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2011年9月

2011年9月30日 (金)

『日本の大転換』はわかるけど、その方法論を言ってほしかったな、まあ学者の論文ってのはこんなもんだけどね。

 3.11東日本大震災を期に日本の大転換は成るのか? う~ん、難しいような気がするのだがなあ。

『日本の大転換』(中沢新一著/集英社新書/8月22日刊)

 中沢氏は一神教の思想と、原子核技術の類似性をあげる。つまり、それまでの「神」は我々の「生態圏」の中に存在していた。つまり「山の神」であり「森の神」であり、それこそ「竃の神様」やら「厠の神様」だったり、つまり『アニミズムや多神教の神々は、どんなに超越的なふるまいをみせようと、それはいわば格好ばかりで、じっさいには生態圏の全体性の表現になっている。これらの神々のなかには、毒をだすものもいる。しかしその毒は、人間がうまく処方できれば薬に変えることができる。これらの神々は、生態圏のなかに、その秩序を脅かすような「外部」を引き込んだりしない』のだが、一神教の神は『世間で知られている神々は、動物の姿をしたり、人間の男や女の姿をしているが、自分はそういうイメージをいっさいぬぐい去った、抽象そのものの神である~(中略)~ほかの神々は山や川の女神であったり、動物界や植物界を支配する神であったりするのだが、自分はそういう環境世界には所属しない絶対的な神で、むしろ環境世界の外部にいて、そこから世界そのものを創造した神である』というのである。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの一神教のすべてにおいてこうした発想は共通している。『一神教が重要なのは、それに特有な「超生態圏」的な思考が、西欧においてキリスト教の衰退後に覇権を握った、世俗的な科学技術文明の深層構造にも、決定的な影響を及ぼしているからである』ということなのであり、その「世俗的な科学技術文明」の最たるものが原子核技術なのである。

 つまり『生態圏に生きる私達の実存のすべては、安定した原子核の外側を運動する電子によって支えられている。生態圏のなかには、原子核の融合(これは太陽の内部で起こっている現象だ)や分裂(原子炉がそれを実現する)は、組み込まれていなかった。ところが、「第七次エネルギー革命」が実現した「原子力の利用」だけが、原子核の内部にまで踏み込んで、そこに分裂や融合を起こさせた。そして、化学反応や電気反応ではとうてい実現できないほどに莫大なエネルギーを、物質のなかから取り出したのである』という。まさに我々の生態圏の「外部」からもたらされた技術であり、思想なのだ。まさに、一神教と同じ発想。

 ところで、「第7次エネルギー革命」だが、原子力とコンピュータの開発を通常そう呼ばれている。つまり「第5次エネルギー革命」で石炭を利用して蒸気機関を動かし、その結果産業革命が起こり、さらにそれをベースにして「資本主義」という経済社会が生まれたのである。その後の、「第6次エネルギー革命」では電気の発明と石油の利用という現代に繋がる革命があり、資本主義は帝国主義的な発展を見せた。もっとも、その一方で、共産主義革命とファシズムも生み出したが、それらは資本主義の発展の必然的帰結なのである。

 そして「第7次エネルギー革命」では何を生み出したのか。それは多分、グローバル資本主義ということなのだろう。とくにコンピュータの開発と、そのソフトウェアの発展によって、いまや世界はかつてないほどに狭くなってしまっている。昔、レーニンの頃の資本主義の最高発展段階は「国家独占資本主義=帝国主義」だったのだが、いまや企業は国家を超えてしまっており、ひとつの企業の破綻が数ヶ国の国家経済にも影響を及ぼすようになってしまっている。まさに「万国の資本家よ団結(合併orM&A)せよ!」という「マルクスもびっくり!」な資本主義の発展状況なのである。

 しかし、ここまで発展をしてきてしまうと、あとは崩壊しか待っていないのではないか。リーマンショックから完全に立ち直っていないアメリカは、先月ギリギリまでデフォルトの危機に晒されていたし、ポンドも怪しい。ユーロも、もともとEU加盟各国の経済は勝手にやらしといて、通貨だけ統一するってのは、本来有り得ない発想であり、結局ドイツがすべての国の負債を受け持つしかなくなってしまっている。

 日本だって、いまは円高の為に外国企業やら資産やらを買いまくっている状況だが、これまた東日本大震災(というよりほとんど東京電力問題)への対策費のことを考えてみれば、これからいくら出費がかさむかは分からないわけで、それをすべて国民の税金でまかなうわけですむのだろうか。下手をすると日本自体がデフォルトに陥る可能性も低くないのだ。

 という、(先進)世界全体の危機の前で、中沢氏は「第8次エネルギー革命」を提唱し、それは太陽光やバイオマス、風力発電などのいわゆる「再生可能発電方式」を唱えながら、一方で「リムランド(周縁のクニ=日本)」経済という、これまでの資本主義に変わる経済の方法論を探そうというのである。

 はたして、それは可能であろうか。

 まず、そのためには経済のグローバリズムをやめなければいけない。国内経済だけで回るような国にしなければいけないのだが、それが出来るか? たしかに、グローバリズムで失敗した国はその後モンロー主義になるのは、歴史的事実なのではあるけれども、いまや完全にグローバリズムに浸りきっている日本企業が、そこで内国産主義に戻れるであろうか。あとは、強権発動して「鎖国」に至るしかないのであろう。

 百年の計どころか一年後もわからない、今の民主党政権に期待しても何も出てこないだろう。というよりも、野田政権はいまだに「原発輸出」を命題としているのだ、安全技術もなにもないにもかかわらず。もはや(というか、前からそうだったけれどもね)政治家に日本の政治を任せてはおけないのだ。じゃあ、だれがやる? 

 そこでまさしく「第7次エネルギー革命」のもう一つのキーがあるじゃないか。コンピュータですよ、コンピュータ。それを使って「直接民主主義」を実現しましょう。

 実は「代議制民主主義」ってのも「第5次エネルギー革命」で出来てきた「資本家」によって作られてきた政体なのであります。ジャスミン革命じゃないけれども、もはや日本での携帯電話・端末の普及状態を見れば、完全にこれは直接民主制が可能なレベルに達している。

 ということで、携帯を使った直接民主制を、誰かが言い出さないかな。私が言ってもいいけど、っていうかもう言ってるけど。

 そうなると、多分、今の代議制民主主義みたいに、基本的に年寄りばかり投票にいって、若い連中は投票をしない、がために政治は年寄り有利な政策しかやらないんだ、ってことはなくなるんじゃないかな。

 そう、直接民主主義万歳!!!

 

2011年9月29日 (木)

『覇王の番人』的歴史解釈もアリってことだよね

 歴史というのは当事者の一方による記述でしかないのだから、他方の事実を調べるとまったく別の側面が現れてくる。では、そのどちらが真実なのかと言えば、その両方とも真実だと言えるわけで、つまり真実はひとつじゃないということなのだ。

 従って、歴史小説家もそのどちらの真実によって書くかということであり、それによってその作家のシンパシー、その作家の真実が出て来るわけだ。

『覇王の番人』(真保裕一著/講談社文庫/2011年9月15日刊)

 戦国の三英傑といえば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ということになってしまうが、その秀吉、家康と同等に信長の重臣であり、外様でありながらも皇室への対応を考えると重視せざるを得なかった人、明智光秀の存在を忘れちゃ困る、というのが真保裕一氏の考え方だ。

『秀吉の手による墨俣一夜城と同じく、後世になって記された「太閤記」などの軍記物によって事実がねじ曲げられ、今に伝わっているのである。近代の歴史小説家も、そのうえに則って自分なりの物語を書いてきたといえよう。

 さらには、本能寺の変の後、光秀が細川藤孝に送った手紙にも、今では研究家の幾人もから疑問が出されているという事実には驚かされた。

 歴史は勝者によって描かれていく。山崎の合戦で敗者となった明智光秀は、その勝者である秀吉を賞賛するためだけの人物へと貶められていったのである。しかも、本能寺の変には、どうも謀略の匂いがしてならない。

 この物語を書き終えた今、私は確信している。明智光秀こそが、実は戦国時代を終らせた真の武将なのだ、と。』

 明智光秀が「戦国時代を終わらせた真の武将」かどうかは分からないが、一般的な光秀像というと、融通の利かない堅物で信長の不興を買うことの多かった武将で、それ故に信長に対しての恨みつらみが多く、それ故に本能寺の変が起こったということなのであるが、しかしそれは秀吉側からの記述にすぎない。それが本当なのか。あるいは本書が書くように、光秀は元足利幕府の幕臣という立場から、京の作法などにも通じており、戦うことしか知らない田舎物の尾張武士とは一線を画していた。が、ために外様でありながら、京に上り官位を求めた信長に重宝され、殆ど同格の譜代の秀吉などからは怨嗟の目で見られていた。その為に、秀吉の謀略によって光秀は本能寺の変を起こし、が為に滅ぼされたのだと。

 どちらが本当なのかは知らないし、今を生きる我々には関係ないことだ。そのようなかこのようなかは知らないが、そんな歴史の結果として、今の時代を生きているのだから。

 問題は、それを描いた小説が面白いものになっているのかいないのか、である。所詮、時代小説、歴史小説はエンターテインメントである。そのエンターテインメント性を裏付ける「歴史的事実」がいかにもありそうな形で、「これが歴史的事実である」として提供されていればいいのである。

 で、この小説のバックボーンを支えているのは、作品には登場しない春日の局の存在だろうか。三代将軍徳川家光の乳母だった春日の局は、元々は美濃の斎藤氏の一族で明智光秀の重臣であり、光秀の甥とも従弟とも言われた斎藤利三の娘として生まれた。この春日の局を江戸に招いたのは言うまでもなく徳川家康である。つまり家康は、本能寺の変の際に京都にいた家康とその少ない一党を伊賀越えから海路三河まで守ってくれた光秀に恩義を感じているわけだ。それは当然、光秀が信長を倒した後に頼りにしたのが三河から東に大量の領地を持つ家康に期待したからに他ならないが、それでも命を助けてもらった恩義と言うのはあるのだろう。結果、秀吉の世になってしまったが、その後、関東に転封させられてしまった家康が頼りにしたのが光秀の後裔たちだったというのは面白い展開だ。

 ついでに、川越喜多院の住持にして、上野寛永寺の創建者である天海僧正が、実は山崎の合戦でもって死んだはずの光秀その人だというところまで行ってしまうと、もうサイエンス・フィクションの世界である。勿論、天海僧正については出自の曖昧さもあり、山崎の戦の後土民の落ち武者狩りに遭い自刃したとされる光秀は実は影武者であったという説もあると言うとおりの光秀説の他にも、足利将軍家12代足利義春の子という説や、光秀の従弟とされる明智光春、あるいは娘婿の明智秀満もあるそうな。

 まあ、時代ミステリーとまでいかなくても、結局時代劇ってどこかミステリーじみていて面白い。たしかに、「これが史実だっ」って言ってしまえば、それはそれで成立する世界なのである。ウソでも。

 それが面白いものになるか、ならないか、というのは筆者の筆力の問題だけである。

 

2011年9月28日 (水)

10万PVありがとうございます

いつの間にか、10万PVを超えていた。

だから何なんだ、と言われても困ってしまうのだが、まあ、一区切りということで。

一昨年の12月から始まったこのブログですが、それから21ヶ月目での10万PV達成ってのは、速いのか遅いのかよくわからないが……。

とりあえず、ご愛読ありがとうございます。

店主軽薄

『メガバンクがなくなる日』は元バンカーによるややアマ本ですね

 主婦の友新書の「なくなる日」シリーズなのであるが、どうもこの新書シリーズ、元々の設定に無理がある企画と、上手くはまる企画があるようで、どうも「メガバンク」については、羊頭狗肉だな。

『メガバンクがなくなる日』(津田倫男著/主婦の友新書/2011年9月10日刊)

 つまり、目次を並べて見ると;

一章 銀行は本来の機能を果たしているか

二章 顧客支持と創造性が減っている

三章 何のための銀行家

四章 職場としての銀行の功罪

五章 メガバンクがなくなる日

という具合に、一章から四章までは、現在のメガバンクの批判であり、それが繋がって結果五章の「メガバンクがなくなる日」に至るのではなくて、唐突に五章の最終節になって突然「メガバンクは本当になくなるか」という設問が出てきて、それまでのお話とは全然関係なく「なくなる」ことについて書いてあるのだ。

 やはり著者の津田氏が元都銀(今のメガバンクの本)と二つの外銀に勤務した経験から、やはり銀行がツブれる日が来るということは、あまり想像したくないのであろう。まあ、それはそれでしょうがないかも知れないが、しかし、例えば日本がデフォルト(債務不履行)に陥った日がもし来るとなると、メガバンクだって同じ目にあうのだ。それも、いまのところ予測できないことではない。まず、アメリカがデフォルトに陥って、ヨーロッパが次にきて、その次に日本が……という、デフォルトの連鎖があるというのは、いまや可能性として小さなモノではない。

 で、一番最後の節における津田氏の「メガバンクは本当になくなるか」によれば、四つのシナリオが考えられるそうだ。

 一つは「メガバンク」が「超メガバンク」になるというシナリオ。まずSMBCが三井住友トラストHと合併して、新・三井住友銀行あるいは新・三井住友フィナンシャルグループになり、MUFGがみずほFGを救済して、大MUFGあるいは三菱みずほフィナンシャルグループになり、りそなHな野村證券と合併し野村銀行になるという三つの「超メガバンク」になってメガバンクがなくなるというシナリオだ。

 二つ目は、リーマンショック時にゴールドマン・サックス(GS)を助けたSMBCと、モルガン・スタンレー(MS)に出資したMUFGが、たとえば日本経済が先のデフォルトなんかに陥った際に、逆にGSがSMBCを、MSがMUFGを吸収して超メガ外銀のアジアにおけるリージョナルバンクになるというシナリオ。

 三つ目は、アメリカで「大きすぎてツブせないなら、分割して小さくしてしまえ」という主張が出てきており、それが実現した場合において、日本でも同じ論議が出てくる可能性があり、たとえば日本でも道州制が導入されるなんて事になると、その論議は現実味を帯びてくる。

 四つ目は、現在のメガバンクが現在の地銀トップの横浜銀行をさらに下回るレベルで細かく分割されるケースだ。

 こうして銀行が小さくなってくればくるほど、別にその銀行がツブれても、政府は自己責任として公的支援=国民の税金の投入などはしないですむし、それが資本主義の本来の姿ではあるのだが。

 さらに、トヨタなんかはトヨタ銀行といわれているほど、『力のある企業はメガバンクに限らず、もう銀行を必要としていない。災害に伴う緊急事態に備えたコミットメントラインなどは引き続き銀行との間で持ち続けるだろうが、大きな資金を必要とする場合には、証券市場でも国際金融市場でも調達は可能だ。メガバンクでなくても、外銀や外証が喜んで手伝いを買って出ることだろう。

 中小企業は、本書でも折に触れて述べているように、メガバンクとの付き合いでは神経をすり減らしているところが多い。銀行が小さくなる、メガバンクが分割されて顧客への支配力が弱まる、こういった状態のほうがありがたいと本音では思っていると、かなりの確度をもって断言できる』ということなのだ。

 勿論、メガバンク側としては、そういう危険性を避けたいからこそ肥大化して、政府に「ツブれともご勝手に」と言わせないように防衛しているのだと思うが、そんなときはまさしく、公正取引法をもっと弾力的に運用すべきなのだ。

 それでなくとも、21世紀の日本及び先進諸国のビジネスは基本スモールビジネス化するであろう。そんな時に、中小企業は個人客を蔑ろにするようなメガバンクはいらないのだ。むしろ、NPOによるソーシャル・レンディングやマイクロ・ファイナンスの方に金融がシフトしているのが、日本ではまだ見られないが、先進諸国での流れなのである。

 しかし『メガバンクが庶民や零細企業と共生すべく、自らの姿勢を正し、彼らに有益なバンクトとなるのであれば、私は必要以上に批判するつもりはない。だが。彼らのここ二〇年ほどの行動や発言を観察すると、どうやらその真逆のコースに向かっているようだ』と津田氏は書くのである。つまり、決してメガバンクがメガバンクであるからという理由で批判するつもりはないが、今の姿を見るとね。という優しさがあるのである。

 しかし、むしろメガバンクはメガバンクであるが故に批判に値するのではないだろうか。やはり、そうでないと本当の「メガバンクがなくなる日」は書けないのではないだろうか。

 基本的には、津田氏は「メガバンクがなくなる日」が来てほしくない、というスタンスなのであった。

 それじゃあツマんねぇ……。

2011年9月27日 (火)

『絶望の国の幸福な若者たち』は、なんかオヤジ世代がかいた若者世代論みたいだぞ

 しかし、こうした「世代論」なにか意味があるのだろうか、と言う気にはなってくる。というか、なんでこんな若い人が「世代論」なの、というところだよね。

『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿著/講談社/2011年9月5日刊)

『もう日本に経済成長は期待できないかも知れない。だけど、この国には日々の生活を彩り、楽しませてくれるものがたくさん揃っている。それほどお金がなくても、工夫次第で僕たちは、それなりの日々を送ることができる。

 たとえば、ユニクロとZARAでベーシックなアイテムを揃え、H&Mで流行を押さえた服を着て、マクドナルドでランチとコーヒー、友達とくだらない話を三時間、家ではYouTubeを見ながらSkypeで友達とおしゃべり、家具はニトリとIKEA。夜は友達の家に集まって鍋。お金をあまりかけなくても、そこそこ楽しい日常を送ることができる』から、『日本の若者は幸せだからです』と、不遇な状況に置かれている日本の若者が立ち上がらないことを不審に思ったアメリカのジャーナリストに対して答えるのであった。

 って、でもそんな「ごく一般の若者論」に乗って、考えてもいいものだろうか。上記の「若者論」は、今まさに若者(26歳)である古市氏自身が書いた文章なのだけれども、いま「若者」世代にいる筆者が、何で「そんな世代論的な輪切りにした考え方はおかしい」と言う風に、反撥されるようなものをかくのかな。

 戦後世代とか焼け跡闇市世代とか、いわゆる団塊の世代とか、バブル世代とか、ロズジェネ世代とか、そんなものは結局、その世代をずっと前に通り過ぎた年代層の人、つまり「大人」が、自分より下位の年齢の人たちを都合よくまとめようとしていっているだけの「世代論」でしかないはずだ。当の、その世代の人間にしてみれば、そんな「世代」でもって輪切りにできるはずのない、もっと多様な人たちがいる同じ「世代」ではあるのだけれども、何故そのように「世代」として輪切りにしなければならないのか、ということに憤ることになる。

 今「若者論」を語って、例えば上記のような「若者論」を語ったとしても、しかし若者すべてがそのように「くだらない話を三時間」も語ったり、「YouTubeを見ながらおしゃべり」ををしたり、「鍋をつつきあえる」友達がいるわけではないだろう。それこそ「便所飯」を食べたりするような連中もいるのである。逆に、そんな「友達」なんかとは付き合わないで、学生起業をしたりする人たちもいるし……。つまり、それだけ「世代論」というものは、その世代のことを語っているようには見えながらも、実は、それは単に世代と言うものを、時代状況を入れながら、ひとくくりに輪切りにして「分かり易いように」提供するだけで、実は何の意味も無いのだ。

 本来、古市氏が向かうべき方向はそのような「世代論なんて意味無いよ」という方向では無かったのではないか。とりあえず「今の若者」としてはね。

 古市氏が今後歳をとってきてそのときの「若者」を下に見るようになったら、そうした「若者論」もあるかもしれない。しかし、今まさに「若者」の中にいる古市氏が、このように「若者論」を語るのは不思議である。変である。

 とまあ、「世代論」に毒づくの訳であるけれども、仮にその世代論に載るとしても、格差社会とか言われ、派遣労働、非正規労働やフリーターとかはまだいいほうで、それこそニートみたいな人が蔓延している時代だ。その意味では「今の若者達は不幸だ」ということになるのだろうが、しかし、「今の若者達」の「今」だけを考えてしまえば、決して不幸ではないし、むしろ、未だ親達の庇護の元にある若者達は「幸せ」であるはずなのだ。だって、親元にいる限り、食事や生活の問題はないわけだ。しかし、彼あるいは彼女の親が死んでしまった場合はどうなのだろうか。その瞬間、彼あるいは彼女は、誰も彼および彼女を庇護してくれるひとはいなくなってしまうのだ。その時に本当の不幸がやってくるんだろうな。

 いずれにしても、今後の若者、ということはこれからの中年、壮年、老年なのだが、その人たちが一様でないことは当たり前であるし、それらの一様でない人たち(多分、それは私達のような団塊〔のちょと下〕の世代よりはもっと多様な世代だろう)の作る日本あるいは世界の中でどういう風に形作られていくかは、とても興味のある問題である。

 はてさて『絶望の国の幸福な若者たち』が、どうやってこの国をこれから運営していくのだろうか、だって、いまは幸福かも知れないけれども、その後は絶対に不幸な時代が来て、その時代を運営するのが今の「若者たち」なのだ。今は、それを考えてないから幸福っていうだけでね。

 いやいや、その前に若者達が皆日本から逃げてしまって、日本崩壊かという考え方もあるのだけれども、多分そうはならなくて、そうなったらそうなたったで、とても劣化した日本があるのだろう。そこに俺たちはいるのかな……。

 多分……。

2011年9月26日 (月)

東京ポートレイト

 東京都写真美術館に鬼海弘雄『東京ポートレイト』展を見に行く。

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『東京ポートレイト』展やその公式図録として刊行されている写真集『東京ポートレイト』に既視感があるのは、すでにそれが『ぺるそな』や『東京夢譚』などの写真集で既に発表している写真が総てであるからだ。つまり、鬼海弘雄は40年にわたって浅草へ来る、何だかよく分からない人たちを撮影してきて、同時に、東京の街をさ迷い歩きながら、町の写真を撮ってきている。しかし、その浅草に集まる人たちの写真と、東京の町の写真はまったく等価に繋がってくるのだ。それぞれが「ポートレイト」として写ってくるというのは何故なのだろう、と言う事を考えながら見ていく。

 鬼海は言う『写真も、誰でもシャッターを押せば写る。でも、ふつうは、「写真がいかに写らないか」に直面する。やはり考えなくてはならない。人に伝えるのは簡単ではない。伝えるものがあるから写真を撮っているわけであり、自分たちの関係者だけに見せるのと、まったく知らない他人を撮って、さらにそれをまったく知らない他人に見せて納得してもらうのは、まったく違う。ですから、なかなか写らない』『表現は、写真が写真を考えるんです。それが自己運動するから表現になる。写真でも何でも、表現は地味な活動で基本的には食えない覚悟がいる』(『週間 読書人』9月9日号)とね。

 つまり、写真そのものは何も語らない。むしろ写真を見た人が、その写真について考えることによって、写真が何ものかを語りだすのだ。つまり、写真を見る人は、その写真について考える人にならなければならない。では、写真家は何を語っているのか。多分、それは見る人が写真について考えることが何なのかを提供するために、自らの写真を提示して、数多くの写真を提示して、見る人に写真について考えることを容易にするように努めるのだ。つまり、大量の写真を提供することが写真家の義務であるというように。そして、写真家も自らの写真を展示し、出版したときには、自らそれを見る人になる。

 つまり、そんな円環構造が写真という行為なのだろう。

『東京ポートレイト』の大量の写真を見ながらそんなことを考えた。

『東京ポートレイト』展は10月2日まで開催中。

 で、写真美術館を出てくると、北海道の「ゆるキャラ」大集合で物産展をやっていた。これが日常。

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EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8 (c)tsunoken

2011年9月25日 (日)

『西東京市民映画祭』ってのがあったんだ

『西東京市民映画祭』というのに行ってきた。

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 西東京市民映画祭ったって知らない人が多いでしょう。実は、私もつい1週間前までは知らなかったのだが、1週間ほど前に保谷の町を車で走っているときに商店街のバナー広告をみて初めて知ったようなわけなのだ。

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 で、昨日(9/24)がその最終日で、西東京市民映画祭自主制作映画コンペティションの上映と、受賞作の発表があったのだ。

 場所は、昔の保谷市役所、今は西東京市保谷庁舎にあるこもれびホールというところで開催された。

Epsn9521_2

Epsn9523_2

EPSON RD1s Summicron 35mm (c)tsunoken

 自主制作映画コンペティションは20分以内の短編映画だけに限定された作品を募集し、その中から優秀作を選ぶという方法で、保谷市在住の映画監督の佐藤純彌氏が審査委員長、司会者によれば「辛口」であるそうな映画評論家の野村正昭なども審査委員を務めるコンペである。

 コンペの応募総数は187作。それを21作まで選んで、そのうちの14作が上映された。上映された14作は上映順に;

『記憶のひとしずく』畑中大輔(15分)

『世界で一番美しい辞書』竹葉リサ(8分)

『壁女』原田裕司(17分)

『NAVIGATOR』若林立夫(15分)

『職務遂行』九鬼槙範(19分)

『ANON-アノン-』齊藤崇浩(10分)

『落ちていく放課後』篠原理人(16分)

『さんかく山の頂上で』今西祐子(15分)

『正当防衛』伊野紗紀(16分)

『美雪の風鈴』落合賢(20分)

『出張紙芝居~笑顔を君に~』橋剛史(20分)

『さまよう心臓』秦俊子(10分)

『ボンとキヨ』金子めい(15分)

『日常エンド』塩出太志(20分)

という14作である。

 いまはデジタルビデオカメラがあるので、昔みたいに16mmのフィルムが残り何フィートあるかを気にしながらの撮影はしなくても大丈夫だし、映画製作にかかるお金の額もかなり少なくても大丈夫。それでいて劇場の大スクリーンで上映してもOKなクォリティーの映像が作れるのだ。確かに、芸術系や映像系の大学じゃなくても映画を作れることをコースに持つ大学が増える理由なのだろうな。昔みたいに日大の芸術学部くらいしか映画を作ることを学べる大学がなかったことに較べれば、今はどの大学に行っても何かしら映像制作を学べるコースが用意されている。ということなので、このコンペにも大学の卒業制作で作られた作品が多く見られた。桜美林大学や東京藝術大学や映画美学校なんかの……。

 そんな作品ばかりなので、昔のような「映研映画」と呼ばれたアタマデッカチの抽象的・観念的な作品はなく、みなそれなりにエンターテインメント作品になっている。あの当時は足立正生の『鎖陰』だってかなり観念的な作品だったからなあ。

 う~ん、面白い。来年は無理かも知れないが、再来年くらいにはこのコンペに挑戦してみようかしら。勿論、審査員としてはそんな爺いが応募したからといっても、そんな先のない親父には賞は出さないだろうがね。それでも「爺さん頑張ったで賞」くらいはもらえるかもしれない。ドキュメンタリーのネタはいくらでもある。

 よし、やってみよう……なんてね。

 で、コンペの結果発表までいなかったので、結果は分からないが、私的には『美雪の風鈴』あたりが、一番技術的にもしっかりしていて好感をもったのだろうが、多分、違うんだろうな。

<後日、追加情報>

コンペの各賞がサイトに載っていたので、追記します。

最優秀作品賞 「美雪の風鈴」

優秀作品賞 「壁女」

優秀作品賞 「さまよう心臓」

観客グランプリ 「美雪の風鈴」

シネマ倶楽部特別賞 「ボンとキヨ」

西東京市長賞 「美雪の風鈴」

西東京市議会議長賞 「出張紙芝居」

ASA学生賞 「落ちていく放課後」

西東京商工会会長賞 「壁女」

奨励賞 「日常エンド」

 ということで、「美雪の風鈴」が一番多くの賞をとる結果となった。まあ、私の評価とあまり違わなかったので、ホッとしたところ。

2011年9月24日 (土)

『マンガでわかる 会社組織が蘇る! 職場系心理学』じゃわからないこといっぱいだ

 でも。この程度のマンガじゃ分からないんだよな、本当のところは。

『マンガでわかる 会社組織が蘇る! 職場系心理学』(衛藤信之監修/ナカタニD作画/じっぴコンパクト叢書/2010年4月22日刊)

 だいたい「リストラ=リストラクチャリング」というのは「再構築」という意味であり、企業なら、その企業の中身を再検討し、あらたな企業構造を考えたり、企業のあり方を考えて、それを実行することなのだ。それが、いつの間にか「リストラ=人員整理」という事になってしまい、それは「成果主義」という言葉と一緒になって、企業の従業員を攻め立て、「成果を上げられない部署はリストラ」ということで、従業員の首切りをしてきたのが、日本企業だ。

 しかし、それではいけないのだということは皆分かっているのであるが、じゃあどうしようかと言うと、実は皆どうすればいいか分かっていないから、結局「リストラ=首切り」という方法論しか考えられないのだ。って、これって永遠の「答えが見つからないサイクル」なのである。で、職場心理学の登場と言う事なのであるが、実はそこまで企業の職場って単純ではない。

 各職場には、局長や部長や課長といった職場長がいる。その人たちは、自分の職場を自分の考え方で運用しなければいけない(と考えている)。そんな人たちに、まず職場心理学というものがあるということを理解させなければいけないわけだ。で、その職場心理学では、多分、殆どの職場長の考え方を否定しなければならない事になるわけだ。そんな理屈を職場長が受け入れるだろうか。

 で、問題は経営者にまで至るわけだが、現代の経営者って結局はサラリーマンの成れの果てでしょう。特に財閥系の大会社になればなるほど、経営者は会社のオーナーではなくて、いわば被雇用者、見た目は株も持たされているし、オーナーの一人のような顔をしているが、実質はオーナー家族がいて、彼はそこから会社経営をまかされた番頭にすぎない。それこそ経営者といっても会社をクビになれば、なんのとりえもない一介の市井人でしかない。そんな人が職場心理学なんてものを理解することはないだろう。そんなことよりかは、いかにして会社の売り上げを上げて、経費を抑えて、つまりは利益を上げることしか考えられられないのだ。

 たまたま、私はオーナーが経営者を兼ねている中小企業の社員だから言えるのであるが、企業規模としては今私がいる会社のように1,000人くらいが一番いいかもしれない。ほぼ、従業員の顔もわかるし、プラス派遣やフリーの人たちの顔もなんとなくわかる。そんな企業にいると、数万人、数十万人も社員(プラス派遣や季節労働者)がいるような大企業のありさまは分からないのだが、結局はそれだけの人を抱えてしまうと、ある種の官僚制が必要になってくるだろう。

 そうなった場合、官僚の側を切るのか、現場側を切るのか、と考えれば官僚側を切る方が相対的に企業の経費は落とせるのであるが、そんなリストラ策を考えるのは官僚側に決まっているのだから、まず官僚側からリストラをするなんてことは有り得ない。

 ということで、今の日本の問題は「管理費」がかかり過ぎるってことですね。この管理費こそは一番のリストラ対象なんだけれども、ところが一番最後まで残りそうな部分でもある。公務員の経費なんてのも、勿論この管理費の大きな部分である。

 こうした、国や企業の「管理費」を減らせれば、結構、まだまだ日本も行き続けることも出来ろと思うんですけれどもねえ。

 ということで、それが実現すれば「職場系心理学」も必要なくなるんだけれども、って無理やりオチをつけてみました。

 たしかに、これは無理だな。

2011年9月23日 (金)

『署長刑事』はほんま2時間ドラマなのであったで~

 警察署長が刑事をやるなんてことは普通有り得ないから、ネタになるというところなのだろう。

『署長刑事 大阪中央署人情捜査録』(姉小路祐著/講談社文庫/2011年8月12日刊)

 キャリア組の警察署長が警察庁から初めて警察署長という「現場」を担当することになって、赴任4日目にして、現職警官の「飲酒ひき逃げ殺人」事件が起きてしまう。その後、その事件を巡っての記者会見で署長の見解と、マスコミの取材結果がおおいに食い違ってしまい、簡単な「お詫び会見」にしようと目論んでいた府警幹部の思惑を離れて署長の「やる気」に火をつけてしまう。というのがお話の前提。

 で、この署長、身長158cmというおチビさんなんですな。で、このチビ署長と、身長169cm、体重83kgというデカい新人婦警という、チビデカコンビが婦警の軽自動車(ミニパトではない婦警の個人的な持ち物)にのって大阪と淡路島を往復するという、ビジュアルな面白さ。

 勿論、事件は元警官の市議秘書による現職警官と市民の殺人事件であったという解決を見て、その上にある警察機構を巻き込んだカジノ構想に至る問題が見えてくるという構造を持っているわけだ。

 しかし、全7章のこの小説の第7章まるまるを使っての、事件解決というか事件解説って、先のビジュアル的な面白さと同様、まさにテレビの2時間ドラマと同じ構成なのだ。まあ、主人公がバリバリのキャリア官僚ではなくて、キャリアはあるけれども実は人情派というところも、まさに2時間ドラマですね。

 って、作者の姉小路祐は山村美沙、西村京太郎に次ぐ2時間ドラマの原作者なのだから、それも無理はないか。でも、それを突破しないともっと面白い「小説作家」にはなれないのではないだろうか。2時間ドラマの原作として、そのまま使える話でもあるけれども、でも、そのままじゃあね。

 小説としての面白さと、テレビドラマ原作としての面白さは別のところにあるはずだ。小説はもっともっと小説としての面白さを目指すべきであるし、テレビドラマはテレビドラマとしての面白さを目指して脚本家が頑張ればいいのだ。

 小説『署長刑事』はそれなりによく出来ている作品なだけに、いまひとつ、小説として突き出た部分がないところが残念だ。

 

2011年9月22日 (木)

ワーイ、還暦だぞ。これからは何でも言いたいことを言っちゃうぞ。

 本日9月22日をもって私tsunokenも、還暦となりました。

 還暦、つまりj十干十二支のひとまわりが終わって、元に戻ったということでの「還」歴ということなのですね。数えで61歳が本来の還暦なのだが、今は実年齢で60歳ということなのだ。何か、文句あっか。

 還暦というのは、そんな意味で要は「子どもに戻る年齢」ということなのだ。そう、もう私は「子ども」なのだから、何を言っても許されるのね。皆さんイジメないでね。所詮、子どもが言っていることなんだから。

 という事で、これからも言いたいことを、多分、今までよりももっともっと過激に言っちゃうぞ、ということでしょうか。

 何? 今まででも結構言いたいこと言ってきたじゃないかよ、というあなた方、実はそうでもなかったのよ、やっぱりそれなりに気を使いながら書いてきたのです。この、勝手なことを言っているようなブログでもね。

 とは言うものの、この還暦に達したことではやめさせてくれない会社もあります。つまり、今私がいる会社なのだけれども、昔、60歳定年制を会社が提案した際に、「60歳まで働けるのということは、60歳になったところで定年ということは実質59歳と同じじゃないか、60歳定年というなら満60歳一杯まで仕事をさせよ」という主張をした労働組合の主張が通っちゃって、私なんか60歳になったところで会社を辞めてもいいんだけれども、あと1年仕事をしろってことになってしまって、まあしょうがないかってなもんであります。

 という事なので、あと1年は、多少は気にしながら書くってことですね。まあ、それでも一線を超えたってのは、個人的にも多少は気分が楽になるということもあるので、これからはK談社の本でも平気で批判するかもしれない。

 ただし、これまでのところでもK談社の本を露骨に批判はしてこなかった理由は、私がK談社の社員だったからではなくて、K談社の本に、それほど批判が必要な本が無かったからでしかない。つまり、批判をしなければならない本は無視していたということなのだ。勿論、批判すべき本も多かったK談社ではある。しかし、そうでもない本も多かったというだけのことでしかない。

 その辺は、お楽しみに。

 

 

2011年9月21日 (水)

震災、人口減少でさらに加速する東京への人口集中という話

 昨日の『ダイヤモンド・オン・ライン』で気になる記事を読んだので、それを紹介。

 経済のグローバル化が進む中、都市が膨張を続けけていると言う話である。記事は八束はじめ芝浦工業大学工学部建築工学科教授へのインタビューである。

Img_04c9a1e8ab1e824e3a321514408f858 八束はじめ氏

 国連の調査によると、2030年の世界人口は約80億人にまで増え、その60%が都市に暮らすと予測されているそうだ。これまで情報化が進めば人口は地方に分散すると考えられていたものが、現実には逆の現象が現れている。

 これについて八束氏は『メディアから受け取る情報が均一になればなるほど、メディアを介さない生の情報を持つことが差別化の重要な要素になります。したがって、ビジネスで成功したいと考える人たちは、日本でもそれ以外でも、富と情報を求めてより密度の高い都市部へと移動していくようになります』と考える。

 その結果、いまや東京圏という、東京都を中心とし、東京と隣接する千葉、埼玉、神奈川を含めた地域の人口は約3500万人となり、現在もなおかつ増え続けているのだ。それも1960年代の高度成長期にも劣らない勢いで。

 そこに東日本大震災が起こり、震災の影響で避難所や親戚の家などに避難している人たちが、8月末時点で8万人を超えているということだが、この人たちが、今後、もといた場所に戻るかと言えば、かなりそれは難しいのではないか。要は、もといた場所にそれまで勤務していた事業所や、あるいは農地などが残されているかと言えば、それは期待できないだろう。結局、彼らは東京圏で職業を捜すしかないという選択肢しか残されていないわけである。特に、福島県の原発避難地域に暮らしていた人たちなんかは、最早、帰るべき家は無くなってしまっているわけで、いやでも現在避難している場所か、あるいは東京圏などの大都市に職を求めて移動するしかないのである。

 で、そんな状況も含めて八束氏の研究では、移民の受け入れも前提とした『東京計画2010』という日本沿岸部の開発プランを提示しているのだが、それがすごいのは、巨大ビル群とともに、コンテナを使った立体スラムまで配置してあるというところなのだ。

Img_dc843f71b7a9994123da019916509bf 八束研究室が作った都市計画図。どの辺がスラムなのかはよくわからないが

 この都市計画ではホワイトカラー、ブルーカラーの“南北問題”を突きつけた刺激的なものであり、はじめから“スラム・シティ”が設定され組み込まれている。当然、こんなところには住みたくはないという反応は出るだろうが、現実的にはそんなところにも住む人は出てくるというところなのだろう。つまり、それが移民たちが住む場所、ということなのだろうけれども。

 本来、スラムというのは大都市周辺に自然発生的に生まれてくるものなのだ。大都市発展に際し、そこに集中してくる人口のうち、情報が入りづらく、結果として後半にやってくる「遅れてやってきた人たち」が、結局は住まざるを得ないところ、それがスラムである。それをはじめから読み込んである都市計画というのも凄いが、はたして人々がそのように動くであろうか、というとそれはなかなか読めないであろう。

 つまり、そんな形でスラム街が予定形成されてしまえば、そこは当然そのようなことを見込んで、それなりの地価が形成されるだろう。ということは貧困住民はそんなところには住めないということであり、その予定されたスラム街の周辺に、本当のスラム街が形成されるだろう、ということなのだ。

 スラム街というのは、本来の都市計画では有り得ない場所であり、そこの住民も本来の都市計画では存在しないはずの住民なのである。しかし、そのような人たちの存在も必要になる程、大きく勝手に発展してしまうものが大都市なのであり、そのダイナミズムなのだ。

 それを読み込み済みと言いたい都市計画なのであろうが、多分その予想は見事にはずれ、結果としては、やはり想定外のスラム街ができるんだろうな、やっぱり。

2011年9月20日 (火)

学生スポーツ三昧の三連休

 スポーツの秋、というところなのだろうか、もっぱら学生スポーツ観戦の毎日という三連休ではありました。

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Dsc_1253_7 TE三上へのTDパスが通った瞬間

 まず最初は、9月17日土曜日、調布市アミノバイタルフィールドで、関東学生アメリカンフットボール連盟の公式戦、1部Bブロックの東京大学ウォリアーズ対一橋大学クリムゾンという超偏差値対決を見た。今期、1部Bブロックでは法政大、中央大、慶応大に次ぐ第4位の東京大。シリーズ前半の上位チームは下位の神奈川大、一橋大、立教大、拓殖大の4チームとまず試合をする。つまり、前半戦の上位4チームは無敗で、上位決戦を迎えなければいけないのだが、毎年1試合目が上手くいかない東京大は、前節の神奈川大戦でも21対20という、まさに首の皮一枚という勝ち方をしていて、この試合も若干心配ではあった。

 ということで、先制タッチダウン(TD)は一橋大に奪われ、東京大は追う形になって試合再開。幸い、クォーターバック(QB)高木万海が自ら走ってTDを奪い、第一クォーターは同点で終わる。第二クォーターに入ってフィールドゴール(FG)を二本決めた東京大、これで何とかなるとは思うが、やはりもう一、二本はTDが欲しいところ、第三クォーターで一橋大にFGを一本決められてしまい、13対10で第四クォーターを迎える。

 迎えた第四クォーター、前半で1TDずつを奪って、20対17と前節の嫌な試合振りを思い出しながら見ていた試合終了36秒前、一橋大QB丹羽からワイドレシーバー(WR)安河内へのTDパスが通ってTD。遂に東京大は24対20と逆転を許してしまう、試合終了直前なのであった。

 ところがここから東京大の猛烈な反撃があり、それまでパスは殆ど成功していなかったQB高木のパスが決まり始め、パス、パス、QBオプションで走るでもって自陣20ヤードまで持ってきた東京大は、試合終了3秒前にQB高木からタイトエンド(TE)三上へのTDパスが決まり、結局27対24で東京大の勝利という、薄氷の勝利を2週続けて実現したのであった。

 まあ、この辺が東大生の負けず嫌いなところなのだろか。

 次の立教大戦は、もうちょっと安心して見られる試合をしてくれよな。

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Dsc_1397_2 地味なフェイスオフという試合開始・再開のセレモニーのような行事であるが、その後の早期得点に結びつける大事な場面でもある。

 次の日曜日、9月18日は野田市の東京理科大学野田キャンパスで行われた、日本ラクロス協会の関東学生ラクロスリーグ戦、2部Aブロックの試合、立教大対東京理科大戦であります。

 昨年、1部から2部に降格となった、東京理科大と立教大はこの2部リーグでは上位にある。その他のチームは明治大、東洋大、千葉大、東京農業大というのが2部Aブロックを構成しているチームである。

 ところが、立教大はこれまでに明治大、千葉大と二つのチームからアップセットを食らってしまい、東京農業大には勝ったものの、現在までに1勝2敗という状況で、3戦全勝している東京理科大に負けると下手をすると3部との入れ替え戦に臨まなければならなくなるという、剣が峰の一戦である。

 どうあっても負けられない立教大と余裕の東京理科大の差が第一クォーターからあらわれたのか、立教大が次々とゴールを決めて、前半を折り返したときは6対2というスコアで、これは後半になってもっと点差を広げてくれるかなと思ったというか、期待したのであるが、後半開始から続々と東京理科大のゴールが決まってくるという展開で、勝負の行方は分からなくなる。

 結果、試合は9対8で立教大が勝ったわけだが、後半だけを見ると、3対6と東京理科大が圧倒的に勝っているわけで、あまりいい勝ち方とはいえない。やはり、前半・後半とも勝ってほしいのだ。

 まあ、でもこれで立教大、明治大、千葉大が並んできたわけで、シリーズ後半が楽しみになってきたのは事実だ。

Dsc_0010_2 キャッチャーの星野君。この試合は全打席出塁という凄い記録を達成した。体は小さいが頼れる奴だ。

Dsc_0024_2 ピッチャーの西野君。立ち上がりの制球の悪さが課題かな。

 ということで、月曜日9月19日は、府中市の明星高校グラウンドで秋季高校野球トーナメントである。

 夏の甲子園を目指す高校野球が終わって、2年生と1年生だけのチームになって始めての試合であり、春のセンバツへの切符を賭けた試合でもあり、それなりに重要な試合である。その予選1回戦。

 試合は、立教池袋高校と都立葛飾商業高校戦。立教池袋高校は都立葛飾商業高校とは一昨年の夏大会1回戦であいまみえ、9回裏2アウトまで勝っていたものを逆転サヨナラを食らった因縁の対決である。勿論、その当時いた選手は最早いないので、因縁の対決というムードはまったくない今回の一戦ではあった。

 結果は、4回を除いて毎回得点をした立教池袋高校の10対0、7回コールド勝ちという結果に終わった。

 立教池袋高校のバッテリーは夏の大会からレギュラー出場していた選手だし、かなり場慣れしているのだろう。あと、半年、1年たった頃の成長が楽しみな選手である。

 負けた葛飾商業高校もチーム員が10名程度しかいなくて、まあ、それはそれ全員が出場できていいわけであるけれども、ピッチャー交代も、結局はシートの変更という形で守備変更だけなのだ。それでも都立高校だけあって女子マネージャーもいて、まあ、それはそれで負け続けでも楽しいのだろうなあ。

 とまあ、三日目にしてやっと安心して見られる試合があったのだが、それが最も地味な高校野球というのもあ……まあ、仕方がないか。

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Nikon D100 AF Nikkor 18-105 (c)tsunoken

2011年9月19日 (月)

『使い分けるパソコン術』はよく分かる単機能コンピュータの使い方なのだ

 かつてコピュータは汎用機器だった。しかし、結局パーソナルな持ち物になってしまうと、結局は専用機になってしまうのだな。まあ、その方が、機械としては使い勝手がよいということなのだ。

『使い分けるパソコン術』(たくきよしみつ著/講談社ブルーバックス/2011年9月20日刊)

 しかし、このたくきよしみつ氏というのは、音楽家にして作家、ついでに狛犬研究家というよく分からない人なのだ。タヌパックスタジオ本館(http://takuki.com/)というHPにいくと音楽が聞こえてくるし、タヌパック阿武隈日記(http://abukuma.us/takuki/)にいくと、いかにも作家らしい内容と、福島県阿武隈山中の川内村という、福島第一原発から25km圏内のところに住んでいることからのいろいろな問題が掲載されている。勿論、狛犬ネット(http://komainu.net/)というサイトもあります。

 で、思い出した。この人は『デジカメに1000万画素はいらない』を書いた人だったのだ。つまり、音楽家らしくデジタルに強い作家だったわけなのだ。で、、そのデジタルに強い作家が何を書いたのかと言えば;

第1章 iPad、買っていい人、悪い人

第2章 タブレットとネットブックを使い分ける

第3章 スマートフォン、買っていい人、悪い人

第4章 クラウドサービスを使い分ける

第5章 ブログやデイスブック、ツイッターを使い分ける

というものだ。

 つまり、もともとコンピュータというのは「何でも出来る」ということで汎用機として開発されたものであり、メインフレームやオフィスコンピュータの時代までは、そういう使い方だった。つまり使っているのが専門家だけだったからね。ところが、コンピュータがパーソナル化してきて、「誰でも使える普通の機械」になってしまってからは、それこそ「誰でも使える」性を生かすためには、なるべく機械を単機能化した方が良いわけで、そうやって機械と言うものは発達してきたのだ。というわけで、水陸両用機なんてものはマニアが研究するだけのものでしかなくなってしまい、ラジオ付きカメラとか、バカなものを人間は作ってきたものですね。要は、かえって使い勝手の悪いものを、「あれとあれが一緒になれば便利だな」なんて考えて、かえって使えないものを考え出してきたのだ。

 でも、結局は単機能のものをいろいろ持ってればいい、多少荷物が増えても、その方が使うのに簡単でいい、ということになったのである。

 そこで、家庭のメインフレームであるパーソナル・コンピュータ(デスクトップあるいは高級ラップトップ)を置いておいて、それ以外の場面では、タブレットや、ネットブックや、スマートフォン、そして電子書籍端末なんかを使うわけだ。つまり、それらの使い分けを如何に上手くやるのかを提案した本なのである。

 こうした論議が巻き起こったのは、多分、iPadが出てからのことであろう。ネットブックのころは、一部に「100円パソコン」なんてことで話題にはなったものの、じゃあこのネットブックが出たことで、パソコンの世界に大きな変化がおきるということではなかった。まあ、なんでこんな安く(100円というほどじゃなくても、ネットブック自体が30,000円位のものだった)パソコンが作れるのだろうか、という程度の話題である。そんなのは簡単。マイクロソフトがWindowsを格安で提供したからだ。じゃあ、何故マイクロソフトがWindowsを格安で提供するのかと言えば、それは単純にAppleやGoogleに対抗する為、という事でしかない。まあ、世の中は意外と単純な対立構図でしか動いていないのですね。

 では、何故ネットブックはそんなに話題にならなかったのだろうか。多分、基本的にはアジア(殆どは台湾)の企業が作ったパソコンだったからだろう。この国の国民は、未だに欧米の作り送り出すものをありがたがるのに、アジアの国から送り出されるものには、あまり関心を示さないからだ。

 で、結局、iPadが出て、タブレット型コンピュータというものが出来るんだということになって、使ってみる。私も、iPadを発売当日にネットで買った口なのであり、数ヶ月使った結果、息子にあげてしまった。

 iPadを使ってみて分かったことは、これは電子書籍端末ではないということと、コンピュータとしてもちょっと中途半端だなと言う事であった。昔、Macコンピュータを使っていたことがある立場としては、なんか昔懐かしい使い勝手のコンピュータではあるけれども、結局、タブレットというのはあまり使い勝手が良くない。勿論、「こんなもんだよ」と考えてしまえば、それはそうなんだけれども、しかし、通常のキーボード操作に慣れてしまっている立場から言えば、やっぱり使い勝手は良くない。通常のキーボードの方が使いやすいのだ……。

 もう一つ、電子書籍端末ではないというところもその通りで、新聞や雑誌のページを見るには、フルカラーだし、画面も鮮明なiPadは向いている。しかし、新聞や雑誌は、実物もあるわけだし、「単機能」ということで言ってしまえば、実は新聞や雑誌を買うほうがよっぽど使い勝手はいいのだ。もう一つ、書籍に関して言えば、確かにiPadで読めることは読めるのだが、じゃあ何なのよ、ということである。アメリカのように本屋さんがない街がいくらでもある国と違い、日本はそこいら中に本屋さんがあるわけで、いくらでも本物の本が読めるし、iPadよりも軽い本を読めるのだ。そう、iPadの弱点はその「重さ」にある。開発した立場から言えば、決して重くは無いというところだろうが、しかし、やはり文庫本1冊よりは確実に重いよね。そんな意味では、AmazonのKindleの方が上だろうし、Kindleが日本語ソフトを出していない状況では、それこそSonyのReaderだってまだ戦える状況にはある、メインフレームとの結合の問題は別としてね。

 で、結局はiPadはタブレット型コンピュータとしてしか生きる道はないのだけれども、そのタブレット型コンピュータとしては、今後どうなるのだろうか。

 私のような中生代からのコンピュータ(古代ではない)に親しんでいる立場から言えば、タブレット型コンピュータは使いづらいなという気分があり、やはりキーボード付きのほうがやりやすいということだけのものでしかないのかもしれない。

 しかし、今後、タブレット型コンピュータじゃないと文字入力も出来ない人たちが出てくることもあるのだろうな。キーボードは面倒くさいなんて言って。まあ、そうなればキーボード世代は消え去るのみでしょう。

 ついでに言うと、息子は私があげたiPadを何に使っているかと言えば、殆ど「通学途中にYouTube見るくらいかな」と言う事であった。

 まあ、そんなもんでしょう。

2011年9月18日 (日)

ポピュリズムへの『ゲーテの警告』ということは分かるが、じゃあ、どうしたいのよ。哲学者として

 日本に民主主義はいらないと言うのだが、それではそれに対置できる政治の方法論を言わなきゃだめでしょう。ねえ、適菜さん。

『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』(適菜収著/講談社+α新書/2011年8月20日刊)

 要はポピュリズムが日本の政治を滅ぼすと言っているのだが、それは民主主義のひとつの行き着く先であるから、やむをえないのである。問題はそんなポピュリズムに陥らない方法論を提示することなのではないだろうか。

 で、B層とは何か。2005年、小泉内閣の進める郵政民営化に関する宣伝企画の立案を内閣府から受注した広告会社スリードが、小泉政権の主な支持基盤として想定した概念である。その企画書では国民を「構造改革に肯定的か否定的か」を横軸に、「IQ(EQ、ITQなどを含む概念として)」を縦軸に分類し、IQが低くかつ構造改革に中立ないし肯定的な層を「B層」とした。主に主婦や教育レベルの低い若年層、高齢者層を指している。

 A層は、エコノミストをはじめとして、基本的に構造改革の必要性は感じているが、これまで、特に道路公団民営化の結末から類推して、郵政民営化の結果については悲観的な観測を持っており、批判的立場を形成している、IQは比較的高く、構造改革には肯定的な、財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア、都市部ホワイトカラーなどを指す。

 B層とは、現状では郵政の満足度が高いため、道路などへの公共事業批判ほどたやすく支持は得られない。郵政民営化の支持を取り付けるために、より深いレベルでの合意形成が不可欠。IQは比較的低く、構造改革に中立的ないし肯定的な、主婦層、若年層、高齢者層など。具体的なことがらは分からないが小泉総理のキャラクターを支持する人たち。

 C層とは、構造改革抵抗旧守派。IQは比較的高く、しかし構造改革には否定的な人たち。

 D層は、IQが比較的低く、構造改革には否定的な人たちであり、既に失業などの痛みにより、構造改革には恐怖を覚えている層である。

 で、このB層に向かって、小泉政権は郵政民主化の広報にあたって主にPRを展開するのだが、そこではB層そのものに向けては、ネガティブな表現を避けて、B層に伝わりやすい方法として、B層に強い影響力を持つA層向けに大きなキャンペーンを繰り広げ、それがB層に伝わるようにしたのだ。その一つの方法論が小泉お得意の「ワン・フレーズ・ポリティクス」であり「郵政解散」という「郵政民営化に賛成してくれるのか、反対するのか」という、実に「分かりやすい政治」なのである。つまり「IQが低くても理解出来る政治」というわけである。

 勿論、その結果、構造改革は推し進められ、人材派遣業は拡大し、医療費負担が増えたりと、B層はむしろひどい目にあっているのだが、それを簡単に忘れてしまうところも、いかにもIQの低さを物語っている。

 ところが、後年、おなじ手法を使って自民党から政権を奪った民主党がある。

「政権交代か否か」「民主党の改革か自民党の古い体質か」という、ごく単純な対立構図を作り出し、子供手当てとか高速無料化の延長とか、耳障りのいいフレーズをマニフェストし、自民党から政権を奪ったわけだ。しかし、それらのマニフェストは政権奪取当初から実現不可能なことはわかっており、そんな民主党に投票したB層からは「民主党に期待して投票したけれども、騙された」と今度は民主党を非難するようになった。そんなもの、民主党のマニフェストが発表された時点で実現不可能なことは分かりきっていたでしょう。でも、大方の民主党支持層、つまりその大半はB層ということになるのだが、その人たちは「騙された」という見方しかしない。でも、この人たちの大半は、それまで自民党に投票していた人たちなのだ。つまり、これらの人たちって、基本的に常に政権から騙され続ける人たちなのだ。

 ところが、その程度の人たちの考え方で政治が決まってしまう世の中になったのである。昔、岸信介が言った「サイレント・マジョリティ」、数万の人間が国会議事堂を取り巻いてデモをしている最中にも、後楽園スタジアムで巨人戦を見ている人たちがおり、その人たちが私の支持層だといった岸信介のように、そんな無自覚な一般国民が決める政治になってしまうのか、この国は。

 ところが、現在のB層は、ネットのおかげで、「なんとなく自分は政治に関心をもっているのだ」と勘違いをしている恐さがある。あなたたちが持っている政治への関心なんて、あるいは政治家への関心なんて、吉本興業の若手芸人への思いと変わらないじゃないか。そう、つまりは政治は国会を舞台にする吉本芸人のショーみたいなものだ。だから、政治家に騙されたと思っても、それは瞬間的な怒りに過ぎず、ちょっとたてば忘れてしまう程度のものなのだ。

 こうしてB層は、政治家から騙されて騙されて、収奪の対象になっていながら、自分ではそれが自覚できずに、永遠に騙され続けていくんだろうなあ。ということで、「勝ち組」と「負け組」の差はどんどん広がっていき、アメリカみたいな上流階級=経済的勝者と下層階級=経済的弱者と言う風になっていくのだろう。ヨーロッパのような上流階級=精神的上流階級と下層階級=それ以外の皆と移民、という形にはなっていないのが、この場合の不安定要素だが、まあ、日本もアメリカの属国になってしまったのだから、アメリカ流の階級社会になって行くんだろうな。

 そして、政治的にもアメリカ流ポピュリズムに。

 まあ、その国は、その国ならではの形に合わせた政治しか出来ないのだから、日本が今ポピュリズムに陥って、政治的に停滞することもやむを得ないだろう。

 我々は、その程度の国の住民でしかない。として、もう無理だと考えてあきらめるか。あるいはもし、それが問題だと思うのならば、今すぐに行動を起こさなければならない。

 そのどちらを選び、どちらが主流になるのかは、それこそ国民の民度を計る問題だ。

2011年9月17日 (土)

『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 』だけじゃあ見られないものがあるのだ

 田口ランディがこんな本を書いているとは知らなかった。元々、男と女の話しか書かないのかなと思っていたら……。

『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本』(田口ランディ著/ちくまプリマー新書/2011年9月10日刊)

 田口のスタンスは非常にノーマルである。原子力爆弾や原子力の平和利用=原子力発電に対しても、左翼とか右翼とかいう立場に対してもニュートラルであるし、基本的には「わからない」という真摯な立場で話を進めている。右や左の「わかっている」という人たちとは、一線を画した立場を貫いているのであるが、そんな立場でいることが今後も出来るだろうか、という問題がある。そろそろ、自分の立場を作ったらどうだろうか。

 日本は5回に亘って被爆事故(事件)を蒙っている。つまり広島、長崎の被爆から始まって、第5福竜丸の被曝事故、JCOの被曝事故、そして今回の福島第2原発による被曝事故である。それだけ沢山の被曝事故を経験した日本であっても、なおかつ原発開発を続けようというのは何故だろうか。

 日本の原子力の歴史は、讀賣新聞の社主、正力松太郎氏が原子力平和利用を推進することを公約として昭和31年(1956年)の衆議院選挙に当選し、そのまま原子力委員会の委員長になったところからスタートしている。彼は次の年、科学技術庁長官となって、ますます日本における原子力の開発に力を入れるわけだが、そのバックにあるのは日本の原子物理学者たちのルサンチマンがあったという話がある。

 ドイツからの亡命物理学者たちの存在と、テニアン基地という日本に「至近」の場所にあった空港のおかげで、よその国に一歩先んじて「原子力爆弾」の日本に対する投下が可能になったアメリカであるのであるが、しかし、当時の日本であってもこの「新型爆弾=原子爆弾」の研究は行われていた。理論的にはほぼ完成。しかし、問題は原材料と、それをアメリカ本土まで運ぶ手段であった。理論ではOKであっても実際的な爆弾が作れなければならない、まあ、そんな段階にまで日本の研究も達してはいたのだな。更に、それをアメリカ本土まで運ぶ機体も中島飛行機にたいして「富嶽」という六発爆撃機の生産を発注していたのだから、それはそれ日本も原爆には本気だったのである。

 そんな原子物理学者たち、例えば湯川秀樹氏なんかもその一人である、原子物理学者たちが、戦後の社会で「戦力を放棄」した憲法の中で居場所がなくなってしまったのである。そんな原子物理学者のルサンチマンに応える形で、実は正力松太郎の存在があるというのである。

 当時の正力松太郎は讀賣新聞の社主で日本テレビの会長という、当時のメディアとニューメディアを双方抑えていたメディア王のような存在だった。そんなメディア王がCIAの指示に従ってかどうかは分からないが、少なくとも日本の原子物理学者のルサンチマンに応えて動いたということは、よく分かる。なおかつ、それが戦後日本の発展に寄与した企業のベースになっていたことを考えると、問題は原子力に関係している電力会社だけでなく、すべてのメーカー・企業に関係して来るのだ。要は、戦後日本において、核問題から無関係をよそおうことはどこの会社だって出来ない、ということなのだ。その会社がどんなスタンスをもっていたとしてもね。

 ともあれ、核開発・原発・原子爆弾というのは、実はもう古い技術でしかないのだ。原子爆弾・水素爆弾というのは最早相手国に対する「核抑止力」としてしか働かない、古い技術でしかない。今の兵器としては劣化ウラン弾などのような、新たな核技術の方が一般的になっている。劣化ウラン弾だって、攻撃した際の被害はまあ普通の爆弾なのだけれども、その後の被曝がある、というとんでもない兵器なのだ。しかし、この兵器は核爆弾ではないから、核軍縮の対象にはなっていない。

 今後、こうした核爆発を伴わない核兵器は増えていくだろう。そうした兵器についてもどうすべきかを、国際的に決めていかなければならないだろう。

 そんな時に、田口ランディのような「個人的な立場」からの思い込みはどうやって力を付けていくんだろうか、という点が気になる。もう、個人的な立場からのニュートラルな発言じゃなくて、もっとバイアスがかかってもいいから、どちからに偏った発言をすべきじゃないだろうか。

 とも、思ってしまうのだけれども……。

 

 

2011年9月16日 (金)

『尾道坂道書店事件簿』は書店のことを書いた本だけれども、それ以上に出版業界としてみる必要がある本だ

 こんな面白い本が出ていたなんて知らなかった。その意味ではAmazonさんありがとうと言っておこう。そう、こういう本はAmazonじゃないと買えないんだな、今の時代は。それこそ、啓文社の行き方とは正反対なのだけれども。

『尾道坂道書店事件簿』(児玉憲宗著/本の雑誌社/2009年2月20日刊)

 とは言うものの、そこは啓文社全盛時代(ってのがあったのかどうかは知らないが)に啓文社に入社して、その後、現在に至るまで書店業界で働いている筆者である。多分、この30年間近い人生と言うのは、まさに書店業界が大きく様変わりした時代である筈だし、そこをなんとか乗り越えてきた凄味というのがある。

 でも、書いてあることはどっちかと言うと失敗談の方が多くて、その方が読んでいて面白いのだから、その辺、結構読者のことを考えて書いているのだな、この筆者はというところである。なかなか、読者のことを考えている筆者なのである。

 で、この本で面白いのはやはりブックオフとの対話であろう。つまりローコスト・オペレーションを徹底するブックオフとしては、「今日入ったばかりの新人君」であってもできる、「棚名前順配列」を薦めるわけだが、やはり新刊本を売っていた啓文社ではそうはいかない、ということで、リサイクル本屋でもジャンル別棚展開をする訳だ。当然そのためには「人件費」はかかる。問題はその人件費を軽減する方向を目指すのか、あるいは多少人件費がかかってもいいから、お客さんに「親しみ」をもってもらう店作りを目指すのかという二者択一的な選択になってしまうのであるが、決してそうでない方法もある筈なのだ。ただし、その辺を理会している本はまだ無い。

 まあ、あとは「本のコンシェルジェ」のようなサービスだろうか。児玉氏も啓文社1号店に関して『この店はほとんどがベテラン社員で。常連客の趣味嗜好や家族構成などを熟知している。お客さんの顔を思い出しながら、本の仕入れをしていて、来店されると、「今度、こんな本が出ましたよ、○○ちゃんにいかがですか」「この間、探していた本これじゃないですか」などと声を欠けていた』と述べている。こうしたサービスがどれほど売り上げに貢献するかどうかは分からないのだけれども、少なくともマイナスではないだろう。Amazonのrecomendは持っている本だけしか「オススメ」しないので、ダメだけれどもね。その辺、最早買っている本は何なのかを知っている書店員の「オススメ」は、まあ安心であるだろう。ただし、私はそれをしも無視するだろうけれども……まあ、わがままな読者は勝手にさせておけばいいのだ。

 筆者は「尾道ミステリー大賞」とか「本屋大賞」の重鎮でもある。要は、これまでは「書店は出版社が作る本を売るだけ」の場所であったのが、これからは『書店発の仕掛け本販売とか、「書店発の企画商品開発」』もありーの、と言う方向に、書店を企画開発の場所として活用していく状況になるかも知れないし、それこそ書店と出版社の人材交流なんかも活発に行われるようになるかも知れない。それは、これまで無かったことだ。

 ということで、今後は、出版社の社員と言えども、それだけではダメで、キチンと提案が出来る(別に新企画というだけではなくて)人でなければ出版社社員としては失格であり、だったら、そんな人が書店にいればそれこそ出版社も諸手を上げてきてもらうといような感じになるのではないだろうか。

 そうなると、出版社・取次・書店という壁がなくなり、要は企画(それは新企画ばかりじゃなくて、販売企画だったりということもあるんだけれども)を持った人が、とりあえず一番上流の出版社に来て、その企画を推進してみて、上手くいけばそのまま出版社にいる、ダメだったらどうしようかな、という風になればいい。

 もともと、大卒新人採用志向のなかった出版業界である。もっともっと、人材の流動化を図るべきじゃないだろうか。その方が、絶対、出版業界(すごく小さいけれどもね)のためにはあるだろう。

 最早、出版社・取次・書店なんて垂直分業の時代ではないのだ。もっと、鵺的に動いてしまいましょうよ。

 それが、出版業界が生きる道、ということは、要は、出版社が出版社であることを辞めるっていうことなんだけえれどもね。

 

2011年9月15日 (木)

『ソーシャルライフログ』で自分を晒すのはいいけど、晒していないものがあると思ううだけれどもなあ

 9月1日のブログで電子小説『二時間一万七〇〇〇円』をクサした内藤みか氏のエッセイ本を読んだ。まあ、「らしい」本ではあるんだけれども、別に特別なことが書いてあるわけでもない、普通のエッセイである。なんだ、内藤みかって普通の人なんだ、ということが分かった本なのです。

『ソーシャルライフログ』(内藤みか著/朝日新聞出版/2010年8月30日刊)

 内藤氏がどんな経緯で小説家(電子小説家って言わなければいけないのか?)になったのかは知らないが、エッセイを読む限り内藤氏が特別な才能を持った人とは思えないし、まあ、普通の感性をもった女性であることはよく分かる。イケメン男子に対する傾向はよく分かるけれども、それをしも、半分は小説の為の取材でしょうし、もう半分は個人的な興味なのだろうけれども、別にバツニ・アラフォー女子がそんな趣味を持ってはいけないなんてことはない。というか、バツニやバツイチじゃなくても、リア充妻だって、負け犬組だっていいから、どんどん男を買いなさいといいたいのだ。

 まあ、20代の若い女性が男を「生殖」のため以外の目的で買うのはちょっと抵抗があるが、それも男の経験から考えてみれば、あるのかもしれない。男もそんな「外の女」に対しては「生殖」目的以外でセックスしたりするからね。要は、「生殖」以外の目的で男が女を買ったり、女が男を買ったりするのは、これからはごく普通のあり方として世の中に認められていくのだろうな、ということである。勿論、「売春防止法」の埒外でのことではあるけれども……。

 というところで、内藤氏に対しての疑問があるんだけれども、男の場合、どうしたって男(というか雄という性)はたとえどんな女だって、ブスだろうが、オバンであろうが、精子をバラ撒きたい衝動があるもんだから、いざとなったらどんな女が相手だろうがセックスしてしまう衝動がある、多分それが難波のオバちゃんであってもね。それが女性の場合は、たとえばイケメンのホストであったり、はげアタマのオヤジであたりでもって、性衝動は変わるのであろうか。また、イケメンの出張ホストであろうが、12時間もお話をするだけで満足するものなのだろうか、その間、セックスしたいとか思わないのだろうか、という点である。

 どうも、男(雄)と女(雌)のセックス構造は違うようで、基本的に男(雄)のセックスはとにかく精子をバラ撒きたい。一方、女(雌)のセックスは、如何にしていい遺伝子を残すか、という点に注意が注がれるので、男(雄)に対しては厳しく当たるし、別にセックスそのものをしなくても、その周辺で言葉だったり、ペッティングだけだったり、それこそ抱っこだけでも満足感があるというのだ。

 う~む、分からないなあ。その辺を内藤みか氏に詳しく教えてもらいたいものだ。あれだけ一杯ホストと付き合っていて、しかし、そのホストとまったくセックスしていないのでしょう(エッセイを読む限りは、……。ペッティングぐらいはしているのかな)。普通は有り得ないよなと考えてしまうのだ。

 多分、これは嘘だと思うのは私が男だからだろう。

 そう、思う。そういう「性」が女にはあるということを知るだけでも、男にとってはお勉強になるし、女にとっては自身をもっと自覚的に自分の体と言うものを知る機会になったかも知れない。要は、男と女のセックスの違いを述べてほしい。

 そう「性的結合を伴わないセックス」ってのがあるんだ。

 

 

 

2011年9月14日 (水)

『日経新聞を「早読み」する技術』ということを言っても意味は無い。この程度の理解じゃね

 何が悲しゅて「日経新聞」の読み方なんて本を読まなきゃいかんのか……って、自分で書店で手にしたくせに言う言葉か。何か気になったのだよな、そのときは。今は「何で?」ってなもんだけれどもね。

 『日経新聞を「早読み」する技術』(佐藤治彦著/PHPビジネス新書/2011年7月4日刊)

 PHPビジネス新書というシリーズの本であるから、これはビジネスマン初年兵とか、ビジネスマン候補の大学生向けの本なのだろう。まあ、そんな、読みやすさがある。で、何で「日経新聞」を読むのか、という設問には「ビジネスに役立つ」「資産を増やす、投資に役立つ」という2点が上げられているのだが、実はそんなことは「朝日新聞」「讀賣新聞」「毎日新聞」「産経新聞」だって同じなのだ。要は新聞の種別でなく、それぞれの新聞の読み方なのだ。ただし、「東京新聞」あたりを読んでいるとちょっとマニアックな奴と思われてしまうし、「内外タイムス」なんて読んでいると、かなり偏った人間になりかねない。その辺は「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」が愛読紙ですと人前で行ってしまうと、前者なら産経新聞社かフジテレビ、後者なら講談社の社員以外では人格欠格者だと思われてしまうので要注意。勿論、そんな新聞知らないよといいながら読んでいるのならOK。

 その『日経新聞』は、明治初期に三井物産が『中外物価新報』という週刊紙を出したと言うのがスタート。その後、個人が譲り受け、第二次世界大戦中の新聞統制令によって関東地方の経済紙を糾合し、戦後になって『日経新聞』として再スタートしたという歴史を持つ。

 新聞としてはマイナーな経済紙であり、基本的に統制経済には反対、なので統制経済である社会主義・共産主義には組せず、官僚による統制経済にも反対、自由民主党の支配下においても、基本的に自民党のリベラル派と共にあった新聞社なのである。この辺が、戦時中にも大新聞として君臨し、戦後も自民党主流派とつかず離れずという関係にある『朝日新聞』や、戦争前はマイナーだったが、戦後は自民党主流派とベッタリくっついて部数を伸ばし、いまや最大部数を誇る『讀賣新聞』とは大いに異なるスタンスである。2009年の衆議院選挙の際も、自民党よりの立場をとった『朝日』『讀賣』と異なり、基本的には政治的にはニュートラルという立場をとったのが『日経新聞』である。

 というような、『日経新聞』の基本的な立ち位置を書かないで、『「早読み」する技術』だけを書く方法論ってどうゆうことなんだろう。まず、そんな基本的なことを書いてからの「読む技術」なのではないだろうか。あるいは、そんなことは関係なく、「日経を読む以上は、みんな資本主義信奉者でしょ」ということが前提になっているのだろうか。だとしたら、それはガイドブックとしては落第だ。

 まあ、もっとも本書は前半だけが「日経新聞の読み方」であって、後ろ半分はそんな『日経新聞』を読んでいるとこんなことが分かりますよという「5分でわかる……」が続いているのであるから、基本的には『日経新聞』のガイドブックではないのだな。

 しかし、そう思って読んでいると、単なる世界経済の解説書でしかなく、本としての主張はなにもない、ということになってしまい、何だ何を言いたいんだこの本は、ということにもなってしまう。

 まあ、なんとも中途半端な本であることよ。

 

2011年9月13日 (火)

武蔵野国・府中・大國魂神社

 府中市と言えば、最近ではなでしこJAPANの大活躍のおかげで、なでしこのリーダー澤穂希選手の出身地として有名になってしまったが、元々は「くらやみ祭り」で有名な大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)の町としての方が有名であった。

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御鎮座壱千九百年の大國魂神社

 645年の大化の改新で武蔵国の国府が置かれたのが最初であり、武蔵国の国府ということで府中と名付けられたのである。大國魂神社はそれ以前から存在し、武蔵国の国衙はこの大國魂神社の脇に作られ、大國魂神社は国衙の斎場となった。まあ祭政一致の時代ならではである。

 それくらい律令時代の府中は栄えており、武蔵国の政治や経済、文化の中心地であった。

 江戸時代になって、武蔵国の中心は現在の千代田区になってからも、府中宿は甲州街道随一の宿場町として栄え続け、明治以降も多摩地区の中心地として行政機関・病院等の公共機関が置かれ、相変わらず「府中」であり続けた。

 特色の一つとして、夜間人口と昼間人口がほぼ同一という、近隣のベッドタウン型の都市と大いに違う点が上げられる。市民の半数が市内に通勤、通学しているということだ。甲州街道、小金井街道など東西南北に走る街道の中心地であり、現在も東京都区部近郊の交通の要衝となっているのも、国府設置以来中心地にある大國魂神社を基点に発達していったことが大いに影響しているといえるだろう。

 京王線府中駅と大國魂神社を中心に葉発達した市中央部は、大きなオフィスビルやショッピングビルが乱立しているが、その脇には下のようなレトロな建屋が残っており、その辺がいかにも大都市風である。

 大國魂神社の真裏は東京競馬場である。神様とギャンブルがごく近い関係で存在しているのも、なんか町として健全な気がする。

 そんな多摩地区随一の大都市、府中市でありました。

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Nikon D100 AF Nikkor 18-105mm (c)tsunoken

2011年9月12日 (月)

tsunokenの昔の映画評に「鉄砲玉の美学」評を追加。左下のリンクをクリックしてください。

闘牛サミットin小千谷

「第14回全国闘牛サミットinおじや」というのが新潟県小千谷市で開かれており、その闘牛大会が開催されるというので、小千谷まで行ってきた。

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 日本では、北から岩手県久慈市、新潟県長岡市(山古志)・小千谷市、島根県隠岐の島町、愛媛県宇和島市、鹿児島県天城町・伊仙町・徳之島町、沖縄県うるま市の6市町村、9つの闘牛関係団体があり、隠岐の島町を皮切りに毎年「全国闘牛サミット」というのは開催され、小千谷市では10年ぶりの開催だそうだ。

 で、その闘牛大会があるというので、てっきり全国各地の牛が一堂に会して闘牛を繰り広げるのか、でも各地のルールの違いなんかを牛が理解している訳はないので、その辺はどうするのかなんてことに興味をもって出かけたのであった。

 ところが開催されたのは「第14回全国闘牛サミットinおじや 記念闘牛大会」というもので、要は小千谷闘牛振興協議会所属のすべての牛が出場する、というのが普段の闘牛と違うだけで、小千谷の牛同士の「牛の角突き」なのであった。

 まあ、それはそうだ。殺し合いまでは行かないまでも、かなりそれに近いところまで行ってしまうこともあるという徳之島や沖縄のガチンコ闘牛に比べれば、小千谷・山古志の「牛の角突き」は、言ってみれば「寸止め空手」みたいなもので、それは牛のためでもあれば、実は牛を飼っている人間のためでもあるのだろう。そう、楽しみを先にも持っていこうというのが人間の気持ちだからね。牛と共にある生活。それは、多分、日常は普通の仕事をしている人たちが、「角突きの日」だけは別人になって、大勢の人たちの前で大活躍するのである。一緒に行っていた友人Y川氏によれば、「要はさ、勢子って神輿の担ぎ手みたいなもんで、他人からみればどうこうということもあるかもしれないけれど、この角突きを一番楽しんでいるのは勢子でしょう」ということ。う~む、確かに神輿は担ぎ手が一番楽しいんだけれどもね。

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 まあ、でも勢子も「命懸け」です。相手は1トン以上もあり力もある牛です。それがいきり立っている真っ最中に足に綱を引っ掛け、角を押さえ、鼻に紐を通すのである。まあ、この「命懸け」というところに勢子は燃えるんだろうな。実際にはそれほどでもなくても、まあ、傍から見てると結構恐そうな仕事ではある。

 実に、危険な仕事なのである。しかし、多分、彼ら勢子に日当なんて出ないだろうから、「仕事」としてはまったくボランティアなのだろうが、それ以上の楽しみというか、そのためにだけ生きている、普段の普通の仕事をしているという人がいるんだろうな。

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東山小学校所属(!)の牛太郎

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左が荒木美和さんの牛、虎王。右の角が折れてなくなっている

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こちら東大の菅豊先生と天神

 で、小千谷闘牛では、地元の東山小学校(全生徒22名!)所属の牛太郎(多分、日本広しと雖も闘牛用の牛を飼っている小学校はどこにもないだろう)とか、NHKアナウンサー荒木美和さんが持っている虎王とか雷電とか、まあ雷電は荒木さんのお父さんの荒木勝啓(早稲田大学・駒沢大学教授)名義ではあるが、あるいは東大の菅豊教授が持っている天神とか、いろいろな「異色牛」がいます。

 まあ、そんな意味でも、要注目の小千谷闘牛ではあるが、なんか私は山古志の闘牛の方が気を惹かれるのだ。

 山古志(池沢)より小千谷の闘牛場の方がワイルドでいいのだが……。しかし、山古志闘牛場が出来る前の虫亀闘牛場も、小千谷よりもっとワイルドだったのだ。闘牛場のすぐ脇に神社があって、やはり闘牛は「神事」でったたのかなんて考えさせるきっかけになったりして。

 で、最後は「よし太」君です。角突き勢子の言葉「ヨシター」の言葉を元に作った、小千谷市のマスコット(ゆる)キャラクターなんだけれども。もう、まんまのキャラだし。どこまでいけるでしょうかね…………。暑そう。

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Nikon D100 AF Nikkor 80-200/F2.8 (c)tsunoken

2011年9月11日 (日)

カレッジ・フットボール、シーズン開幕

 9月10日に関東学生アメリカンフットボール連盟の1部Bブロックの開幕戦が行われた。実は1部Aブロックは先週から始まっていて、一部アップセット(下位のチームが上位チームを破ること、下克上ですな)があったものの、基本的には上位チームが下位チームを破ると言う、ごく当たり前のスタートをしている。で、昨日からがBブロックがスタートしたわけである。

 アミノバイタルフィールドでは東京大対神奈川大戦、中央大対立教大戦の二試合が行われた。東京大4位、神奈川大5位、中央大3位、立教大7位という関係なのであるが……。

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 東京大学対神奈川大学戦は、昨年、立教大に負けたように、毎年の第一戦に弱い東大という定評の通り、春のオープン戦で2部や3部のチームに負けている神奈川大学相手なので、ちょっとナメていたのかなという感じで、ちょっと苦戦をしていた。

 立ち上がり、割と簡単に得点した東京大はこれは楽勝かな、と思えたのは一瞬。その後の、神奈川大学の渋い守りに追加得点が奪えない。最後は神奈川大学のツーポイントコンバージョンの仕掛けにヒヤッとしたが、それはうまく防御して、なんとか21対20という僅差でかろうじて逃げ切ることができて、まあ順当な勝ち負けにはなった。しかし、あのツーポイントコンバージョンも時間切れぎりぎりに仕掛けたものなので、下手をすれば東京大学敗戦の目もあった試合ではあった。

 ヒヤヒヤ

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 続いての中央大学対立教大学戦は、最初、中央大学の圧勝かと思われる出足であったが、途中からは立教大も頑張って、後半戦はかなり中央大もパントに追い込まれるケースも出てきていた。

 が、しかし結局54対28で中央大の勝ちということになって、、まあこれは当たり前に順当ということでしょう。

 フムフム、楽々(でもないけどね)

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Nikon D7000 AF Nikkor 70-300 (c)tsunotomo

 以降、11月までA、Bブロックとも8チーム総当たり戦を戦い、その後のプレイオフ(東日本代表決定戦)、関東優勝決定戦、甲子園ボウル、ライスボウルという、来年1月までのシーズンがスタートしたわけである。早ければ11月に終わり、長ければ来年1月までのシリーズ。

 さて、今年はどんな番狂わせが生じるのか、あるいはすべて順当に事もなしに終わるのか。最終順位はどうなるのか。入れ替え戦に出なければならなくなるチームはどこなのか。

 面白そうな戦いのスタートだ。

 

2011年9月10日 (土)

tsunokenの昔の映画評に『らしゃめんお万 彼岸花は散った』と『パサジェルカ』をUPしました

『日本人の9割に英語はいらない』のは事実だが、1割の成毛さんが言っちゃあおしまいよ

 書いてあることはすべて納得、同感、いちいちごもっともである。しかし、それを成毛眞さんが言っちゃあおしまいよ、ってなもんである。

『日本人の9割に英語はいらない―英語業界のカモになるな』(成毛眞著/祥伝社/2011年9月15日刊)

 だって、成毛氏は元マイクロソフトの日本法人の社長で、要は『日本人の9割に英語はいらない』の残り1割の人なのだ。もっとも、その1割の人であるにもかかわらず、成毛氏は英語学校に通ったわけでもなく、とにかく実践英語で喋れるようになった人だ。その意味では、日本における中学・高校・大学の10年間で教わる英語もそんなに悪いものじゃないとも言えるのではないか。勿論、じゃあその10年で英語が喋れるようになるのかと言えば、絶対無理。ただし、文法とか基礎力位にはなっているとは思うのだが……。

 ともあれ、目次を読めばこの人の言いたいことは大体わかるので……

第1章 本当に英語は必要なのか

頭の悪い人ほど英語を勉強する/創造力のない人ほど英語を勉強する/何のために英語を勉強するのか/本当に英語が必要なのは1割の人/英語を話せなくても罪悪感を抱くな/「使える英語」をどこで使うのか?/語学に「備え」は通用しない/日本人は英語に対してお人よしすぎる/英会話スクールのカモになるな/早期英語教育は無意味である/自信がないなら通訳を雇えばよい/1割の人は英語を勉強せよ

第2章 英語を社内公用語にしてはいけない

楽天とユニクロに惑わされるな/「チョドメ企業」の愚かな選択/英語ができても自分の付加価値にはならない/英語ができても、バカはやっぱりバカである/本当の英語力が求められるのは、外資系企業でも3%に過ぎない/企業は国内の人材を見捨てている/TOEICを妄信するな/海外で成功したいのなら自分の武器を磨け

第3章 本当の「学問」をしよう

大人の学問をしよう!/英語を勉強するのは最後でいい/読書で分かる国家の衰退/日本が抱える7つの大罪/真の教養とは何か/日本人はなぜ思考を磨けないのか/海外の本は日本語で読め

第4章 日本の英語教育は日本人をダメにする

「小学校の英語教育義務化」で、最後に利益を得るのは誰か?/帰国子女は不幸である/受験英語が日本の教育をダメにする/日本の官僚がお粗末なのは、悪しき受験制度が原因/現代日本が学ぶべき、戦前の英語教育/インターナショナルスクールを出て成功した人はいない/石川遼はデビューしてから英語を覚えた

第5章 英会話を習うより、本を読め!

第6章 それでも英語を勉強したい人へ~成毛流英語学習法

私は英語を勉強しなかった/英会話のカテゴリーを理解する/英会話スクールはネームバリューより講師で選べ/英会話の基本はマンツーマン/日常英会話はフレーズで覚えるのが基本/単語力はヒアリング力をアップさせる/日常生活に必要な知識を増やす/臨場感をアップさせて日常会話を修得する/ビジネス英会話は簡単/ビジネス英会話はただの道具だ/ビジネスでは英会話よりマナーが大事/ビジネスメールはさらに簡単/一般英会話の修得方法/手持ちの駒を効果的に使え/海外に行くときは鉄板ネタを仕込んでおく/それでもネイティブに近づきたいなら「パラレル発音法」を/繰り返し練習するのが基本/なぜ恋愛とケンカは語学学習の王道なのか

 以上である。第5章なんて『本は10冊同時に読め!』の成毛氏らしい部分ではある。

 第2章の「チョドメ企業」とは「超ドメスティック(家庭的)企業」のこと。つまり、楽天やユニクロのファーストリテイリングなどの、『今まで国内でぬくぬくと活動していた企業が、グローバル化だ、国際化だといった煽りを鵜呑みにし、慌てて外に出て行こうと体裁を整えている』と言う点を揶揄しているのだ。『海外で事業を展開するのには賛成だが、国内まで海外仕様にする必要はないのである』というのも、まったく同感。

 問題は、企業が国際化しようが、海外に進出しようが、それはほとんどの日本在住の社員には関係ないことであり、関係するのはごく一部の幹部社員だけである。あとは観光業関係にいる人たちくらいは英語が喋れる方がよいだろう。まあ、そんなもん。

 そもそも何で英語なんだろう、という疑問がある。企業のグローバル化に合わせて外国語の習得が必要だ、というならまず最初は「中国語」でしょう。あるいはベトナム語とかタイ語とか、マレー語とか、まずアジアの国々の言葉を喋れることの方が大事なはずだ。その次くらいに英語が来るわけだが、それだってヨーロッパでは使えない。フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語くらいかな。それらの国々にも英語を喋れる人たちが(それも日本人よりよっぽど巧みに)いるわけだが、でもそんな人たちだって英語よりも自国語の方が喋りやすいわけで、それらの国に入り込んでビジネスを行おうとするのなら、当然英語じゃなくて、その国の言葉を喋らなければならないわけだ。

 世の中、英語、英語と大騒ぎするけれども、英語だけじゃ仕事が出来ない、というか結局、中途半端な仕事しか出来ないということなのだ。つまり、仕事に合わせてその仕向け地の言葉を話せなければ、一人前じゃないのである。じゃあ、言葉が喋れればいいのか、と言えばそれだけでは仕事は出来ない。「言葉が喋れる」ということと「仕事ができる」ということは、まったく関係ない。「言葉のセンス」と「仕事のセンス」とはまったく違うのだから、これは当たり前。それをどこか間違えて「外国語を話せる人は仕事ができる」と考えてしまう。自分に欠けている能力を持った人を見ると、何か自分よりレベルが上だと考えてしまうものだが、たまたまそれはその人がそういう能力を持っているというだけのことでしかない。別の場面では別の人が優秀に見えることもある。

 英会話に関して言うと、成毛氏は三つの英会話に分類して考えている。つまり「日常英会話」「ビジネス英会話」「一般英会話」である。

 日常英会話というのは、当然アメリカあたりで日常生活を送るために必要なレベルの英会話ということである。私に関して言えば、以前にも書いたことがあるが、赤坂のバーに屯すアメリカ人ビジネスマンと喋って覚えた酔っ払い英語であった。つまり、アメリカから遠く故国を離れて日本に来ているアメリカ人の出張者は当然一人でバーに来るわけである。そんな手持ち無沙汰の彼らと何故か親しくなった私は「えっ、なんだこんな程度の英語でいいんだ」とばかり、結構彼らとの会話を楽しんでいたし、それが多分学校で教わったよりずっと有意義な英語体験であった。

 ビジネス英会話とは、そんな日常英会話に業界ならではの用語がプラスされる会話であって、シビアなビジネス交渉をする状況でもなければ、そんなに難しくはない。要は、お互い同じビジネスの分野にいる限りは、言葉だって同じ意味の言葉を喋っているわけだ。私の場合は、映像制作の仕事をしている時に、多く欧米と仕事をしていたのだが、実は映像(映画)の用語は基本的に英語(アメリカ語)であり、その日本語翻訳版だったり、日本語変形版だったりする。例えば、アフレコ(After Recording)というのは、ポストレコーディング(Post Recording)の日本で勝手に作ったバージョンだし、吹き替えのことを言うアテレコなんてアフレコという変な言い方を更に変にした言葉であり、英語ではDialogue Replacementということなのだ。この程度の英語だったら誰でも話せる英語だし、ハリウッドで英語版の吹き替えを3週間に亘って行ったときも通訳なしでなんの問題もなかった。ま、ビジネス英語なんてそんなもんよ、ということ。

 で、一般英会話となるのだが、これが難しい。例えば、パーティーなんかで初対面の人と「源氏物語」について話すようなものだ。要は、大事なことは英語力じゃなくて日本語力とか、日本の文化・芸術・生活に関する知識なのだ。英語力としての問題は、そうした物事を英語で話せるかということである。これはかなり難しいが、でも、そこはそれ日本についての知識があれば、あとはブロークン・イングリッシュでお話すればいいのだ。

 まあ、要は英語なんでブロークン・イングリッシュ、ジャパニーズ・イングリッシュで十分なのだ。実は、英語圏であってもいろいろな英語がある。カリフォルニアあたりの英語は、かなりいい加減な英語で、何故ならアジアからの英語を全然勉強していない移民たちとも話さなければならないという事情に影響されている。カリフォルニアあたりにいってしまうと、日本人の喋る英語はかなりレベルの高い英語、白人の次に位置するくらいの英語なのだ。

 それがだんだん東に行くにつれて「英語臭さ」が増してきて、ボストンあたりの英語はかなりイギリス英語に近くて、でもまだアメリカの英語なので、非英語圏の人にも理解できるレベルである。それが大西洋を渡ってイギリスに行ってしまうと、もう殆ど日本人の英語は通じなくなってしまう。ロンドンの下町言葉のコックニーになってしまうと、まず99%日本人の英語は通じないだろう。

 とまあ、ことほど左様に「英語」と言っても、実は「いろいろな英語」があるのだ。じゃあ英会話スクールってどこの英語を教えているんだろう。しかし、そんなことをパンフレットに書いてあるスクールはどこもない。「ウチはカリフォルニア英語だから簡単です」とか「ウチはロンドンの英語なのでちょっと大変です」なんてことをパンフに書いてあれば面白いのだが。

 と、まあ英語については、私もいろいろ言いたいことがあるし、まだまだ話は尽きないが、でも本書に関してみれば1割の人が残り9割の人のことを言ってもなあ、というのが基本的にある。

 ねえ成毛さん。「英語ができても、バカはバカ」というのは大正解だけれども、でも、そんな皆知っていることを今更言ってもねえ……。

 

 

 

2011年9月 9日 (金)

『iCloudとクラウドメディアの夜明け』といってもそれはソニーとアップルの戦いじゃないだろう

 結局、アップルとソニーとどちらが覇権を持つのかと言う話なのだが……。

『iCloudとクラウドメディアの夜明け』(本田雅一著/ソフトバンク新書/2011年8月刊)

 しかし、クラウドメディアの時代が本当に走ってしまえば、それは覇権の問題じゃなくて、そした時代に対応できる企業か、対応できない企業かということでしかないはずだ。勿論、対応できない企業は退場していただくしかないのだが……。

 しかしながら、何でアップルに対抗する立場のソニーなのだろうか? ユーザーのための“こちら側”の企業なのか、それともメーカーのための“あちら側”の企業なのかを考えてみれば、どうしてもソニーには“あちら側”の企業としてしか考えられないのだ。今となっては。

『ソニーにおけるクラウドメディアへの胎動。その動きが始まったのは、2009年のことだ。音楽、映画、電子書籍、ゲームなどあらゆるデジタルコンテンツをクラウドの中へと封入し、顧客に新たな価値とともに届ける。当時、ソニー・オンライン・サービスという名称で発表され、後に「キュリオシティ(Qriocity)」と命名されるプロジェクトは、このときに生まれた。』

 というのだけれども、その後発表されたソニー・リーダーという電子書籍端末はどういうことだろうか。

『80年代から90年代にかけて、パソコン業界で数々のイネベーションを生み出したコンパックは、90年代後半の激動の時期を経て2000年に、“パーソナルコンピュータはコモディティになった”と宣言した。もはやパソコンそれ自身の能力や機能に大きな差異化要因はなくなったため、パソコン事業での利益化率を期待しないでほしい、今後のコンパックの事業はパソコンとは別の方向へ舵を切ると、株主に対して説明したのだ。当時はパソコンを発信源とするデジタルエンターテインメントの文化が、次々にデジタル家電へと盛り込まれ、個人向けのパソコンの中で新たな価値を創造しても、どんどんその価値をデジタル家電が吸収していく時代。パソコンの性能はインテルの提供する半導体チップによって決まり、操作性や機能の基本部分はマイクロソフトによって決まってしまうため、パソコンメーカーが価値を付加する余地はないと、ギブアップしたに等しい状況だったのだ。』

 という時代にあって、なぜソニー・リーダーは“母艦”としてのパソコンを、それもWindowsパソコンだけを介さなければ“繋がれない”のだろうか。ソニー・ミュージック・ショップみたいに携帯に直接ダウンロードできなければ、電子書籍端末としては中途半端と言う以上に、邪魔である。3GでもWiFiでも搭載すればいじゃないか。それをわざわざWindowsパソコンとつなげなければダウンロードできないというのは、iTunesのやりかたを真似したのかもしれないが、しかしそれは次第になくなっていく方向だろう。KindleだってiPadだって、Kindle、iPadで直接購入することが出来るのだ。それこそまさにパソコンをコモディティ化させたインテルとマイクロソフトの方向なのだけれども、世の中はしっかりその方向へ向かっている。クラウド化するということは、そうしたデジタルデバイスがそれぞれに直接繋がって、パソコンの必要性は次第になくなってくる、ということではないだろうか。

 つまり、汎用機としてのパソコンはなくなっていき、それぞれの音楽や映画、書籍などに特化したデバイスがパソコンを介さないでも、直接コンテンツ・ホルダーを繋がっていき、パソコンはそれが必要な人たちだけが使うと言うようなデバイスになっていくのではないだろうか。

 そうなるとやっぱりアップルのiCloudのほうに分があるようにも思えてしまうのだが、しかしスティーブ・ジョブスなきアップルがどれほど、変化に対応できるのかというのも興味があるところだ。一度、ジョブスを追放して低迷するアップル・コンピュータの時代に戻ってしまうと言う危険性は、今、たっぷりある。

 そうなると、アップルでもないソニーでもない、第三のメーカーが新たなイノベーションと共に登場し、まさにクラウド時代の一大メーカーになる可能性もないでもない。今頃、どこかのガレージでそんな胎動をしているような気がしてしょうがないのだ。

 まあ盛者必衰、諸行無常、有為転変ですね。そうやって世の中は進んできたし、その大原則だけは変わることはないだろう。

 ところで、私が読んでいるメールマガジンでこんな記事がでていた。

『Appleがまもなく開始する予定のiCloudを巡り、PhoenixのiCloud Communicationsが商標権侵害で訴えていました。ところが9月1日にこの提訴を取下げていたそうです。また、この会社は社名をPhoenixSoftに変更しているそうです。Appleとの間に何らかの交渉があったものと思えますが、それについては明らかにされていないそうです。 一つの問題が解決され、また、一歩iPhone 5の発売とiCloudサービスの提供に近づいている感じですね。
【Phoenix "iCloud" Company Dumps Trademark Lawsuit Against Apple, Changes Name】
 <http://blogs.phoenixnewtimes.com/valleyfever/2011/09/phoenix_icloud_company_dumps_t.php>』

 というところであるが、これをしもジョブスなきアップルの一種のあせりなのではないかとも思えてしまうのだ。

 はやいところ、アップルに代わる新メーカーの登場を待ちたいものだ。

2011年9月 8日 (木)

『パリ五月革命 私論』は何も語っていないに等しい ただ「空虚」があるだけだ

 そこにあるのはただ空虚でしかない。何故、日本の60年代と繋がるその68年を見られないのだろうか。多分、日本における1960年代を単に「のほほん」と過ごしてしまい、パリに行ったら突然起こった(そう、彼にとってはまさに「突然」なのだろう)五月革命と言う名の騒乱にビックリしてしまい、それを傍観することでもって、自分も参加した気分になっただけなのだ。

『パリ五月革命 私論 転換点としての68年』(西川長夫著/平凡社新書/2011年7月15日刊)

 新書にして477ページという、ほぼ普通の新書2冊分を費やして語られた内容は、しかし、なんらの感興も読むものに起こさせない愚書でしかない。まさにそこにあるのは「空虚」である。

 京都大学をでてフランス研究者になった西川氏にとっては、1997年10月から1969年9月に至る間、フランス政府の給費留学生としてたまたまパリの大学都市に住み、ソルボンヌとオート・ゼチュードに通いながら偽学生として、いわゆる五月革命の真っ只中にいることができた幸せを感じていた2年間だったのだろう。そこにあるのは、ただただ革命の騒乱の真ん中に(たまたま)いられた幸せ感だけでしかない。しかし、彼はあくまでも「偽学生」でしかなく、騒乱の当事者にはならないのである。別に「偽学生」だって当事者になってもいいような五月革命の雰囲気だったはずだが、何故か彼はならない。「傍観者」としてしかフランス五月革命には付き合っていなくて、当事者としての切迫感もなく、当事者としての使命感もなく、当事者としての責任感もないままに、「五月革命」を眺めている単なる旅行者、それが西川氏である。

 例えば「1789、1830、1848、1936、1968」という張り紙を見たときに、どうしてそこに「1871パリ・コンミューン」がないのかといって、その疑問をその場にいた人に尋ねないのであろうか。他の学生と一緒に敷石(パヴェ)を警官隊に向かって投げたからといって、それは単なる野次馬の行動と同じであり、革命に参加したとはいえないのだ。多分、自己満足としての「革命参加」(した気分)。

『第4章 知識人の問題』にしてもそうだ。ロラン・バルト、アンリ・ルフェーブル、ルイ・アルチセールと会って話をしたというけれども、その話は結局核心のところでは会話になっていない。所詮、付け焼刃のフランス知識によるフランス知識人との会話でしかないからだ。と言っても、じゃあ私がそれら3氏と会っても私のフランス語会話力では「コンニチハ、サヨナラ」くらいしか出来ないけれどもね。その辺だけはうらやましい。

 問題は西川氏にとっての1968年は確かにフランス五月革命かも知れないが、その後、日本に帰ってきて立命館大学の教授になる西川氏にとっては日本の60年代、70年代、80年代、90年代は、一体何だったのかである。

 本書を読んでいて一番気になるところは、確かに1968年のフランス五月革命を体験した日本人はそんなにいないだろうが、数少ない体験者としては、それが如何に日本の68年、69年と通底していたのか、していなかったらそれは何故なのかと解明する事であろう。ところが、本書からは日本の学生運動について語られることは一切ない。何故だろう。

 一体、西川氏はフランス人なのだろうか。であるなら、まあよい。しかし、本書巻末の「著者紹介」によれば、朝鮮・平安北道江界郡生まれ、とある。つまり、当時の日本の植民地に生まれ、その後、引き揚げてきて京都大学に入った西川氏である。おまけに1934年生まれで京都大学大学院に通っていた西川氏は、まさに60年安保真ん中の世代じゃないか。そこでは、植民地に生まれ育った自分に対する自己批判がまずあってしかるべきじゃないのだろうか。

 そんな西川氏である。日本の状況について語ることばはいくらでももっているはずである。それを何故語らないのか。あるいは語るほどのコミットメントをしていないのか。だったら、パリ五月革命について語るのもやめろよ。

『私=自我の問題で、私が最も大きな刺激を受け、最も深い感銘を受けたのは、68年5月のソルボンヌやオデオン座の祝祭的な情景であり、それを見事に表現しているブランショの右に引用した文章であった』というのであるが、だからなんだと言うのであろうか。それは、ソルボンヌやオデオン座の情景に刺激を受けるのは勝手であるけれども、だからといってそれが本書の読者に対してどのような影響を与えるのであろうか。もし、西川氏がその「ソルボンヌやオデオン座の祝祭的な情景」の当事者であったなら、もっと違った表現方法があっただろう。もっと私達読者に迫ってくる書き方で……。

 結局、西川氏はこの日本においてもすら何の問題意識も持っていなかった人なのだな、ということがよく分かる。その一番の部分が「あとがき」である。西川氏は書く『東日本大震災と福島原発が図らずも暴き出したもうひとつの問題として、被災地における国内植民地的状況がある』なんて、何をいまさらそんなことを書いているんだ。それこそ、東日本大震災に至るまでそんなことも知らないで生きてきたのかこの人は、とも思ってしまう。

 日本における国内植民地の問題と言えば、まず第一に「沖縄問題」だし、第二に「原発問題」だし、第三に「食糧問題」だってことは、皆既に知っている問題である。そんなことに、今始めて気がついたというのは、余りにも鈍感すぎるのじゃないか。

 まあ、これが日本の「学者=知識人」のレベルなんでしょうねぇ。

 ま、最低!

 

2011年9月 7日 (水)

『東北は負けない』のは当たり前なのだけれども、そのために必要なことがある

 3.11東日本大震災から半年たって、ようやくマトモな「震災本」が出始めた。最初の頃はヒドかったからね。高木仁三郎氏や寺田寅彦氏あたりの復刊を除けば、ほとんどが急遽書かれた「原発やめろ」本ばかりで、その内実は原発をやめるのはいいけれども、その代替エネルギーをどうするのかということに関する具体的で実践的な提案もない、いわば「トンデモ本」ばかりであった。

 それが、そろそろ赤坂憲雄氏や畑村洋太郎氏などの「普通の言論」が出てきて、落ち着いてきた感がある。そろそろ私もいろいろ言い始めようかな、と考えてきている今日この頃ではある。

『東北は負けない 歴史に見る「弱者の逆襲」』(星亮一著/講談社+α新書/2011年8月20日刊)

 著者の星亮一氏は仙台の生まれで東北大学を卒業後、福島民報、福島中央テレビを経て(多分)定年後に文筆業に入った人だ。生まれは宮城だが、その後はずっと福島に関わる仕事をしてきた。

 そんな星氏の本書は、第1章から第4章までは東北人の目から見た東日本大震災のルポである。それが第5章から変わってくる。『たしかに東北の近代は敗者から始まった』という第5章の書き出しの通り、『明治維新の際、会津藩を筆頭に仙台、米沢、庄内、南部藩などが奥羽越列藩同盟を結成して薩長軍と戦った。新政府軍、官軍という表現もあるが、実権を握っていたのは薩摩、長州藩である。長いものには巻かれろ式で、全国の諸藩が薩長になびき、会津と友好関係にあった藩も会津に攻め込んだ』と書かれたとおり、その後の東北地方の各藩の扱いはひどいものだった。会津鶴ヶ城を攻め落とした長州軍の士官が「白河以北一山百文」と東北を蔑視した話は有名であり、明治時代の名君としても有名な岩手県出身の原敬が東北帝国大学を作った以外は、完全に歴史のかなたに東北地方を葬ったのである。

 勿論、その前から東北地方は「みちのく=道の奥」として、京都を中心とする日本の歴史の中では、遠く「蝦夷地」として蔑まれていた歴史を持つ。それを盛岡南部藩や仙台伊達藩、庄内最上藩、米沢上杉藩、会津松平藩といった各藩が豊かな土地にしてきた歴史を無視して、それをなきものとして明治以降の日本の歴史は進んできた。結果、東北地方は「コメと兵隊と女郎」を東京に送るだけの、貧しい土地になってしまったのだ。それは第二次世界大戦後も変わらず、結局は集団就職という形や出稼ぎと言う形で、コメと労働力を都市(東京)に送り込むだけの立場にしかなっていなかったのだ。そして多分、オンナもね。

 実は、私の母方をたどると会津藩の藩学校、日新館の校長に繋がるようで、つまり会津の家老の一人ぐらいにはなっていたようだ。そんな家に育った私が幼い頃からそんな会津藩の悲劇を耳にしながら育ったわけである。そんな会津では、「先の戦争」というと「戊辰戦争」のことだったり、いまでも結婚する相手が薩長だと一族みんなで反対するという、そんな雰囲気があるというのだ。私の妻も、母方をたどると周防に行き着くというか、今でもそこに親戚がいるのであるが、まあ長門じゃなくて良かったね、というもんである。

 まあ、それはそれとして、こうなった以上は「東北を中心に経済を立て直す日本」にするしかないだろう。しかしまず、星氏も言うように宮城、岩手と福島では異なるようである。

『宮城、岩手、は積極的に復興計画を練っているが、福島県は原発事故のせいで動きがとれない。畜産は壊滅状態に追い込まれ、放射性物質の拡散による土壌汚染が除去されない限り、復興の青写真が描けない。児童生徒を放射能から守る対策も不十分である。

 三県知事の政治哲学の違いもある。宮城の村井知事は、若い頃は防衛大学校に学んだミリタリーボーイである。行動が速い。

 岩手県の達増拓也知事は広域的なアプローチと県ごとに提案する折衷案を示し、岩手の復興を目指している。

 ~

 さて残るは原発事故である。福島県の佐藤雄平知事は、原発事故の収束を第一としている。

 ~

 当面の福島県政最大の課題は、原発周辺の二十キロの人々の生活である。事故が収束しない場合はどうするのか。帰れるのか、帰れないのか。

 ~

 避難所で暮らす人々の怒りと焦りは、深まっている。』

 ということである。福島県民はなぜ原発に反対していた佐藤栄佐久氏を、そのまま知事におかなかったのだろうか。

 と、いうことになると星氏の言うとおり『文化庁は京都にあってもいいし、東北は高度な科学技術のセンターに十分なりえる。トヨタ自動車も進出、司馬遼太郎が東北最大の財産といって東北大学は理工系が強い。世界的な研究を数多くおこなっている。この際、奥羽越列藩同盟を復活させ、さまざまな情報を発信する東北に脱皮しなければならない』ということである。

 5月23日のブログでも触れた南相馬市の桜井勝延市長はアメリカのタイム誌が発表した2011年版の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。桜井市長は、南相馬市が孤立し、食糧も医薬品も切れたとき、英語の字幕つきのYOU TUBEで、それを訴えた。それを見たタイム誌は「優れた効率性で知られる日本(政府:筆者注)が、弱い立場の市民に応えられなかったことを世界中に考えさせた」と評価したのだ。つまり、もはや国に陳情し、予算をつけてもらうという、従来のスタイルの地方自治というのはありえないということなのだ。

 星氏は最後に原発担当大臣に提言をする。その第一は『福島県にも大臣室をつくって、陣頭指揮をとっいただきたいということである。大臣が福島に大臣室を設ければ、緊迫感もあり、より速い対応ができるからである』ということ、二つ目の問題は『原発から20キロ圏内の人々の今後の生活である。原発事故の収束は一体、いつなのか。放射性物質の拡散がとまったら、すぐ帰れるのか、それとも帰れないのか。それを示す時期に来ているのではないか』ということである。

 この二つの提言は重要である。まず、第一の提言は今後のためにも重要な提言であり、とりあえず福島第一原発の事故が収拾する10年か20年か分からないが、その時期までは必要であろう。まあ、ヘリポートを作ってしまえば東京までは1時間もあれば充分来れる距離ではあるし、今ならテレビ電話での会議も可能なので、これは是非ものですね。もうひとつはちょっと難しい判断だ。安全を考えれば、結局は20キロ圏内にはもう帰らずに、別のところで生活する事を考えなければならないだろう。その場合の、土地の収用とか生活保障も、政府はしなければならないということは当然である。

 東北人よ、もっと怒れ。もっと、もっと怒って政府を動かせ。そうでなければ、結局は戊辰戦争のときと同じになってしまう。いまこそ、「みちのく」と呼ばれ差別され続けた東北の歴史を変えるときだ。

 誇り高き「東北人」の炎を燃やせ。

 

 

2011年9月 6日 (火)

「最前線」は見るほどのWebじゃないけど、とりあえず見てください

「出版界唯一の専門紙」を自称する『新文化』に星海社の記事が8面を全部使って書かれていたので、今日はそれについて……。

Sitename_logo

「sai-zen-sen_jp.htm」をダウンロード

 まあ、確かに『文化通信』とか『新聞の新聞』とかは出版界の業界紙でもあるけれども、同時に新聞界の業界紙でもあるわけで、その意味では「出版界だけの専門紙」ということでは『新文化』のタイトル下に確かに書けるわけであるけれども、それって単に取材の人脈とか経費がないだけじゃん、って言うのもあるわけで、まあ負け惜しみとして言っているだけなのかもね、ということで受け止めておこう。

 で、星海社なのだけれども、実はこの会社、40歳の営業担当の社長と39歳の企画・編集担当の副社長だけが社員と言う(他にもスタッフはいるけれども皆契約スタッフ)、超小さい会社であり、なおかつ講談社が100%出資している、まあ言わば講談社の社内ベンチャーなのである。

 なぜ、「講談社の中の新企画路線」としてじゃなくて、とりあえず会社を分けた「社内ベンチャー」としてやらなければいけなかったのか。

 ひとつには、副社長の太田克史という男の性格の問題もある。とにかく上司と喧嘩ばかりしている奴なのである。私も同じ部署にいたことがあるが、その部署も1年で辞めた奴なのである。私なんかは、そんな変な奴に興味を覚えて付き合っていたのだが、いやあここまでやるとはね、たいしたもんだ。

 もうひとつは、星海社が運営するWebサイト『最前線』(上の部分をクリックしてください)が、実は完璧なアンチDRM(Digital Rights Management)、つまりWeb上のコンテンツに関しては一切著作権を主張しないということなのだ。でも、星海社では当然、自分のところで出版する本(文庫・フィクション・新書)に関しては、先行してWebでの公開を言っている。つまり、Webで公開したことをプロモーションとして、本を売ろうという発想なのだ。だから、星海社は既存メディアでの宣伝を一切しない(まあ、そんな予算もないだろうけれども)。

 そう、これが講談社から会社を切り離さなければならなかった理由なのである。つまり、著作権というのは出版社にとっては「その根幹を作握る大事な権利」なのであると考えられている。でも、本当は出版社にとって大事なのは「著作権」じゃなくて「出版権」なんだけれども、その違いが分かっていない人たちが出版社には多すぎる。で、「作家の著作権を守るのは出版社の使命だ」なんて考えている人が、この業界には多すぎる。

「作家の著作権を守る」のは作家自身でしかない。あるいはエージェントか。

 出版社が守るべきは「作家の出版権」なのだ。

 どうもこの辺が混同されているのが、今の出版界なのである。例えば。作家が著作権を放棄したとしよう。しかし、作家はその作品から得られる印税を受け取る権利は充分にあるのだ。そう、つまり著作権と出版権は別だからだ。出版したものからの利益配分たる印税は当然作家のものである。それも、定価の1割じゃなくて、もっと要求してもいいくらいのものだ。

 で、この辺が出版社の人には分からない。出版社の一番分かっていない人には「著作権」と「出版権」の違いも分からないのだからもうどうしようもない。でも、実はこんな人が出版社には一番多いのだ。もうだめですね、大手も中小も。

 で、もうちょっと分かっていると社内で思われている人達のビヘイビュアーが「著作権と出版権の混同」なのだ。

 出版権というのは作家と出版社との契約で定められる出版者の権利である。著作権というのは書き手が文章を書いたらそのまま自然発生的に出来上がる権利なのである。こうした、実定法でもって決められる権利と、自然法でもって決まられる権利の違いが、出版社ではなんかない交ぜになってしまい、自分の出版権を守ることが同時に作家の著作権を守ることになるような幻想にとらわれることになってしまったのだ。

 その辺を、星海社は解決しようとして、Webでの「著作権放棄」つまり、いくらでもコピーしてもいいよ、ということを宣言したのである。要は「著作権」って言うのは英語で言えば「copy rights」つまり「コピーする権利」なのである。だから、著作権を放棄した作品は誰もがコピーする権利があるということ。ただし、「星海社文庫」とか「星海社フィクション」とか「星海社新書」というシリ-ズ・タイトルはつけられないはずだ。多分、商標登録ぐらいはしているだろうからね。ただし、それらのシリーズ名をつけなければ問題なく販売できるはずだ。それがアンチDRMの発想である。

 さて、こうしたベンチャーが生き延びていけるだろうか。私は期待しているのだが、どうだろうか。

 ともあれ、出版業界であれば、もはや雑誌はとにかく前年比を下げるばかりだし、書籍だって、たまに大ヒット作はあるが、恒常的な通常ヒット作はもはやない。そこそこヒット作ばかりじゃもうだめですね。

 そんな意味では、私は星海社の試みには結構賛成して応援しているのだ。ただし、星海社が出している本は、もはや私なんかは読めない本になってしまっていますがね。

 ともあれ、野間清治が東京大学の事務長という立場を(悪)用いて作った『雄弁』という雑誌、つまりそれは講義者の著作権なんてものは一切無視して作った雑誌なわけである、そういうものが講談社の始まりなんだから、いまさら鹿爪らしく「著作権」がどうのなんて言ったって意味ないじゃん。

 で、取り合えず星海社が今後どういう手でくるかは、サイトを見れば一発で分かるようになってます。

 一度、ご訪問を→「sai-zen-sen_jp.htm」をダウンロード

 

 

2011年9月 5日 (月)

広島で不肖・宮嶋茂樹の話を聞く

 広島県立美術館へJPS展を見に行った。

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(c)桜井百合子

 ポスターの写真はJPS展で文部科学大臣賞をとった桜井百合子氏の組み写真のうち一番象徴的な白と黒のモノトーンな写真である。

 しかし、JPS展そのものは、東京の写真美術館で開催された際に既に見ていて、これは再見である。では何が理由で片道4時間、往復8時間もかけて日帰りで広島まで行ってきたのかといえば、表彰式の後に『写真家・JPS会員 宮嶋茂樹氏講演『一寸先は闇の報道写真」』があったからなのだ。「一寸先は闇」って、まさに不肖・宮嶋茂樹の写真の世界だし、何か面白い話が聞けそうだ、ということで……。

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 表彰式の後で受賞者達の記念写真が撮られた。真ん中が宮嶋茂樹氏、その右がJPS副会長にしてJPS展委員長の熊切圭介氏。今回は選評をされました。

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 で、いよいよ不肖・宮嶋茂樹氏の登場です。まずは、司会者の「最近はテレビなんかにも、よく出演されて……」という話をまず否定。多分、それは渡部陽一氏のことじゃないか、ということで、実はその後も渡部陽一批判みたいな話も出たんですが……。

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講演はスクリーンにパソコンでこれまでの宮嶋氏の写真を上映しながら行われた

 宮嶋茂樹氏といえば、浅原彰晃の獄中写真や、金正日のハイヒール写真とか、他の写真家が撮らないような写真を多く撮影し、その後は戦争写真なんかで勇名をはせた写真家である。まあ、戦火でのオネエちゃんたちの写真もあるんだけれども。そんな突撃写真家が語る「一寸先は闇」の世界ってどんなだろう、という興味はみんなあるはずで、私もそんな興味で聞きにいったんだけれども、意外とそんな波乱万丈な話は出ずに、意外とマトモな写真論なのだった。ええ、宮嶋茂樹の写真論といったらもっと破天荒な写真論じゃないのだろうかと思ったのだが、意外とそうでもない。

 ということは、今回の講演は実は宮嶋氏の近作『再起』という、東日本大震災に材をとり数ヶ月被災地に通いながら作った写真集のプロモーションも兼ねていたからなのだった。この、『再起』という写真集。これまでの宮嶋氏の写真集のような「どうじゃ、ここまで撮ったぞ! なんぼのもんじゃあ」的なハッタリもない、きわめて真面目な写真集なのだ。

 宮嶋氏も50歳を過ぎて「カレ」てきたのか、あるいはやはり「同胞」が被写体となるために、そこはそれ少しは気を使いながら撮ってきたのか、ともあれこの写真集は編集者から「明るい」と言われたそうだ。確かに、写真集を見ると危機的な状況に陥った東北地方を撮りながらも、その写真に写っているのは、そんな危機的な状況から立ち上がろうとする人たちの明るい笑顔が多い写真なのだ。

 それまでは「みんなが撮らないのならワシが撮ったる」というど根性主義できた宮嶋氏だが、これからは、というか東日本大震災に関しては、復興の状況を撮っていきたいという宮嶋氏である。これをもって「写真家の成長」というのか、あるいは「写真家の興味の変遷」なのか、あるいは「写欲がたまたまあったから」であり、今後別の被写体に写欲が出てくれば、またそっちに行っちゃうのか、そんな先のことは分からない。

 ただし、まあ東日本大震災が宮嶋氏の写欲に多少の変化をもたらしたということは、事実であろう。それはこの『再起』を見ればよくわかる。

 ちなみに、この写真集は収益の一部どころか全部を東北の被災地への寄付に当てるそうだ。もちろん印税もね。

 で、これは写真展と何の関係もないのだが。たまたま、広島県立美術館の隣が「縮景園」という庭園があり、たまたまその前を通ったら見えてきた新郎新婦である。多分、縮景園で結婚写真を撮ってきたカップルなのかもしれない。まあ、こういう写真もタマにはいいですな。

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EPSON RD1s Elmarit 28mm/F2.8, Nikon D100 AF Nikkor 80-200/F2.8

(c)tsunoken

2011年9月 4日 (日)

『テレビは生き残れるのか』って? 生き残れるわけないじゃん

 テレビは生き残れるのかって? 生き残れるわけないじゃん。

『テレビは生き残れるのか』(境治著/ディスカバー携書/2011年7月15日刊)

 ただし、境氏が書くように『ホールディング会社がファイナンスとマーケティング機能を持ち、制作会社を統括する。一方、制作会社はアニメーション制作、ドラマ映画制作など分野ごとに合併してもらうのだ。その際に各社でのリストタクチャリングが必須となる。

 こうした制作会社の再編には100億円規模の資本が必要になるが、そんな体力は業界内ではテレビ局にしかない。だがテレビ局もこれから大変となれば、先にキー局の再編が必要なのかもしれない。

 ……などと考えていくと、映像業界全体をガラガラポンと再編しないといけないということだろう。これはまた、個別の企業として実現できるレベルではない。それこそ行政が音頭を取って執り行うべきだと思う。もちろん簡単ではないだろうが』ということなのだ。

 つまり、今の日本のテレビのありかた。NHKが2チャンネルあって、民放の全国ネットが4チャンネル、弱小ネットが1チャンネルという地上波の状況を見るだけでも、たかだか人口1億3千万人弱の日本には、テレビのチャンネルが多すぎるということが分かるだろう。あの人口3億人のアメリカだって、ネットワークはCBS、ABC、NBCの3チャンネルとちょっと弱小のFOXチャンネルくらいなものなのだ。日本より人口が少ないヨーロッパは基本的に国営テレビが2チャンネル、民放が2チャンネル位のものである。

 その数多い民放チャンネルが、それこそ少なくなった制作予算の中で、短期的に視聴率を上げられる番組作りを競っているわけである。となると、セット費用は使い回しがきいて、適当なお笑い芸人をひな壇においてトークを進めるという短時間で撮影できる、どこのチャンネルを選んでも同工異曲なくだらない「お笑い番組」が増えるのもしょうがないのだ。で、どこのチャンネルを選んでも同じようなくだらない番組をやっているのだから、視聴者もあきれてテレビを見なくなる。そのテレビを見なくなった時間を、インターネットやソーシャル・ネットワーク・サービスの方に使うわけである。で、そのユーストリームやYOU TUBEあたりをみると、これが結構面白い、テレビじゃ見られないような、あるいはテレビじゃ放送できないような「過激」だったり「テレビ以上にクダラないもの」だったり、そして一番多いのが「テレビじゃできない超マイナー・ネタ」の放送だったりするのである。

 そう、この「テレビじゃできない超マイナー・ネタ」というところに私も何か感ずるところがあるし、堤氏も同様なのだ。

 堤氏はそれをマスメディアに対応するミドルメディアと位置づける。数百万人を相手にしなければいけないマスメディアに対して、数千人から数万人を相手にするミドルディア。ネット上に多様に育っているミドルメディア。その例として、「例えば」として堤氏は、レストラン情報サイト『食べログ」や、ライブドアが運営する「BLOGOS」というブログサイトをあげる。『ミドルメディアでのビジネスをどう成立させるはが、これからのメディア業界や広告業界の存続につながす』というふうに堤氏は言うのであるが、しかし、堤氏自身まだそのしたミドルメディアでの成功例を本当には経験していないのではないか。それは、多分、堤氏がアニメーションの世界の疎いからなのだと思う。

 つまりアニメーションの世界では既にこうした「ミドルメディア」的な考え方で成功している例がいくつもあるのである。一つは有名な新海誠の『ほしのこえ』であり、もう一つは知る人(だけ)は知っている『秘密結社 鷹の爪』で知られる(?)蛙男商会である。いずれも、ほとんど個人製作のアニメーションで世界観を作り上げ、ストーリーを作り上げ、蛙男商会なんで声優までほとんど一人でやっているというアニメーション作品でありながら、メジャー劇場での公開を果たし、(多分)ビジネス的にも成立しているのだ(だって、製作費かかっていないからね)。

 こうした、「ミドルメディア発想の作品」はもう既にある。あとは、メディア側が如何にして自らミドルメディアという立ち位置を確認して、そうように発想・行動を移すかということなのであるが、果たしてそれは可能であろうか。ということなのだ。長年、右肩上がりの世界でずっと生きてきたテレビの世界の人たちが、自らをマスメディアではないという規定をすることが可能なのであろうか。もともと、テレビだって発足当初は「右に行くか左に行くか分からない新メディア」だったわけで、そんなテレビの世界にいくのは、映画の世界で挫折した人間とか、失敗した人間とか、映画界から忌避された人達とか、そんな「自暴自棄の人たち」が初期のテレビマンだったのだ。そんな、初期のテレビマンたちの気持ちを知っている人たちが、今のテレビにもいれば「テレビはミドルメディアだから、とりあえず儲からないことから始めましょう」という言い方にも賛成は得られるのであろうが、今のテレビマンにそんな人たちはいるのだろうか。

 翻って、出版はどうだろうか。まあ、出版社は認可事業ではないから誰でも始められる。ということで、日本の出版社は今2,000社とか言われているのだけれども、果たしてその中でまともに営業ができている出版社って何社ぐらいあるのだろう。ただし、数千人から数万人を相手にするというミドルメディアの発想と言うのはまさに書籍出版社の発想なのだ。雑誌出版社はマスメディアだからダメね。ということは、書籍出版社はミドルメディアへの変化は大丈夫って、ではそのときのメディアって何なのよ。今まで出していたような「書籍」の形だけでは「ソーシャル・リーディング」はしていただけないのよ。つまり、紙の出版だけではなくて電子の出版も考えないとね。ということで、書籍出版社も生き残りの為には電子書籍も考えないと、多分、無理になってくるのだ。それが、ミドルメディア化ということなのである。

 私自身はミドルメディアという発想には大賛成である。これまでのメディア支配者<新聞→テレビ→出版→個人>という支配形態を変える事柄ならば、全部OKである。

 それこそ「真の民主主義」の達成のためにはすべてのメディアが自由化されなければならない。マスコミもミディコミもソーシャルもパーソナルもすべてのメディアが自由に、それこそ上位メディア・下位メディアにも自由に行き来するような世界が、私の理想である。

 そんな世界は来るのだろうか(来ないだろうな)。堤氏はどうなのだろうか。

 

2011年9月 3日 (土)

『サッカー少女 楓』は小学生向けの小説? それにしては価格が

 なでしこJAPANの澤穂希をモデルにした(そうである)小説が登場した。

『サッカー少女 楓』(高橋陽一著/講談社/2011年8月29日刊)

 なにしろ『キャプテン翼』の高橋陽一氏が書いた小説である。まさに惹句の通りの「青春サッカー小説」である。間違っても「性春サッカー小説」ではないのだな。高校生が主人公なのだけれども。

 澤穂希選手と同じポニーテールにした髪形の主人公「楓」は、実はなでしこJAPANの応援キャラクターとしてドイツ・ワールドカップの中継の際にもテレビで流されていた。その楓が小説の主人公になったのだが、何故、漫画じゃなくて小説というのが疑問である。それも大人向けの小説なのだそうだが……。そりゃ無理ってもんでしょ。

 漫画で同じものを書くと、週刊誌への連載でも2年くらいかかってしまう。ということは、2年後に澤が現役でいる可能性は低く、そうなると女子サッカー応援ドラマとしての漫画の価値も低くなってしまうかもしれない。というビジネス的な発想もあったのだろうか、ワールドカップで優勝して、なおかつロンドン・オリンピックの予選をやっている今のうちに出したほうが売れるだろうという、才覚だけはあるんだな、この人は。

 ところが、書いたものを読むと、なんかまったく『キャプテン翼』から進歩していないのだな、この人は。

 スポーツ選手が多少はそのほかの人たちとは違って、単純な頭の構造をしていることは分かっているが、ここまで単純な「前向き少女」の姿を見せられると、何かかえって鼻白んでしまうものなのだ。対戦校との裏取引に応じてサッカー部をやめてしまう男子サッカー部員が、楓たちの説得に応じてサッカー部に復帰するところなんて、「ええっ、そんな簡単に復帰するんだったら、最初からやめる必要なんてないじゃん」と、思わず卓袱台を引っくり返しそうになってしまった。幸い、卓袱台のないところで読んでいたので、引っくり返さないですんだのであるが……。

 更に、楓が先輩や幼馴染からの恋の告白を受ける部分も、「今はサッカーが恋人だから」なんて理由は、おじさんは受け付けないのだ。もう高校生でしょ。普通に成長していても、その年頃になれば、恋心を受け入れる年齢である。何せ、人生で一番性欲が旺盛な年頃だからね。おまけに、サッカーやっていて人一倍体力もあるし、体格だって良いはずだ。勿論、セックスまで進まなければ許さないぞ、ということではないが、性欲=恋心ともうひとつの別の目標、人によってはそれがサッカーであったり、受験であったりするわけであるのだが、との葛藤が必ずあるはずである。こうした葛藤や、心の陰影を描くからこそ、小説には深みが増すのであって、大人の読み物になっていくのである。

 ところが、こうした人物表現の深みのまったくない作品が、大人向けの小説として差し出されてしまうと、我々は戸惑うのである。これが少年向け、あるいは少女向けの漫画であったら、別に文句を言うつもりはない。また、小学生向けの読み物であっても、別に文句を言うつもりもない。性欲もまだ発達未定の小学生には恋愛物はまだ難しいかもね。更に、基本的には「小学生」が対象の(実際にはもっと大きなお友達が読んでますが)「少年漫画」「少女漫画」の世界なら、それまた『キャプテン翼』の少女版であってもなんらの問題もない。

 まあ、講談社も本書を少女向け・少年向け小説として売るのが正解であろう。少なくとも、大人の読者に向けたプロモーションはやっても、まったく無駄ですね。そう、徹底して子供向けに、「なでしこのお姉さんをモデルにした小説ですよ」と売るのがいいだろう。ただし、そのためにはちょっと値段が高いかな。

 それにしても、高橋陽一という人、頭の中身も『キャプ翼』から全然進歩していないのであれば、絵のセンスも『キャプ翼』から全然進歩していないのだな。小説のアタマに、小説の冒頭部分を漫画にした数ページと、キャラクター・イラストが載っているのだが(やはり漫画家って、こういうものがないとストーリーを作れないのかな)、この絵が『キャプ翼』からまったく進歩していない、スゴい無茶苦茶な等身とか、キャラ分けができていないとか……。

 結局、進歩したのは「ビジネス・センス」だけと言うところでチョン。

 

2011年9月 2日 (金)

『異性に暗示をかける技術』ってタイトルはいかにもだけれども、実際にはそうでもない真面目なもんだ

 要は、基本的に男が女に対し、どういう風に話を持っていけばセックスができるのか、と言う話なのだけれども。

『異性に暗示をかける技術―「即効魅惑術」で学ぶ7つのテクニック』(和中敏郎著/講談社+α新書/2011年5月20日刊)

 基本的には、催眠心理療法に基づいて、男から(あるいは女から)異性にセックスをしたいというメッセージを如何に伝え、如何にセックス成就に持っていくのかという話なのである、だって男から女にたいして発せられるメッセージって、それしかないでしょう。所詮、雄と雌でしかないいだから。要は、種保存の法則だけですよ。

 そのための暗示パターンを作るためのツールとして、七つを提案する。まず、三つの「暗示パターンを作るツール」として、「ツール①ディスクリプション」「ツール②プロセス」「ツール③キネステティクワード」であり、残りの四つのツールとして「ツール④チリバメ」「ツール⑤トランスワード」「ツール⑥ダブルワインド」「ツール⑦エンベディット・コマンド」という7つのプロセスを経なければいけないらしい。

 面倒ですね。でも、男の性というのは「基本的にばら撒きたい」というのに対して、女の性は「いい遺伝子を持つ男の性を受け継ぎたい」と言うものである以上、その差はしようがない。したがって、男はいつまでたっても、女に対して自分の立場とか、スタイルとか、収入とかを主張するしかない生き物なのだ。

 で、結局「女は受身の性」ではなくて、実はもっと積極的に「いかなる男を受精対象として受けれるのか」という、もっと積極的な性であったのだ。

 ただし、男から女に対するアプローチは大変なようだが、女から男に対するアプローチは楽そうだ。まあ、基本的には男が女と「ヤリたい」という方向が当たり前のようにあるのに対して、女は基本的に男の種としての保存本能といところに眼をつけているからね。

 要は、相手に興味を持ってもらって、その気にさせる方法なのだ。

 ということは、特に、男性クライアントが多い日本の企業に対する女性プレゼンターの話なら、一発でOK。それこそ、ちょっと「その気にさせる言葉」を言えばいいのだ。先の、①から⑦まで全部使ったら、一発で男性クライアントは落ちますね。女性クライアントに対する男性プレゼンターという場合は、日本では少ないかも知れないけれどもね。

 そう、各企業もプレゼンテーションには女性を使ったらどうだろうか。まあ、基本設計は男がやってもいいけど、プレゼンは女にやらせればいいのだ。

 それで、すべてはOK。

2011年9月 1日 (木)

おじさんにはまったく理解できない『二時間一万七〇〇〇円』という生き方

 若いOL(多分)がたまたま行った新宿2丁目の店でウリセン・ボーイを買ってカラオケボックスに行ったというだけの話なのだが・・・。

『二時間一万七〇〇〇円』(内藤みか著/新潮社(電子版のみ)/2011年8月26日刊)

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電子版だけのため、AMAZONでは注文できません

 で、そのお値段が「二時間17,000円」というお話。泊まりは30,000円だそうだ。

 もともとケータイ小説だったということなので、あまり期待はしないで読んだのだが・・・まさに期待通りの、期待できなさであった。

 まず、主人公たる語り手の女性のキャラクターがまったく見えてこないのは何故なんだろう。勿論、主人公の具体的な名前やら職業やらが出てこないとダメなんて事を言っているのではない。そんなものなくてもお話として成立する小説はたくさんある。ところが、この小説では主人公が一体どんなあたりでで生活しているのか、どんな考え方で生活しているのか、どんな毎日を送っているのか、まったく描かれていない。かろうじて分かるのは、彼女は大卒のOLらしく、27歳という年齢であるということくらい。それ以外は、主人公の「語り手」のキャラクターはまったく見えてこないのだ。具体的なイメージとしての主人公は、まったく出てこない。ケータイ小説の読者って、こんな見えてこない主人公でもOKなのだろうか。つまり「希薄な主人公」。

 それでいて、何故かウリセン・ボーイを買う日には、何故かスクラッチくじが当たったり、宝くじに当たったり、とまあよくよく運の良い人なんだろう。もっとも、最後に競馬で当てた際にはウリセン・ボーイは買わずにヴィトンのポシェットを買うのだが、そこでウリセン・ボーイを買わなかったこと軽く後悔なんてしてしまったりしている。ご都合主義の展開。

 まあ、最初にウリセン・ボーイを買うことになったのも「成り行き」だし、二度目もボーイからのメールで「成り行き」だし、最後にボーイとセックスすることになってしまうのも、結局は「成り行き」でしかない。

 結局、この主人公は「たまたま」スクラッチくじが当たったから男を買っただけだし、たまたま宝くじが当たったからまたまた男を買っただけだし、競馬で稼いだお金はポシェットを買ったという具合に、なんか積極的に「何か」をする人ではない。つまりすべてにおいて「希薄な動機」。

 つまり、逆に言うと、こうした生き方が今の人らしい生き方なのだろうか。なにものにも積極的にならずに、成り行きだけで生きていく、という生き方。つまり「希薄な生き方」。

 こうした「希薄な人生」が今の若者には受けているのだろうか。実際、今の若者の行き方はこうした「希薄な人生」なのだろうけれども、それが今の若者の生き方なのだろうか。まあ、確かに希薄と言えば希薄なのかも知れない。それおは大人の世界が若者に強制した「希薄な生き方」なのかもしれない。

 ただし、文学の本来の読み方を知らない若者がそれだけ多いと言うことなのだろうか、ということだけは気になる。こんなケータイ小説が文学じゃないんだけれどもなあ。

 でも、書いたのは40過ぎのおばさんなんだけれどもなあ。

 ま、おじさんにはまったく理解ができないジャンルの小説ではあります。ページ数が少なかったので助かったが・・・。

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