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2011年9月28日 (水)

『メガバンクがなくなる日』は元バンカーによるややアマ本ですね

 主婦の友新書の「なくなる日」シリーズなのであるが、どうもこの新書シリーズ、元々の設定に無理がある企画と、上手くはまる企画があるようで、どうも「メガバンク」については、羊頭狗肉だな。

『メガバンクがなくなる日』(津田倫男著/主婦の友新書/2011年9月10日刊)

 つまり、目次を並べて見ると;

一章 銀行は本来の機能を果たしているか

二章 顧客支持と創造性が減っている

三章 何のための銀行家

四章 職場としての銀行の功罪

五章 メガバンクがなくなる日

という具合に、一章から四章までは、現在のメガバンクの批判であり、それが繋がって結果五章の「メガバンクがなくなる日」に至るのではなくて、唐突に五章の最終節になって突然「メガバンクは本当になくなるか」という設問が出てきて、それまでのお話とは全然関係なく「なくなる」ことについて書いてあるのだ。

 やはり著者の津田氏が元都銀(今のメガバンクの本)と二つの外銀に勤務した経験から、やはり銀行がツブれる日が来るということは、あまり想像したくないのであろう。まあ、それはそれでしょうがないかも知れないが、しかし、例えば日本がデフォルト(債務不履行)に陥った日がもし来るとなると、メガバンクだって同じ目にあうのだ。それも、いまのところ予測できないことではない。まず、アメリカがデフォルトに陥って、ヨーロッパが次にきて、その次に日本が……という、デフォルトの連鎖があるというのは、いまや可能性として小さなモノではない。

 で、一番最後の節における津田氏の「メガバンクは本当になくなるか」によれば、四つのシナリオが考えられるそうだ。

 一つは「メガバンク」が「超メガバンク」になるというシナリオ。まずSMBCが三井住友トラストHと合併して、新・三井住友銀行あるいは新・三井住友フィナンシャルグループになり、MUFGがみずほFGを救済して、大MUFGあるいは三菱みずほフィナンシャルグループになり、りそなHな野村證券と合併し野村銀行になるという三つの「超メガバンク」になってメガバンクがなくなるというシナリオだ。

 二つ目は、リーマンショック時にゴールドマン・サックス(GS)を助けたSMBCと、モルガン・スタンレー(MS)に出資したMUFGが、たとえば日本経済が先のデフォルトなんかに陥った際に、逆にGSがSMBCを、MSがMUFGを吸収して超メガ外銀のアジアにおけるリージョナルバンクになるというシナリオ。

 三つ目は、アメリカで「大きすぎてツブせないなら、分割して小さくしてしまえ」という主張が出てきており、それが実現した場合において、日本でも同じ論議が出てくる可能性があり、たとえば日本でも道州制が導入されるなんて事になると、その論議は現実味を帯びてくる。

 四つ目は、現在のメガバンクが現在の地銀トップの横浜銀行をさらに下回るレベルで細かく分割されるケースだ。

 こうして銀行が小さくなってくればくるほど、別にその銀行がツブれても、政府は自己責任として公的支援=国民の税金の投入などはしないですむし、それが資本主義の本来の姿ではあるのだが。

 さらに、トヨタなんかはトヨタ銀行といわれているほど、『力のある企業はメガバンクに限らず、もう銀行を必要としていない。災害に伴う緊急事態に備えたコミットメントラインなどは引き続き銀行との間で持ち続けるだろうが、大きな資金を必要とする場合には、証券市場でも国際金融市場でも調達は可能だ。メガバンクでなくても、外銀や外証が喜んで手伝いを買って出ることだろう。

 中小企業は、本書でも折に触れて述べているように、メガバンクとの付き合いでは神経をすり減らしているところが多い。銀行が小さくなる、メガバンクが分割されて顧客への支配力が弱まる、こういった状態のほうがありがたいと本音では思っていると、かなりの確度をもって断言できる』ということなのだ。

 勿論、メガバンク側としては、そういう危険性を避けたいからこそ肥大化して、政府に「ツブれともご勝手に」と言わせないように防衛しているのだと思うが、そんなときはまさしく、公正取引法をもっと弾力的に運用すべきなのだ。

 それでなくとも、21世紀の日本及び先進諸国のビジネスは基本スモールビジネス化するであろう。そんな時に、中小企業は個人客を蔑ろにするようなメガバンクはいらないのだ。むしろ、NPOによるソーシャル・レンディングやマイクロ・ファイナンスの方に金融がシフトしているのが、日本ではまだ見られないが、先進諸国での流れなのである。

 しかし『メガバンクが庶民や零細企業と共生すべく、自らの姿勢を正し、彼らに有益なバンクトとなるのであれば、私は必要以上に批判するつもりはない。だが。彼らのここ二〇年ほどの行動や発言を観察すると、どうやらその真逆のコースに向かっているようだ』と津田氏は書くのである。つまり、決してメガバンクがメガバンクであるからという理由で批判するつもりはないが、今の姿を見るとね。という優しさがあるのである。

 しかし、むしろメガバンクはメガバンクであるが故に批判に値するのではないだろうか。やはり、そうでないと本当の「メガバンクがなくなる日」は書けないのではないだろうか。

 基本的には、津田氏は「メガバンクがなくなる日」が来てほしくない、というスタンスなのであった。

 それじゃあツマんねぇ……。

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