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2011年7月12日 (火)

『年に一度、の二人』って牽牛と織女みたいなロマンチシズムですね

 毎年10月の第3水曜日だけ会おうという約束の二人、なんていうと七夕の牽牛と織女みたいだ。いまどきそんな恋の設定をするなんて、なんて大胆なのだろう。

『年に一度、の二人』(永井するみ著/講談社文庫/2010年6月15日刊)

 作品は短編3作によって構成されているが、その三つの話は最初は絡み合っていない話が、第3作目で解き明かされる。タイトルの『シャドウ』『コンスタレーション』『グリーンダイヤモンド』は皆、馬の名前であり、最初の『シャドウ』は第1話の主人公・沙和子の息子、宗太郎が通うグリーンヒル乗馬クラブにいた宗太郎のお気に入りの馬の名前。『コンスタレーション』と『グリーンダイヤモンド』は、この作品の舞台、香港のハッピーバレー競馬場の出走馬の名前だ。

 毎年10月の第3水曜日。年にたった1回の逢瀬を、第1話目の主人公・沙和子は門倉と7年間も続けている。第2話目の主人公・夏凛はせっかく掴みかけた飯島との愛のかけらを投げ捨てて朗に会いに香港まで来てしまった。香港人のサムとリリーの行方、しかしこれが恋の行方なのか、単なる二人の行方なのかはまだまったく見えていない。

 こうして、香港ハッピーバレー競馬場をめぐる、三つのカップル、ひとつはいわゆる「不倫」のカップル、もうひとつは「恋人」なのか「恋人未満」なのかお互い良くわからないカップル、最後はまだまだ実際には「恋人未満」だし、下手をすれば「結婚詐欺」まがいの関係になってしまいそうなカップルであるが、その三つのカップルの話が展開する。当然その周囲では「不倫」にまつわる、夫と看護士の間の「不倫」と息子との関係があり、もしかしたら「恋人」かそれこそ「許婚者」になったかもしれない人との関係があり、最後は本当に東京まで辿り付けるかどうかも怪しい男の話がある。

 しかし、こんな小説を読んでしまうと、女というものがどういうものかは私はますます分からなくなってしまう。そんな年に1回、10月の第3水曜日だけ会いましょうなんて提案に、いまどき、携帯電話もメールもある時代に、そんな事を信じてしまうなんてことがあるのだろうか。あるいは逆に、そんな携帯電話やメールでいつでも連絡が取れてしまう時代だからこそ、そんななんの連絡方法もなく、とりあえず10月の第3水曜日だけは、香港のハッピーバレー競馬場に行けば会える、という確実な(?)約束を信じるという事のロマンチシズムに酔いたいのだろうか。

 そう、これは今の時代にはありえないロマンチシズムの作品なのだ。

 いまどきの恋は、携帯電話やメールで簡単に知りあえて、別れる事も出来る時代だし、相手のことも良くわからなければ、インターネット検索でもって、かなりの部分まで知ることができて、それこそ連絡先までわかってしまう。そんなプラグマチックな恋愛が可能な時代に、なんでまたこんな回りくどい恋愛をしなければならないのか。夏凛は、せっかく知りあえた飯島という理想的な恋人であり許婚者になりかけた人物との湯河原への一泊旅行を、高速道路の入り口500メートル手前でやめて、香港へと向かってしまう。沙和子は、自分が香港へ旅行に行ってしまえば倉田という夫の不倫相手の看護士が家に入り込むことは承知で、逆に倉田へ夫の世話を頼んでしまい、息子の宗太郎と香港へ向かう。

 女にとって、そんな1年に1回1日だけ会えるという、かなり限定された恋の方法論が、却って恋心を揺さぶられるものなのだろうか。もしかしたらそうなのかもしれない。「限定された恋」とか「限定された恋の方法論」なんてところが、女心を揺さぶるのだろうな。

 唯一、この小説でいい気分で終われそうなのは、沙和子の息子・宗太郎が医者になって父親の仕事を継ぐという事はせずに、多分ケンタッキー州立大学に留学して馬の面倒をみる獣医になりそうだ、というところである。これは爽快。

 そんな話が最後の方にあることで、男の読者である私にとっては爽快な気分で読み終えることができたのだった。

 

 

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