フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 『化合』とは段々ひとつになること・・・かな | トップページ | まあ、やっぱり出版社はなくなってしまうんじゃないか、ということについて »

2011年7月16日 (土)

『「生き場」を探す日本人』はもしかすると新しい日本人のあり方かもしれない

 タイというとつい最近まで反タクシン派とタクシン派の衝突が話題になっていたわけなのであるが、それでも「ユルい」国なのだろうか。

『「生き場」を探す日本人』(下川祐治著/平凡社新書/2011年6月15日刊)

 下川氏と言えば『12万円で世界を歩く』や『5万4千円でアジア大横断』などで有名になったライターなので、旅行ライターなのかと思ったら、「外こもり」の若者たちに焦点を当てた『日本を降りる若者たち』などを書いて、要は自分自身が「日本を降りた」状態にある永遠のモラトリアム・ライターなのであった。でも、その下川氏がアジアの旅の結果行きついたのがオキナワであり『新書沖縄読本』を書いたのはちょっとびっくり。しかし、日本からアジアを見るという視点を、ちょっと逆にすればアジア放浪の果てにオキナワに辿りついてもおかしくはない、ということなのだろう。

 つまり、そんな下川氏が多分アジアで一番居やすい国が「タイ」ということなのだろうな。しかし、タイといえばつい最近までタクシン派(反独裁民主戦線)と反タクシン派(民主主義市民連合)の対立が武力衝突まで発展して、「えっ? そんなにユルくないじゃん」という気がしていたのだが、それでもユルい国なのだろうか、というのがこの本を選んだ理由だ。

 まあ、タクシン派と反タクシン派の対立軸がよく見えない。タクシン派が反独裁民主戦線を名乗っているのは、2006年の軍事クーデターによって首相の座を追われたタクシン氏が巻き返しのために「軍事クーデター」は「独裁政治」だといっているにすぎない。じゃあ、反タクシン派の民主主義市民連合ってなんなのさ、といってもその主張するところがどこにあるのかはよく分からない。実は、2006年のクーデター自体が、実はタクシン氏のインサイダー取引疑惑やら個人蓄財疑惑なんかの結果として勃発したものなのだった。

 大まかにタクシン派と反タクシン派の対立軸を言ってしまうと、北部の貧しい家庭に対するタクシン氏の政策が南部の都市化住民の不満の元になっているということのようだ。まあ、こういう対立は日本でもあることだし、ただし、日本では政治的対立にはなっても、即それが武力対立にまではならないということなのだ。

 で、今年の選挙の結果、タクシン派が勝利し、タクシン氏の妹であるインラック・シナワット氏が総理大臣になる見通しだという。まあ、所詮日本と同じ立憲君主国なのであるから、結局国民の王室(皇室)に対する尊敬の気持ちがある間は、政体がどう変わっても関係ない、ということなのだろう。これは日本も同じである。

 そうか、日本と同じ立憲君主国であるということが、実は重要なことなのであったのだ。それが「ユルさ」の原因なのかも知れない。日本もタイも「王様(天皇)」を冠としていただく国家である。なーるほどね、だって「君主」は統治しないでしょ、だからいいのです。で、その結果タイではユルくなるのです。

 で、そんなタイに「いる」人たちの話。

 最近は中高年の人たちが多いということなのだ。

 下川氏が以前書いたことでいえば、日本で(フリーターか何かの仕事で)稼いでタイに行く、という感じだったし、それそれで共感できる部分が多かったし、そのままタイで仕事を見つけてズッとタイに居続けるというライフスタイルもありかな、とは思っていたのだが、そのまま居続け年齢を経てしまった人もいる。そういう人たちにも二種類あって、元々タイに行きたかったのだから行ってしまって、そのまま居座ってしまった人、もうひとつは会社の命令でタイに行って、実はそこでタイを気にいってしまって、そのまま居続けるとか、タイを愛するあまり会社を辞めてしまいタイで起業をした人たちだ。

 で、そういう人が多いんだ。特に、定年前、定年後にタイに行ってロングステイをしているのだが、ロングステイなんだから仕事をしちゃあいけないのです。にもかかわらず、仕事をする人がいるらしい。ということで、最近は中高年のタイ在住者が増えているらしいのだ。

 私には信じられませんね。61際過ぎてまでも仕事をするなんて。もう、いいじゃん、タイに行くことも結構だとは思うけれども「そこで何をするかが大事だ」なんてことは言わない。何にもしないことが大事なのである。

 本書でも触れている「ふくちゃん」という人の話;

『ふくちゃんが日本語学校に採用されたとき、その経営者の面接があたという。経営者はタイ人と日本人のハーフだった。日本の学校を卒業し、その後、タイで学校をつくった。

「どうして日本に帰らないんです?」

 と経営者が訊いたとき、

「日本では辛いことばかりだった。日本を恨んでます」

 と答えた。そのとき経営者はこういったという。

「私と同じだ。私も恨んでいる」』

 つまり、日本では「余り人間」としてしか扱われなかった人が、タイでは「そこにいてもいなくても同じ人間じゃないの」として扱われるという気楽さがあるというのだ。

 もう、「なにをかいわんや」ですね。そんなん勝手にみんながすればいいじゃない。中高年になってアジアのどこかの国に行っても、それがタイでもマレーシアでもシンガポールでもベトナムでも中国でもいいじゃないか。金を持っている(中高年の<アジアからみれば>富裕層)はやはりアジアに金を落とすべきだろうし、そうじゃなくなくてもアジアの国々で闘ってきた日本チームだって、基本的に言えば「現地主義とはいいながら、結局は東京の本社には逆われない」わけで、その償いはどこかでしなければいけない。それが資本主義の「もう一方の」現実なのである。

 まあ、日本人がいつまでも日本にる必要はないんだし、特に定年で会社に引きずれられる必要がなくなった人たちが、いつまでも会社の周辺にいる必要はない。私も来年の9月以降は「隠居」するつもりだ。いやあ、本当に「隠居」ってどうなんでしょうね? 楽しそうだな。

 って、結局、下川祐治氏の本の書評にはまったくならなくなってしまった本日のtsunekenのブログだが、たまにはこういうこともあるさ。

 まあ、私も一回タイにでも行って、下川氏と同じような経験を持つ必要があるのかもしれないなあ。

 

 

« 『化合』とは段々ひとつになること・・・かな | トップページ | まあ、やっぱり出版社はなくなってしまうんじゃないか、ということについて »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/52208471

この記事へのトラックバック一覧です: 『「生き場」を探す日本人』はもしかすると新しい日本人のあり方かもしれない:

» 「日本を降りる若者たち」下川裕治 [りゅうちゃん別館]
日本で言う「ひきこもり」を、海外で行う「外こもり」。 「日本を降りる若者たち」は、その実態について書いている。    【送料無料】日本を降りる若者たち価格:756円(税込、送料別) バンコクにはカオサンという通りがある。 ここには安宿が集まっており、食事やネッ…... [続きを読む]

« 『化合』とは段々ひとつになること・・・かな | トップページ | まあ、やっぱり出版社はなくなってしまうんじゃないか、ということについて »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?