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2011年9月19日 (月)

『使い分けるパソコン術』はよく分かる単機能コンピュータの使い方なのだ

 かつてコピュータは汎用機器だった。しかし、結局パーソナルな持ち物になってしまうと、結局は専用機になってしまうのだな。まあ、その方が、機械としては使い勝手がよいということなのだ。

『使い分けるパソコン術』(たくきよしみつ著/講談社ブルーバックス/2011年9月20日刊)

 しかし、このたくきよしみつ氏というのは、音楽家にして作家、ついでに狛犬研究家というよく分からない人なのだ。タヌパックスタジオ本館(http://takuki.com/)というHPにいくと音楽が聞こえてくるし、タヌパック阿武隈日記(http://abukuma.us/takuki/)にいくと、いかにも作家らしい内容と、福島県阿武隈山中の川内村という、福島第一原発から25km圏内のところに住んでいることからのいろいろな問題が掲載されている。勿論、狛犬ネット(http://komainu.net/)というサイトもあります。

 で、思い出した。この人は『デジカメに1000万画素はいらない』を書いた人だったのだ。つまり、音楽家らしくデジタルに強い作家だったわけなのだ。で、、そのデジタルに強い作家が何を書いたのかと言えば;

第1章 iPad、買っていい人、悪い人

第2章 タブレットとネットブックを使い分ける

第3章 スマートフォン、買っていい人、悪い人

第4章 クラウドサービスを使い分ける

第5章 ブログやデイスブック、ツイッターを使い分ける

というものだ。

 つまり、もともとコンピュータというのは「何でも出来る」ということで汎用機として開発されたものであり、メインフレームやオフィスコンピュータの時代までは、そういう使い方だった。つまり使っているのが専門家だけだったからね。ところが、コンピュータがパーソナル化してきて、「誰でも使える普通の機械」になってしまってからは、それこそ「誰でも使える」性を生かすためには、なるべく機械を単機能化した方が良いわけで、そうやって機械と言うものは発達してきたのだ。というわけで、水陸両用機なんてものはマニアが研究するだけのものでしかなくなってしまい、ラジオ付きカメラとか、バカなものを人間は作ってきたものですね。要は、かえって使い勝手の悪いものを、「あれとあれが一緒になれば便利だな」なんて考えて、かえって使えないものを考え出してきたのだ。

 でも、結局は単機能のものをいろいろ持ってればいい、多少荷物が増えても、その方が使うのに簡単でいい、ということになったのである。

 そこで、家庭のメインフレームであるパーソナル・コンピュータ(デスクトップあるいは高級ラップトップ)を置いておいて、それ以外の場面では、タブレットや、ネットブックや、スマートフォン、そして電子書籍端末なんかを使うわけだ。つまり、それらの使い分けを如何に上手くやるのかを提案した本なのである。

 こうした論議が巻き起こったのは、多分、iPadが出てからのことであろう。ネットブックのころは、一部に「100円パソコン」なんてことで話題にはなったものの、じゃあこのネットブックが出たことで、パソコンの世界に大きな変化がおきるということではなかった。まあ、なんでこんな安く(100円というほどじゃなくても、ネットブック自体が30,000円位のものだった)パソコンが作れるのだろうか、という程度の話題である。そんなのは簡単。マイクロソフトがWindowsを格安で提供したからだ。じゃあ、何故マイクロソフトがWindowsを格安で提供するのかと言えば、それは単純にAppleやGoogleに対抗する為、という事でしかない。まあ、世の中は意外と単純な対立構図でしか動いていないのですね。

 では、何故ネットブックはそんなに話題にならなかったのだろうか。多分、基本的にはアジア(殆どは台湾)の企業が作ったパソコンだったからだろう。この国の国民は、未だに欧米の作り送り出すものをありがたがるのに、アジアの国から送り出されるものには、あまり関心を示さないからだ。

 で、結局、iPadが出て、タブレット型コンピュータというものが出来るんだということになって、使ってみる。私も、iPadを発売当日にネットで買った口なのであり、数ヶ月使った結果、息子にあげてしまった。

 iPadを使ってみて分かったことは、これは電子書籍端末ではないということと、コンピュータとしてもちょっと中途半端だなと言う事であった。昔、Macコンピュータを使っていたことがある立場としては、なんか昔懐かしい使い勝手のコンピュータではあるけれども、結局、タブレットというのはあまり使い勝手が良くない。勿論、「こんなもんだよ」と考えてしまえば、それはそうなんだけれども、しかし、通常のキーボード操作に慣れてしまっている立場から言えば、やっぱり使い勝手は良くない。通常のキーボードの方が使いやすいのだ……。

 もう一つ、電子書籍端末ではないというところもその通りで、新聞や雑誌のページを見るには、フルカラーだし、画面も鮮明なiPadは向いている。しかし、新聞や雑誌は、実物もあるわけだし、「単機能」ということで言ってしまえば、実は新聞や雑誌を買うほうがよっぽど使い勝手はいいのだ。もう一つ、書籍に関して言えば、確かにiPadで読めることは読めるのだが、じゃあ何なのよ、ということである。アメリカのように本屋さんがない街がいくらでもある国と違い、日本はそこいら中に本屋さんがあるわけで、いくらでも本物の本が読めるし、iPadよりも軽い本を読めるのだ。そう、iPadの弱点はその「重さ」にある。開発した立場から言えば、決して重くは無いというところだろうが、しかし、やはり文庫本1冊よりは確実に重いよね。そんな意味では、AmazonのKindleの方が上だろうし、Kindleが日本語ソフトを出していない状況では、それこそSonyのReaderだってまだ戦える状況にはある、メインフレームとの結合の問題は別としてね。

 で、結局はiPadはタブレット型コンピュータとしてしか生きる道はないのだけれども、そのタブレット型コンピュータとしては、今後どうなるのだろうか。

 私のような中生代からのコンピュータ(古代ではない)に親しんでいる立場から言えば、タブレット型コンピュータは使いづらいなという気分があり、やはりキーボード付きのほうがやりやすいということだけのものでしかないのかもしれない。

 しかし、今後、タブレット型コンピュータじゃないと文字入力も出来ない人たちが出てくることもあるのだろうな。キーボードは面倒くさいなんて言って。まあ、そうなればキーボード世代は消え去るのみでしょう。

 ついでに言うと、息子は私があげたiPadを何に使っているかと言えば、殆ど「通学途中にYouTube見るくらいかな」と言う事であった。

 まあ、そんなもんでしょう。

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