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2011年8月21日 (日)

『犬の記憶』か人の記憶か

 犬の記憶は「光と影」だけなんだそうだが、それは人間だって同じ。基本的には、人の記憶も所詮「光と影」だけ、それ以外に何の記憶があると言うのだろうか。

『犬の記憶 森山大道 写真への旅』(NHKエンタープライズ/2010年8月13日刊)

 本の方の『犬の記憶』『続・犬の記憶』は既に読んでいるし持ってもいる。しかし、テレビでこれが放送されたのは知っていたが、見ていなかった。というか、見れなかった。そのまま、忘れてしまうのかと思っていたら、東京都写真美術館のショップで売っているの見つけ買ってきたのだった。

 映像は、基本的には森山大道が多くの写真をものしている新宿近辺の写真とその撮影風景がベースになって構成されている。そこを「偉大なる悪所」と言ったり、「都会のシミ」と言ったり、寺山修司との思い出の詰まった場所であり、そして森山が写真のことを言っている「光と時間の化石」でる場所であり、1969年10月21日の国際反戦デーにおける騒乱事件の新宿である。そう、1960年代の新宿とは、そんな、騒擾と、混乱と、放埓と、秩序と、表現とが混沌と入り混じっていた、おかしな街ではあったのだ。都心ではありながら、まだ新都心ではないし、都会と田舎の出会う町であり、東京と地方都市や東京以外の大都市が出会う町であったのだ。そんな新宿だからこそ、カオスの如く様々なものが入り混じって、それぞれに自らの存在を主張できた部分があったと言うべきなのだろう。それこそ、そこでは何も旅に出なくても「自分探し」の方法論がいくらでもあったし、何も「写真よさようなら」なんてことさら言上げする必要もなかったのではないだろうか。

 しかし、そんな新宿は消滅する。

 西口に都庁が出来て、東口の新宿区役所も改装をして、「住みやすい町、新宿」を目指す運動が始まってしまった。いやむしろ、新宿は「住みにくい町」だからこそ、その存在感があったわけなのだし、「新宿に行って何かをやって」その後は家に帰るという生活をおこなえたのである。その結果、写真作家が何をやったのかといえば、「自分探し」である。その「自分探し」で写真作家が何処へ向かったといえば、北の方、岩手県の遠野地方、青森県の三沢、五所川原っていうのは分かりすぎて面白くないくらいだ。

 しかし、写真作家・森山大道が本来「自分探し」で行くのならば、大阪とか山陰なのではないかと思うのだが如何。

 とはいうものの、森山大道は今でも普通に新宿を撮影し続けているわけだ。そこが安心できるところでもあるわけだけれども、同時に、結局この人は、世界中の町に「新宿」を求めて写真を撮り続けるだけなのだろう、とも思ってしまう。今日発売になった『アサヒカメラ』でもやはり東京の写真を掲載している森山は、もはや「新宿を撮る」のでなく「新宿で撮る」ことに執着していると書く。

 それが、サン・パウロでもブエノス・アイレスであろうが、パリであろうが、多分、森山大道に見えているものは「新宿」でしかないのだろうな。

 それが、路上写真家というものだ。

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