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« 『日本経済の底力―臥龍が目覚めるとき』といっても、そんなスゴイ論文じゃないんだよね | トップページ | おじさんにはまったく理解できない『二時間一万七〇〇〇円』という生き方 »

2011年8月31日 (水)

『「東北」再生』はページ数は少ないが、なかなか読ませる本だ

『かつて東北は、東京にコメと兵隊と女郎をさしだしてきました。そしていまは、東京に食料と部品と電力を貢物としてさしだし、迷惑施設を補助金とひきかえに引き受けている』つまり『なんだ、東北って植民地だったのか、まだ植民地だったんだ』ということである。

『「東北」再生』(赤坂憲雄・小熊英二・山内明美著/イースト・プレス/2011年7月15日刊)

 基本的には、赤坂憲雄氏が東日本大震災復興会議で4月30日に発言した「鎮魂と再生のために」というレジュメ(http://www.cas.go.jp/jp/fukkou/pdf/kousou3/akasaka.pdf)に沿った形での鼎談をもとに、山内明美の『最後の場所(ケガヅ)からの思想』と小熊英二の『近代日本を超える構想力』という論考からなっている本書は、白河以北を改めて辺境=みちのく(道の奥)として再発見されたとし、千数百年前のヤマト王権による「蝦夷征討」があり、近代の初めに於ける戊辰戦争によって薩長によって滅ぼされ、戦後も食料と部品と電力を、東京への貢物としてさしだしながら成り立っている、危うい構造の上の「東北の豊かさ」が、今回の地震とそれに伴う原発事故によって剥き出しにされたとしながら、「(一)風土に根ざした復興と再生をもとめて」と言う提案では「福島県自然エネルギー特区構想」を提案し、そのための方策として「A、放射能汚染を除去するための研究と実践」「B、放射能汚染が人体にもたらす影響の調査・研究と医療の実践」「C、自然エネルギーにかかわる研究と実践」を提案し、「(二)鎮魂と記憶の場の創出のために」では「鎮魂の森から再生の森へ」「東北災害アーカイブセンター」を提案する。

 ちなみに山内明美は、宮城県の被災地出身の現役一ツ橋大学の大学院生であり、どうもこの鼎談の企画者の一人のようだ。

 今回の大震災で、岩手・宮城は地震と津波の被害であるし、これについては三陸海岸に住む人たちはある種覚悟ができていて、復興プロジェクトもどんどん出てきているのに対し、福島県だけは極端に違い、原発の問題がかぶさることによって、まったく復興へと踏み出すことができなくなっている。福島第一原発から20km圏内(という風に円で区切ってしまうのもどうかとは思うが)の人たちが、以前住んでいた場所に戻ってこれるのかどうなのかも決まっていないし、当然、そんな汚染地には戻りたくないという理由から、その地から離れるという人たちへの賠償金や収入補償、土地買い上げ代金などもまだ何も決まっていない状態では、その後の「復興」なんてことは、未だ考える状態ではないと言うことだろう。

 問題は、いまや時代遅れの斜陽産業でしかない「原子力発電」をいまだに「推進」しようとしている電力会社であり、それを後押ししている政府(政治家・官僚)の存在なのだろう。

「日本は世界唯一の核被爆国」という言い方で、世界に類を見ない平和国家という美名の下に、戦後日本は核開発に邁進してきた。それが「核の平和利用」という名前の核兵器開発なのである。それも核兵器製造に必要なプルトニウムを作り出すMOX燃料を使った原発を、これは核融合なので資源的にも有効という理由で推し進めようというのであった。こうして、核開発を行ってきた日本はいまや世界有数の核輸出国なのである。つまり「核兵器」は持たないが、「原発」という「模擬核兵器」のプラント輸出大国なのである。非核三原則や核不拡散条約もものかは、『当面核兵器は保有しない政策をとるが、核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャルは常に保持する』というう1969年の外務省文書の通り、非核三原則は「(核兵器を)持たず・持たせず・持ち込まず」なのだが、それは「核エネルギーの平和利用促進」という美名の下に無視されて、日本は「原発という名の核兵器」の開発に邁進してきたのだった。

 しかし、そんな原子力発電所に関して、1960年代の実験段階から始まって、1970年代にその基本政策が作られたわけであるのだけれども、その当初から指摘されていた廃棄物処理や事故の際の問題などは40年たった現在でも、なお解決していない。つまり、40年かけて研究開発投資をしてもだめだった、もはや時代遅れの技術に基づく斜陽産業でしかないのだ。ところが、いまだにそれを推し進めようとする政府(政治家・官僚)とは何なのだろう。つまりそこにあるのは、経済的合理性ではなく単なる核ルサンチマンでしかないのだ。

 核ルサンチマンとは何か? それは、アメリカに一歩先んじて広島と長崎に落とされてしまった「原爆」のことである。つまり、当時日本でも原子力爆弾の研究は進められていて、多分それは同盟国ドイツの協力もあったのだろうが、日本においてもほとんど完成できる状況にはあったようなのだ。まあ、だから日本政府も広島に原爆が落とされたときも意外と冷静に対処できたのだけれどもね。「新型爆弾」なんていって国民の目を逸らせた状況なんて、まるで今の東京電力と政府経済産業省が作っている「想定外」とほとんど同じ構造である。

 で、アメリカ本土原子力爆弾攻撃のために太平洋横断米本土爆撃機「富嶽」、全長45m、全幅65mというB29のそれぞれ1.5倍という超特大飛行機の設計まではおこなわれていたようだ。まあ、確かにフィリピンあたりから日本に来ればよかったB29に対して、それらの基地を失った日本は、日本本土から発進しなければならず、それで太平洋横断して帰ってこなければならないとなると、それだけ馬鹿でかい飛行機が必要だったのかも知れないが。まあ、それはいいとして、つまりそんな原子爆弾研究者が日本にもいっぱいいたし、それを推進していた人たちもいっぱいいたわけだ。

 ところが、敗戦国日本はまず最初は軍隊を持つことを禁止され、ということは当然、核兵器開発なんかは禁止である。そのための「核開発者」への同情というのもあるだろうが、それ以上に正力松太郎と中曽根康弘という軍国主義者のルサンチマンがあったのだろう。その結果が、「原発という名の原子力兵器開発事業」である。何だよ、結局日本の政治・経済って戦前と何にも変わってないのかよ、というご不満をお持ちの方もあるでしょうが、実はその通りなのであります。

 戦争中の食料管理制度はそのままコメを中心の食管制度になったし、電力だってそれまでの「発電」「送電」勝手にやれば体制から、九電地域独占体制になったのだって戦争中に作られたわけですよ、それがそのまま残ってしまった理由は、多分政府官僚がそのほうが統制しやすいからでしょう。まあ、とりあえず官僚は「統制経済」へと向かう。財界も、ある時期は「統制経済」になった方が既存企業は安泰だからそちらに向かう。労働者なんてものは企業経営者のほとんど言いなりだから基本的には「統制経済」でもって、非正規雇用者から自らの立場を侵されないようにする。もう、皆の(非正規雇用者とかアルバイターとかフリーターとかは除く)雇用は「基本的に正規雇用しか見えません」てなもんだね。

 どうすんの日本、といってしまえばそれはそれで済むのだけれども、そうじゃなくて、そんな状況の中で、はたして我々がなすべきことは何かということなのである。

 いまさら、「反原発」デモに参加してもあまり意味はありません。最早、日本は「脱原発」の方向に国自体が動きだしています。勿論、参加している人たちには別に何も言うつもりもないし、まあ、「政治的に取り込まれないように」というしかないね。電力会社がどういう対応をとか分からないが、いずれ「発」「送」電別会社という、明治の頃の「レッセ・フェール」に戻るだろう。

 もっと、大きい問題は、これからいかにして「東北」を日本の復興の中心地にしていくのかという問題だろう。「自然エネルギー特区」もいい、「東北災害アーカイブ」もいい、それらをどのよに実現していくのかということが問題なんだ。

 もう、強制的に「東北」というのを決めるしかないね。これからの社会投資は「まず東北を決めて」それから別の地域を決めていくというよな、まず「東北にどういった投資を行うのか」ということをいわない限り、企業は地方進出を決められないのです。まあ、でも東北は特区なんだからいいでしょ、昨日の私のブログでは法人税0パーセントだもんね。ってなもんですが。

 はてさて、どうなるでしょうか。東北が今まで通りの東北として、日本の最果ての地区として「みちのく」としてしか残れないのか、もしくは「再生の地」としてこれからの日本の自然再生エネルギー産業地として再生するのか。

 そうしてほしいけれどもなあ。

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