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2011年9月 7日 (水)

『東北は負けない』のは当たり前なのだけれども、そのために必要なことがある

 3.11東日本大震災から半年たって、ようやくマトモな「震災本」が出始めた。最初の頃はヒドかったからね。高木仁三郎氏や寺田寅彦氏あたりの復刊を除けば、ほとんどが急遽書かれた「原発やめろ」本ばかりで、その内実は原発をやめるのはいいけれども、その代替エネルギーをどうするのかということに関する具体的で実践的な提案もない、いわば「トンデモ本」ばかりであった。

 それが、そろそろ赤坂憲雄氏や畑村洋太郎氏などの「普通の言論」が出てきて、落ち着いてきた感がある。そろそろ私もいろいろ言い始めようかな、と考えてきている今日この頃ではある。

『東北は負けない 歴史に見る「弱者の逆襲」』(星亮一著/講談社+α新書/2011年8月20日刊)

 著者の星亮一氏は仙台の生まれで東北大学を卒業後、福島民報、福島中央テレビを経て(多分)定年後に文筆業に入った人だ。生まれは宮城だが、その後はずっと福島に関わる仕事をしてきた。

 そんな星氏の本書は、第1章から第4章までは東北人の目から見た東日本大震災のルポである。それが第5章から変わってくる。『たしかに東北の近代は敗者から始まった』という第5章の書き出しの通り、『明治維新の際、会津藩を筆頭に仙台、米沢、庄内、南部藩などが奥羽越列藩同盟を結成して薩長軍と戦った。新政府軍、官軍という表現もあるが、実権を握っていたのは薩摩、長州藩である。長いものには巻かれろ式で、全国の諸藩が薩長になびき、会津と友好関係にあった藩も会津に攻め込んだ』と書かれたとおり、その後の東北地方の各藩の扱いはひどいものだった。会津鶴ヶ城を攻め落とした長州軍の士官が「白河以北一山百文」と東北を蔑視した話は有名であり、明治時代の名君としても有名な岩手県出身の原敬が東北帝国大学を作った以外は、完全に歴史のかなたに東北地方を葬ったのである。

 勿論、その前から東北地方は「みちのく=道の奥」として、京都を中心とする日本の歴史の中では、遠く「蝦夷地」として蔑まれていた歴史を持つ。それを盛岡南部藩や仙台伊達藩、庄内最上藩、米沢上杉藩、会津松平藩といった各藩が豊かな土地にしてきた歴史を無視して、それをなきものとして明治以降の日本の歴史は進んできた。結果、東北地方は「コメと兵隊と女郎」を東京に送るだけの、貧しい土地になってしまったのだ。それは第二次世界大戦後も変わらず、結局は集団就職という形や出稼ぎと言う形で、コメと労働力を都市(東京)に送り込むだけの立場にしかなっていなかったのだ。そして多分、オンナもね。

 実は、私の母方をたどると会津藩の藩学校、日新館の校長に繋がるようで、つまり会津の家老の一人ぐらいにはなっていたようだ。そんな家に育った私が幼い頃からそんな会津藩の悲劇を耳にしながら育ったわけである。そんな会津では、「先の戦争」というと「戊辰戦争」のことだったり、いまでも結婚する相手が薩長だと一族みんなで反対するという、そんな雰囲気があるというのだ。私の妻も、母方をたどると周防に行き着くというか、今でもそこに親戚がいるのであるが、まあ長門じゃなくて良かったね、というもんである。

 まあ、それはそれとして、こうなった以上は「東北を中心に経済を立て直す日本」にするしかないだろう。しかしまず、星氏も言うように宮城、岩手と福島では異なるようである。

『宮城、岩手、は積極的に復興計画を練っているが、福島県は原発事故のせいで動きがとれない。畜産は壊滅状態に追い込まれ、放射性物質の拡散による土壌汚染が除去されない限り、復興の青写真が描けない。児童生徒を放射能から守る対策も不十分である。

 三県知事の政治哲学の違いもある。宮城の村井知事は、若い頃は防衛大学校に学んだミリタリーボーイである。行動が速い。

 岩手県の達増拓也知事は広域的なアプローチと県ごとに提案する折衷案を示し、岩手の復興を目指している。

 ~

 さて残るは原発事故である。福島県の佐藤雄平知事は、原発事故の収束を第一としている。

 ~

 当面の福島県政最大の課題は、原発周辺の二十キロの人々の生活である。事故が収束しない場合はどうするのか。帰れるのか、帰れないのか。

 ~

 避難所で暮らす人々の怒りと焦りは、深まっている。』

 ということである。福島県民はなぜ原発に反対していた佐藤栄佐久氏を、そのまま知事におかなかったのだろうか。

 と、いうことになると星氏の言うとおり『文化庁は京都にあってもいいし、東北は高度な科学技術のセンターに十分なりえる。トヨタ自動車も進出、司馬遼太郎が東北最大の財産といって東北大学は理工系が強い。世界的な研究を数多くおこなっている。この際、奥羽越列藩同盟を復活させ、さまざまな情報を発信する東北に脱皮しなければならない』ということである。

 5月23日のブログでも触れた南相馬市の桜井勝延市長はアメリカのタイム誌が発表した2011年版の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。桜井市長は、南相馬市が孤立し、食糧も医薬品も切れたとき、英語の字幕つきのYOU TUBEで、それを訴えた。それを見たタイム誌は「優れた効率性で知られる日本(政府:筆者注)が、弱い立場の市民に応えられなかったことを世界中に考えさせた」と評価したのだ。つまり、もはや国に陳情し、予算をつけてもらうという、従来のスタイルの地方自治というのはありえないということなのだ。

 星氏は最後に原発担当大臣に提言をする。その第一は『福島県にも大臣室をつくって、陣頭指揮をとっいただきたいということである。大臣が福島に大臣室を設ければ、緊迫感もあり、より速い対応ができるからである』ということ、二つ目の問題は『原発から20キロ圏内の人々の今後の生活である。原発事故の収束は一体、いつなのか。放射性物質の拡散がとまったら、すぐ帰れるのか、それとも帰れないのか。それを示す時期に来ているのではないか』ということである。

 この二つの提言は重要である。まず、第一の提言は今後のためにも重要な提言であり、とりあえず福島第一原発の事故が収拾する10年か20年か分からないが、その時期までは必要であろう。まあ、ヘリポートを作ってしまえば東京までは1時間もあれば充分来れる距離ではあるし、今ならテレビ電話での会議も可能なので、これは是非ものですね。もうひとつはちょっと難しい判断だ。安全を考えれば、結局は20キロ圏内にはもう帰らずに、別のところで生活する事を考えなければならないだろう。その場合の、土地の収用とか生活保障も、政府はしなければならないということは当然である。

 東北人よ、もっと怒れ。もっと、もっと怒って政府を動かせ。そうでなければ、結局は戊辰戦争のときと同じになってしまう。いまこそ、「みちのく」と呼ばれ差別され続けた東北の歴史を変えるときだ。

 誇り高き「東北人」の炎を燃やせ。

 

 

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コメント

なんで震災と関係ない戊辰戦争
しかも会津観光史学がリンクしてる
本がまともなわけ?

白河~のくだりだけど、それ原敬と河北新聞が言い出した事で
長州の人間が言ったんて史料はどこにもないし
斗南行きだって会津の山川が決めた事じゃないか。
それになんでみちのくが差別なんだよ?ふざけるな!
どんだけ会津観光史学に洗脳されてんだよ?

はじめまして おもしろいブログを読ませていただきありがとうございます。僭越ですが、

庄内最上藩→×
庄内酒井藩→○
酒井家は関ヶ原でも活躍のバリバリの譜代です。
最上家は新政府側、だから「山形県の県庁所在地は山形市」と覚え易いグループに入れた。

再来年の大河ドラマの主人公が東北出身者ですね。「東北の人を励ますため」と言う趣旨ですが、主人公・新島八重女史の経歴を見ると、狭義の「何か東北に貢献する事をした」人ではないんですね。
NHKの揚げ足を取るわけではないんですが、新島八重は新島襄と結婚した30歳以降は、半世紀余り近畿で居住しています。東北に居たのは若い時代だけです。夫妻が作った同志社大学は京都を拠点にしています。メッセージ性で言うと「復興の一環」の経緯の説明力不足かなと感じます。「東北を励ます」と言う意味で言えば、伊達政宗の「再登板」の方が妥当かとも思います。地震直後に政宗の像に「奇跡的な逸話」があるので。
もうすぐ終わる朝ドラの「おひさま」は、東北地域では30%を超す視聴率だそうです。東京圏がおおむね20~22%台です。主人公は架空の人物で東北に縁がある人ではないんですが、「知名度の高い歴史上の大偉人が、歴史的大偉業を成し遂げる人生」よりも、「市井の人の歴史に残らない平凡な生活」の方が共感を呼ぶみたいです。
でも主人公が非常に個性的な人なので、来年の「平清盛」よりも興味はあります。

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