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2011年7月18日 (月)

王子の狐、異聞

 狐が人間に騙されてしまうという落語の滑稽噺のネタになったのが王子稲荷神社である。稲荷神社であるから神社を守っているのは狛犬の代わりに狐がたくさんいる。今でも昼なお暗い木々に覆われた武蔵野台地東端の山中に作られた神社である。多分、昔は狐が沢山住んでいたのだろう、神社の裏には狐穴という小さな洞窟があり、いかにもそこが狐が住んでいたような洞穴なので、そこから『王子の狐』のネタが生まれたのだろう。

 ただし、現在は神社の境内の一番低いところは「いなり幼稚園」となっているので、ウィークデイは正門からは入れない。

2011_07_17_038_2 正門、ただし門をはいるとそこはいなり幼稚園の園庭になってしまうので、ウィークデイはこの門は使えない。

2011_07_17_036_2 一の鳥居から拝殿を拝む

2011_07_17_011_2 こちらが本殿、拝殿よりちょっと奥に行く

2011_07_17_017_2 で神社の一番奥、というか一番高いところにあるのが狐の穴。王子の狐の母子狐が住んでいた洞窟である・・・かどうかは知らない。明るく写っているが、実際にはかなり真っ暗であり、ほとんどピントを合わせることができない。

2011_07_17_007_2 こちらがウィークデイの入り口。幼稚園の脇にあるかなり急な坂道(勾配20%)を上がったところにある。奥の方に見えるのが拝殿。

EPSON RD1s Elmarit 28mm (c)tsunoken

 神社そのものは社伝に「康平年中、源頼義、奥州追討のみぎり、深く当社を信仰し、関東稲荷総社とあがむ」とあるので、当時の関東とは陸奥国までを含んでいたということなので、要は東国三十三国の稲荷の頭領という由緒のある神社なのだ。源頼義が奥州追討を行ったのは康平5年(1062年)のことであるから、その頃から既に大きな神社だったのだろう。

 元々はこの地が荒川の河畔にあったことから荒川の岸にあった神社ということで、岸神社と称していたのだが、元亨2年(1322年)、当地の領主・豊島氏が紀州熊野神社を勧請し、王子神社を祀ったことからここの場所が王子となったというように、王子の地名の由来もこの王子稲荷神社にちなんでいる。

 毎年大晦日の夜には関東一円の狐が集まって、この神社のそばの榎の下で装束を改めたという言い伝えがあり、その時の狐火を安藤広重が浮世絵にも描いている。今はその榎はなくなってしまっているが、その代わり、近所に装束稲荷というものができていて、毎年大晦日の除夜とともに、地元の人々によって、その装束稲荷から王子駅前を通って王子稲荷神社へ向かう「大晦日狐の行列」という行事が行われている。

 まあ、王子の地元に人たちにとっては狐というのは特別な存在なのだろうな。人間に騙されちゃう、可愛い狐なのだ。

 

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