた「マチヤマクン」も卒業してるみたいだし、結局、早稲田漫研出身で中退なのは、それこそスタジオ・ハードで「マチヤマクン」を安月給でこき使っていた高橋クンあたりが最後なのかな。

 あ、「スタジオ・ハードの高橋クン」ったって皆さん知りませんよね。「スタジオ・ハードの高橋クン」とは、西の「ゼネラル・プロダクツ(ガイナックス)の岡田斗司夫」と並び称される、日本最大の「オタク」の代表者にして、岡田クンと同じように会社を経営している(していた)人なのです。そういえばホリイ氏も早稲田の漫研出身だし、まあ、そう、いう、ひと、だったのね。ゼネプロ、ハードについては面倒なのでWikipediaあたりで調べてください。まあ、そんなには間違ったことは載っていないみたいなので。

 本書の腰巻に書かれてあるのは「この国の始まりは“ウソ”だった――。」という言葉。まさに、7世紀ころの「(日本)国家発動プロジェクト」が、みんなわかっている「ウソ」によって作られたという事実だけでも、もし、これまで知らなかった人がいるのなら、この本を読んで初めて知ったということだけでも、いいことかもしれない。

 要は「神話」を「ウソ」ととるか「真実」ととるか。そんなことは分かっているよね。「ウソ」に決まっているのです。そんな「ウソを皆で共有しようよ」というものが「国家」という「共同幻想」なのだ。

 そう、国家と言うもの自体が「共同幻想」なのです。我々は何故「日本人」なのか、ってだれも答えられないでしょう。

 そんなもんです。

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2011年10月22日 (土)

『冒険エレキテ島』って、これから何が始まるんだろう

 鶴田謙二といえば『Spirit of Wonder』のチャイナさんだが、どこか機械オタクの気持ちを揺さぶる漫画だったなあ。

『冒険エレキテ島(1)』(鶴田謙二著/アフタヌーンKC/2011年10月21日刊)

 その鶴田氏の久々の新刊が『冒険エレキテ島』である。(1)とあるが、しばらくは(2)は出ないはずだ。

 小笠原島で自ら操縦する複葉機でミクラ・アモリア・エア・サービスという航空便の会社を運営しているブライアン・アメリアの孫娘、みくらちゃんが主人公だ。チャイナさんをちょっと若くした感じの美人である。日系なのかアメリカ系なのなは不明(漫画だからね)。おまけにしょっちゅう裸のまま暮らしている(漫画だけどね)。

 そんなみくらちゃんが、祖父が30年前に受け取ってそのままになっている「太平洋エレキテ島、アメリア様」あての荷物を発見したことから、「蜃気楼島=エレキテ島」を探そうと、仕事の合間に島探しを始める。

 一度、みくらちゃんはエレキテ島らしきものを発見するが、その直後、飛行機が遭難してしまい、哲さんに助けられる。

 どうも、エレキテ島は「太平洋ゴミベルト」と関連があるらしい。太平洋沿岸から出されたゴミが太平洋上の海流にのってやがてある海域に閉じ込められてしまう。一度入った海のゴミはそこから出られない。この海域を太平洋ゴミベルトというそう。エレキテ島が漂流物なら、太平洋を1周しかできない。漂流物でないのなら、存在そのものが疑問になる。ということで、愛する流郷先生の父親から、エレキテ島の存在を否定される。

 しかし、エレキテ島を発見することに、もっともっと一所懸命になるみくらちゃんなのだ。それは、もしかしたらエレキテ島を発見できれば、流郷先生と再会できるかもしれない、という淡い希望が叶えられるから? 「アメリア様」に、30年ぶりに品物を届けられるから?

 複葉機という設定が、メカ・オタク心をさそうのだが、一方、電気止められたのに何でパソコンが使えるの、という疑問もなきにしあらず。

 2012年から『アフタヌーン』で第2章の連載が始まるそうだ。これは楽しみ。

 ところで、数日前からブログの一番下に写真が掲載されているが、これはあくまでも(私の)お楽しみ。ちょっと前に撮った写真を載っけているだけで、上の記事とは何の関係もありません。

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2011年10月21日 (金)

僕は君たちに武器を配りたい

 結局、本書は本書でやはり一種の「就活本」なんだな。但し、就活の<ノウハウ>はありません。一切。「就職」ってものはどういうもので、どうダメなのかという、意味でね。

『僕は君たちに武器を配りたい』(瀧本哲史著/講談社/2011年9月21日刊)

 20世紀の日本はあらゆる分野で政府が産業をコントロールしてきた「護送船団方式」による、「もっとも成功した社会主義国」的な資本主義だった。それが『全産業がグローバル化し、世界中がネットワークでつながった21世紀のこれからこそが、「本物の資本主義」の到来の時代』となり、そんな「本物の資本主義」の時代に生きる20代の若者に捧げる生き方の指南が本書なのだ。

 これからの時代は、ただ真面目に働くだけ、資格を取るだけでは「コモディティ」になってしまう。「コモディティ化」するということは、その商品(人)と他の商品(人)との差異化が見られず、結局は「値下げ競争」(賃下げ競争)に巻き込まれてしまうということ。

それを避けるためには「スペシャリティ」、つまり唯一の商品(人)になるしかない、ということです。

 では、そんなスペシャリティな人たちはどんな人たちなのか。

1.商品を遠くに運んで売ることができる人(トレーダー)

2.自分の専門性を高めて、高いスキルによって仕事をする人(エキスパート)

3.商品に付加価値をつけて、市場に合わせて売ることができる人(マーケター)

4.まったく新しい仕組みをイノベーションできる人(イノベーター)

5.自分が起業家となり、みんなをマネージ(管理)してリーダーとして行動する人(リーダー)

6.投資家として市場に参加している人(インベスター=投資家)

 という6タイプの人なのだが、それでもこの中から最初の「トレーダー」と「エキスパート」は、今後は生き残っていくのが難しくなるというのだ。

 結局、最期に生き残るのは「インベスター=投資家」という、考えてみれば実に簡単な「資本主義」の世の中での、これしかないという勝者なのだ。つまり、市場に「ある商品を売りたい人」がいて「その商品を欲しい人」がいることで成立する、「資本主義経済」というまさに単純な論理で成り立っている社会ならばこその「投資家」という存在なわけだ。

 じゃあ、その投資先はどんなところなのかと言えば;

『基本的に私の投資先は、直接の知り合いか、あるいはその知人ぐらいの間柄の人になる。よく知らない人や、新聞などでしか知らない会社には、投資しない。』

 って、そんなことは極々当たり前のことじゃん。

 でも、そんな知り合いがないから皆、一生懸命『日経新聞』を読んだり、企業のIR情報を読んで、如何にそのウラを読むかに苦労しているんじゃないか。皆がみんな、マイクロソフトや、アップル、グーグルの初期投資家になって大儲けしたわけじゃない。たまたま、マイクロソフトや、アップル、グーグルが「うまく」いったから投資者は大儲けできたにすぎない。その裏には死屍累々の開発者と投資者がいるはずなのである。

 ただし、瀧本氏の言っていることには嘘はない。多分、今の日本社会の中で勝ち残れるのは、瀧本氏言うところの「インベスター=投資者」であろう。しかし、一人の「インベスター=投資者」が勝ち残る場所には、その数百倍、数千倍の「敗者」がいることも忘れてはならない。「敗者」の行く末は、多分「コモディティ」に戻るということなのだろう。ひたすら、搾取され、低賃金でこき使われる立場である。

 勿論、そこから再び立ち上がってくる人たちはいる。そうやって資本主義の世界というのは出来上がってきたのだ。そう、社会主義・共産主義では絶対ない「敗者復活戦」なのである。

 そんな「敗者復活戦」のある社会にいることを、今の若者は理解すべきであるし、それこそこれからの日本はメーカーなんかの「ビッグビジネス」の時代ではなくなってくる。そんな「ビッグビジネス」は日本より低賃金の国にどんどんシフトしているだろうし、そこで残された日本は、もっともっとスモールビジネス、パーソナルビジネスの方向に向かっていくだろう。

 そんな、スモールビジネス、パーソナルビジネスには投資家も気楽にお金を出せるだろうし、そんな出資に対するリターンもそんなに大きくはないかもしれないが、満足感は沢山あるだろう。

 もともと、アップルだってガレージで始めたスモールビジネスだったのだ。ビッグになるのは、スティーブ・ジョブズがパロアルトに行って、そこに捨て置かれた「GUI」というものを発見してから、と考えてみればアップルだって(パロアルトをパクっただけじゃんということで)そんなたいした会社じゃないことが分かる。まあ、たまたまなんですよね、たまたま。たまたま、そんな幸運がアップルの上に来た、それをジョブズはキチンと捉えた、ということにすぎない。

 たまたま、そんな機会を捉えた投資家になるためには、投資をずっと続けなければならない。数多くの失敗もする。その中でとても希少な成功例が「投資家としての勲章」になるのだ。

 まあ、そんなことを考えながら「投資行動」というものを考えた方がいいだろう。

 あんまり、単純に「儲けられる」なんてことを考えちゃいけないよね。

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2011年10月20日 (木)

『KAMERA』と言う名の写真展

 四谷大木戸にある小さなギャラリー<クロスロードギャラリー>で『KAMERA』と言う名の、写真機を撮った写真の展覧会が開催されている。

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 写真家の飯田鉄氏の写真展なのだが、要は「写真機」の写真ばっかりの写真展なのであります。写真機なんて撮って何が面白いのか、とも思うのだが、これだけ数が揃うと、それらの写真機を蒐集するする努力だけでも凄いということ。

 ライカやハッセルブラッドなんていう有名なカメラから訳の分からないカメラまで、数十点の写真はみんな小さい。

 飯田氏が毎日出張っているようなので、上の写真にも写っている不思議なカメラは何かと聞いたのだが、これは写真機ではなくて「距離計」なんだそうだ。そういえば、アクセサリーシューに取り付ける部分が本体の下にあって、なるほど距離計らしい作りではある。でも、この距離計はドイツの、昔のライカの工場のあったウェッツラーで作られたものらしく、要はそうしたカメラのいろいろな周辺部品を作る工場がウェッツラーにはあって、それらの工場にいろいろな部品を発注して、それをカメラとしてアッセンブルしたのが、レンズメーカーであったライカということなのだそうだ。ライカのカメラ本体の「側」を作っている工場なんてのもあるそうで、そこで作られた距離計らしい。そうなのだ、ライカがカメラ・メーカーになるにはそんな周辺の工場環境というものがあったからこそなのだな、ということが「当たり前」のはずなのだけれども、理解できたというわけだ。

 私がEPSON RD1sなんていうオタク系のデジカメなんかを持っていたせいなのか、飯田氏は私がなんかカメラ・オタクだと思ったらしく、ある写真の前に来て「このカメラは何だか分かりますか?」と質問されてしまった。そんなことを聞かれたって、別にカメラ・オタクではない(家には、コンデジを除いて、デジカメが4台とライカほかアナログカメラが9台あるが)私は分からず、それが国産の一眼レフ・ハーフサイズ・カメラだというのは、飯田氏から教わった。なんでも、昨日(私が行ったのが10月19日なので、この「昨日」は、実質一昨日)見事このカメラ・メーカーを当てた人がいて、世の中には上には上のヒト(上には上のオタク)がいるもんだということ。

 まあ、飯田氏言うところの「オモチャ箱みたいな写真展」であるが、ご興味のある方は大木戸クロスロードギャラリーまでどうぞ。10月30日まで開催中です。 

クロスロードギャラリーのサイトはコチラ→ http://www.roonee.com/crossroad/

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EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 (c)tsunoken

2011年10月19日 (水)

成熟ニッポン

 どうも、大学の先生同士の話って、かみ合わないなあ、という話なのである。

『成熟社会ニッポン、もう経済成長はいらない それでも豊かになれる新しい生き方』(橘木俊詔・浜矩子著/朝日新書/2011年10月30日刊)

 話のテーマはもう決まっている。要は、高度に成長した日本の経済社会の中では、最早、その中での各自の役割は決まっているので、その役割に従って役割社会のなかでの自分を演じることでもって、高度成長社会後の低成長社会の中での自分の立ち位置を決めましょうということなのだ。それって、自ら高度成長を成し遂げた国だけが言えるんじゃないの、といわれれば、まさしくその通り。いいじゃないか、最早、日本は成長をあきらめた国なのだから。

 最早、日本経済は「成長しない」時代に突入している。そんな、「成長しない」社会での、つまり若者には、フリーター、ニートにでもなるしかない時代での生き方論議があればいいのだが、それはない。当たり前である、経済学者の論議なのだからね。

 つまり、自著では『1ドル50円時代を生き抜く日本経済』なんて刺激的な本を書く浜氏なのであるけれでも、同じ大学の教授同士の話になると、お互いオブラートに包まれた論議になってしまうのだろうな。

 私は基本的には浜氏の論議に賛成なのだが、しかし、なんで浜氏が経済学者・橘木氏に対して、もっと完膚なきまでに批判をしなかったのか。あまり批判すると、自分の過去の民主党との関連を言われて、つまりそれは民主党の経済政策がすべてはずれであったこととも関連して、批判を浴びかねないからなのだろうか。

 ともあれ、この辺が日本の論壇の「限界」なのでしょう。そう、お互い相手を最後まで問い詰めないという、お約束が日本の言論界にあるのだとしたら、なんでそれをブッ壊すやつがでてこないんでしょうかね。

 ま、そんな奴は論壇になんて出てこないで、じっくり自分の商売をやっているんでしょう。まあ、そんな会社のオーナーが「自分語り」をはじめたら、その会社も終わりだけれどもね。

 まあ、そんなもんです。

 結局、学者の論理は現実の後追いでしかないし、実際の経済社会でおきたことを、後から理論付けるだけのことでしかない。それが「経済学」なんだよな。

 実は、この本と並行して読んでいた刺激的な本があって、その本に引っ張られて書かざるをえなくなったこのブログではあるけれども、基本的には「本当に学者先生同士の対談」って、あまり(ほとんど?)意味はないなあ、ということなのである。

 ま、そんなところ。

 

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EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 (c)tsunoken

2011年10月18日 (火)

USAカニバケツ

 町山氏と言えば、私的には「マチヤマクン」なんだよね。

『USAカニバケツ』(町山智浩/ちくま文庫/2011年10月10日刊)

 つまり、マチヤマクンが早稲田の学生時代なのか、あるいは卒業(したのかな、もしかしたら中退?)した頃なのか、多分、早稲田の漫画研究会に所属していたマチヤマクンは編集会社のスタジオ・ハードのメンバーとして仕事をしていて、その中でK談社の映像関連の書籍やMOOKにいろいろ書いてもらいながら編集もしていたのだった。何でマチヤマクンなのかといえば、それはマチヤマクンと同じ当時のSFオタクのアニメプロデューサー井上博明氏の紹介なのであった。要はSFオタクつながりなんだけれども、当時のアニメオタクとSFオタクはまあ同じようなものであって、お互い、同じような扱いを世間からされて苦労していた時期ではあるのだ。で、井上君が紹介したときの言い方が「マチヤマクン」だったから、それ以後も私にとっては「町山智浩」は、所詮「マチヤマクン」なのであった。

 私が知っている「マチヤマクン」は、 ロシアの変な映画人にダマされて、『これはロシア版の「ランボー」だ』なんて言われて、思わず輸入を決めて、そんな映画が日本で当たるわけないじゃん、ということも判断できずに公開してしまい、多大な借金を背負ってしまい、その借金は大丈夫なのかな、という「マチヤマクン」なのだが。

 そのマチヤマクンが、いまやアメリカ文化評論家として一家言をなす評論家「町山智浩」となっていることは、まことに慶賀のきわみであるが、しかし、ちゃんとアメリカにおいても「マイナー」な人たちのところによりどころを見つけているのは、少なくとも心うれしいことではある。

 そんな、B級レベルのネタをいっぱい集めたのが本書である。勿論、そんなものは毎週・毎月で消費される雑誌ネタでしかないのだけれども、そんなB・C級ネタを集めてみると、上澄みのような、テレビや新聞からは見えてこない、実相の「アメリカ人」てものが見えてくるかもしれない。

『でも、アメリカから日本に情報を発している日本人はマスコミの特派員や、大学の研究者、それに企業の駐在員など「エリート」ばかりだから、この本にあるようなアメリカの草の根文化はほとんど日本に紹介されることはないでしょう。

 しかし、実際のアメリカは、マンハッタンのカフェで優雅に株談義に花を咲かせる、スーツ姿のビジネスマンよりも、スポーツ・バーでアメフトの中継に一喜一憂しながらビールをあおる、野球帽にジーンズのオヤジたちや、ワイドショーで芸能人のゴシップを追いかけるオバサンたちのほうが大部分なわけです。』

 というとおり、それは日本の劣化状況と変わりはないわけだな。

 いまや、マンハッタンのカフェで交わされる会話は東京で交わされる会話と変わらない。要は、「あの会社の株は」「あの国の株価平均は」ということだけだろう。

 でも、現実的には「あそこのユニクロでは」「いいえ、やっぱり西友よね」とかいう言葉だけなのだ。

 勿論、『マンハッタンのカフェで優雅に株談義に花を咲かせる、スーツ姿のビジネスマン』の姿も正しいアメリカ人だし、一方『スポーツ・バーでアメフトの中継に一喜一憂しながらビールをあおる、野球帽にジーンズのオヤジたちや、ワイドショーで芸能人のゴシップを追いかけるオバサンたち』も正しいアメリカ人の姿ではあるのだ。問題は、じゃあどっちがアメリカを動かしているのかということ。現実社会の日々の動きは、多分マンハッタンのビジネスマンだろう。しかし、一方、選挙にいって衆寓政治を動かしているのは野球帽のオヤジたちではある。そんなオヤジたちはオバマに投票して「ダマされた」とかなんとか言って、いまやティーパーティーだし、日本の有権者も民主党に投票して、しかしいまや「民主党にダマされた」なんて言ったりしているのだ。

 まあ、どちらも衆寓ですね。

 しかし、そのどっちが正しいのか。

 どっちも正しいし、間違っている。

 まあ、結局どっちでもいいのだけれどもね。

 

2011年10月17日 (月)

人間は猿以上に浅知恵だってことか『猿の惑星』

『猿の惑星』の新作を見に行った。

『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』(脚本・製作:リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー/監督:ルパート・ワイアット/チャーニンエンタテインメント製作/20世紀フォックス配給)

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 もともとの『猿の惑星』(フランクリン・J・シャフナー監督)は、当時の脳天気なハリウッド製SFと違った批評性があって好きだった。あ、超難しい『2001年 宇宙の旅』なんてのもあったけどね。

 ベトナム戦争やブラック・パワー問題なんかがバックにあって、閉塞状態にあったアメリカ。そんな社会的バックボーンをベースに、まさしく「黒人vs白人」のアナロジーである「猿vs人間」という構図、つまり黒人が白人を支配する社会の到来を描いた、初めてのアメリカ映画。核開発が米ソで繰り広げられ、そんな社会の行く末の結果、人類がほとんど滅んでしまい、高度な知能を持つ猿が支配し、人間がその奴隷になってしまっている社会。そんな現代世界に対する批評性を持った映画というのは、ハリウッドであっても1960年代の特徴であったのかもしれない。1950年代のマッカーシズムから解放されて、アメリカを批判する健全さがまだハリウッドにあったのだろう。

 で、今回の『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』であるが、実はご存知の通り、これは2011年頃のサンフランシスコが舞台と言う「前編=prequel」作品なのだ。ある作品があってそれの続編を作ると言う時「続編=sequel」といって、それを作る権利を「続編権=sequel rights」というのだが、その「sequel rght」には実は「前編権=orequel rights」が含まれているのだという。えっ? そんな権利なんてあるの? ってなところだが、まあ、「本編」がなければその続編も前編もないわけだから、ま、あそうか。つまり、『スターウォーズ』クラシック三部作に対するprequelがアナキン・スカイウォーカーがダースベイダーになる、最初の三部作ということになるのだが、言ってみればそんな感じ。大うそつきのジョージ・ルーカスは、最初の三部作を作った後には『スターウォーズ』サーガは全九部作だとかぬかしていたが、結局前編三部作を作って終わりにしてしまったがね。

 しかし、今回の『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』は、アルツハイマーを防ぐ新薬の研究が、実験体のチンパンジーの知能を異常に高めてしまうところからの、悲劇の始まりなのであった。

 たしかに、現在世界の製薬会社の一番の研究課題はアルツハイマー新薬の開発にあるのだろう。マスメディアを賑わす話題が出ることもある。しかし、未だ決定的な新薬の発明はされていない。そんな訳だからアルツハイマー新薬の発明が「make money」という、研究所の所長ジェイコブスお得意の台詞が出てくるわけなのであるけれども、問題はその問題だけなのろうか。もっと奥の深い倫理的な問題がありそうである。

 ある種、たとえばアルツハイマーが元で死んでしまうよな問題があったとして、それを防ぐ新薬を開発することは、個別の人間にとっては重要な、そして必要な問題であるのかも知れないが、それが人類全体に及ぼす影響とかを考えてみれば、徒に人間の寿命を延ばすことがいいことなのか、あるいは悪いことなのか、そういう視点でものを考えてみる必要があるのではないか。

 たとえば、現在、厚生年金の支払い開始年齢を60歳から65歳に引き揚げる途中で、さらに68歳に引き揚げる論議をしているが、それは60歳からの支払いを決めた時代の定年は55歳であり、その頃の平均余命が10年くらいしかないことから試算したわけだけれども、もはや80歳まで人々が生きる時代になってしまっては、最早、60歳(あるいは65歳であっても)からの支払いが現実的でなくなってしまったことによるものだ。これと同様、そうやって人の寿命を延ばすことの人倫的な問題もあるかもしれない。

 そういった部分まで踏み込まないと、このアルツハイマー新薬の研究開発が人類にとってどういう意味なのかを考えたことにはならないのではないだろうか。でも、勿論そんな部分にまで踏み込んだ発想は、この映画にはない。

 実験体であるチンパンジー、シーザーの時として人間のような表情を見せる演技や、順々に理性をもった「ヒト」に近づいてくるような、SFXの技術には目を見張るものがあるが、問題はそれを裏付けるテーマ性やら、問題への深い関わり方ではないのだろうか。どうもそういう部分への「こだわり」が見えないのだな。

 ウォシャウスキー兄弟とかジム・キャメロンとかティム・バートンとか、映像作りにはオタク的才能を発揮するのだけれども、映画のテーマ性とか、映画が提示する問題とかについての自覚が低い監督ばっかり出てくるのは何故だろうか。「パルプ・フィクション」というのは「くだらない話ばっかりの小説」というような意味なのだが、結局、壮大なSFXを使って、やっているのはパルプ・フィクションじゃないかよ、というハリウッド製SF映画の常道に、この『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』も陥っていないか?

 SFXの出来がとてつもなく良い出来なので、やはりそうじゃないフィロソフィーの欠如が目立ってしまうのであった。

 多分この「prequel」は今後その「sequel」が作られるのであろう。じゃなきゃあ、この1匹のシーザーだけに起こった突然変異が、ひとつの「種」としての成立までには「相当の」時間がかかるはずである、それこそ数万年? だとすると『猿の惑星』第1作の西暦4000年なんて簡単に突破しちゃうんだけれどもなあ。そうだいっそのこと、クェンティン・タランティーノあたりに監督をやらせて『猿の惑星』を作ったらどうだろうか。まさしく『パルプ・フィクション』な『猿の惑星』を作ってくれるかも知れない。

 なんてね。

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2011年10月16日 (日)

品川宿だけじゃなくて、千住宿もあるんだけれどもなあ

 品川のキャノンSタワーのオープンギャラリーで開催中の『東海道品川宿写真展』を見る。

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 品川宿については、私自身何度も足を運んでいるし、8月26日の「品川歴史館で品川宿を体験する」でも書いてきたが。そうした品川宿体験ではなくて、要は品川宿場町に関する写真展なのだった。

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 一部には、このように品川宿がどのような成り立ちだったのかという簡単な説明文はあったのだが、まあ、ほとんどは一般のアマチュア写真家から寄せられた公募写真を展示した「わたしが見つけた品川宿」という展示であり、「東海道品川宿の昔と今」という若干の昔の祭りの姿なんかを撮影した写真が、現在の同じところで撮影した写真と一緒に並べてあるだけの、「お約束」の写真展なのであった。

 勿論、品川歴史館みたいな立派なジオラマなんてものは望みようもない。当然か。

 キャノンという会社が、今は品川にあるから、その地元に還元しようというだけの、あまり前向きのイベントであるとは思えなかった。

 ということで、近所の北品川~新番場周辺を歩いて帰って来たというわけだ。

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 で、品川宿。日本橋から二里、川崎まで二里半ということは日本橋から二時間、川崎まで二時間半という、両方ともかなり中途半端な場所にあったということになるのだが、実はそれが大事なことであって、品川宿は宿場として栄えたのと同時に、むしろ「岡場所」として栄えたのであった。つまり、京の方から江戸に来た人たちが、これで遊びは最後で、明日からは仕事だ、といって。あるいは、これから江戸を立つ人が、これで江戸の女も見納めだといって。遊んでいくんですな。

 勿論、江戸にだって岡場所はいくらでもあるし、吉原だってある。江戸以外の東海道だって宿場はみんな岡場所も兼ねている。つまり、男はいろんな理由をつけて女と姦る理由を考えているというだけの話なのだけれども、まあそんな訳で、「日本橋から二時間」という距離の近さが大事になってくるでしょう。

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 という品川なので、『品川女郎女大学』なんて演し物が出てくるわけだ。どうも、近松門左衛門の『平家女護島』と、落語の『品川心中』を混ぜ合わせた芝居みたいだ。面白そうだな、10月26日からなので、見に来よう。

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 ということで、最後は品川とは何の関係もなく(でも、これも新番場で撮ったんだけれども)、猫の写真でチョン。

『東海道品川写真展』はキャノンSタワー2F、オープンギャラリーで10月31日まで開催中。

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2011年10月15日 (土)

英語学習本とダイエット本との残念な共通性

 もう何度も書いてきたことだが、語学の学習はその言葉を使って、ネイティブと話すことなのである。それ以上の学習方法はない。日本国内にいても、アメリカ人あたりが多く出入りするバーかなんかに行って、酔っ払い英語に慣れてくれば、あなたも立派なイングリッシュ・スピーカーになれる。

『英語を学ぶのは40歳からがいい 3つの習慣で力がつく驚異の勉強法』(菊間ひろみ著/幻冬舎新書/2011年7月30日刊)

 だからといって、お酒を飲んじゃいけない中学生や高校生よりも、『英語を学ぶのは40歳からがいい』というのはあまりにも行き過ぎで、結局語学の学習は若い脳みそが柔軟なときのほうがいいに決まってるのだ。ただ、学校で習う英語は基本的に「記憶」に頼る、試験に合格するための英語なので、そんなものは不必要という考え方は正しい。

 とは言うものの、『学校で習った英語は忘れているほうがいい』という言い方は、あまりにもエキセントリックであり、誤解を生む元になるだろう。中高で習った英語の語彙や文法は必要であり、逆に中高で習った英語をキチンと忘れないでいれば、それだけで英語は簡単に話せるようになる。

 そして、そのような語彙や文法を使って話をする場合の方法論として、『そもそも「訳そう」とするのが間違いです。英語を英語のまま理解すればいいのです』という言い方は当たっているだろう。そう酔っぱらい英語では「翻訳」なんてことは有り得ません。右から入ってきた英語に、左から答えるだけですから。

『以前、ベルリッツの広告でこんなものがありました。きちんとスーツを着たビジネスマンのセリフとして、次のようなキャッチコピーが添えられていたのです。

「現状の厳しい状況を考えますと、これ以上の出資、マジ無理ッス」

「お目にかかれてたいへん光栄です。お前は何者ですか?」

 そして、サブコピーとして

「ちゃんとした英語を、仕事ですから」

 と結んでありました。

 この広告コピーのいわんとしていることは、英語にもていねい語があり、相手によって使い分けをする必要があるということです。上司や得意先の担当者に話をするのに、「マジ無理ッス」とか「お前は何者ですか?」などと言ったら、社会人としての自覚がないと叱られてしまうでしょう。』

 というのだが、いちいちそんなことを考えていたら、英語は喋れなくなる。勿論、そうした丁寧語や、尊敬語、謙譲語なんてのを使い分けられれば、使ったほうがよいのは当たり前であるが、そんなことよりは、取り敢えずまず話してみることである。

 周囲に日本語を話せる人がひとりもいないところに1ヶ月も暮らしてみなさい。2週間であなたも英語で考えられるようになるし、4週間後のあなたは立派に普通のアメリカ人と同じ立ち位置にいて話が出来るようになる。ただし、語彙だけは絶対的に不足しているから、語彙を増やすような努力だけは怠ってはならない。

 だいたい、アメリカ人と日常的な会話をしていると、殆どが「現在形」「過去形」「現在完了形」で終わってしまうのだ。「過去完了形」なんて「もし~だったらよかったのにねぇ」位の話が出てきたとき位しか使わない。要は文法的には上の3つの形式がしゃべれればOK。だったら、中学英語で十分なのだが、あとはつまり経験だけなのだ。

 度胸一発でとにかくアメリカに行っちゃう。そして、アメリカ人しかいないところで1ヶ月生活しましょう。そうすりゃ英語なんて簡単、簡単。というのが正解なのだけれども、それを言っちゃあ本が売れないので、ああでもない、こうでもない、と英語勉強法を伝授なさるわけである。

 と、そういう目で書店を眺めてみると、勿論、英語の教本はいっぱいあるが、それと同時に「どうやったら英語が話せるよになるか」という本の多さよ。

 なんでかなあ、と考えたら、「英語本」と同じように様々な本があるジャンルがあったのですね。それがつまり女性向けの「ダイエット本」。おじさん世代向けの「英語本」と、女性向けの「ダイエット本」って、要はそれだけ皆さん失敗、挫折を繰り返しているということなんですね。

 英語を習得しようとして失敗、挫折するおじさんと、ダイエットを実現させようとして失敗、挫折する女性。無論、失敗、挫折したおじさんや女性が、再び手にする新たな「英語本」「ダイエット本」。ただし、そこでもまた失敗、挫折して、またまた新しい「英語本」「ダイエット本」を買うんだろうな。

 何故なのか。つまり、それは本当の本音が書かれていないからなのだろう。結局、遠回りした方法論ばかり書いてあって、そのやり方では結局英語は身につかないということ。ダイエットについてはよくわからないが、多分それも「ラクして痩せる」とかの遠回りした方法論ばかりが書かれているんだろうな。だって、痩せるのなんて結局「摂取カロリーと消費カロリーのバランス」ということでしょう。ということは「摂取カロリーを減らす」か「消費カロリーを増やす」というだけのことでしょう。英語だって、「取り敢えずアメリカに行っちゃいな」というだけのことでしょう。

 まあ、でもそんなことを書いてしまえば、それだけで完結してしまうから、いろいろ遠回りした勉強方法を書いた本が売れるのである。言っておくけど、そんな本をいくら読んでも英語はうまくなりません。

 本当に英語が上手くなりたいんだったら、「CNNを英語だけで観る」「英字新聞やNEWSWEEK、TIMEを毎号買って読む」「アメリカ人がよく出入りするバーに行って、酔っ払い英語を実際に話す」という具合に、自分の身の回りを英語漬けにすればいいのだ。そして、できればアメリカに行っちゃう。

 これですよ。

 

2011年10月14日 (金)

「あのこと」以来の小説が単行本で出始めたが

 2011年3月11日の「あのこと」以来の文学がいろいろ出はじめている。

 高橋源一郎氏の『恋する原発』が今発売中の『群像』11月号に掲載されている。

『恋する原発』(高橋源一郎/『群像』11月号所収)

201111

 そして、同じ『群像』の6月号に掲載された『神様』『神様 2011』が、9月に発売になっている。

『神様 2011』(川上弘美著/講談社/2011年9月21日刊)

 こちらは1993年の川上弘美氏のデビュー作『神様』と、その『神様』をベースにして「あのこと」以降変わってしまった事情をとりいれた「構造小説」なのだ。『神様』には熊の神様がでてくる。『神様 2011』には熊の神様に加えてウランの神様が出てくるのだ。あとは、まったく同じ構造の小説である。しかし、見える風景はかなり変わってしまっている。しかし、くまとのハイキングはまったく同じである。まったく同じだが、しかし、くまが採ってくれた魚の扱いは変わってしまっている。そう、まったく同じ構造をしているのだが、少しずつ変化をしているそのあり様。それが「あのこと」であるかのように。

 一方、高橋源一郎氏の『恋する原発』はまた別の視点から「あのこと」を描いている。

 主人公のイシカワはAVのディレクター。そう、「大震災チャリティ・アダルトビデオ」を作ることになった、アダルトビデオ会社のディレクターだ。「フクシマ第一発電所前集団セックス」を実現するために『エダノ長官がいる……。ホソノ原発担当大臣がいる……。ヤマモトモナはいないけど……。オザワイチロウがいてハトヤマユキオがいてマエハラセイジがいる。もちろんタニガキサダカズがいてイシハラノブテルがいてコウノタロウがいる。エリザベス女王がいてアサハワショウコウがいてホーキング博士がいる。クロサワアキラとディズニーとパゾリーニが抱擁している。フセイン元大統領とブッシュ元大統領(父と息子)が抱擁している……。』男はパンツ一枚、女はブラとパンツで。

 不謹慎? 顰蹙もの? 極悪非道? 被災者を何と心得るのか? 福島県民の神経を逆なでする酷い小説。などなど、そんな世界からの非難を待っているのだろう、高橋氏は。しかし、これがまったく起こらないんだな、この日本では。

 まずひとつ言ってしまうと、『群像』が数千部しか出版されていない超マイナー雑誌だってこと。というか、純文学系の文芸誌の世界では『群像』もメジャーなのだけれども、所詮純文学系の文芸誌自体が出版社にとってはマイナーな存在であって、結局、そこに掲載された作品を単行本化することでしか、その雑誌の赤字分を補えないということなのだ。ということで、講談社も<落ちぶれましたねえ>、この『恋する原発』を11月中に単行本発売をしてしまうのである。まあ、高橋源一郎ならば数万部は読めるということでの、発売決定なのだろうけれども、個人的にはもうちょっと待ったほうが面白い展開になると思うのだがなあ。

 要は、「不謹慎」だのという一般社会的な論議は、多分、起きないだろう。高橋氏が予想したほどにはね。まあ、朝日新聞あたりが論評をして、それを読んだ人たちが、大本の作品すら読まないで、高橋氏を非難すれば、想定通りなのだろうけれども。そんなにうまくいくかな。

 しかし、いまや日本の「一般社会」を支えている人たちは、まず小説なんか読まない人たちなのだ。小説どころか、新聞すら読まない。情報はテレビの情報バラエティ(ニュースじゃない)とネットからもたらせるものだけを受け取っている人たちだ。そんな「衆寓」が日本の実相である。そんな「衆寓」に向かって小説をだそうにも、だれも読んでくれないという厳しい情況を理解する必要があるだろう。

 ということで、この多少乱雑な小説は、多分高橋氏の中では、あまり高い評価の作品とはならずに終わるのだろう。

 講談社は、このまま(加筆もせずに)出版するのだろうか。それは、ちょっとなぁ……。

2011年10月13日 (木)

『実存と構造』といったって、タイトル自体が構造主義じゃないもんね

 実存と構造と言ったって、それは実存主義と構造主義に関する本ではなかったのだった。

『実存と構造』(三田誠広著/集英社新書/2011年9月21日刊)

 三田誠広は文学者であるから、実存主義文学と構造主義文学を語るというのはよくわかるが、そうだったんだよな、そうではなくて「実存主義」そのものとか「構造主義」そのものというものは、語るということはあり得ないのだろうか。ロラン・バルトのロの字もでてこない「構造主義」に関する書物を初めて読んだ気分だ。

 そう、小説として表象した「実存主義文学」「構造主義文学」ではない、その根底にある「実存主義」「構造主義」について語らなければいけないのじゃないか。そうやって初めて『実存と構造』というタイトルの本ができるはずなのだ。

 たとえば、サルトルについて語るとき、必ず出てくる「アンガージュマン」という考え方である。つまり、それは社会参加をするような形をとらなければ実存に救いはないと考えたサルトルの考え方なのであるが、それがあたかも左翼活動にアンガージュマンすることという風に捉えられているのは実におかしいことであり、右翼にコミットメントする実存主義文学者がいてもおかしくないのである。たとえば小林よしのりなんかはまさに右翼に(本人は右翼左翼という言い方は好まないのであろうが)コミットメントする実存主義漫画家なのではないだろうか。

 一方、構造主義もそうした政治的な党派性からは離れた考え方であり、「構造主義者=左翼」でもなんでもないし、右翼的な構造主義者がいてもおかしくない。

 問題は、日本語においては「○○主義者」というと「共産主義者」「資本主義者」というように、それだけで政治党派性が問われてしまうというような、いびつな感覚があるということなのだ。多分それは戦前の「主義者=共産主義者・社会主義者」という名前の付け方からきているのだろうけれども、何故、そんな70~80年も前の考え方が未だに続いているのだろうか、不思議である。

 フランスではサルトルやボーボワールが(ボーボワールはあんまり活動していないが)左翼活動をしていたから、「実存主義=左翼」という捉え方をしている人が多いが、でもそのサルトルだってフランス共産党とのくびきを斬れずに、結局は1968年の学生闘争では批判を浴びたのだった。まあ、所詮、文学者の政治参加なんてそんなものよ。

 構造主義者なんて1968なんかは、完全無視、というか個人的には参加していたのかもしれないが、自分の研究対象にはまったくやっていないからね。それは単なる「エクリチュール/パロール」の闘いだったなんてね。

 そう、問題はこの「エクリチュール」なのだ。完成された言語体系としての「エクリチュール」に対して、それを壊して新たな「エクリチュール」を獲得すべき「パロール」「ディスクール」の体系はどうなってしまっているかといこといえば、実はどうにもなっていない。

 つまり、日本の(というか日本の状況しか知らないから)文学界では未だ新たなエクリチュールの出現はないのだ。昔から伝えられた方法論でしかない日本小説では、新たな読者は獲得できないだろう。これまでにない方法論で書かれた小説を読者は待っているのではないだろうか。あるいは、待っているだけじゃだめだ、自分で書けよと言ってもいい。

「ケータイ小説」はそんな意味では、かなり期待できるメディアである。であるが、現状のケータイ小説はダメである。何故か、といえば今の社会の秩序とか規範を壊そうとか、そういった社会的なメッセージが全然ないじゃいかよ、別に社会的なメッセージがなくてもいいんだけれども、でも、この小説を発表することで、どこか社会的な変化が起こればいいな、と考えるのが作家ではないのか?

 いいや。今は違うらしい。だったら、お前ら(作家たち)勝手にして、日本人類と世界人類の撲滅に邁進せよ、と負うしかない。

 いまや、日本文学なんてそんなものよ。

 だから、文学者がモノを言いたくなるのは分からないではないが、でも、やっぱり日本文学は衰退するでしょうね。それは、しかたのないこと。

 これからは、日本文学とかいっても「横書き」になるんではないの、もはや「縦書き」に固執する時代は終わっているのだ。そういう、形態からの変化がもしかすると日本文学を変えていく動力になるかもしれない。

 え~『実存と構造』というタイトルからは、随分離れた結論ですが、結局それは、ちゃんと『実存と構造』というところに帰って来る形になんている筈なんだけれどもな。

 それが「構造」というもの。

 

 

2011年10月12日 (水)

『ゴーストタウン』は結局日本における核処理をどうすべきかという問題なのだ

 そこにあるのは廃墟である。まさに「死の町」なのである。

『ゴーストタウン チェルノブイリを走る』(エレナ・ウラジミーロヴナ・フィラトワ著/池田紫訳/集英社新書/2011年9月21日刊)

 まさに「死の町」である。キエフ在住の筆者はカワサキのバイクを駆ってチェルノブイリ周辺まで行く。それが彼女の使命なのか、あるいは単なる趣味なのかは分からない。しかし、彼女はチェルノブイリ「周辺」に行く。そこが「死の町」であっても。

 そんな彼女の写真と短文とそしてガイガーカウンター=インスペクターだけが友達だ。そして見える風景に人の姿はまったくない。

『空っぽになった街で、一番高いビルの屋上に立っていると、この世界で完全にひとりぼっちになってしまった気がする――この街のように。』

 というとおり、まさにその写真を見ると、いかにもふつうなら人々のざわめきが聞こえてきそうな街並みが残されている街で、しかしそこには「誰もいない」という不条理。まさしく、そこにあるのは「現代のゴーストタウン」である。アメリカ西部のゴーストタウンのような生易しいゴーストタウンではない、まさに、もしそこに住んでいる人がいるのなら「幽霊」しかいないだろうという「ゴーストタウン」である。

「WOLVES KAND」と呼ばれる、地図に穴のあいた場所、チェルノブイリから南北に300キロメートル、東西に100キロメートルの地域だ。原子炉からの距離60キロメートルなんてもんじゃない。それよりずっと広い地域なのだ。

 そこにいくと、『まるで動物園にいるような感じがする。ただ、動物園では私が自由に動物を見る側だけれど、ここでは自由に動けるのは動物たちで、私がじろじろ見られる側』という具合。それこそ動物たちだけの世界に初めて足を踏み入れた古代人のような立場に、現代人がおかれているのだ。長い歴史の、長さというのは、所詮人間の世界での長さでしかなく、地球規模の歴史で言えば、ホンの一瞬にすぎないという事実。そこにあるのは、地球規模の歴史の中で人間の果たしてきた、愚かな歴史なんてものは、単に一部にしかすぎないという事実だ。プルトニウムの半減期が2万年とか3万年とか言われているが(そんなものを確かめた人はいない、実験結果から言っているだけ)それをしも、地球のこれまでの数億年の歴史からみれば「ホンのちょっとのこと」でしかない。というか、人間の歴史の何と儚いものか。

 所詮、人間の歴史なんてものはその程度のものなのだ。そんな中で、一神教同士の虚しい戦いが繰り広げられているし、一神教が生み出した「外界」からのエネルギーである「原子力」が、「原子爆弾」として「戦争を早く終わらせて、犠牲者を少なくするために(20万人を殺しても)」使われたり、「原子力発電」として、その事故の度に周囲の街をゴーストタウンにしながら進められているのだ。

 まあ、これが人間が「自然を支配しながら成長してきた」歴史の実相なのだ。問題は、人間が自然を支配出来るのか、ということなのだ。

 他の動物は「自然を支配」なんかはしないで、結局「自然律」の中で生きる他はないという生き方を選んできた、というか選ばざるを得ないという立場で生きてきた。しかし、人間だけは、あるいは西欧キリスト教徒たちだけは「自然を如何に支配するか」ということを命題に生きてきたのである。

 しかし、面白いのはその西欧キリスト教徒の世界ではなく、東方ギリシャ正教会の地であるウクライナや、もっと東方の仏教徒の世界である筈の日本で、原子炉の「メルトダウン」が起こってしまった。

 とすると、西欧キリスト教文明なら「原子力」を抑えることが可能であるという考え方もあるだろうし、多分、西欧カトリックの中心的な国家であるフランスなんかはそういう考え方なのだろう。したがって、フランスはいまだに原子力発電がメインのエネルギー源だし、それを変える考え方はない。まあ、他のEU諸国に対する電力輸出もあるしね。

 とまあ、いずれにせよ、原子力発電所がメルトダウンをしてしまったら、その半径30km以内は当然、風向きによっては100km圏内は「ゴーストタウン」になってしまうのだ。

 経産省や東電が本当に真面目に福島第一原発対策を考えているのならば、それこそ福島第一原発から半径100km位を「ゴーストタウン」と指定して、そこに住んでいる人は全員退去。他の土地に同じような場所を与えて(多分、それは難しいと考えるが)移住を勧めるしか方法はないだろう。

 で、ゴーストタウンは最早ゴーストタウンとしてしか生きられないのだ。そこに「核廃棄物を捨てる場所」としてしか、ないのだろうな。

 

 

 

2011年10月11日 (火)

『公安は誰をマークしているか』って、大体は理解しているつもりだが・承前

 一昨日に書いたブログ「『公安は誰をマークしているか』って、大体は理解しているつもりだが」で下記のように書いた。

 それにしても面白いのは、外事一課に対するロシアスパイである。イリーガル機関員である「黒羽」という男が使っていた仲間とのコンタクト方法なのだが、「デッド・ドロップ・コンタクト」という方法で、『連絡場所に選んだのは、東京都世田谷区の閑静な住宅地にある神社「世田谷八幡宮」と東京都中野区の「哲学堂公園」の二か所だった。日本での諜報活動で得た自衛隊などに関する情報をマイクロフィルム化し、飲料水の空き缶の中に隠して、世田谷八幡宮の社務所裏に植えてある松の脇の石垣の上や哲学堂公園内の池の脇にあるベンチの下に置き、仲間である旧KGBやSVRの機関員が後で回収する方法で、情報を伝達していたのだ』というのであるが、イマドキとしては暗号化した情報をメールか何かで送るのかと思ったら、超アナログな方法で、しかもそれこそ江戸時代の忍者・間諜かとでも思える方法で、情報のやり取りをしていたなんて、シンジラレナ~イ。

 で、気になっていたので、実際にその場所に足を運んでみた。つまり、世田谷八幡宮と中野哲学堂であります。

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 世田谷八幡宮は東急世田谷線の宮の坂という駅のすぐそば。線路を挟んで東側には、彦根藩主井伊家墓所や招き猫で有名な豪徳寺があり、その西側の駅を降りてすぐのところにある。閑静な住宅街にある、なかなか大きな神社で、境内には土俵なんかもあって奉納相撲が行われているようだ。そういえば、相撲は元々神社の境内で行われていたのだった。

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 で、社務所裏にくと、まさに植えてある松の脇の石垣がある。

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 こんな感じの石垣の上にそれとなく「大手飲料水メーカーのサイダー」の空き缶が置いてあったのだろか。まあ、神社の表側は結構人通りもあって賑やかであったりもするのだが、この社務所裏は神社の裏の入り口になっていて、ほとんど人通りもない。

 その意味では、なんとなく「密書」のやり取りには適しているのかも知れない。

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 とても雰囲気のある神社周辺の町である。左側が世田谷八幡宮。

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 で、中野哲学堂なのであるが、こちらは人が多すぎてなんでこんなところに「密書」を隠したのだろう、というような場所である。すぐそばは新井薬師の商店街だし。

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 哲学堂公園内の池の脇にあるベンチ、って言っても沢山ありすぎて、どのベンチの下に「密書」を隠してあるのかは、また別の暗号が必要であろう。

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 ベンチの下もこんなに開放的で「密書」を隠す場所なんかありはしない。おまけに、おせっかいなおじさんやおばさんが、そんな「捨ててある空き缶」なんかをちゃんとゴミ箱あたりに捨ててしまう可能性大である。

 本当にこんなところで「密書」のやり取りなんかをしていたのだろうか。まあ、大胆と言えば大胆。逆にそのくらい大胆でないと、スパイ活動なんかは出来ないのだろうか。

 と、まあそんな感想を持った。

 

2011年10月10日 (月)

ドイツ出版事情について

 出版界唯一の専門紙という名の『新文化』10月6日号に、先ごろ行われた「ドイツ出版事情視察ツアー」のレポートが載っていた。

 基本的には出版インフラセンター(JPO)が経済産業省の委託事業として「フューチャー・ブックストア・フォーラム」を受け持っていて、要は経産省からの資金援助でもって行った「ドイツ出版事情視察ツアー」というのが行われ、それに乗った講談社が支援している「書店未来研究会」などが参加したツアーに自主参加した東京大学大学院特任教授の柴野京子氏のレポートが『新文化』に載っていたということなのであるが。

 基本的にはJPOが大日本印刷に依頼して、事前に現地調査をした資料がある。つまり、「ドイツの書籍業界は堅調を維持している(少なくとも伸びている)」「書籍の返品率が8%程度」「市場を支える背景には出版に対する歴史・文化的土壌がある」といったものである。

 特に、「返品率8%」という数字には30~40%に達する我が国の書籍返品率を考えると驚くしかないが、いずれにせよ返品率の向上は書籍出版社だけでなく、返品運送料を出費しなければならない書店にも大きな問題であり、「何故そうなのか?」という疑問を解き明かしたい書店オーナーは多いはずだ。

 で、結局見えてきたのは、他の業種と同じことであって、年二回の新刊予定表を提出した出版社と書店の商談があり、そこで書店は出版社に直接、仕入れ交渉をして、その代わり書店が仕入れたものはすべて買い切り、売り切れてしまい追加したい少量の分は取次に注文、大きな分量だったら再び出版社に注文。という、他の業界なら普通の新刊受注・発注方法があるだけなのだ。

 勿論、シーズン終了後に売れ残ってしまったら、返品したいなら、当初の契約通りの条件で返品し、あるいは再販期間終了後に安売りをして、とにかく在庫をさばくというだけのこと。つまり、それはごく普通の商取引なのだ。

 日本では、そんな1年に二回のシーズンなんてものはなくて、出版社は毎月毎月、事前に書店に対してプレゼンテーションなんかは(ほとんど)行わないで、勝手に出版をし、取次が見計らいで書店に卸し、そういうわけだから書店は売れ残れば、勝手に返品するし、という具合で「業界全体で誰が責任を持つかは分からない」状態でみんな商売をしているのだ。

 そうこの「責任を誰が持つのか」ということをハッキリさせればいいわけなのだが、何故か日本では、この「責任を誰が持つのか」ということが社会的に忌避されている状態だから、こと出版業界でもいい加減なままにおかれてしまっている。そう、これはこと出版業界だけのことではないのかもしれない。

 要は「日本中誰も責任を負わない社会」になってしまっているのだ。

 政治でも、司法でも、企業でもね。

 ああ、こりゃあフランクフルト・ブックフェアという最早500年もの歴史(つまりグーテンベルクが活字印刷を始めてその直後から始まった)を持っているドイツには、とてもじゃないがかないませんね。

 中途半端に日本式のビジネスを行い、中途半端にアメリカのやり方を取り入れてしまった、日本の出版業界。一度、ブッ壊れた方がいいんじゃないか、なんて思うのだ。

 その後、意識ある人が再建すればいいのかもしれない。

 

2011年10月 9日 (日)

『公安は誰をマークしているか』って、大体は理解しているつもりだが

 公安がマークしているのは、国家を破壊することを目的とした、暴力革命勢力、テロ、ゲリカ、スパイなどである、という事は知っているが……。

『公安は誰をマークしているか』(大島真生著/新潮新書/2011年8月20日刊)

 筆者は産経新聞の警視庁公安部・警備部担当を務めた人物。したがって、ここでいう「公安」とは警視庁の公安部・警備部のことなのだ。

 で、公安各部の担当を目次で書くと;

序章  公安とは何か

第1章 警視庁公安部公安総務課vs共産党

第2章 公安一課vs過激派

第3章 公安二課vs革マル

第4章 公安三課vs右翼

第5章 外事一課vsロシアスパイ

第6章 外事二課vs北朝鮮工作員

第7章 外事三課vsアルカーイダ

第8章 事件現場に臨む公安機動捜査隊

第9章 公安調査庁の実力は

 日本共産党が、その歴史から公安部の1課がまるまる担当しているというのは分からないではないが、しかし、いまや完全な議会政党に成り下がってしまっている日本共産党にそこまで神経質になるのは、いかがなものか。まあ、その辺は新しい状況に対応できないお役人根性を見るのであるが。

 それと同時に、中核派、革労協から共産同赤軍派まで十把一絡げにして公安二課が担当しているにもかかわらず、革マル派だけが三課が担当というのも、革マルすごいというところなのだが、まあ、確かにJR東日本にがっちり食い込んでいる革マルだけのことはある。

 更に、右翼を担当している三課なんかは『右翼団体の幹部を「先生、先生」と呼んで人間関係を良好にし、情報をえているものも少なくない』というから、これは完全に「癒着」じゃないのか? しかし、この公安三課。今どんどん増えているいわゆる「ネトウヨ」まで対象にしているんだろうか。この不勉強にして、単に脊髄反射的に北朝鮮、韓国や中国なんかを目の敵にしているだけの連中を……。まあ、まだ活動しているわけではないから対象にははらないか。そう、公安からも相手にされていない、ウヨク君なのだ。ああ、残念。

 それにしても面白いのは、外事一課に対するロシアスパイである。イリーガル機関員である「黒羽」という男が使っていた仲間とのコンタクト方法なのだが、「デッド・ドロップ・コンタクト」という方法で、『連絡場所に選んだのは、東京都世田谷区の閑静な住宅地にある神社「世田谷八幡宮」と東京都中野区の「哲学堂公園」の二か所だった。日本での諜報活動で得た自衛隊などに関する情報をマイクロフィルム化し、飲料水の空き缶の中に隠して、世田谷八幡宮の社務所裏に植えてある松の脇の石垣の上や哲学堂公園内の池の脇にあるベンチの下に置き、仲間である旧KGBやSVRの機関員が後で回収する方法で、情報を伝達していたのだ』というのであるが、イマドキとしては暗号化した情報をメールか何かで送るのかと思ったら、超アナログな方法で、しかもそれこそ江戸時代の忍者・間諜かとでも思える方法で、情報のやり取りをしていたなんて、シンジラレナ~イ。

 しかも、外交官には「不逮捕特権」というのがあり、過去にも日本で殺人事件を起こした外交官が、不逮捕特権を振り回して事情聴取を避け、そのまま帰国してしまった、なんてこともある。そんな、不逮捕特権のある外交官ならスパイ活動なんていくらでも出来るじゃないかと思うのだが、どうだろう。特に、ロシア大使館なんて2/3の駐在員がスパイだという説もあるほどなのだから。

 しかし、過激派各セクトも弱体化していまやごく少数のテロ部隊ぐらいしか存在しないし、日本共産党も単なる議会政党になってしまった今、こうした公安警察はどんどん縮小せざるを得ないだろう。単に予算獲得だけのために、こうした組織を温存する意味はないだろう。逆に、資本と同様、犯罪・テロもグローバル化している現在、外事警察の存在感は今以上に大きくなるかもしれない。

 また、単なる東京都警察本部でしかない警視庁が、これだけ大きな公安・外事組織を維持しているということは、それだけ東京が世界からの情報の集結地になっているということなのだろう。今後、日本経済が多少小さくなっても、その地位は変わらないだろう。相変わらず、極東における西側情報の集結地であるという、地政学上の関係論には変化がないからだ。

 また、今後日本が外国人移民を認めるようになると、外事・公安の地位はもっと上がるかもしれない。まあ、外国人に対する偏見に満ちた警察人種だもんなあ。その意味では、警察にとっては外国人移民が増えた方が自分たちの予算も獲得できて望ましいなんてことになるかもしれない。

 ウーム、悩ましい問題だなあ。

2011年10月 8日 (土)

伊藤Pのモヤモヤ仕事術

 自分で買っといて言うのもなんだが、タイトルの意味がまったく分からなかった。まあ、だから買ったようなものだけれども。

『伊藤Pのモヤモヤ仕事術』(伊藤隆行著/集英社新書/2011年9月21日刊)

「伊藤P」というのは、私も映像(映画・テレビ・ビデオ)のプロデューサーをやっていた頃「○○P」なんて揶揄まじりに呼ばれていたので、まあ「伊藤プロデューサー」ということだとは、大体わかっていたのだが、「モヤモヤ仕事術」というのがまったく分からなかった。で、読んでみると、要は『モヤモヤさまぁ~ず2」のプロデューサーを務めているからだということが分かった。なるほどね。ところが、そこで困った。『モヤモヤさまぁ~ず2』という番組の事を知らないで書くのは、やはり失礼にあたるのではないか。こりゃあ番組を見てからじゃないと書けないなあ、なんて考えて、そのことを家族に話をしたら、「何を言ってるのよ、ほらさまぁ~ずが駒込を歩いている番組を見たでしょう」と言われてしまった。えっ、そういえば「駒込が番組に写るわよ」なんて言われて、家族が見ているテレビをチラチラチラ見していたことを思い出した。そういえば、さまぁ~ずが駒込を歩いているシーンをどこかで見たなあ。あれが『モヤモヤさまぁ~ず2』なのかとやっとわかった次第。

 お恥ずかしい。普段はニュースとスポーツ中継、大河ドラマくらいしかテレビを見ない私としては、バラエティ番組はまったく守備範囲に入っていないし、そんなバラエティ番組のプロデューサーが書いた本について書くのは、まさしく「おこがましい」ことなのだが、家族に言われて一度でも見たことがあるのなら、それについて書く資格はあるので、と言ってしまおう。

 で、読んでみたら、書いてあることは「ごく普通じゃん」ということなのでありました。

『私、伊藤隆行は他人の力で生きてます。

 他人の意見に左右されます。

 でも、それでいい。

 なぜなら、

 テレビ番組も自分も。自分が評価しているのではないから。

 他人の評価が「評価」だから。

 出てくる結果は他人が出した「結果」だから。

 スーパー凡人。スーパーノンポリ。絶対に恥じません。

 大事なのはそれを自分で受け入れること。

 その方がよっぽどカッコいい。

 そう、自分は普通の人間です。』

 という言い方は、自分の事がよくわかっている人。プロデューサーとか編集者で、いかにも自分の才能があるように考えている人がいるが、そんなもの才能でも何でもない。たまたま、つきあっているしてのクリエイターに才能がある人がいたからにすぎない。

 しかし、ちょっと気になることがある。つまり、次のような書き方;

『何かを目指すなら一回壊れることで、自分が本当に本気にかどうかを確認できます。一回冷静に自分を見るのは、壊れる形でもいいし、ライバルに先を越されて悔しい思いをすることでもいいし、「自己実現できないのはなぜ」と考えることでもいい。通過儀礼は人それぞれでいいと思います』ということなのだが、基本的にはそれはOK。しかし、「自己実現できないのはなぜ」はないでしょう「自己実現できないのはなぜ」は。

 伊藤氏も書く通り、『プロデューサーとは単なる役割。職業の実態は単なるサラリーマンです』なのであります。つまり「局プロ」は単なるサラリーマン。そんなサラリーマンが「自己実現」なんてできるわけないのです。そんなに「自己実現」したいのなら、すぐさまサラリーマンを辞めて、自分でプロダクションを興すか、フリープロデューサーにでもなるしかないのだ。勿論、プロデューサーじゃなくてもディレクターとか監督でもいい。とにかく、単独で何かをやる人にでもならない限り、「自己実現」なんてないからね。

 この辺が、マスメディアに勤務しようとする人が陥る落とし穴なのだな。なんか、マスコミに行けば自己実現できるのではないか、なんてことをチョーアマ学生は考えたり、マスコミ企業の側も募集広告でなんか自己実現できるような甘言を弄して、バカな学生を自分の会社に入れようとしている。ところが、入ってみるとそこはどうしたってサラリーマン社会。おまけに、会社の規模は中小企業か零細企業だ。そんな、ところで自己実現なんか出来るわけないじゃん。

 じゃあ、そこで働いている人は、何を背負って仕事をしているのか。勿論、「ああそうか、ここはクリエイティブな世界じゃなくて、単なるサラリーマン社会なんだ」と割り切って、そんな中小企業での「出世」にまい進する人もいる。別にそれがいけないんじゃない。そういう生き方もあるということだ。

 そうじゃなくて、自分が見つけた才能が開花することを喜ぶ人たちもいる。別に、その結果、自分が出世するわけでもないし、定年まで現場のプロデューサー、編集者かもしれないが、その中で自分が見つけてきた他の人が花開くのを見るのも実は楽しいわけで、そんなことを一生の楽しみとして仕事をするという事もあるのだ。

 とまあ、そんな意味では伊藤氏はごく普通のサラリーマンとしての、優秀な局Pなのだろう。なにせ、深夜番組を日曜午後7時というゴールデンタイムに持ってきた人なのだからね。しかし、伊藤氏もこれからの人である。まだ、38歳。人生の勝負をするのは40代だろう。これからもテレビ東京の中で出世の階段に上るのか、あるいはスピンアウトして別の人生を歩むのかは、誰もわからない、伊藤氏自身も先のことは一切わからない。

 それだから、人生は面白いのであります。

2011年10月 7日 (金)

「Steve Jobsがなくなった」で、どうなの

 APPLEを率いていたSteven Paul Jobsが亡くなった。

 昨日は朝からその話題で一杯で、ネットの話題もそれ一辺倒。まあ、しかたがないですね。あれだけカリスマ的なイノベーターであるのは確かだし、なんたって株式発行時価総額で世界トップの会社のリーダーなんだからね。

 まさに、アメリカのDream Cames Trueの体現者としての資格充分。とはいうものの、じゃあロックフェラーやフォードなんかはどうなのよ、という声が聞かれないのは何故かしら。

T_hero

でもこのAPPLEのサイトの写真のタイトルが"HERO"というのはすごいな。

 で、次はマイクロソフトのビル・ゲイツか? と思うのだが、スティーブ・ジョブズだって56歳という、ある種若すぎる死なのだから、同い年のビル・ゲイツ率いるはマイクロソフトはまだしばし安泰だろう。まあ、オーナーの立場ではね。

 私とAPPLEの関係で言えば、その昔PowerBook100を買ったところから始まって、PowerPCとかに移って行ったのだが、結局、会社の中でのマッキントッシュの劣勢から、やむなくWindows95からはWindows陣営に下ってしまって、カミさんから「βに次ぐ二度目の敗戦ね」何てからかわれてしまってからは、遠くMacの世界を見ながら、同じMacでもマクドナルドだけの生活を送って現在に至る、という体たらくなのである。

 まあ、そもそもPowerBooK自体がスティーブ・ジョブズの発想じゃないというとこともあるし。

 しかし、考えてみれば、それまで富士通のワープロ機でもって変な表計算ソフトなんか(多分、ロータスかなんかのワープロ版だったんだろうな)を使って、映画の収益計算なんかをやっていたのに比べて、PowerBook100になったらそんな苦労した表計算なんかはサクサクとできてしまうのに驚いて(CPU16MHzでも当時は驚異だったのだ)、さすがにパソコンってのはすごいな、と驚いたものである。ただし、PowerBook100はHDDが何と120MBという小ささで、マイクロソフトのWordなんて入れてしまうと、それだけで殆どHDDを使いきってしまい、基本的にはアプリケーションはHDD、データはフロッピーという発想だった。

 いまのパソコンのGBとか、TBなんていう記憶容量は当時では夢の夢みたいなもので、それこそスーパーコンピュータの世界の話だと思っていた。いやあ、当時はスパコンを使っていた(じゃなければ出来なかった)CGの世界なんかに多少首を突っ込んでいたもんだから、多少はそんな世界も知っていたのだ。エヘン。

 当時は、映像制作関係の会社・部署では普通にMacだった。だから、Macの方が情報交換もラクだし、それが当たり前という関係論だったのであるが……。

 出版社にもパソコンが普及し始めてからは、出版社は何故かWindowsの世界になってしまっていた。早いやつではWindows3.1位から使い始めたのがいるのだが、概ねはWinows95あたりからだろう。問題はMacで作ったデータをWindowsで読んでくれないということなのだ。その逆はOK。WindowsのデータはMacでも読める。つまり、これはWindows陣営のMac排除「作戦なのだと分かったのであるが、そんなことに負けたてはいられない……というわけには行かず、結局、私もWindowsの軍門に下ったわけなのであるが。

 ああ、残念!

 それでも家ではまだMacの時代が続いていて「スンビーニ」なんてMacのゲームソフトもあったのであるが、それもいまやどうなっているのやら。カミさんはよせばいいのにいまだにMacのコンピュータを捨てないのだ。私は仕事でも使うのでしょうがないから、今では完全にWindows派。このブログもWindows7で書いてます。スマートフォンもAUのIS03だしな。もはや、Macとは関係ない生活を送っているのです。その意味では、私がジョブズの追悼を書く意味はないのであります。

 でも、なんか書きたいのだよね。それだけの存在感のある経営者だったということなのだろうな。別に、これからのAPPLEに期待をしているわけじゃない、というかこれからはだんだんダメな会社になっていくだろう、APPLEは。

 ティム・クックという後継CEOがいるが、イノベーションで生きてきた会社なのだ、APPLEは。ティム・クックがイノベーションを起こすことができるかというと、そういう人じゃない。多分、経営はうまくやるだろう。しかし、クックがイノベーションを起こすことはないだろう。じゃあ、だれがイノベーションを起こすのかと言えば、それはAPPLE社員なのだろけれども、彼は会社のためにそのイノベーションを使うのではなくて、他の会社か、自分が起業するために使うだろう。

 それが、APPLEの企業風土なのだ。つまり、創業者がいなくなればそのまま会社はなくなり、その中から優秀な人物が再び起業をするという、起業の連鎖なのだろう。

 まあ、それがアメリカ経済をマトモにしてきた根幹なのであるともいえるのであるが……。

 で、このジョブズの評伝を11月21日刊行予定でいた講談社は、今、大変なことになっている。第1巻の発売日を10月24日にしたのはいいのだけれども、第2巻の発売予定11月1日に間に合うように原稿は入るのか? まさかコンピュータ翻訳のままって訳にはいかないからね。アインシュタイン伝記じゃないんだから。

 

 

 

 

2011年10月 6日 (木)

CEATECから見えてきた日本産業の明日

 仕事をサボってCEATEC JAPAN 2011へ行ってきた。昨年のCEATECはスマートフォンとタブレット・コンピュータの勢ぞろいだったのだが、もはやスマートフォンとタブレットは当たり前ということなのか、完全に前面から引っ込んで、今年はELECTRIC VEHICLE電気自動車一辺倒だった。ということは、電子機器のショーであっても自動車メーカーも参加するということで、産業の境目がなくなってきているということなのだ。

 もともと、電気自動車の時代になってしまえば、自動車メーカーだけが自動車を作るということはなくなってしまうだろう、ということは言われてきたことなのであるけれども、実際にこのように電子機器のショーでこれだけ自動車を眼にすると、そのような時代が来たのかな、という気になってくる。

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航空電子という会社のEV

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これもMAXIMという会社の3輪EV

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で、パナソニックブースもEVの提案

 自動車関連メーカーはスマート・コミュニティ・イノベーション 2011というコーナーを作って共同で参加していた。参加メーカーは日産自動車、三菱自動車、ヤマハ発動機、ヨコハマタイヤなど。このコーナーに来てしまうとなんかモーターショーに来たのかと錯覚してしまうほどだ。

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ニッサンブースはかなり力が入っている

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で、当然LEAFなわけです

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ヨコハマタイヤはEVのフォーミュラカーを展示

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三菱自動車は勿論i mievです

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ついでにインテルのロボットスーツの展示も紹介

CEATEC JAPAN 2011は10月8日まで幕張メッセで開催中。

CEATEC JAPAN 2011公式サイトはコチラ→http://www.ceatec.com/2011/ja/index.html

事前登録はこちらからhttps://ceatecjapan.com/mbr/ja/

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2011年10月 5日 (水)

『婚活したらすごかった』のだ、キャッ

 しかし、最初のエピソードがドMの客室乗務員というのもスゴいなあ。本当に、「婚活したらスゴかった」なんだなあ。

『婚活したらすごかった』(石神賢介/新潮新書/2011年8月20日刊)

 とはいうものの、それ以外はまあ普通で、そこにはやっぱり普通の世界での男女の競争社会があったのである。

『女性のページ同様、男性のページも人気度がわかるしくみになっている。女性からの申し込み数が画面に表示されているのだ。

 それを見ると、女性がいかに収入を重要視しているかがわかった。男はとにかく年収がたかければ人気がある。

 画面をチェックしていくと、年収一千万円を超えると、申し込み件数が一気に増えている。年収二千万円になると、何十人もの女性の申し込みが来ていた。

 一方女性会員の年収は三百万円以下が多い。相対的に派遣社員やパートタイマーの比率は高い。二十一世紀の日本は出口の見えない不況が続いている。やはり、結婚には安定した生活を求めるのだろう。』

『婚活パーティーは社会の縮図だ。日常生活でもてなければ、悲しいかな、パーティー会場でももてない。

 しかし、逆の理屈も成立する。

 婚活パーティーでうまくいくようになると、日常での男女関係のスキルも上がるのだ。

 仕事上の集まりで出会った女性を以前よりも抵抗なく誘えるようになったり。

 かつては考えられなかったようなナンパができるようになったり。』

『入会してもうすぐ一年という頃、登録を延長するかどうか迷いつつ、信頼する五十代の女性担当スタッフに、次は積極的な男性と会いたいと、リクエストをした。

「それはうちでは無理よ」

 即答された。

「自分でパートナーを見つけられない男性が登録しているんだから」』

『「女性会員は、相性のよさを感じる男性と出会っても、なかなか決めません。目の前にいる人よりももっと素敵な男性がいるかもしれない、そう思われるみたいですね。私どもがお勧めしても、悩まれる。そうしているうちに、その男性はほかの女性会員とお付き合いを始めてしまいます。」』

『「ニューヨーク駐在員の男性が帰国したら、たぶん、すごくもてるはずです。勤めている会社では役員へ向けての昇格のラインに乗る可能性も高いでしょう。帰国してから知りあえても、ライバルが多くて、競争に勝てる自信は私にはありません。だから、現地まで行って先に捕まえてしまおうと考えました。もし良縁があれば、何年かは海外生活を体験できます。ニューヨークに駐在しているような人ならば、帰国後も経済的に豊かな生活ができる可能性は高いと思いました」』

『ニューヨークでの婚活は、日本人女性にとっては諸刃の剣だ。

 自分を厳しく律して上手に利用ですれば、この街には思いもよらぬ出会いのチャンスがある。現地駐在の日本人との良縁があれば、外国暮らしを経験できて、帰国後には経済的に恵まれた生活が待っているかもしれない。また、日本人女性との交際や結婚をステイタスだと考えるアメリカ人男性は多く、彼らとのそれまで体験したことのないほど甘い生活があるかもしれない。

 しかし、もてすぎることは危険も伴う。それまで日本でも男性にちやほやされてきたならば、冷静さを失わずにすむかもしれない。でも、突然想像を超えた愛情を与えられると、自分を見失っても不思議ではない。価値観の違う社会で生きる男性に翻弄されないように、気をつけるべきだろう。』

『ネット婚活には何千もの男女が登録している。都心部で週末に行われている婚活パーティーも盛況だ。その風景を見ると「自分もきっと結婚できる」と錯覚する。こんなにたくさんの男女が結婚を望んでいるのだから、結ばれないはずがない。そう考えて自然だ。しかし、実際には歩み寄りがなければ結ばれない。』

 という、この本に書かれていることは、まったく普通の社会でも同様のことではあるのだ。だったら何のための婚活サイトや婚活パーティーなんだろう、ということなのだが。それもしょうがないか。世の中は、そんなにうまくはいかないのっであって、そこは普通の世界と同様の常識しかないのである。

『男が求める、容姿に恵まれてしかも従順な女性など、世の中には存在しない。

 女が求める、年収が多くて優しくて浮気をしない男性など、世の中には存在しない。』

のである。

 やっぱりね。

 

2011年10月 4日 (火)

『一命』と文庫のタイトルを変えてもいいのだけれども、映画が当たらなかったらねえ

『一命』という小説はない。『異聞浪人記』という小説はある。この『異聞浪人記』を元にして『切腹』という映画を作った小林正樹と橋本忍と仲代達哉はいたが。

『一命』(滝口康彦/講談社文庫/2011年6月15日刊)

 そしてその『異聞浪人記』を元に再び映画を作った男たちがいる。三池崇史と脚本家・山岸きくみと、主演の市川海老蔵である。同じ松竹だからできたことなのかもしれないが、何で、同じ『異聞浪人記』なのかは分からない。小林正樹・橋本忍・仲代達哉のトライアングルに勝てると思って挑戦したのだろうか。その意気や良し。そうやって、日本映画も順々と、過去の名作を葬り去って新しい名作を作っていくものだから。

 ということで、「シナリオ」誌11月号を読んでみたのだが、井伊家の老職・斎藤勘解由という人物を、原作のちょっと意地悪なキャラクターから「正しい武士」と言う風に変えているようだ。勘解由が何故足を負傷していてその後もびっこをひいたままなのか、サザエを焼いて食べているシーンで、なぜひとつだけ蓋があかないものがあって、それを食べないのか。そうした場面から勘解由という人物をどういう人物かを描いていく。見事である。

 ヒチコックの例をまたなくても、あるいは山田洋次の藤沢周平作品の映画化の例を見ても、要は、短編小説を映画化するというのは一番の方法なのだ。長編原作を映画化する際は、結局その部分を割愛するのかという事が重要な課題になってしまって、その映画がシリーズ化するとなってしまった場合のことも考えなくてはいけない。じゃあ、このエピソードはシリーズのために取っておこうかなんてね。しかし、そうやってとっておいたエピソードは大体使われないことになるのだ。つまり、シリーズ化はなかったということでね。

 しかし、問題はなんで『異聞浪人記』じゃなければいけなかったのか、ということなのだ。滝口氏の作品だって、もっと面白そうな短編時代小説はいっぱいある。それが何故、以前映画化したこともある『異聞浪人記』? ということなのだ。

 結局、それは松竹と言う会社の企画力のなさ、というところにいってしまうのだろうな。勿論、この映画の企画はセディックから持ち込まれたものだろう。しかし、松竹側からは「それは以前やった企画だから」という普通の判断があるはずだ。それがなかった(あったのかもしれないが、社内の圧力で消えたのであろう)というところに松竹の企画力の無さが見えてとれる。

 まあ、映画は市川海老蔵の主演だし、そこそこヒットはするだろうが、それ以上のメガヒットにはならないだろう。残念ながら。

 元々、『異聞浪人記』自体がそんなにこれだけで当たる要素を持った小説ではないし、そこそこの人気が獲得できればいいというアベレージ作品である。山田洋次マジックがないこの作品がそんなに大当たりできる要素はあまりないと思うのだがなあ。

 いや、本当は当たって欲しいのですよ。本当は。そうやって日本映画が行けて欲しいのだがなあ。

 

 

2011年10月 3日 (月)

『日本のマイクロファイナンス』は日本を本来の中小・零細企業の国にしようという発想なのだった

 日本においてはまだまだ「金融」というのが「社会還元」ということには結びついていないために、こういう考え方がまだ未発達なのだと思うけれども、これからは「ある」方法だと思う。

『日本のマイクロファイナンス』(津田倫男+ミンディ・ヤマモト著/マイコミ新書/2011年9月30日刊)

 要は、津田氏が書いた「メガバンクがなくなる日』の続編としてこの本を読めばいいのだけれども、そうじゃなくて「マイクロファンナンス」とか「ソーシャルレンディング」なんて言葉を聞いてしまうと、「なんじゃ、それは」ですよね。

 ということで、簡単に説明すると、「貸し手」がいて「借り手」がいる、ということになればそこで「ビジネス」は成立するわけだ。しかし、そこに「借り手」の借金を保証するものが必要だってことになって、通常は銀行ならそれは不動産(でも土地だけ)だったりを「借り手」に差し出すことを求めるわけだ。まあ、それは銀行は「融資」をするのであって「投資」をするわけではない、と言うところで説明される。

 そこを、小口投資してもいいよ、小口だったら融資もいいよ、てのがその仲立ちをする企業を中心にした「マイクロファイナンス」とか「ソーシャルレンディング」なのだろう。

 これは、銀行がリスクをとりたくなくて、大企業以外には貸付を行わない、確実な担保がなければ貸付を行わない、というような「後ろ向きの営業姿勢」をとり続けている以上は、それ以外の街金とか銀行系列の金融会社(カード会社)が小口金融を行う訳であるけれども、、じゃあ、その小口金融のメリットってなにかと考えれば、担保がいらないということ位であって、じゃあ、零細企業が金が必要になったときに金を貸してくれるのは、多分、街金かサラ金くらいだろう。

 そういう立場にある人たち……。じゃなくて、実はそれ以下の生活保護を受けている人たちも含めて、そこまでの人のためのソーシャルレンディングらしいのだが、貸す方も大きな金銭を出資しなければいけないわけでないし、借りる方も、ほとんどサラ金から借りるような金額である。なおかつ、担保はいらない。

 だとすると、この「マイクロファイナンス」とか「ソーシャルレンディング」という事業は、意外とこれからのビジネスとして「行ける」かもしれない。ただし、大きなリターンはないだろうけれどもね。まあ、投資信託よりはいいかもしれないという程度? 要は、貸し付けが焦げ付いた時は、やっぱり自分で抱え込まざるをえないということなのだ。

 ま、でもそういうことをしたことで、何かいいことをした人もいるという今の世界である。

 そう、人に金を貸すことも、その事業が自分にとって面白そうならいいじゃないか。それを、「投資」として行うか=つまり失敗したら投資額は帰ってこない。あるいは「融資」として行うか=取り敢えず相手はどうあれ保証会社からは融資額は帰ってくる。

 まあ、その双方のどちらかを選ぶことになったら、どうなるか。

 どうなるにせよ、そうやって日本の金融資本主義の一部分でも壊れてくると面白いと考えているのだが、どうだろうか。

 いぜれにせよ、この「マイクロファイナンス」とか「ソーシャルレンディング」という発想方法は、これから益々マイクロ化しいくであろう日本の経済スタイルには似合ったスタイルになるかもしれない。

2011年10月 2日 (日)

第5回フォトフォーラムのテーマは「人間を、撮る」なのだが、要は勝手に撮っちゃえばいいんでしょ

『人間を、撮る』のである。しかし、『人間を、撮る』なのである。当然のことに『人間を、撮る』なのである。

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 公益社団法人日本写真家協会の第5回フォト・フォーラムのテーマは『人間を、撮る』である。そんなの、当たり前じゃん、と言ってしまってもいいのだと思うけれども、写真家にとってはそうでもないのかなあ。

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 しかし、「人間を、撮る」というのは写真の基本であろう。多分、今日でも世界で数千万、数億に近い量の写真が撮られていると思うが、そのうちの大半は「人間を撮った」写真なのであろう。それだけ、写真を撮る人(プロの写真家から、写真愛好家、普通の人のカメラを持った人から、携帯電話所持者まで含めて)の人たちの興味の的は「人間」なのだ。

 今日のフォーラムにおける写真家の講演だって、ハービー山口氏の『人間を撮ることで希望を写したい』、榎並悦子さん『撮ること以上に大切な、寄り添う時間』、土田ヒロミ氏の『「写真を撮る」と「人間を撮る」は、私にとっては同意語でした』、そして最後の日本写真家協会会長の田沼武能氏の『人間 その素晴らしきドラマ』のすべてが、<写真を撮る=人間を撮る>という観点からなされていて、それはそれで面白いのであるが、考えてみれば「当たり前」ということで、要は人間にとって写真を撮るという事は、人間の写真を撮るという事なのだ。

 あのパリの街かどの写真を画家のために沢山残したジャン=ウジェーヌ・アジェにしても、その多くは町に人がいて、そこを生きる人たちの写真が多いのだ。

 つまり、それだけ写真にとっては「人間を撮る」ということは大事なことであり、それこそ写真の存在論にすら関わる問題なのであろう。

 写真は撮っちゃえばいいのである。昨今は「肖像権」なんてものを主張する人もあるようだけれども、そんなものは「肖像」を「商売」にしている人たちだけが主張出来るものであって、そうじゃない市井の人々は主張しても何の意味もない権利なのだ。プライバシーだって、プライベートを公開されてしまっては困る人たちが主張する権利であり、そうじゃない人にとっては主張することなんかは出来ない権利なのである。

 写真家だって、明確に撮影したい対象の場合、被写体の了解も得るが、でもそれは「○○のメディアに載るから、撮影してもいいですか」なんて聞かないで、「写してもいいですか」なのだ。当たり前である、撮影することに、なんの遠慮もいらないのだ。問題は、それを発表するメディアの問題でしょ。

 ということで、私も発表するメディアが決まっている場合は「○○に載せるけどいいですよね」という確認はとるが、そうじゃない場合は「勝手に撮る」である。

 それでいいのだ。

 人間を、撮る。なんてことは写真にとって当たり前のことであり、それがなくなってしまえば、写真を撮るほとんどの意味派なくなってしまう。

 どんどん、撮れ!

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EPSON RD1S Summicron 90mm/f2, Elmarit 28mm/f2.8  (c)tsunoken

2011年10月 1日 (土)

tsunokenの昔の映画評に『映画「さえないやつら」評』と『映画なんて冗談?』をUPしました。左のリンクをクリックしてお読みください

『いますぐ書け、の文章法』も後半はホリイ流ムチャクチャ文章論なのであった

 おお、堀井憲一郎の本だ、と思って読んでみたのだが、いつものホリイ節じゃないんだよな、これが。多分、「ライター講座」の講師を務めている堀井氏が、よしライター講座ネタでひと稼ぎしてやろうじゃないかよ、と考えて書き始めたのだろうな、というのが見え見えである。

『いますぐ書け、の文章法』(堀井憲一郎著/ちくま新書/2011年9月10日刊)

 ところが、全10章のうち6章あたりまでは、そんな「ライター講座」ネタで進むのだが、第7章あたりからは、いつものホリイ節に戻ってしまい、もはや論旨はムチャクチャですわ。

 ということで、とりあえず章構成とその章のポイントになる文章を見ると;

第1章 プロとアマチュアの決定的な差 読む人の立場で書け/文章を書くことは、自分を“さらす”ことだ

第2章 文章は人を変えるために書け まずは自分が驚け

第3章 客観的に書かれた文章は使えない 文章は、あくまでも個人から発するものである/文章は、ふつう独断と偏見によって書かれるものなのだ

第4章 直観のみが文章をおもしろくする 

第5章 文章は言い切らないといけない まず、結論を書け。結論から書き出せ。それが強く書く秘訣でもある。

第6章 文章で自己表現はできない 文章を書くとき、辞書なんか引いてるんじゃねえ/世間意合わせていくという、おそろしくつまらない手順を経ないと、なかなか表現の場は確保できないのである

第7章 事前に考えたことしか書かれていない文章は失敗である 文章は暴走する

第8章 文章を書くのは頭ではなく肉体の作業だ 「締め切り」は落ち着かない心持ちをつくり出すのにすごく有効です

第9章 踊りながら書け 

終章 内なる他者の形成のために 

 とまあ、これはホリイ氏じゃなくても、多分私でも同じことを言いながらライターをいびってただろうな、という内容。

 そのほか『手書きの時代は、もう少し行数を最初から合わせて書いてましたね。1回で綺麗に行数を合わせたりして、そおいうことをすごく楽しんでいたりした』(第7章)なんてのは、実は私もそれこそ「tsunokenの映画評」なんかを書いていた頃は同じような気持ちもあったな。というか、多分、手書き時代のライターなんかは皆同じような気持ちであったのではないだろうか。お見事、予定していた行数・字数でうまく収まったときなんかは、「やったぜ!」なんて心の中で叫んだりして。

 第7章にホリイ氏の結論が書いてある。

『事前に、書く内容は決めてある。最終的に言いたいこともほぼ決まっている。どっちの方向に行くか、どこが着地点か、それは事前に見えている。

 ただ、それをどんなところから導入して展開して、その着地点へ向かうのか、そういうビジョンは持たずに書き出す。それは、書き出したあと、誰かが引っ張ってくれる力によって書いていくものだからだ。』

 そうなのだろうか。私なんかは事前に決めた着地点じゃないところに落ち着いてしまうことなんかがしょっちゅうあるし、とりあえず、事前に着地点がみえないまま書き出してしまい、結果として、ああこういう所に落ち着くのね、なんて自分で書いてはじめて分かることもある。

 まあ、その辺が「原稿料」を出版社からいただいて書く文筆業者と、われわれ素人ブロガーとの違いなのだろう。文筆業者の場合は、あらかじめ文章量は決められており、書く内容・方向についても編集者と打ち合わせ済みである。その中での自由度はそれなりの自由度なのであろう。勿論、高名な作家先生の書くエッセイなんかは、編集者との打ち合わせもなく、勝手に書きとばしているのだろうけれども。

 素人ブロガーなんてもっと自由だ。文章量も決めていないし、書くネタだって自分で勝手に決めるだけである。勿論、その分、職業コラムニストの書く文章に比較して「劣度」はあるだろうけれどもね。

 でも、私のこのブログでも、やはり毎日読んでくれる300人から600人の「お客様」を意識して書いてるわけで、やはり「読んでくれる人が確実にいる」という状況の中で文章を書けることは幸せなのかもしれない。まあ、やはり書く以上は読んでくれる人がいないとね……。

 で、最後に堀井憲一郎氏は酒を飲んで原稿は書かないそうだ。つまり『酒を飲むのは酔っぱらうためで、酔っぱらってから仕事をしてどうすんだよってことですけど、そういう酩酊状態は、文章を書くのには無制御すぎるわけで、ある程度、制御されたなかでの攪拌と飛躍が大事なわけです』なんて書かれちゃうと、その昔から酒を飲みながら、その酩酊状態のなかでこそ発見できることを見ながら文章を書いてきたtsunokenはどうなるのよ。勿論、酩酊状態で書いた文章を翌朝読んで、まるまる捨てたなんてことはいくらでもある。しかし、そんな経験を経て、いまや立派な酩酊ブロガーとなってしまったtsunokenは、多分これからも酩酊しつつ書いていくんだろうなあ。

 実は、この酒を飲みながら文章を書くってのは、阿刀田高氏の真似なんだけれどもね。

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