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2011年9月 8日 (木)

『パリ五月革命 私論』は何も語っていないに等しい ただ「空虚」があるだけだ

 そこにあるのはただ空虚でしかない。何故、日本の60年代と繋がるその68年を見られないのだろうか。多分、日本における1960年代を単に「のほほん」と過ごしてしまい、パリに行ったら突然起こった(そう、彼にとってはまさに「突然」なのだろう)五月革命と言う名の騒乱にビックリしてしまい、それを傍観することでもって、自分も参加した気分になっただけなのだ。

『パリ五月革命 私論 転換点としての68年』(西川長夫著/平凡社新書/2011年7月15日刊)

 新書にして477ページという、ほぼ普通の新書2冊分を費やして語られた内容は、しかし、なんらの感興も読むものに起こさせない愚書でしかない。まさにそこにあるのは「空虚」である。

 京都大学をでてフランス研究者になった西川氏にとっては、1997年10月から1969年9月に至る間、フランス政府の給費留学生としてたまたまパリの大学都市に住み、ソルボンヌとオート・ゼチュードに通いながら偽学生として、いわゆる五月革命の真っ只中にいることができた幸せを感じていた2年間だったのだろう。そこにあるのは、ただただ革命の騒乱の真ん中に(たまたま)いられた幸せ感だけでしかない。しかし、彼はあくまでも「偽学生」でしかなく、騒乱の当事者にはならないのである。別に「偽学生」だって当事者になってもいいような五月革命の雰囲気だったはずだが、何故か彼はならない。「傍観者」としてしかフランス五月革命には付き合っていなくて、当事者としての切迫感もなく、当事者としての使命感もなく、当事者としての責任感もないままに、「五月革命」を眺めている単なる旅行者、それが西川氏である。

 例えば「1789、1830、1848、1936、1968」という張り紙を見たときに、どうしてそこに「1871パリ・コンミューン」がないのかといって、その疑問をその場にいた人に尋ねないのであろうか。他の学生と一緒に敷石(パヴェ)を警官隊に向かって投げたからといって、それは単なる野次馬の行動と同じであり、革命に参加したとはいえないのだ。多分、自己満足としての「革命参加」(した気分)。

『第4章 知識人の問題』にしてもそうだ。ロラン・バルト、アンリ・ルフェーブル、ルイ・アルチセールと会って話をしたというけれども、その話は結局核心のところでは会話になっていない。所詮、付け焼刃のフランス知識によるフランス知識人との会話でしかないからだ。と言っても、じゃあ私がそれら3氏と会っても私のフランス語会話力では「コンニチハ、サヨナラ」くらいしか出来ないけれどもね。その辺だけはうらやましい。

 問題は西川氏にとっての1968年は確かにフランス五月革命かも知れないが、その後、日本に帰ってきて立命館大学の教授になる西川氏にとっては日本の60年代、70年代、80年代、90年代は、一体何だったのかである。

 本書を読んでいて一番気になるところは、確かに1968年のフランス五月革命を体験した日本人はそんなにいないだろうが、数少ない体験者としては、それが如何に日本の68年、69年と通底していたのか、していなかったらそれは何故なのかと解明する事であろう。ところが、本書からは日本の学生運動について語られることは一切ない。何故だろう。

 一体、西川氏はフランス人なのだろうか。であるなら、まあよい。しかし、本書巻末の「著者紹介」によれば、朝鮮・平安北道江界郡生まれ、とある。つまり、当時の日本の植民地に生まれ、その後、引き揚げてきて京都大学に入った西川氏である。おまけに1934年生まれで京都大学大学院に通っていた西川氏は、まさに60年安保真ん中の世代じゃないか。そこでは、植民地に生まれ育った自分に対する自己批判がまずあってしかるべきじゃないのだろうか。

 そんな西川氏である。日本の状況について語ることばはいくらでももっているはずである。それを何故語らないのか。あるいは語るほどのコミットメントをしていないのか。だったら、パリ五月革命について語るのもやめろよ。

『私=自我の問題で、私が最も大きな刺激を受け、最も深い感銘を受けたのは、68年5月のソルボンヌやオデオン座の祝祭的な情景であり、それを見事に表現しているブランショの右に引用した文章であった』というのであるが、だからなんだと言うのであろうか。それは、ソルボンヌやオデオン座の情景に刺激を受けるのは勝手であるけれども、だからといってそれが本書の読者に対してどのような影響を与えるのであろうか。もし、西川氏がその「ソルボンヌやオデオン座の祝祭的な情景」の当事者であったなら、もっと違った表現方法があっただろう。もっと私達読者に迫ってくる書き方で……。

 結局、西川氏はこの日本においてもすら何の問題意識も持っていなかった人なのだな、ということがよく分かる。その一番の部分が「あとがき」である。西川氏は書く『東日本大震災と福島原発が図らずも暴き出したもうひとつの問題として、被災地における国内植民地的状況がある』なんて、何をいまさらそんなことを書いているんだ。それこそ、東日本大震災に至るまでそんなことも知らないで生きてきたのかこの人は、とも思ってしまう。

 日本における国内植民地の問題と言えば、まず第一に「沖縄問題」だし、第二に「原発問題」だし、第三に「食糧問題」だってことは、皆既に知っている問題である。そんなことに、今始めて気がついたというのは、余りにも鈍感すぎるのじゃないか。

 まあ、これが日本の「学者=知識人」のレベルなんでしょうねぇ。

 ま、最低!

 

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