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2011年8月 7日 (日)

『バブルの肖像』は実はバブルの象徴なのであった

 もう見たくもない「バブルの肖像」たちがいいのは、そのほとんどが今や残っていないか、未だ収監中だったりして、現在は見られることがないということなのだが、しかし、収監されていた人たちもそろそろ出てくるわけで、そろそろ第二のバブルかな。最早、円高・ドル安は限界まで来ているし、同時にアメリカ経済の破綻は見えているわけで、こうなったら日本で再びバブルを起こして世界中のお金を日本に集中させるしかないでしょう。

『バブルの肖像』(都築響一著/アスペクト/2006年8月23日刊)

 取り敢えず本書に収まれれている「バブルの肖像」は、<ゴールドタワー/料亭「恵川」/オートポリス/ジュリアナ東京/ピンドンコン(ドンペリ・ピンク+コニャックの意<筆者注>)/金塊/ボジェレ・ヌーボー/チバリーヒルズ/タクシー待ち/ティファニーのオープンハート/クリスマスイヴのシティホテル/クリスマス・ディナー/ゴルフ会員権/メイテック(というよりも関口房朗氏でしょ<筆者注>)/高橋治則氏(イ・アイ・イー・インターナショナル社長)/F1スポンサー(フットワークの大橋渡、ミドルブリッジの中内康児、エスポ・ラルースの伊東和夫、レイトンハウスの赤城明<筆者注>)/バニング/NTT株/YOSHIOWARA/空間プロデューサー/くまもとアートポリス/タイユバン・ロブション/京都・北山通り/ホテル川久/携帯電話/宮崎シーガイヤ/絵画投資/千昌夫/E電/10万円金貨/ギーガーバー/財界二世学院/アズディン・アライヤ/ザウス/ハウステンボス/柏崎トルコ文化村/ホンダNSX/名古屋デザイン博/郵便貯金/斎藤澪奈子/横井英樹と中原キイ子>

 とまあ、それこそバブルの肖像なのだろうけれども、むしろ私にとってはバブルの象徴のような人たちに焦点は定まる。つまり、F1にかかわった人たちだ。つまり、F1、国際自動車連盟フォーミュラワン格式のレースの内実は火の車であっわけで、それまでナショナルカラーにこだわっていた国際自動車連盟も、1968年にロータスが「ゴールドリーフチームロータス」という名前でエントリーした時点でクルマをナショナルカラーからチームカラーに変えることを認めてしまったのだ。それが世界のバブルの始まり。

 つまり、それまではクルマ好きなエンスージアストだけの世界であった「貧しい」フォーミュラワンの世界が、これは興行的にいけるぞ、となった途端、世界中の金持ちがフォーミュラワンの世界に注目し始めたのだ。そんな興行イベントになったフォーミュラワンは当然、より金をだすスポンサーを求めるようになる。その中にパコンと嵌ったのがバブル期の日本のスポンサーたちなのだ。

 彼らは日本におけるレース活動も行ってなかったし、それこそ多分自動車レースなんてものにも興味は無かったのだろう。とろこがそんなスポンサーたちになにが起こったんであろうか。「フォーミュラワンのスポンサーになれば、ドライバーみたいのモテるかな」ってなものなのだろうか。あるいは自分がレーサーになれなかった思いを、そんなスポンサーになることで果たせると思ったのか。いずれにせよ、そんな気持ちが彼らをエフワン・スポンサーへと誘ったわけであるが、エフワン側からしてみれば、それはその時々の「お金持ちリスト」に過ぎない。そんな「お金持ちリスト」が、タバコ・アングロサクソンからバブル・ジャパンに移って、オイル・アラブ、新興アジアと言う具合に移ってきてるだけなのだ。

 それこそ、まさに「バブル」ですね。

 まあそんな「エフワン」の話とは別に、みんなバブルに乗っかって、一時期はいい思いをした人たちなのだ。その「いい思い」と同時に、結果、奈落に落ちた時の「最低の思い」と、両方持って生き返った人たちが面白い。関口房朗氏なんて言ってみればいまだに「バブル」をやっているわけだし、そろそろバブル期に収監された人たちが出てきてまたまたバブルを起こしてくれそうな気がする。

 もはやアメリカ経済には頼れない世界経済である。だとしたら、どこを中心にして考えればいいのか。ヨーロッパのユーロなのか、日本の円なのか、中国の元なのか、あるは金か? というところで考えれば一番可能性のあるのはユーロか円。しかし、ユーロもアイルランド、ギリシア、スペインとデフォルト寸前の国を抱えていてそれをドイツがどう支えるのかということが大きな問題となっていて、イマイチ心配。となると、今後の基軸通貨は円になるのか? ということである。で、基軸通貨が円になってしまえば再び円バブル? ってこともあるかも知れない。ただし、その代わりに円はずっと高いままになりますけれどもね。

 円バブル=円高進行を受け入れられるかどうかじゃないでしょうか。

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