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2011年8月19日 (金)

『大学教育について』というか大学の先生の話は長~いということについて

 本書は1867年2月1日、ジョン・ステュアート・ミルのゴルフ発祥の地としても名高いスコットランドはセント・アンドリュース大学名誉学長就任講演の全訳である。セント・アンドリュース大学はオックスフォード、ケンブリッジについて英語圏では3番目にできた由緒のある大学である。

『大学教育について』(J.S.ミル著/竹内一誠訳/岩波文庫/2011年7月15日刊)

 J.S.ミルといえば「功利主義者」として有名であり、東大総長大河内一男が卒業式辞でミルの書いたことを引用して「太った豚になるよりは痩せたソクラテスである方がよい」という演説をしたことで有名だが、最近はマイケル・サンデルあたりのコミュニタリンアンから批判をされている。

 まあ、サンデルあたりから批判されていても、所詮昔の学者なんだからどうでもよいことだけれども、とりあえずこの講演、岩波文庫で126ページ分、約2時間とも3時間ともいわれる長さなのだ。はたして、この長文にわたる演説を休みなしで行ったのかどうかはわからないが、いずれにせよいわゆる「学者の長広舌」の典型である。7月3日にブログに書いたようなものであるが、まさにその3時間ロングバージョンではありますな。聴いてた学生さん、ご苦労さん、というところでありましょうか。

 ただし、ミル先生は7月3日にご登場した先生方よりはまだ大分よくて、演説の内容はなかなかよいことを言っているのだ。

 まず、演説の冒頭「大学教育の任務」というところで、『大学は職業教育の場ではありません。大学は、生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えることを目的としてはいないのです。』と述べる。つまり、現代ではない、いまから約150年前の時代において既に社会は大学に「職業教育」や「生計を得るためのある特定の手段に人々を適応させるのに必要な知識を教えること」を要求していたのだな、ということがわかる。いまから150年前に大学に入った人々は、多分労働者階級や農民・商人階級の子弟ではないだろう。ほとんど貴族に属する階級か、イギリスなのだから多分「ジェントルマン」階級の子弟ばっかりなはずだ。でも、そんな時代状況の中でも社会は「職業教育」や「実務教育」を大学に求めていたことがよくわかる。でも、それには抵抗したいというのが学者の立場なのだろう。

 当時のスコットランドの大学教育はどういう時代だったのかを知るために他の本を読んでみた。読んだのは、吉見俊哉氏の『大学とは何か』(岩波新書/2011年7月20日刊)である。吉見氏によれば、イングランドにおけるオックスフォード大学とケンブリッジ大学などの特権的な地位にあった大学は、当時のドイツのような大学改革は行われずに旧態依然な聖職者養成大学のようなもので、そこから脱却して国民主義的研究体制のモデルとして世界各国の近代化政策が参照するモデルとなっていくドイツモデルからはかなりかけ離れた古い大学であったのに対して、スコットランドのセント・アドリュース大学などの『伝統大学は、その成立の時期も都市との関係もドイツの大学に似ていた。そして大陸の諸大学と同様、17、18世紀の危機を経て、19世紀には変化の時を迎える。オックスブリッジの場合、近代以前からの多大な財産を所有し、国の政策など気にせずに自活できたことが逆に変化を阻害した。スコットランドの大学は、そこまでの資力はなかったので、19世紀には大学の変化と非国教徒のアカデミーが担った役割とが結合し、この地域における自然科学、医学、工学の発展を後押ししていくこととなった。医学や工学の応用分野での知の発展が重視された点で、スコットランドはドイツや米国との共通点が多く、イングランドとは大いに異なる学問風土を形成してきた。』(『大学とは何か』より)ということである。

 こうしたことがバックボーンにあるからこそ『イングランドの古典教育を行っている中学校における授業時間の骨折り損の浪費は、どんな厳しい非難を受けても仕方のないものです。一体何のために、青少年期のもっとも貴重な歳月が下手なラテン語、ギリシャ語の韻文しか書けるようにならない学習のために取り返しのつかないほど浪費されなければならないのでしょうか。』という書き方で、イングランドの教育についてことよせるのだろう。

 とは言うものの、演説の後半では『イングランドの伝統ある二大学〔オックスフォードとケンブリッジ〕は、現在、全教科課程のなかの一般教養科目を教えることにかけては、われわれの知る限りどの時代よりも立派な業績を挙げています。』と持ち上げることも忘れてはいないのだが。

 要は、いずれにせよスコットランドが最早イングランドの「田舎」じゃないことをおおらかに歌い上げており、スコットランドがイングランドと並び称される立場にあることを言っているわけである。そうした愛国心というか愛郷心はわからないでもない。

 そして、その発露が3時間になんなんとする長大演説になったのかも知れない。「功利主義者」とは言っても演説は長いのね。

 こうした、近代の大学観をベースにして、現代の大学について語る吉見氏の『大学とは何か』については、また明日語ります。

Johnstuartmill Jhon Stuart Mill (Wikipediaより)

 それにしても、ミル先生の『大学教育について』だけではよくわからない近代の大学教育というものについて、同時期に『大学とは何か』でフォローしちゃう岩波って、さすがに懐が深いのである。

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