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2011年6月 9日 (木)

『文は一行目から書かなくていい』というのは、いかにもネット世代に受けようというタイトルだけれどもね

 文は1行目から書かなくていい、という発想はまさしくパソコン時代の発想なんだけれども、結局は、文章を書くっていう行為の基本は昔から変わらないってことなんですね。

『文は一行目から書かなくてもいい 検索、コピペ時代の文章術』(藤原智美著/プレジデント社/2011年5月30日刊)

 根本は第5章『検索、コピペ時代の文章術』という、まさに本書のサブタイトルそのものの章なんだけれども、『書くために「考える」ということ』がキモなんだろうけれども、例えば『コピペを繰り返すたびに、自分の文章力は衰えていく』なんてのは、コピペの本質を考えてみれば当たり前の話だし、『ランキング思考で直観力が衰える』というのも、ランキングサイトがリコメンドするものばかりを追いかけていったら、実は自分で面白ものを探すことをしなくなってしまうといいうことであり、自分の感覚で物を探すということがなくなってしまう。『自分の直感や嗅覚をたよりに行動したり、書いたりすれば、ときには空振りに終わったり、痛い目に遭うことももあるでしょう。しかし、直観力はそうした経験のなかで磨かれていくものです。さらにいえば、経験のなかでしか磨くことはできない。なぜなら直観とは経験の積み重ねから生まれるものだからです』ということで、「検索、コピペ時代の文章術」とは言っても、結局は昔からの普通の「人に読ませる文章を書く人たちの考え方」というのは変わっていないのだな、ということである。

 ちなみに私のところに来るアマゾンや楽天のリコメンドはまったく的を外していて使い物にはならない。まあ、本やDVDに関するリコメンドが多いのだが、基本的に本やDVDなんてものは興味の方向が常に変わるものだということをアマゾンは理解していないようだ。

 ただし、このブログもそうだが「編集者の目を通す」という作業を経ていない。つまり、最初の読者がこのブログを読んでいる読者なのだ。この「編集者の目を通す」という作業を経ないで読者に提出される文章って、結局は書き手が勝手に書いたものが、そのまま読者に提供されてしまう訳で、そんな意味では書き手は普通のマスメディアで書いているライター以上に、自らが書いていることについて自覚的でなくてはならないということなのだろうけれども、そんなことを意識しているブロガーって何人位いるのだろうか。プロの書き手が書いているブログはまあそれなりに読者を意識して書いているのはよくわかるのだが、そうでもないブロガーも結構いるようだ。

 まあ、Twitterユーザーにはほとんどいないだろう。あの、脊髄反射の状況を見るとね。要は、自分の書いていることに対して、第三者的な立場でしっかり見てくれる人がいるかどうか・・・。

 で、私自身にそんな人がいるのかどうか、ということを問われてしまえば、いません、と答えるのである。じゃあ、そんなブログは信用できるのかといえば、信用しなくてもいいです、と答えるが、しかし結構信用してもいいのじゃないかとは自分では思っているのだ。

 それを何で担保するのかということになるのかということになるのだけれども、まあ、そこは今まで私が書いてきたところで・・・と言うしかない。昔のキネ旬や映画評論に書いてきた映画評論の文章、「アキラ」の関係でいろいろなメディアに発表してきた文書、「ああっ 女神さまっ」のサイトやDVDなどに書いてきた文章などなど、それらについては、いまそれを否定する気はない。

 要は「自分が文章を発表する」ということにたいしては、ちょっとした緊張感が必要だろうということだ。それがネットだろうが紙の書籍・雑誌だろうが、ということである。自分が書く文章が、読み手にどういった反応を呼び起こすだろうか、ということを考えない人間は文章を発表すべきでない。

 まあ、そうじゃない人たちはリツィートとか拡散とかだけに脊髄反射することですね。で、それを受けた人たちは、「まーた、脊髄反射しやがって」と無視すればいいのです。

 要は、メディアで発信しようとする立場には、マスメディアであれ、ブログのようなネット・メディアであれ変わりはないということです。

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