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2011年9月13日 (火)

武蔵野国・府中・大國魂神社

 府中市と言えば、最近ではなでしこJAPANの大活躍のおかげで、なでしこのリーダー澤穂希選手の出身地として有名になってしまったが、元々は「くらやみ祭り」で有名な大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)の町としての方が有名であった。

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御鎮座壱千九百年の大國魂神社

 645年の大化の改新で武蔵国の国府が置かれたのが最初であり、武蔵国の国府ということで府中と名付けられたのである。大國魂神社はそれ以前から存在し、武蔵国の国衙はこの大國魂神社の脇に作られ、大國魂神社は国衙の斎場となった。まあ祭政一致の時代ならではである。

 それくらい律令時代の府中は栄えており、武蔵国の政治や経済、文化の中心地であった。

 江戸時代になって、武蔵国の中心は現在の千代田区になってからも、府中宿は甲州街道随一の宿場町として栄え続け、明治以降も多摩地区の中心地として行政機関・病院等の公共機関が置かれ、相変わらず「府中」であり続けた。

 特色の一つとして、夜間人口と昼間人口がほぼ同一という、近隣のベッドタウン型の都市と大いに違う点が上げられる。市民の半数が市内に通勤、通学しているということだ。甲州街道、小金井街道など東西南北に走る街道の中心地であり、現在も東京都区部近郊の交通の要衝となっているのも、国府設置以来中心地にある大國魂神社を基点に発達していったことが大いに影響しているといえるだろう。

 京王線府中駅と大國魂神社を中心に葉発達した市中央部は、大きなオフィスビルやショッピングビルが乱立しているが、その脇には下のようなレトロな建屋が残っており、その辺がいかにも大都市風である。

 大國魂神社の真裏は東京競馬場である。神様とギャンブルがごく近い関係で存在しているのも、なんか町として健全な気がする。

 そんな多摩地区随一の大都市、府中市でありました。

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Nikon D100 AF Nikkor 18-105mm (c)tsunoken

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