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2011年6月20日 (月)

『ふしぎなキリスト教』はそんなに不思議じゃなくて分かりやすいのだった。だって神様が一人しかいないなんてのは単純じゃないか。

 世界の一神教の大もとはユダヤ教であり、預言者で商人のムハンマッドによって継承されたのがイスラム教であり、「神の子」イエスによって批判的に継承されたのがキリスト教である、という程度のことは皆知っているのではないだろうか。ただし、それが儒教や仏教などとの対比で話をされると少しわからなくなる。日本神道なんかの神様とどう違うかというと、八百万という位の神様の量になると、多分日本の神様は我々人間とあまり変わらない存在であったような気がするし、とはいっても神様の子どもは神様でしかなく、人間ではないわけで、え? どう違うのよ・・・てなもんだ。

 ということで、取り敢えず読んでみた。

『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎・大澤真幸著/講談社現代新書/2011年5月20日刊)

『第1部 一神教を理解する――起源としてのユダヤ教』と『第2部 イエス・キリストとは何か』はいい、やはり気になるのは『第3部 いかに「西洋」をつくったか』である。

 つまり『一神教では、神は世界を創造したあと、出て行ってしまった。世界のなかには、もうどんな神もいなくて、人間がいちばん偉い。人間が神を信仰し、服従することは大事ですけれども、神がつくったこの世界に対して、人間の主権があるんですね。ほんとうは神の主権があるんですけど、それが人間にゆだねられている。スチュワードシップというのですが、空き家になった地球を人間が管理・監督する権限があるんです。その権限には自由利用権も含まれていて、クジラに脂身がたくさんあって油が採れるとなれば、クジラを獲ってロウソクをつくってもいいし、石炭を掘り出してもいいし・・・・・・。こんなことは、キリスト教徒しかやらないんです。』ということで、キリスト教徒は原子力利用なんてものまで始めてしまい、プルトニウムなんて自然には殆どなかった元素を大量に作り出したわけだ。

 例えばこれが日本だと『山には山のカミ、川には川のカミ、植物には植物の、動物には動物のカミがいるでしょう。山に穴を掘ったり、自然の実験・観察をしようとしたりすると、カミと衝突してしまうわけです。カミに、それはやめえtくれ、と言われてしまう。日本では工事をするのに必ず地鎮祭をするけど、昔だったらそんなことをするくらいなら、工事はしなかったんじゃないか』ということになるのだ。

 まあ、これが一神教と多神教の大きな違いなんだけれども、まあ、ユダヤ教もイスラム教もキリスト教も、結局は砂漠ばっかりの不作な土地で生まれた宗教である。そんな土地ではいかにして自然を抑えつけて生活に必要なものを得るのかというのが大事なことになる。その点、自分の周囲にいくらでも食物になる自然の生成物があった我が国とはおおいに違う周辺の雰囲気だし、それが一神教と多神教になった原因かもしれないと考えられるのだ。

 で結局どうなるのかといえば『キリスト教世界と違った世界がいくつあるのかと言えば、大きいところで、イスラム世界、ヒンドゥー世界、中国世界がある。それぞれ固有の論理を持っていて、簡単に変わらないと思います。それぞれに、伝統的エートスがありますから。ただ、ヨーロッパ=アメリカ連合(キリスト教文明)の、デファクト・スタンダードがあるので、いまはそれに合わせている。

 その結果、中国とインドは最近、資本主義モードの入った。中国は相当に成功。インドもそれなりに成功してきた。出遅れているのは、イスラムですね。イスラムは製造業が下手くそで、モノをつくることにあんまり熱心でない。それが理由です』。なぜ、イスラムは製造業がだめなのか。『もしかすると、クルアーン(コーラン:引用者注)があまりに文学的にすばらしくできていて、クルアーンの精神世界が魅力的すぎるせいなんじゃないかと思う。だから、クルアーンに触発された文学などはとても立派。それから、クルアーンに基づいた法学、これもすばらしく立派。政治もそれなりにうまい。ビジネス、商業もうまい。でも、製造業がちょっと見劣りします。クルアーンが描くのは徹底した一神教の世界だから、モノにスピリットをみとめる余地がない』ということなのだ。

 なりほど、例えば日本のモノづくりのスピリットなんてロボットやそうした製造物に対して名前を付けて呼んだりして、完全に物神化した発想だものな。それに比較して、イスラムの世界では石油は産出するが、それを輸出した富をモノの生産の方には一切回さないで、結局はヨーロッパやアメリカのキリスト教企業に対する投資にばっかり回しているわけだ。

 それが結局どうなっているかと言えば『植民地時代は、グローバル・ルールはキリスト教文明だ、文句あるかで押し切った。そして、植民地政策に支障がなければ、「お前たちが自分のことをローカル・ルールで決めるぶんには全然かまわない。ただし、近代化が遅れてもしらないからね」という態度で臨んだ。二重基準だった。

 いまはその、二重基準の垣根がなくなって、ガチンコ勝負になっている。中国企業がIBMのパソコン部門を買収したり、中国がアメリカ国債を大量に取得したり、ヨーロッパの財政破綻国の国債を買い支えたりしている。これから、日本やアメリカの企業がどんどん中国企業に買収されると思う。気がついたら上司が中国人。そうなれば中国人のものの考え方に、キリスト教徒が影響されていく。そういう新しい局面が、二十一世紀の基調になっていくでしょう』ということになるのだ。

 うーむ、面白いなあ。確かに、いま世界はそのような方向に動いている。

 もうひとつ面白いのは、マルクス主義とキリスト教の関係を言っているくだりで、『ヘーゲルの弁証法はもっとあからさまに、キリスト教の論理を取り込んだものになっている。三位一体説を下敷きにしたものだと思います。ドイツ語んは再帰動詞というものがある。「自らを○○する」のような、自動詞でも他動詞でもない第三の動詞なのですが、この動詞の用法が弁証法のロジックとシンクロしている。ルターのドイツ語訳聖書が、この組み合わせを生みだしたのだとすると、ヘーゲルも、マルクスも、その残響のなかで仕事をしている。

 マルクス主義は、この弁証法に駆動されています。マルクス主義は、唯物論を標榜し、キリスト教と関係ないことになっていますが、私からみると、神がいないだけで、ほとんどキリスト教と同じ。教会の代わりに共産党がある。共産党はカトリック教会のように、一つでなければならないとしている。それは世界全体が、歴史法則に貫かれているからなんです。やがてやってくる世界革命は、終末とよく似ている。プロレタリア/ブルジョワの二分法も、救済される/されない、の分割線なのです。もう全体が、キリスト教の部品装置でできてるのですね。というふうに、たとえばマルクス主義を生みだしてしまうのは、キリスト教の重要な性質のひとつだと思われる』ということなのだが、むしろマルクス主義と似ている(逆か「マルクス主義が似ている」と言わなければならないのかもしれないが)のはキリスト教よりもユダヤ教のような気がする。カール・マルクス自身も父親はユダヤ教のラビだし、幼いころは普通にユダヤ教の世界で生きていた筈なのである。

 しかしまあ、そんな一神教による世界のデファクト・スタンダードも最早破綻がきている状態なのではないだろうか。デファクト・スタンダードの最たる原発も、最早EUでは基本的には廃炉の方向に向かっているし、ということは核兵器もなくなる方向だろうし、いまや力をつけているのは儒教の中国とヒンドゥー教のインドである。その後にブラジルが台頭すれば多少はキリスト教の方向に振れるのかもしれないが、いずれにせよ、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教のような「砂漠の宗教」が世界を支配するのだけはカンベン願いたい。

 やはり、へっついの神様やら便所の神様なんてのまでがいる日本みたいな八百万の神様がいて、みんな勝手なことをやっている方が、面白いし、他の神様と戦争をしようなんてことは考えないから、世界も平和でいいじゃないですか。

 私は、八百万の神様のいる日本神道と仏教哲学が入り混じった、日本式のごちゃ混ぜ宗教の方が、心地よいな。

 

 

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コメント

「マルクス主義を生みだしてしまうのは、キリスト教の重要な性質のひとつだと思われる」と言うようなことはあり得ません。スターリンは「神は存在しない」と言う論文を高校生の時に書いて、退学処分になった。マルクスは宗教を阿片と言って否定している。

「キリスト教徒は原子力利用なんてものまで始めてしまい、プルトニウムなんて自然には殆どなかった元素を大量に作り出したわけだ。」なんてことはありません。原子力は科学者が作ったのです。

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